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アジア経済「集団」安全保障体制創生への道筋--エネルギー資源と食糧資源を中心に

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アジア経済「集団」安全保障体制創生

への道筋

─エネルギー資源と食糧資源を中心に─

山 本 武 彦

(早稲田大学政治経済学術院教授)

【要約】

世界人口の 38%を占める中国とインドの経済成長は、東アジアに おけるエネルギー消費と食糧消費量を増大させると同時に資源獲得 競争を激化させる要因となりつつある。このような競争には、やが て有限の資源であるエネルギーと食糧をめぐる国家間の関係にゼロ サム・ゲーム化をもたらす危うさが潜む。そうした危険性を避ける には、これらの経済的財を国家の個別財にするよりも関係国家間の 集団(集合)財に切り替え、緊急時の相互融通システムを構築する という発想を共有することが求められよう。 エネルギーと食糧供給の途絶は、パニックに起因する「安全保障 のジレンマ」と「囚人のジレンマ」の昂進という悪循環をもたらし かねない。これを回避する安定した地域メカニズムとしてエネルギ ー安全保障共同体と食糧安全保障共同体の構築に向けて、東アジア 諸国の政策協調がいまほど求められているときはない。

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【キーワード】

経済「集団」安全保障、経済「安全保障のジレンマ」、集団(集合) 財、複合的相互依存、安全保障共同体

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一 はじめに

1997 年から 98 年にかけて東アジアを襲った通貨・経済危機から 早くも10 年が過ぎた。そして今度はアメリカのサブプライム・ロー ンの危機をきっかけに始まった 100 年に一度といわれる世界的大不 況 に 見 舞 わ れ 、 東 ア ジ ア 経 済 も 自 己 回 復 の シ ナ リ オ を 描 け な い ま ま、危機の広がりに翻弄される。しかも、2008 年の春から始まった 1 バレルあたり 100 ドルを越す石油価格の急上昇が、石油依存型エネ ルギー供給構造から脱却できないでいる東アジア諸国の経済成長の 足を引っ張り、国々は二重のショックに喘ぎ続ける。 ともすれば、国々の政策決定者は自国の成長と雇用を維持すると いう目先の利益追求に走り、自国産業優先の保護主義に走ってしま いかねない。2009 年に入って間もなくアメリカが自国の鉄鋼製品の 優先買い付けを義務付ける「バイ・アメリカン」条項を輸出関連の 法律に盛り込んだのは、その典型である。もしもこのような保護主 義が競って採用されるようになると1930 年代に世界経済が経験した 「近隣窮乏化(beggar-thy-neighbor)政策」の応酬によって縮小を余 儀なくされたように、「経済安全保障のジレンマ」に陥ることとなろ う。「経済安全保障のジレンマ」は経済的資源の需要と供給構造を混 乱させ、一種のゼロ・サム・ゲームの応酬をもたらしかねない。そ れが、ひいては政治的な緊張関係を関係国家間に増幅させ、相互不 信の心理状況に追い込まれた政策決定者は軍事的な「安全保障のジ レンマ」に追い込まれて、武力衝突に至る可能性を高める1

1 もともと「安全保障のジレンマ」論は政治・軍事分野における軍拡競争の悪循環を 説明する概念として用いられ、ハーツやジャービス達によって提起された概念であ る。詳しくは、see, John H. Hertz, “Idealist Internationalism and the Security Dilemma,”

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過去の歴史を一瞥すると、政治的・軍事的「安全保障のジレンマ」 が先行し、経済交流の遮断に繋がって全面対立から戦争に突き進む 場合もむろんあった。問題は、いずれのレベルの「安全保障のジレ ンマ」が国家間関係で生じようとも、このジレンマのエスカレーシ ョンをどのようにして防止し、戦争の勃発という最悪の事態の発生 を克服するかにある。ここでは、「経済安全保障のジレンマ」の発生 と昂進をいかにして防止し、国際経済関係の安定を確保するにはど のような仕組みが必要とされるかという問題関心から、経済「集団」 安全保障体制の概念を導入して、今後予想される経済的財の欠乏と それに伴う資源争奪戦のシナリオの現実化を回避するシステムの構 築 に は ど の よ う な 公 共 政 策 的 発 想 が 求 め ら れ る か を 論 じ る 。 そ の 際、とくに現在の国際環境のなかで資源供給の隘路になると思われ るエネルギー資源と食糧資源の二つの財に焦点を合わせ、これら二 つの財の“集合(集団)化”という観点から東アジアにおけるエネル ギー「集団」安全保障システムと食糧「集団」安全保障システムの 構築に向けた国際公共政策の可能性について検討してみよう。これ らの二つの財の集団化は、エネルギー資源の需給を公共財の観点か らエネルギー安全保障共同体の創生につながり、同様に食糧安全保 障共同体の構築につながる可能性を高めることになる。ひいては、 他の経済財の集団化を牽引する力学をも内包させるという意味で、 経 済 安 全 保 障 共 同 体 の 創 生 に プ ラ ス の 作 用 を 及 ぼ す こ と に も な ろ う。

二 経済「集団」安全保障の視座

20 世紀以降、人類は二つの世界大戦を経験した後に集団安全保障

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という新しい概念を国際関係に導入し、国際平和を担保するための 制度を作り上げた。国際連盟の時代には連盟規約第11 条にこの概念 が組み込まれ、国際連合の時代に入ってからは国連憲章第 7 章に平 和の維持と回復のための強制措置の発動が盛り込まれたのがそれで ある。また、国連憲章第 8 章では地域的集団安全保障の規定が挿入 され、第51 条では集団的自衛権も加盟国に容認する規定も盛り込ま れた。 周知の通り、冷戦の激化に伴って国連の普遍的集団安全保障機能 は安全保障理事会の機能麻痺によって作動せず、代わって第51 条に 基づく地域的取り決めが集団安全保障機能を担保する仕組みとして 東西両陣営内で採用されていった。実のところ、冷戦時代に経済「集 団」安全保障を実質的に担保してきた仕組みは、この地域取り決め に基づく地域的集団安全保障体制に組み込まれ、北大西洋条約機構 (NATO)成立に前後して実施されたマーシャル・プランはその典型 であった。1949 年に発足した経済相互援助会議(COMECON)も、 1955 年に成立したワルシャワ条約機構とセットになった経済「集団」 安全保障体制として冷戦が終結するまで機能する。 1951 年に成立した日米安保体制は、二国間レベルで軍事的「集団」 財と経済的「集団」財を供給しあうことを大前提として機能するこ とになる。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障 条約」という日米安保条約の正式名称は、いみじくも日米が追求す る「集団」財の二面性を浮き彫りにしている。とくに第 2 条でいう 経済協力は経済的「集団」財の創出を念頭に置いた規定として、日 米経済交渉の過程でしばしば言及されてきた。しかし、にもかかわ らず、国連憲章のどの条項も経済「集団」安全保障(collective economic security)の制度構築を予定しているわけではなく、いわば冷戦を前 提として成立した地域的安全保障取り決めという名の同盟体制のな

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かで市場経済体制と社会主義経済体制の維持を目指して、東西陣営 がそれぞれ独自に経済的財を供給し合う事実上の(de facto)経済「集 団」安全保障体制として機能したに過ぎない2 もちろん、国際通貨基金(IMF)や世界銀行(国際復興開発銀行) のように世界的規模で貸付や資金援助を行ってきた国際金融機関が 国際制度として重要な役割を果たし、世界経済の安定機能を果たし てきた意義を無視するわけではない。その後に成立したアジア開発 銀行(ADB)のような地域的経済機関の役割についても同様である。 これらの機関が果たしてきた役割は、参加するすべての国が経済的 「集団」財の創出という観点から個別国家の財を提供したわけでは ない。が、それぞれの経済力に応じて出資し、通貨危機や経済危機 に陥った国に融資を行ったり、発展途上国の経済開発に融資を行い 全体としての世界経済の安定を図ることを主目的とした点で、経済 「集団」安全保障の一翼を担ってきたとみることができよう。 また、国際貿易についても第二次世界大戦後締結された「関税及 び貿易に関する一般協定(GATT)」が、ブレトン・ウッズ体制の下 で①自由貿易、②無差別貿易、③多角貿易の三つの原理を追求する 中核的な国際制度として機能してきた。戦後国際経済秩序の把持者 としてのアメリカの国際貿易理念がGATT 体制に「埋め込まれ」、1970 年代以降アメリカの経済力が衰退して以降も曲がりなりにも国際貿 易レジームの規範と原理とルールは遵守されてきた3。ケネディ・ラ

2 ここで言う集団財(collective goods)の概念は、一つの財の形成と維持による共通の 利益の創造を目的とする二つ以上の行為体の集団(集合)行為(collective action)に よって創造される財を意味する。軍事的集団安全保障もこうした財に含まれる。こ の点は、see, Mancur Olson, The Logic of Collective Action: Public Goods and the Theory of

Groups. (Harvard University Press), 1971.

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ウンド、東京ラウンド、ウルグアイ・ラウンドの自由貿易体制を促 進 す る た め の 三 つ の ラ ウ ン ド を 経 て 、1995 年 か ら 世 界 貿 易 機 関 (WTO)へと衣替えを果たして以後も、国際貿易の制度として「埋 め込まれた」三つの原理は生き続けて現在に至っている。 したがって、見方を変えれば、国際金融・通貨レジームとしての IMF・世銀体制と国際貿易レジームとしての GATT・WTO 体制は、 いわばグローバルな経済「集団」安全保障体制の両輪として戦後64 年間、国際経済システムの安定に寄与してきた、と言い換えてもよ い。集団安全保障の軍事的側面に目を奪われるあまり、IMF・GATT 体制や現在のIMF・WTO 体制の果たしている経済「集団」安全保障 機能を見過ごしてきたにすぎない。例えば、1997 年から 1998 年にか けてアジア全域を襲った通貨・金融危機に際して決行されたIMF の 金融支援パッケージが、どれだけ危機の早期解決に重要な役割を果 たしたかをみれば、一目瞭然である。まさに、アジア通貨・金融危 機に端を発して世界恐慌につながりかねない局面で、IMF が経済「集 団」安全保障の重要な役割を果たしたのである。 したがって、経済「集団」安全保障の概念を捉えるに当たって重 要な視座となるのは、エネルギーや食糧といった特定の財やあるい はこれらの財をも包括する経済的財全般を対象にして、関係諸国が どれだけ経済的財の共有や相互融通といった「集団」化に向けて積 極的な政策を追求しているかに焦点をあわせることにある。エネル ギー資源を例にとると、エネルギー危機が何らかの要因によって需 給が逼迫した場合、ある国家がエネルギー供給を閉ざされても、危

論文を参照。See, John Gerard Ruggie, “International Regimes, Transactions, and Change: Embedded Liberalism in the Postwar Economic System,” in Stephen D. Krasner, (ed.),

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機を乗り切るために他の国々が緊急融通システムの発動によって救 済する共同のメカニズムを構築することに積極的であれば、そこに はエネルギー危機に対応する緊急融通制度を生み出すモーチベーシ ョンが複数の国々よって共有されよう。 こ の 共 通 の モ ー チ ベ ー シ ョ ン こ そ が 重 要 な 心 理 的 基 礎 に な る 。 1973 年秋から 74 年春にかけて先進諸国を襲った第 4 次中東戦争時の 深刻な石油危機(第一次石油危機)に際して、石油の緊急融通シス テムとして国際エネルギー機関(IEA)が設立されたのは、このよう なモーチベーションが期せずして先進工業諸国から沸き起こったか らである。IEA の設立は、エネルギー危機が訪れても危機を短期間 で終わらせ、相互融通システムの作動によって供給側である OPEC (石油輸出国機構)の生産カルテルや価格カルテルによる脅しがさ ほ ど 効 く こ と な く 、 危 機 を 柔 ら か く 吸 収 す る と い う 効 果 を 発 揮 す る。1979 年のイラン革命に伴って発生した第 2 次石油危機が、石油 消費国にさほどの混乱をおこさずに早期に収束したのは、そのなに よりの証しであった。 石油生産国同盟としてのOPEC と消費国同盟としての IEA との相 互依存関係は、戦争や重大な国際経済危機が発生しない限り、エネ ルギー価格の安定機能をある程度まで果たす。したがって、このよ うなエネルギー関連国際機構はこれらのシステムに参加する国々の 経済的利益を増大させる「伝達地帯(transmission belt)」4 の機能を 果たすことになる。

4 Joseph S. Nye, Jr., “Collective Economic Security,” International Affairs, Vol. 50, No.4,

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三 冷戦終結後の経済安全保障の位相

それでは、冷戦終結後、国際システムの地殻変動を経験した世界 は、経済的財の需給をめぐって集団財の創出に向けた取り組みを進 めてきたのであろうか。結論を先取りすれば、答えは否である。む しろ、それとは逆のベクトルが際立つ。集団財化よりも、個別財化 の方向に国々の関心は傾いていると言っていい。なぜ、そのような 傾向が強まってきたのか。 最大の理由は、第二次大戦後の国際経済秩序の維持コストを一手 に担ってきたアメリカの経済力の衰退に求めることができる。ヨー ロッパ諸国と異なり戦災にあうことなく国土を無傷のまま終戦を迎 えたアメリカが、戦後国際経済秩序の原理と規範、ルール、意思決 定の手続きを先導し、制度のなかにこれらの規範などを「埋め込む」 力量をもった唯一の国であったことは蓋し当然のことであった。そ の力量も、日本や西欧諸国の経済復興に伴って次第に衰えていく。 軍事力を全世界に展開し、しかもベトナム戦争の泥沼化にあえぐ アメリカが、財政赤字と貿易赤字(双子の赤字)の恒常化に悩まさ れ、ますます経済力の衰退をかこつようになる。そこで、アメリカ は ド ル の 信 認 の 低 下 と 貿 易 赤 字 の 常 態 化 か ら 逃 れ る た め に 、IMF・ GATT 体制の原理や規範から逸脱した行動をとるようになる。70 年 代以降、冷戦が終結した80 年代の後半までにアメリカと他の先進工 業国との間で演じられた経済摩擦は、「埋め込まれた」自由主義の経 済原理が侵食され、保護主義の応酬によって覆われていく20 年間を 象徴する出来事であった。この20 年間に突出するようになった概念 が、経済安全保障という公共政策概念であった。 もともと、戦後使われるようになった経済安全保障の概念は、共 産圏との二極対立構造のなかで西側世界の優位技術を共産圏に移転

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することを防止し、西側世界の経済体制を防護するとともに核抑止 体制の技術的優位を維持することを意味していた。当時しばしば使 われた経済防衛(economic defense)という用語は、これに相当する。 対 共 産 圏 輸 出 統 制 委 員 会 (COCOM ) や 対 中 国 輸 出 統 制 委 員 会 (CHINCOM)はそのための制度的装置にほかならなかった。このよ う な 意 味 づ け に 決 定 的 変 化 を 与 え た 契 機 が 、 第 一 次 石 油 危 機 で あ る。これを機にエネルギー安全保障や資源安全保障や食糧安全保障 など、国々の国民経済の「安定と安全と安心」5を担保するための公 共政策全般を総称して経済安全保障という概念が一般化していく。 し た が っ て 、 冷 戦 中 期 か ら 意 味 変 化 を と げ た 経 済 安 全 保 障 の 概 念 は、一面で冷戦の経済的表現としての経済防衛という意味を引き継 ぎ、他面ですべての国の経済的生存に不可欠な経済的財の確保とい う新しい意味を獲得することとなったのである。 では、このような意味変化をみせた経済安全保障の概念は、冷戦 が終結して以降、どのような位相の変化をみせてきたのであろうか。 冷戦時代における共産圏との経済・技術競争の一面は、冷戦の終 焉によって消え去った。しかし、他の一面である国民経済の生存に とって不可欠な財の獲得という意味は、変わることなく経済安全保 障概念の中軸を彩る。むしろ、21 世紀に入って個別国家の独自の経 済的条件を抱えながら、他国との協調よりも競争が経済安全保障の 概念を特徴づける。言い換えると、経済安全保障にかかわる経済的 財 の 集 団 化 よ り も む し ろ 個 別 財 化 の 力 学 が 際 立 っ て 国 際 関 係 を 彩 る。近年、台頭著しいブラジル、ロシア、インド、中国(BRICs)と

5 国際システムにおける安全・安心・安定の意義については、山本武彦「国際公共圏 の中の『三安』主義と『三場』主義」『季刊ロゴスドン』(ヌース出版)第63 号、2005 年冬季号(2005 年 12 月)、42-45 ページを参照。

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いった新興工業国をも巻き込んで展開されてきたエネルギー資源や 食糧資源、希少鉱物資源をめぐる獲得競争は、個別国家による経済 安全保障戦略の発動を示しており、これらの財の「囲い込み」をめ ぐる競争ゲームは熾烈化の一途をたどりつつある。本稿での検討対 象となっているエネルギー資源と食糧資源に限ってみても、この傾 向は著しい。いわば「エネルギー安全保障のジレンマ」と「食糧安 全保障のジレンマ」は、二つの資源が有限の資源であるだけに、更 なる獲得競争の激化という形をとって個別国家間の「経済安全保障 のジレンマ」を昂進させ、対立の悪循環が加速していく。

四 エネルギー資源の獲得競争と「エネルギー安全保

障のジレンマ」の昂進

エネルギー資源をみると、BRICs の目覚しい経済成長に伴ってこ れらの国々のエネルギー需要は急速に高まった。その他の発展途上 諸国のエネルギー需要も増大基調にある。個別国家はそれぞれぞれ の国のエネルギー安全保障や資源安全保障、食糧安全保障の公共政 策を独自に追求し、公共政策のそれぞれの分野を合理的に調整する ことはほとんどない。ともすれば、資源政策は協調的になるよりも 競争的になりがちである。BRICs のなかでもロシアは石油、天然ガ スの可採埋蔵量が世界一の国として資源政策を経済成長のテコとし て 用 い 、 ま た 外 交 政 策 の 武 器 と し て ウ ク ラ イ ナ や ベ ラ ル ー シ や EU (ヨーロッパ連合)諸国などの近隣諸国に対する戦略目的の追求に 用いてきた。ロシアによるエネルギー地戦略の発動、と言い換えて もいい6

6 地戦略概念を次の公式に置き換えると、エネルギー輸出国の戦略はより正確に捉え られる。地戦略(geo-strategy)=地政学(geo-politics)+地経学(geo-economics)。国

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その意味でロシアは、エネルギー安全保障の集団化を志向する必 要性を感じない数少ない国といっていい。中国も国内で産出される 石炭や石油資源を自給できる国であるが、近年の急速な経済成長は 自給資源だけでは不足をきたすようになり、エネルギー資源の輸入 国へと転じつつある。2008 年のエネルギー消費量は標準炭換算で 28 億 5000 万トンに達し、前年より 4%増えたとされ、石油消費の対外 依存度は 49.8%に達したとされる7。アフリカや中東、ラテンアメリ カへの全方位資源外交をあからさまに展開する姿は、石油輸入国に 転じ、海外石油利権の獲得に血眼となっているなによりの証左であ る。言い換えれば、2007 年の経済実績でドイツを抜いて世界第 3 位 の国内総生産(GDP)高を記録した中国は、エネルギー資源の開発 輸入を中心にエネルギー安全保障体制の構築になりふり構わずに乗 り出した、とみることができる。ここでも中国のエネルギー地戦略 がグローバルに展開される8 たしかに、中国は IEA 加盟国としてエネルギー消費国同盟の協調 枠組みの一角を占めてはいる。しかし、反面で自国のエネルギー安 全保障体制を確かなものにするための独自の行動を展開する。この 行動が際立つだけに、エネルギー需給構造が変調をきたした時の世 界エネルギー情勢に予測不能な混乱要因を持ち込む可能性に、他の 国々は不安を募らせる。そこでは、世界最大の二酸化炭素排出国と して地球温暖化を加速させるという別の争点が加わり、中国のエネ

々の科学技術開発戦略(geo-science and technology)と関連づけて地戦略の現代的意 義を分析した、山本武彦『安全保障政策―経世済民・新地政学・安全保障共同体』 日本経済評論社、2009 年、142-151 ページを参照。

7 共同通信社国際資料室編『チャイナ・ウオッチ』2009 年 3 月 3 日、3 月 4 日。

8 エネルギー獲得をめぐる近未来の地政学的相互作用については、次の文献が刺激的

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ルギー供給構造の転換を迫る声が日ごとに強まる。

図 1 世界の長期エネルギー需給見通し

(注)2002~2030 年までの増分は、2002 年の日本の需要に対して、世界は 11.8

倍、亜細亜は2.9 倍、中国は 2.5 倍に相当する。

資 料 :IEA「World Energy Outlook 2004」。 (出所)経済産業省資源エネルギー庁資料から引用。 IEA によるエネルギー需要の長期見通しでも、2030 年の中国のエ ネルギー需要の伸びが他に抜きん出て高いことが予測されている。 アジア全体でも1971 年比で 1.8 倍に伸びると予想されており、現在 の石油・天然ガス・LNG などのネネルギー源に依存し続けると仮定 すれば、いずれアジア諸国間でも「エネルギー安全保障のジレンマ」

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に直面することは避けられそうにない。(図 1 参照) 主要経済大国で最もエネルギー資源を輸入に依存している日本の エネルギー政策はどうか。第一次石油ショックを転機に日本政府は エネルギー安全保障政策の転換に乗り出し、石油・天然ガスなどの 通常のエネルギー(conventional energy)資源に依存する体質から原 子 力 や 太 陽 光 発 電 、 風 力 発 電 な ど の 非 通 常 型 エ ネ ル ギ ー (non-conventional energy)資源にも依存する多元型供給システムへ と供給構造をシフトさせてきた。とはいえ、非通常型エネルギー資 源への依存の転換といっても限界が伴う。原子力発電への依存はす でにエネルギー供給構造の 32%を占め、これ以上の増大は核不拡散 との兼ね合いもあって難しいし、太陽光発電への依存も技術的困難 とコスト的な問題を突破できずにいるのが現状である。石油・天然 ガスに供給の過半を依存する体質は続く。 エネルギー資源の輸入超大国が資源の安定的供給を求めて独自の エネルギー供給戦略を追求するのは、エネルギー資源の集団財化が まったく進んでいない現状ではごく自然の行動にみえる。中東のカ フジ油田に対する独占的採掘権が切れて以降、日本政府が国策会社 である国際石油開発(株)と共同でイランのアザデガン油田の開発 と採掘権を獲得することに成功したのは、こうした独自のエネルギ ー安全保障政策を追求した結果であった。アザデガン油田はカスピ 海に隣接し、260 億バレルの可採埋蔵量を有する巨大油田である。こ の油田の独占的開発権と採掘権を獲得した戦略的意義は、個別的な エネルギー安全保障の観点からすると実に大きい。 実際、カスピ海油田の開発をめぐってはアメリカをはじめ欧州諸 国やロシア、中国などが激しい競争を繰り広げてきた。いずれの国 の行動も、石油・天然ガスの開発利権と個別的なエネルギー安全保 障戦略が深く絡む。ところが、こうした競争関係のなかでアザデガ

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ン油田の開発権を獲得した日本に対して、アメリカのブッシュ政権 と議会から強烈なクレームが入り、日本政府はこの権利を放棄する 事態に追い込まれてしまう。クレームの理由は簡単である。1979 年 のイラン革命以来敵対関係にあるイランと日本政府がアザデガン油 田の開発に関する合意に至ったことは、国際安全保障上の利敵行為 に等しいというものであり、せっかく手にしたエネルギー安全保障 上の切り札を日本政府は放り投げてしまったのである9 同盟国アメリカへの忠誠を国家安全保障政策の最優先順位におく 日本のスタンスからいって、不可避の選択であったにせよ、当面の エネルギー安全保障上の要請を考慮に入れた巧みな対米外交が考え られて然るべきではなかったのか。日本は「エネルギー安全保障の ジレンマ」から自力で脱出する意欲を喪失してしまったかのような 印象を与えずにはおかない。イランを「ならず者国家」に指定して、 イ ラ ン の 核 兵 器 保 有 に 異 常 な ほ ど 神 経 を 尖 ら せ る ア メ リ カ の“ト ラ の尾”を踏むことを恐れるあまり、アザデガン・プロジェクトから撤 退したとなれば、日本独自の「大戦略(grand strategy)」とはいった い何かという本質的な問いかけに何も答えられず、冷戦期と同じ「顔 の見えない日本(faceless Japan)」というレッテルを貼られることは 必定であろう。 経済的なパワー・リソースは、軍事力による脅しと異なり、徐々 に行使するほど相手に対する心理的効果は高くなるし、またわが方 に大きなコストを強いる他国の政策に対処するに際して操作しやす い手段となりうる。これは、20 世紀以降の経済外交が経験した一般 的な法則である。この鉄則を忘れた日本のアザデガン油田をめぐる エネルギー外交は、諸外国の目に「外圧に弱い日本」というイメー

9 山本武彦、前掲書、160-162 ページを参照。

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ジとして映り、日米機軸主義という名の従属性の印象を再生するこ とはあっても、自立(自律)性の誉れを獲得するにはほど遠いとい っていい。 それでなくとも、日本はエネルギー需給バランスで完全な輸入国 である。中国も石炭をはじめとしてエネルギー自給率は相対的に高 いものの、急速な経済成長に伴って原油輸入国へと変化をきたし、 また韓国など東アジアの国々もエネルギー資源輸入国としてエネル ギー安全保障体制の確立に躍起となっている。東アジア諸国間でエ ネルギー資源の獲得をめぐる競争が激化し、国々の間の「エネルギ ー安全保障のジレンマ」は高まっていく。軍事的な「安全保障のジ レンマ」と同じように、関係国のエネルギー獲得政策に対して国々 は相手の政策や行動に対して「対応のジレンマ」と「解釈のジレン マ」に襲われるであろう10。相互不信と猜疑心の相乗作用が国家間関 係の不安定化を促さずにはおかない。 問題は、こうしたジレンマから関係諸国がいかにして脱却するか である。有限の資源であるエネルギー資源の緊急融通システムを柱 とし、できれば石油などの重要資源について透明性の高い共同管理 システムを構築することを制度化目的とするエネルギー安全保障共 同体の構築も、このような問いかけに対する答えのひとつとなるで あろう。

五 加速する「食糧安全保障のジレンマ」

エネルギー資源に劣らず、食糧資源も有限の資源であり、国々は

10 「安全保障のジレンマ」に内在する相手の意図と能力に関する「解釈のジレンマ」

と「対応のジレンマ」の意味については、see, Nicholas J. Wheeler and Ken Booth, The

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経 済 安 全 保 障 政 策 の 重 要 な 構 成 要 素 と し て 食 糧 の 安 定 供 給 に 勤 し む。アジアでは中国・インドなどのハイ・テンポの経済成長に押さ れて農業人口が工業セクターに流れ込んだ結果として農業生産が落 ち込み、いずれの国も食糧自給率の低下に直面している。とくに1990 年代中期以降、毎年の経済成長率が 10%前後という驚異的な経済発 展を記録してきた中国で、地方の農村人口が沿岸部の都市に大量に 移動し、中国共産党指導部が和諧社会の構築を叫ばざるを得ないほ ど農業部門と工業部門との所得格差が広がり、農工対立が深刻化し ているのはその証左である。 したがって、食糧輸入国に転じた中国の食糧事情は年を追うごと に深刻さを増し、2006 年度の中国の食糧輸入額は 450 億ドルに達し た。中国と並ぶ新興工業国であるインドの食糧輸入額は中国ほどで はないにせよ、2006 年度の輸入額は 80 億ドルに留まったとされる。 インドのほとんどの家庭には冷蔵庫がなく生鮮食品以外は食べない というインド国民の食習慣が、中国と比べて輸入額を抑える要因に なっているとされる。しかし、インドでの電気産業の発展が予測さ れる将来、冷蔵庫需要の高まりに伴って大きく変化すると仮定する なら、現在以上の食糧輸入に依存せざるをえなくなろう。 人口 13 億の中国と 11 億のインドを合わせれば世界人口の 38%を 占める。しかも世界経済の成長の地軸は確実にアジアにシフトして いく。それに伴って食習慣や食文化の変化が起こることも計算に入 れておかなければならない。現に、インドネシア、フィリピン、マ レーシア、タイなど、アジア各国の食糧輸入は増大の一途をたどっ ている。アジア諸国の食糧輸入が増大することを織り込めば、世界 の食糧需要に占めるアジアのシェアーがさらに増大することは確実 である。日本も穀物自給率が 40%を割り込んで以来、食糧輸入額は 増大の一途をたどってきた。

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しかも、食糧の備蓄はエネルギーと異なり、技術的な困難を伴う。 一般的に食糧は長期備蓄が難しく、したがって食糧輸入国は国際市 場での価格変動に敏感に反応せざるをえず、それだけに食糧安全保 障上の脆弱性が高い。しかも食糧生産は旱魃や悪天候のような気候 の変化にも左右されて、長期予測が難しい。食糧の安定的供給をど の国も国策として掲げる以上、食糧安全保障を自国の経済安全保障 政策の重要な柱に据え、他国との間で食糧の獲得競争を演じること を覚悟せざるをえない。とくに天候の変化に敏感な穀物市場の激変 によっては、深刻な「食糧安全保障のジレンマ」に直面することも ありえよう。 そ れ は 、 地 域 を 越 え た グ ロ ー バ ル な ジ レ ン マ を 醸 し 出 す で あ ろ う。とりわけ、貧困にあえぐ発展途上諸国にとって深刻な飢餓状況 をもたらしかねない危うさを孕む。アジア諸国の多くもその例外で はない。「食糧安全保障のジレンマ」の高進は確実に食糧価格の高騰 をもたらすからである。 さらに、直接的と間接的とを問わず、食糧安全保障はしばしばエ ネルギー安全保障とネガティブにリンクし合う。近年の石油価格の 高騰が農業生産に大きな打撃を与えたのは、その典型である。また、 アメリカを中心にとうもろこしや大豆などを新エネルギー源として 脚光を浴びつつあるバイオエタノールの開発に転用するようになっ て以降、穀物価格が急騰し、食糧資源としてこれらの穀物を輸入し てきた発展途上国に大打撃を与えた。アメリカのエネルギー安全保 障戦略が穀物輸入国の食糧安全保障戦略と真っ向から衝突し、結果 的に南の世界の絶対的貧困の水準を高めてしまうという「負の効果」 をもたらしてしまう。 2007 年から 2008 年にかけて、ブッシュ政権のエネルギー安全保障 政策が穀物輸入諸国との間で摩擦を引き起こしたことは記憶に新し

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い。エネルギー安全保障と食糧安全保障との間にはトレード・オフ の関係が成立し得ることを世界は学習したのである。エネルギー安 全保障を確かなものに仕上げようとすれば、食糧輸入国の食糧安全 保障を脅かす。反対に、他国の食糧安全保障に配慮すれば、目玉の 新エネルギー開発が進まない。まさに「あちら立てれば、こちら立 たず。こちら立てれば、あちら立たず」のトレード・オフの関係に 国々は慄く。 先進国、発展途上国を問わず、食糧価格の暴騰によって食生活を 脅かされるのは貧困層である。彼らの不満が沸点に達すれば、食糧 暴動が発生しないとも限らない。当事国にとってみれば、国民の不 満を抑えるためにも食糧の安定供給システムを構築し、維持するこ とは必須の政策課題である。とりわけ、発展途上国にとって乏しい 財政資源と食糧生産インフラの不備という隘路を抱え続ける限り、 この政策課題を満足に達成するのは至難である。先進国によるイン フラ整備のための資金援助とノウハウの不断の提供が求められる所 以は、この隘路を打開するところにある。 同時に、こうした援助政策の展開に平行して、エネルギー安全保 障政策の地域的多国間協調と同じような戦略的発想から食糧安全保 障政策の多国間協調枠組みの創生を構想することも必要となってく る。いまや日本をはじめとする東アジア諸国は、エネルギー分野と 食糧分野の二つの政策分野における機能主義的政策統合への挑戦を 試みる段階に立ち至っている、と言い換えてもいい。

六 機能主義的政策統合の魅力

第二次世界大戦後、それまで戦争の主戦場となってきたヨーロッ パで 1952 年にヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)が設立されて以 来、ヨーロッパ諸国は現在のヨーロッパ連合(EU)へと政策統合を

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積み重ねてきた。非論争的分野とみなされてきた経済・社会領域で の政策の共通化を小欧州 6 カ国間で漸進的に進めながら、外交・安 全保障の論争的分野にまで政策の共通化を積み上げていく方式を半 世紀の間に見事にやり遂げたのである。機能主義的統合の思想を提 起したデーヴィッド・ミトラニーの先見の明といっていい11。 その後のヨーロッパ経済共同体(EEC)とヨーロッパ原子力共同 体(EURATOM)の成功と EU の創設によってステップ・バイ・ステ ップ方式と呼ばれ、また部分統合方式ともみなされた機能主義的ア プローチの有意性が立証された12。だが、問題は果たして東アジアに この方式を適用できるかどうか、また現実妥当性がどの程度あるの かという点にある。 む ろ ん 、 ア ジ ア に は 1967 年 に 発 足 し た 東 南 ア ジ ア 諸 国 連 合 (ASEAN)がさまざまな機能的分野で政策協力を進めてきたし、安 全保障のようなハイ・ポィティックス分野でも1994 年に ASEAN 地 域フォーラム(ARF)を結成して、着実に政策協力を進めてきた。 ヨーロッパほどの緊密性と凝縮性をもたないものの、その機能主義 的な政策協力の積み重ねは、まさに“多様性の統一”と呼ぶに相応し い。ほかにもアメリカの排除を意識した政治的意図の濃い多国間協 調主義の構想として、マレーシアのマハティール首相(当時)が東 アジア協力会議(EAEC)設立構想を提起したりしたが、結局、ASEAN のような着実性をもった組織体の右に出るものはなかった。 ASEAN 域内の相互依存体系は、40 年の歴史を経てそのネットワー クを域外の国々、とくに日本・中国・韓国をも磁石のように引きつ

11 See, David Mitrany, A Working Peace System. (London: Royal Institute of International

Affairs), 1943.

12 Joseph S. Nye, Jr., Peace in Parts: Integration and Conflict in Regional Organization.

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けていく。確かに、経済相互依存は両刃の剣であり、便益(benefit) を生み出すと同時に、費用(cost)の支払いをも伴い、経済的な厚生 (welfare)と同様、政治的操作の源ともなりうる。先に見たエネル ギー産油国と消費国との関係で示されたように、第 4 次中東戦争で 経済的弱者であったアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が経済的強者 であった先進諸国から石油禁輸をテコに、イスラエル支持政策の転 換を勝ち取ったのは、その典型例である。 それほど赤裸な場面を演じなかったとはいえ、弱者の連合である ASEAN10 カ国が経済大国である日本、中国、韓国の三国を「ASEAN +3(APT)」の地域経済協力システムに引き込み、ARF とリンクさ せながらこれらの大国を軍事的な安全保障の枠組みのなかで政治的 操作を試みてきたのは、こうした経済相互依存に内在する力学の実 相をよく示している13。相互依存は経済的レベルに留まることなく、 政治・戦略的相互依存のレベルにまで波及効果を及ぼしているので ある。 21 世紀に入ってから東アジアで胎動するようになった複合的相互 依存システムは、機能主義的な政策協力の成功をはっきりと示して おり、小国連合が大国を相互依存のネットワークに引き込むという 意味で、国際政治の歴史上初めての実験が試みられている。2005 年 から開始された東アジア・サミット(EAS)にはインド、オースト ラリア、ニュージーランドが加わり、東アジアにおける共同体形成 の力学に膨らみと厚みが増した。 ここでも「ASEAN+3+3(APTT、EAS)」の新たな枠組みの中で、 ASEAN が主導権を発揮する。従来の大国主導型の統合とは異質の小 国連合主導型の統合システムの形成を特徴としており、東アジア国

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際システムはポスト・ウエストファリア体系の時代に入ったといえ ようか14。東アジア国際システムはASEAN が「中心」=ハブとなり、 大国である日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージ ーランドが「周辺」=スポークを構成するという“逆ウエストファリ ア”体系の力学によって取って代わられようとしている、と言い換え てもいい。(図 2 参照) 図 2 ASEAN+3+3(東アジア・サミット)のハブ・スポーク関係 ( 出 所 ) 山 本 武 彦 「 日 本 の 『 東 ア ジ ア 共 同 体 外 交 』 と 共 同 体 構 想―二 国 間 主 義 と多国間主義の間―」山本武彦・天児慧編『東アジア共同体の構築(1) 新たな地域形成』岩波書店、2007 年、150 頁を修正。台湾と北朝鮮(NK) はEAS に不参加のため点線で表した。

14 この点の詳細は、山本武彦「日本の『東アジア共同体』外交と共同体構想―二国間 主義と他国間主義の間」山本武彦・天児慧編『東アジア共同体の構築(1)新たな地 域形成』岩波書店、2007 年、150 ページを参照。 ASEAN(東南アジア諸国連合) +ARF インド 豪州 中国 日本 韓国 NZ 台湾 NK

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この間の経緯が示しているように、ポスト・ウエストファリア体 系の形成は、経済的・社会的分野での政策協力が先行し、これに触 発されるかのように外交・安全保障分野での政策協力が進むという パターンをとってきた。機能主義的なステップ・バイ・ステップ・ アプローチの魅力を遺憾なく発揮してきたと言っていい。実際、2005 年段階でAPT の枠組みのなかで、17 分野 48 の協議体が活動してお り、機能主義的な統合が着実に進行している何よりの証左である。 この過程では、非政府団体(NGO)や非営利団体(NPO)といっ た市民社会アクターが深く関わり、ソフトな相互依存のネットワー クを複合化させる役割を担う。それは、国家間の経済的相互依存や ARF を 軸 に し た ハ ー ド な 相 互 依 存 体 系 を 下 支 え す る 役 割 を も 果 た す。このような相互依存の関係性を別の表現で言い表すなら、東ア ジアで現に作動している相互依存システムは、戦略的相互依存体系 =ハードな相互依存体系+ソフトな相互依存体系、といった形を取 りつつあると言っても過言ではあるまい15。その意味で、東アジアに は予想を超える勢いで政治・外交・経済・社会の争点領域を包括す る、いわば“総合安全保障共同体”が形成されつつあると言ってもよ い。 問題は、東アジアに残る冷戦の構造的残滓をどのように処理し、 東アジアに形成されようとしている“総合安全保障共同体”の芽を着 実に育てていくかである。冷戦の構造的残滓とは、いうまでもなく 二つの「大いなる分断(Great Divide)」16、すなわち中国と台湾、南

15 ハーバード大学のジョセフ・ナイ(Joseph S. Nye, Jr.)教授は、2009 年 2 月 17 日にナ イ教授の研究室で行った筆者との会話で、このような戦略的相互依存体系を smart interdependence system と言い換えたことを付記しておく。 16 メアリー・カルドー著、山本武彦・渡部正樹訳『新戦争論―グローバル時代の組織 暴力』岩波書店、2003 年。

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北朝鮮の二つの分断されたシステムの存在を指す。台湾はアジア太 平洋経済会議(APEC)にチャイニーズ・タイペイという呼称でオブ ザーバー参加しているが、ARF と EAS には不参加であり、北朝鮮は ARF の加盟国であるが APEC にも EAS にも参加していない。

だが、台湾と中国との両岸関係は政治的な原則の応酬にもかかわ らず、資本移動や技術移転などの経済交流や人の移動は鰻上りの上 昇を示してきた。90 年代以降のいわゆる「三通(通商、通航、通信)」 問題も両岸の経済交流に支障とはならず、香港をも巻き込んだ形で 実質的に大中華圏が形成され、経済相互依存体系が不可分に成立し て現在に至っている。言い換えると、台湾はEAS の枠組みの中で、 APTT+アルファの位置をすでに占めるに至っているのである。 他方、北朝鮮はその極端な孤立政策からみて、EAS の枠組みに入 り込めるだけの余地が乏しいことは否めない。また、北朝鮮もその 意思を示しているわけでもない。しかし、北朝鮮のエネルギーと食 糧の慢性的な欠乏状況が東アジア地域の安全保障上の不安定要因に なっていることも反面の事実である。このような不安定性と不確実 性の要素を孕んだ北朝鮮を現に進行しつつある東アジアの機能主義 的な協力ネットワークに包み込んで行くようなソフト・アプローチ を模索し、APTT+アルファ(台湾)+ベータ(北朝鮮)の柔軟な地 域総合安全保障共同体へと裾野を広げていくスマートな構想が待た れる。

七 エネルギー安全保障共同体と食糧安全保障共同体

を包摂する経済「集団」安全保障体制へ―むすび

に代えて

このようにみると、20 世紀末においてさえ実現可能性の低い楽観 主義的な構想と一蹴されてきた東アジア・サミット(EAS)でさえ、

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東アジアにとってもはや欠かすことのできない協力と協調の重要な メカニズムとなってしまった。本稿で取り上げたエネルギー資源や 食糧資源について今後のEAS で議論の対象となる可能性は高いし、 ま た 制 度 枠 組 み が ど の よ う な も の に な る か 予 断 を 許 さ な い と し て も、これらの有限の財を緊急時の地域的危機管理の枠組みの中で相 互融通システムを構築することについて何らかの合意が形成される 可能性はある。 2007 年後半から世界経済システムの根幹を揺るがした金融危機に 際して、1997 年当時のアジア通貨・金融危機を教訓にした二国間・ 多国間の通貨スワップ・システムの構築で合意が成立したことは、 EAS のメンバーである 16 カ国が次なる危機の到来に備えて、通貨以 外の財についても集団財化する意思が潜在的に共有されていること を示唆する。それだけ東アジアには、経済相互依存体系が複合化し ていることを国々の政策決定者たちは、認識しあっているとみてい い。 もしも経済相互依存が経済的な厚生を縮減するのではなく、むし ろ協力の輪を広げるという積極的な効果を伴うのであれば、国際的 な共通ルールの存在が不可欠になる。これが、経済的厚生をより確 実なものにする際の国際的な集団的役割の基礎となる。経済安全保 障を手段よりもむしろ価値によって意義づけるなら、経済安全保障 は経済的な厚生が剥奪されるという脅威が存在しないことにつなが り、したがって経済「集団」安全保障システムの構築にとって大き な障害が存在しないことにもつながってくる。言い換えると、国々 が経済安全保障を個別的に追求するに当たって、ゼロ・サム的な発 想に立たず、むしろ「集団」財化することで結果的にプラス・サム 的な利益がすべてのプレーヤーに行き渡るという発想に立てるかど うかが問われることになる。

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いずれにせよ、エネルギー「集団」安全保障も食糧「集団」安全 保障も、それぞれ別個のものとしてよりも経済「集団」安全保障シ ステムとして相互にリンクし合ったものとして追求された方が、全 体としての“東アジア総合安全保障共同体”の活性化を促す上でもは るかに効果的である。経済「集団」安全保障を経済的厚生が喪失す る脅威を削減するための国際経済秩序を創造する試みとして捉えれ ば、東アジアの地域的枠組みの中で総合安全保障レジームと制度の 構築を進めることが、多様な脅威に対処するのに必可欠な作業とな るのは明らかである17 経済「集団」安全保障体制は東アジアにおいてもはや夢物語では なく、すでにEAS の枠組みの中で芽生えてきている。アジアにも波 及してきた今回の世界経済危機を触媒にして、この新体制を現実化 す る シ ナ リ オ を 官 民 挙 げ て 真 剣 に 書 き 上 げ る 時 期 に 立 ち 至 っ て い る、と言っても過言ではない。なかでもEAS のスポークに位置する 日本と中国のイニシアチブは、ハブとしてのASEAN のエネルギー安 全保障と食糧安全保障にも影響を及ぼすだけに、利己的政策に走る ことだけは避けるべきである。なかでも、中国は2009 年 3 月末時点 での外貨準備高が1 兆 9537 億ドルで世界第 1 位となり、外貨準備資 産に占める金準備高も世界第 5 位に入る押しも押されもせぬ経済超 大国となった18。責任ある大国として東アジア経済「集団」安全保障 体制の構築に向けて積極的なイニシアチブを発揮することが求めら れる。

17 この点は、ジョセフ・ナイの着想に触発される。See, Joseph S. Nye, Jr., “Collective

Economic Security,” op. cit., pp.587-588.

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〈参考文献〉

David Mitrany, A Working Peace System. (London: Royal Institute of International Affairs), 1943.

John Gerard Ruggie, “International Regimes, Transactions, and Change: Embedded Liberalism in the Postwar Economic System,” in Stephen D. Krasner, (ed.), International Regimes. (Cornell University Pres), 1983, pp.379-415.

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Joseph S. Nye, Jr., Peace in Parts: Integration and Conflict in Regional Organization. (Lanham: University Press of America), 1987.

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數據

図 1  世界の長期エネルギー需給見通し

參考文獻

相關文件

(The New York Times)、 《華盛頓郵報》(The Washington Post)、 《英國金融時報》(The Financial Times)、 《日本產經新聞》(産経

締約國同意在環保、保育(包括天然資源)方面共同合作。環境 合作機制(Environmental Cooperation

七、選手來源及限制:選手應具有中華民國國籍,青年組限民國89年1

資料來源:嘉義市衛生局

In the Appendix we introduced a case of humorous misargumentation (nigrahasthānam) concerning no soul showed by Dharmakīrti in his Vādanyāya.. He revised the

第 36 號(1959 年),頁 53-56;高崎直道, 〈如來藏思想の歷史と文獻〉 ,收入平川彰等編, 《講 座大乘佛教 6:如來藏思想》(東京:春秋社,1982 年),頁

Schopen 著,平岡聰譯<《大般涅 槃經》における比丘と遺骨に関する儀礼>;(4) 此 Schopen 之意見,美國學者 Silk Jonathan 及日本學者下田正弘均表同意。Silk, Jonathan, The

We will prove the facts by mathematical induction.. 定位控制集(Locating Dominating Set, LD