第二章 ヴォイスの構造について
2.2 先行研究と問題点
2.2.3 統語的研究
2.2.3.2 長谷川(1999)
‧
動文の形態素がなぜ格を吸収してしまうかである。Chomsky(1981)26では、こ の格の吸収は単に規定(stipulation27)であるとしている。……この分析では、能 格言語を扱えないということが、早くからShibatani(1985)28らによって指摘さ れていた」と述べている。また、三原・平岩(2006)は中村(1991)から、格26 Chomsky, Noam(1981)Lectures on Government and Binding. Dordrecht: Foris.
27 この言葉はほかに「条件」「要求」「約束」などの意味がある。
28 Shibatani Masayoshi(1985)Passives and related constructions. Language 61, 821-848.
‧
Johnson and Roberts(1989)30を引用し、「格の吸収は普遍的なものではなく、ウ クライナ語のように受動文の形態素が対格を吸収しないもの」もあると述べて30 Baker, M., K. Johnson nd I. Roberts(1989)Passive arguments raised. Linguistic Inquiry 20, 219-251. ちなみに上記の中村(1991)の参考文献にもこの論文が挙げられているが、「対
‧
スの意味面の定義に従えば「客体に視点をお」くため、2.2.2.1 では「action chain の始発点より後にあるモノをfocusingす」るため、そして 2.2.2.2 の表 2 によると‧
wurde gestern (von uns) getanzt.((我々によって)昨日踊られた)」のような非人称受身文を 持つ「ドイツ語やオランダ語では、このような自動詞の受動態の場合、虚辞 es あるいは er を主語の位置に挿入することによって叙述規則を満足する。一方、日本語には虚辞がなく、多重主語構文を用いるのである」と述べているが、非人称受身文には能動文「Wir tanzten gestern.(我々は昨日踊った)」があるのに対し、間接受身には対立する能動文がない。そし
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
43
以上のことを踏まえて、三原・平岩は直接受動文と間接受動文を以下のよう な構造と考えている。「DP に」は動作主を、「DP が」は、後に TP 指定部に移動 し主語となる要素を示す、と説明している。
(11)a.直接受動文 b.間接受動文37
三原・平岩は直接受動文の「られ」をVに付く「語彙的動詞接辞(Lexical Verbal Affix)」、間接受動文の「られ」をνに付く「小動詞接辞(Small Verbal Affix)」と 呼んで区別している 38が、このいずれも「格吸収能力を有する実体」と考えて
換えたら非文にならなくなることについても気づいていないようである。そして「られ」
は接辞なので、「された」は「s-are-ta」とでも分析すべきだろうが、先の「させた」も「sase-ta」
ではなく「s-ase-ta」と分析するのが一番自然ではないか。少なくとも「させた」を使役の 助動詞と見なし、「sase-ta」というふうに分析せねばならない積極的な理由がないことにな る。さらに言うと、「させた」を「sase-ta」と分析すれば、
Q:太郎が歌を唄ったんだって?
A:うん、した。
Q:だれが歌わせたのか?
A:次郎がそうさせたのだ。
の「した」は、如何に説明すればよいのだろうか。
37 しかし後の(14)の図を見て分かるように、この(11b)の設定に間違いがある。という のは、間接受身の「DP が」が VP の指定部に位置するのはありえないからである。少なく とも筆者には想像できない。
38 三原・平岩は二つの「られ」の生起位置を区別する根拠として、動詞語根と「られ」の 間に取り立て詞を挿入できるか、をテストとし、その結果、
直接受動文:*太郎は花子に追いかけさえされた。
間接受動文:?太郎は花子に泣きさえされた。
のように、直接受動文と比べ間接受動文に対する容認性が「遥かに高い」としている。そ して「慰めはされたものの」などの直接受動文が言えるのは、「慰め」が名詞として存在す るためだと考えている。しかし、取り立て詞「も」を挿入する「山田には蹴りもされなか ったよ」「学生には(全く)泣きもされなかったよ」のような例では、直接受動文でも間接 受動文でも「言えるとする話者」の存在についてもふれ、「問題の根は深そうである」と結
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
44
いる。実際の分析を見る前に、その前提として三原・平岩が設けた設定を見て みよう。
まずは、時制句の主要部 T の有する EPP 素性を廃止することである。この素 性を具有する主要部が、その指定部に統語範疇に関する D 素性を持つ範疇であ る主語 DP を要求する。そのために、DP が T の指定部に移動し、T によって DP の格素性[Case]が「ガ」として具現化する。以上は主語の移動に関する標準的分 析であるが、この EPP に関し「不明な点が多」いので、三原(2004)では代わ りに次に述べる「相対化素性照合」を提案したのである。
(12)相対化素性照合(Relativized Feature-Checking)
a.主要部が句範疇の「統語」素性を照合する。
b.句範疇が主要部の「意味」素性を照合する。
詳細は省くが、T が事象役割素性(Event-Role; Ev)を持ち、νP/VP の SUBJ
(受動文の主語となる要素)も同じ素性を持つとする。まず、T と SUBJ[Case]間 の照合は元位置で一致によって行われ、SUBJ[Ev]素性照合のために SUBJ が TP 指定部に移動し、この位置から SUBJ[Ev]と T[Ev]の照合が遂行される、という操作 である。
以上の設定によって、三原・平岩は次のような分析をしている。
(13) (14)
(13)の直接受動文においても(14)の間接受動文においても、SUBJ の意味 役割が経験者(EX)であるとされている。また、T と SUBJ[Case]、SUBJ[EX]と「ら れた[EX]」、SUBJ[Ev]と T[Ev]の照合についての操作も同じである。そして直接受動
論付けている。