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日本文学に見られる地獄の思想

第三章 日本における地獄の思想

第四節 日本文学に見られる地獄の思想

立 政 治 大 學

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以上のように、亡者が生前の罪の穢を清めるためには、三途の川を渡る必要 がある。また贖罪や滅罪のために、亡者は奪衣婆と懸衣翁に服を脱がれ、肉体 の苦痛を科せられなければならなかった。このように考えてみれば、三途の川 は仏教思想でもなければ、中国の道教思想でもない。禊祓という神道の思想も 含まれている。

『十王経』では、死出の旅のことが書かれている。また亡者が死出の山や三 途の川でどのような刑罰を受けるか、死後の世界の様子についても述べられて いる。しかし、以上述べてきたように、死出の山と三途の川は本来の仏教思想 ではない。死出の山はもともと山中他界観から来たものであるが、三途の川は 神道の禊祓の思想から来たものである。死出の山と三途の川は日本の特有な他 界観と言わなければならない。前節にも述べたが、『十王経』は中国の『仏説 預修十王生七経』に由来するという。しかし『仏説預修十王生七経』では、死 出の山も見られなければ三途の川も見られない。中国の地獄思想には死出の山 も三途の川も見られない。このように考えてみれば、『十王経』は日本の経典 が明らかである。

『十王経』には仏教思想、中国の道教思想、及び日本神道の思想が含まれて いるが、この経典は日本人の他界観、特に地獄の思想に大きな影響を与えた。

以下、日本文学作品を取り上げて、その中に見られる地獄の思想を検討したい。

第四節 日本文学に見られる地獄の思想

仏教の思想、また仏教の他界観が溢れている日本文学作品と言えば、『平家 物語』はその代表的なものと言えよう。『平家物語』は十三世紀に成立した軍 記物語で、平家一門の盛衰を語るものである。『平家物語』はその巻頭の「祇 園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。 娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことは りをあらはす。 奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし」(巻第一「祇

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園精舎」)158というように、仏教の無常観が見られている。そして、「諸行無常」、

「盛者必衰」という仏教の思想はこの物語を貫いて、平家一門の破滅を示して いる。

『平家物語』では、仏教の無常観だけでなく、極楽浄土に往生することもよ く見られている。たとえば、「西に向ひ手を合せ、高声に念仏百返斗唱へつゝ、

南無と唱る声ともに、海へぞ入給ひける」(巻第十「維盛入水」)159というよう に、平維盛は西方に向かって、念仏して海に入った。また、「女院御心ち例な らずわたらせ給ひしかば、中尊の御手の五色の糸をひかへつゝ、南無西方極楽 世界、教主弥陀如来、かならず引摂し給へ」(灌頂巻「女院死去」)160というよ うに、建礼門院は念仏しながら、最期に極楽往生を遂げたという。

以上のように、『平家物語』では極楽浄土に往生することがよく見られてい る。しかし、この作品では仏教の地獄の思想もよく見られている。「行歩にか なへる物は、吉野・十津河の方へ落ゆく。あゆみもえぬ老僧や、尋常なる修学 者、児ども、女童部は、大仏殿の二階のうへ、山階寺のうちへわれさきにとぞ にげゆきける。大仏殿の二階の上には、千余人のぼりあがり、かたきのつゞく をのばせじと、橋をばひいてンげり。猛火はまさしうをしかけたり。おめきさ けぶ声、焦熱、大焦熱、無間阿毗のほのをの底の罪人も、これには過ぎじとぞ 見えし」(巻第五「奈良炎上」)161というように、奈良が猛火に焼かれるので、

たくさんの人が死んで、その様子と叫び声はとても惨くて、焦熱、大焦熱、無 間地獄にいる罪人もこれほどではないという。『往生要集』では、焦熱地獄の 様子が次のように述べられている。「もしこの獄の豆許の火を以て閻浮提に置 かば、一時に焚け尽さん。いはんや罪人の身は耎かなること生蘇の如し。長時 に焚焼せば、あに忍ぶべけんや。この地獄の人、前の五の地獄の火を望み見る

158 梶原正昭・山下宏明校注(1991)新日本古典文学大系『平家物語上』岩波書店 p.5

159 梶原正昭・山下宏明校注(1993)新日本古典文学大系『平家物語下』岩波書店 p.241

160 梶原正昭・山下宏明校注(1993)新日本古典文学大系『平家物語下』岩波書店 p.408

161 梶原正昭・山下宏明校注(1991)新日本古典文学大系『平家物語上』岩波書店 p.318

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こと、猶し霜雪の如し」(巻上・大文第一「厭離穢土」)162というように、焦熱 地獄には非常に猛烈な火があって、罪人はこの猛火の中に焼けるという。そし て、大焦熱地獄の様子は「遠く大焦熱地獄の普く大炎の燃ゆるを見、また地獄 の罪人の啼き哭ぶ声を聞く。悲しみ愁へ、恐るる魄もて、無量の苦を受く」(同 巻・同上)163というように、大焦熱地獄にある猛火は遠くのところにも見えて、

ここにいる罪人たちの叫び声は遠くのところからも聞こえるという。

『往生要集』に書かれている八大地獄のことは『平家物語』の「灌頂巻」に も見られる。「二位尼やがていだき奉て、海に沈し御面影、目もくれ心も消は てて、忘れんとすれ共、忘られず。忍ばんとすれ共しのばれず。残とゞまる人々 のおめきさけびし声、叫喚・大叫喚のほのほの底の罪人も、これには過じとこ そおぼえさぶらひしか」(灌頂巻「六道の沙汰」)164というように、平時子が安 徳天皇を抱いて入水した時、その場面を見た人たちは極めて叫んで、その有様 は叫喚地獄、大叫喚地獄にいる罪人の苦しい声でも、これ以上ではないという。

『往生要集』には、叫喚地獄のことが次のように述べられている。「或は鉄棒 を以て頭を打ちて熱鉄の地より走らしめ、或は熱き鏊に置き反覆してこれを炙 り、或は熱き鑊に擲げてこれを煎じ煮る。或は駈りて猛炎の鉄の室に入らしめ、

或は鉗を以て口を開いて洋銅を灌ぎ、五蔵を焼き爛らせて下より直ちに出す」

(巻上・大文第一「厭離穢土」)165というように、叫喚地獄にいる罪人はさま ざまな刑罰を受けるという。ここに堕ちた罪人はあまりにも苦しんで、むごい 叫び声を出すので、この地獄が叫喚地獄と呼ばれている。また、大叫喚地獄に ついてはこのように述べられている。「大叫喚地獄とは、叫喚の下にあり。縦広、

前に同じ。苦の相もまた同じ。ただし前の四の地獄、及びもろもろの十六の別処

162 石田瑞麿校注『往生要集』(1970)日本思想大系『源信』所収、岩波書店 p.20

163 石田瑞麿校注『往生要集』(1970)日本思想大系『源信』所収、岩波書店 p.22

164 梶原正昭・山下宏明校注(1993)新日本古典文学大系『平家物語下』岩波書店 p.405

165 石田瑞麿校注『往生要集』(1970)日本思想大系『源信』所収、岩波書店 p.17

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の、一切の諸苦を十倍して重く受く」(同巻・同上)166というように、大叫喚 地獄は叫喚地獄の下にあるが、ここに堕ちた罪人が受けた苦しみは叫喚地獄よ り十倍して重いという。

そして、『平家物語』にも書かれているが、「南閻浮提金銅十六丈の盧遮那仏 焼ほろぼしたまへる罪によッて、無間の底に堕給ふべきよし、閻魔の庁に御定 め候が、無間の無をばかゝれて、間の字をばいまだかゝれぬ也」(巻第六「入 道死去」)167というように、平清盛は東大寺の盧遮那仏の仏像を焼き滅ぼした 罪によって、無間地獄に堕ちたという。『往生要集』では、無間地獄のことが このように書かれている。「五逆罪を造り、因果を撥無し、大乗を誹謗し、四重を 犯し、虚しく信施を食へる者、この中に堕つ」(巻上・大文第一「厭離穢土」)168 というように、五逆罪を造って、 因果の道理を否定して、 大乗を誹謗して、 四 重を犯して、信者を欺いて布施を受けた人は、 この地獄に堕ちるという。仏像 を焼いた罪が五逆罪であるために、平清盛は無間地獄に堕ちたという。『往生 要集』には仏像を焼いた罪を犯した人が堕ちる無間地獄のことについても説明 されている。「その中の一処を鉄野干食処と名づく。謂く、罪人の身の上に火の 燃ゆること十由旬量なり。もろもろの地獄の中に、この苦最も勝れり。(中略)

昔、仏像を焼き、僧房を焼き、僧の臥具を焼きし者、この中に堕つ」(巻上・大文 第一「厭離穢土」)169と、無間地獄には鉄野干食処という小地獄があって、仏 像や僧房などを焼き滅ぼした人はこの小地獄に堕ちるという。平清盛は盧遮那 仏の仏像を焼いた罪によって、死後無間地獄の鉄野干食処に堕ちるであろう。

『平家物語』では、また次のように述べられている。「又かへりこぬ四手の 山、三瀬河、黄泉中有の旅の空に、たゞ一所こそおもむき給ひけめ」(「入道死

166 石田瑞麿校注『往生要集』(1970)日本思想大系『源信』所収、岩波書店 p.19

167 梶原正昭・山下宏明校注(1991)新日本古典文学大系『平家物語上』岩波書店 p.345-346

168 石田瑞麿校注『往生要集』(1970)日本思想大系『源信』所収、岩波書店 p.26

168 石田瑞麿校注『往生要集』(1970)日本思想大系『源信』所収、岩波書店 p.26