通識教育學報第十期 第 27 至 49 頁 2006 年 12 月 中國醫藥大學通識教育中心
日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺
辜 玉茹 中國醫藥大學通識教育 中心 副教授摘
摘
摘
摘
要
要
要
要
日本 的 室町 末 期(1336-1573)到 江戸 初 期(1603-1867)是 和 漢 、 漢 和 聯 句 流 行 的 全 盛 時 期, 也 就 是 日 本 的 和 歌 跟 中 國 的 詩 相 互 對 應 的 一 種 言 語 遊 戯 。 自 古 以 來 日 本 的 文 字、 文 學 就 深 受 漢 文 的 影 響 , 韻 書 的 應 用 當 然 也 不 例 外 。 隨 著 環 境 的 改 變, 日 本 的 中 世 時 代, 日 本 人 以 《 廣韻 》為底 本,改 編 了一 本 屬 於自 己 的 韻 書―《 聚分 韻 略 》。此 書在 日 本 辭 書 史 上 佔 有 相 當 重 要 的 地 位 , 當 代 除 了 中 國 來 的 辭 書 以 外, 就 屬 這 一 本 了 。 但 到 了 和 漢 、 漢 和 聯 句 流 行 的 全 盛 時 期 , 更 編 纂 了 這 一 類 的專 門 韻 書,如《 和 訓押 韻 》 (「 十 一 韻 」)、《韻 字 記 》《 韻 字 之書 》 (「 十 二 韻 」 )、《 漢 和 三 五 韻 》 (「 十 五 韻 」 )、《 和 訓 三 重 韻 》《 和 語 略 韻》 (「 三十 一 韻 」)等 韻 書 ,因 時 代 久 遠, 考 究 困難 。 筆 者 從 「 十 一 韻 」 的 形 成 到 「 十 五 韻 」 的 演 進 , 就 當 代 最 受 歓 迎 並 廣 為 閲 讀 的 中 國 詩 以 及「 十 一 韻 」 形 成 前 的 和 漢 、 漢 和 聯 句 等 的 押 韻 情 形,作 了 詳細 的 考 究。令 人 驚 訝的 是 其 押 韻的 使 用 頻率,依 序 由「 十 一 韻 」 的 「 東 、 支 脂 之、 虞 模 、 真 諄 臻 、 寒 桓 、 先 仙 、 蕭 宵 、 麻 、 陽 唐、庚 耕 清、尤侯 幽 」的韻 目 使 用 頻率 最 多,「十 二 韻 」裏追 加 的「 元 魂 痕」韻 目 居 次之,「 十五 韻 」裏 再追 加 的「冬、灰、歌 」韻 目 居第 三 位。除此 之 外,《 聚分 韻 略 》裏 的 各 項韻 目 的 數量 也 是 由多 至 寡 的 順序, 取 自「 十 一 韻」 的 韻 目 ,一 直 追 加到 「 十 五 韻」 的 韻 目。 拙文,廣泛 而 明 確 的 探討「 十一 韻 」的 韻 目形 成,演 進 到「 十 五韻 」 的 韻目 之 過 程, 使 今 人 對當 代 的 文藝 活 動有 更進 一 步 的瞭 解 。 關 鍵詞 : 十 一韻 、 十 五 韻、 和 漢 聯句 、 漢 和 聯句 、 韻 書。28 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺
中 近 世
中 近 世
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中 近 世 に お け る
に お け る
に お け る 日 本
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日 本
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日 本 の
の 韻 書
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― 和漢聯句・漢和聯句のための韻書 ―
一
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、 和 漢 聯 句
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和 漢 聯 句
和 漢 聯 句 ・
和 漢 聯 句
・ 漢 和 聯 句
・
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漢 和 聯 句
漢 和 聯 句
漢 和 聯 句 の
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の 変 遷
変 遷
変 遷
変 遷
和 漢 ・ 漢 和 聯 句 と は 、 中 国 か ら 伝 わ っ て き た 聯 句 と 日 本 固 有 の 連 歌 と が 、 そ れ ぞ れ 本 来 の 形 を 保 ち な が ら 結 び つ い て で き た 連 句 文 芸 ( 言 語 遊 戯 ) の 一 種 で あ る 。 日 本 の 連 歌 は 、 一 首 の 歌 を 上 の 句 と 下 の 句 と に わ け て 、 ふ た り が 応 答 し て 詠 む 詩 歌 と い う こ と で あ る が 、『 古 事 記 』(729)『 日 本 書 紀 』 ( 720)所 載 の 「 に ひ は り つ く ば を 過 ぎ て 幾 夜 か 寝 つ る/か が な べ て 夜 に は 九 夜 日 に は 十 日 を 」 の 日 本 武 尊 と 御 火 焼 の 老 人 と の 片 歌 の 問 答 に 連 歌 の 起 源 を 求 め た 1 た め 、筑 波 の 道 と も い う 。中 近 世 に お い て は 聯 句 ( 連 句 ) の 中 で 連 歌 と 漢 詩 と を 交 え 連 ね る 形 式 を 「 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 」 と い う の で あ る 。 中 国 の 聯 句 の 起 源 は 、 漢 の 武 帝 ら の 「 柏 梁 台 聯 句 」 と 言 わ れ て い る が 、 清 の 趙 翼 の 『 陔 餘 叢 考 』23 2 に 、 聯 句 の こ と を 、 雪 浪 斎 日 記 云 :退 之 聯 句 , 古 無 此 法 。 自 退 之 斬 新 開 闢。 苑 景 文 亦 云 : 昌 黎 聯 句 , 有 跨 句 者 , 謂 連 作 第 二 第 三 句, 如 城 南 等 作 是 也 。 有 一 人 一 聯 者, 如 有 所 思 等 作 是 也。 漁 隠叢 話 則 云 :謝 宣 城 有 聯 句七 篇 。 陶 淵明 有 聯 句 一篇 、 是六 朝 己 有 之 。 然 聯 句 究当 以 漢 武柏 梁為 始。 文心 雕 龍曰: 聯 句共 韻 柏 梁 餘製是 也 。 と 述 べ て い る 。「 柏 梁 台 聯 句 」が 究 極 的 に 始 め た が 、韓 愈( 字 は 退 之 。 号 は 昌 黎 。)が 新 し い 歌 風( 聯 句 )を 興 し て 、世 に 伝 わ っ て き た こ と 1『 古 語 大 辭 典 』 角 川 書 店 平 成 6 年 ( 1994 年 )。 2 趙 翼 『 陔 餘 叢 考 』 商 務 印 書 館 (1957 年 )。通 識 教 育 學 報 第 十 期 29 が こ の 記 録 で わ か る 。「 昌 黎 聯 句 」 や 、「 謝 宣 城 有 聯 句 七 篇 」、「 陶 淵 明 有 聯 句 一 篇 」 等 の 作 品 に つ い て は 、 能 勢 朝 次 の 「 聯 句 と 連 歌 」 3 に 詳 し い 。 こ こ で の 「 城 南 聯 句 」 4 と は 、 韓 愈 と 孟 郊 に よ る も の で 、 そ の 冒 頭 は 、 竹影 金 瑣 砕 孟 郊 泉 音 玉 淙 琤 韓 愈 瑠 璃 翦 木 葉 愈 翡 翠開 園 英 郊 流 滑 随 仄 歩 郊 捜 尋 得深 行 愈 遥 岑 出 寸 碧 愈 遠 目 増 雙 明 郊 ( 下 略 298句 ) と あ り 、「 庚 耕 清 」の 韻 を 踏 ん で い る 。各 人 が 五 言 二 句 を 連 ね る の に 、 そ の 一 人 の 二 句 に お い て 対 を 取 る こ と を し な い で 、前 者 の 第 二 句 と 、 自 分 の 第 一 句 と が 対 聯 に な る よ う な 行 き 方 を し て い る の で あ る 。 こ の 「 城 南 聯 句 」 に つ い て は 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の た め の 韻 書 と 言 わ れ て い る 『 和 訓 押 韻 』(「 十 一 韻 」) の 「 松 平 本 」 と 「 龍 門 本 」、「 十 二 韻 」 の 『 韻 字 之 書 』 と 『 韻 字 記 』 に も 「 城 南 聯 句 」 の 引 用 5 が 見 ら れ る の で 、韓 愈 の 聯 句 6 は 当 時 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 連 衆 に 親 し ま れ て い た こ と が 確 実 で あ る 。 ま た 、『 和 訓 押 韻 』(「 十 一 韻 」) の 序 文 に も 、 3 能勢朝次「聯句と連歌」(『能勢朝次著作集』思文閣 昭和 56 年〔1981〕)に詳しく述べら れている。 4 庚 耕 清 韻 に 、 以 下 の 用 例 が 見 ら れ る 。 「 松 平 本 」 抨 驚 ―城 南 、「 龍 門 本 」、 抨 驚 ―、『 韻 字 之 書 』 抨 驚 ―城 南 聯 句 退 之 作 、『 韻 字 記 』 抨 驚 ―城 南 聯 句 退 之 作 「 城 南 聯 句 」 に 、 窟 窮 尚 嗔 視孟 郊 箭 出 方 驚 抨韓 愈 5 川 瀬 一 馬 『 古 活 字 之 研 究 』( 日 本 古 書 籍 商 協 会 1967 年 ) 68、 69 頁 に 、 『 新 刊 五 百 家 註 昌 黎 先 生 聯 句 集 』 2 巻 2 冊 永 和 2 年 ( 1376) 陳 孟 榮 刊 。 『 五 百 家 註 音 辯 昌 黎 先 生 文 集 』 40 巻 宋 魏 仲 擧 編 南 北 朝 兪 良 甫 刊 。 と 見 え 、 韓 愈 の 詩 集 ・ 聯 句 な ど の 「 五 山 版 」 が 刊 行 さ れ て い た 。 6 韓 退 之 の 石 鼎 聯 句 の こ と (久 保 天 随 訳 註『 韓 退 之 全 詩 集 』続 国 訳 漢 文 大 成 日 本 図 書 セ ン タ ー 1978 年)。
30 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 我朝にては日本武尊のにゐはりつくばのことの葉にはじまり、人の國に しては弥明師服が龍頭蝿聲の聨よりぞおこりにける(下略)。 と 述 べ ら れ て い て 、「 弥 明 師 服 か 龍 頭 豕 腹 の 聨 」 7 の 韓 退 之 の 聯 句 が 中 国 の 聯 句 の は じ ま り だ と し て い る 。 さ て 、 第 一 句 が 和 句 で 、 第 二 句 が 漢 句 の 場 合 を 和 漢 聯 句 、 逆 に 第 一 句 が 漢 句 で 、第 二 句 が 和 句 の 場 合 を 漢 和 聯 句 と 呼 ぶ 8 。和 漢 聯 句 の 場 合 に は 、脇 句(漢 句)の 末 字 の 韻 を 以 っ て 偶 数 句 に 押 韻 す る(た だ し 、 和 句 を 除 く)。 例 を あ げ て 示 し て み よ う 。 和 漢 聯 句 和 漢 聯 句 和 漢 聯 句 和 漢 聯 句 応 永 元 年 (1394 年 )12 月 後 小 松 院 御 独 吟 9 折 1 ち る 雪 の 花 に い と は ぬ 嵐 哉 2 歳 寒 梅 獨 芳 3 北 窓 晨 呵 筆 4 南 陌 暁 霑 裳 5 霧 薄 き 外 山 の 月 に 旅 だ ち て 6 秋 か ぜ 遠 く 分 る 草 む ら ( 下 略 ) メ ッ シ ュ を か け て い る 文 字 「 芳 」、「 裳」 は 陽 韻 を 踏 む 韻 字 と な っ て い る 。 同 じ く 、 漢 和 の 場 合 に は 、2・4・6 と い う 偶 数 句 は 、 漢 句 は い う 7 石 坂 正 蔵 『 和 訓 押 韻 』( 西 日 本 国 語 国 文 学 会 翻 刻 双 書 第 一 期 第 4 冊 下 昭 和 37年 〔 1962〕) の 序 文 (「 北 岡 本 」) に 「 連 歌 を 發 句 と し て 漢 を 脇 句 と すこ れ を 入韻 と い ふ。 す な は ち 一 韻 を さ だ め て 、漢 句 ば か り に こ れ を 押 て 、和 漢 聨 句 と な づ く 。又 漢 句 を 破 題 と し て 脇 を 和 句 に て 韻 字 を 定 むお な じ く 入 韻 と 云。 す な は ち 漢 和 聨 句 と い ふ 」 と あ る 。 8 大 友 信 一 監 修 辜 玉 茹 等 編 輯 『 聯 句 連 歌 と 韻 書 の 研 究 』 資 料 篇 港 の 人 ( 2001 年 ) 80 頁 。 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 番 号 は 通 し 番 号 。 以 下 同 じ 。 9 大 友 信 一 監 修 辜 玉 茹 等 編 輯 『 聯 句 連 歌 と 韻 書 の 研 究 』 資 料 篇 港 の 人 ( 2001 年 ) に 作 品 が あ る 。
通 識 教 育 學 報 第 十 期 31 ま で も な く 、 和 句 で あ っ て も 、 そ の 語 を 漢 字 に 直 し た 時 に 韻 を 踏 ま な け れ ば な ら な い 。 漢 和 聯 句 漢 和 聯 句 漢 和 聯 句 漢 和 聯 句 文 明 14 年 (1482)3 月 26 日 10 1 花 濃 飜 畫 錦 勧 修 寺 大 納 言 2 日 か け も な か き あ を 柳 の 絲 海 住 山 大 納 言 3 春 雨 は は れ て も 空 や か す む ら ん 4 わ け い る 山 に 夕 か せ そ 吹 勧 修 寺 中 納 言 5 嶮 路 驢 猶 澁 宗 山 6 幽 栖 鶴 日 随 姉 小 路 宰 相 ( 下 略 ) メ ッ シ ュ を か け て い る 文 字 「 絲 」、「 吹 」、「 随 」 は 支 韻 を 踏 ん で い る 韻 字 で あ る 。 こ の 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 例 で は 一 韻 到 底 の 形 式 に な っ て い る が 、 途 中 で 韻 を 変 え た り す る も の も 見 ら れ る 11 。 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 変 遷 に つ い て は 、 次 の 四 期 に 区 分 で き る 。 第 一 期 第 一 期 第 一 期 第 一 期 、、、 草 創 期、草 創 期草 創 期草 創 期 ((((平 安 〔794-1192〕 中 期 か ら 鎌 倉 〔1192-1333〕 末 期 ま で )))) 和 漢 聯 句 の 韻 字 に つ い て は 、『 王 沢 不 渇 鈔 』( 建 治 年 間〔1275~1278 年 〕 の 成 立 ) 12 に 、 近来連句連歌、優客好人翫ブ レ之ヲ。無シ二別ノ子細一。連句ニ付ケ二連歌ヲ一、連歌ニ 付ク 二連句ヲ一。韻字賦物等如シレ常ノ。付事ハ必シモ不レ定メ二句数ヲ一随フ二出来ル ニ一 矣。 と あ っ て 、 連 句 連 歌(和 漢 ・ 漢 和 聯 句)は こ の こ ろ か ら 遠 く な い 時 期 に 流 行 し は じ め た こ と を 物 語 っ て い る 。 そ し て 、『 莵 玖 波 集 』( 延 文 1 年 〔1356〕) 13 に 「 關 白 前 左 大 臣 良 基 10 注 9 と 同 じ 。 11 大 友 信 一 監 修 辜 玉 茹 等 編 輯『 聯 句 連 歌 と 韻 書 の 研 究 』資 料 篇 港 の 人( 2001 年 ) に 作 品 が あ る 。 12『 王 沢 不 渇 鈔 』 寛 永 11 年 ( 1634) 国 会 図 書 館 蔵 本 。 13 金 子 金 治 郎 校 注 ・ 訳 『 連 歌 集 』 新 編 古 典 文 学 大 系 小 学 館 ( 2001 年 )。
32 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 千 本 の 花 見 侍 る と て 、 和 漢 の 連 句 に 、 客 心 雨 滴 愁 / と ま れ か し 草 の 庵 の け ふ の く れ 」( 巻 19 雜 體 ) の 2 句 の 作 品 が 見 ら れ る 。 こ の 頃 の 作 品 は 、 和 漢 、 漢 和 聯 句 の 区 別 や 押 韻 な ど に つ い て は ま だ 整 え ら れ て い な い と 見 ら れ る 時 期 で あ っ た 。 第 二 期 第 二 期 第 二 期 第 二 期 、、、 盛 況 期、盛 況 期盛 況 期盛 況 期 ((((鎌 倉 〔1192-1333〕 末 期 か ら 江 戸 〔1602-1868〕 時 代 初 期 )))) 五 山 文 学 は 、 鎌 倉 時 代 の 後 期 か ら 室 町 時 代 を 通 じ て 五 山 の 禅 林 を 中 心 と し て 禅 僧 の 間 に 作 ら れ た 。 こ こ で 活 躍 し た 義 堂 周 信 の 『 空 華 日 用 工 夫 略 集 』( 康 暦 3 年 〔1381〕11 月 2 日 ) 14 に 、 凡そ吾が国俗の旧例として、和漢聯句の漢に韻有れど和には韻無し。今即ち新に 此を立て和も亦押韻す。 と 述 べ て い る 。 和 漢 聯 句 は 脇 の 漢 句 以 下 偶 数 句 の 漢 句 に は 韻 字 を 用 い 、 和 句 に は 適 用 し な い 。 漢 和 聯 句 は 脇 句(入 韻 句 と 呼 ぶ)の 和 句 に 韻 字 を 読 み 入 れ 、以 下 和 句・漢 句 を 選 ば ず 同 一 韻 を 隔 句 に 読 み 入 れ 、 漢 句 ・ 和 句 に も 押 韻 す る と い う 。 つ ま り 、 漢 和 聯 句 は こ の 時 期 か ら 押 韻 す る こ と と な っ た 。 ま た 、 義 堂 周 信 の 『 空 華 日 用 工 夫 略 集 』( 至 徳 元 年 〔1384〕11 月 晦 日 ) に 、 府君臨駕、余且迎接。君曰好山水。引上梅亭、迺君所書南枝二字、新掲南 軒。(略)官伴攝政等三五輩、僧伴普明國師・性海・太清等十餘人、點心罷復 會於南枝、倭漢聯句一百句。 と あ っ て 、 次 の 9 句 が 掲 載 さ れ て い る 。 カ ス ヤ 千 代 名 モ 玉 松 ノ 霰 カ ナ 二 条 良 基 14 蔭 木 英 雄 『 訓 注 空 華 日 用 工 夫 略 集 』 思 文 閣 ( 1982 年 ) 327 頁 。
通 識 教 育 學 報 第 十 期 33 歳 晩 喜 回 春 義 堂 周 信 チ ル 比 ノ 花 ヤ 山 チ ヲ カ ク ス ラ ン 足 利 義 満 鞋 香 草 欲 匂 義 堂 周 信 雪 ノ ア ユ ミ ハ ア ト モ シ ラ レ ス 二 条 良 基 ケ サ ミ ツ ル 花 ハ ム カ シ ニ チ リ ナ シ テ 足 利 義 満 春 遊 跡 易 陳 春 屋 妙 葩 秋 ノ 田 ノ ミ ツ ホ ノ 国 モ ヲ サ マ リ テ 二 条 良 基 冕 旒 拜 紫 宸 太 清 宗 渭 こ れ は 、「 真 韻 」 の 韻 目 を 押 韻 し て い る 。 こ の よ う に 、 連 衆 は 五 山 の 詩 僧 と 公 家 ・ 連 歌 師 な ど で 、 彼 ら の 文 芸 的 交 流 の 媒 体 と し て 盛 行 し た こ と を 伺 わ せ る 。 『 連 歌 総 目 録 』 15 に よ る と 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 作 品 は 正 慶 元 年 (1332) か ら 慶 長 5 年 (1600) ま で 、 和 漢 聯 句 は 218 件 、 漢 和 聯 句 は 31 件 が あ げ ら れ て い る 。こ れ ら の 作 品 か ら わ か る こ と は 、和 漢 ・ 漢 和 聯 句 が 公 家 ・ 武 家 ・ 禅 僧 の 三 社 会 を 中 心 と し て 行 わ れ て い た こ と で あ る 。特 に 、『 和 訓 押 韻 』の 作 者 と 擬 せ ら れ て い る 三 条 西 実 隆 の ほ か 、 里 村 紹 巴 、 幽 斎 玄 旨 、 後 陽 成 院 、 中 院 通 勝 等 の 作 品 が 多 く 残 さ れ て い る 。さ ら に 、彼 ら の 作 品 集 は 、『 和 漢 ・ 漢 和 中 院 素 然 ・ 永 雄 両 吟 千 句 』( 万 治 2 年 〔1659〕 板 ) 16 、『 石 鼎 集 』( 貞 享 〔1684-1687〕 頃 板 ) 17 、『 俳 諧 塵 塚 』( 寛 文 12 年 〔1672〕) 18 な ど は 江 戸 期 に な っ て か ら も 編 集 さ れ 、 刊 行 さ れ て い た 。 15 『 連 歌 総 目 録 』 明 治 書 院 1997 年 。 16『 和 漢 ・ 漢 和 中 院 素 然 ・ 永 雄 両 吟 千 句 』 万 治 2 年 板 (吉 田 幸 一 『 雄 長 老 集 』 下 巻 古 典 文 庫 1997 年 ) に 収 録 。 17『 石 鼎 集 』 貞 享 ( 1684) 頃 板 東 京 大 学 蔵 本 。 18 玄 旨 、紹 巴 、玄 圃 、英 甫 等 に よ る 漢 和 聯 句〔 100 句 〕が『 俳 諧 塵 塚 』( 重 徳 編 ) に 収 録 さ れ て い る 。( 中 村 俊 定 ・ 森 川 昭 校 注 『 貞 門 俳 諧 集 』 1 古 典 俳 文 学 大 系 一 集 英 社 1971 年 )。
34 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 第 三 期 第 三 期 第 三 期 第 三 期 、、、 転 換 期、転 換 期転 換 期転 換 期 ((((江 戸 〔1602-1868〕 前 期 )))) 江 戸 初 期 に 従 来 の 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 は 一 部 の 堂 上 派 の 連 衆 に 詠 ま れ て い た が 、 狂 詩 ・ 俳 諧 の 勃 興 に 伴 っ て 漢 和 俳 諧 に 変 容 し て き た 。 ま ず 、 寛 永 9 年 〔1632〕 成 立 の 『 徳 元 千 句 』 19 に 三 江 と 徳 元 と の 「 漢 和 之 俳 諧 」 が 見 ら れ る 。 漢和之俳諧 寒 - 月ハ誰カ氷 -餅ソ 三 江 雪 を 粉 に し て ち ら す 山 風 徳 元 鳴 神 や 石 う す を 引 音 な ら ん 徳 元 小 - 歌ハ頓 - 土 礱 三 江 ( 下 略 ) 此俳諧は 伊豆 國熱海在湯中のつれつ れに異なる興にもやと 百韵こと の 名 を か へ (中 略 )又 追 加 漢 和 の 狂 句 は 折 節 洛 陽 建 仁 寺 よ り 益 長 老 東 關下向ま しまし て不慮 に参會則 章句を 申請両 吟につら ねなら へ侍る は知識の金言をけかし侍る事嘲哢をまねくものか。 寛永九暦仲冬日至 齋藤齋宮頭入道 徳元 在判 と あ る 。 こ の 「 漢 和 之 俳 諧 」 は 「 東 」 の 韻 を 踏 ん で い る 。 ま た 、 笹 野 堅 が 『 徳 元 千 句 』 の 解 説 に 、 中世に於ける和歌、連歌、俳諧の推移に見ても、民衆との距離が遠く、 連歌は俳諧よりも民衆との距離が近くはなかつた。中世に盛んであつた 連歌が最も中世的な表徴であつたとすれば、中世に始つた俳諧は寧ろ近 世の嗜好を表示したものであらう。 と 述 べ て い る 。 こ こ で 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 か ら 俳 諧 和 漢 ・ 漢 和 へ の 移 19 『 徳 元 千 句 』 (笹 野 堅 『 斉 藤 徳 元 集 』 古 今 書 院 昭 和 11 年 〔1936〕 ) 136 頁 。
通 識 教 育 學 報 第 十 期 35 行 も 連 歌 か ら 俳 諧 へ の 移 行 も 同 じ 系 列 の も の と 考 え て い い だ ろ う 。 ま た 、忍 や ま の 山 人 の『 牛 刀 毎 公 編 』( 寛 文 12 年〔1672〕)の 自 序 20 に 、 俳 -諧漢和十 -二韻 -獨リ詠 レ之ヲ以テ伸ヘ二寸-心ヲ一。忝ク モ願フレ拜二‐上於 菅 社ニ 一者ノ有リレ年矣。 と あ る よ う に 、 忍 や ま の 山 人 に よ る 十 二 の 韻 目 順 〔 東 ・ 支 脂 之 ・ 虞 模 ・ 真 諄 臻 ・ 元 魂 痕 ・ 寒 桓 ・ 先 仙 ・ 蕭 宵 ・ 麻 ・ 陽 唐 ・ 庚 耕 清 ・ 尤 侯 幽 〕に 俳 諧 の 和 漢 ・ 漢 和 押 韻 の 独 吟 俳 諧 百 韻 の 連 作(付 録 に 冬 韻 と 灰 韻 の 韻 字 俳 諧 各 100 句 が 載 っ て い る)が 見 ら れ る 。 尾 形 仂 の 『 俳 諧 史 論 考 』 の 「 和 漢 俳 諧 史 年 表 」 21 に よ れ ば 、 寛 永 9 年 (1632) か ら 元 禄 11 年 (1698) ま で に 約 50 件 の 俳 諧 漢 和 ・ 和 漢 の 作 品 と そ れ に 関 す る 記 事 が 見 ら れ る 。 ま た 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 作 品 集 と し て は 、『 和 漢 漢 和 中 院 素 然・永 雄 両 吟 千 句 』( 万 治2年〔1659〕)、 『 石 鼎 集 』( 貞 享 〔1684~1688〕 頃 ) 等 も こ の 時 期 に 刊 行 さ れ た 。 江 戸 時 代 に な っ て か ら 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 を 詠 む 連 衆 は 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 連 衆 だ け で は な く 、俳 諧 の 連 衆 も 和 漢・漢 和 聯 句 を 詠 ん で い た 。 さ ら に 、 俳 諧 漢 和 ・ 和 漢 ま で に 進 展 し て い た こ と は 確 実 で あ る 。 第 四 期 第 四 期 第 四 期 第 四 期 、、、 衰 退 期、衰 退 期衰 退 期 (衰 退 期(((江 戸 〔1602-1868〕中 期 )))) 宝 永 年 間 以 後 に 現 存 す る 俳 諧 漢 和・和 漢 の 作 品 は 六 林 の『 峨 洋 篇 』 ( 明 和 3 年〔1766〕)、素 兆 の『 俳 諧 漢 和燈 下 吟 』( 安 永 3 年〔1774〕)等 22 が 見 ら れ る が 、『 俳 諧 漢 和燈 下 吟 』 に 、 松とりていまだ間もなき門を叩て訪ひ来るは、俚玉庵の主なり。(中略)。 蕉門の風雅あまねく世に翫べども、漢和を唱る者は、百にして一つにも 足らず。廃れるに近きを嘆き、是を勧めて起さむと思ふにあり。(下 略) と あ り 、 俳 諧 漢 和 を 詠 む 人 は 「 百 に し て 一 つ に も 足 ら ず 」 と 言 う 寂 20 忍 や ま の 山 人 『 牛 刀 毎 公 編 』 (国 文 学 研 究 資 料 館 マ イ ク ロ フ ィ ル ム 版 )。 21 尾 形 仂 『 俳 諧 史 論 考 』 桜 楓 社 昭 和 52 年 (1977)183~ 185 頁 。 22 『 名 古 屋 叢 書 三 編 』 第 18 巻 1( 名 古 屋 市 蓬 左 文 庫 編 1985 年 ) 343 頁 。
36 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 し さ で あ る と い う 。 ま た 、蝙 蝠 庵 散 人 が『 俳 諧 漢 和 手 引 草 』の 後 序( 明 和 2 年〔1765〕) 23 に 、 此小冊、濃陽に遊ぶ日、ある古院の蔵書より求得たる儘写し畢。ひそか におもふに、漢和のもて遊び六七十年来は一向にすたれたる也。貞享元 禄の頃より享保の中比までも、風雅の世話をやく人もしばらくおいて論 ぜずやありけん。 と 述 べ ら れ て い る 。 後 序 の 「 漢 和 の も て 遊 び 六 七 十 年 来 は 一 向 に す た れ た る 也 」 と い う 文 脈 か ら 、 元 禄 末 期 以 後 は 、 一 般 俳 壇 の 衰 頽 と 共 に 和 漢 ・ 漢 和 も 自 然 に 廢 れ て い っ た こ と が わ か る 。 更 に 、『 翁 草 』 24 の 「 享 保 年 間 洛 俳 諧 の 噂 」( 巻 百 五 ) に 次 の よ う な 記 事 が 載 っ て い る 。 漢和の俳諧は、近世にては真珠庵如泉を世に賞せり。如泉没して後は、 四時堂其諺を賞す。晩山知石など次之。其點者に寄ては漢和の點斷云ふ も多し。 と あ り 、 近 世 の こ の 時 期 に お け る 和 漢 ・ 漢 和 俳 諧 の 諸 相 が こ の 記 事 で 明 ら か に な っ て い る 。
二
二
二
二 、
、
、
、 和 漢
和 漢
和 漢 ・
和 漢
・
・
・ 漢 和 聯 句
漢 和 聯 句 の
漢 和 聯 句
漢 和 聯 句
の
の 式 目
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式 目
式 目
式 目 に つ い て
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に つ い て
に つ い て
式 目 は 法 式 の 箇 条 書 き 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 式 目 は 連 歌 ・ 俳 諧 を 吟 ず る た め 守 る べ き 禁 制 ・ 故 実 を さ す 。 応 安 5 年 (1372) 二 条 良 基 が 『 応 安 新 式 』 を 定 め て 、 連 歌 法 度 を 全 国 的 に 制 定 統 一 し た 。 前 述 し た よ う に 、 中 世 期 に 流 行 し 始 め た 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 式 目 は 、 一 条 兼 良 の 『 連 歌 初 学 抄 』( 享 徳 元 年 〔1452〕) の 「 賦 物 篇 」「 式 目 篇 」「 和 漢 篇 」 の 三 部 の 中 の 「 和 漢 篇 」 で あ る 。 23 同 前 注 。 24 神 沢 杜 口 『 翁 草 』(4)日本随筆大成 第 3 期 22 巻 吉川弘文館 平成 8 年(1996 年)。通 識 教 育 學 報 第 十 期 37 和漢篇25 一 大概法、可用連歌式目事 一 和漢共以五句為限、但至漢對句可及六句事 一 景物草木等員數、和漢可通用事、但雨、嵐、昔、古曉、老等之類、各 可用之 (下略) 關白一 条 兼 良御判 こ の 七 条 の 「 和 漢 篇 」 は 、 近 世 に 出 版 さ れ た 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の た め の 韻 書 、『 和 訓 押 韻 』(『 十 一 韻 』)の 付 録 に も 付 け ら れ て い る の で 、 多 く の 規 範 に な っ た と 考 え ら れ る 。 ま た 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の 盛 況 期 に こ の 作 法 ( 式 目 ) 整 え た の は 徳 大 寺 実 淳 の 『 漢 和 法 式 』(1498年 ) 26 で あ る 。 一 端作漢和聯句ト四字ニ書也。 一 第唱句出來ノ時、其内ノ平字、其韻ノ字ヲ除テ、入韻ノ字ヲ定ル也 (中略) 明応七暦三月下旬 槐下散班 近 世 期 に な る と 、 堂 上 派 に 対 し て 地 下 派 の 勢 い が 進 展 し て 、 連 歌 か ら 俳 諧 へ 移 り 、 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 も 俳 諧 漢 和 ・ 和 漢 へ と 変 化 し て い っ た 。 そ の た め に 、 俳 諧 漢 和 ・ 和 漢 に 対 応 す る 式 目 が 次 々 と 編 纂 さ れ 刊 行 さ れ た 。 野 々 口 立 圃 が 『 は な ひ 草 』( 寛 永 13 年 〔1636〕) 27 に 「 和 漢 篇 」 を 加 え て い る 。 和漢篇 一 大概可レ用二俳諧之法一事。 一 和漢共以二五句一為レ限。但至二漢対一可レ及二六句一事。 25 岡 見 正 雄 校 『 良 基 連 歌 論 集 』 古 典 文 庫 第 63 冊 ( 昭 和 27 年 〔 1952〕)。 26『 續 群 書 類 従 』 第 十 七 輯 上 続 群 書 類 従 完 成 会 昭 和 32 年 ( 1957)。 27 小 高 敏 郎 等 校 注『 貞 門 俳 諧 集 』2( 古 典 俳 文 学 大 系 二 集 英 社 昭和 47 年〔 1972〕)。
38 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 (中略) ま ず 、 俳 諧 の 最 初 の 式 目 書 が 一 介 の 町 人 で あ る 立 圃 に よ っ て 編 纂 さ れ た こ と が 特 筆 さ れ る 。 ま た 、 重 頼 の 『 毛 吹 草 』( 自 序 は 寛 永 15 年 〔1645〕) に 、 一 俳諧の指合は、昔より和漢の法に用之。當代に至りても大方同じ。 但其席に依べし。 一 十句の内、禁制之物連歌に同。 (下略) と 述 べ ら れ て い る 。 そ し て 、 寛 永 18 年 (1641) に 斎 藤 徳 元 の 『 俳 諧 初 学 抄 』は 、庶 民 向 け と い う よ り も 、「 君 命 」に よ っ た も の で 、和 漢 連 歌 の 方 式 に 準 じ て 、 俳 諧 の 方 式 を 定 め て い る 。 ま た 、 松 永 貞 徳 の『 俳 諧 御 傘 』に 収 め る 有 名 な 式 目 歌 に「 俳 諧 は 式 目 ぞ な き 大 方 は 和 漢 の 如 く 去 り 嫌 ふ べ し 」 28 と あ り 、 俳 諧 の 式 目 が 「 和 漢 の 法 」 を 適 用 し て い た こ と か ら 、初 期( 貞 門 期 )俳 諧 の 連 衆 は 俳 諧 、俳 諧 漢 和 ・ 和 漢 等 を 詠 む と い う こ と が 自 然 の 流 れ だ っ た と 推 定 で き る 。
三
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と 韻 書
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成 立
和 漢 聯 句 ・ 漢 和 聯 句 は 聯 句 と 連 歌 を 結 合 さ せ た 言 語 遊 戯 で あ る 。 『 詩 経 』 の 昔 か ら 、 中 国 の 詩 は 必 ず 韻 を 踏 み 、 概 ね 句 の 末 尾 に 韻 を 踏 む 。「 脚 韻 」は 詩 歌 の 句 末 が 同 じ 韻 に 備 え て あ る こ と も「 押 韻 」と い う の で あ る 。 韻 と は 、 音 の 響 き の 意 で あ る 。 つ ま り 、 同 じ 音 の 響 き を 、 一 定 の 位 置 に 置 く こ と に よ っ て 、 耳 に こ こ ろ よ い と い う 効 果 を 生 ず る の で あ る 。 連 歌 は 5・7・5 の 発 句 に 7・7 の 脇 句 を 付 け 、そ れ に 5・7・5 の 第 3 句 を 付 け る と い う ふ う に し て 、5・7・5 と 7・7 の 句 を 交 互 に 連 ね て 、 最 後 の 挙 句 に 至 る 。 連 歌 は 末 尾 に 「 脚 韻 」 を 踏 む こ と は な く 、 28 赤 羽 学 『 校 注 俳 諧 御 傘 』( 福 武 書 店 昭 和 55 年 〔 1980〕) 解 説 の 8 頁 。通 識 教 育 學 報 第 十 期 39 一 句 ご と に 句 境 を 展 開 さ せ て ゆ く こ と が 肝 心 な こ と で あ る 。 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 を 詠 む 時 、 聯 句 と 連 歌 と が 融 合 す る た め に 、 義 堂 周 信 は 『 空 華 日 用 工 夫 略 集 』( 康 暦 3 年 〔1381〕11 月 2 日 ) に 、 凡そ吾が国俗の旧例として、和漢聯句の漢に韻有れど和には韻無し。今即ち新に 此を立て和も亦押韻す と 述 べ て い る 。 つ ま り 、 漢 和 聯 句 を 詠 む 時 に は 、 漢 句 も 和 句 も 押 韻 す る 必 要 が あ る と い う の で あ る 。 中 世 期 に ど ん な 辞 書 が 利 用 さ れ て い た か に つ い て 、 大 曽 根 章 介 29 が 、 鎌倉時代における詩会の盛行は、貴族が作詩の能力と広範な知識を有し ていたことを示すとも言えるが、そのために当代には種々の作詩指南書 や、故事金言集が著されている。幼童の作詩参考書としては菅原為長の 『文鳳抄』が最もよく知られる。 と 述 べ て い る よ う に 、『 文 鳳 抄 』が 当 時 、公 家 の 連 衆 に 作 詩 の 参 考 書 と し て は 最 も 一 般 的 な 韻 書 と し て 使 わ れ て い た 。 そ し て 、 五 山 文 学 の 発 展 に 伴 っ て 禅 僧 た ち が 当 時 よ く 使 用 し て い た 韻 書 と 類 書 に つ い て は 、 大 庭 脩 の 「 僧 侶 と 漢 籍 」 30 に 、 『礼部韻略』『古今韻会挙要』『韻府群玉』『氏族排韻』などが代表的な韻 書で、それらの中国版が渡来するだけでなく、五山版31の中にこれらが含 まれ日本で印行されていることは、いかに需要がたかかったかを示して いる。また、虎関師錬によって『聚分韻略』という韻書が作られ、南北 29 「 和 漢 兼 作 の 人 々 と 唱 導 の 大 家 」( 大 曽 根 章 介『 日 本 漢 文 学 論 集 』第 1 巻 汲 古 書 院 平 成 10 年 )172 頁 。 30 大 庭 脩 「 僧 侶 と 漢 籍 」 (『 漢 籍 輸 入 の 文 化 史 』 研 文 出 版 1997 年 ) 84 頁 。 31 川 瀬 一 馬 『 古 活 字 之 研 究 』( 日 本 古 書 籍 商 協 会 1967 年 ) 75 頁 に 、「 五 山 版 」 に つ い て 、 以 下 の よ う な 字 書 類 が 見 ら れ る 。 『 増 補 互 註 禮 部 韻 略 』 南 北 朝 刊 。 日 本 永 春 刀 。 『 古 今 韻 会 挙 要 』 三 十 巻 10 冊 応 永 5 年 ( 1398) 刊 。 『 韻 府 群 玉 』 南 北 朝 刊 。 彦 明 ・ 長 有 等 刻 工 名 が あ る 。 『 新 編 排 韻 増 廣 事 類 氏 族 大 全 』 十 集 明 徳 4 年 ( 1393) 刊 。
40 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 朝から室町時代にかけて十二種類の版本が出た。 と 述 べ ら れ て い る 。 中 国 の 韻 書 、 類 書 に 関 し て は 、 中 世 期 に 様 々 な 辞書 が 日 本 に 入 っ て き た こ と が わ か る 。 ま た 、 虎 関 師 錬 は 『 聚 分 韻 略 』を 編 纂 し 、刊 行 し た 。こ れ ら の 利 用 に つ い て は 、『 空 華 日 用 工 夫 略 集 』、『 実 隆 公 記 』、『 宣 胤 卿 記 』、『 鹿 苑 日 録 』、『 言 継 卿 記 』 な ど の 日 記 類 か ら 、室 町 時 代 後 期 か ら 江 戸 時 代 初 期 の 間 に は 、『 聚 分 韻 略 』、 『 広 韻 』、『 洪 武 正 韻 』、『 韻 府 群 玉 』、『 古 今 韻 会 挙 要 』、『 韻 会 小 補 』 な ど の 韻 書 ・ 類 書 が 公 家 ・ 武 家 ・ 禅 僧 の 三 社 会 で 使 用 さ れ て い た こ と が 明 ら か で あ る 。 江 戸 期 に 入 る と 、 出 版 物 の 発 達 、 町 人 文 学 の 台 頭 な ど と 社 会 環 境 が 変 化 し て き た こ と と あ い ま っ て 、『 聚 分 韻 略 』に 基 い て 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の た め の 韻 書『 十 一 韻 』〔『 和 訓 押 韻 』〕、『 漢 和 三 五 韻 』、『 和 語 畧 韻 』 等 の 版 本 が 刊 行 さ れ る よ う に な っ た 。 『 漢 和 三 五 韻 』 32 の 序 文 に 、 此三五韻は、宇都宮氏由的の述る處なり。そのかみ後常ママ恩寺殿のぬき出 給ひし和訓押韻に、誰の人か元韻を加て十二韻といひて、世に行はれ侍 る。今 又 冬灰歌の三の韻をそへしは、和漢に用べき文字共おほくて、 麻元などにおさおさおとるまじきによりてなん。さきの十一韻いつの程 よりか梓にちりばむる時、烏焉の誤有にや、入韻の字より始おぼつかな き事多く、入べき文字もれたるたぐひ有を、是かれ韻書共たゞし合せて ことなりぬ(下略)。 と あ り 、 こ れ に よ る と 、 最 初 に 作 ら れ た の が 十 一 の 韻 目 か ら な る 十 一 韻 で あ る 。 そ れ に 、 あ ら た に 「 元 痕 魂 」 が 加 え ら れ 、 十 二 韻 が 作 ら れ た 。 さ ら に 、 十 五 韻 で 「 冬 ・ 灰 ・ 歌 」 が 増 え て い る 。 三 十 一 韻 は 「 江 ・ 微 ・ 魚 ・ 齊 ・ 佳 皆 ・ 文 欣 ・ 刪 山 ・ 肴 ・ 豪 ・ 青 ・ 蒸 登 ・ 侵 ・ 覃 談・ 鹽 添 ・ 咸 銜 ・ 巌 凡 」が 加 わ っ た 。以 下 の 1~4 の 韻 書 は い ず れ 32 『 漢 和 三 五 韻 』 (静 嘉 堂 マ イ ク ロ フ ィ ル ム 版 )。
通 識 教 育 學 報 第 十 期 41 も 『 聚 分 韻 略 』 に 基 い て 成 立 し た も の で あ る 。 1. 十 一 韻 『和訓押韻』(「北岡本」 33 、「松平本」 34 、「龍門本」 35 ) 2. 十 二 韻 『 韻 字 之 書 』 36 、『 韻 字 記 』、『 増 補 倭 訓 押 韻 』 37 3. 十 五 韻 『 漢 和 三 五 韻 』( 宇 都 宮 由 的 撰 ) 38 4. 三 十 一 韻 『 和 語 略 韻 』( 松 峯 散 人 撰 ) 39 ま ず 、『 和 訓 押 韻 』 の 成 立 と 利 用 に つ い て は 、 深 沢 真 二 氏 の 「『 和 訓 押 韻 』考 」 40 に 詳 し い 。深 沢 氏 は 、断 片 的 な 付 合 の 抄 出 で は な く 、 一 巻 が ま と ま っ て 今 日 ま で 伝 わ る 漢 和 聯 句 の う ち 最 も 古 い も の は 、 『 空 華 日 用 工 夫 略 集 』 の 記 事 か ら 百 年 余 り 経 過 し た 、 次 の を 取 り あ げ 、 ① 文明 14 年(1482)3 月 26 日、漢和百句(支韻) 次 い で 、 十 六 世 紀 前 半 の 実 作 の 資 料 と し て は 、 次 の 3 件 の 漢 和 聯 句 が 伝 存 す る の み で 、 ② 永正 15 年(1518)の成立か、漢和百句(陽韻) ③ 享禄年間(1528~1532)の成立か、漢和百句(支韻) ④ 天文 19 年(1550)4 月 28 日、漢和百句(支韻) こ の 4 件 の う ち 、「②永 正 15 年 の 成 立 か 、漢 和 百 句( 陽 韻 )」を 除 い て 、3 件 が 同 じ く 「 支 韻 」 を 用 い て い る た め に 、『 和 訓 押 韻 』 の 写 本 「 松 平 本 」、「 北 岡 本 」、 及 び 「 版 本 」( 正 保 2 年 〔1645〕) の 韻 字 、 熟 語 等 を 比 較 し 、 そ の 結 果 を 次 の よ う に 述 べ ら れ て い る 。 33 「北岡本」(熊本大学永青文庫蔵、写本 1 冊、天正 20 年〔1592〕書写の識語がある)。 34「 松 平 本 」( 島 原 図 書 館 松 平 文 庫 蔵 、 写 本 1 冊 識 語 ナ シ )。 35 「 龍 門 本 」( 龍 門 文 庫 蔵 、 写 本 1 冊 、 識 語 ナ シ )。 36『 韻 字 之 書 』 2 冊 ( 宮 内 庁 書 陵 部 蔵 本 )。 37 叡 山 文 庫 蔵 『 韻 字 記 』( 駒 沢 国 文 第 16 号 昭 和 49 年 11 月 )。 『 増 補 倭 訓 押 韻 』 3 冊 ( 聖 護 院 蔵 本 )。 38 『 漢 和 三 五 韻 』( 貞 享 3 年 〔 1686〕 刊 ) 宇 都 宮 遯 庵 に よ っ て 編 纂 さ れ た 。 39『 和 語 略 韻 』( 元 禄 11 年 〔 1698〕 刊 ) 松 峯 散 人 序 。 4 0 深 沢 真 二 「『 和 訓 押 韻 』 考 」 (『 国 語 国 文 』 65 巻 第 5 号 1996 年 5 月 ) 。
42 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 3 件の漢和聯句でのべ 70 箇所に和句による押韻があるが、3 件ともに用 いられた韻字は吹・漪・芝・為・卑・遺・衰・之の 8 種にも及ぶ。3 件 のうちに 2 件に共通する韻字は枝・遅・籬・知・悲・誰・颸・池・移の 9 種、他に 28 種の韻字が用いられていた。(中略)。とくに、熟語の用 例が共通して見られるのは偶然とは思わない。①③④はいずれも禁裡御 会であったが、時間的に大きく隔たり連衆は相当に異なっている。それ にもかかわらず特定の字種や熟語に用例が集中した理由は、和訓に適し た韻字を抜き書きして熟語の例も添えた、簡便な韻字の集が連衆の間に 継承されていたためと考えられる。 こ こ で 、 深 沢 真 二 氏 は 1482 年 か ら 1550 年 ま で に 、 漢 和 聯 句 の 簡 便な 韻 書 が こ の 時 期 に 成 立 し た か と 推 測 し て お ら れ る 。 ま た 、 深 沢 真 二 氏 が 指 摘 し て お ら れ る こ の 3 件 の 漢 和 に 共 通 用 い ら れ て い た 八 種 の 韻 字 を 、『 和 訓 押 韻 』の 三 本(「 松 平 本 」、「 北 岡 本 」、 「 版 本 」) に 照 ら し て 見 た と こ ろ 、「 松 平 本 」 の 注 記 に 一 致 し 、 さ ら に 、 深 沢 真 二 氏 は 、 前 述 し た ① か ら ④ の 作 品 の ほ か に 、 以 下 の 九 つ の 作 品 を 加 え て 、 ⑤ 弘治 2 年(1556)8 月 21 日、千句第三、漢和百句(陽韻) ⑥ 同日、千句第五、漢和百句(支韻) ⑦ 同 23 日、千句第九、漢和百句(庚韻) ⑧ 永禄 12 年(1569)5 月 23 日、漢和百句(支韻) ⑨ 成立年時未詳、策彦・紹巴両吟和漢千句第一、漢和百句(支韻) ⑩ 同千句第三、漢和百句(先韻) ⑪ 同千句第五、漢和百句(庚韻) ⑫ 同千句第七、漢和百句(尤韻) ⑬ 同千句第九、漢和百句(陽韻) こ れ ら の 作 品 を 三 本 の 『 和 訓 押 韻 』 を 比 較 す る と 、 や は り こ こ で も 松 平 本 が 最 も 押 韻 の 実 例 に 近 い と 述 べ ら れ て い る 。
通 識 教 育 學 報 第 十 期 43 さ ら に 、『 和 訓 押 韻 』(「 松 平 本 」)は「 北 岡 本 」( 天 正 20 年(1592)) よ り 、 以 前 に 成 立 し た と 推 測 し て い る 。 こ こ で 、 深 沢 真 二 氏 の 研 究 を 踏 ま え な が ら 、 先 に 、『 聯 句 連 歌 と 韻 書 の 研 究 資 料篇 』 で 次 の 12 件 を 中 心 に 、 韻 字 の 調 査 を し た が 、 そ の 結 果 を 以 下 に 記 す 。 (一)文明 14 年 3 月 26 日成立(1482)漢和聯句〔支韻上 平〕 押韻している韻字「絲・吹・漪・思・脂・施…」 (二)天文 19 年 4 月 28 日成立(1550)漢和聯句〔支韻上 平〕 押韻している韻字「垂・漪・遅・移・時・居…」 (三)天文 24 年 3 月 25 日成立「千句」第一(1555)漢和聯句〔屋韻入聲〕 押韻している韻字「木・宿・舳・竹・麓・睦…」 (四)天文 24 年 3 月 27 日成立「千句」第七(1555)漢和聯句〔寘韻去聲〕 押韻している韻字「視・灑・靡・巳・使・地…」 (五)策彦 紹巴両吟『千句』第一 (1558~1569)漢和聯句〔支韻上平〕 押韻している韻字「吹・竒・時・差・之・遅…」 (六)永禄頃漢和千句策彦 紹巴両吟 第三(1558~1569)漢和聯句〔先韻下平〕 押韻している韻字「年・天・舩・湔・傳・邊…」 (七)永禄頃漢和千句策彦 紹巴両吟 第五(1558~1569)漢和聯句〔庚韻下平〕 押韻している韻字「桜・明・声・横・晴・檠…」 (八)永禄 12 年 5 月 23 日成立漢和(百句)両吟(1569)漢和聯句〔支韻上平〕 押韻している韻字「吹・時・移・絲・滋・遅…」 (九)天正 4 年 3 月 3 日成立(1576)漢和聯句〔庚韻下 平〕 押韻している韻字「傾・鳴・行…」 (十)元和 8 年 12 月 7 日成立(1622)漢和聯句〔庚韻下 平〕 押韻している韻字「声・晴・栄・鶯・傾・争…」 (十一)寛永 12 年 6 月 3 日成立(1635)漢和聯句〔尤韻下 平〕 押韻している韻字「楼・幽・秋・萩・舟・賙…」 (十二)寛文 13 年 3 月 26 日成立(1637)漢和聯句〔真韻上 平〕 押韻している韻字「春・人・鱗・麟・民・旬…」 以 上 を 『 和 訓 押 韻 』(「 十 一 韻 」) の 韻 字 と 比 較 す る と 、「 松 平 本 」 に は 見 ら れ な い 韻 字 が 増 え て い る こ と が わ か る 。( 一 )の 第 14 句「 施 」、 56 句「 炊 」、94 句「 犂 」三 箇 所 と( 二 )の 第 46句「 飢 」、72 句「 惟 」、
44 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 86 句 「 炊 」、96 句 「 漓 」 は 「 松 平 本 」 に は 見 ら れ な い 韻 字 で あ る 。 ( 三 )、( 四 )の よ う に 天 文 24 年 に 至 る と 、漢 和 聯 句 も ま す ま す 盛 ん と な り 、 本 来 の 平 声 の み で 済 ま せ る の で は 面 白 さ が 少 な く 感 じ ら れ た の で あ ろ う 。 平 声 を わ ざ と 用 い ず 、 仄 声 の 文 字 の み を 用 い て 句 を 作 る よ う な 言 語 遊 戯 と し て は よ り 高 度 な も の が 現 れ て く る の で あ る 。 次 の( 三 )、( 四 )の 天 文 24 年 (1555) 漢 和 聯 句 は 、 全 て 仄 声 の 韻 字 ば か り で あ る 。 深 沢 真二 氏 は 、『 和 訓 押 韻 』の 韻 字 に「 松 平 本 」の「 熟 語 の 特 殊 な 訓 読 」「 単 字 の 訓 を 含 み 込 む よ う な 熟 語 の 例 」の 方 が 一 致 し て い る と し て 、「 松 平 本 」 は 「 北 岡 本 」 よ り 早 く 成 立 し た も の 41 と 述 べ て い る が 、『 和 訓 押 韻 』の 出 典 に つ い て 、注 文 の「 熟 語 」の 用 例 は『 河 海 抄 』 か ら 抄 出 し た も の と 考 え ら れ る た め 、 深 沢 氏 の 説 は 必 ず し も 当 た ら な い と 思 わ れ る 。当 時 、『 河 海 抄 』の よ う な 書 物 は 一 般 的 に 読 ま れ て い た も の と 推 定 で き る か ら で あ る 。 41 注 40 と 同 じ 。
通 識 教 育 學 報 第 十 期 45 ( 三 ) 天 文 24 年 3 月 25 日 (1555) 成 立 「 千 句 」 第三漢和聯句〔屋韻入 聲〕 1 鞭 蹇 在 尋 花 入 右 2 雲 こ そ う つ め 峯 の 桜 木 覚 恕 3 か す み よ り う つ ろ ふ 月 の く れ そ め て 御 製 4 林 遙 難 借 宿 入 宮 (下略) ( 四 ) 天 文 24 年 3 月 27 日 (1555) 成 立 「 千 句 」 第七漢和聯句〔寘韻去 聲〕 1 花 獻 御 爐 香 長 雅 2 か す み を 月 の か り と そ 視 中 大 3 星 も ま た の こ る 朝 あ け 長 閑 に て 四 大 4 か た へ の 山 路 雨 灑 ら し 冷中 〔表一〕十一韻、十二韻、十五韻各韻目の韻字数の対照表 十一韻 十一韻 十一韻 十一韻 十二韻十二韻十二韻十二韻 十五十五十五十五韻韻韻韻 件数 件数 件数 件数 韻目韻目 韻目韻目 韻字韻字数韻字韻字数数 数 松 北 龍 書 記 三 五 韻 聚分聚分聚分聚分 (一) 支韻上 平 49 42 44 43 48 48 48 (二) 支韻上 平 50 42 45 44 48 48 50 (三) 屋韻入 聲 49 × × × × × × 49 (四) 寘韻去 聲 47 × × × × × × 47 (五) 支韻上 平 50 42 44 44 44 44 49 (六) 先韻下 平 50 39 40 39 48 47 50 (七) 庚韻下 平 46 38 38 38 44 44 46 (八) 支韻上 平 50 43 45 43 45 44 49 (九) 庚韻下 平 3 3 3 3 3 3 3 (十) 庚韻下 平 48 39 41 41 44 44 48 (十一) 尤韻下 平 50 38 38 39 43 45 50 (十二) 真韻上 平 48 30 34 36 46 46 46 注:「件数」は前述の(一)~(十二)件。 「韻目」はそれぞれの漢和聯句についての韻目(押韻)である。 「韻字数」は 100 句の中に押韻している数。 「十一韻」、「十二韻」、「十五韻」、「聚分韻略」は韻書にどのぐらい載っているかの数である。 「(九)」の漢和聯句は 8 句しか詠まれていない。
46 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺 (下略) 漢 和 聯 句 が 本 格 的 に 行 わ れ 出 し た の は 応 仁 の 乱 後 の 文 明 期 で あ る が 、早 く も 天 文 24 年 に は 仄 声 の み の も の が 詠 ま れ て い る 。こ れ は 天 皇と 覚 恕 と い う 禅 僧 と 公 家 衆 と が 連 衆 に 加 わ っ て 詠 ん で い る 。 注 目 す べ き は 五 山 衆 が 漢 句 ば か り で な く 、 和 句 も 詠 ん だ こ と で あ る 。 ま た 、 天 皇 も 公 家 衆 も 漢 句 を 詠 み 、 韻 脚 字 の 押 韻 を 規 定 通 り に 行 っ て い る 。 平 声 で 押 韻 す る だ け で も 困 難 が 伴 う の に 、 さ ら に 難 し い 仄 声 で 百 句 一 巻 が 成 り 立 っ て い る 。 こ れ は 言 語 遊 戯 と し て は 相 当 に 高 度 な 営 み で 、 通 常 行 わ れ て い る よ り は 、 更 に 進 展 し た も の で あ っ た 。 ( 五 ) は 禅 僧 策 彦 周 良 と 連 歌 師 里 村 紹 巴 と の 両 吟 千 句 で 、 第 一 は 上 平 の 支 韻 で あ る 。漢 和 聯 句 は 支 韻 の も の が も っ と も 多 い 。「 北 岡 本 」 と 「 松 平 本 」 と を 比 較 す る と 、「 松 平 本 」 で 韻 字 が 不 足 す る の は 第 20 句 「 琵 」( 多 情 彈 要 琵 )、26 句 「 支 」( 要 津 州九 支 )、36 句 「 嵋 」 ( 雲片 掩 峨 嵋 )、60 句「 滋 」( 左 ゝ す む す む 袖 の つ ゆ は 滋 )、78句「 訾 」 ( 離 變 難 免 訾 )、88 句 「 緇 」( 許 由 禁 耳 緇 ) の 六 箇 所 で あ る 。 同 じ く 「 北 岡 本 」で 検 索 す る と 第 16 句「 涯 」( 故鄉天一 涯 )、20 句「 琵 」( 多 情 彈 要 琵)、36 句 「 嵋 」( 雲 片 掩 峨 嵋 )、78 句 「 訾 」( 離 變 難 免 訾 )、 90 句 「 来 」( ふ け て 碪 の 又 ひ ゝ き 来ヌ) の 5 箇 所 で あ り 、「 松 平 本 」 よ り 「 北 岡 本 」 の 方 が 、 韻 字 が 多 い 分 だ け 適 合 す る 頻 度 が 高 い の で あ る 。 ( 六 ) の 策 彦 ・ 紹 巴 「 両 吟 千 句 」 の 第 三 は 下 平 の 先 韻 で あ る が 、 こ れ も ( 五 ) と 同 断 で あ る 。( 七 ) の 策 彦 ・ 紹 巴 「 両 吟 千 句 」 の 第 五 も ほ ぼ ( 五 )、( 六 ) の 2 例 と 同 じ よ う な 傾 向 に あ る が 、 こ れ は 下 平 の 庚 韻 で あ り 、「 北 岡 本 」よ り「 松 平 本 」の 方 が 適 合 度 が 高 い 。す な わ ち 、 第 12 句 「 檠 」( 燈 殘 一 短 檠 )、36「 嶸 」( か け は し け み の 山 の 崢 嶸サ)句 の 二 箇 所 、「 松 平 本 」に は あ る が 、「 北 岡 本 」に は 存 し な い 。 そ の 逆 の 例 は 第 24 句 「 旌 」( 一 釣 換 三 旌 )が 「 北 岡 本 」に あ り 、「 松
通 識 教 育 學 報 第 十 期 47 平 本 」 に な い 。〔 表 一 〕 の よ う に ( 五 )、( 六 )、( 七 )(八)、(十)、(十 二)の 6 件 を 見 て も 「 松 平 本 」 の 韻 字 数 が や や 不 足 し て い る 。 義 堂 周 信 の 『 空 華 日 用 工 夫 略 集 』 や 『 実 隆 公 記 』 の 記 事 に よ り 、 義 堂 の 時 代 に 既 に 漢 和 聯 句 が 行 わ れ て い た こ と が わ か る が 、 わ れ わ れ が 実 際 に 確 認 し 得 る の は 、『 連 歌 総 目 録 』に よ る と 、文 明 期 に 入 っ て か ら の も の で 、「 文 明 14 年 (1482) の 漢 和 百 句 」 が 比 較 的 早 い も の で あ る 。 成 立 件 数 の 上 で 漢 和 聯 句 が 和 漢 聯 句 を 凌 ぐ に 至 る の は 、 天 正末 期 か ら 正 保 頃 に か け て の こ と で あ る 。こ の 時 期 に『 和 訓 押 韻 』 の 「 北 岡 本 」 が で き 、 続 い て 「 松 平 本 」、「 龍 門 本 」 が 現 れ て い る 。 こ の 漢 和 聯 句 の 室 町 時 代 後 期 か ら 江 戸 時 代 初 期 の 間 に は 、『 実 隆 公 記 』 の 記 事 に よ っ て も 知 ら れ る 通 り 、 公 家 ・ 武 家 ・ 禅 僧 の 三 社 会 が 融合 す る に 従 い 、 こ の 五 山 衆 ・ 武 家 衆 の 交 流 の 道 具 と し て 聯 句 連 歌 が 大 き な 役 割 を 果 た し た 。 こ れ が 後 期 五 山 文 芸 の 代 表 的 な も の と な っ た 。 貞 享 3 年 (1686) に 刊 行 し た 『 漢 和 三 五 韻 』 の 作 者 の 宇 都 宮 由 的 が 、 伊 藤 仁 斎 の 漢 和 聯 句 会 に 出 席 し て い た こ と は 、『 仁 斎 日 記 』 42 に 載 っ て い る し 、 寛 文 六 年 (1666) に 、 宇 都 宮 由 的 が 西 村 良 庵 「 漢 和 百 韻 」 に 維 舟(重 頼)と 共 に 点 を 加 え た 一 巻 は 、『 時 勢 粧 』 43 に 見 ら れ る 。 宇 都 宮 由 的 が 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 会 に も 出 席 し 、 俳 諧 漢 和 ・ 和 漢 の 俳 諧 連 衆 の 仲 間 で も あ る こ と が わ か る 。「 十 一 韻 」(『 和 訓 押 韻 』)、 「十 五 韻 」(『 漢 和 三 五 韻 』)、「 三 十 一 韻 」(『 和 語 畧 韻 』)の 韻 書 は 近 世 初 期 に 和 漢 ・ 漢 和 聯 句 の た め の 韻 書 だ け で は な く 、 俳 諧 の 連 衆 に も 使 用 さ れ て い た こ と が 確 実 で あ る 。 42『 天 理 図 書 館 善 本 叢 書 』 和 書 之 部 第 70 巻 天 理 図 書 館 善 本 叢 書 漢 籍 之 部 編 集 委 員 会 編 集 八 木 書 店 (1985 年 )。 43 小 高 敏 郎 等 校 注『 貞 門 俳 諧 集 』2 古 典 俳 文 学 大 系 二 集 英 社 昭 和 46 年〔 1971〕 に 収 録 。
48 日本的和漢、漢和聯句與韻書之管窺
参 考 文 献
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参 考 文 献
参 考 文 献
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