トランプ大統領就任
1 周年:
米国のアジア太平洋政策
李
大 中
(淡江大学国際事務與戦略研究所副教授兼所長)【要約】
2017 年 10 月以来、トランプ政権は「インド太平洋」を地政学上、 戦略的に最も重要な地域と位置づけている。トランプ大統領は2017 年10 月にアジア 5 カ国を歴訪中、これまでの「アジア太平洋地域」 ではなく、「インド太平洋地域」という表現を使い、この広大な地域 を 明確に示し た。この概 念は米歴代 政権の習慣 的な用法と は全く 異 なる。「繁栄をもたらす自由で開かれたインド太平洋地域」の実現を 目 指し、トラ ンプ政権は 法の支配に 基づいた国 際秩序を強 調し、 イ ンド洋およびインドの役割も重視している。この新たな構想は米国、 日本、オーストラリア、インドの 4 カ国が戦略的に協力するための 道 筋であり、 この構想が 目指すとこ ろは中国包 囲網である と見ら れ ている。本稿は、トランプ政権発足以来の外交政策の基本方針、「イ ン ド太平洋戦 略」が米国 の戦略的利 益と地域に もたらす米 中関係 の 動 向も含めた 複雑な意味 合い、およ び米国によ る同盟シス テムへ の 影響、地域脅威に対する米国の対応などを深く掘り下げていく。 キ ーワ ード: トランプ、米 国のアジア 太平洋政策 、インド太 平洋 地 域、インド太平洋戦略一 はじめに
オバマ氏が大統領を務めた 8 年間は、アメリカの経済をいかに不 況 から脱却さ せるかが最 優先課題と なっていた 。当時ヨー ロッパ は 全 体的な力が 低下してい たため自分 たちのこと で手一杯で あり、 ロ シ アは虎視眈 々とつけ入 る機会をう かがってい た。またア メリカ 同 時 多発テロ事 件以降の長 期にわたる テロとの戦 いは、最終 段階に 入 っ ていたとは いえ、アフ ガニスタン 、イラク、 ウクライナ 情勢は 依 然 として不安 定だったた め、オバマ 政権はその 戦略の重心 をたや す く アジアに絞 ることがで きなかった 。アメリカ の第二次世 界大戦 後 の 覇権国とし ての立場は 、今すぐ中 国に取って 代わられる ことは な い までも、双 方の力の消 長は疑う余 地のない事 実であり、 中国当 局 が 強調する核 心的利益、 偉大な復興 、新しい形 の大国関係 などの レ ト リックや主 張から、外 交上の自信 と積極性が はっきりと 現れて い る 。中国の急 速な台頭に 対応し、米 中関係にい かに適切に 対処し 、 ア メリカの主 導的立場を 確保するか が、オバマ 大統領にと って最 も 難 しい課題で あった。こ のような状 況の中で「 アジア太平 洋への リ バランス」(Rebalance to Asia)がオバマ政権の政策の中核となった。 他 方で、オバ マ氏の路線 とは異なり 、新たに大 統領に就任 したド ナ ルド・トランプ氏(Donald Trump)は旗幟を鮮明にした。選挙段階 か ら 正 式 に 就 任 す る ま で 、 施 政 方 針 の 主 軸 は 「 ア メ リ カ 第 一 主 義 」 (America First ) お よ び 「 ア メ リ カ を 再 び 偉 大 に す る 」( Makes America Great Again)というものだった。これらの主張はすべて自国 本 位の考え方 に基づくも ので、経済 ・貿易分野 において保 護主義 的 な 姿勢を強く 打ち出して いる。外交 面について は、多くの 矛盾す る 主 張がないわ けではない が、基本的 には慎重な 行動を心が けなが ら も、世界の警察官の役割を降りるとの意思を示した。「アメリカ第一主義の外交政策」(America First Foreign Policy)には次の 4 つの重要
な要素が含まれる。第1 に、力による平和(peace through strength)
の原則、第 2 に、イスラム国(ISIS)を含むイスラム過激派テロ組 織の打破、第 3 に、軍事力の増強、第 4 に、アメリカの国益の最優 先──である1。しかし、これらの原則以外に、トランプ政権は戦後 の アメリカの 覇権国とし ての地位を どのように 見て、アジ ア戦略 の 全 体的な方向 性をどのよ うに位置づ けているの か、台頭す る中国 に ど う対処する のか、複雑 に絡み合っ た米中関係 にどのよう な方向 性 を 示し、問題 を解決して いくのか─ ─これらの 議題こそ、 トラン プ 大統領が就任して 1 年、その新しい外交政策を考える上で最も重要 な鍵と言える。2017 年 10 月から、トランプ大統領(Donald Trump) をはじめ、ティラーソン国務長官(Rex Tillerson)、マクマスター国 家安全保障問題担当大統領補佐官(H.R. McMaster)など、多くの国 家 安 全 保 障 会 議 の 高 官 が 「 イ ン ド 太 平 洋 地 域 」(Indo-Asia-Pacific region)という表現をしばしば口にするようになった。この表現は公 の 場で何度も 使われ、こ れまで長き に渡り米国 当局者の間 で使わ れ て きた「アジ ア太平洋地 域」に取っ て代わる新 たな流れと なった よ う だ。これに はインドを とり込む狙 いだけでは なく、言わ ずもが な 中国の台頭をけん制する意味もあると思われる。現在のところ、「イ ン ド太平洋地 域」の解釈 には、各界 の共通認識 が形成され ていな い も のの、アメ リカの「イ ンド太平洋 戦略」は徐 々に姿を現 しつつ あ り 、それはト ランプ大統 領の外交面 における最 も旗幟鮮明 な戦略 と 見なされている。本稿はトランプ政権のこの 1 年を振り返り、その 外 交とアジア 政策全体に ついて分析 を行いたい 。内容には トラン プ
1 The White House, “America First Foreign Policy,” https://www.whitehouse.gov/america-
大 統領の外交 観における 基本的な思 考回路、ト ランプ大統 領就任 当 初の対外政策の調整、「インド太平洋戦略」の醸成と評価、米中関係 の行方、北朝鮮問題の厳しい試練、および結論を含む。
二 トランプ大統領の外交観における基本的思考回路
トランプ政 権誕生以来 、世界中が アメリカの 一挙手一投 足を固 唾 を 呑んで見守 っており、 それはアジ ア太平洋諸 国も例外で はない 。 ト ランプ氏の 常識を覆す 政権運営は アメリカの 外交路線の 不確実 性 を 高め、各方 面で不安や 懸念の声が あがってい る。しかし 、問題 点 は アメリカが 依然として あのよく知 られたアメ リカである のか否 か に ある。今で はオバマ政 権が進めて きた「アジ ア太平洋へ のリバ ラ ン ス」政策は 、その勢い を弱めてい る。特に『 環太平洋パ ートナ ーシップ協定』(The Trans-Pacific Partnership, TPP)はあと一歩という
と ころで頓挫 し、未完成 を決定づけ た。しかし 、戦後、民 主党政 権 で あれ共和党 政権であれ 、ユーラシ ア地域に支 配的な力が 現れる の を 避けるのが 、常にアメ リカの政策 戦略の要で あった。故 に、ホ ワ イ トハウスの 一致した目 標は、アメ リカの世界 および地域 におけ る 覇 権国として の地位を維 持すること であり、ア メリカの指 導者な ら そ の手段や道 筋は違えど も、片時も 忘れること のない課題 である 。 し かし、トラ ンプ氏が掲 げる「アメ リカ第一主 義」は、こ れまで と は異なる独特のものであると思われる。仮にトランプ氏が掲げる「ア メ リカ第一主 義」が世界 の政治・経 済分野にお けるアメリ カの特 別 な 地位を重視 せず、すべ てを内向的 な思考と保 護主義の観 点から 判 断しているとすれば、それはもはやこれまでの「アメリカ第一主義」 で はない。ま た、もし本 当にそうで あるなら、 アメリカは 強大で は
あるものの、ただの平凡な大国にすぎなくなる2 。 それがトラ ンプ氏個人 の歴史観に 基いている にしろ、あ るいは イ デ オロギー、 あるいは独 特な世界観 に基づいて いるにしろ 、トラ ン プ 氏が率いる アメリカは 、今日の世 界政治の構 図と秩序を 再編、 分 裂分解させる潜在的な爆発力を持っている3。トランプ大統領の特色 は 、すべての ことは取り 引きができ ると考え、 また、すべ ての問 題 に は価格があ ると信じ、 さらには、 その対外思 考には強い 実用主 義 的 傾向が現れ ていること である。ア メリカの歴 代指導者た ちは国 益 を 重んじ、そ のイデオロ ギーに違い はあっても 、それぞれ の程度 に お いて、自由 市場、自由 貿易、民主 主義、自由 などの価値 観を高 く 掲 げることを 厭わなかっ た。しかし 、トランプ 氏は理念を ほとん ど 強調せず、利益について赤裸々に話すことを少しも厭わない4。しか も、アメリカの利益の定義と国際的な地位について「断裂的」で「断 片 的」な思考 回路を持っ ており、脱 文脈化、脱 歴史的背景 の傾向 に あ る。現状が どのように 進展してき たのか、そ の過程につ いては 関 心を持たない。 こ のよう な状 況にお いて は、米 ソ対 立を中 心と する東 西冷 戦の歴 史はもはや重要性を持たず、冷戦終結20 年余りの国際情勢の変遷も 容 易に消え去 ってしまう 。トランプ 氏のアメリ カのアメリ カたる 所 以 、およびア メリカが国 際関係にお いて担って いる傑出し た役割 に
2 Ian Bremmer, “Trump’s New World Order Puts Nation over Globe,” Time, January 23, 2017,
p. 17.
3 The Economist (Editor), America’s President: An Insurgent in the White House,” February 4,
2017, http://www.economist.com/news/leaders/21716026-donald-trump-rages-against-world- he-inherited-president-americas-allies-are-worriedand?fsrc=scn/fb/te/bl/ed/aninsurgentinthe whitehouse.
4 Ian Bremmer, “Trump’s New World Order Puts Nation over Globe,” Time, January 23, 2017,
対 する認識と 、戦後の大 多数の米国 指導者のそ れとは基本 的に大 き く 異なる。ト ランプ氏は 現在の視点 のみですべ てを評価す る傾向 に あ り、このロ ジックでい くと、既存 の国際秩序 と現状はす べて不 公 正かつ不合理であると解釈するだろう。アメリカが担っている世界を リードする重要な歴史的任務も必ずしも当然なこととは考えない5。 従来の常識 にとらわれ ないトラン プ氏は、こ れまでの政 治エリ ー ト や官僚は歴 史や惰性に 縛られやす く、画期的 な考え方や 創造的 な ア プローチが できないと 見なしてい る。そして 、あらゆる アメリ カ に と っ て 不 公 平 な 現 状 を す べ て 変 え な け れ ば な ら ず 、「 古 い も の を 捨 て新しいも のを打ち建 てる」必要 があると考 えている。 それを 表 している出来事が、2017 年 1 月 20 日に行われたトランプ大統領の就 任 演説である 。トランプ 氏の就任演 説は短く、 かつ平易な 言葉と 論 理で語られた。多くの支持者の支持と信頼を受け、「撥乱反正」を成 就させ、選挙公約を実現しなければならないと信じていた6。トラン プ 氏にとって 、今のアメ リカの対外 戦略は、ど の角度から 見ても 改 善 の余地が存 在する。そ して、その 改善はアメ リカ国内の ニーズ か ら 評価しなけ ればならず 、それ故、 政策の背後 にあるコス トやそ の 効 果と利益を 見直す必要 があると考 えている。 例えば、ア メリカ は 欧州の同盟国と共に、ロシアに対する制裁や防衛にこだわるべきか、 シ リアのアサ ド政権を倒 すほうが、 イスラム過 激派テロ組 織の脅 威
5 David Von Drehle, “Trump’ American Vision,” Time, January 30, 2017, pp. 12-13.
6 トランプ大統領の就任演説では外交と安全保障に関する内容は限られていた。アメ
リカの軍事力増強、国境の防守、米国の貿易と雇用の機会を取り戻すことを強調し たほかは、従来の同盟関係を強化するとともに、新しい同盟を構築し、過激なイス ラム主義テロリズムに対して文明諸国を 1 つにまとめることを特に強調した。U.S. White House, “The Inaugural Address”January 20, 2017, https://www.whitehouse.gov/ inaugural-address; Joe Klein, “The Ideological Challenge at the Core pf Donald Trump’s Radical Presidency,” Time, February 8, 2017, p. 12.
に 共同で立ち 向かうより 重要ではな いか、アメ リカはウク ライナ ・ ク リミア半島 をめぐる問 題でロシア ともつれて いるが、そ れは必 要 で賢明な行動なのか──などである。 さ ら に 、 過 去 70 年 余 り に わ た り 、「 パ ク ス ア メ リ カ ー ナ 」( Pax Americana)の下運用されているアメリカ主導の国際システムや制度 は 、アメリカ にとって負 担が大きす ぎるのでは ないか、ホ ワイト ハ ウ スのエリー トたちは、 同盟国、友 好国や潜在 的な相手が 「フリ ー ラ イダー」で あり、自身 の義務を度 外視してい ることを放 任する の か ──といっ たことも、 トランプ氏 の目から見 れば、真剣 に検討 さ れるべきで問題である。選挙期間中、トランプ氏は 2 つの批判を展 開してきた。1 つ目は、アジア太平洋同盟国に対する批判である。日 本と 韓国に対し てはアメリ カから不当 に利益を得 ていると非 難した 。 国 防と安全保 障において 、日本や韓 国は長い間 アメリカと の同盟 で 手 厚い保護を 受けてきた が、もう何 もかもアメ リカに頼っ てはな ら ず、防衛のためのより大きな責任を負うべきだと強調した。さらに、 日 本と韓国も 核武装を検 討すべきで 、アメリカ の核の傘に 依存す る 必要はないと驚きの発言をした7。2 つ目の批判の矛先はアメリカ主 導の多国間同盟システムに向けられた。しかし、同じ論理に従うと、 北大西洋条約機構(NATO)がトランプ氏の標的になったのも驚くべ きことではない8。北米と西ヨーロッパを結ぶいわゆる大西洋同盟か ら 指標的意義 を持つ欧州 の統合プロ セスまで、 トランプ氏 にとっ て は必ずしも当然のことではなく、単なる歴史の中の 1 ページで、特
7 Melissa Chan, “Here's What Donald Trump Has Said about Nuclear Weapons,” Time, August
3, 2016, http://time.com/4437089/donald-trump-nuclear-weapons-nukes/.
8 David E. Sanger and Maggie Haberman, “Donald Trump Sets Conditions for Defending
NATO Allies against Attack,” The New York Times, July 20, 2016, https://www.nytimes. com/2016/07/21/us/politics/donald-trump-issues.html.
に重要性をもたない。NATO を時代遅れと批判するトランプ氏の基 準に従えば、欧州連合(EU)から国連(UN)まで、すべて前世紀か ら 残っている 国際政治の 生きた化石 であり、こ れらのメカ ニズム は すべて終わるべきということである。 トランプ氏にとってのアジア地域の構図は、上述した同盟システ ム の他に、米 中関係にど う対処する かも避けて は通れない 重要な 課 題 である。選 挙期間中の トランプ陣 営の米中関 係に関する 発言は 、 中 国がアメリ カ市民の雇 用を奪って いる、知的 財産権を侵 害して い る 、人民元の 為替操作を 行っている 、日に日に 拡大する米 中間の 貿 易 不均衡を傍 観している ──など、 そのほとん どが経済活 動や貿 易 か ら得る利益 に着目した 内容であっ た。故に、 トランプ氏 は中国 か ら の輸入品に 対して懲罰 的な関税を 課すことを 繰り返し述 べたが 、 そ の他のこと に触れるこ とは少なか った。時折 、南シナ海 での強 硬 姿 勢を批判し たり、朝鮮 半島問題に ついて、中 国は十分な 影響力 を 発揮しておらず、積極的に抑制していないと質す程度にどどまった。 し かし、中国 の台頭にど う対応する のか。複雑 な米中の競 合関係 に ど のような方 向性を示し 、問題を解 決するのか 。これこそ が核心 的 課題である。 新 たな大 国関 係にお いて 、米ロ 関係 の動向 は注 目に値 する 。トラ ン プ大統領は 時にロシア の動きを批 判するもの の、プーチ ン大統 領 へ の好意も隠 さない。故 に、トラン プ政権が対 外政策にお いて行 い 得る調整は、1970 年代の中国との反ソ国際統一戦線の形成による協 力 体制の再現 である。た だし、今回 はロシアと 協力して、 中国を け ん 制する狙い である。ト ランプ政権 の国家安全 保障会議の メンバ ー と 外交チーム は、ロシア に対して異 なる意見を 持っている 。ロシ ア 大 使 と の 接 触 に よ り 辞 職 を 余 儀 な く さ れ た マ イ ケ ル ・ フ リ ン (Michael Flynn)氏や、米石油大手エクソン・モービル前会長で国
務 長官に就任 したレック ス・ティラ ーソン氏は ともに、ロ シアと 縁 が あり関係が 深いことか ら、ロシア 当局に対し て比較的理 解があ り 友好的である。また、ロシアのプーチン(Vladimir Putin)大統領は、 ト ランプ氏が 大統領に当 選するとす ぐさま祝意 を伝え、米 ロ関係 改 善に自発的に意欲を示した9。しかしながら、ロシアとの対中協力関 係 が上手く機 能する保証 は、今のと ころない。 ロシアには ロシア の 計 算や利益に 対する考え があり、そ れがアメリ アと完全に 一致す る な どというこ とはないか らだ。さら に、米ロ関 係には構造 的な矛 盾 も存在し、それを克服するのは難しい。 上述したよ うに、戦後 の同盟シス テムは、覇 権国である アメリ カ との繋がりであり、アメリカは二国間同盟を構築し運営することで、 そ の指導的地 位と国益を 確保してき た。故に、 理論上、ト ランプ 氏 は それを投げ 捨てること はない。な ぜなら、そ れは自滅行 為にほ か な らないから だ。トラン プ氏が同盟 国を激しく 批判する背 景には 、 こ れらの国に 対しより大 きな防衛責 任の分担を 迫る狙いが あるの か も しれない。 しかし、ア ジア太平洋 地域に目を 向けると、 日本、 韓 国 、それにオ ーストラリ アに至るま で、アメリ カの新政権 の一挙 手 一 投足、およ び外部へ放 たれるいか なるシグナ ルに、細心 の注意 を 払 っている。 ホワイトハ ウスが長年 の安全保障 関係を見直 し、ア ジ ア 太平洋地域 におけるプ レゼンスが 当然ではな くなり、ア メリカ の 影 響力が最終 的にはこの 地域から消 え去ってい くことを懸 念して い る のだ。また 、欧州を見 渡すと、ア メリカの伝 統的同盟国 から新 し い 友好国まで 、戦々恐々 としていな いものはな い。欧州各 国はト ラ ンプ大統領のイギリスEU 離脱への支持や、EU のさらなる分裂を招
9 Ian Bremmer, “Trump’s New World Order Puts Nation over Globe,” Time, January 23, 2017,
くような激しい主張に懸念を抱いているだけではなく、NATO 不要 論 が最後には 現実になる のではない かと危機感 を感じてい る。ア ジ ア 太平洋地域 からヨーロ ッパに至る まで、アメ リカの同盟 国はト ラ ン プ政権下の アメリカは 力不足で、 世界をリー ドする気が ないの で は ないかと心 配し、アメ リカからの 戦略的再保 証の機会を うかが っ ている。 ト ランプ 大統 領就任 後ま もなく 、マ ティス 国防 長官が 日韓 を訪問 し 、日米同盟 および米韓 同盟を重視 していると いう明確な メッセ ー ジ を発信する など、政府 高官の実際 の行動によ り同盟国へ のコミ ッ ト メントが変 わらないこ とが示され た。しかし 、日本メデ ィアは 、 こ れにより将 来的に日本 が支払わな ければなら ない可能性 のある 高 い代償を懸念した。2017 年 2 月の中ごろ、マティス氏はブリュッセ ルの NATO 本部で開かれた国防相会議に出席した際、トランプ政権 が NATO を支持する立場を表明したしたものの、多くの加盟国に対 し 防衛費の負 担が低すぎ ると厳しく 警告するこ とも忘れな かった 。 また、加盟国が現状を変えようとしないなら、NATO 諸国との関係 を再検討するとも脅した10。
三 トランプ大統領就任当初の政策調整
オバマ政権期の対アジア政策は、「アジア太平洋へのリバランス」 が その中枢で あり、アジ ア太平洋諸 国を効果的 にまとめ上 げ、調 整 し 、リードす ることによ り、長年の 同盟国や新 しいパート ナーの 支 持を得ようとしていた。同時に中国台頭の脅威にも効果的に対応し、10 Dan Lamothe and Michael Birnbaum, “Defense Secretary Mattis Issues New Ultimatum to
NATO Allies on Defense Spending,” The Washington Post, February 15 2017, https://www.washingtonpost.com/news/checkpoint/wp/2017/02/15/mattis-trumps-defense-se cretary-issues-ultimatum-to-nato-allies-on-defense-spending/?utm_term=.21b7190016c2.
米 中間の隔た りを適切に 処理し、米 中関係の安 定の維持に 時間を か けた。また、重要な多国間の地域協力メカニズムに深く広く参加し、 政 治、外交、 安全保障、 経済・貿易 など、多元 的なルート を通じ て 国 益を守り、 戦後のアジ ア太平洋地 域の主導的 地位を強固 なもの に してきた。 しかし、オ バマ政権が 最重要視し ていた『環 太平洋パー トナー シ ッ プ協定』は 予想外の困 難に直面し た。アメリ カは当初、 地域協 力 枠 組みの模範 となるよう な高いレベ ルの自由貿 易メカニズ ムを構 築 す ることで、 アメリカの 経済・貿易 競争力を回 復させ、地 域の重 要 な パートナー を率いて団 結しようと していた。 しかし、ト ランプ 氏 は 選挙期間中 から『環太 平洋パート ナーシップ 協定』を繰 り返し 批 判 した。同協 定はアメリ カ経済に大 きな打撃を 与え、製造 業は国 外 へ 移転し、労 働者の雇用 機会を奪う と述べ、大 統領に当選 したら 、 既 存の多国間 の地域統合 路線ではな く、二国間 で貿易協定 の交渉 を 行 うと約束し た。その発 言どおり、 トランプ大 統領が就任 後、初 め て 署 名 ・ 発 表 し た 大 統 領 覚 書 に は 、『 環 太 平 洋 パ ー ト ナ ー シ ッ プ 協 定』からの離脱が含まれていた11。 上 述した よう に、選 挙期 間中、 日本 や韓国 とい ったア ジア 太平洋 地 域の重要な 同盟国は、 たびたびト ランプ氏の 関係見直し の標的 に な った。その ため、トラ ンプ氏が勝 利した後、 常にアメリ カに追 従 して行動してきた日本は、大慌てで戦略的再保証を求めにかかった。 外 交と安全保 障でアメリ カと日米同 盟に頼り切 っている安 倍晋三 首 相が、ペルーで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳
11 Jonathan Soble, “After Trump Rejects Pacific Trade Deal, Japan Fears Repeat of 1980s,” The
New York Times, January 25, 2017, https://www.nytimes.com/2017/01/25/business/trump-
会議に出席する直前の2016 年 11 月 17 日に、わざわざニューヨーク に 立ち寄り、 大統領就任 前のトラン プ氏と会談 した主たる 理由は 、 こ れである。 日中関係が ぎくしゃく する中、安 倍首相はア メリカ と は 安定した関 係を築きた いと考えて いる。そし て、トラン プ政権 下 の アメリカが 目先の利益 だけを追求 し、軽々し くアジア太 平洋地 域 か ら手を引く と述べ、戦 略縮小の方 向へと突き 進むことが ないよ う に 、またアメ リカが何十 年間も運用 してきた同 盟システム をすっ か り 変更し、予 期せぬ変化 が起きぬよ うに、さら に、尖閣諸 島の領 有 権 をめぐる問 題について 、引き続き アメリカの 承認と強い 支持が 得 られることを願っている。 2017 年 2 月初め、マティス国防長官(James Mattis)は、就任後初 の 歴訪地とし て、日本と 韓国を訪問 した。東ア ジアにおい て最も 重 要 な同盟国で ある日本と 韓国を最初 の訪問地に 選んだのは 、長年 の 友 人の懸念を 和らげる狙 いがあった と思われる 。周知の通 り、マ テ ィス氏は2 月 3 日に東京で安倍首相と会談した際、トランプ政権が オ バマ前政権 の方針を引 き継ぎ、尖 閣諸島が日 米安全保障 条約 第 5 条に基づく米国の対日防衛義務の適用対象だと明言した12。韓国を訪 問 した際には 、金正恩委 員長の挑発 的な行動に 言及し、米 韓は外 国 の 侵略と圧迫 に対して手 を取り合っ て抵抗して きたと、過 去の輝 か し い歴史とし て強調した 。また、高 高度迎撃ミ サイルシス テム、 サ ード(THAAD)の韓国配備を積極的に推進し、北朝鮮の挑発行為に 対して米韓で協力して対応する決意を示した13。2 月 10 日、安倍首 相 とトランプ 大統領は、 トランプ大 統領就任後 初の首脳会 談をホ ワ
12 Michael R. Gordon and Choe Sang-Hun, “Jim Mattis Seeks to Soothe Tensions in Japan and
South Korea,” The New York Times, February 5, 2017, https://www.nytimes.com/2017/ 02/05/us/politics/jim-mattis-south-korea-japan.html.
イ トハウスで 行った。安 倍首相の訪 米の目的は 、アメリカ の支持 お よ び日米同盟 の揺るぎな い絆を確認 することに ほかならな かった 。 共 同声明で日 米両国は、 東シナ海な ど、地域の 平和と安定 を確保 す る ための協力 を引き続き 深め、威嚇 、強制又は 力によって 海洋に 関 す る権利を主 張しようと するいかな る試みにも 反対し、拠 点の軍 事 化 を含め、南 シナ海にお ける緊張を 高め得る行 動を排除す ると強 調 した14。同共同声明の鍵は、両首脳が日米安全保障条約第5 条が尖閣 諸 島に適用さ れ、同諸島 に対する日 本の施政を 損なおうと するい か なる一方的な行動にも反対することを再確認したことである15。会談 後 の記者会見 でトランプ 大統領は、 日本の重要 性を確認す る形で 、 日 米同盟が地 域の平和と 安全を確保 する礎であ ると再び言 明し、 今 後 も両国が防 衛力の強化 および防衛 関係費の増 額を行って いくと と も に、航行の 自由の確保 や、北朝鮮 のミサイル 実験や核実 験の脅 威 に 対する効果 的な対応な ど、日米共 通の利益を 促進してい くと表 明 し た。また、 貿易を自由 で公正なも のにし、日 米両国が恩 恵を受 け るようにしたいと述べた16。安倍首相の記者会見での発言は、トラン プ 大統領のも のをほぼな ぞった形で 、北朝鮮の 挑発行為に 対して 日 米 がさらに緊 密に連携し て対応して いくこと、 航行の自由 を含め 、 国 際法と国際 慣習に従っ て行動する こと、日米 経済・貿易 関係を 強 化することなどを述べた17。しかし、アメリカのメディアからトラン
14 U.S. White House, “Joint Statement from President Donald J. Trump and Prime Minister
Shinzo Abe,” February 10, 2017, https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/02/ 10/joint-statement-president-donald-j-trump-and-prime-minister-shinzo-abe.
15 同上。
16 U.S. White House, “Remarks by President Trump and Prime Minister Abe of Japan in Joint
Press Conference,” February 10, 2017, https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/ 02/10/remarks-president-trump-and-prime-minister-abe-japan-joint-press.
プ 大統領の『 環太平洋パ ートナーシ ップ協定』 からの離脱 という 判 断 は間違いだ と思うかと 尋ねられた 際、安倍首 相はこの敏 感な問 題 に 対して明確 な答えを避 け、麻生太 郎副総理と ペンス副大 統領が 日 米 の新たな対 話メカニズ ムを設立し 、二国間貿 易や投資な どにつ い て 話し合うと 述べるにと どまった。 また、トラ ンプ政権の 離脱の 決 定 に対して一 定の理解を 示した上で 、同協定は アジア太平 洋地域 に 自 由貿易圏を 構築すると ともに、自 由かつ公正 な高いレベ ルの模 範 的 な枠組みを 作り出すと いう目的が あるとも強 調した。安 倍首相 は 『 環太平洋パ ートナーシ ップ協定』 の重要性は 首尾一貫し ている と 信 じており、 今後も日本 が同協定を リードして いくことを 望んで い ることが伺える18。 日 米首脳 会談 の最初 の成 果とし ては 、安倍 首相 は期待 して いた目 的 を達成し、 戦略的再保 証の獲得に も成功した と言える。 また、 朝 鮮 半島情勢の 継続的な混 乱は、日米 同盟をます ます強固に する土 台 となっている。複数の弾道ミサイル発射実験や6 回目の核実験など、 金正恩委員長の2017 年以降の一連の挑発行為は、トランプ政権発足 当 初に日米関 係に波乱を 巻き起こし かねなかっ た不利な要 因を取 り 除く要素となった。トランプ大統領は 2017 年 11 月の歴史的なアジ ア歴訪で、最初に日本を訪れた。11 月 6 日の首脳会談の後で行われ た 共同記者会 見では、ト ランプ大統 領、安倍首 相ともに「 インド 太 平 洋」という 言葉を使っ た。また、 半世紀を超 える日米の 友好関 係 に 言及し、日 米同盟の外 交、安全保 障および経 済・貿易分 野にお け る 重要な意義 、とりわけ 地域の平和 と安定の維 持に対する 貢献、 そ の 中でも特に 北朝鮮の暴 走を止める 上で果たし ている重要 な役割 を
18 同上。
確認した19。このことから、トランプ大統領は日本に対して既に相当 程度の戦略的保証を与えていることがわかる。 選挙期間中 からこれま で、米中関 係の発展の 行方は、ト ランプ 氏 本人 の発言とト ランプ氏が 信頼する側 近や政策立 案者の考え 方から 、 そ の見通しは 否定的な印 象を持たれ 、二国間の 交流の不確 実性が 次 第 に高まって いくと推測 されている 。その中で 最も焦点と なって い るのは、非常に敏感な問題である一つの中国の主張である。2016 年 12 月 3 日、トランプ氏はまだ次期大統領という身分だったにもかか わ らず、台湾 の蔡英文総 統と電話会 談を行い、 国際社会か ら大き な 注目を浴びるとともに、中国の反発を招いた20。12 月 11 日の米『フ
ォックス・ニュース』(Fox News Sunday)のインタビューでは、中
国 の為替操作 や南シナ海 問題で中国 当局を引き 続き批判し たほか 、 一 つの中国政 策について は完全に理 解している が、貿易な どの重 要 項 目で中国と 合意できな いなら、な ぜ一つの中 国に縛られ なけれ ば ならないのか分からない、との考えを示した21。12 月 12 日、中国外 務 省は、楊潔 篪・国務委員がラテンアメリカへ向かう途中にニュー ヨ ークを訪問 し、フリン 次期大統領 補佐官を含 めトランプ 政権の 複 数 の国家安全 保障担当顧 問と面会し 、米中両国 の共通の懸 案事項 に
19 U.S. White House, “Remarks by President Trump and Prime Minister Abe of Japan in Joint
Press Conference/Tokyo, Japan,” November 6, 2017, https://www.whitehouse.gov/the-press- office/2017/02/10/remarks-president-trump-and-prime-minister-abe-japan-joint-press.
20 Mark Landler and David E. Sanger, “Trump Speaks with Taiwan’s Leader, an Affront to
China,” The New York Times, December 2, 2016, https://www.nytimes.com/2016/ 12/02/us/politics/trump-speaks-with-taiwans-leader-a-possible-affront-to-china.html.
21 Caren Bohan and David Brunnstrom, “Trump Says U.S. Not Necessarily Bound by 'One
China' Policy,” Reuters, December 12, 2016, http://www.reuters.com/article/us-usa-trump- china-idUSKBN1400TY.
ついて意見交換を行ったことを明らかにした22。南シナ海で起こった、
中国海軍の艦船による米海軍無人潜水機「奪取」騒動直後の12 月 19
日 、トランプ 新政権の大 統領首席補 佐官に内定 していたラ インス ・
プリーバス氏(Reince Priebus)が『フォックス・ニュース』(Fox News
Sunday)の番組で、トランプ氏は現大統領のオバマ氏に敬意を払っ て い る と 釈 明 し 、「 わ れ わ れ は 一 つ の 中 国 政 策 を 今 す ぐ に 見 直 す べ
きと提案しているわけではない」と語った23。トランプ氏は 2017 年
1 月 13 日、米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(The Wall Street Journal)のインタビューで、「一つの中国政策も含めて全てが協議の 対象となる」と見直しを示唆した24。また、いわゆる一つの中国政策 は アメリカの 選択肢の一 つに過ぎず 、将来アメ リカが必ず しもそ の 政治的コミットメントを守るとは限らないとも指摘した25。この発言 は 国際社会の 大きな注目 を集め、中 国は激しく 非難した。 中国は 、 一 つの中国原 則の維持を 米中関係の 重要な政治 的基礎と位 置づけ て お り、交渉の 余地は全く ないと強調 し、トラン プ陣営に「 台湾海 峡 問題をしっかり認識し、適切に対応するよう呼びかけた26。 トランプ氏の大統領就任前の1 月 15 日、プリーバス次期大統領首
22 林庭瑤「北京派楊潔篪赴紐約 會川普國安幕僚」『聯合新聞網』2016 年 12 月 13 日、 https://udn.com/news/story/4/2165885。
23 Fox News Sunday, “Reince Priebus on war of words with White House over Russia,”
December 16, 2016, http://www.foxnews.com/transcript/2016/12/18/reince-priebus-on-war- words-with-white-house-over-russia/.
24 Peter Nicolas, Paul Beckett, and Gerald E. Seib, “Trump Open to Shift on Russia Sanctions,
‘One China’ Policy,” The Wall Street Journal, January 13, 2017, https://www.wsj.com/ articles/donald-trump-sets-a-bar-for-russia-and-china-1484360380.
25 同上。
26 中華人民共和國外交部「外交部發言人陸慷答記者問」2017 年 1 月 14 日、http://www.
席 補 佐 官 は 『 ア メ リ カ ン ・ ブ ロ ー ド キ ャ ス テ ィ ン グ ・ カ ン パ ニ ー 』 (ABC)の番組で、トランプ氏とティラーソン国務長官の発言には 矛 盾がないと 、完全かつ 明確なメッ セージを伝 えた。プリ ーバス 氏 は 、中国がア メリカが関 心を向けて いる問題に 関して協議 する意 思 が あるなら、 トランプ陣 営は従来の 一つの中国 政策を否定 するつ も り はないし、 現状を変え るつもりも ないが、貿 易や南シナ 海問題 な ど でアメリカ と協議し協 力する意思 がないのな ら、話は別 だと強 調 した27。プリーバス氏の話から、トランプ陣営がアメリカ政府の一つ の 中国政策は 米中間の議 論の対象と なり、交渉 のテーブル にあげ る こ とができる 、つまり当 然でも不変 でもないと 考えている ことが 分 か る。プリー バス氏はさ らに、大統 領選挙で多 くの米国企 業や市 民 が トランプ氏 を選んだの は、彼らが トランプ氏 が米中関係 を正し い 道 へ導くこと を望んでい るからであ り、これも トランプ氏 の選挙 公 約遂行の 1 つであるとも述べた28。2017 年 2 月から米中関係は安定 の兆しが見え始めた。2 月 8 日、国家安全保障問題担当大統領補佐官 のマイケル・フリン氏(Michael Flynn)と大統領副補佐官のキャス リーン・マクファーランド氏(K.T. McFarland)が、トランプ本人か ら 習近平国家 主席宛の中 国の元宵節 を祝う書簡 を、崔天凱 駐米大 使 に 手渡し、米 中両国に利 する建設的 な二国間関 係を共に築 いてい き たいとのメッセージを送った29。その翌日の 2 月 9 日、ホワイトハウ
27 ABC News, “‘This Week’ Transcript 1-15-17: Reince Priebus, Sen. Bernie Sanders, and Rep.
Jason Chaffetz,” January 15, 2017, http://abcnews.go.com/Politics/week-transcript-15-17- reince-priebus-sen-bernie/story?id=44778012.
28 同上。
29 Ben Blanchard and Eric Walsh, “Trump Breaks Ice with China's Xi in Letter Seeking
'Constructive' Ties,” Reuters, February 9, 2017, http://www.reuters.com/article/us-usa- trump-china-idUSKBN15O06E.
スは トランプ大 統領が習近 平国家主席 と電話会談 をしたと発 表した 。 ホ ワイトハウ スの発表に よると、会 談ではさま ざまな議題 が話し 合 われたが、最も注目されていた一つの中国について、「トランプ大統 領 は習主席の 求めに応じ 、我々(ア メリカ)の 一つの中国 政策を 尊 重する(honor)ことに同意した」30。トランプ大統領は2017 年 4 月 6、7 日、フロリダ州パームビーチの別荘で、中国の習近平国家主席 と 非公式の会 談を行った 。米中両首 脳が直接顔 を合わせる のは、 ト ラ ンプ氏の就 任後これが 初めてで、 極めて重要 な意義を持 った。 会 談 で両首脳は 、外交・安 全保障対話 、包括的経 済対話、法 執行・ サ イバーセキュリティー対話、社会・文化対話の 4 つの閣僚級対話枠 組みの設置を決めた。このほか、トランプ氏が2017 年内に中国を公 式訪問することを決めた31。
四 「インド太平洋戦略」の醸成
1 「インド太平洋地域」の形成と内包 2017 年 10 月からアメリカの国家安全保障会議や国務省の高官は、 い わゆる「イ ンド太平洋 地域」とい うビジョン と概念を相 次いで 口 に するように なり、国際 社会の高い 関心を集め た。ティラ ーソン 国 務長官は10 月 18 日、10 月末のインドとパキスタンを中心とする南 アジア歴訪を前に、米戦略国際問題研究所(CSIS)で、「次の世紀に向 け た 米 国 の 印 度 と の 関 係 」(Defining Our Relationship With India for the Next Century)というテーマで、米印の戦略的関係の強化に関
30 U.S. White House, “Readout of the President’s Call with President Xi Jinping of China,”
February 9, 2017, https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2017/02/09/readout- presidents-call-president-xi-jinping-china.
31 張加・林庭瑤「美中架構全面對話機制」『聯合新聞網』2017 年 4 月 9 日、https://
する重要政策について講演を行った。その中でティラーソン氏は「イ ンド太平洋地域」という言葉を 10 回以上使用し、「インド洋全域、 西太平洋そしてそれらの地域諸国を含むインド太平洋地域は、21 世 紀 の 世 界 に お い て 最 も 重 要 な 地 域 に な ろ う 」 と 初 め て 言 明 し た32。 「 世界の戦略 的重心は既 に同地域に シフトして いる」と強 調し、 安 全 、安定、繁 栄の確保を 前提とした 「自由で開 かれたイン ド太平 洋 地域」の実現を米印両国で共に目指していくと宣言した33。また、南 シ ナ海での挑 発的なふる まいなど、 中国当局の ここ数年の いくつ か の 対外行為に 対して、規 範に基づく 既存の国際 秩序を損な うと名 指 しで批判した34。ティラーソン氏の講演から、トランプ政権が米印関 係を重要視しており、「インド太平洋地域」の基本的な含意を明らか に したことに 加えて、そ の行間から はターゲッ トの存在( 中国の 台 頭)があることもはっきり読み取れる。 トランプ大統領の初のアジア歴訪を前にした 2017 年 11 月 2 日、 マ クマスター 大統領補佐 官が記者会 見で再び「 インド太平 洋地域 」 と いう言葉を 使用した。 彼の発言を 確認してみ ると、数回 にわた っ て 使用されて おり、これ までアメリ カが一貫し て使用して きた「 ア ジ ア太平洋地 域」という 言い方から 意図的にシ フトしたよ うにみ え る 。例えば、 発言の冒頭 、トランプ 大統領のア ジア歴訪の 目的に つ い て、アメリ カの「イン ド太平洋」 に対する公 約の実証、 つまり 同 盟 強化と新た なパートナ ーシップの 促進である と説明した 。マク マ ス ター氏はさ らに、大統 領は就任後 、インド太 平洋の指導 者たち と
32 Rex W. Tillerson, “Remarks on ‘Defining Our Relationship with India for the Next Century,”
Speech delivered at Center for Strategic & International Studies, Washington, DC, October 18, 2017, https://www.state.gov/secretary/remarks/2017/10/274913.htm.
33 同上。 34 同上。
43 回、電話会談を行ったと述べ、今回の歴訪でも「インド太平洋」 地 域のさまざ まな国の指 導者と会い 、重要かつ 差し迫った 地域の 問 題について協議すると強調した35。 トランプ大統領の 2017 年 11 月のアジア歴訪から、その政策にお ける3 つの重点が浮かび上がってくる。第 1 に、朝鮮半島の非核化 の 実現である 。トランプ 政権はアメ リカは域内 各国と協力 、調整 を 行い、とりわけ北朝鮮への影響力が最も強い中国の力を借りながら、 さ まざまな政 治的、経済 的手段を組 み合わせて 、北朝鮮の 孤立化 を 図 り圧力をか け続け、北 朝鮮に完全 かつ検証可 能な形で核 放棄さ せ ることができると強調している。また、安全保障面で、韓国や日本、 そ の他の重要 な同盟国に 対して、強 力な軍事防 衛の決意を 示すと 約 束した36。第 2 に、「自由で開かれたインド太平洋」の建設である。 その核心概念には、各国は航行の自由、上空通過の自由、法の支配、 主 権を尊重し 、武力や威 嚇に反対し 、市場開放 と民間企業 を通じ 、 域 内各国の独 立自主や自 由な繁栄を 促進しなけ ればならな いこと が
35 同上。
36 U.S. Whitehouse, “Press Briefing by Press Secretary Sarah Sanders and National Security
Advisor H.R. McMaster,” November 2, 2017, https://www.whitehouse.gov/briefings- statements/press-briefing-press-secretary-sarah-sanders-110217/; U.S. Whitehouse, “Remarks by President Trump on His Trip to Asia,” November 15, 2017, https://www.whitehouse. gov/briefings-statements/remarks-president-trump-trip-asia/; U.S. White House, “Remarks by President Trump at APEC CEO Summit/Da Nang, Vietnam,” November 10, 2017, https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-apec-ceo-summit -da-nang-vietnam/; U.S. White House, “Remarks by President Trump in Press Gaggle after 12th East Asia Summit/Manila, Philippines,” November 14, 2017, https://www.whitehouse.
gov/briefings-statements/remarks-president-trump-press-gaggle-12th-east-asia-summit-manil a-philippines/; U.S. White House, “Remarks by President Trump at the 5th U.S.-ASEAN
Summit,” November 13, 2017, https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks- president-trump-5th-u-s-asean-summit/.
含まれている37。第 3 に、公正でウィンウィンの貿易・経済交流の実 践 である。ア メリカはイ ンド太平洋 各国と協力 し、自国の 産業に 不 公 正な補助金 を与えるす べての国の 政府に反対 し、外国企 業に対 す る 差別的扱い や外資規制 を敷こうと する政府に 対しやめる よう促 す と 強調してい る。そして 、不当かつ 持続不可能 な国家間の 貿易赤 字 を 積極的に減 らさなけれ ば、アメリ カ自身およ び域内各国 の繁栄 と 人々の幸せは促進できないと主張した38。 ティラーソン国務長官は2017 年 12 月 12 日、ワシントンの DC で
開催された大西洋評議会(The Atlantic Council)・韓国国際交流財団
(Korea Foundation)フォーラムで、「これまで、そして今後の外交
政 策 課 題 」(On Meeting the Foreign Policy Challenges of 2017 and Beyond)について講演し、アメリカの現在および将来の外交的課題 と 対応に対す る外部の理 解には、一 定の参考価 値があると 述べた 。 彼は、北朝鮮、アフガニスタン、シリアなどの地域問題、NATO の 役 割、ヨーロ ッパ情勢、 そして国際 テロの脅威 などついて 、1 つ 1 つ 詳しく述べ たものの、 演説全体と しては予想 されていた 通り朝 鮮 半島情勢とアメリカの対応策に焦点が当てられた39。トランプ大統領 の基調と同じく、オバマ前政権期の「戦略的忍耐」(strategic patience) 政 策は失敗だ ったとし、 トランプ政 権では同じ 過ちを繰り 返さな い と の考えを示 した。また 、アメリカ は志と信念 を同じくす る同盟 国 や パートナー と、各国独 自の制裁手 段、国連安 全保障理事 会の厳 し い 制裁決議、 外交圧力を 通して北朝 鮮をさらに 孤立させる ことを 再
37 同上。 38 同上。
39 Rex W. Tillerson, “On Meeting the Foreign Policy Challenges of 2017 and Beyond,” Speech
delivered at the 2017 Atlantic Council-Korea Foundation Forum, Washington, DC, December 12, 2017, https://www.state.gov/secretary/remarks/2017/12/276570.htm.
確 認した。ト ランプ政権 発足後、米 中交流にお ける再優先 事項は 、 最も重要な目標の1 つであった 2017 年 2 月のティラーソン自身の中 国 訪問を含め 、米中が北 朝鮮問題( 核開発と弾 道ミサイル 計画) に おいて一致団結した立場をとることであるとも強調した40。今後の米 中 関係の方向 性について は、中国は すでに世界 トップクラ スの経 済 大 国へと成長 を遂げてい ることや、 一つの中国 政策と三つ の米中 コ ミ ュニケの強 固な基盤を 強調した。 また、トラ ンプ大統領 と習近 平 国家主席が2017 年 4 月にフロリダ州パームビーチの別荘で非公式の 首脳会談を行った際に設置を決めた 4 つの閣僚級対話枠組みが正式 に始動したことを挙げ、双方は今後50 年の米中関係の位置づけをい か に模索し、 両国関係の 未来像をい かに描き出 すかに着目 し、共 に 努 力していく と表明した 。演説で「 インド太平 洋」につい て触れ た 箇 所は比較的 少なかった 。最も重要 だったのは 、中国が一 帯一路 構 想 を進めてい ることにつ いて、その 動機は生産 過剰などの 経済問 題 を 解決するた めだという ことを、ア メリカも全 世界も理解 してい る 述べたところである41。ただ、ティラーソン氏は、アメリカが「イン ド 太平洋戦略 」を打ち出 した目的に ついて、域 内の自由で 開かれ た 貿 易関係を確 保・促進し 、各国が経 済発展の機 会を持続的 に得ら れ る ことであり 、これには いかなる国 の制限も受 けず、いか なる妨 害 も 受けないと 付け加える ことも忘れ なかった。 中国の南シ ナ海に お ける人工島の建設や軍事拠点化の動きについては、「インド太平洋」 の 自由と開放 性に影響を 与えかねな いとして高 い関心を示 した。 そ し て、アメリ カ、日本、 オーストラ リアの三国 間協力の長 期的な 既 存 の枠組みに とって、国 の総合力が 上がり続け ているイン ドの国 際
40 同上。 41 同上。
的 地位はます ます重要に なることか ら、米印関 係を強化し 、いわ ゆ
る四カ国戦略対話(quad relationship)を促進すると強調した42。
2017 年 12 月 18 日、ホワイトハウスはトランプ大統領就任後初め
ての『国家安全保障戦略』(National Security Strategy, NSS)を発表し、
ト ランプ大統 領自ら演説 を行った。 戦略の冒頭 で中国とロ シアを ア メリカの競争相手と明確に位置付け、「アメリカのパワー、国益、影
響力に挑戦し、アメリカの安全と繁栄を脅かそうとしている」43と警
戒を示した。「米国第一」主義に基づく同戦略では、第5 章〈地域戦
略〉(Strategy in A Regional Context)の第 1 節に約 3 ページにわたっ
て 、トランプ 政権の「イ ンド太平洋 」戦略が集 中している 。アメ リ カ が「インド 太平洋」に おいて同盟 国や友好国 との協力を 通じて 、 政治、軍事と安全保障、経済の 3 つの分野の活動を通して、アメリ カ の主導的地 位をいかに 強固なもの にし、その 国益がいか なる当 事 者 によっても 脅かされな いことをい かに保証す るかが述べ られて い る。また、「インド太平洋」の概念がいかなる国も排除していないこ とも忘れずに強調している44。 2 「インド太平洋」の評価と論争 トランプ氏 は「インド 太平洋」と いう概念を 初めて口に したア メ リカの大統領である。その概念は、2006 年に発足した第 1 次安倍内
42 同上。
43 U.S. White House, National Security Strategy of the United States of America, December 18,
2017, p. 2, https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2017/12/NSS-Final-12-18- 2017-0905.pdf.
44 U.S. White House, National Security Strategy of the United States of America, December 18,
2017, pp. 45-47, https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2017/12/NSS-Final-12- 18-2017-0905.pdf.
閣 で安倍首相 が提唱した 、インド洋 および太平 洋地域の民 主国家 が 協力するという、いわゆる「自由と繁栄の弧」(Arc of Freedom and Prosperity)構想に端を発する。当時、日本側はそれを強く否定した も のの、この 動きは中国 へのけん制 を強く意識 したものだ と見ら れ
ていた45。2012 年に第 2 次安倍内閣が発足した際、安倍首相は日本
とアメリカ(ハワイ)、オーストラリア、インドの4 カ所をひし形に
結 ぶ 「 安 全 保 障 ダ イ ヤ モ ン ド 構 想 」(Asia’s Democratic Security Diamond)を提唱した。トランプ大統領就任後、四カ国同盟(Quad) の 機運が再び 高まった。 マニラで開 かれた東南 アジア諸国 連合会 議 の 晩 餐 会 で 、 ト ラ ン プ 大 統 領 、 安 倍 首 相 、 イ ン ド の モ デ ィ 首 相 (Narendra Modi)、 オ ー ス ト ラ リ ア の マ ル コ ム ・ タ ー ン ブ ル 首 相 (Malcolm Turnbull)の 4 人が顔を合わせた場面は、各国メディアの 憶 測を呼んだ 。アメリカ と日本は自 由で開かれ た繁栄をも たらす 包 括的な「インド太平洋」地域を共に構築していくと強調しているが、 中 国にとって はターゲッ トにされて いることは 明確であり 、そこ に は明かな狙いがあり、その矛先は間違いなく中国に向いている46。 上述したように、2017 年 11 月のアジア歴訪でトランプ氏は、最初 に日本を訪れた。安倍首相との共同記者会見では、共に 2 国間の経 済 ・貿易関係 の促進、日 米同盟の強 化、北朝鮮 の脅威への 対応な ど に ついて触れ ただけでは なく、最も 重要なのは 双方共に「 インド 太 平 洋」という 概念に言及 したことで ある。とり わけ、安倍 首相は 日 米 両国が協力 し、特にこ の広大な地 域における 海洋秩序を 維持・ 強
45 Archis Mohan, “India Holds First ‘Quad’ Meet with U.S., Japan, Australia,” Business
Standard, November 13, 2017, http://www.business-standard.com/article/economy-policy/
modi-holds-first-quad-meet-with-us-japan-australia-to-meet-trump-today-117111200627_1.h tml.
化 すべきだと 強調した。 繁栄をもた らす自由で 開かれた「 インド 太 平 洋」の重要 な基盤を築 くため、日 米両国は「 インド太平 洋」の 主 張において完全に共鳴している47。 アメリカと日本だけではなく、「4 カ国」の中でもう 1 つの重要な 役 割を果たし ているオー ストラリア も、中国の 急速な台頭 を警戒 し ている。マルコム・ターンブル現首相は2018 年 2 月下旬にワシント ン を訪問する が、そこで 「インド太 平洋」地域 の関連各国 との協 力 強 化について トランプ大 統領と話し 合いが持た れると思わ れる。 オ ーストラリアのメディアは、日米印豪の 4 カ国が、中国の「一帯一 路 」構想の代 替策となる 大規模な共 同地域イン フラ計画の 策定に つ い て検討して いると報じ た。政治的 、経済的影 響力を広げ る中国 に 対抗する狙いがあるという48。また、トランプ氏は次期駐オーストラ リア大使に米太平洋軍トップのハリー・ハリス司令官(Harry Harris) を 指名した。 ハリス司令 官は近年の 南シナ海で の米中対立 や北朝 鮮 の脅威に対する対応などにおいて、強硬派として知られることから、 同 人事も「イ ンド太平洋 」戦略実行 のための重 要な布石で あり、 非 常に象徴性を帯びていると見られている49。 しかし、日米印豪のいわゆる「4 カ国」同盟は、決して新しい枠組 み ではない。 ここ数年、 上述の戦略 の実行を妨 げる要因は 変わっ て い ない。この 政策の貫徹 には各国の 内政環境の 影響(民主 的な選 挙
47 U.S. White House, “Remarks by President Trump and Prime Minister Abe of Japan in Joint
Press Conference/Tokyo, Japan,” November 6, 2017, https://www.whitehouse.gov/the-press- office/2017/02/10/remarks-president-trump-and-prime-minister-abe-japan-joint-press.
48 Ben Doherty, “Trump and Turnbull Meeting: Regional Security to be Key Topic,” The
Guardian, February 20, 2018, https://www.theguardian.com/australia-news/2018/feb/21/
trump-and-turnbull-meeting-regional-security-to-be-key-topic.
49 張加「川普提名太平洋司令哈里斯 任駐澳洲大使」『聯合新聞網』2018 年 2 月 10 日、
や 政権交代) を深く受け る。その上 、高度にグ ローバル化 された 今 日、冷戦期の「封じ込め政策」が復活する(復元される)ようなことは ま ずない。さ らに、トラ ンプ政権の 「インド太 平洋戦略」 は今の と こ ろ、外交ビ ジョンを示 すレベルに までは至っ ていない。 いわゆ る 「 インド太平 洋戦略」は 醸成されつ つあるが、 それが内包 を持ち 実 質 が 伴 う に は も う 少 し 時 間 が か か る 。「 平 和 と 繁 栄 を も た ら す 自 由 で 広大なイン ド太平洋」 をどのよう に実現する のか。これ にはも っ と 具体的な説 明が必要で ある。例え ば、トラン プ政権は安 全保障 、 軍 事、経済・ 貿易、政治 、外構など の分野にお いて、その 目標を ど の ように実現 していくの か。特に内 閣、ペンタ ゴンから経 済・貿 易 部 門に至るま で、さまざ まな具体的 な政策をど のように策 定して い くのか。「インド太平洋戦略」全体の実施に利するため、各機関間で ど のように協 力・調整を 行っていく のか。これ らの全体像 を明ら か にするには時間をかけて観察する必要がある。
五 「インド太平洋戦略」下の米中関係
トランプ大 統領の当選 は、アメリ カの内外形 勢の変遷下 におけ る 産 物である。 トランプ政 権がアメリ カに示した 最優先事項 は内政 お よ び経済の立 て直しであ るが、世界 におけるア メリカの特 殊な指 導 的 立場を無視 した「アメ リカ第一主 義」は、既 存の国際政 治と秩 序 に 衝撃を与え る潜在的な 影響力を持 つ。しかし 、トランプ 氏の外 交 政 策もまた、 アメリカ国 内および国 際環境とい う外部から の制約 を 受ける。内部(からの)制約とは、制度レベル(三権分立や世論)での 抑 止だけでは なく、今日 のアメリカ の強さがも はや過去の ものに 匹 敵 しないとい うことも鍵 になる。外 部制約につ いては、主 にアメ リ カ の総合力の 低下や、米 中間の国力 の消長がア メリカに不 利に働 い て いることで ある。とり わけ、アジ ア地域では 、中国が一 歩一歩 アメ リカに迫っ てきている とともに、 挑戦的な姿 勢を強めて いるこ と から、既に思いのままに振る舞える覇権国ではなくなっている。 米中関係で 最もデリケ ートな問題 といえば、 一つの中国 と台湾 問 題である。2016 年 12 月にトランプ次期大統領と台湾の蔡英文総統が 電 話会談をし てから、大 統領就任後 に米中が一 つの中国政 策で矛 を 交えるまで、両国の緊張は 2 ヵ月近く続いたが、紆余曲折を経てよ うやく転機が訪れた。2017 年 4 月の初めにトランプ大統領と習近平 主 席がフロリ ダ州パーム ビーチの別 荘で会談を 行ってから 、米中 の 交 流は落ち着 きを取り戻 したように 見える。少 なくとも、 表面上 は ト ランプ政権 は最終的に 元の鞘に収 まることを 選択し、ア メリカ の 一つの中国政策を尊重する立場を表明した50。しかし、ここで注意す べき点が3 つある。第 1 に、この過程を振り返ると、トランプ氏が 当 初、一つの 中国政策に 縛られるつ もりはない と発言した のは、 中 国 に圧力をか けて、より 良い条件を 引き出すこ とが狙いで あった 。 ト ランプ氏は 、アメリカ の歴代政権 が踏襲して きた一つの 中国政 策 に 挑む意図は ないと釈明 する一方で 、アメリカ は一つの中 国に対 す る コミットメ ントを変更 することが できないわ けではない し、但 し 書 きも存在す るとも述べ ている。大 統領就任前 に対中政策 を調整 す る かもしれな いという情 報を流した り、次期大 統領という 立場で 蔡 英 文総統と電 話会談をし たことを含 め、意図的 に中国の忍 耐力を 試 し たり、台湾 の国際的な 知名度を高 めたりした ことは、ト ランプ 氏 の 本当の目的 ではなく、 単なる交渉 ツールでし かない。ビ ジネス マ ン らしく交渉 術に長けて いるトラン プ氏は、常 にビジネス の視点 で
50 Mark Landler and Michael Forsythe, “Trump Tells Xi Jinping U.S. Will Honor ‘One China’
Policy,” The New York Times, February 9, 2017, https://www.nytimes.com/2017/02/09/world/ asia/donald-trump-china-xi-jinping-letter.html.
細 かい計算を 行うが、そ のスタイル は政策にも 反映されて いる。 強 い 実用主義の 傾向があり 、米中交流 におけるそ の他の分野 、とり わ け 、経済・貿 易と朝鮮半 島問題で利 益を得るた め、中国に より利 益 が ある協力と アメリカの 国益により 貢献する取 り決めを勝 ち取る こ と を常に模索 している。 つまり、一 見したとこ ろ、少しも 疑問や 妥 協 の余地がな さそうな議 題にも、駆 け引きの余 地を残して おく。 一 つの中国と台湾問題も中国当局との取引カードと見なした。 第 2 に、大統領選に勝利した後、トランプ氏とその陣営は、南シ ナ 海、二国間 貿易、一つ の中国など の問題に関 して、中国 当局を 問 いただしたが、中国が反駁しアメリカを批判する余地も残していた。 そ の理由は完 全に仲たが いしてしま い、協議す る機会を失 うのを 避 け るためであ る。両国が 今後往来す る余地を意 図的に残し ていた 。 米 中は表面上 は互いにネ ガティブキ ャンペーン を繰り広げ 、一触 即 発 状態のよう に見えるが 、水面下で は交流を続 けている。 中国当 局 は これまで、 主権に関す る問題につ いて交渉す ることは不 可能で あ る と繰り返し 公言してき た。その中 で最も重要 なのは、一 つの中 国 は 米中関係の 政治的基礎 であるとい う発言であ る。もし、 トラン プ 大 統領が自分 の意見に固 執し一つの 中国を否定 すれば、米 中関係 の 継 続は不可能 となり、深 刻な結果を 招くであろ う。ただ、 中国側 は 取 引の可能性 を繰り返し 激しく否定 しているが 、トランプ 大統領 は 中 国が最も堅 持する(お そらく最も 脆弱な)議 題に狙いを 絞って ア メ リカから先 制攻撃をし かければア メリカに有 利であると いう希 望 的 観測を抱い ている。ア メリカは一 つの中国問 題で最終的 には原 点 に 戻ったが、 トランプ大 統領の目的 は実質的に は達成され た。意 見 の 相違が出る はずもない と思われる 議題で争い のきっかけ を作り 、 中 国の不満と 警戒を引き 起こしたか らである。 トランプ氏 は最後 に 譲 歩を選んだ ものの、こ れと引き換 えに他の分 野で中国か らの協 力
やお返しを期待している51。一つの中国の問題以外でも、トランプ政 権 は北朝鮮問 題や米中二 国間の経済 貿易関係を 結びつけて 、中国 に 圧力をかけるている。例えば、トランプ大統領は8 月 14 日、中国に よ る知的財産 権侵害の実 態を調査す る権限を通 商代表部に 与える こ と を指示する 覚書に署名 した。この 動きは、ア メリカが中 国に対 す る貿易制裁をまだ排除していないことを意味するかもしれない52。 トランプ米大統領の就任以来初となる12 日間のアジア歴訪の中で、 2017 年 11 月 8 日から 10 日の中国訪問がいちばん重要だったことは まちがいない。この時期中国は共産党第19 回全国代表大会が終わっ た ばかりだっ たが、トラ ンプ大統領 を国賓以上 の待遇で手 厚くも て なした。11 月 9 日に開かれた首脳会談では北朝鮮問題が焦点となっ た。両首脳は、朝鮮半島の非核化を支持する既定の立場を再確認し、 国 連安全保障 理事会の対 北朝鮮制裁 を確実に実 施すること を約束 し た53。米中の長年にわたる貿易不均衡問題も同会談の主要な議題であ っ た。しかし 、意外にも トランプ大 統領は米中 間の貿易不 均衡の 実 態 について再 度指摘はし たものの、 その責任は 不均衡の拡 大を防 げ な かった歴代 政権にあっ て、中国を 責めるつも りはないと 述べた 。 そ して、この 歪んだ不正 常な二国間 経済・貿易 関係を共同 で解決 す べきだと主張した54。また、同会談にあわせ、米中企業がトランプ、
51 Demetri Sevastopulo, “Trump backs ‘One China’ policy in first presidential call with Xi,”
Financial Times, February 10, 2017, https://www.ft.com/content/40825e36-ef3f-11e6-
930f-061b01e23655.
52 Ian Bremmer, “The U.S. Can Win A Trade War with China. That Does Not Mean It Should
Try,” Time, August 28, pp. 15-16.
53 U.S. White House, “Remarks by President Trump and President Xi in Joint Press Statement,”
November 9, 2017, https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president- trump-president-xi-china-joint-press-statement-beijing-china/.
習両氏の前で総額約2500 億ドルに達する契約を交わした。その契約 は 金融、エネ ルギー、航 空、農業、 通信など、 幅広い分野 に及ん で いる55。会談でトランプ大統領は「米中関係は偉大な関係である」と 述べ 、習主席は 「両国関係 は新たな歴 史の起点に 立っている 」、「 太 平洋は米中を共存させるに十分な広さがある」との考えを 示 し た56。
六 北朝鮮問題の厳しい試練
2 期目のオバマ政権のアジア太平洋地域における最重要課題は、南 シ ナ海での米 中の対立で あった。一 方、トラン プ政権では 朝鮮半 島 問題が外交上、最も厳しい試練となっている。北朝鮮が2017 年 7 月 4 日と 28 日の 2 回にわたって大陸間弾道ミサイル・火星 12 の発射実 験を実施したことを受け、国連安全保障理事会は8 月 5 日、北朝鮮 への制裁強化の決議第2371 号(アメリカが起草)を全会一致で採択 し た。これに より、北朝 鮮からの石 炭、鉄・鉄 鉱石、海産 物の輸 入 が禁止された57。これに対し北朝鮮側は、我々の自主権の侵害であり、 全 面的に排撃 するとの政 府声明を発 表した。核 兵器を放棄 せず核 大 国 への道を歩 み続ける意 志をあらた めて世界に 示し、中距 離弾道 ミ サイル・火星12 型でアメリカ軍の基地があるグアム周辺を攻撃する 作戦計画を慎重に検討していると威嚇した58。9 月 3 日には 2006 年China,” November 9, 2017, https://www.whitehouse.gov/search/?s=remarks+president+ trump+business+event+president+xi+china+beijing+china.
55 U.S. White House, “Remarks by President Trump and President Xi in Joint Press Statement,”
November 9, 2017, https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president- trump-president-xi-china-joint-press-statement-beijing-china/.
56 同上。
57 United Nations Security Council, “Resolution 2371(S/RES/2371/2017),” August 5, 2017,
http://www.un.org/ga/search/view_doc.asp?symbol=S/RES/2371%282017%29.
10 月に初めて核実験を実施してから 6 度目となる核実験を強行した。 そ の数時間前 には、北朝 鮮の朝鮮中 央テレビで 、大陸間弾 道ミサ イ ル搭載用の水爆実験に完全に成功したと発表した59。国連安全保障理 事会は9 月 11 日、アメリカ、中国、ロシアの協議と譲歩を経て、北 朝鮮に対する追加制裁決議第2375 号を全会一致で採択した。同決議 に は北朝鮮へ の天然ガス 、原油、石 油精製品の 輸出制限や 北朝鮮 に よる繊維製品の輸出の禁止が新たに盛り込まれた60。 朝 鮮半島 情勢 に関し て、 トラン プ政 権は一 見強 硬派で 一切 妥協す る つもりはな いように見 えるが、公 正な目で見 ると、北朝 鮮に対 す る 中国の影響 力を重視し ている。こ れは北朝鮮 問題と米中 間の重 要 な二国間問題が連動している(取引される余地と可能性が存在する) こ とを示唆し ているだけ ではなく、 トランプ氏 とオバマ氏 の対北 朝 鮮政 策における 違いが実に 微々たるも のであるこ とも示唆し ている 。 習 近平主席は かつて双暫 停(北朝鮮 の核・ミサ イル開発と 米韓の 大 規 模軍事演習 を同時に一 時停止する )という提 案をしたが 、アメ リ カ から肯定的 な反応はな かった。中 国の姿勢は 基本的には 変わっ て おらず、朝鮮半島情勢の緊張緩和に向け、朝鮮半島の非核化、政治・ 外 交・対話を 通じた問題 の解決、六 者会合の再 開を主張し 、すべ て の 関係国に自 制を促して いる。暴走 する北朝鮮 は、中国に とって も も はやかつて の戦略的資 産ではなく 、戦略的負 担になって きてい る よ うだ。しか し、いくら 北朝鮮に対 する忍耐力 がなくなっ てきて い て も、アメリ カとその同 盟国が武力 干渉によっ て問題を解 決する こ
http://www.cna.com.tw/news/firstnews/201708100023-1.aspx。 59 季晶晶「北韓裝氫彈 嗆高空核爆」『聯合新聞網』2017 年 9 月 3 日、https://udn.com/ news/story/11267/2679793。
60 United Nations Security Council, “Resolution 2375(S/RES/2375/2017),” September 11, 2017,