第四章 中国における地獄の思想
第二節 中国の道教と地獄思想
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いう201。
『楚辞』では、幽都についてはまた次のように述べられている。「土伯九約 す。其の角は觺觺たり。敦脄血拇にして、人を逐ふこと駓駓たり。參目虎首に して、其の身は牛の若し。此れ皆人を甘しとす」(「九・招魂」)202というよう に、幽都はとても怖いところと描かれており、そこには人を食べる怪物もいる という。余英時によれば、以上述べた土伯の九人が幽都を支配するということ は、十王が地獄の世界を管理することと関連があるという203。
以上述べてきたように、古代中国人の霊魂観は他界観と密接な関係がある。
ところが、前二世紀の漢代に入ると、道教の神仙思想が盛んでいたから、中国 人の他界観は大きく変わるようになった。当時、泰山信仰という中国の民間信 仰がはやっていたので、泰山は人間が死後に赴くところになってきた204。では、
道教の神仙思想と泰山信仰は中国の他界観にどのような影響を与えたのか、ま た泰山信仰にはどのような他界の思想があるのであろうか。以下、それについ て論説してみたい。
第二節 中国の道教と地獄思想
前節にも述べたが、中国では古代から魂は天に上って、魄は地に帰るという 霊魂観があるが、このような霊魂観は中国人の他界観に大きな影響を与えた。
このような霊魂観は前二世紀の墓の絵にも見られる。余英時によれば、前二世 紀漢代初期の馬王堆漢墓の絵に三つの部分があるが、上の部分は天堂で、中は 現世で、下は地下の世界である。そして、上の部分には太陽と月があるが、下 の部分にはいろいろな水生の生き物があるから、「水府」とも呼ばれている205。
201 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.133 を参照。
202 星川清孝(2011)新訳漢文大系『楚辞』明治書院 p.311
203 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.133 を参照。
204 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.138、140 を参照。
205 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.155、157 を参照。
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この水府は黄泉と九泉に関連しているという206。
そして、馬王堆漢墓に竹簡があるが、竹簡から当時中国人の他界観が窺える。
たとえば馬王堆三號墓の竹簡には、死者が冥府に赴くこと、冥府の管理者が「主 藏君」または「主藏郎中」であることが書かれている207。以上述べた墓の絵と 竹簡から考えてみれば、前二世紀の漢代では、中国人は死後霊魂が同時に天に 上がり、地下に帰ることは明らかである。このような考え方は、前述した「魂 氣は天に歸し、形魄は地に歸す」(「中巻・郊特牲第十一」)という『礼記』の 記述とも一致する208。
中国の江陵鳳凰山漢墓には、以上述べたような竹簡もある。竹簡には人が死 んでから地下世界に赴くので、地下世界の管理者にあいさつをすることが書か れている。竹簡には死者の名前なども書かれている。余英時によれば、それは 当時来世信仰が普及したことを表しているという209。それから、死後の世界に 主藏君や主藏郎中などの支配者がいるだけでなく、死後の世界に官僚機構があ って、現世の官僚制度も見られる。主藏君はもとより地下世界の支配者である が、その後泰山府君となったという210。
漢代では、現世の官僚制度は地下の死後世界だけでなく、天上の死後世界に も見られる。当時、天の帝廷は人々を監視し、人間の行為を観察すると考えら れていた。道教の経典『太平経』には、天には「命曹」・「壽曹」・「善曹」・「悪 曹」という四つの「曹」があり、「天曹」とも呼ばれている。この四つの曹で、
神は人間の生前の行為を記録し、その記録によって、人間の寿命を増減すると いう211。要するに、当時中国人の他界観に、魂と魄の霊魂観や漢代の官僚機構 なども含まれている。
206 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.134 を参照。
207 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.183 を参照。
208 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.135 を参照。
209 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.183-184 を参照。
210 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.135 を参照。
211 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.88、182 を参照。
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余英時によれば、漢代では道教の神仙思想は貴族だけでなく、庶民にも大き な影響を与えた219。漢代の神仙思想には、体が不死することと、天に上がるこ とという二つの要素がある。つまり、天は仙人が赴くところになったが、人間 の魂が他のところへ行かなければならなくなる220。道教の教典『太平経』には、
「土府」という死後の世界があるが、死者の魂はここに赴いて、生前の行為に よって、刑罰を受けることが記述されている221。そして、漢代では方士は黄帝 の軒轅が泰山に封禅儀式を行い、仙人になることを進めた。その後、泰山は仙 人が集まるところになってきて、中国の皇帝に祭られる。そのために、泰山は 聖山となっている222。
中国では、泰山は神仙の世界として重視される一方、死後の世界にもなって きた。余英時によれば、前一世紀の末頃、泰山信仰が形成されたという。そし て、死後の世界には泰山府君という支配者がいて、その官庁は泰山の近くの「梁 父」という山の上にあるという。梁父は皇帝が最も偉い地祇の「地主」を祭る ところである。漢代の墓から出土の石刻には、泰山府君も「泰山主」や「地下 府君」などと呼ばれている。
漢代の緯書『孝経援神契』には、次のように述べている。「泰山は天帝の孫 である。人の魂を召すことをつかさどる。東方は万物の始めである。その故、
人の生命の長さを知る」223。余英時の解釈によれば、ここの泰山はすなわち泰 山府君であるという。つまり、泰山府君は天帝の孫であり、死後の魂を管理す ることをつかさどる。また、泰山府君という名前から、漢代の官職が窺える。
漢代に郡国の官署は「府」と呼ばれ、府君は郡太守の地位に相当する。しかし、
地下主の地位は人間の主の天子に相当することができないので、地下主は格下 げして天孫として、府君と呼ばれている。そして、前一世紀の漢代に入ってか
219 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.186 を参照。
220 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.138 を参照。
221 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.188 を参照。
222 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.186 を参照。
223 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.140 を参照。
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ら地下主は泰山府君になったという224。
しかし、泰山府君は梁父というところにいるから、なぜ「梁父府君」と呼ば なかったであろうか。余英時の解釈によれば、泰山は泰山郡であり、地下主の 地位は郡太守の地位に相当するべきなので、泰山府君と呼ばれているという225。 つまり、泰山は仙人が赴くところで、泰山郡また梁父は人の魂が赴くところで ある。また、漢代には泰山と泰山郡の概念ははっきりと分明していたが、後世 になると紛らわしくなっている、と余英時が指摘している226。
以上述べたように、人が死んでからその魂は梁父へ赴く。ところが、人が死 んでからその魄はどこに行くのであろうか。余英時によれば、中国では前一世 紀の頃「蒿里」というところが死者の住居であるという考えは現われてきたと いう227。『漢書』には、蒿里が死者の住んでいるところと書かれている。蒿里 は当時「黄泉」などとも呼ばれていたが、泰山のふもとにあったという228。当 時、蒿里で地主を祭る儀式を行ったので、その後、蒿里や黄泉などは死者の住 居とされてきた。
たとえば三世紀に、西晋の陸機という文学者の詩がある。「梁甫にも館があ り、蒿里にも亭がある。幽途は百鬼を迎えて、神房は百霊を集める」229という ように、梁父と蒿里は死者が赴くところであるという。余英時の解釈によれば、
この詩に出ている鬼は魄の意味であるが、霊は魂の意味であるという230。そし て、幽途は死後世界の蒿里で、地下にあるという。しかし、すでに述べたよう に、梁父は小さな山であるが、泰山郡にある。以上のように、中国では三世紀 に入ってから人が死んでからその魂魄が赴くところは以前より、大きく変わっ
224 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.140 を参照。
225 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.141-142 を参照。
226 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.142 を参照。
227 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.190 を参照。
228 余英時(1987)『中国思想伝統の現代解釈』台北:聯経出版社 p.141 を参照。
229 原文は「梁甫亦有館,蒿里亦有亭。幽途延萬鬼,神房集百靈」である。余英時(2008)『東 漢生死観』台北:聯経出版社p.191 を参照。
230 余英時(2008)『東漢生死観』台北:聯経出版社 p.192 を参照。