中国の安全保障環境認識と対外対応
─防衛計画の大綱、日米同盟、戦略構造─
増
田 雅 之
(防衛省防衛研究所研究部主任研究官)【要約】
2010 年 12 月に日本政府が策定した新たな防衛計画の大綱やアジ ア 太平洋地域 における米 国の同盟戦 略の展開に 中国は警戒 感を高 め て いる。中国 の警戒感は 、各国の対 中警戒感が 共有され、 合同軍 事 演 習等を通じ た同盟ネッ トワークが 強化される 可能性に向 けられ て い る。しかし 、防衛計画 の大綱や日 米共同統合 演習への中 国政府 に よ る 懸 念 表 明 の ト ー ン は 抑 制 さ れ た も の で あ っ た 。 こ の 背 景 と し て 、悪化する 安全保障環 境のなかで 中国の意見 表明や対外 対応の あ り 方をめぐる 政策議論が 中国国内で 始まってい る可能性が 指摘で き る。 キーワード:中国外交、安全保障環境、日本の防衛政策、日米同盟、 戦略構造一 はじめに
2010 年 12 月 17 日、民主党政権下で初めてとなる防衛計画の大綱 (以下、防衛大綱)が閣議決定された1。新たな防衛大綱(以下、10 大綱)は、2004 年 12 月の大綱(以下、04 大綱)策定時からの情勢 変 化を踏まえ た新たな要 素を織り込 んだうえで 、今後の日 本の防 衛 力 が目指す方 向性を提示 した。新た な要素は、 一つに防衛 大綱が 提 示 した安全保 障環境への 認識にみら れる。本稿 の射程から 指摘す れ ば、アジア太平洋地域における不安定性への認識が、10 大綱では強 化 されている 。すなわち 、日本周辺 には「依然 として核戦 力を含 む 大 規模な軍事 力が集中し ており、多 数の国が軍 事力を近代 化し、 軍 事的な活動を活発化させている。また、領土や海洋をめぐる問題や、 朝 鮮半島や台 湾海峡等を めぐる問題 が存在する など不透明 ・不確 実 な 要素が残さ れている」 と、不安定 性に関する 全般的な認 識が示 さ れ たうえで、 北朝鮮によ る核・ミサ イル開発等 の動向を「 地域の 安 全保障における喫緊かつ重大な不安定要因」と10 大綱は記した。中 国 については 「世界と地 域のために 重要な役割 を果たしつ つある 」 と しながらも 、透明性が 不足したま までの、国 防費の継続 的増加 、 核 ・ミサイル 戦力や海・ 空軍を中心 とした軍事 力の広範か つ急速 な 近 代化、戦力 投射能力の 強化や周辺 海域におい て活動の拡 大・活 発 化を10 大綱は指摘したうえで、中国の軍事動向を「地域・国際社会 の 懸念事項」 と表現した 。加えて、 こうした地 域における 不安定 性 は、「米国の影響力が相対的に変化し」、「グローバルなパワーバラン1 「平成 23 年度以降に係る防衛計画の大綱について」(2010 年 12 月 17 日、安全保障 会 議 決 定 、 閣 議 決 定 )、 首 相 官 邸 、http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2010/1217 boueitaikou.pdf。
ス に変化が生 じている」 状況下で生 起しており 、日米同盟 の強化 お よ び韓国やオ ーストラリ ア等のパー トナー国と の安全保障 協力を 通 じ たアジア太 平洋地域に おける米国 の軍事的プ レゼンスの 強化が 政 策的に志向されることにつながっている。 10 大綱におけるこうした論理構成は中国にとって望ましいもので はない。中国外交部新聞局の姜瑜副局長は10 大綱に関して、つぎの ように述べて反発を示した。「中国は平和的発展の道を歩むことを堅 持 しており、 防御的な国 防政策をと っている。 事実、改革 開放以 来 の 中国の発展 は日本を含 む世界各国 に共同繁栄 の巨大な機 会をも た ら している。 これは国際 社会におい て衆目の認 めるところ であり 、 天 下の公論で ある。個別 の国が、国 際社会の代 表となった 気で中 国 の発展に対して無責任にとやかく言う権利はない」2。しかし、この 発 言において 、中国側の 反発は日本 の防衛政策 そのものに 向けら れ ているというよりも、10 大綱において日本が「国際社会」の名で中 国の軍事動向を論じたことに向けられている。 また、『人民日報』紙(2010 年 12 月 23 日付)に掲載された評論も、 外交部と同様の観点から10 大綱にコメントを加え、創意・新規性・ 自信という「3 つの欠如」を 10 大綱の特徴と指摘した3。すなわち 、 10 大綱に示された陸上自衛隊の縮減や海上・航空自衛隊を強化する 方 針、中国の 軍事動向を 「懸念事項 」と指摘し たことにつ いて、 米 国 のグローバ ル戦略と軌 を一にする もで「自主 的な創意が 欠如し て い る」とこの 評論は言及 した。また 、動的防衛 力との概念 や南西 地 域において防衛態勢の充実を図る方針が10 大綱で示されたことにつ いても、内容的には04 大綱ですでに言及されていたとこの評論は指
2 「外交部發言人答記者問」『人民日報』(北京)、2010 年 12 月 18 日。 3 「日本新防衛大綱『三缼』」『人民日報』(北京)、2010 年 12 月 23 日。
摘し、「創意が欠如している」と評価した。さらに、日本という「一 人称」ではなく、「地域」や「国際社会」の「口を借りて」対中懸念 を 表明したこ とに関して 、日本の「 自信の欠落 」が見出さ れたの で あった。 こうした日 本の防衛政 策や安全保 障政策を直 接的に批判 しない 中 国の姿勢は、10 大綱や今後の日本の政策動向への批判的な認識を中 国 が低下させ ていること を意味する のであろう か。本稿は 、日本 の 防 衛政策や安 全保障政策 をめぐる中 国の基本的 な思考枠組 みを整 理 したうえで、10 大綱への中国の意見表明の意味を中国の安全保障環 境認識との関連から明らかにするものである。
二 日本の防衛政策をめぐる中国の論点
04 大綱は、5 年後を目途として「安全保障環境、技術水準の動向 等 を勘案し検 討を行い、 必要な修正 を行う」こ ととしてい た。し た が って、自民 党政権期に おいても、 すでに防衛 大綱の見直 し作業 が 進められていた。2009 年 1 月には麻生太郎首相の下に、有識者らに よる「安全保障と防衛力に関する懇談会」(勝俣懇)が設置された4。 勝俣懇は合計11 回の会合を行い同年 8 月に報告書を作成し、次期防 衛大綱の方向性を示した5。さらに、当時の与党・自民党も国防部会 ・ 防 衛 政 策 検 討 小 委 員 会 に お い て 防 衛 大 綱 見 直 し の 議 論 を 重 ね 、6 月 に防衛大綱 の方向性に ついて党と しての考え 方をまとめ 、提言 を 公表した6。4 「安全保障と防衛力に関する懇談会の開催について」(2009 年 1 月 7 日、内閣総理大 臣決裁)首相官邸、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ampobouei2/konkyo.pdf。 5 安全保障と防衛力に関する懇談会『「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書』首 相官邸、2009 年 8 月、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ampobouei2/090928houkoku_j.pdf。 6 自由民主党政務調査会、国防部会・防衛政策検討小委員会「提言:新防衛計画の大
こうした日 本における 防衛大綱の 策定をめぐ るプロセス や政策 動 向に中国は関心を寄せてきた。『人民日報』紙(2009 年 8 月 5 日付) は、「集団的自衛権に関する解釈の見直し」、「武器輸出三原則等の修 正 」、「日 米同盟 の強化」に 関する提言 を中心に、 勝俣懇報告 書を 報 じた7。この記事は同報告書への直接的な評価は下してはおらず、事 実 関係をもっ ぱら紹介す るものであ った。しか し、日本が 「専守 防 衛 」という防 衛政策にか かる基本的 な立場を「 突破」して 「軍事 大 国化」するとの文脈において、上記論点に関する中国の関心は高く、 こ れまでもこ の文脈で中 国側の関心 や懸念が表 明されてき た。集 団 的 自衛権との 論点につい て言えば、 中国国内の 専門家は、 これを 憲 法 9 条改正との関連で理解する傾向がある。例えば、中国社会科学 院の馮昭奎らは両者の関連性をつぎのように論じていた。「自民党等 の保守政治勢力は、憲法 9 条を改正しようと苦心しているが、重要 な 目的は日本 の憲法を日 米同盟の要 求に符合さ せることに ある。 憲 法 9 条が改正されれば、日本は正々堂々と集団的自衛権を行使する こ とができ、 日本の部隊 は必要な武 器装備を携 えて米軍と 肩を並 べ た作 戦遂行が可 能となる 」。その結果、 日米同盟は 「『単方向的 』 な 同盟関係から『双方向的』な同盟関係となる」8。 た し か に 、 集 団 的 自 衛 権 の 問 題 に 関 す る 日 本 国 内 の 議 論 の 中 心 は、憲法 9 条の将来的な改正というよりは、集団的自衛権に関する 政府解釈の変更である9。しかし、中国における一般的な議論では、 日本の集団的自衛権は憲法 9 条によって「厳格に禁止」されてきた
綱について―国家の平和・独立と国民の安全・安心確保の更なる進展」自民党、2009 年6 月 9 日、http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2009/pdf/seisaku-012.pdf。 7 「日本『集体自衛權』掀波瀾」『人民日報』(北京)、2009 年 8 月 5 日。 8 馮昭奎・林昶『中日關係報告』(北京:時事出版社、2007 年)、頁 107。 9 北岡伸一『グローバルプレイヤーとしての日本』(NTT 出版、2010 年)、第 8 章。
と される。し たがって、 日本におい て集団的自 衛権に関す る議論 が 進展すれば、それは「国の交戦権」を否定した憲法 9 条(後段)の 放棄につながり、「専守防衛」という日本の防衛政策の「本旨」が突 破されるとの理解が中国側では導かれることとなる。その結果、「突 破 」後の防衛 政策におい て、日本は 「攻撃型防 衛」戦略を 発展さ せ て 「軍事大国 」となり、 日米同盟も その攻撃的 な性格が強 化され る と い う の が 日 本 の 防 衛 政 策 に 関 す る 中 国 側 の 論 理 構 成 と な る10。 ま た 、武器輸出 三原則等の 修正につい て、中国で は一義的に 技術面 で の 研究開発の 強化による 自衛隊の能 力向上との 関連で理解 される 。 しかし、日米ミサイル防衛(MD)協力の進展による日米同盟の強化 や 「米国を中 心とする多 国間」の武 器の共同開 発への日本 の参画 が 「 同盟のネッ トワーク化 」につなが るとの論点 が中国側で 提示さ れ てきた11。いずれの議論も「専守防衛の突破」という思考枠組みを基 礎としているのである。 こうした思 考枠組みが 継続される 一方で、日 本における 防衛大 綱 の 見直しに関 して、中国 の主要メデ ィアは表面 的には静か な報道 姿 勢をとっていた。なぜなら、2009 年 8 月末に日本では衆議院議員総 選 挙を控えて おり、政権 交代の可能 性が高まっ たからであ った。 ま た 、日本にお いても、政 権交代を念 頭に置く防 衛大綱のあ り方に 関 す る発言が多 く聞かれる ようになっ た。先述し た勝俣懇報 告書に 関
10 輕舟・劉洪昌「値得警惕的『逆動』―2004 年日本防務政策綜述」『環球軍事』(北京)、 第24 期(2004 年 12 月)、頁 8。 11 輕舟・劉洪昌、前掲論文、頁 9;孫健「論日本防務政策調整」『紅旗文摘』(北京)、 第5 期(2004 年)、頁 34~36;晉林波「日本防衛政策醞釀重大轉變」郭偉峰主編『中 國與日本的敵對危險』(香港:中國評論學術出版社、2005 年)、頁 93~94。また、最 近の論考として、つぎの評論を参照されたい。呂德勝「新突破舊思維―日本『防衛 計劃大綱』令人憂慮」『中國民兵』(北京)第1 期(2011 年)、頁 43。
し て、民主党 の鳩山由紀 夫代表(当 時)は「自 民党政権に たいす る 提案」と指摘したうえで、「われわれの視点を入れた見直しを人選を 含 めて行わな ければなら ない」と述 べ、政権獲 得後に防衛 大綱の あ り 方を民主党 としていま 一度見直す 考えを明ら かにした。 同報告 書 が 提言した集 団的自衛権 の解釈見直 しや武器輸 出三原則等 の緩和 に つ いては「政 府見解が定 着している のも事実だ 。懇談会の 議論自 体 を慎重に精査、検証する必要がある」と鳩山代表は言及した12。勝俣 懇 報告書を報 じた『人民 日報』紙の 記事も、民 主党等の当 時の野 党 や 公明党が集 団的自衛権 や武器輸出 三原則にか かる見直し につい て 「 慎重な検討 」が必要と 述べている ことを報じ 、これら論 点への 検 討が新政権において改めて実施されることへの期待感を示唆した13。 また、『光明日報』紙(同年 8 月 9 日付)の記事は、「自民党が総選 挙 で勝利し継 続して政権 を運営すれ ば、日本政 府が(集団 的自衛 権 に 関する)憲 法解釈を見 直す可能性 が高く、集 団的自衛権 の行使 を 認 めることと なる」と警 戒感を示す 一方で、民 主党が政権 を獲得 す れ ば、勝俣懇 の「報告書 は紙切れと なる可能性 が高い」と 日本に お ける政権交代への期待感を示していたのである14。
三 民主党政権の「政策変化」に関する中国の解釈
また、2009 年 7 月に民主党が発表した政権公約(マニフェスト) に おいて「対 等な日米同 盟関係」や 日本の「主 体的な外交 戦略」 に 言 及されたこ とや、その 後鳩山政権 において海 上自衛隊に よるイ ン12 『毎日新聞』2009 年 8 月 5 日。 13 『人民日報』(北京)、2009 年 8 月 5 日、前掲記事。 14 「日本防衛政策會有重大改變嗎」『光明日報』(北京)、2009 年 8 月 6 日。なお、つぎ の報道も参照されたい。「日本首相知囊欲變『専守防衛』方針」『新華毎日電訊』(北 京)、2009 年 8 月 6 日。
ド 洋での補給 支援活動が 中止された ことに、日 本における 政策変 化 の 兆しが見出 された。鳩 山政権発足 の前日付で 配信された 新華社 論 評 は、日本の 政策変化を 論じた。外 交政策につ いて言えば 、上記 マ ニ フェストの 言及に対外 政策の「重 点調整」の 兆候をこの 論評は 見 出し、その背景をつぎのように指摘した。「近年、経済のグローバル 化 と世界の多 極化趨勢の 発展に伴い 、米国だけ に頼ること で日本 が 直 面する国際 的・地域的 問題を解決 することは すでにでき なくな っ た 。中国をは じめとする アジアの台 頭によって 、日本はよ りアジ ア を重視するようになった」15。また、鳩山政権発足後の 9 月 22 日に 中 国社会科学 院が開催し た「日本の 新内閣の内 政と外交展 望」を テ ー マとするフ ォーラムで は、鳩山政 権における 日本の防衛 政策の 変 化の可能性に関しても議論された。「民主党の防衛政策に関する主張 は自民党と比べて温和であり」、集団的自衛権や武器輸出三原則等の 問題に関して「日本の防衛政策の『突破』の歩みは緩やかにはなる」 との見解がこのフォーラムでは示されたという16。 しかし、こ れらの議論 が想定して いた日本の 政策変化は 「適度 な 調 整」であっ た。日本の 防衛政策に ついて言え ば、日本の 「防衛 力 の 発展におい ては大きな 変化はない 」との見通 しが示され た。こ う し た議論は中 国の軍事専 門家に多く 、集団的自 衛権や武器 輸出三 原 則 等に関して も、内容的 にはすでに 「突破」さ れ、民主党 政権に お い てもその趨 勢に大きな 変化はない と考えられ ていた。例 えば、 中 国 人民解放軍 (以下、人 民解放軍) 軍事科学院 世界軍事研 究部の 江 新 鳳上級大佐 らによる論 文は「目下 のところ、 日本政府は 『専守 防 衛 』の基本方 針を堅持し ていると公 言している が、実際の 状況と 発
15 劉贊「日本政策變化已顕端倪」『新華社』(北京)、2009 年 9 月 15 日。 16 李璇夏「日本新内閣的内政與外交」『中國社會科學報』(北京)、2009 年 11 月 12 日。
展趨勢からみれば、『専守防衛』の核心的な原則はすでに突破されて おり、いままさに主導抑制の方向へ転換している」と論じた17。この 論文は、つぎの4 点から専守防衛の「突破」を論じた。第 1 に、2003 年6 月にいわゆる有事関連法が成立し、「武力攻撃事態」との概念が 導 入されたこ とによって 「自衛隊に よる武力行 使のタイミ ングと 範 囲が一定程度突破された」。第2 に、2006 年 12 月に武力攻撃事態に お ける外国軍 用品等の海 上輸送の規 制に関する 法律が改正 され、 日 本 の領海だけ ではなく排 他的経済水 域を含む「 日本周辺の 公海」 に お いて、外国 船舶への海 上自衛隊の 部隊による 停泊検査等 が可能 と なった。同法第37 条 2 項では「その事態に応じ合理的に必要と判断 さ れる限度に おいて、武 器を使用す ることがで きる」と規 定され 、 同 論文はこれ を「自衛隊 の防衛範囲 が実質的な 突破を実現 した」 と 評価し、「専守防衛」戦略の「質的な変化」が見出された。第3 に、 歴 史的に「専 守防衛」が 意味する内 容について の解釈変更 がなさ れ てきたことであり、とくに日本における敵基地攻撃論に「専守防衛」 の核心的原則の有名無実化を見て取った18。第 4 に、04 大綱が日本 の 安全保障の 目標として 、国土防衛 だけではな く「国際的 な安全 保 障環境を改善する」ことを掲げたことや、2007 年 1 月に自衛隊法が 改 正され海外 任務が自衛 隊の本来任 務に格上げ されたこと に、日 本 の安全保障戦略の「着眼点」が国土を超え「グローバルに拡大する」
17 江新鳳・龍文虎「近年日本軍事轉型探析」『日本學刊』(北京)、第 1 期(2009 年)、 頁3~5。 18 1999 年 3 月 3 日の衆議院安全保障委員会で野呂田芳成防衛庁長官(小渕内閣)は「我 が国に現実の被害が発生していない時点であっても、侵略国が我が国に対して武力 行使に着手しておれば、我が国に対する武力攻撃が発生したことと考えられ、自衛 権発動の他の 2 つの要件を満たす場合には、我が国としては、自衛権を発動し、相 手国の戦闘機や艦船を攻撃することは法理上可能となる」と答弁した(『第145 回国 会衆議院安全保障委員会議録』第3 号、1999 年 3 月 3 日、5 ページ)。
趨 勢が発見さ れた。この 判断に基づ けば、政権 交代の如何 にかか わ ら ず、日本の 防衛政策や 安全保障政 策をめぐる 根本的な政 策変化 は ほとんど期待されてはいなかったと言ってよい19。 しかし、普 天間基地の 移設問題を めぐる鳩山 政権の混乱 と日米 関 係 の悪化を受 けて、日本 の防衛政策 や安全保障 政策をめぐ る中国 側 の いま一つの 論点である 日米同盟の 機能につい て、中国国 内の議 論 に 一 定 の 幅 が み ら れ る よ う に な っ た 。 例 え ば 、『 国 際 資 料 信 息 』 誌 (2010 年第 4 期)に掲載された普天間基地の移設をめぐる日米関係 に 関する論考 は、問題の 根本的な原 因の一つと して「民主 党の対 米 政策の空洞化」を指摘した20。すなわち、民主党がマニフェストで提 示 した「緊密 で対等な同 盟関係」の 構築にあた って、緊密 性と対 等 性 を如何に両 立させるの かについて 鳩山政権は 「なお明確 に言及 で きてはおらず」、対等が意味する内容について米国との間で根本的な 立 場の不一致 があるとこ の論考は強 調した。例 えば、米国 が武力 攻 撃 を受けた際 の日本の防 衛義務を日 米安全保障 条約はなお 明確に 規 定し ておらず、「米国からみ れば、(日米 )同盟には 非対等性が 存 在 す る 」。「 鳩 山 政 権 が 強 調 し て き た イ ン ド 洋 に お け る 給 油 活 動 の 停 止 、米軍基地 予算の削減 、米軍再編 計画の調整 などの米国 の実質 的 利 益にかかわ る問題で対 等を要求す る具体的な 措置を米国 は絶対 に 受け入れることができない」。「日本が追求する対等は『対等の幻想』 あるいは『対等の願望』に過ぎず」、普天間基地の移設問題は、マニ フェストで強調された「緊密で対等な同盟関係」のもとでは、「解決
19 民主党政権の日米同盟への政策対応を論じたものとして、つぎの論考を参照された い。婁偉「日本民主黨執政與美日同盟變化」『東北亞論壇』(長春)、第19 巻第 2 号 (2010 年 3 月)、頁 103~109。 20 張彤「日美普天間基地搬遷争端及前景」『國際資料信息』(北京)、2010 年第 4 期、頁 9~14。
方法を短期的に見出すことはできない」21。その結果、「鳩山政権が 日米同盟という基盤を放棄することはないものの」、普天間問題の推 移 如何では「 アジア太平 洋における 米国の軍事 プレゼンス が弱ま る 可能性もある」との見解をこの論考は示したのであった22。 たしかに、 日米同盟の 不安定化に よる米国の 軍事的プレ ゼンス の 低 下 を 見 通 す 見 解 が 中 国 に お い て 主 流 を 占 め た と い う わ け で は な い 。むしろ、 専門家や主 要メディア は日米同盟 の重要性が 日米両 国 の 首脳間にお いて改めて 確認された ことを指摘 するととも に、将 来 的には日米の軍事協力が強化される可能性にも言及していた23。例え ば、『光明日報』紙(2010 年 1 月 20 日付)は 2010 年 1 月の日米同盟 50 周年に際してつぎのように報じた。「日米両国間では矛盾や分岐が つ ねに出現す るが、予見 し得る将来 において、 日米の同盟 関係は 継 続 するだけで はなく、日 米の軍事協 力関係はさ らに強化さ れる可 能 性がある」24。しかし、後述するように、同年7 月に 3 月の韓国哨戒 艦 沈没事件( 天安艦事件 )への対応 として米韓 両国が実施 した合 同 軍事演習や12 月に実施された日米共同統合演習について、中国メデ ィ アの多くは 「米国のア ジア回帰」 という文脈 で報道して いたこ と は 、米国の軍 事的プレゼ ンスが低下 することへ の期待感が 一時的 に しろ中国国内で高まっていたことを示すものである25。
21 同上、頁 12。 22 同上、頁 14。 23 例えば、つぎの評論を参考のこと。王少普「美國欲繼續控制日本」『解放日報』(上 海)、2010 年 1 月 15 日。 24 「強調維持緊密同盟關係」『光明日報』(北京)、2010 年 1 月 20 日。 25 他方で「中国の国防政策にとって重要なことは『安定』である。普天間基地問題で 日米同盟が不安定化することは中国の国防政策の前提条件が変化することでもあ り、必ずしも望ましいことではない」、「変化を期待する意見が中国にある」との指 摘も中国国内にはある(筆者による人民解放軍関係者へのインタビュー、北京、2010
四 悪化する中国の安全保障環境―対中警戒感の共有
2010 年 6 月に鳩山首相が辞任し、菅直人政権が誕生した。中国外 交部系列の国際時事雑誌『世界知識』(2010 年第 14 期)は「鳩山の 理想主義から菅の現実主義へ」と題する対談記事を掲載した26。この 対 談のなかで 、普天間問 題で鳩山首 相は米国に 「屈服」し たと馮 昭 奎 は指摘した 。かれによ れば、「米 国がそのグ ローバルな 軍事戦 略 を 考慮すれば 譲歩はあり 得ない」な かで、鳩山 政権は米国 と沖縄 双 方の圧力に遭い「最終的に米国に屈服した」。馮の発言で興味深いの は、「屈服」の背景として米国の圧力とともに、同年5 月末に鳩山首 相 が出席して 開かれた全 国知事会議 を指摘した 点にある。 この臨 時 に 開かれた全 国知事会議 で石原慎太 郎・東京都 知事は、尖 閣諸島 の 海 域で(中国 との)軍事 衝突が発生 した場合に 、日米安全 保障条 約 が 適用される のか否かを 鳩山首相に 質した。鳩 山首相は「 日中の 間 で衝突があったとき、米国は安保条約の立場で行動する。しかし(尖 閣 諸島の)帰 属問題は日 中当事者同 士で議論し て結論を出 すと私 は 理 解をしてい る」と答え 、この言葉 に石原都知 事は怒りを 隠さず 、 日本のメディアは、鳩山首相は四面楚歌の状態であったと報じた27。 こ のやりとり の背景とし て、中国の 海軍力増強 や中国の海 洋調査 船 に よる日本の 測量船への 近接事案が 日本のメデ ィアで大き く報じ ら れ ていたこと を馮昭奎は 指摘し、日 本における 対中警戒感 の広が り を「鳩山理想主義の破綻」の要因とする見解を示したのである。 事実、中国 の軍事動向 への日本の 警戒感は民 主党政権に おいて も年3 月)。 26 「從鳩山的理想主義到菅的現實主義」『世界知識』(北京)、2010 年第 14 期、頁 28~ 30。 27 『産経新聞』2010 年 5 月 28 日。
増 大傾向にあ る。民主党 政権下で改 めて設置さ れた防衛大 綱見直 し の た め の 「 新 た な 時 代 の 安 全 保 障 と 防 衛 力 に 関 す る 懇 談 会 」( 佐 藤 懇)の第2 回会合(2010 年 2 月 24 日)では、周辺諸国の軍事動向に ついて検討された。第 2 回会合において、防衛省は中国の軍近代化 の 方向性をつ ぎのように 説明した。 中国海軍は 近海での総 合作戦 能 力の向上を図っているほか、中国空軍は第 4 世代戦闘機を増強する と ともに、空 中給油・早 期警戒管制 能力の獲得 努力を通じ て攻防 兼 備型への転換を図っている28。また、2010 年度版の『防衛白書』は、 中国の軍事力近代化の取り組みをまとめ、「その具体的な将来像は明 確 にされてい ない」と国 防政策の不 透明性に言 及した。加 えて、 日 本近海などにおける活動の活発化を指摘し、「このような国防政策の 不 透明性や軍 事力の動向 は、わが国 を含む地域 ・国際社会 にとっ て の 懸念事項で あり、慎重 に分析して いく必要が ある」と中 国の軍 事 動向への警戒感を白書は示した29。2010 年度版白書における中国の 軍 事動向につ いての表現 振りは自民 党政権期の それよりも 断定的 で ある。2009 年度版の防衛白書は「中国の軍事力が地域情勢やわが国 の 安全保障に いかなる影 響を与えて いくのかが 懸念される ところ で あり、慎重に分析していく必要がある」と言及した30。この表現と比 べれば、2010 年度版白書における「懸念事項」との対中記述はより 断 定的である 。中国もこ うした記述 変化に敏感 であった。 例えば 、
28 防衛省「国際軍事情勢(我が国周辺情勢を中心に)」(新たな時代の安全保障と防衛 力 に 関 す る 懇 談 会< 第 2 回 > 配 布 資 料 、 2010 年 2 月 24 日 )、 首 相 官 邸 、 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shin-ampobouei2010/dai2/siryou.pdf。 29 防衛省編『平成 22 年度版日本の防衛(防衛白書)』(ぎょうせい、2010 年)、51 ペー ジ。 30 防衛省編『平成 21 年度版日本の防衛(防衛白書)』(ぎょうせい、2009 年)、48~49 ページ。
軍事専門誌『国防』(2010 年第 12 期)に掲載された日本の防衛白書 を分析した論考は、2010 年度版の記述振りについて、「日本の対中警 戒感がさらに強烈になっている」とした評価したうえで、日本が「自 身 の軍事力を 発展させる ための口実 を求めてい る」と批判 的な見 解 を示したのである31。 他方で、中 国は日本だ けではなく 、米国の軍 事動向への 警戒感 も 高めている32。例えば、『解放軍報』紙(2010 年 7 月 14 日付)に掲 載された論考は、2010 年 2 月に米国政府が公表した『4 年毎の国防 計画の見直し』(QDR 2010)を題材にバラク・オバマ政権の軍事戦 略の特徴を論じた。この論考によれば、オバマ政権の軍事戦略には、 脅 威認識、作 戦目的、作 戦対象等の 面で転換が 見られると いう。 脅 威認識について言えば、2001 年の 9.11 事件後の国際テロリズムや宗 教 の過激主義 を主要な脅 威としてい た判断から 「新興大国 のアク セ ス 拒否能力お よび領域拒 否能力が主 要な脅威を 構成してい る」と の 判 断へオバマ 政権は転換 した。こう した脅威認 識に基づい て、米 軍 の 作戦目的は とくに西太 平洋におい てその「行 動の自由を 保護し 、 新興大国の台頭を抑制する」ことに置かれ、QDR 2010 では中国が名 指 しされては いないもの の、米軍お よびその同 盟国軍の作 戦対象 は 明 らかに人民 解放軍とな ったとして 、人民解放 軍は「困難 な局面 の 出 現に対応す る準備をし なければな らない」と この論考は 結論づ け
31 劉俊「日本 2010 年度『防衛白皮書』評析」『國防』(北京)2010 年第 12 期、頁 71。 32 米国の政治・軍事動向への中国の警戒感は、2010 年に入って顕著に示されるように なった。2010 年初めまでは中国では米国(バラク・オバマ政権)が中国の台頭とい う客観的事実を受け入れるようになり、中国の安全保障環境は相対的に安定してい るとの評価が中国国内で多く主張されていた。例えば、國際關係學院國際戰略與安 全研究中心『2009 年中國國家安全概覽』(北京:時事出版社、2010 年)、頁 134~135 を参照されたい。
たのである33。 中国にとっ て問題とな るのは、各 国の対中警 戒感が共有 され、 政 策対応に反映されることである。QDR 2010 に関する『解放軍報』紙 の 論考も、オ バマ政権に おいて脅威 認識が転換 した結果、 米軍だ け で はなく「同 盟国軍の作 戦対象」も 人民解放軍 となること に言及 し た。日米間の対中警戒感の共有という観点から言えば、2010 年 4 月 に中国海軍東海艦隊の艦艇10 隻が沖縄本島と宮古島の間を通過して 太 平洋へと東 進し、太平 洋上の海域 において実 兵対抗訓練 を実施 し たことと、その過程で同月 8 日に海上自衛隊の護衛艦「すずなみ」 に対し、中国の艦載ヘリコプターが水平距離約90m、高度約 30m の 距離まで接近したことの政策効果は小さくはなかった34。5 月 25 日 に 米国防総省 で会談した ロバート・ ゲイツ国防 長官と北澤 俊美防 衛 相 は活発化す る中国海軍 の活動に対 応するため の日米協力 の重要 性 で意見の一致をみた35。また、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の 巡視船への衝突事件を起こした後の9 月 23 日、ニューヨークで前原 誠 司外相と会 談したヒラ リー・クリ ントン国務 長官は、尖 閣諸島 が 日米安保条約第 5 条の適用範囲に入るとの立場を明言した36。さら に、11 月に横浜で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で オ バ マ 大 統 領 と 会 談 し た 菅 直 人 首 相 は 、 日 中 間 の 問 題 に 言 及 し つ つ、「日米同盟や米軍のプレゼンスの重要性に対する国民レヴェルの
33 「『三空作戰』―美軍作戰轉型重中之重」『解放軍報』(北京)、2010 年 7 月 14 日。 34 2010 年 4 月 21 日にも、太平洋上においてこれらの艦隊を警戒監視中の護衛艦「あさ ゆき」に対して、再び中国の艦載ヘリコプターが水平約90m、高度約 50m の距離ま で接近を行う事案が発生した。 35 「日米防衛相会談の概要」防衛省自衛隊、2010 年 5 月 25 日、http://www.mod.go.jp/j/ press/youjin/2010/05/25a.html。 36 「日米外相会談(概要)」外務省、2010 年 9 月 23 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/ area/usa/visit/1009_gk.html。
認識が深まっている」と言及したのである37。すなわち、防衛相、外 相 、首脳各レ ヴェルで中 国への警戒 感が確認さ れたと言え るので あ る。さらに、12 月には自衛隊・米軍 4 万 4,000 名余りが参加して日 米間では最大規模の日米共同統合演習(実働演習)が実施された38。 表 1 日米共同統合演習(2010 年 12 月) 演習参加部隊 訓練項目 実施場所 自衛隊 米軍 弾道ミサイル 対処 日本周辺の海・空域 自衛隊の各基地等 陸自、海自、空自 陸軍、海軍、空軍 海上作戦 四国南方海域 九州西方周辺海域 沖縄東方周辺海域 海自、空自 海軍、空軍、海兵隊 航空作戦 日本周辺の空域等 陸自、海自、空自 海軍、空軍、海兵隊 統合輸送 日本周辺の海・空域等 陸自、海自、空自 ― 基地警備等 佐世保基地 三沢基地 春日基地 福江島分屯基地 陸自、海自、空自 海軍、空軍 捜索救助活動 沖縄周辺海域 海自、空自 空軍 (出典)防衛省統合幕僚監部報道資料(2010 年 11 月 11 日)、http://www.mod.go.jp/jso/ index.htm。 米韓両国も軍事演習を通じて同盟関係の強化に動いた。2010 年 3 月末の天安艦事件への対抗措置として、5 月 24 日に米国防総省は米 韓 両軍による 対潜水艦演 習と海上阻 止活動に関 する演習を 韓国近 海 で実施することを発表した39。こうした動き、とくに米海軍の空母「ジ
37 「日米首脳会談(概要)」外務省、2010 年 11 月 13 日、http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ usa/visit/president_1011/gai.html。 38 防衛省統合幕僚監部「平成 22 年度日米共同統合演習(実動演習)について」2010 年 11 月 11 日、http://www.mod.go.jp/jso/index.htm。
ョ ージ・ワシ ントン」が 黄海におけ る米韓合同 演習に参加 するこ と が伝えられると、中国はこれに厳しく反発した。7 月 1 日に人民解放 軍 の馬暁天副 総参謀長は 、香港メデ ィアに対し て「黄海は あまり に 中 国の領域に 近い。この ような場所 で演習が行 われること に強く 反 対する」と述べた40。7 月 6 日、中国外交部新聞局の秦剛局長は、馬 副 総参謀長の 発言に関す る報道に「 注意を払っ ている」と 述べた 上 で「状況をよくみた上で、今後態度表明をしたい」と明言を避けた41。 8 日になると、同スポークスマンは「外国の軍艦および軍用機が、黄 海 およびその 他の中国近 海において 中国の安全 保障上の利 益に影 響 す るような活 動に従事す ることに断 固として反 対する」と の見解 を 表明し42、13 日、15 日にもこの見解が繰り返し示され、公式化され た43。こうした状況は、馬暁天副総参謀長による態度表明が先行した 後 に政策調整 が中国側政 権内で実施 され、軍の 見解が公式 見解と し て 採用された ことを示唆 している。 こうした中 国の厳しい 反発も あ り、7 月末の米韓合同演習は黄海ではなく、日本海で実施されたが、 空母「ジョージ・ワシントン」も演習海域に派遣され、8,000 名余の 兵力が投入された大規模な演習となった。また、8 月にも米国はヴェ ト ナムとの間 でもダナン 沖の南シナ 海で捜索救 難等の合同 訓練を 行 った。
Service, May 24, 2010. 40 「美韓聯合軍演中國軍方反對」『香港經濟日報』(香港)、2010 年 7 月 2 日。 41 「我外交部發言人回應美韓軍演將密切跟踪事態發展」『解放軍報』(北京)、2010 年 7 月7 日。 42 「中方反對外國軍軍用艦機到中國近海活動」『新華毎日電訊』(北京)、2010 年 7 月 9 日。 43 「7 月 13 日外交部發言人秦剛舉行例行記者會」中華人民共和國外交部、2010 年 7 月 13 日、http://www.fmprc.gov.cn/chn/gxh/tyb/fyrbt/jzhsl/t716403.htm;「反對美韓黃海軍演」 『新華毎日電訊』(北京)、2010 年 7 月 16 日。
こうした政 策展開のな かに、中国 国内の専門 家や軍事メ ディア は 自 国に向けら れた米国の 深刻な意図 を見出した 。例えば、 北京航 空 航 天大学戦略 問題研究セ ンターの張 文木教授は 、天安艦事 件を口 実 と し て 米 国 は 戦 略 重 心 を 東 に 移 し て い る と 指 摘 し 、「 海 権 」(sea power)という観点から米国の戦略的な意図を論じた44。中国の台頭 と くに近年に おける中国 海軍の台頭 のため、中 国を抑制す ること の 緊 迫性を米国 はすでに意 識している と張教授は 指摘した。 そのう え で 、 同 教 授 は 2006 年 に 公 表 さ れ た 『 4 年 毎 の 国 防 計 画 の 見 直 し 』 (QDR2006)以降、中国の海軍力の増強を前提に米国は一貫して太 平洋における軍事バランスの維持を図っており、「この地域のバラン サ ーとしての 米国の地位 は弱体化す るのではな く、むしろ 強化さ れ る 」とのメッ セージを「 中国を含む 」アジア諸 国に送って いると 論 じ た。換言す れば、天安 艦事件後に 米国がこの 地域におい て実施 し て いる軍事演 習・訓練を 、一時的な 情勢悪化と してではな く、パ ワ ー バランスが 変化するな かでの米国 の対応とし て同教授は 論じた の で ある。また 、かれによ れば、黄海 での軍事演 習に中国が 厳しく 反 発 するのは、 歴史的な背 景だけでは なく、中国 の制海権の カギと な る 「第一列島 線」におけ る米国の対 中抑制の一 環として米 韓合同 軍 事 演習をみる からであり 、中国の「 海権」発展 にとって巨 大な圧 力 となるからである。 したがって、米韓合同軍事演習に続いて、南シナ海では 8 月に米 越の合同訓練、12 月に東シナ海で日米共同統合演習が実施されたこ と は、米国に よる「第一 列島線」を はさんだ対 中抑制網が 形成さ れ る ことと中国 には映った と言ってよ い。中国の 情勢認識の 深刻化 は
44 張文木「『天安艦事件』後東亞戰略形勢與中國選擇」『太平洋學報』(北京)、第 18 巻第11 期(2010 年 11 月)、頁 18~59。
2011 年 3 月末に公表された『中国の国防 2010』(国防白書)の記述 に確認できる。2010 年版の国防白書は「アジア太平洋地域の戦略構 造 には深刻な 調整の準備 が進んでお り、関係大 国は戦略的 な投入 を 強 化している 。米国はア ジア太平洋 の軍事同盟 システムを 強化し て おり、地域の安全保障事務への介入を強めている」と言及し、「戦略 構造」の変化という観点から一連の動向を評価したのである45。2008 年 版の国防白 書における 「アメリカ はアジア・ 太平洋地域 への戦 略 的 な関心と投 入を保ち続 け、軍事同 盟を強化し 、軍事面の 配置を 調 整し、軍事力を増強している」との表現と比べれば、2010 年版の情 勢認識は深刻さを増していると言ってよい46。
五 おわりに
本稿の検討 から明らか なように、 日本の防衛 政策や安全 保障政 策 へ の中国の警 戒感は決し て取り下げ られてはい ない。とく に、日 米 同 盟が強化さ れる趨勢や アジア太平 洋地域にお いて同盟関 係のネ ッ ト ワーク化が 対中警戒感 を背景の一 つとして進 展する可能 性に対 す る中国の評価は深刻さを増している。2010 年版の国防白書における 「 戦略構造」 との表現に はこうした 中国の深刻 な情勢認識 が示さ れ ている。しかし、日本の10 大綱に関連して、中国外交部は中国の深 刻な情勢認識を直接的には示さなかった。2010 年 12 月に実施された 日 米共同統合 演習につい ても、中国 国内では深 刻な認識と 警戒感 が 示される一方で47、外交部新聞局の姜瑜副局長は「二国間の軍事同盟45 中華人民共和國國務院新聞辦公室「2010 年中國的國防」『解放軍報』(北京)、2011 年4 月 1 日。 46 中華人民共和國國務院新聞辦公室「2008 年中國的国防」『解放軍報』(北京)、2009 年1 月 21 日。 47 本文における検討からも明らかなように、軍事関係のメディアや専門家の論考等に
は 中国を含む 第三者の利 益に損害を 与えるべき ではない」 と日米 同 盟の政策展開にくぎを刺しつつも、「関係国が冷静な対応をとる」こ とに「希望」を表明したのである48。 こうした中 国の静かな 意見表明や 対外対応と 深刻な情勢 認識と の 関 係を如何に 理解すべき であろうか 。解釈の一 つとして、 中国の 対 外 対応のあり 方をめぐる 政策議論が 中国国内で 始まってい る可能 性 が指摘できる。外交を統括する戴秉国国務委員は、『「12 次 5 カ年計 画 の 策 定 に 関 す る 中 国 共 産 党 中 央 委 員 会 の 建 議 」 学 習 読 本 』(2010 年10 月出版)に寄せた論文「平和発展の道を歩むことを堅持せよ」 において、中国の対外対応のあり方をつぎのように論じた49。すなわ ち 「国家間の 矛盾や摩擦 が免れがた いものであ り、驚くに 当たら な い 。大事なこ とは問題が 起きた際に 如何なる原 則で処理す るのか と い うことであ る。つまり 、目くじら を立てて一 矢を報い、 針小棒 大 に 騒ぎ立てる か、それと も全く違う 対応をとる のかという ことで あ る 」と戴国務 委員は強調 した。この 記述は、「 核心的利益 の切実 な 尊 重」を米国 等に求めて 厳しい対外 対応を主張 し、また米 韓合同 演 習 や米越合同 訓練を厳し く批判して きた人民解 放軍の言動 を容易 に 想 起させ、戴 秉国論文の メッセージ のおもな対 象は人民解 放軍な の
おいて警戒感が多く表明されている。軍事関係のメディアのなかでは、『國防時報』 紙(四川省國防教育委員會主管)が日米共同統合演習等の米国を中心とする軍事演 習に関する記事や評論を比較的多く掲載していた。さしあたり、つぎの記事や評論 を参照のこと。「日美將演練從中國手中奪島」『國防時報』(成都)、2010 年 10 月 8 日;「親歴日美聯合軍演」『國防時報』(成都)、2010 年 12 月 10 日;楊麗明「美 日大規模軍演―威嚇挑戰、悪心中國」『國防時報』(成都)、2010 年 12 月 10 日; 廉徳瑰「美日軍演虚張聲勢」『國防時報』(成都)、2010 年 12 月 17 日。 48 「朝鮮半島問題出路在於對話」『新華毎日電訊』(北京)、2010 年 12 月 3 日。 49 戴秉國「堅持走和平發展道路」本書編写組編著『「中共中央關於制定國民經濟和社會 發展第十二個五年規劃的建議」輔導讀本』(北京:人民出版社、2010 年)、頁 82。
かも知れない50。また、近年の中国による厳しい対外対応が地域諸国 や関係国の間で対中警戒感を高めたことも事実である。 本稿でも指 摘したよう に中国の軍 事専門家や 人民解放軍 が示す 情 勢 認識のトー ンは厳しさ を増してお り、悪化す る安全保障 環境の な か で中国の政 策対応や意 見表明の全 体的な方向 性が何処に 向かう の かは依然として不確実であると言わざるを得ない。 (寄稿:2011 年 5 月 1 日、採用:2011 年 6 月 16 日)
50 中国外交の方向性については差し当たりつぎの拙稿を参照されたい。増田雅之「中 国外交における『国際責任』―高まる国際的要求、慎重な自己認識、厳しい国際情 勢認識」『アジア経済』第50 巻第 4 号(2009 年 4 月)、2~24 ページ;増田雅之「多 元化に向かう中国外交―外交アクターとしての人民解放軍」『東亜』第 528 号(2011 年6 月)、32~44 ページ。
中國的安全保障環境認識與對外反應
-防衛計劃大綱、美日同盟、戰略構造-
增 田 雅 之
(防衛省防衛研究所研究部主任研究官)【摘要】
2010 年 12 月日本政府制定的新防衛計劃大綱,以及啟動亞洲太平洋 地 區中包括對 美國的同盟 戰略,中國 對此提高了 警戒。基於 各國對 中 國 的共同戒心 、並通過共 同軍事演習 以強化同盟 網絡的可能 性,引 起 了 中國的警戒 感。但是, 面對防衛計 劃的大綱和 美日聯合演 習,中 國 克 制了其表達 疑慮之調性 。在此背景 下,顯示在 惡化的安全 保障環 境 下 ,有關中國 的意見陳述 和對外因應 方式之政策 討論,可能 已經在 中 國國內開始了。 關鍵字:中國外交、安全環境、日本防衛政策、美日同盟、戰略構造China’s Perception and Response to the
Deteriorating Security Situation:
National Defense Program Guidelines,
Japan-US Alliance, Strategic Structure
Masayuki Masuda
Senior Fellow, Research Department, National Institute for Defense Studies
【
Abstract】
China is suspicious not only of Japan’s National Defense Program Guidelines (NDPG) adopted by the Security Council and the Cabinet in December 2011 but also of the US alliance strategy in the Asia Pacific. China’s suspicion is directed at the possibility of a shared sense of China threat among neighboring countries and the strengthening US-led alliance network in this region. However, China’s tone of expressing this anxiety is relatively placid, implying that there is an argument within the Chinese government, which includes the People’s Liberation Army (PLA), about how the country should express its anxiety and cope with a deteriorating security situation for China.
Keywords: Chinese foreign policy, security situation, Japanese defense
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