第四章 中国における地獄の思想
第一節 中国人の霊魂観と他界観
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第四章 中国における地獄の思想
すでに述べたように、仏教では地獄は本来業の報いを受ける場所であるが、
中国に伝わると死後裁判を受けるところになってきた。中国では、地獄の思想 は古代中国の裁判制度を受け入れて、また中国の他界観と道教思想を受容した。
本章では、まず古代中国人の他界観について検討する。そして仏教が伝来して から中国人の他界観の変容を考察してみる。また、道教と中国思想の側面から 地獄思想の変容を論説したい。
第一節 中国人の霊魂観と他界観
中国人の他界観を考察する時、まず中国古来の霊魂観を注目しなければなら ない。中国思想学者余英時によれば、中国では古代からすでに祭祀を通して、
死者を供養するという178。『左伝』では、祭祀のことが次のように述べられて いる。「是の子や、熊虎の状にして、豺狼の聲なり。殺さずんば必ず若敖氏を 滅ぼさん(中略)乃ち速かに行れ。難に及ぶこと無かれ、と。且つ泣きて曰く、
鬼猶ほ食を求めば、若敖氏の鬼、其れ餒ゑざらんや」(「巻二・宣公四年」)179と いうように、ある貴族の人は家族の滅亡という危機感を感じ、もし子孫がすべ て絶えて祭ることができなくなったら、その霊魂は飢えることになるであろう と言った。以上述べたことからも分かるように、古代中国では、人が亡くなっ てから霊魂になっても、飢えることを感じると考えていた。そのために、古代 中国人は祖先に食べ物を捧げて、祭祀によって死者を供養する180。
以上のように、古代中国では人が亡くなってから霊魂になると考えていた。
このような霊魂観と来世観は中国人の他界観を形成してきた。余英時によれば、
178 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.177 を参照。
179 鎌田正(2010)新訳漢文大系『春秋左氏伝(二)』明治書院 p.589
180 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.177 を参照。
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古代中国人は天に「帝廷」という神のところがあると信じていた181。そして地 位の高い人は死後、その霊魂が天に上がって、帝廷という神のところに行くと いう182。しかし、地位の高い人は死後帝廷に行くが、庶民は死後どこに行くの か、このことについては中国の古典文献には見られないという183。
ところが、前六世紀に入ると、以上述べた霊魂観は変わって、「魂」と「魄」
という概念が現われてきた。『左伝』では、魂と魄のことが次のように述べら れている。「人の生、始めて化するを魄と曰ふ。既に魄を生ず。陽を魂と曰ふ。
物を用ゐて精多ければ、則ち魂魄強し。是を以て、精爽にして神明に至る有り。
匹夫・匹婦も強死すれば、其の魂魄、猶ほ能く人に馮依して、以て淫厲を為す」
(「巻三・昭公七年」)184というように、当時の政治家の子産は霊魂のことにつ いて説明している。つまり、霊魂は魂と魄に分けられている。そして、「物を 用ゐて精多ければ、則ち魂魄強し」という言葉からも分かるように、地位の高 い人の魂魄は庶民より強くて、長らえられるという。これは中国古代の身分制 度にも関わっているという185。
『礼記』には、魂魄のことが書かれており、「骨肉の土に歸復するは命なり、
魂氣の若きは則ち之かざること無きなり、之かざること無きなり」(「上巻・檀 弓下第四」)186というように、人が亡くなってから魂気は体から離れ、どこで も行けるという。そして『左伝』にも書いてあるが、「心の精爽、是を魂魄と 謂ふ。魂魄之を去らば、何を以て能く久しからん」(「巻四・昭公二五年」)187と いうように、魂魄は心と精神に関連しているが、体から去ったら、生きること ができなくなるという。以上のように、中国では古代からすでに霊魂に魂と魄 があるという考えを持っている。
181 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.132 を参照。
182 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.112 を参照。
183 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.132 を参照。
184 鎌田正(2004)新訳漢文大系『春秋左氏伝(三)』明治書院 p.1324
185 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.128、p.129 を参照。
186 竹内照夫(2010)新訳漢文大系『礼記上』明治書院 p.172
187 鎌田正(2010)新訳漢文大系『春秋左氏伝(四)』明治書院 p.1542
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そして『礼記』にも書かれているが、「魂氣は天に歸し、形魄は地に歸す。
故に祭は諸を陰陽に求むるの義なり。殷人は先づ諸を陽に求め、周人は先づ諸 を陰に求む」(「中巻・郊特牲第十一」)188というように、人が亡くなってから 魂と魄は体から離れて、魂氣は天に上るが、形魄は地に帰る。だから祭る時に は、いつも天に向かって神と祖先を祭るが、地に向かって神と祖先を祭らない という。このことからも分かるように、仏教が伝来する前に、中国ではすでに 天上の世界と地下の世界という死後の世界観があったのである189。
以上述べたように、魂が天に上って、魄が地に帰るという霊魂観は、古代中 国の他界観に大きな影響を与えたので、死後の世界には天上の世界と地下の世 界があるという考え方が出てきた。余英時によれば、前八世記の頃「黄泉」と いう言葉が出てきて、黄泉は死者が赴く地下の世界という意味をするようにな ったという190。『孟子』では、黄泉のことが次のように述べられている。「夫れ 蚓は、上槁壤を食ひ、下黄泉を飲む」(「滕文公章句下」)191というように、み みずは地面の乾いた土を食べて、地下の黄泉の水を飲む。このような記述は『荀 子』の「蚯螾は爪牙之利、筋骨の強無きも、上埃土を食ひ、下黄泉を飲む」(「巻 第一・勧学篇第一」)192にも見られる。
そして、『左伝』にも書いてあるが、「若し地を闕きて泉に及び、隧して相見 えば、其れ誰か然らずと曰はん」(「巻一・隱公」)193というように、古代中国 人が墓を造る時、泉が出てくるところまで掘るという。ここでの泉は、すなわ ち黄泉を意味している。徐翔生によれば、黄泉はもとより「地下の泉」であっ たが、地を深いところまで掘れば、黄色い湧き水が出てくる。この水はすなわ ち黄泉であるという。また、黄泉は古代中国社会の葬法にも関連しているとい
188 竹内照夫(2012)新訳漢文大系『礼記中』明治書院 p.412
189 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.181 を参照。
190 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.181 を参照。
191 内野熊一郎(2008)新訳漢文大系『孟子』明治書院 p.231
192 藤井専英(2011)新訳漢文大系『荀子上』明治書院 p.25
193 鎌田正(2013)新訳漢文大系『春秋左氏伝(一)』明治書院 p.52
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う194。『礼記』にも書かれているが、「其の坎の深さは泉に至らず、其の斂する や時服を以てす」(「上巻・檀弓下第四」)195というように、墓の深さは地下の 水の出るところまでは掘らないという。徐翔生の解釈によれば、中国古代社会 の葬法はその身分に相応し、子供の墓の深さは黄泉のところまで掘らなくても ないという196。
徐翔生によれば、黄泉はもとより地下の水であったが、その後墓の意味とな って、更に死後の世界へと変わるようになったという197。そして、余英時の解 釈によれば、人間が死後黄泉というところへ行くことは『左伝』にも見られる という198。「黄泉に及ばずんば、相見ゆること無からん」(「巻一・隱公」)199と いう言葉にも示されているように、黄泉はすでに人間が死後に行くところとさ れていた。だから、黄泉まで会うことができないという。
中国の古代社会では、人間が死んでから行くところは黄泉だけでなく、「幽 都」という死後の世界もあった。『楚辞』では、幽都のことが次のように書か れている。「魂よ歸り來れ。君天に上る無かれ。虎豹九關し、下人を啄害す。
(中略)魂よ歸り來れ。君此の幽都に下ること無かれ。土伯九約す。其の角は 觺觺たり」(「九・招魂」)200というように、人間が死んでから魂は天に上り、
または幽都という地下の世界に下る。中国の古代社会では、人は天と地にそれ ぞれ九層があると信じていたから、地下の世界を「九泉」、「九地」や「九原」
などと呼ばれていた。幽都という地下の世界には九層があるが、土伯という地 下世界の管理者は九人もいる。この九人の土伯は幽都の世界を支配していると
194 徐翔生(2007)「古代日本人の死生観の源流を探る」(『外国語文研究第5 期』所収 p.99)を 参照。
195 竹内照夫(2010)新訳漢文大系『礼記上』明治書院 p.172
196 徐翔生(2007)「古代日本人の死生観の源流を探る」(『外国語文研究第5 期』所収 p.99)を 参照。
197 徐翔生(2007)「古代日本人の死生観の源流を探る」(『外国語文研究第 5 期』所収 p.100)
を参照。
198 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.132 を参照。
199 鎌田正(2013)新訳漢文大系『春秋左氏伝(一)』明治書院 p.52
200 星川清孝(2011)新訳漢文大系『楚辞』明治書院 p.311
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いう201。
『楚辞』では、幽都についてはまた次のように述べられている。「土伯九約 す。其の角は觺觺たり。敦脄血拇にして、人を逐ふこと駓駓たり。參目虎首に
『楚辞』では、幽都についてはまた次のように述べられている。「土伯九約 す。其の角は觺觺たり。敦脄血拇にして、人を逐ふこと駓駓たり。參目虎首に