第三章 動詞句とヴォイスの結合について
3.6 現象文
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以上で間接受身文の分析を終える。
3.6 現象文
現象文というと、存在文が一番代表的なものであるが、ほかに自動詞・直接 受身になった他動詞も現象文になる。また、所有文・能力文・所在文は現象文 ではないが、所有文・能力文が存在文と同じ「ニ―ガ」構文であるという関連 性を持ち、所在文が存在文から派生したものなので、ここで分析する。まずは 存在文からはじめよう。
(12)a.本棚に辞書がある
b.[VoiP Sp [Voi’ [vP [VP 本棚[Loc]ニ [V’ 辞書[Th] あ r]] φ] Voi]]
(12b)は今までの分析に従えば、「辞書[Th]」が Sp に選ばれ、vP 内の「辞書[Th]」 が e になるところであるが、それでは
(12)a’.辞書が本棚にある
のような所在文になってしまうので、今までの分析が使えない。では Sp に選ば
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れるのは「本棚[Loc]」かというと、「本棚[Loc]」は主語ではないので、この分析も 正しくない。
そもそも現象文というのは、目の前に起こったことがらをそのまま描写して 言語化された文のことなので、これまで述べてきたような、出来事の参与者か ら一人を選んで、その参与者を中心に(その参与者の立場で;つまりその参与 者をSpとして)その出来事を叙述するような文とは性質が違うが、話者の関心 を引き寄せたという点においてはどちらの文も同じである。言い換えると、普 通の文は話者がその出来事の参与者の一人に注意を向けて、その参与者の立場 でその出来事を叙述するのに対し、現象文は話者がそのことがらそのものに注 意を向けて、それをそのまま描写する、と言えるのではないだろうか。この見 方が正しければ、現象文にSpがないのではなく、その文全体がSpである、とい うことが言えるだろう。普通の文のSpは参与者目当てのSpということができれ ば、現象文のSpは事態9目当てのSpと言えないだろうか。そこでこの事態目当て のSpを暫定的に言語化されない「vP」という記号で示すことにする。すると、(12b)
が
(12)b’.[TP Sub [T’ [VoiP vP [Voi’ [vP [VP 本棚[Loc]ニ [V’ 辞書[Th] あ r]] φ] φ]] u]]
になる。「辞書[Th]」が自動詞化接辞 v である「φ」との一致によって主格を付与 され、T によって格付与する項がないゆえに、Sub に移動する項がないので、Sub がいらなくなる。そして、(12b’)が
(12)b’’.[TP [VoiP vP [Voi’ [vP [VP 本棚[Loc]ニ [V’ 辞書[Th]ガ あ r]] φ] φ]] u]
b’’’.
9 ここの「事態」というのは、つまり vP で表したことがらのことである。
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78 になり、文ができあがる10。
次は所在文であるが、分析は能動文と同じなので、例だけをあげておく。
(12)a’.辞書が本棚にある
c.[VoiP Sp [Voi’ [vP [VP 本棚[Loc]ニ [V’ 辞書[Th] あ r]] φ] φ]]
c’.[TP Sub [T’ [VoiP 辞書[Th]i [Voi’ [vP [VP 本棚[Loc] [V’ ei あ r]] φ] φ]] u]]
c’’.[TP 辞書[Th]iガ [T’ [VoiP ti [Voi’ [vP [VP 本棚[Loc] [V’ ei あ r]] φ] φ]] u]]
c’’’.
次は所有文である。所有文は現象文ではないので、基本的に 3.3 の能動文と同 じ分析ができるが、3.3 の能動文の主語が主格で表すのに対し、所有文の主語が 与格である、というところが異なる。
(13)a.太郎に車がある
b.[VoiP Sp [Voi’ [vP [VP 太郎[Poss] [V’ 車[Th] あ r]] φ] φ]]
「太郎[Poss]」が Sp であるので、もとの「太郎[Poss]」が e になり、「車[Th]」が v との一致によって主格をもらう。
(13)b’.[TP Sub [T’ [VoiP 太郎[Poss]i [Voi’ [vP [VP ei [V’ 車[Th]ガ あ r]] φ] φ]] u]]
10 あるいは「本棚[Loc]ニ」が Sp になり、さらに Sub に移動するとも考えられるが、しかし
①現象文を態の一種として分析することになってしまう;②「本棚[Loc]」がすでに所格を付 与されたので、Sub に移動する理由がない、という二つの問題があるので、この分析が適当 とは言えないだろう。
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そして「太郎[Poss]」がTである「u」との一致によって格をもらうが、太郎の意 味役割が[Possessor]なので、主格ではなく与格を付与される。時制による格付与 は主格に限らず与格も可能である、ということになるが、岸本(2005)におい ても同様な分析が行われている11。すると、(13b’)は
(13)b’’.[TP 太郎[Poss]iニ [T’ [VoiP ti [Voi’ [vP [VP ei [V’ 車[Th]ガ あ r]] φ] φ]] u]]
b’’’.
になる。
能力文は所有文と同じく分析できるので、例だけをあげておく。
(14)a.太郎に英語が分かる
b.[VoiP Sp [Voi’ [vP [VP 太郎[Poss] [V’ 英語[Th] 分か r]] φ] φ]]
b’.[TP Sub [T’ [VoiP 太郎[Poss]i [Voi’ [vP [VP ei [V’ 英語[Th]ガ 分か r]] φ] φ]] u]]
b’’.[TP 太郎[Poss]iニ [T’ [VoiP ti [Voi’ [vP [VP ei [V’ 英語[Th]ガ 分か r]] φ] φ]] u]]
11 岸本(2005)は「所有文では、「に」格名詞句が主語として働く。このことは、「に」格 名詞句が主語位置に移動して、主語として機能するということを示しており、時制が与え ることのできる唯一の構造格を「に」格名詞句が受け取ることになる」と述べている。
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80 b’’’.
次は自動詞現象文である。自動詞現象文の場合、結果状態を表す「ている」
形を付けたほうが自然であるが、アスペクトは本稿では取り扱わないので、便 宜的に「る」形で分析する。分析の仕方は存在文と同じなので、省略する。
(15)a.絵が壁に掛かる
a’.壁に絵が掛か(ってい)る
b.[VoiP Sp [Voi’ [vP [VP 壁[Loc]ニ [V’ 絵[Th] 掛 k]] ar] Voi]]
b’.[TP Sub [T’ [VoiP vP [Voi’ [vP [VP 壁[Loc]ニ [V’ 絵[Th]ガ 掛 k]] ar] φ]] u]]
b’’.[TP [VoiP vP [Voi’ [vP [VP 壁[Loc]ニ [V’ 絵[Th]ガ 掛 k]] ar] φ]] u]
b’’’.
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最後は他動詞直接受身現象文の例である。自動詞現象文と同じ結果状態を表 す「ている」形を付けたほうが自然であるが、便宜的に「る」形で分析する。
(16)a.太郎が壁に絵を掛ける
a’.絵が(太郎によって)壁に掛けられる a’’.壁に絵が掛けられ(てい)る
b.[VoiP Sp [Voi’’ S [Voi’ [vP 太郎[Ag] [v’ [VP 壁[Loc]ニ [V’ 絵[Th] 掛 k]] e]]] Voi]]
他動詞直接受身現象文には「直接受身」と「現象文」の二つの要素があるの で、Voi が「rare」であるが、Sp が「vP」である。「太郎[Ag]」が「(r)are」と一致 して与格を付与され、S に移動するが、現象文では動作主を示さないのが普通な ので、そこで「φ」として省略する。問題は「絵[Th]」の格付与である。これま での分析では、「絵[Th]」が他動化接辞「e」との一致によって対格を付与される が、(16a’’)を見て分かるように、付与されたのは対格ではなく主格である。
現時点では、他動化接辞「e」が態接辞「rare」と結合して、一つの自動詞接 辞「e-rare」になり(つまり「掛けられる」それ自体を一つの述語と見なして)、
「絵[Th]」がそれによって主格を付与される、と考えるしかないので、暫定的に 以上の仕方で分析する。そして Sub がいらないので、(16b)が
(16)b’.[TP [VoiP vP [Voi’’ φi [Voi’ [vP ti [v’ [VP 壁[Loc]ニ [V’ 絵[Th]ガ 掛 k]] e]]] rare]] ru]
b’’
になり、文ができあがる。
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82 3.7 おわりに
以上のように現象文の分析が必ずしも成功はしていないが、以上で終わりに する。
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第四章 結論