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第三章 和漢の典籍に見られる人魚

第一節 中国の文献の中の人魚

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第三章 和漢の典籍に見られる人魚

第一節 中国の文献の中の人魚

中国では、「人魚」という言葉は紀元前もう出て来た。『山海経』は中国の戦 国時代から漢代初期(紀元前 476 年頃-紀元前 202 年頃)にかけて成立した 地理書で、中には地理の知識だけ載されただけではなく、さまざまユニークな 生き物も記載されている。その中には人魚についていくつも記載している。『山 海経』の中に人魚に関わる記述は以下のように示している。

①「南山経」の青丘山

「其中多赤鱬、其狀如魚而人面、其音如鴛鴦」

②「西山経」の竹山

「其中多水玉、多人魚」

③「北山経」の龍侯山、

「其中多人魚、其狀如䱱魚、四足、其音如嬰兒、食之無癡疾」

④「中山経」の熊耳山、

「其中多水玉、多人魚」

⑤「中山経」の傅山 「其中多人魚」

⑥「中山経」の陽華山 「其中多人魚」

⑦「中山経」の朝歌山 「其中多人魚」

⑧「中山経」の葴山 「其中多人魚」

⑨「海内南経」

「氏人國在建木西、其為人人面而魚身、無足」

⑩「海内北経」

「陵魚人面、手足、魚身、在海中」34

34 袁珂校注『山海経校注』(成都:巴蜀書社、1993.04)7、29、103、158、167、

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『山海経』のいくつの地域の説明には人魚の出現の記述があるが、「人魚」

という生き物について詳しく記載されていない。また、「人魚」のほかに、「赤 鱬」、「氏人」、「陵魚」などの言葉が記されているが、それらの共通点も人面魚 身で、「人魚」に類するものであると思われる。

中国前漢(紀元前 206 年-紀元前 8 年)の司馬遷によって編纂された歴史 書である『史記』の秦始皇本紀第六にも「人魚の膏を以て燭と為す。滅えざる 者之を久しうするを度ればなり。」35という記述があり、人魚の油で作る蝋燭は 長い時間を経ても火が消えないということで、人魚の油に不思議な力があるこ とを示している。

また、中国の南朝(420 年-589 年)の志怪小説集『述異記』に、

南海中有鮫人室水居如魚不廢機織其眼能泣則出珠36

とある。鮫人は南海に住み、その涙は真珠であることを示している。『日本国 語大辞典』には鮫人について、「中国で、水中にすみ、魚に似ているという、

想像上の人。人魚に類する。南海にすみ、いつも機を織っていて、しばしば泣 き、その涙は落ちて珠玉になるという。」37という解釈がある。機を織れること から考えると、鮫人に人の手があることを想定していて、鮫人も「人魚」に属 すると思われる。また、昔の中国では布を織る仕事はほぼ女性に任せており、

『述異記』の鮫人は布を織るという点から推測すると、恐らく女性であろう。

中国唐代(618-907 年)に成書した『兼名苑』に、「人魚、一名鯪魚。魚身 人面者也」38と記されている。この人魚の別名は鯪魚と言い、体は魚で、顔は 人の顔である。『兼名苑』に記載された人魚のイメージはほぼ『山海経』に記 載されたのと同じである。

宋代(960 年-1279 年)の『稽神録』は「波中婦人」という箇所があり、

169、199-200、206、330、376 頁

35 吉田賢抗『史記一』(新訳漢文大系 38、明治書院、1973.02)366 頁

36 任昉『述異記』(景印摛藻堂欽定四庫全書薈要v.278、台北:世界書局、1998)79 頁

37 日本国語大辞典第二版編集委員会編『日本国語大辞典第二版第五巻』(小学館、

2001.05)332 頁

38 李増杰ほか輯注『兼名苑輯注』(北京:中華書局、2001.05)21 頁

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謝仲宣泛舟西江、見一婦人没波中、腰以下乃魚也。竟不知人化魚、魚化人。

39

と述べている。謝仲宣という人が見た婦人は、腰の以下は魚の模様であり、こ の婦人はもとは魚なのか人なのか分からないということだけが記され、他に何 も記載されていない。

同じ宋代に編纂された『太平広記』(977 年-978 年)に「海人魚」について の記述があり、以下のように述べている。

海人魚。東海有之。大者長五六尺。状如人。眉目口鼻手爪頭皆為美麗女子。

無不具足。皮肉白如玉。無鱗、有細毛。五色輕軟。長一二寸。髪如馬尾。

長五六尺。陰形與丈夫女子。無異。臨海鰥寡多取得。養之於池沼。交合之 際。與人無異。亦不傷人。40

「海人魚」はほぼ人と同様で、人間に害を与えないと述べている。宋代以前 の文献と違うのは、『稽神録』と『太平広記』は「人魚」について、明確に女 性に描かれることが見える。また、宋代の文献の中では、人魚についてのイメ ージも『山海経』に描かれた人の顔をしている魚というイメージではなく、人 の体を持ち、体の一部分は魚の模様をしているイメージになった。宋代に入っ て、人魚のイメージはだんだん「人間」に近くなってきたと思われる。

中国の明代になると、李時珍(1518 年-1593 年)が中国の植物を中心にし て編集した薬物学の集大成である『本草綱目』に「䱱魚」と「鯢魚」の記述が り、この二つの生き物の別名は同じ人魚であると記されている。41

陳耀文(1573 年―1619 年)が編纂した『天中記』にも二つの人魚の記述が あって、ひとつは上述した『太平広記』の「海人魚」そのもので、もうひとつ の記述は以下のように示している。

人魚

39 白化文點校『稽神録』(北京:中華書局、1996.11)139 頁

40 李昉編『太平広記』(北京:中華書局、2003.06)3819 頁

41 李時珍編『新校注本草綱目』(北京:華夏出版社、2013.01)1634 頁

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隆安中丹徒民陳性於江邊作魚簄潮去簄中得一女長六尺有容色無衣裳水去 不動臥沙中與語不應中一人就奸之性夜夢云我江黄也昨失路落君簄中小人 辱我今當殺之性不敢歸待潮來自逐水而去奸者尋病死42

「江黄」は水に住んでいる怪物のひとつと言われるが、詳しい記録はない。

陳という人は人魚を捕って、その人魚はほかの人におかされた。その後人魚は 陳の夢の中に現れ、自分の正体は「江黄」であることを陳に知らせた。人魚は 自分が侮辱されたから、彼女を侮辱した人を殺すと告げた。その後人魚は水に 帰って、人魚をおかした人も病に罹って死んでしまった。

これまでの文献には、人魚の出現は吉凶とはまったく関係なく、『太平広記』

の「海人魚」にも人間に害を与えないと記されていたが、人魚(怪物)を恥を かけた報いで命を落すという点では、ここで初めて人魚の出現が不幸なことに 関わることになった。しかし、中国清代の屈大均(1630 年-1695 年)が撰し た『広東新語』(1678 年)はまた違ったことが記述され、以下のように示して いる。

大風雨時、有海怪被髪紅面、乗魚而往来。乗魚者亦魚也、謂之“人魚”;人 魚雄者為海和尚、雌者為海女、能為船祟。(中略)人魚之種族有盧亭者、

新安(今宝安)大魚山與南亭竹没老萬山多有之、其長如人、有牝牡、毛髪 焦黄而短、眼晴亦黄、面黧黒、尾長寸許、見人則驚怖入水、往往随波飄至。

人以為怪、競逐之、有得其牝者、與之淫、不能言語、惟笑而已、久之能着 衣食五穀、携至大魚山、仍没入水。(中略)人魚長六七尺、体髪牝牡亦人、

惟背有短鬣微紅、知其為魚。間出沙汭能媚人、舶行遇者、必作法禳厭。海 和尚多人首鱉身、足差長無甲。43

ここに出た人魚の顔は赤色で、また嵐のときに魚を乗って現れる。雄の人魚 は海和尚で、雌の人魚は海女と言う。この人魚は善な存在ではなく、船に会う と船上の人を誘惑し、祟りも起こし、忌まれる存在に見られる。この人魚の出 現はイコール不幸とも言えるだろう。そのほかには「盧亭」という人魚がいて、

42 陳耀文編『天中記』(景印文淵閣四庫全書 v.967、台北:臺灣商務印書館、1986)692 頁

43 屈大均『廣東新語注』(廣州:廣東人民出版社、1991.05)487-488 頁

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この種類の人魚も雌雄があり、顔が真っ黒で、髪も目も黄色である。「盧亭」

は前述した「海和尚」と「海女」とは違って、人を怖がって会うとすぐ水の中 に逃げる。また雌の盧亭を捕獲した人もいて、その人は盧亭と交合して、その 盧亭ただ笑うだけで、不幸なことは何も起こらなかった。

「海女」について、南懐仁(1623 年-1698 年)が撰した地理本『坤輿図説』

(1674 年)に、「上體是女下體為魚形其骨為念珠等物可止下血」44という記述 があって、海女の上半身は女の体で、下半身は魚の模様である。さらに海女の 骨は血を止める不思議な効果がある。『坤輿図説』の海女の形象に対して、『広 東新語』に出た同じ「海女」という人魚の姿は「体髪牝牡亦人、惟背有短鬣微 紅、知其為魚」(体も髪も人の模様で、ただ背中に短い鬣があって、それで魚 であることを知る)、同じ「海女」と呼ばれても違う種類の人魚と思われる。

『坤輿図説』には他に「西愣魚」について、

大東洋海産魚名西愣上半身如男女形下半身則魚尾其骨能止血病女魚更効

45

と述べている。西愣魚は雌雄があり、この魚の上半身は人で、下半身は魚であ る。また、西愣魚の骨も血を止める効果があり、雌の骨は雄のより効果がある。

「海女」も「西愣魚」も薬的効果があると示している。

中国古来の人魚についての記述を整理してみると、中国の人魚は単なる一種 類の生き物ではなく、さまざまな種類があることが分かる。最初の人魚は魚の イメージに近かったが、近代に至ってだんだん人のイメージが強くなってきた。

さらに人魚は雌雄があるが、ほぼ女性であるイメージも強くなってきたことも

さらに人魚は雌雄があるが、ほぼ女性であるイメージも強くなってきたことも