第二章、 非意図的な他動詞文の認定
2.5 本研究における非意図的他動詞文の条件設定
まず、筆者は、非意図的な他動詞文の生成においては、ただ一様のプロセス だけですべての事象状況を解釈することができるとは言いがたいと思う。場合 によって、動詞そのものが非意図性を表すことができるという語彙的なレベル もあり、構文全体により後に他動詞文の意図性がなくなるという統語的なレベ ルであるものも見られる。
非意図的な他動詞文を考察するためには、前述した 2.2 の典型的な他動詞文 の特徴を参考にしながら、さらに 2.4 節における「所有」説(「密接な意味的 関係」など)と「責任」説(結果事象のコントロール性など)の定義を取り上 げ、事象連鎖過程および意図性と多義性・制約の関連性を解明したいと考える。
まず、ここで非意図的な他動詞文の出現条件として、広義的には、以下の①~
③と設定する。
① 主体であるガ格名詞は有情物
② 意図性が欠けること(=意図性)
③ 対象格であるヲ格を取ること(移動格であるヲ格を除く)
さらに、次の④~⑥の各条件が出現することにより、非意図的な他動詞文の 性質が変わると考える。
24 パルデシ(2007:187)は、非意図的事象が他動詞文を用いて表現される場合に対し、同じ く「責任」説を採用し、さらに以下のように説明している。「主語が使役事象(E1)において、
結果事象(E2)に対する十分な予防策をとっていれば、結果事象(E2)がさけられたというふ うに認識される。換言すると、回避することができるはずの E2 が実現してしまったために、
それに対して主語が責任を負うものと解釈される」と述べている。つまり、もし非意図的事象 に、その結果事象(E2)が主語にはコントロールできないものだと思われた場合に、他動詞文 としては表現されないと主張している。
鄭(2009)はパルデシ(2007)の提案した概念を受け継げ、さらにそれを発展させる。しか し、「所有」説の場合と同じく、問題点がまったくないとはいえないと指摘している。鄭氏に よると、パルデシによる説明では「サッカーの試合中に転んで左足を折った」の場合、主語が 引起し手として理解できる状況なら問題はないが、前節の例(1)のように結果事象の引き起 こし手が主語ではなくて、外的原因などである場合は説明が難しくなるという問題点も見られ る。また、「宝くじを当てた」24のような事象は明らかに主語のコントロール以外のものであ るが、非意図的な他動詞文としての成立は可能である。
23
④ 事象過程に対するコントロール能力の有無(=コントロール性)
⑤ ガ格・ヲ格名詞の密接な意味的関係
⑥ ガ格・ヲ格名詞の物理的・心理的状態あるいは変化を被る(=受影性)
④の「コントロール性」については、意図性とかなり近い特徴としての存在 てあるが、性質上から見れば実に違うものと視すべきであると考え、次章以降 でさらに詳しく説明する。その中の⑤⑥の条件については、再帰性か受影性の 問題に関わって互いに関連していると考えられる。ある場合には、非意図的な 他動詞文が被害あるいはマイナスの意味25を帯びることは、これらの条件がど う働いているかに反映し、なんらかの規則が潜んでいるのではないかと思われ る。
これからは主に、以上提出した各条件を用いて、違う性質の持つ非意図的な 他動詞文を類型化してさらにつきとめていきたいと思う。しかし、従来典型の 他動詞事象連鎖の因果関係とは、原因(「動作主-行為」)と結果(「対象-状 態変化」)、換言すると②の「意図性」と⑥の「受影性」の二段階性の連鎖過程 であるが、筆者の考えでは、さらに④の「コントロール性」を入れる必要があ ると主張したい。つまり、「意図性→コントロール性⇒受影性」の三段階性を 持つ事象連鎖は、非意図的な他動詞文が示す多様性をより適切に説明できると 考える。
2.6従来の研究における問題点
前述してきたように、従来非典型かつ非意図的な他動詞文を唱える主張は説 明に不十分なおそれがあると考える。本節では、それについて各々の問題点を 提出したいと思う。
まず、吉村(2004)は、アクション・チェイン(action chain)というのは チェイン(鎖)のようにアクション(行為)が連鎖するありさまで、さらに動 作主や対象などの参加項をひとつの鎖、行為や出来事などを鎖のつながりと見 なせると述べている。また、認知言語学においてはそれが他動性の関連する概 念として事象を説明するためのモデルであると定義している。
25彭飛(1990)は 他動詞の下位分類に、(Ⅰ)状態変化およびその結果を表す、(Ⅱ)非意 図的行為による、(Ⅲ)有生名詞を主格とする、(Ⅳ)マイナスの意味が込められている、(Ⅴ)
「~ヲ」を伴って客体をとる他動詞文であるという五条件を満たす文を「マイナスの意味の他 動詞文」と称している。
24
以下の例(35)を挙げ、図①とあわせて説明する。
(35)テロリストが大統領を射殺する。
図①
例(35)と図①では、テロリストは動作主を表していて、ピストルなどの手 段によってエネルギー(ここの場合は発射された弾を指す)を対象である大統 領に伝達して働きかける。そして、銃撃された大統領は大きな影響を被って、
死という結果を受けて、最後死んだ状態になった。以上の一連の過程「動作主
-行為-対象-状態変化-結果」は、例(35)という事象が進行した状況を表 している。このように、原因(「動作主-行為」)と結果(「対象-状態変化」) によって構成された事象は因果関係(cause-and-effect relationship)を成 しているといえる。また、他動詞に相対する自動詞の場合については、吉村は
「死ぬ」を例として(36)と図②を挙げている。
(36)大統領が死んだ。
図②
まず、例(35)(と図①)と比べると、例(36)(図②)からわかるのは動作 主の部分、そして事象における状態変化を促すエネルギーが見当たらないこと である。吉村によると、これは因果関係の原因(「動作主-行為」)を省き、結 果(「対象-状態変化」)のところだけをプロファイル26(profile)するからで
26 認知言語学では、一定の部分を強調する概念化の仕方はプロファイルと称されている。
エネルギー 状態変化
動作主 対象 結果
(テロリスト) (大統領)
状態変化
対象 結果 (大統領)
25
ある27。
ここで問題になるのは、事象の因果関係の前後部分を有する一般の他動詞事 象とは異なって、本研究における非意図的な他動詞事象は意味上むしろ自動詞 のように因果関係の「結果」部分を強調すると見えることである。とはいえ、
自動詞とまったく同じ事象構造を持つとはいえないから、別の仕組みをもつと いう可能性があると考えてもよいのではないかと筆者は主張したい。
中右(1998)は、なんらかの因果関係を持ち、使役動詞28を述語動詞とする という構文を使役構文と定義している。例えば、以下の例(37a)と(38a)が 見られる。
(37)a.私はドアを開けた。
b.ドアが開いた。
(38)a.花子は太郎を殺した。
b.太郎が死んだ。
さらに、これらの文の意味がどういう意味で因果関係に関与しているかは、
(37b)(38b)と対照することによって直ちに明らかになると指摘している。
中右によると、それらの間には、前者が後者を意味として含む(含意する)
という関係がある(たとえば、(37a)の表す事態が生じていれば、(37b)の表 す事態も必ず生じているという含意関係である)。つまり、前者が起こす事態
(X)と後者の表す事態(Y)との間に、X が原因となって Y が生じるという因 果関係の成立を表していると主張されている。中右は(37)-(38)などの文 を、因果関係を表している「使役構文」29(causative construction)と呼ん でいる。
また、中右は、このような因果性を持つ使役構文の性質について、以下の 4 つの特徴があると述べている。
(39)使役構文の表す因果関係の共通した性質:(下線は筆者)
<a>原因は主語の行為である。
<b>それがいかなる行為であるのかは明示されない。
27 また、図②のような、図①から区切られた一定の区画部分をスコープと呼んでいる。
28 中右は、主に英語の causation の意味を含むと考えられるある種の動詞を使役動詞と呼ぶこ とにしている。
29中右の考えによれば、 日本語の(伝統的な国語学や学校文法における)使役の助動詞を含 む構文も使役構文に入っているが、本論はそれを除いて、述語動詞だけに絞って日本語の他動 詞構文の場合と対照しようとすると思う。
26
<c>結果の部分のみを取り出して単独の文として表現できる。30
<d>主語が<a>の行為を行うのは、<c>の結果を生じさせるためである。
(換言すれば、この場合の因果関係は手段・目的関係でもある。)
ここまでに見てきた例においては、因果性と行為の概念が密接に結びついた ことが窺われるが、中右は行為の中にさらに低次行為(lower-order action)
ここまでに見てきた例においては、因果性と行為の概念が密接に結びついた ことが窺われるが、中右は行為の中にさらに低次行為(lower-order action)