第三章 日本における地獄の思想
第一節 日本人の他界観と地獄
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第三章 日本における地獄の思想
前章では、古代から現代までの日本文学を取り上げ、その中に見られる他界 を中心として、次々に述べてきた。前章述べたことからも分かるように、古代 日本の他界は黄泉や山などである。そして、中世から仏教が普及して、日本人 の他界観も大きな変化が起こった。極楽浄土と地獄はその時から日本人の他界 になってきた。そのために、中世の日本文学作品に仏教の他界観が見られる。
『平家物語』、『今昔物語集』、『宇治拾遺物語』はその代表的な作品とも言えよ う。仏教が中世の日本文学に大きな影響を与えたことは明らかである。しかし、
近世の町人物に現世的な望みが強調されている一方、『曾根崎心中』に仏教の 要素は見られる。そして、近現代の文学作品における他界観の描写は少ないが、
今人の死ぬことはよく「成仏」や「往生」などと呼ばれている。この言葉から、
現代日本人の他界観に仏教の要素が含まれることは明らかである。
本章では、日本人の独特な地獄の思想について深く論じたい。地獄の思想を 中心として、日本人の他界観の形成について考察する。そして、『往生要集』
と『地蔵菩薩発心因縁十王経』における地獄思想を明らかにして、その思想が 日本文学作品にどのような影響を与えたかを探りたい。また、各時代の文学作 品に見られる三途の川と死出の山という日本人の独特な他界観についても考 察したい。
第一節 日本人の他界観と地獄
前章述べたように、古代の日本文学から見れば、人が亡くなったら、山や黄 泉などに行くと考えられている。柳田國男によれば、人が死んだら、霊となっ て、この国の中に留まって、遠くへ行かないという。霊はこの国の山に行って、
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自分の子孫を見守っている88。このような他界観は五来重の『日本人の地獄と 極楽』にも見られている。日本人は霊が山や高所に留まって、子孫を見守ると 信じ、村から離れた山麓に死者を葬るという89。
以上述べたことから、死後の世界がこの世の近くにあることが分かる。『古 事記』にも書いてあるが、「相見むと欲ひて、黄泉国に追ひ行きき」(「黄泉国」)
90というように、伊邪那岐は伊邪那美を会いたいがために、黄泉国に行った。
そして、黄泉国はこの現世の近くにあって、現世から行けるところである。佐 藤弘夫の解釈によれば、『古事記』と『日本書紀』に記述される黄泉は現世の 近くにあるところである。そして、死者の国の黄泉国は人間の住むこの世と次 元が同じ場所であるという91。つまり、死者の国は生者が足を運ぶことができ る場所にあるが、死者と生者はこの世に共存しているという。
では、なぜ死者の国と人間の住むところが同じ次元で共存しているのであろ うか。佐藤弘夫はそれが縄文人の墓地と関連があると解釈している。縄文前期 の集落は住居が広場をめぐる環状集落である。その中心の広場が墓で、獣骨や 貝や人間の骨などを葬るところである。しかし、縄文後期から縄文人の墓地は 集落を離れ、住居から独立的な場所になった。生者の世界と死者の世界の間に ははっきりとしている区別があるようになった92。そのような変化があるため に、縄文時代の人は死者の世界と生者の世界が異質的な世界という概念を形成 した。そのために、墓地は集落と区別されて、独立的なところになったが、ま た葬送礼儀や祭祀などは次第に形成してきたのである。佐藤弘夫の解釈によれ ば、この頃から生者の世界と死者の世界が分節化になったが、生者の世界と死
88 柳田國男(1962)『先祖の話』『定本柳田國男集第十巻』所収、筑摩書房p.120、123 を参照。
89 五来重(1991)『日本人の地獄と極楽』人文書院 p.12 を参照。
90 倉野憲司・武田祐吉校注(1958)日本古典文学大系『古事記祝詞』岩波書店 p.63
91 佐藤弘夫(2008)『死者のゆくえ』岩田書院 p.45、48 を参照。
92 佐藤弘夫(2008)『死者のゆくえ』岩田書院 p.51 を参照。
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者の世界は同じ次元の世界で共存しているという93。
以上述べた佐藤弘夫の解釈から、古代日本人の他界観は縄文時代の人の墓地 に関連することが窺える。縄文時代の人の墓地は縄文時代の後期に日常生活の 集落から独立的な場所になって、日常生活の住居と一定の距離を保ち、生者と この世界で共存している。その墓地は近くの山麓という日常生活の集落から行 けるところにある。そして、『古事記』と『日本書紀』に記述されている黄泉 国も現世から足を運ぶことができるところである。死者の国はだた生者が住む この世の延長で、生者の国と組み合わせて、死者と生者は同じ世界に共存して いる。では、なぜ古代日本人は人が亡くなったら山や黄泉などに行くのか、ま たなぜ死者が遠くへ行かないで、この国の中に留まると考えていたのであろう か。これは以上述べたことと関係があるであろう。
そして『古事記』に「爾に殿の縢戸より出で向かへし時、(中略)左の御美 豆良に刺せる湯津津間櫛の男柱一箇取り闕きて、一つ火燭して入り見たまひし 時、宇士多加礼許呂呂岐弖」(「黄泉国」)94と書かれている。『日本書紀』にも
「伊奘諾尊、乃ち一片之火を擧して視す。時に伊奘冉尊、脹滿れ太高へり」(「一 書第九」)95と書かれている。以上のように、黄泉国は「殿の縢戸」という入 り口があって、真っ黒なところである。黄泉国のこのような様子は墓の中にい るようである。歴史学者楊永良の解釈によれば、このような黄泉国の記述は古 墳時代の古墳の特徴をよく反映している。その記述は閉塞石、羨道、埋葬の玄 室という横穴式古墳の構造と一致しているという96。
それから、『古事記』にも書いてあるが、「一つ火燭して入り見たまひし時、
93 佐藤弘夫によれば、このような他界観はただ生者と死者が一定の距離を保ち、この世界内 部で共存している。中世に見られる地獄と極楽浄土の分離ではないという。佐藤弘夫(2008)
『死者のゆくえ』岩田書院 p.54-55 を参照。
94 倉野憲司・武田祐吉校注(1958)日本古典文学大系『古事記祝詞』岩波書店 p.63、65
95 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注(1967)日本古典文学大系『日本書紀上』岩 波書店p.98
96 楊永良(2016)『詳説日本文化史』台北:致良出版社 p.51 を参照。
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宇士多加礼許呂呂岐弖」(「黄泉国」)97というように、伊邪那岐は火を手に持 って、腐った伊邪那美を見た。また、「陰に湯津爪櫛を取りて、其の雄柱を牽 き折きて、秉炬として、見しかば、膿沸き蟲流る」(「一書第六」)98というよ うに、『日本書紀』にも伊邪那美の腐った遺体についても述べられている。以 上述べた伊邪那美が黄泉国にいる様子は遺体がまだ埋葬しなくて、もがりの状 態となっている。つまり、黄泉国にいる伊邪那美の姿は神道のもがりという儀 式に関連すると考えられている。
しかし、仏教の伝来によって、日本人の他界観は仏教の普及につれて、次第 に変化があるように見える。『日本霊異記』は日本最古の唱導文学であるが、
仏教伝来初期の他界観が見られる文学作品である。五来重の解釈によれば、『日 本霊異記』には極楽浄土は名目だけで、それについて具体的なの描写は一つも ないが、地獄については明らかに描かれているという99。この本では、「往き 前む。極りて熱き鉄の柱立てり。使曰はく柱を抱けといふ。光就きて柱を抱く。
肉みな銷爛り、ただし骨璅のみ存る。三日を歴て、使弊箒を以ちて其の柱を撫 でて「活け。活け」と言へば、故の如く身生る」(「中巻・第七」)100というよ うに、地獄の刑罰がよく記述されている。以上のように、『日本霊異記』は地 獄についての描写を通して、地獄の実在が強調されて、更に因果応報という仏 教の教えが説かれている。
また、『日本霊異記』では地獄は黄泉や閻魔などとも呼ばれている。この本 では、「世間の衆生、地獄に至りて苦を受くること、二十余年を経て免るやい なや」(「下巻・第三十五」)101と書かれているが、しかし「火君の氏のひと、
97 倉野憲司・武田祐吉校注(1958)日本古典文学大系『古事記祝詞』岩波書店 p.65
98 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注(1967)日本古典文学大系『日本書紀上』岩 波書店p.92
99 五来重(1991)『日本人の地獄と極楽』人文書院 p.63 を参照。
100 出雲路修校注(1996)新日本古典文学大系『日本霊異記』岩波書店 p.71
101 出雲路修校注(1996)新日本古典文学大系『日本霊異記』岩波書店 p.182
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p.126、127、129 を参照。‧ 國
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ル事隙無シ」(「巻第十二・第三十六」)108というように、地獄の記述が見られ る。「今昔、越中ノ国、 ノ郡ニ立山ト云フ所有リ。昔ヨリ彼ノ山ニ地獄有ト 云ヒ伝へタリ。(中略)昔ヨリ伝へ云フ様、日本国ノ人、罪ヲ造テ、多ク此ノ
ル事隙無シ」(「巻第十二・第三十六」)108というように、地獄の記述が見られ る。「今昔、越中ノ国、 ノ郡ニ立山ト云フ所有リ。昔ヨリ彼ノ山ニ地獄有ト 云ヒ伝へタリ。(中略)昔ヨリ伝へ云フ様、日本国ノ人、罪ヲ造テ、多ク此ノ