第三章 「わ」の場面分析
3.2.3 番組の出演・インタビュー
「GOLD」は元々ドラマで番組の種類の一つである 。その中で、
またキャラクターがテレビ番組に出ている場面と雑誌のインタ
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ビューを受けている場面もある。この分類は実際テレビに向か っている視聴者及びドラマにある視聴者・読者を対象に談話を 行うという場面である。丁寧体で話している場面では「わ」や ほかの文末詞の使用がない場合が多い。特に「わ」の使用が見 られないという現象である。特に「わ」の使用が一つもなかっ た。各場面の詳しい使用状況は以下のように示す。
1-1 場面説明:悠里がテレビ番組に出演している場面である。
番組の名前は特に載っていないが、内容を読むと子供育てにつ いてのディベートのコーナーだと推測できる。(司会者 B と悠里 Y 及び館川博の H)
1B
2H
3Y 4H 5Y 6H
さて、番組の名物コーナーとなりました 子育て討論 バトルご存じ教育評論家 館川博さんとカリスマ美 容研究家にして三人のロンドンオリンピック候補と いう素晴らしいお子さまをお持ちの早乙女悠里です。
さっそく、どうぞ。
(館川博は今の状況で、親は子供に対しての態度は厳 しいより、やさしい方がよく、そして友達のように扱 わなければならないという意見を述べていた。この意 見に対して、悠里は“くだらないわね。”という反発 があった。)
現在は、昔よりはるかに複雑な環境が子ども達を取り 巻いているんです。インターネットの普及で、学校裏 サイトでの陰湿ないじめ問題、出会い系。つまりです ね、親はそうした環境にある子ども達からよき相談相 手になるように、厳しくというより、友達のように接 しなければいけないんですよ。
親が、子どもの友達?
SOS を、聞き出しやすい関係ですね。
くだらないわね。
くだらない?
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す人間がいる。その人が、社会に貢献したことはあり ません。スーパーのレジで苛々してクレームをつける 人がいます。その人は他人を助ける事はありません。
相も変わらず、人の話を聞かず、成人式で大はしゃぎ する若者がいます。その人が、この国の為になること はありません。
内容を全部読んで分かったように悠里は「くだらないわね」
という文しか「わ」系文末詞を使わなかった。全体から見てい ると「~ない」という断定的な答えが悠里から出た11。前述し た「わね」の使用はわ系文末詞だと言えるが、このテレビ番組 の場合で「わ」が一切使用されていないその原因は以下のよう に推論される。
1. ここで悠里が参加している番組の言葉遣いは高崎 (1996)の「インタビュー番組女性ゲストの女性語」に属 している。丁寧体の使用と敬語の使用が多いということ は以上の内容には見られない。また性差における言葉の 使用はN(中立語)を中心におき、他の層を自分の気持 ちによって使われる。それは先行研究との結果に一致し ている。
2. ディベートのコーナーから、両方が違う意見を持 っていると見られる。その中で性差によっての言葉遣い が使用されなく、自分の意見を述べていることであると 推測できる。
3. 丁寧体の場合、「わ」の使用がないと見られる。
2-1 場面説明:これは悠里が雑誌のインタビューを受けてい る場面である。編集者から、女の子を育てる際、そのベースメ イクとして最も重要なことは何か、と問われた悠里は、こう答 える。
11鈴木(1997)は主張・断定など「話し手が決定権を持つ」発話を使用する ことができないと述べている。
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1Y 正義感です。全ての母親が、息子を戦場に行かせない、
そう決意すれば、世界は平和になります。ごめんなさ い、それはちょっと大げさでした。少しキザな言い方 をさせていただければ、私の言う、女の子に持ってい てほしい正義感という意味は、愛だけを真っ直ぐに見 つめること。簡単なようで、ところが実は、これは、
ある理由で、守る事が意外と困難なんです。女性の場 合は特に。とても。
この場面おける談話は丁寧体で使用している。一方、「女性の 場合は特に。とても。」という部分は悠里がポイントとして内容 を強調している。そして仁田(2003)が述べているように丁寧 体には「わ」を付加しないという現象が見られる。
3-1 場面説明:悠里が「素顔の扉」というトーク番組(N)に 出演している。
1Y
2N 3Y
私は少子化とは考えていませんので。私は、子供が少 ないというより、親が少ない、つまり、少親化が、こ の国では進んでいると考えています。私は、子供を産 むのには、覚悟と資格がいると思っています。親の心 子知らずと言いますよね。そんなことは当たり前であ るのに、今の親は、好かれたいから、厳しく育てられ ないんでしょうね。大人になりきれていない。
確かに。育児放棄或いは虐待といったことが社会問題 になっています。親になる覚悟も資格もなく産むとそ ういうことになります。結果、児童施設には、沢山の 子どもが存在しているんです。
早乙女さんは、そういった子どもたちの為に水泳教室 を開かれてますね。
資格も覚悟もないのに産む、結果育児放棄をする。だ ったら、産まなくていいんです。(中略)そう思うな
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ら、無理に産む必要はない。
高野(2005)は「女性管理職は丁寧体と普通体の交代によって、
相手との心理的距離が調整できる」と述べている。ここは番組 に出演している場面で、悠里の話し相手は司会者だけではなく、
テレビに向かっている多くの視聴者である。普通体の使用によ って、相手との心理的距離を縮める効果がある。それに作品で まさに女性の模範としての悠里は普通体で視聴者に自分のアド バイスを与えることは意見が受け取りやすいと考えられる。以 上から見れば丁寧体と普通体の交代によって、相手との心理的 距離が調整できると見られる。この場面では 1-1 のように悠里 が「~ない」や断定的な用法が見られる。一方、文体は丁寧体 が使われているため「わ」の使用が見られなかった。
3-16 場面説明:別の日、悠里は、水泳教室に参加している 児童施設の子ども(C)たちとともに雑誌の取材を受ける。その最 後、記者からコメントを求められた悠里は、子ども達に語りか ける。
1Y 2C 3Y
みんなは知ってるかしら。赤ちゃんは、コウノトリが 運んでくるというお話は。
・・・
本来なら、サンタさんと同じようなものね。赤ちゃん を待ちわびている人たちのところに、可愛らしい命の 贈り物として届けるの。でも今はちょっと違うの。中 には、窓をぴったりと閉め切って、そんなものはいら ない、大変だしお金も掛かる、第一、可愛らしいとは 思えない、そういう大人が、多くなってしまったの。
そう言われて、コウノトリは困ってしまった。沢山の 赤ちゃんを運んでいるのに、どうしたらいいんだろう って。それで考えて、親がいなければ生きていけない、
弱そうな赤ちゃんを優先的に、選んで届けるようにな
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4C 5Y
ったの。そうして、親の数が足りなくなって、どうす ることも出来なくなって、余ってしまったのが、そう、
あなた達よ。
・・・
でも、本当は余ってしまったんじゃない。あなた達は、
きっと一人でも生きていけるって、コウノトリが選ん だ強い赤ちゃんなの!辛い事があっても、きっと頑張 って生きていってくれる、そう信じて、置き去りにさ れた。
ここでは悠里が子供たちに励ましている。普通体で話してい るのは相手との心理的距離を縮めるためであり、または社会関 係によれば「悠里→子供」は上から下への上下関係だからであ る。文末詞について、量的には「の」は他の文末詞より多く使 われていると見られるが、「わ」の使用が見られなかった。
4-1 場面説明:悠里がテレビ番組『深夜の討論 BATTLE』(N)に 出演している。他のゲストは(U)である。
1Y
2N 3Y
4U
5Y
こうした討論は今まで何度も繰り返されてきたなっ て。ということは、結局誰も解決方法を見つけること が出来ないんだと。永遠になくならない。人間の他者 を傷つける習性に対してと。
そう言わずに、何かありませんか?
まず・・・小、中の私立学校を全て撤廃することでし ょうか。経済的環境や、生い立ちの違う子どもを、同 じ学校に通わせるんです。
あなたね、そんなこと無理ですよ。親はね、なるべく 評判の良い安心感のあるところに通わせたいわけで すから。
無理ですよ。でも、学力、親の経済力が同じような子 供を、同じところに行かせるから起こる問題のような
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気がするんです。
番組に出演する悠里は前の場面と同じように丁寧体で話して いる。そして「わ」やほかの文末詞の使用が見られない。一方、
番組に出演する悠里は前の場面と同じように丁寧体で話して いる。そして「わ」やほかの文末詞の使用が見られない。一方、