第三章 日本における地獄の思想
第二節 『往生要集』と地獄
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響を与えた。これについてその後の節に論説したいと思う。
ところが、源信の『往生要集』が出てから、仏教伝来初期の地獄の概念は変 わってきた。『往生要集』では地獄のことが書かれており、各地獄で受ける刑 罰が詳しく記述されている。石田瑞麿によれば、『往生要集』の説く地獄は日 本人が最初に整理した地獄観念であるという114。要するに、『往生要集』の出 現によって、地獄の観念はよりいっそう概念化になってきた。しかし、平安末 期に『地蔵菩薩発心因縁十王経』という偽経は登場し、日本人の他界観に新し い変容をもたらした。その後、人が亡くなったら、旅のような過程を経て、地 獄や極楽浄土へ赴くというような他界観は普遍化になってきた。五来重の解釈 によれば、『地蔵菩薩発心因縁十王経』では「精進川」と「幣の山」を三途の 川という葬頭河と死出の山と書かれているから、一層普遍化にしたという115。 では、『往生要集』と『地蔵菩薩発心因縁十王経』にはどのような地獄思想が あるのか、この二つの作品は日本の他界観にどのような影響を与えたのであろ うか。以下、これについて論説したい。
第二節 『往生要集』と地獄
2014 年から放送された人気のアニメ『鬼灯の冷徹』は日本の地獄をテーマ にして、地獄に住んでいる獄卒たちの日常生活を描かれている。このアニメで は地獄の様子が鮮明に描かれている。その中に描かれている地獄の様子は、現 在皆が知っている地獄の様子であろう。
しかし、原始仏教の地獄は現代文芸作品における地獄とは異なっている。石 田瑞麿によれば、地獄思想は本来の仏教思想ではなく、西アジアの古代信仰に 関わっているという。古代のインド人は人が亡くなったら、ヤマの国に行くこ とを信じている。ヤマの国という死者の世界は仏教の地獄のような苦しい世界
114 石田瑞麿(1998)『日本人と地獄』春秋社 p.58 を参照。
115 五来重(1991)『日本人の地獄と極楽』人文書院 p.184 を参照。
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ではなく、楽しい楽土である。ヤマは死者の世界の支配者であり、現世の人々 を監視している。この世の人はヤマに心懸けて、死後ヤマの国に生まれ、安楽 を得ると願ったという116。
しかし、以上述べたヤマの姿は前十世紀ごろに変わってきた。前十世紀ごろ、
シュメール人のクルの信仰がインドに伝われて、ヤマが人間の善悪の行為を裁 くという死後の審判者になった。つまり、地獄の閻魔王のような性格を持って いる117。阿満利麿によれば、シュメール人は、人が亡くなったら「クル」と言 い、地下の陰気な国で過ごすと信じているという。そして、クルという信仰の 影響で、『マヌ法典』が成立させた。『マヌ法典』には二十一の地獄名が記され ているという118。
石田瑞麿は『マヌ法典』には地獄の様子が記述されていないと指摘している。
死者は『マヌ法典』に記された二十一地獄に堕ちて、ヤマの責苦を受けるとい う。前述した二つのイメージを持っているヤマは仏教を受け入れて、一つは夜 摩天という欲界の第三天で不思議な歓楽の世界となったが、もう一つは閻魔王 となって、地獄の支配者となったという。石田瑞麿によれば、仏教初期の経典 に地獄の支配者が閻魔王であることは記述されているが、地獄の様相はあまり 記されていないという119。そして、阿満利麿によれば、仏教の初期の経典『ダ ンマ・パダ』には地獄の思想があったが、その時の地獄思想は死後審判ではな く、因果応報の思想が強調されているという120。
阿満利麿の解釈によれば、仏教が日本に伝われる初期、因果応報の思想もあ ったという。たとえば日本最古の唱導文学の『日本霊異記』には、閻魔王や地 獄の思想などがあるが、良いことをして善果を得て、悪いことをして悪果を得
116 石田瑞麿(1985)『地獄』法蔵館 p.9 を参照。
117 クルとは戻ることのない国という意味である。石田瑞麿(1985 年)『地獄』法蔵館 p.10-
11 を参照。
118 阿満利麿(2007)『仏教と日本人』p.56-57 を参照。
119 石田瑞麿(1985)『地獄』法蔵館 p.14-15 を参照。
120 阿満利麿(2007)『仏教と日本人』p.57 を参照。
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るという果報思想が強調されている121。つまり、地獄は生前の報いを受けると ころである。しかし、どんな罪を犯してどこの地獄に堕ちるのか、それについ ては詳しく説明されていない。
しかし、中世の日本文学における地獄思想は古代日本文学と違うように見え る。たとえば、『平家物語』には「南閻浮提金銅十六丈の盧遮那仏焼ほろぼし たまへる罪によッて、無間の底に堕給ふべきよし」(巻第六「入道死去」)122と いうように、平清盛は東大寺の大仏を焼いた罪業によって、無間地獄に堕ちた という。つまり、犯した罪によって、異なる地獄に堕ちるのである。中世日本 文学に見られる地獄思想は『往生要集』から深い影響を受けたと思う。では、
『往生要集』にどのような地獄思想があるのであろうか。以下、『往生要集』
における地獄の思想について論説してみたい。
『往生要集』は源信によって書かれたものであるが、その中で厭離穢土と欣 求浄土のことが説明されている。また地獄の様相、念仏方法や極楽往生の方法 なども詳しく記述されている。『往生要集』は文学や絵画などの文芸作品に大 きな影響を与えたので、日本における地獄の思想を体系化したとも言えよう。
五来重によれば、平安時代末期の「地獄草紙」や「北野天神縁起絵巻」などの 絵は『往生要集』に基づいて描かれた地獄図であるという123。そして、阿満利 麿によれば、『往生要集』の出現によって、日本人は地獄についてのイメージ を持つようになったという124。
『往生要集』では、源信はまず六道のことについて述べている。六道とは地 獄道、餓鬼道、畜生道、阿修羅道、人道、天道であるが、この六道は厭離さな ければならない穢土であるという125。そして、地獄は等活地獄、黒縄地獄、衆 合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、また無間地獄と八つ
121 阿満利麿(2007)『仏教と日本人』p.57 を参照。
122 梶原正昭・山下宏明校注(1991)新日本古典文学大系『平家物語上』岩波書店 p.345
123 五来重(1991)『日本人の地獄と極楽』人文書院 p.159 を参照。
124 阿満利麿(2007)『仏教と日本人』p.65 を参照。
125 石田瑞麿(1985)『地獄』法蔵館 p.147 を参照。
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の地獄に分けられている。以下、この八つの地獄について述べてみる。
等活地獄は人々が住んでいる世界の下から一千由旬のところにあるが、殺生 という罪を犯した人はこの地獄に堕ちる。この地獄にまた十六の小地獄がある が、小地獄に堕ちる人は皮が破れて骨をくじけたり、体が火に焼かれたり風に 吹かれたり、また犬などに噛まれて食らわれたりする。源信によれば、等活地 獄には説明することができないほど無量の苦しみがあるという。
黒縄地獄は等活地獄の下にあるが、殺生、偸盗という罪を犯した人はここに 堕ちる。この地獄にも十六の小地獄があるが、ここにいる人は熱鉄の縄で体を 引かれて、獄卒に体を切られたりする。黒縄地獄には鉄の山があって、山には 鉄の縄が張られる。獄卒は罪を犯した人を鉄の山を背負わせて、鉄の縄に渡さ せる。また、罪人は熱炎の黒縄で縛られ、高い崖に置かれるが、推されると高 い崖から熱い地面に突き落として、体が犬に噛まれてばらばらになる。黒縄地 獄に受ける苦しみは等活地獄より十倍もある。
衆合地獄は黒縄地獄の下にあるが、邪淫という罪を犯した人はここに堕ちる。
この地獄に牛頭や馬頭などの獄卒がいるが、獄卒は罪人を山に追い立てて、そ の体をおしつぶす。また罪人は石の上に置かれて、獄鬼、虎や狼などに噛まれ て食べられる。
衆合地獄では、獄卒はまた罪人を刀葉の林に置く。木の上に刀のように鋭い 葉があるので、罪人は木の上に登ったら、体や筋などが割かれるが、木の上か ら降りると、体が再び樹の葉に割かれる。この地獄の罪人は以上のような刑罰 によって、心身の苦しみを受ける。このような業果は邪欲による報いであると いう。
叫喚地獄は衆合地獄の下にあるが、殺生、偸盗、邪淫、また飲酒という罪を 犯した人は叫喚地獄に堕ちる。ここの獄卒は口から悪い声を出して、罪人たち はとても恐れて、哀れみを求める。この地獄では、罪人は鉄棒で獄卒に打たれ
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たり、熱鉄の地を走らせられたり、熱い釜に投げ込んで煮られたりする。
叫喚地獄にも十六の小地獄があるが、ここに堕ちた罪人はあらゆる病気にか かる。罪人は身から虫が出てきて、肉や骨などが破れて虫に食われる。酒を売
叫喚地獄にも十六の小地獄があるが、ここに堕ちた罪人はあらゆる病気にか かる。罪人は身から虫が出てきて、肉や骨などが破れて虫に食われる。酒を売