セキュリティ・ジレンマの緩和を
目指す日中関係
─戦略的互恵関係の構築を求めて
1─
林
賢 參
(国立台湾師範大学東亜文化及び発展学科助理教授)【要約】
本稿はセキュリティ・ジレンマという概念をもって1990 年代半ば 以降の日中関係を分析するものである。1995 年 2 月、ナイ・レポー トの公表を契機に日米安保体制の「再定義」が行われた。中国は日 本が同レポートによって軍備を拡大することに懸念を示した。一方、 中国が台湾海峡で危機を引き起こしたことにより、日本は検討中の 日米同盟強化の決意を強めた。その結果、冷戦後、日中両国のセキ ュリティ・ジレンマ現象が生まれた。さらに、小泉純一郎内閣の靖 国神社参拝問題で生じた日中関係の「政冷経熱」は、セキュリティ・ ジレンマを悪化した。かりにセキュリティ・ジレンマが悪化の一途 をたどっていくとするならば、日中両国は自らの安全を強化するた めに軍備を拡大することに乗り出す可能性がある。日中間のセキュ1 本論文は 2008 年 11 月 29 日に行われた台日国際学術シンポジウムで発表されたもの をもとに書き直したものである。
リティ・ジレンマを緩和するため、安倍晋三は首相に就任してまも なく、胡錦涛政権との間で戦略的互恵関係を構築することで合意し た。現段階では日中両国が積極的に戦略的互恵関係の構築に努めて いるが、今後の推移は中国側の本音次第である。
【キーワード】
セキュリティ・ジレンマ、政冷経熱、東シナ海資源開発、戦略的互 恵関係一 はじめに
1990 年代以降、中華人民共和国(以下中国)は目覚しい高度経済 成長に伴って軍事力近代化の歩みを急速に進め、中国海空軍がその 活動範囲を周辺に拡大したことで、海軍艦艇が日本領海を侵犯する 事件も起きた。また、1990 年代半ばごろから江沢民政権が実施して きた愛国主義運動が、中国国民の反日感情を助長し2005 年の中国各 地で起きた反日デモ・暴動のダイナミックスとなり、これまで叫ば れてきた日中友好という声にも疑問が呈されるようになった。こう した中、小泉純一郎は2001 年 4 月首相に就任して以来、首相在任中 に毎年靖国神社を参拝し、これをきっかけに日中首脳同士の相互訪 問が途絶し、「政治関係は冷え込んでいるが、経済関係は熱い」とい う日中関係のねじれ現象でもある「政冷経熱」を生み出した。 ロバート・サッター(Robert Sutter)が指摘するように、今後東ア ジ ア 地 域 の 安 定 は 日 中 関 係 に よ る と こ ろ が 大 き い2。「政冷経熱」と いう現象が日中関係のみならず、東アジア地域の平和と繁栄にとっ ても好ましくないとの認識が双方の指導部で高まったと思われる。 それだけに、2006 年 10 月、安倍晋三は首相就任後まもなく、初の外 遊先に同盟国米国ではなく、ライバルと思われた中国を選んで「氷 を割る旅」と呼ばれる訪中をし、胡錦涛政権との間で新しい日中関 係の枠組みとされる戦略的互恵関係の構築に合意した。同訪問をき っかけに日中両国首脳間の相互訪問は再び正常な軌道に戻り、両国 の互恵関係の構築に努めている。2 Robert Sutter, “China and Japan: Trouble Ahead?” The Washington Quarterly, 25:4, Autumn
本稿はセキュリティ・ジレンマという概念をもって1990 年代半ば 以降の日中関係を分析するものである。以下ではまず、セキュリテ ィ・ジレンマを説明するうえで、日米安保体制の「再定義」による 協力強化の内容を明らかにし、それに対する中国の反応を検討する。 さらに、日中間で合意した戦略的互恵関係の構築が、東シナ海の資 源開発と中国海空軍の同海域への活動拡大をめぐって双方に存在し ているセキュリティ・ジレンマを緩和する取り組みの一環であると とらえ、戦略的互恵関係の内容とその実態を検証しようと試みる。
二 日米同盟の強化とそれに対する中国の認識
1 セキュリティ・ジレンマとは いたずらな自国の安全保障の追求は、相手国の不安を招き、しか もその不安に駆られて安全保障の強化に走り、相互の安全強化の悪 循環を引き起こすため、結果として双方の安全強化努力はいずれも 本当の安全につながらないばかりか、恐怖や不安を高めるという皮 肉な結果となってしまう。この問題はツキュディデスの『戦史』で 提起されたが、1950 年代に米政治学者ハーツ(John H. Herz)は、そ れをセキュリティ・ジレンマと名づけていた。ハーツは、「互いの猜 疑心と恐怖から来る不安感が各国をして、一層の安全を求めてさら なる国力追求へと向かわせる。しかし、完全な安全などというもの は永遠に獲得し得ないから、そういう努力は、結局、自己敗北的な ものに終わらざるをえまい」と指摘した3。つまり、相手国の意図を めぐる不確実性と不安がセキュリティ・ジレンマの根源であり、そ れを背景に国際社会において安全を求める飽くなき努力と、それに3 土山實男『安全保障の国際政治学』(東京:有斐閣、2004 年)、109-110 ページ。
よって生ずる絶え間ない不安との悪循環が起こる、ということであ る。 また、ジャービス(Robert Jervis)はセキュリティ・ジレンマが起 こるか否かは、「攻撃・防御バランス」(offense-defense balance)と「攻 撃と防禦の区別」(offense-defense differentiation)という二つの要素 に 関 わ る と 論 じ た4。「 攻 撃 ・ 防 御 バ ラ ン ス 」 と は 、 あ る 価 値 を 守 る のに要するコストと、それを攻撃するのに要するコストの比を指す。 「攻撃優勢」(offense-dominate)であるとき、双方は軍備競争を展開 し、また軍事同盟の締結、動員および先制攻撃のインセンティブが 強 く な り 、 セ キ ュ リ テ ィ ・ ジ レ ン マ を 強 め る 。 逆 に 、「 防 御 優 勢 」 (offense-dominate)であるとき、先制攻撃によって得られる利益は 小さくなるので、セキュリティ・ジレンマが緩和できるし、戦争が 勃発する可能性も低くなる。一方、「攻撃と防禦の区別」については、 特に厄介な問題である。というのも、自国の安全保障戦略や兵器体 系が攻撃か防御かを判断するのは相手国だからである。したがって、 安全保障政策はしばしば自己敗北的結果をもたらす5。 では、セキュリティ・ジレンマはどう克服するのか。この問いへ の答えは、争点を論ずる視点によって違ってくるだろうが、ここは グレーサー(Charles L. Glasger)の研究を引用したい。グレーサーは、 セキュリティ・ジレンマを配慮すれば、競争よりも制度化する相互 協力のほうが、相手の行動の不確実性を減らし、相互の利益になる ことがわかると主張している。とくに、「攻撃・防御バランス」が防
4 Robert Jervis, “Cooperation under the Security Dilemma,” World Politics, Vol. 30, No. 2,
1978, pp.167-214.
御に優勢であるとき、防御に要するコストは物理的な軍事力にこの 比を掛けたものでよく、防御に有利な比であればあるほど軍事力は 小さくてもよいことになるとされる6。要するに、相互に安全が確保 されるほうが、自国だけが安全であるより相互関係は安定し、双方 の利益となり、セキュリティ・ジレンマの緩和にも役立つというこ とである。 冷戦後、特に1996 年 3 月に起きた台湾海峡危機で、米国が二隻の 空母機動部隊を台湾近海に派遣し、中国の武力示威を押さえ込んだ 直後、日米安保体制の「再定義」による日米安全保障の協力強化が 中国の懸念や不安を引き起こしたのは多言を要しない。問題となる のは、日米同盟の強化に対して中国がどう判断し、どのような行動 をとるか、というセキュリティ・ジレンマに関わる現象である。 2 安全保障環境の変容と日米安保の「再定義」 冷戦後、米国の安全保障戦略の変化は、日米安保体制変容の契機 となった7。1990 年代前半、中国と新生ロシアの関係改善、および駐 留米軍の削減を基調とする米国の東アジア戦略の見直しにより、東 アジア地域における安全保障環境の権力構造は地殻変動のような変 化を見せた。 こうした中、北朝鮮の核開発疑惑をきっかけに朝鮮半島危機が起 きた。当時、米国は北朝鮮の核施設に対する外科手術的攻撃を実施
6 Charles L. Glasger, “Realists as Optimists,” International Security, vol.19, No.3, Winter
1994/95, pp.50-90;土山實男、前掲書、136 ページ。
7 高木誠一郎「冷戦後の日米同盟と北東アジア―安全保障ジレンマの視点から」『国際
す る と の シ ナ リ オ を 練 っ た よ う で あ る 。 さ ら に 、 ク リ ン ト ン (Bill Clinton)米大統領(肩書は当時、以下同)は日米首脳会談で、「いざ というとき、沖縄の米軍基地を使わなければならない。日本も国内 体制を整えてほしい」と求めた。これを受けて日本政府は、1994 年 2 月に日本の防衛にもつながる「朝鮮有事の研究」を開始し、検討を 重ねた結果、日本は朝鮮有事に対処する米軍に何らの支援もできな いという実態が明らかとなり、この状況は日米安保体制の維持にと って深刻な問題であることが明白になった8。 1995 年 2 月、ナイ(Joseph S. Nye Jr.)米国防次官補のイニシアテ ィブで三回目の「東アジア戦略報告」(通称「ナイ・レポート」)が 発表された9。同報告書は、ソ連崩壊後も、朝鮮半島の緊張や軍事力 増強が続く中国の潜在的脅威などアジア太平洋地域が依然として不 安定な情勢にあることを強調し、米国が引き続き同地域での軍事的 プレゼンスを維持していく考えを明確にした。また、日米安保体制 が日米二国間にとどまらず、地域全体の安定にとって死活的な重要 性を帯びるため、冷戦後の日米安保に新たな役割を担わせるべきと の考えを示したのである。 続いて、同年 11 月、日本は「平成 8 年度以降に係る防衛計画の大 綱」を公表した10。同大綱は「我が国周辺地域において、我が国の安 全に重大な影響を与える事態が発生する可能性は否定できない」と
8 秋山昌廣『日米の戦略対話が始まった:安保再定義の舞台裏』(東京:亜紀書房、2002 年)126 ページ。
9 Department of Defense, Office of International Security Affairs, United States Security
Strategy for the East Asia-Pacific Region, February 1995.
10 首相官邸「平成 8 年度以降に係る防衛計画の大綱について」(http://www.kantei.go.jp/
したうえ、周辺事態が発生した場合、「日米安全保障体制の円滑かつ 効果的な運用を図ること等により適切に対応する」と規定している。 この文言が 1978 年の「日米防衛協力のための指針」(旧ガイドライ ン)の見直しに向けての第一歩であるといってよい。 こうした経緯を背景に 1996 年 4 月 17 日、訪日したクリントン大 統領と橋本龍太郎首相は共同で「日米安全保障共同宣言」を発表し、 米国の軍事的プレゼンスを維持することが「アジア太平洋地域の平 和と安定の維持のためにも不可欠である」と宣言した11。そして、両 首脳は日米安保体制の信頼性を強化するため、旧ガイドラインを見 直 し 、周 辺 事 態 へ の 日 米 共 同 対 処 に 関 す る 研 究 を 開 始 す る こ と で 合 意した。共同宣言はまた、大量破壊兵器とその運搬手段の拡散を念 頭に進行中の弾道ミサイル防衛(BMD)に関する共同研究の継続を 明言した。 この宣言に従い、日米当局者による一年余りの交渉の結果、1997 年9 月 23 日にニューヨークで開かれた日米安全保障協議委員会(い わゆる「2+2」委員会)は、新たな「日米防衛協力のための指針」 を公表した。新ガイドラインは日米防衛協力の項目を、「平素」、「日 本に対する武力攻撃」、「周辺事態」に分けて列挙し、後者のリスト アップは新ガイドラインの重要な特徴であった12。新ガイドラインの 策定を受けて日本は、その実効性を確保するため、周辺事態法関連 三法案を国会に提出し、1999 年 5 月に可決された。さらに、BMD に
11 外務省「日米安全保障共同宣言:21 世紀に向けての同盟」(http://www.mofa.go.jp/ mofaj/area/usa/hosho/sengen.html、2008 年 1 月 16 日アクセス)。 12 外務省「日米防衛協力のための指針」(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/ kyoryoku.html#1、2008 年 1 月 16 日アクセス)。
関する共同研究も前進し、1998 年 12 月の閣議決定で、翌年度から海 上配備型上層システム(NTWD)を対象として米国との共同技術研 究に着手する運びとなった13。 「周辺事態」を盛り込んだ日米安保体制の「再定義」は、もとよ り朝鮮有事のシナリオを念頭に練り上げられたものであるが、中国 が台湾海峡で危機を引き起こしたことをきっかけに、台湾海峡有事 への対応も日米安保体制を磐石なものとする必要に迫られた。日米 安保の「再定義」に携わった秋山昌廣・元防衛庁事務次官の言い方 を借りて言えば、それは中国自身の行為に起因したのである14。要す るに、中国が台湾海峡で一方的に主張する台湾の安全を強化したの に対し、日米両国が不安を抱いて検討中の同盟強化の決意を強めた という皮肉な結果をもたらした、ということである。 3 中国側の認識:日本の軍事大国化への道 ペリー(William J. Perry)元米国防長官が指摘するように、日米両 国が同盟協力の強化を模索する段階で中国は、その同盟強化が中国 を包囲する狙いだと認識し、この認識はまた米国の台湾海峡危機の 介入によって強化された15。 「日米安全保障共同宣言」は、台湾海峡危機で米中の対立が軍事 的対峙にまでエスカレートした直後に発表されただけに、中国側の
13 防衛庁「弾道ミサイル防衛(BMD)に係る日米共同技術研究に関する官房長官談話」 『防衛白書』平成 11 年版、(http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/1999/zuhyo/ frame/az113008.htm)。 14 秋山昌廣、前掲書、106-107、196-198 ページ。
15 Ashton B. Carter/Willam J. Perry、許綬南訳、『預防性防禦:後冷戰時代美國的新安全戰
反応は厳しいものであった。宣言発表の翌日、中国外交部スポーク スマンは、「台湾海峡を日米安保協力の範囲に組み入れることは、中 国の主権に対する侵犯、干渉であり、中国政府と人民は決して受け 入れることができない」と論評したうえ、同宣言に見られたアジア 太平洋地域への適用範囲拡大、そして日本がそれによって軍備を増 強し軍事的役割を拡大することに懸念を示した16。その後、外交部系 週刊誌の論評では、日米安保は同宣言によって根本的に変化し、つ まり「日米安保体制を一国型から地域型へ、防衛型から攻撃型へと 変容するとともに、日本も被保護型から関与型に変えるもの」であ るとされる17。要するに、中国は日米同盟における米国の役割が冷戦 期に日本の軍事大国化を防ぐ「ビンの蓋」から、日本の軍事大国化 を育成する「卵の殻」(米軍が卵の殻のような役割で将来の軍事大国 日本という雛を育てる)へと変容し、米国の狙いは日本を利用して 中国包囲網を形成することにあり、また日本の狙いは日米同盟の協 力強化で中国の台頭を牽制し、日本の影響力を強めていくことにあ ると認識している。 新ガイドラインが発表される直前の 1997 年 8 月 17 日、梶山静六 官房長官はテレビ番組で、台湾海峡が新ガイドラインの適用範囲に 含まれると明言した18。それに対し、翌日、『新華社』も梶山発言が 「中国主権と安全保障に対する脅威を構成するもの」であり、「侵略 戦争を美化し、中国脅威論を煽る危険な傾向と一脈相通じるもの」
16 「台湾問題など中国がけん制」『朝日新聞』(1996 年 4 月 19 日)。 17 唐天日「一個不祥的信號:評美日安保體制的蛻變」『瞭望』1996 年第 18 期、(4 月 29 日)。 18 「台湾海峡も範囲内 周辺有事 官房長官が見解」『読売新聞』(1997 年 8 月 18 日)。
でもあると批判した19。さらに、『人民日報』は「これは中日国交正 常化以来、日本政府高官が始めて公然たる中国の内政に干渉する発 言」と指摘し、米軍が台湾海峡紛争に介入するとき、日本は米軍に 支 援 を 与 え ざ る を 得 な い と い う 考 え は 、「 日 本 が 軍 事 力 を も っ て 台 湾問題に介入しようとするシグナル」と受け止めたのである20。 そして、新ガイドラインが発表されると、銭其琛外交部長は同年9 月23 日、ニューヨークで行われた日中外相会談で、新ガイドライン の適用範囲は二国間以外に拡大すべきではないし、日米両国は隣国 に 疑 わ れ る よ う な 行 動 を と る べ き で も な い と ク ギ を 刺 し た21。 劉 江 永・中国清華大学教授は、新ガイドラインは「米日が共同で21 世紀 のアジア太平洋地域の安全保障の主導権を握る」という意図がある と断定したうえ、それが米国の「台湾関係法」と日米同盟を戦略的 に繋ぎ合わせることになる以上、中国としてはそれを容認すること ができないと論じている22。 日本国会が周辺事態法関連法案を審議期間中であった1999 年 2 月 8 日、『解放軍報』は、かりにこれらの法案が可決されるとしたら、 それは日本の軍事大国化への道がさらに拡大されることを意味し、 日本の右翼分子がしばしば台湾を新ガイドラインと周辺事態の範囲 内に置いて中国をけん制しようとするやり方は、中国の主権への公 然たる挑戦であると論評した23。また、同年3 月 26 日、在日本中国
19 「「中国に脅威」 新華社が批判」『朝日新聞』(1997 年 8 月 19 日)。 20 「「危険な言論」 人民日報批判」『朝日新聞』(1997 年 8 月 20 日)。 21 阿部純一『中国と東アジアの安全保障』(東京:明徳出版社、2006 年)、94-95 ページ。 22 劉江永「新「日美防衛合作指針」何以令人憂慮」『現代國際關係』、1997 年第 11 期。 23 徐東海「解放軍報:周邊事態涵蓋台灣 日右翼政客挑戰中國主權」『聯合報』(1999 年 2 月 9 日)。
大使館は記者会見を開き、同法案に対する中国の基本的な立場とし て次の四点をあげた24。 (1)日米の安保協力は二国間の範囲にとどめ、第三国に与えるべ きではない。 (2)日米軍事同盟の強化、拡大は隣国の不安を煽り、新たな軍拡 競争を引き起こす恐れがある。 (3)台湾問題は中国内部の問題であり、日米安保協力に含めるい かなる試みも中国の主権に対する侵犯であり、内政干渉にな る。 (4)新ガイドラインを利用して自衛隊が海外に出たり日本の軍事 的役割を拡大したりすれば、隣国は必ず不安になる。 それに加えて、1999 年 6 月、『解放軍報』は日米安保体制を、中国 の国家安全保障と社会の安定、特に平和的な台湾統一の実現、およ び海洋権益を妨害する長期的かつ潜在的脅威を構成するものである と位置づけている25。
三 日中両国の相互不信
カルダー(Kent E. Calder)によると、日中両国のライバル意識は、 百年前にイギリスとドイツがヨーロッパでの主導権を争った現象と 同じように、両者のセキュリティ・ジレンマを引き起こし、それに よって中国の「野心」に対する日本の恐怖と、日本の「軍国主義復24 「台湾含めば『主権侵犯』 中国大使館会見」『朝日新聞』(1999 年 3 月 27 日)。 25 「對我國安全之嚴重威脅」『解放軍報』(1999 年 6 月 6 日)。
活」に対する中国の不安を助長している26。英独と違うのは、日中両 国の間には常に相互関係を悪化させる歴史問題と釣魚台群島(日本 名:尖閣列島)の領有権争いがあり、これらの問題から生じた相互 不信が、相手の侵略意図と攻撃能力を過大視するおそれがあるとい うことである。 1 靖国神社参拝問題と日本の軍国主義の復活 日本の対中侵略の歴史教訓により、中国は常に日本の軍事大国化 を恐れている。それに加え、過去の侵略戦争を美化するような日本 国内の言動がしばしば伝えられることにより、中国は一旦日本が再 び軍事大国になったら、過去の二の舞を踏むと信じ込んでいるので ある。船橋洋一によれば、1995 年 11 月、複数の中国軍高官から「日 本の軍国主義の復活についてのレクチャー」を受けた中国訪問中の ナイ米国防次官補が、そうではないと反論したのに対し、彼らはい ずれも判で押したように「今はないかもしれない。しかし、将来再 びぶり返し、1930 年代と同じせりふを繰り返すだろう」とたたみか けた。また、船橋は次のように指摘した27。 中 国 が 日 本 の 将 来 に 対 す る 不 安 感 を 募 ら せ て い た の と 同 様 に、日本は中国の将来に懸念を深めていた。 中国の度重なる核実験は日本の対中感情を悪化させたし、南 シ ナ 海 や 台 湾 海 峡 に 向 け て の 軍 事 力 を 使 っ た 威 嚇 的 行 為 は 海
26 Kent E. Calder, “China and Japan’s Simmering Rivalry,” Foreign Affairs, Vol. 85, No. 2,
pp.129-139.
洋 国 家 で あ る 日 本 に と っ て 不 気 味 な 圧 迫 感 を 与 え る こ と に な った。 クリステンセン(Thomas J. Christensen)が指摘するように、歴史 の負の遺産の影響で、たとえ日本が講じた軍事的措置が防衛的であ ったとしても、中国はそれが日本憲法第九条の束縛をなし崩しに解 き放す危険な傾向を持っていると受け止めかねない28。一方、日本は 中国の台頭による「華夷秩序」の復活に対する疑念を除き、中国政 府が反日ナショナリズムを操り、歴史問題をカードとして利用し日 本を押さえ込もうとする意図があるのではないかと疑問視している。 アーミテージ(Richard Armitage)が指摘するように、中国は常に歴 史問題で日本人に頭を下げさせようと狙っている29。1995 年 8 月 15 日、村山富市首相は、過去の日本による植民地支配と侵略について、 「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたしま す」という「村山談話」を発表したが30、それによって、日中双方が 歴史問題をめぐる認識のミゾを埋められたとは到底言い難い。 1996 年 7 月 29 日、橋本龍太郎首相は戦死した従兄弟の霊を慰める ため、靖国神社を参拝した。その後、四人の閣僚も参拝に行った。 それに対し、中国は「軍国主義の暗雲が日本の空に濃く垂れ込めて
28 Thomas J. Christensen, “China, the U.S.-Japan Alliance, and the Security Dilemma in East
Asia,” International Security, Vol. 23, No. 4 (Spring 1999), pp.49-80.
29 リチャード・アーミテージ「中台緊張は日米同盟で対応できる」『中央公論』2005 年
5 月号、194-203 ページ。
30 戦後国際政治の基本文書「戦後 50 年に当たっての村山内閣総理大臣の談話及び記者
会見」(1995 年 8 月 15 日)、(http://avatoli.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/ docs/19950815.S1J.html、2008 年 10 月 26 日アクセス)。
いる」などと強く非難した31。田中明彦は、中国が懸念を強めた理由 は、靖国神社参拝の動きと、その数日前に行われた尖閣列島におけ る日本の政治結社による灯台建設、さらには「日米安全保障共同宣 言」の動きが相互に連関しているのではないかと分析している32。 1998 年 8 月、江沢民・中国国家主席は、在外大使ら外交当局者を 一 堂 に 集 め た 会 議 の 席 上 で 、「 日 本 に 対 し て は 歴 史 問 題 を 永 遠 に 言 い続けなければならない」と指示し、事実上、歴史問題を対日外交 圧力のカードと位置付けたのである33。同年 11 月 25-28 日、訪日し た江沢民自身は、日本が歴史問題への謝罪を共同文書に盛り込もう という中国の要求に応じなかったことに不満を示すかのように、訪 問先の各地で歴史問題に執拗に言及した34。 付け加えておくならば、日中関係が国交正常化以来、最も悪化し たのは、8 月 15 日の靖国神社参拝を自民党総裁の公約に掲げて登場 した小泉純一郎内閣の時期であった。小泉首相は2001 年 4 月の組閣 後、公約どおり8 月 15 日には参拝しなかったが、首相在任中、毎年 靖国神社を参拝するという記録を作ったのである。その中、2004 年 7 月から 8 月にかけて中国で開催されたサッカー・アジア・カップに おける中国人サポーターの反日行動が、日本メディアによって報道 され、日本人の対中イメージを著しく傷つけた。 しかし、日中関係を悪化の頂点に導いたのは、2005 年 4 月に中国 の北京や上海などの大都市で、日本の国連安保理常任理事国入りに
31 田中明彦『アジアのなかの日本』(東京:NTT 出版、2007 年)、187-188 ページ。 32 田中明彦、前掲書、188-193 ページ。 33 「『 歴 史 問 題 、 永 遠 に い い 続 け よ 』 江 沢 民 氏 、 会 議 で 指 示 」『 読 売 新 聞 』 (http://www.yomiuri.co.jp//world/news/20060810i111.htm、2006 年 8 月 12 日アクセス)。 34 田中明彦、前掲書、251-259 ページ。
反対するデモからエスカレートした反日暴動であった。この事件に よって日本人の対中感情はさらに悪化した。これを機に同年の世論 調査における日本人の対中親近感は史上最低の32.4% を記録し、最 高の1980 年(78.6%)の半分にも及ばないものとなった。 図 1 日本人の中国に対する親近感 (出所)内閣府大臣官房政府広報室「外交に関する世論調査」2009 年 10 月調査、 (http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-gaiko/images/z10.gif、2010 年 8 月 9 日アク セス)。 2 東シナ海資源開発をめぐる対立と中国の「砲艦外交」 日中両国はそれぞれ1996 年 5 月、6 月に国連海洋法条約を批准し た が 、 尖 閣 列 島 領 有 権 の 紛 争 、 お よ び 排 他 的 経 済 水 域 (EEZ)境界 画定の基準に関する主張の食い違いによって、中国は日本側が一方 的に中間線を基に境界を画定する日中中間線を認めず、中国大陸か ら中間線を越えて沖縄トラフまでの大陸棚全域が中国のEEZ である
と主張した35。1998 年 4 月、中国は日本が主張する中間線近くで「平 湖」ガス田採掘施設を建設し、東シナ海資源開発をめぐる日中間の 対立の序幕が開いた36。カルダーが指摘するように、日中双方は資源 開発の問題でコンセンサスが得られない場合、将来日中間で資源を めぐる衝突が起こることは十分考えられる37。 2004 年 5 月下旬、中国は日本の中間線から 3、4 キロの中国側海域 で、「春暁」(日本名:白樺)ガス田採掘施設の建設を始めた。これ を受けて日本は同年 6 月 7 日、国連海洋法条約に違反し、日本の権 益を損なうことを理由に、開発の中止を中国に求めたが、拒否され た38。翌月、日本の調査船が中間線付近の海域で調査を実施したのに 対し、王毅・外交部副部長は日本の阿南惟茂大使を呼び、「日本側の こうした挑発的行為は非常に危険であり、中国は断固として反対す る」と抗議した39。この問題を解決するため、日中双方は10 月 25 日、 北京で初の局長級協議を開いたが、議論は平行線となった40。 その後、中国は日本の意向を無視して開発を着々と進めている。 それに対し、日本は対抗措置として 2005 年 4 月 13 日、民間業者に
35 外務省「東シナ海における資源開発に関する我が国の法的立場」(http://www.mofa. go.jp/mofaj/area/china/higashi_shina/tachiba.html)。 36 平松茂雄『中国の戦略的海洋進出』(ケイソウ書房、2002 年)、74 ページ。 37 ケント・カルダー著、日経新聞社国際部訳『アジア危機の構図』(東京:日本経済新 聞社、1998 年)、6 ページ。 38 「日中境界海域の天然ガス採掘施設 日本政府、中国に懸念表明へ」『産経新聞』 (2004 年 6 月 8 日)。 39 「東中国海の海底資源調査で日本に厳正な申し入れ」『人民網日本語版』(2004 年 7 月8 日)、(http://j.peopledaily.com.cn/2004/07/08/jp20040708_41094.html、2007 年 12 月 3 日アクセス)。 40 「東シナ海・ガス田開発、日中が初の実務者協議」『読売新聞』(2004 年 10 月 25 日 付)。
海底資源の試掘権を与える手続きを開始したと発表した。これに反 発し、中国外交部スポークスマンは同日夜、日本の取った措置を「中 国の権益と国際ルールに対する重大な挑発だ」と批判し、状況によ っては中国が対抗措置を講じる可能性があると強く示唆した41。とこ ろが、中国が日本の求めている開発中止と地下構造のデータ提供に 応じないため、中川昭一・経済産業相は2005 年 7 月 14 日、「帝国石 油」に試掘権を許可することを発表した42。当時の世論調査によれば、 70% が中国の一方的な開発の中止を求めるべきと主張し、中国が中 止しない場合、日本も独自に開発すべきだという声も65%に上った43。 2005 年 9 月 9 日、中国は駆逐艦など 5 隻を「春暁」付近の海域に 派遣し、同ガス田採掘施設を周回したと伝えられた。日本は、その 中国の動きを東シナ海で試掘権を許可した日本政府をけん制する狙 いとして受け止めていた44。こうした中国の動きが武力示威であるこ とを裏付けたかのように、2007 年 11 月 14 日に開かれた局長級協議 で、日本側が協議の停滞を理由に独自の試掘を行うことを示唆した 際、中国は、「そうなれば軍艦を出す」と警告した45。また、これに
41 「試掘権は「重大な挑発」中国、対抗措置を示唆」『中国新聞』(2005 年 4 月 14 日付)、 (http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp05041403.html、2007 年 12 月 2 日アクセス)。 42 「東シナ海ガス田試掘権許可 経産省」『産経新聞』(2005 年 7 月 14 日付)、 (http://www2.cc22.ne.jp/~hiro_ko/2-31g-kaihatsu.html、2007 年 12 月 3 日アクセス)。 43 「中国のガス田開発、7 割が中止求め 読売世論調査」『読売新聞』(2005 年 10 月 17 日付)、(http://www2.cc22.ne.jp/~hiro_ko/2-31g-kaihatsu.html、2007 年 12 月 3 日アクセ ス)。 44 「春暁ガス田に中国艦隊、日本への示威行動か」『読売新聞』(2005 年 9 月 10 日付)、 (http://www2.cc22.ne.jp/~hiro_ko/2-31g-kaihatsu.html、2007 年 12 月 3 日アクセス)。 45 「日本側は試掘示唆 中国側は「軍艦出す」 東シナ海ガス田開発」『産経新聞』 (http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071116/plc0711162309015-n1.htm、2007 年 11 月 18 日アクセス)。
先立っての9 月、中国空軍の H6 中距離爆撃機数機が東シナ海上空で 日本の防空識別圏(ADIZ)に入り、日中中間線付近まで飛行したこ とも確認されたのである46。 中国の露骨な武力示威に対し、日本は中国に申し入れするととも に、武力で日本企業の試掘を守る法整備の検討に入った47。また、2006 年 1 月初旬、東シナ海で、中国軍機による日本の防空識別圏への侵 入が急増していることを理由に、防衛庁が交戦規則(ROE)の規定 を緩め、戦闘機パイロットの武器使用の適用範囲の拡大を検討して いると報じられた48。さらに、2007 年 4 月 20 日、衆議院に続いて参 議院は東シナ海資源開発作業などの安全確保を目的とした「海洋構 築物等に係る安全水域の設定等に関する法律案」と日本の包括的な 海洋政策を規定する「海洋基本法」を可決した49。それにより、今後、 仮に日中双方のどちらも一歩も引かず、武力で自らの海洋権益を守 る行動に出るならば、偶発的な武力衝突の可能性も否定できない。 このように東シナ海資源開発の問題で武力的威嚇を振るったのに 加えて、中国の海空軍が頻繁に日本周辺海域に接近し、友好的でな い行動を取り続けたことは、日本側の懸念と不安を一層深めた。中
46 防衛省『防衛白書』平成 20 年版、(http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2008/ 2008/index.html、2008 年 10 月 14 日アクセス)。 47 「東シナ海ガス田 帝石試掘に財政支援 政府、委託方式を検討」『産経新聞』(2005 年 9 月 25 日付);「日本、中国軍艦派遣に抗議 ガス田協議、初日は平行線」同紙、 (http://www.sankei.co.jp/news/050930/sei075.htm、2007 年 12 月 2 日アクセス)。 48 「東シナ海領空侵犯 武器使用の「任務」明記」『産経新聞』(2006 年 1 月 4 日付)、 (http://www2.cc22.ne.jp/~hiro_ko/2-31g-kaihatsu.html、2007 年 12 月 3 日アクセス)。 49 「海洋基本法案、衆院で可決 温首相の訪日前に」『産経新聞』(2007 年 4 月 3 日付); 「 海 洋 基 本 法 が 成 立 、 海 洋 権 益 め ぐ り 一 元 的 に 政 策 推 進 」『 読 売 新 聞 』 (http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070420i103.htm、2007 年 4 月 21 日アクセス)。
国海軍情報収集艦が、2000 年 5 月から 6 月にかけて一ヶ月近く、潜 水艦の作戦に必要な海中調査を実施したり、自衛隊と在日米軍の電 波情報などを傍受したりしながら日本列島を一周したと報じられた 50。それだけに、首相の私的諮問機関「対外関係タスクフォース」は 2002 年 11 月に、小泉首相に提出した研究報告で、「中国の軍事力増 強は日本と周辺アジア諸国にとって深刻な脅威となる可能性がある。 特に最近の中国海軍の日本周辺における遊弋は、日本国民に不安を 与えるものである」と警鐘を鳴らしている51。これを背景に防衛庁は、 中国が日本に攻撃を仕掛ける三つのシナリオ、つまり中台衝突、尖 閣列島領有権の争い、および東シナ海の線引きなどの問題を予想し ていると報じられた52。 2004 年 11 月 11 日、中国海軍の「漢級」攻撃型原子力潜水艦が石 垣島周辺の日本領海に侵入し、海上警備活動に出た海上自衛隊の追 跡を受けたと、日本全国メディアは一斉報道した53。メディアによっ て大々的に報道されたこの海上警備活動は、日本国民の「中国脅威 論」を強く刺激した。皮肉なことに、中国海軍の行動は翌月に公表 される新防衛大綱に盛り込まれた、「中国は核・ミサイル戦力や海・ 空軍力の近代化を推進するとともに、海洋における活動範囲の拡大 などを図っており、このような動向には今後も注目していく必要が
50 平松茂雄、前掲書、232-234 ページ。 51 首相官邸「21 世紀日本外交の基本戦略-新たな時代、新たなビジョン、新たな外交」 (2002 年 11 月 28 日)、(http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2002/1128tf.html#2-6、 2002 年 12 月 1 日アクセス)。 52 「防衛庁が予想する三つの中国が日本に攻撃を仕掛けるシナリオ」『東京新聞』 (2004 年 11 月 8 日付)。 53 「「中国原潜」沖縄海域を侵犯 海上警備活動発令」『産経新聞』(2004 年 11 月 11 日 付)。
ある」54という懸念を裏付けるものとなった。さらに、同大綱は、中 国海空軍の東シナ海進出を念頭に島嶼部への侵略や周辺海空域への 侵入を取り上げて対応体制を強化する考え方を示した。 表 1 で示されたように、その後、日本周辺海域における中国海軍 の活動が続き、恒常化している。2009 年版『防衛白書』では、中国 海軍の潜水艦や戦闘艦艇の増強、空母保有に向けた言動に警戒感を 示したうえ、2008 年 10 月にソブレメンヌイ級駆逐艦を含めた 4 隻の 艦艇が中国海軍として始めて津軽海峡を通過し、日本列島を周回し たことや、同11 月の最新鋭 051C 型旅洲級駆逐艦など 4 隻の艦艇が 沖縄本島と宮古島の間を抜いて太平洋に進出したことを取り上げた。 中国の意図について、同白書は東シナ海ガス田などの海洋権益の確 保、台湾独立を抑止・阻止するための軍事力の整備、可能な限り遠 方の海域で敵の作戦を阻止する能力の増強などにあると分析した55。 さらに、2010 年に入ると、3 月にソブレメンヌイ級駆逐艦など 6 隻 の艦艇、4 月に同じ駆逐艦 2 隻、キロ級潜水艦 2 隻など計 10 隻の中 国海軍艦隊はまたも沖縄本島の南西海域を抜いて太平洋に航行した。 特に、後者の航行では、中国艦隊が艦載ヘリを出して嫌がらせのよ うにその監視に当たる日本の護衛艦に異常なまでに接近したり、日 本のP3C 哨戒機に速射砲の照準を向けたりするような威嚇行為をと った56。この中国軍の行為は、日中戦略的互恵関係の構築の一環であ
54 首相官邸「平成 17 年度以降に係る防衛計画の大綱について」(2004 年 12 月 10 日)、 (http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2004/1210taikou.html、2004 年 12 月 23 日アク セス)。 55 防衛省『防衛白書』平成 21 年版、55-57 ページ、(http://www.clearing.mod.go.jp/ hakusho_data/2009/2009/pdf/21010203.pdf、2010 年 8 月 4 日アクセス)。 56 「海自機に速射砲の照準=中国海軍の駆逐艦、東シナ海で-関係筋」『産経新聞』
り、日中軍事交流を通じて相互信頼を深める土台を自ら崩したもの である。 表 1 近年中国海軍艦艇の日本近海進出状況 時 期 中 国 海 軍 艦 艇 の 規 模 と 行 動 2004 年 11 月 「漢級」原子力潜水艦が宮古島周辺の日本領海内を潜没航 行。 2005 年 9 月 ソブレメンヌイ級駆逐艦等 5 隻が東シナ海ガス田付近を 航行。 2007 年 2 月 中国海洋調査船東方紅 2 が釣魚台周辺海域の日本の主張 するEEZ 内において、海洋調査活動を実施。 2008 年 10 月 ソブレメンヌイ級駆逐艦等4 隻が津軽海峡を通過し、日本 列島を周回。 2008 年 11 月 旅洲級駆逐艦等 4 隻が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太 平洋に進出。 2009 年 6 月 旅洲級駆逐艦等5 隻が南西諸島を通過し、沖ノ鳥島周辺海 域に進出し、軍事演習を実施。 2010 年 3 月 旅洲級駆逐艦等 6 隻が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太 平洋に進出。 2010 年 4 月 ソブレメンヌイ級駆逐艦2 隻、キロ級潜水艦 2 隻など合計 10 隻が南西諸島を東シナ海から太平洋に進出し、沖ノ鳥 島を周回。 (出所)防衛省発表の資料をもとに筆者整理・作成、(http://www.mod.go.jp/j/approach/ agenda/meeting/seisakukaigi/pdf/11/1-2.pdf#search='中国の軍事力近代化、海洋活動 について'、2010 年 8 月 5 日アクセス)。
(2010 年 4 月 20 日)、(http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_date2&k=2010042000046);「中 国政府の正当化、防衛相が再抗議 護衛艦へのヘリ近接飛行『極めて危険』」『産経 新聞』(2010 年 4 月 23 日)、(http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100423/plc10042 31024006-n1.htm)、いずれも当日アクセス。
3 弾道ミサイル防衛システムの開発・配備をめぐって 前述したように、自国の安全保障戦略や兵器体系が攻撃的か、そ れとも防御的かを判断するのは相手国である。現在の日中関係にお いて、攻撃と防御の区別がつかないイシューといえば、日米による 弾道ミサイル防衛システム(BMD)の開発・配備の問題がある。 1998 年 8 月 31 日、北朝鮮が弾道ミサイル「テポドン 1 号」の発射 実験を行い、日本の上空を飛び越えて太平洋に着弾した。翌月に開 か れ た 日 米 「2+2」 委 員 会 で は 、 日 米 共 同 で 「 戦 域 ミ サ イ ル 防 衛 」 (TMD)システムの研究を進めることで合意した。この日米合意に ついて、ドリフテ(Reinhard Drifte)は、「中国の弾道ミサイル数の 激増と、特に台湾付近での弾道ミサイル実験が、日本をTMD へと突 き動かしたことは間違いない。日米が北朝鮮を理由とするのは外交 上の理由に過ぎない」と分析している57。おそらく中国側も同じ見方 を持っているだろう。 その後、日本政府が弾道ミサイル防衛システムを導入する姿勢も 明らかにされつつある。2003 年 12 月、小泉内閣は官房長官談話を発 表し、BMD システムの導入の考え方を明らかにした58。そして、2005 年12 月、小泉内閣は弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイルに 関 す る 日 米 共 同 開 発 に 着 手 す る こ と を 決 定 し た59。 さ ら に 、 日 本 は
57 R・ドリフテ著・坂井定雄訳『冷戦後の日中安全保障:関与政策のダイナミクス』(京 都:ミネルヴァ書房、2004 年)、129 ページ。 58 首相官邸「『弾道ミサイル防衛システムの整備等について』に関する内閣官房長官談 話」(2003 年 12 月 19 日)、(http://www.kantei.go.jp/jp/tyokan/koizumi/2003/1219danwa. html、2008 年 1 月 31 日アクセス)。 59 首相官邸「『弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイルに関する日米共同開発』に 関 す る 内 閣 官 房 長 官 談 話 」(http://www.kantei.go.jp/jp/tyokan/koizumi/2005/1224 danwa.html、2008 年 2 月 1 日アクセス)。
2010 年前に日本全土で 16 基の新型迎撃ミサイル PAC-3 をを配備し、 現有のイージス艦4 隻に新型迎撃ミサイル SM-3 を配備することを決 定したと報じられた60。それに加えて、米国防総省は 2006 年 8 月、 横須賀の在日米海軍基地にSM-3 を搭載するイージス艦 3 隻と、沖縄 嘉手納米空軍基地にPAC-3 を配備すると発表した61。2008 年 5 月 21 日、参議院が与野党の賛成多数で宇宙基本法を可決した62。同法の可 決によって、日本は今後、相手の軍事的な動きを撮影する高解像度 の偵察衛星や弾道ミサイルの発射を瞬時に検知できる早期警戒衛星 も導入できるようになった。 一方、中国は 2007 年 1 月 12 日、弾道ミサイルによる人工衛星を 撃墜する実験に成功した。この実験の成功は、日米両国の偵察衛星 を中国が撃墜可能であることを証明すると同時に、宇宙における軍 拡を引き起こす恐れがあることをも意味している。実験が明らかに なった 19 日、塩崎恭久官房長官は記者会見で、「宇宙の平和利用と 安全保障の観点から懸念を持っている」と述べた63。2008 年版の防衛 白書では、中国から撃墜実験の内容や意図などについて日本の懸念
60 「海上配備型ミサイル、初実験成功 宇宙空間で標的を迎撃」『朝日新聞』(2007 年 12 月 18 日)、(http://www.asahi.com/politics/update/1218/TKY200712180035.html、当日 アクセス)。 61 「米、太平洋にイージス艦 6 隻配備 北の弾道ミサイル対処」『産経新聞』(2006 年 8 月17 日)、(http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0608/web-news0817-1.html、2006 年 8 月20 日アクセス)。 62 「 宇 宙 基 本 法 が 成 立 防 衛 目 的 の 衛 星 利 用 可 能 に 」『 共 同 通 信 社 』 (http://www.47news.jp/CN/200805/CN2008052101000288.html、2008 年 5 月 21 日アク セス)。 63 「中国が人工衛星撃墜実験に成功、塩崎官房長官が懸念を表明」『AFP・BBNews』 (2007 年 1 月 19 日)、(http://www.afpbb.com/article/politics/2169201/1254394、2008 年 11 月 1 日アクセス)。
を払拭するに足る十分な説明がなされなかったとして、中国の軍事 に関する意思決定や行動に懸念を生じさせるものであると指摘して いる64。さらに、中国は今年(2010 年)1 月 11 日、地上配備型のミ ッドコース段階におけるミサイル迎撃技術実験を実施し65、軍拡がす でに走っているような気味である。 日本が米国とTMD/BMD の共同開発・配備を進めることに関して、 まとめて言えば、中国の懸念には次の理由が挙げられる。 (1)これが日本の軍国主義復活を促すのみならず、日本の攻撃型 ミサイル戦力保有(核武装)に道を開くことになる。 (2)沖縄の米軍基地に配備されれば台湾の防御にも使える。 (3)中国の核抑止戦略の信憑性を弱め、さらに、一歩進んで中国 の安全保障と地域の戦略的バランスを損なう。 クリステンセンが指摘するように、日本による中国侵略の歴史と 中国の「失地回復主義」(irredentism)の影響を受け、たとえ日本が 防御兵器を導入したとしても、攻撃的脅威とみなされるだろう66。一 方、日本から言えば、中国の核兵器と弾道ミサイルの近代化を含め て大量破壊兵器の拡散の進展に伴なう脅威が至急に対応すべき安全 保障上の最優先課題であり、TMD/BMD の開発・配備はそれに当た る防御的な対応措置である。
64 防衛省、前掲書、『防衛白書』平成 20 年版。 65 「 反 彈 道 飛 彈 攔 截 中 國 試 驗 成 功 」『 海 峽 資 訊 網 』( 2010 年 1 月 13 日 )、 (http://www.haixiainfo.com.tw/87447.html、2010 年 8 月 10 日アクセス)。
四 再開された首脳相互訪問と戦略的互恵関係の構築
1 安倍首相の「氷を割る旅」と温家宝総理の「氷を溶かす旅」 日中両国は反日暴動によって映し出された日中双方の相互嫌悪、 東シナ海資源開発をめぐる対立、及び中国の軍事力増強と日米同盟 の協力強化から生じた相互不信で、関係悪化の一途をたどり、双方 がセキュリティ・ジレンマに陥っているように見える。冒頭で述べ た「政冷経熱」という日中関係のねじれ現象は、日中間の経済的な 相互依存関係が政治に波及していないことを物語っている。その危 険性に気づいた日中両国首脳は、双方とも柔軟な姿勢を示して妥協 の道を模索しつつある。対中強硬派として知られている安倍首相に よる「氷を割る旅」と呼ばれた訪中の実現は、日中両国首脳の関係 改善に対する意欲の強さがうかがえる。この安倍訪中で、日中首脳 は両国間に存在しているセキュリティ・ジレンマの緩和にもつなが る戦略的互恵関係を築きあげていくことで一致した。 戦略的互恵関係を発展させていくための条件について、何よりも まず両国間の相互信頼を高めることである。そのためには、国家間 の行為の相互予測可能性を高めるための緊密な意思疎通が必要であ る。この観点から、首脳同士や軍指導部を含む政府要人の相互訪問 が不可欠であり、また国力、特に軍事力に関する透明度を高めなけ ればならない。そして、関係発展を妨げる懸案事項を解決し、それ によって双方が実感できるような具体的成果を積み重ねることも肝 要である。その意味で、目下の日中関係で最も懸念されるべき懸案 事項と思われる東シナ海問題を早期に解決する道筋を見つけること が喫緊の課題であり、個別の成功事例を積み重ねることが日中関係においてはウィン・ウィンの互恵関係を構築する政治的エネルギー の源となる。 安倍訪中で発表された日中の共同文書では、日本側は中国の平和 的発展が国際社会に大きな好機をもたらしたことを評価し、中国側 は戦後日本の平和国家としての歩みを評価した67。これは日本が中国 脅威論を打ち消すと同時に、中国が日本軍国主義復活論を否定する 内容であり、これがあってはじめて、戦略的互恵関係の構築が可能 となる。また、現段階で日中戦略的互恵関係を構築する試金石とみ なされる東シナ海問題について、双方は共同開発の方向で双方が受 け入れ可能な解決の方法を模索し、東シナ海を平和・協力・友好の 海とすることを前面に打ち出した68。 続いて、2007 年 4 月 11 13 日、日中関係の「氷を溶かす旅」と呼 ばれた温家宝の訪日で、次の五項目を基本的な内容とする合意に達 した69。 (1)平和的発展を相互に支持し、政治面の相互信頼を増進する。 また、各々の政策の透明性の向上に努力する。 (2)エネルギー、環境、金融、情報通信技術、知的財産権保護等 互恵協力を深化させ、共同発展を実現する。 (3)防衛分野の対話及び交流を強化し、共に地域の安定に向け力
67 外務省「日中共同プレス発表」(2006 年 10 月 8 日)、(http://www.mofa.go.jp/mofaj/ kaidan/s_abe/cn_kr_06/china_kpress.html、2008 年 1 月 10 日アクセス)。 68 外 務 省 「 安 倍 内 閣 総 理 大 臣 の 中 国 訪 問 ( 概 要 )」( 2006 年 10 月 8 日 )、 (http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe/cn_kr_06/china_gaiyo.html、2008 年 1 月 10 日アクセス)。 69 外務省「日中共同プレス発表」( 2007 年 4 月 11 日 )、( http://www.mofa.go.jp/ mofaj/area/china/visit/0704_kh.html#e、2008 年 10 月 14 日アクセス)。
を尽くす。 (4)相互理解及び友好的感情を増進するとともに、青少年、メデ ィア等の交流、文化交流を強化する。 (5)朝鮮半島、国連改革、東アジア地域協力等、地域及び地球規 模の課題に共同で対応する。 そして、東シナ海問題について、双方は以下の共通認識に達した70。 (1)東シナ海を平和・協力・友好の海とする。 (2)互恵の原則に基づき共同開発を行う。 (3)必要に応じ、従来よりハイレベルの協議を行う。 (4)双方が受入れ可能な比較的広い海域で共同開発を行う。 (5)本年秋に共同開発の具体的方策につき首脳に報告す るこ と を目指す。 2 戦略的互恵関係の具体化に向けて その後、安倍に代わった福田康夫首相は2007 年 12 月 28 日に訪中 し、北京大学での講演で、「日中両国は、アジア及び世界の良き未来 を築き上げていく創造的パートナーたるべし」と主張した71。また、 福田は温家宝との会談で、日中両国は具体的に戦略的互恵関係を、 互恵協力の強化、安全保障分野における交流を含めた交流・相互理 解の促進、地域・国際社会における協力、東シナ海資源開発、歴史・
70 同上。 71 外務省「福田総理訪中スピーチ:共に未来を創ろう」(2007 年 12 月 28 日)、 (http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/efuk_1228.html、2008 年 10 月 14 日アク セス)。
台湾など五つの分野で協力や連携の意思を確認した72。ところが、東 シナ海問題については、各自の共同開発案を提出して折り合いをつ ける予定であるが、原則論だけで具体策がない「新たな共通認識」 を示すにとどめた73。 その後、安全保障分野における交流の一環として中国国防部長・ 曹剛川や中国海軍駆逐艦「深圳号」の訪日が実現された。とはいえ、 『東アジア戦略概観2008』では、曹剛川の訪日が日本側の懸念に満 足のゆく回答をしなかったとして、その訪日を「中国脅威論火消し の旅」と形容し、また、中国が東シナ海ガス田開発をめぐって日本 側に海軍艦艇を派遣すると威嚇したことに触れ、「日本に対し軍事 的抑止力を行使する一方で海軍の友好訪問を行うのは、日中の平和 友好ムードを盛り上げ、日本側に東シナ海に手を出すことをためら わせることにより、実質的に東シナ海での覇権を確立することにあ る」と指摘し74、根深い対中不信をあらわにした。 ところで、2008 年 4 月、胡錦濤中国国家主席の訪日を控えて政府 系シンクタンクの「世界平和研究所」から発表された提言は、戦略 的互恵関係の主眼を以下の3 点にまとめた75。 (1)体制や国益といった相互の違いを違いと認識し、「共通の利
72 外務省「福田総理の中国訪問」(2007 年 12 月 28 日)、(http://www.mofa.go.jp/mofaj/ kaidan/s_fukuda/china_07/gh.html、2008 年 10 月 14 日アクセス)。 73 外務省「両国首脳の東シナ海問題に関する新たな共通認識」(2007 年 12 月 28 日)、 (http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_fukuda/china_07/annex3.html、2008 年 10 月 14 日アクセス)。 74 防衛研究所『東アジア戦略概観 2008』87-89 ページ、(http://www.nids.go.jp/publication/ east-asian/j2008.html、2008 年 8 月 5 日アクセス)。 75 世界平和研究所「日中関係の新章-歴史を越えた共存的発展をめざして-」(2008 年 4 月 23 日)、(http://www.iips.org/jcr/jcr-j.pdf、2008 年 6 月 5 日アクセス)。
益の拡大」を重視することで対立しやすい両国関係をうまく 処理していかなければならないとの認識を共有した。 (2)中国が初めて日本の戦後の歩みを明確に評価し、歴史問題を 外交カードにしないという意思を明らかにすることで、両国 が未来志向で対等な関係を築く方向が打ち出された。 (3)中国は改めて日本を地域の大国として認め、地域秩序を共に 築くパートナーとする方向を打ち出し、地域協力強化のモメ ンタムが生まれた。 5 月 7 日、訪日した胡錦濤は福田首相との会談で、双方が「『戦略 的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」と題する日中関 係の第四の政治文書に署名した76。この文書の内容からは、かつての 歴史問題を外交カードとして日本を押さえつけようという江沢民政 権の対日姿勢と訣別しようとする胡錦濤政権の姿勢がうかがわれた。 戦略的互恵関係を構築する土台づくりの一環であり、また、防衛 当局者の信頼醸成にも役立つ安全保障分野での交流について、胡錦 濤は福田との会談で、同年中の防衛大臣訪中、6 月の海上自衛隊艦艇 の訪中を招請し、安全保障分野における交流の強化を通じて77、日中 間のセキュリティ・ジレンマの緩和に期待した。東シナ海問題につ いて、共同声明では、単に「共に努力して、東シナ海を平和・協力・ 友好の海とする」と記述されただけであったが、共同記者会見では、
76 外務省「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」(2008 年 5 月 7 日)、(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/visit/0805_ks.html、2008 年 10 月 25 日 アクセス)。 77 日中間の軍事交流について、防衛省『防衛白書』平成 20 年版、258-259 ページ、前 掲を参照。
福田が「大きな進展があり、解決のめどが立った」と述べたのに対 し、胡錦濤も「重要な進展を遂げ、問題解決の全景が見えてきた」 と語り、成果があることを示唆した。同声明がすぐに発表されなか った理由は、日中双方の国内調整がまだついていないからであると 報じられた78。 おそらく胡錦濤の国内説得が働いたのか、6 月 18 日、日中両政府 は東シナ海での協力について共同プレスを発表し、境界問題を棚上 げして共同開発の具体案に関する最終合意に達した79。つまり、双方 は境界画定が実現するまでの過渡的期間において相互の法的立場を 損なわない形で、中国が開発に着手している「春暁」ガス田に日本 が出資し、また、「龍井」(日本名:翌檜)ガス田の南側の海域に共 同開発区を設けることとした。出資比率の協定締結と共同開発の具 体的事項については、今後、双方が協議や交渉を通じて確定すると いう段取りとなった。 しかし、中国内ではこの合意について日本に譲歩しすぎたと反発 する声が強まった。そのため、共同開発実現に向けた協議について、 日本の度重なる催促に、中国は応じないばかりか、その後も「春暁」 ガス田で掘削施設を完成させたほか、艦艇を派遣して監視活動をす る日本側への威嚇行為を繰り返してきた。2 年以上も棚上げされた協 議は、日本側の粘り強い要請で今年(2010 年)7 月 27 日に東京で始
78 「『ギョーザ』『チベット』具体的進展なし 日中共同声明」『朝日新聞』(2008 年 5 月7 日)、(http://www.asahi.com/politics/update/0507/TKY200805070088.html、2008 年 5 月8 日アクセス)。 79 外 務 省 「 東 シ ナ 海 に お け る 日 中 間 の 協 力 に つ い て 」( 2008 年 6 月 18 日 )、 (http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/higashi_shina/press.html、2008 年 6 月 20 日ア クセス)。
まったが、具体的な進展はなかった80。こうした事情を背景に、8 月 12 日に公表された日中共同で行われた世論調査では、72% の日本人 の対中イメージは悪く、その理由として資源やエネルギーの確保で 自己中心的な態度が目立つことが二番目の理由として取り上げられ ることとなった81。
五 結びに代えて
1990 年代後半以降、日本は日米安保の再定義を通じて米国との防 衛協力を強化し、日本の防衛だけではなく、アジア太平洋地域の安 全保障にも関与することを強めていこうという姿勢を鮮明にした。 この姿勢の背後には、「戦後レジーム」から脱却し、「普通の国」に なろうという日本の強い願望があり、換言すれば、それは日本が世 界第二位の経済大国の実力と相応し、冷戦後の国際安全保障環境の 構築をめぐる発言力を強め、政治大国となる強い意欲を示している。 一方、同じ頃から中国の経済は急速な発展を遂げ、高い伸び率を 維持している。1995 年、中国の国内総生産(GDP)は世界第八位で あるが、2010 年にはその GDP は日本を抜いて米国に次ぐ第二位に躍 進した。中国経済の高度成長に伴い、国際社会における中国の影響 力が強くなると同時に、潤沢な経済的恩恵を受けて中国の国防予算 も21 年連続で二桁の伸び率で増額してきた。80 「ガス田協議初交渉最終決着は霧中 中国ペース 日本を翻弄」『産経新聞』(2010 年 7 月 28 日)、(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100728-00000106-san-int、2010 年 8 月 11 日ア クセス)。 81 「第 6 回 日中共同世論調査の詳細解説」『言論 NPO:東京―北京フォーラム』 (http://genron.sakura.ne.jp/index.php?option=com_content&view=article&id=664&Itemid =240、2010 年 8 月 13 日アクセス)。
このうように、台頭している新興国中国のパワーと政治的に台頭 している先進国日本のパワーが同時に東アジアで顕出しており、こ れは日中両国がかつて経験したことのない国際情勢である。この現 状において、日中両国がいかに付き合うかは、今後の日中関係を含 む東アジア地域の安全保障情勢を左右するものである。果たして日 中両国が東アジアで両立できるかという問題は、1990 年代後半以来、 主に相互の不信と認知のギャップ、たとえば「日本軍国主義復活」 と「中国脅威論」といった疑念や不安から生まれたセキュリティ・ ジレンマが緩和できるかどうかにかかわっている。かりにセキュリ ティ・ジレンマが緩和されず、悪化の一途をたどっていくならば、 日中両国は自らの安全を強化するために軍備の拡大という政策の選 択肢を選ぶこともありうる。 ところが、日中関係には必ずしも悲観的見通しだけがあるわけで はない。現段階において、日中双方には相互に懸念を示すような動 きがあるとはいえ、相手の動きによって速やかに対抗措置をとると いった悪循環が始まったという段階に至っているわけではないから である。対中強硬派として知られていた麻生太郎も首相として始め て訪中したとき、「日中は、和すれば双方に利益をもたらし、争えば 双方の利益を損なう」という胡錦濤の話を引き合いに出して戦略的 互恵関係の構築に意欲を見せていた82。日中両国に戦略的互恵関係を 軌道に乗せる努力と工夫があれば、これまで見られてきたセキュリ ティ・ジレンマがエスカレートすることもなく緩和されるかもしれ
82 外務省、麻生太郎「日中平和友好条約締結 30 周年記念レセプション麻生総理挨拶: 日中関係についての、私の所信表明」(2008 年 10 月 24 日)、(http://www.mofa. go.jp/mofaj/press/enzetsu/20/easo_1024.html、2008 年 10 月 27 日アクセス)。
ない。 日中両国は積極的に戦略的互恵関係の構築に努めてきたが、今後 の推移は中国の本音次第である。既述したように、今年(2010 年)4 月、中国艦隊が日本海上自衛隊に対して冷戦時代の旧ソ連でさえも しなかった威嚇行為をとったり、それに対する日本の抗議を振り切 ったりするようなやり方は、日本の不信と不安を強めるばかりであ る。また、今年 6 月下旬以降、韓国海軍哨戒艦「天安号」沈没事件 への対策として黄海における米韓合同軍事演習に対し中国が対抗策 として黄海や南シナ海などで軍事演習を繰り返してきたことや、南 シナ海を中国の「核心的利益」とした言動は、いずれも日本の懸念 や不安を引き起こした。中国が日本のシーレーンを含めて中国近海 の公海域で他国の船舶や艦船が行動する権利を奪おうとしているか らである。こうした動きが中国の長期的な国家戦略によるものだと するならば、日中戦略的互恵関係の構築は、ただの中国の時間稼ぎ あるいは日米同盟を分断する便宜的な措置に過ぎないと思われるだ ろう。
〈参考文献〉
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