4-1.『放浪記』叙情性59
ここにあらわれた庶民的心情の世界は、主人公の放浪の生活のうちにきざまれた内面 の記録である。けれどもその感覚は、自然主義小説にえがかれた灰色の無為感ではない。
また大正期の新現実派や私小説のそれともことなる。他の流派なり作家ならが意外にみ おとした庶民的肉感である。林芙美子によってはじめてえがき出された庶民的心情の世 界だった。
虚無がかっているようにみえて存外その底には楽天的な生活態度のうしなわれていな いことを示しもする。
このあかるさはルンペン的なげやりの惰性的な感情からは生まれない。かぎられた最 低の状況のなかにせめてもあじわおうとする美の生活的表現といえるものだろう。
宮本百合子の評
<『放浪記』にえがかれているのはたしかに「経済上の上にも恋愛の上にも見とお しと計画のない生活なりに、抵抗もなくその日々の生活と気分とをうちまかせいる 一人の若い女が、かこち、歎き、憤り、舌を出し、そして嗤う姿」<宮本百合子『婦 人と文学』>だろう。
庶民的心情の世界
ここにあらわれた庶民的心情の世界は、主人公の放浪の生活のうちにきざまれた内面 の記録である。けれどもその感覚は、自然主義小説にえがかれた灰色の無為感ではない。
58今川英子「小説家林芙美子の誕生―「清貧の書」を中心に―」「昭和学院短期大学紀要 第31号」昭和 学院短期大学、平成7.3.20
59小原元「林芙美子論―「放浪記」の抒情性について―」、「日本文学」巻号:5-6、1956.6.
また大正期の新現実派や私小説のそれともことなる。他の流派なり作家ならが意外にみ おとした庶民的肉感である。林芙美子によってはじめてえがき出された庶民的心情の世 界だった。
虚無がかっているようにみえて存外その底には楽天的な生活態度のうしなわれていな いことを示しもする。
このあかるさはルンペン的なげやりの惰性的な感情からは生まれない。かぎられた最 低の状況のなかにせめてもあじわおうとする美の生活的表現といえるものだろう。>60
芙美子の少女性こそ芙美子の抒情性というものか?
<要するに、彼女は本質的に未成熟な少女性をいつまでも失なうことなくとどめてい た人だといえるのではなかろうか。最初、林芙美子が吉屋信子と通じるところがある。
といったのもそういう意味である。そしていかに資質とはいえ、波瀾の半生を歩きな がら、少女的センチメントを四十近くまで、失なうことなく抱き続けたことを私は、
まことに稀有なことと思うのである。>61
私の他者観・社会観
私の「他者」による自己反照-「詮ずれば仏ならねどみな寂し」
<(二月×日)
ああ何もかも犬に食はれてしまへである。寝転んで鏡を見ていると、歪んだ顔が少女 のやうに見えてきて、体中が妙に熱つぽくなつて来る。
こんなに髪をくしやくしやにして、ガランスのかつた古い花模様の蒲団の中から乗り 出していると、私の胸が夏の海のやうに泡立つて来る。汗つぽい顔を、畳にべつたり押 しつけてみたり、むき出しの足を鏡に写して見たり、私は打ちつけるやうな激しい情熱 を感じると、蒲団を蹴つて窓を開けた。――思ひまはせばみな切な、貧しきもの、世に 疎きもの、哀れなるもの、ひもじきもの、乏しく、寒く、物足らぬ、果敢なく、味気な く、よりどころなく、頼みなきもの、捉へがたく、あらはしがたく、口にしがたく、忘 れ易く、常なく、かよわなるもの、詮ずれば仏ならねど此世は寂し。――チヨコレート 色の、アトリエの煙を見ていると、白秋のこんな詩をふつと思ひ出すなり。まことに頼 みがひなきは人の世かな。>(p74-75)
北原白秋の詩。この世は<寂しい>ものだ。
60小原元「林芙美子論―「放浪記」の抒情性について―」「日本文学」1956、6、巻号:5-6
61福田宏年「林芙美子」「解釈と鑑賞」1962.9 巻号:27-10
<「いつまでもお金が返せないで、本当にすまなく思つています。」
松田さんは酒にでも酔つているのか、わざとらしくつつぶして溜息をしていた。さく らあらひこの部屋へ行くのは厭だけれども、自分の好かない場違ひの人の涙を見てい る事が辛くなつてきたので、そつとドアのそばへ行く。ああ十円と云ふ金が、こんな にも重苦しい涙を見なければならないのかしら、その十円がみんな、ミシン屋の小母 さんのふところへはいつていて、私には素通りをして行つただけの十円だつたのに・・・。
セルロイド工場の事。自殺した千代さんの事。ミシン屋の二畳でむかへた貧しい正月 の事。ああみんなすぎてしまつた事だのに、小さな男の後姿を見ていると、同じやう な夢を見ている錯覚がおこる。
「今日は、どんなにしても話したい気持ちで来たんです。」 松田さんのふところには、剃刀のやうなものが見えた。
「誰が悪いんです!変なまねは止めて下さい。」
こんなところで、こんな好きでもない男に殺される事はたまらないと思つた。私は私 を捨てて行つた島の男の事が、急に思ひ出されて来ると、こんなアパートの片隅で、私 一人が辛い思ひをしている事が切なかつた。
「何もしません、これは自分に言ひきかせるものなのです。死んでもいいつもりで話し に来たのです。」
ああ私はいつも、松田さんの優しい言葉には参つてしまふ。
「どうにもならないんぢやありませんか、別れていても、いつ帰つてくるかも知れない ひとがあるんですよ。それに私はとても変質者だから、駄目ですよ。お金も借りつぱな しで、とても苦しく思つていますが、四五日すれば何とかしますから・・・」
松田さんは立ちあがると、狂人のやうにあわただしく梯子段を降りて帰つて行つてし まつた。――夜更け、島の男の古い手紙を出して読んだ。皆、これが嘘だつたのかしら とおもふ。ゆすぶられるやうな激しい風が吹く。詮ずれば、仏ならねどみな寂し。>(p 76)
私の同情、人間の客観視(自分、島の男、松田、千代さん)
<サガレンのお由さんが私のことを誰かに言つている。私は血の上るやうなみつともな さを感じると、シヤンと首をもたげて鏡を見に立つて行つた。私の顔が二重に写つて いる鏡の底に、私を睨んでいる男の大きな眼、私は旅から生きてかへつた事がうれし くなつている。こんな甘いものだらけの世の中に、自分だけが真実らしく死んで見せ る事は愚かな至りに御座候だ。【私の社会観】継続だんごか!芝居じみた眼をして、心 あり気に睨んでいる男の顔の前で、私はおばけの真似でもしてみせてやりたいと思 ふ。・・・どんな真実さうな顔をしていたつて、酒場の男の感傷は生ビールよりはかな いのですからね。私がたくさん酒を呑んだつて帳場では喜んでいる、蛆虫メ!
「酔つぱらつたからお先に寝さしてもらひます。」 芙美子は強し。>(p100)
芙美子の真実は何だろう。
<しかし、自分の文学の追求を、どこまでも女の可哀想な運命とか、女の生涯につきも のの限界に凝集して、芙美子なりの人生観なり女性観、ひいては女をとおしての人生を 扱いきった態度の真面目さには頭が下るのである。芙美子の観察は、前にもいったよう に、表面の底に及んだ。大部分の女流作家たちは、愛だの恋だののメロドラマの世界を 彷徨している。しかし、芙美子はこの世のもう一つ奥にひそむ体裁のわるい世界、いわ ば表面的な美でない、醜の世界、不幸な人生に眼をむけた。或いは真実な人生とは何か を描こうとした。「醜」はかえって、人生と人間の真実を浮きあげるといわれよう。>62
芙美子にとっての「お釈迦様」
<極貧の日日をどう生きればいいのか、「いつそ、銀座あたりの美しい街で、こなごなに 血へどを吐いて、華族さんの自動車にでもしかれてしまひたいと思ふ」林芙美子にとっ て、お釈迦様は恋の対象として存在する。貧しさが救えない限りそこに宗教はない。生 きるために俗の汚れを是非なくされた、そんないのちの在り様を、そのままに受け容れ てくれる存在そしてお釈迦様は求められる。芙美子の希求の背後にあるものは、俗を生 き切ることの全肯定であり、救済を願う宗教ではなかった。
芙美子の虚無思想
明るくうたう詩篇の数々や「放浪記」の叙述は、虚実とりまぜて、死とも直接する貧 苦との戦いの均衡を保った。「少しも死にたくはないのに、死にたいと思ふこともある。」 と彼女は言う。そして「死ぬかもしれないと云ふ手紙を書きたくなった。」(『放浪記』第 三部)――そんな思いの往還を介して、私生子として生い立った運命的な生を支えてい
明るくうたう詩篇の数々や「放浪記」の叙述は、虚実とりまぜて、死とも直接する貧 苦との戦いの均衡を保った。「少しも死にたくはないのに、死にたいと思ふこともある。」 と彼女は言う。そして「死ぬかもしれないと云ふ手紙を書きたくなった。」(『放浪記』第 三部)――そんな思いの往還を介して、私生子として生い立った運命的な生を支えてい