第三章、 非意図的な他動詞文の事象連鎖による分類
3.2 非意図的他動詞の事象連鎖が持つ他動性の意味特徴について
3.2.4 意志性とコントロール性の位置づけ
以上のすべては、日本語では他動詞文のヲ格を取ることができ、形態上他動 詞構文である。よって、パルデシ氏の考えと同様に、意図性と受影性が相互に 影響し合うことは、事象の一連の発生や因果関係に関与していると考えるが、
前述したと同じようにその事象の推移を因果関係の二段階性36よりも三段階性 があるのではないかと思う。また、他動性のプロトタイプから逸脱した周辺的、
非典型的なメンバーに同様に属しても、その他動性についての程度差があると 思われる。それを区分するために、他動詞文の事象のスキーマにおける連鎖に
「意図性→コントロール性 ⇒ 受影性」という順番を提案し、非意図的な他 動詞事象における各メンバー(タイプ)が有する意味特徴やプロセスからそれ らの差異を見つけようとする。
3.2.4 意志性とコントロール性の位置づけ
次は意志性とコントロール性について検討したい。コントロール(contorl または controllability)は、H&Tが挙げている他動性の 10 の特徴に入ら ないが、意志性とかなり密接な関係を持っているという点で、事象の連鎖過程 に対する重要な要素の一つとして見るべきと考える。角田(2007)は、他動詞 文の格枞組みの実現には意志性と受影性以外、コントロールという意味的特徴
36 認知言語学においては因果関係が原因(=動作主-行為)と結果(=対象-状態変化)という推移を 表すが、筆者はその間にコントロール性を入れて考慮すべきだと主張したい。
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もあると言及し、またコントロールが意志性にかなり近いが、区別すべきだと 主張している。
しかし、従来の研究においては、意志性とコントロール性は区別がつかなく、
意志性が事態の成立をコントロールできるかどうかという「制御性」の概念を 含めるという観点も見られる。仁田(1991)は、文の主語との関連から制御性 を次のように分類している。
(16)仁田による制御性(下線は筆者による補充)
Ⅰ.事態の自己制御性(事態制御):
主体が自らの意志でもって、その事態の成立・実現を制御できる。
主体は動作主体。
⇒(例)机を叩く。
Ⅱ.過程の自己制御性(過程制御):
主体が自らの意志でもって、事態成立に向けての過程段階での遂行を制御 できる。主体は経験主体。
⇒(例)落ち着く。涙を流す、見つける。37
仁田によれば、感情・心理のような内面的変化は、それを経験主体や対象に 求めても必ずしも実現してくれるものではなく、主体が制御できるのはただそ の事態になる過程に限られる。(望ましくない場合なら、その事態にはならな い)つまり、そのような事態になってほしいが、うまく思い通りにいくかどう かのは予測できないということである。例えば、急に“落ち着け”、“くよくよ するな”などに言われたら、自分自身を“落ち着くようになる”という状態に することが必ずしもできないはずである。筆者は、仁田が言った内面的変化(常 に自動詞)以外、ある場合のヲ格名詞と組み合わせる他動詞にもこのような性 質が見られると考える。例えば「鳥肌を立てる、不安を失くす、宝を見つける」
などは、一般の事態制御をもつ他動詞と違って、過程制御しかもたないようで ある。
過程制御と比べて、事態制御性を持つものは、事態に対して全面的な制御が できて、さらに事態の実現という段階にも達しているから、より意志性が高い ことになると言われている。筆者の考えでは、基本的には意志性とコントロー ル性は隣り合わせている意味特徴の同士であって、事象の連鎖過程では違う段
37 一般的に事態制御をもつ他動詞は、このレベルの制御性を含んでいると考える。
37
階にある別ものである。(まずは意志性の発生、そしてコントロール性の可能 性を考慮すること)仁田の制御性の概念を参考にし、さらに修正を入れること により、筆者の考えでは他動詞構文における意志性とコントロール性の関係が 以下のように示している。(また、事象におけるコントロールの実現は、最初 からは単にヲ格名詞と述語の組み合わせだけで決まり、次第に文脈情報によっ て性質が変わっていくと考える)
(17)意図的な他動詞文における意志性とコントロール性
事態を意識している →事態の実現に向けての遂行→ 事態の実現 a 主体の意志(過程制御性) 事態制御性
b 主体の意志(過程制御性) 事態制御性
a)意志性(主体意志)と強コントロール(事態制御ある程度以上持つ38) EX: コップを割る。
b)意志性(主体意志)と弱コントロール(通常過程制御しか持たない)
EX: 犯人を見つける。
以上のように、(17-a)と(17-b)の二種類に分けられることが観察される。
まずは(17-a)の「コップを割る」場合は、コップを割るかどうかは主体の意 志で自由に決められるし、もしコップを割ろうとすれば「コップが割れた」と いう事態の成立に至ることもコントロールできる。よって、(17-a)は事態に 完全なるコントロール能力があると思われる。それに対して、(17-b)の場合 では、かならずしも「犯人を見つけた」という事態が実現できるとは限らない。
しかし、主体の意志によって「犯人を見つけること」をやめることがコントロ ールできて、せめて事態の実現を回避することが可能である。例えば、「警察 が犯人を見つけることをあきらめた」という言い方は難なく成立するのに対し、
「警察が犯人を見つけようと思ったら、かならず犯人を捕まえることができ る」や「警察がわざと犯人を見つけた」などのほうは割りと不自然である。
主体が常に自らの意志をもつ(17)にひきかえ、非意図的な他動詞構文の場
38 ここの「コップを割る」は単なる動作動詞である「机を叩く」と顕著な差異を持ってはな いが、やや違いがあると考える。例えば、「机を叩く」の場合は、自らの意志で「机を叩いた」
という事象が難なく成立できるが、「コップを割る」では、必ずしも「コップを割った」にな ならず、「コップが割れなかった」という可能性も存在する。しかし、特殊の背景や文脈を排 除すれば、一般の常識では「木を折る」「コップを割る」などの事態の実現として決して難し くないといえる。(「何回もやった結果、木がやっと折れた。」)それは、弱コントロール性 である「鳥肌を立てる」などと比べると、その区別が明らかに際立っていると考える。(「?
何回もやった結果、鳥肌がやっと立った。」)今の段階では暫定的なものとして「机を叩く」
と「コップを割る」(結果変化を含む動詞)をまとめて「強コントロール」の範疇に入れる。
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合は(18)のような対応が見られる。
(18)筆者による非意図的な他動詞文の意志性とコントロール性
事態を意識していない →事態の実現に向けての遂行→ 事態の実現 a 主体の非意志(過程制御性ロス) 事態制御性
b 主体の非意志(過程制御性ロス) 事態制御性
a)非意志性(主体意志なし)と強コントロール(事態制御ある程度以上持つ)
EX:(うっかり)コップを割る。
b)非意志性(主体意志なし)と弱コントロール(いずれも低下している)
EX: 涙を流す。見かける。
(18-a)の場合は通常(17-a)に対しての望ましくない事態であると考えら れる。それが意志性の喪失とともに、過程制御性も失っている。この理由で、
主体は事態の回避の選択ができなくて、事態の実現に一途に遂行しなければな らなくなる。事態の制御性は依然として存在するから、事態の成立・実現には 影響を与えないわけである。ところが、(18-b)はもともと事態の制御性が低 いから、もし主体の意志性(過程の制御性)さえも失っていくと、この場合の 主体は事象全体を制御する能力が極めて弱くなる。つまり、主体自らが事象を 成すというより、主体にて事象が自ら発生するという概念に近いのではないか と考える。また、この種類には、弱っているが、ある程度に過程制御性をもつ ものが見られるし、完全に制御能力を失って事態の経験者としてのものもある
(EX:熱を出す)。よって、その下位分類は線がはっきりしているものではなく、
実に連続性を示しているという見方が妥当だと想定する。
3.3 非意図的な他動詞事象における連鎖過程と分類
ここまでの論述から、事象における意味的特徴はそれぞれ互いに密接な関係 を持ちつつ、それに程度の差で事象の成立に関連しているということがわかる。
中右(1998)は<使役行為>のプロトタイプを<意図>+<行為>+<結果>
+<責任>という素性の集合とする成分分析があったと提案していて、さらに 次のような説明をしている。
“中右(1998:127)
たとえば<意図>は、(“I opened the door”であればドアが開くという)
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<結果>を目標としてもつことであるのみならず、(ドアを押すなどの)
<結果>を目標としてもつことであるのみならず、(ドアを押すなどの)