馬英九政権の対外援助の回顧と提言
王 俊 傑
(台湾・国立中山大学政治経済学科助理教授)【要約】
本 稿は、 まず 過去に 台湾 が行っ た対 外援助 政策 の意図 につ いて検 討 し、対外援 助政策を決 定する際の 、両岸政策 の重要性に ついて 明 らかにする。「92 年コンセンサス」は、馬政権の両岸政策の重要な基 礎 であり、両 岸の交流や 協力をより 密接にした ほか、外交 戦にお い ても、「外交休兵」の暗黙の了解を得た。よって、本研究では対外援 助 政策におけ る三つの変 化、すなわ ち対外援助 政策の策定 、援助 予 算 の透明化、 プロジェク ト・サイク ル・マネジ メント制度 の導入 を 明 らかにし、 最後に、馬 政権二期目 の対外援助 政策に対し 、経済 貿 易利益の重視、及び官民連携の二点を提言する。 キーワード:対外援助、両岸関係、馬政権、外交休兵 二名の匿名レフリーの貴重な審査意見に感謝いたします。
一 はじめに
2008 年、国民党の総統候補であった馬英九は 58.45%の得票率を獲 得 し、民進党 の謝長廷候 補を破って 、国民の直 接投票で選 出され た 三 人目の総統 に就任し、 台湾は二度 目の平和的 な政権交代 を実現 し た 。民主化が 進む中、一 部の研究者 は「一党覇 権」の復活 と国家 主 権の喪失を懸念し、特に後者への懸念は大きかった1。選挙戦におい て 、謝長廷は 、馬英九が 主張する「 一つの中国 の解釈を、 各自が 表 明する(一中各表)」、「両岸共同市場」の主張を攻め、両岸政策をめ ぐる国民党と民進党の相違の大きさを訴えた。 政 権が民 進党 から国 民党 に移行 すれ ば、両 岸関 係が過 去と は異な る 発展を歩む ことは想定 内である。 一般的な予 想通り、馬 政権一 期 目においては、「先に経済、後に政治」の指導原則の下、海峡交流基 金会(以下、海基会)と海峡両岸関係協会(以下、海協会)の交渉が再 開され、2012 年の 8 月までに 8 回の江陳トップ会談が開催された。 注 目 を 集めた 「 海 峡両岸 経 済 協力枠 組 み 協議(ECFA)」を含め、18 項目の協定・覚書・その他の文書23が締結され、李登輝総統や陳水扁 総 統 の 在 任 期 間 と 比 較 す る と 、 馬 政 権 に お け る 両 岸 関 係 の 緊 張 は 、 「92 年コンセンサス」の基礎の下、大幅に緩和され、実務関係が発 展した。 外交政策分野においては、「活路外交」と「外交休兵」の指導原則1 徐永明「二次政黨輪替之後—民進黨的改革與發展與臺灣民主」『臺灣民主季刊』第 5 卷第2 期(2008 年 6 月)、頁 149~160。 2 「兩岸協議」行政院大陸委員會、http://www.mac.gov.tw/ct.asp?xItem=67145&CtNode= 5710&mp=1。 3 江陳会談は 2012 年 8 月までに計 8 回開催されている。しかし、第 8 回江陳会談は、 馬英九政権の2 期目に開催されている。
が 「のろし外 交」にとっ て代わり、 これに連動 して、外交 部が主 管 す る対外援助 政策にもま た大幅な調 整が加えら れた。本稿 では、 馬 政 権の対外援 助政策の回 顧と展望を 通じて、異 なる角度か ら台湾 の 対 外関係の変 化をとらえ ることとす る。本文は 、以下五章 で構成 す る。はじめに、「台湾の対外援助政策の意図」において台湾の対外援 助 の歴史を回 顧し、次に 「馬政権の 両岸政策」 において、 特に外 交 政策への影響に注視しながら、馬政権の両岸政策を簡潔に紹介する。 続いて、「馬政権の新たな対外援助政策の実践」において、馬政権の 対 外 援 助 政 策 に お け る 実 質 的 な 変 化 を 分 析 し 、「 馬 政 権 二 期 目 の 対 外 援助政策に 対する提言 」を示し、 最後に「結 論及び提言 」で締 め くくる。
二 馬英九就任前の台湾の対外援助政策の意図
現在の国際社会における援助と協力は、1947 年のマーシャルプラ ン(Marshall Plan)から始まったとするのが一般的な認識であり、米 国 は共産勢力 の拡散を防 ぐため、戦 後崩壊した 西ヨーロッ パを支 援 し た。西ヨー ロッパ諸国 の経済は底 堅かったこ とから、マ ーシャ ル プ ランは良好 な成果を収 め、西ヨー ロッパ諸国 は急速に回 復し、 国 際 協力のモデ ルとなった 。しかし、 注目に値す るのは、マ ーシャ ル プ ランの開始 以降、国際 社会におけ る援助や協 力の多くが 人道主 義 に 留まらず、 国家利益を 考慮するも のとなった 点であり、 台湾や 各 国の対外援助政策を理解する上でも、こうした見方が欠かせない。 例 えば、 米国 の対外 援助 政策は 、冷 戦時代 とポ スト冷 戦時 代では そ の戦略的重 点が異なっ ており、対 外援助は概 ね一国の安 全保障 や イデオロギーと関係している4。1950、60 年代における日本の対外援助は、援助と輸出の開拓をリンクさせることが重点であり5、その利
益は五つの側面に帰納することができる6。また、後進国である韓国
についてみると、対外直接投資(FDI、Foreign Direct Investment)と
援 助の経時変 化の関係か ら、日本が 対外援助を 利用して経 済利益 の 拡 大 を 効 果 的 に 成 し 遂 げ て き た こ と が 分 か る7。 総 体 的 に 見 る と 、 OECD(経済協力開発機構、Organization for Economic Cooperation and Development ) の DAC ( 開 発 援 助 委 員 会 、 Development Assistance Committee)加盟国に比べ、非 DAC 加盟国である新たな援助国は、 援助の際の人道主義的考慮が少ない8。 台湾の対外援助は、1959 年の南ベトナムへの農耕隊の派遣に始ま り、1960 年代には、台湾はアフリカで「先鋒案」を実施し、これに よ り正式に被 援助国から 援助国へと 徐々に転換 していった 。援助 戦 略 についてい えば、先鋒 案は主に、 アジアの精 巧な水稲栽 培技術 を ア フリカに広 め、現地の 食糧危機の 解決を図る ことにあっ たが、 先 天 的な自然条 件の制約も あって、被 援助国が直 面する全て の困難 を
Foreign Aid during and after the Cold War,” Journal of Politics, Vol. 60, No. 1 (Feb., 1998), pp. 63~85. 5 蔡東杰「日本援外政策發展:背景、沿革與演進」『全球政治評論』第三十二期(2010)、 頁39。 6 5 つの側面とは、以下を含む:国際・地域の外交活動の展開、日米同盟の維持、輸出 拡大促進助力による国内経済の成長促進、重要な自然資源の獲得、グローバル戦略 を組み入れた目標設定。蔡東杰、前掲書、頁41~43。
7 Sung Jin Kang, Hongshik Lee, and Bokyeong Park, “Does Korea follow Japan in foreign aid? Relationships between aid and foreign investment,” Japan and the World Economy, Vol. 23, (2011), pp. 19~27.
8 Axel Dreher, Peter Nunnenkamp, and Rainer Thiele, “Are ‘New’ Donors Different? Comparing the Allocation of Bilateral Aid Between nonDAC and DAC Donor Countries,”
解決することはできなかったが9、援助を提供する外交目的の一部は 達成することができた。1950、1960 年代は、両岸が国連の中国代表 権を争っていた時代で、米国の財政支援の下10、台湾はアフリカの新 興 国に対し援 助を提供す ることで、 こうした国 家からの支 持を獲 得 しようとした。台湾は1971 年に国連の議席を失ったが、援助によっ て アフリカ諸 国の支持を 得ていなか ったら、も っと早い段 階で国 連 代表権を失っていただろうというのが一般的な見方である11。 1971 年の国連脱退から 1979 年の米台国交断絶までの期間は、台湾 が最も多くの友好国を失った時期でもあり、国交国の数は65 ヶ国か ら33 ヶ国へと劇的に減少した。米国との断交後、対外援助の財源と 計 画は完全に 台湾の手に 委ねられる ことになり 、台湾は既 に国連 の 中 国代表権を 喪失してい たが、その 対外援助の 目的は依然 として 既 存 の外交承認 の維持と新 たな外交承 認の開拓、 或いは実質 的な関 係 の 構築にあっ た。対外援 助を利用し て外交関係 を維持する には明 ら かに限界があり12、特に、台湾が使える資源は中国のそれに全く及ば な いため、台 湾と正式な 外交関係を 有する国家 は年々減少 し、外 交 関 係を維持し 続けている 大国はごく 数ヶ国とな り、ポスト 冷戦期 に 入 ると、サウ ジアラビア 、韓国、南 アフリカ共 和国などを 相次い で
9 劉曉鵬「非洲發展援助中的台灣經驗:馬拉威的故事」『問題與研究』第 48 卷第 4 期 (2009 年 12 月)、頁 127~151。 10 劉曉鵬「從非洲維持美臺聯盟:重新檢視「先鋒案 J」『臺灣史研究』第 14 卷第 2 期(2007 年6 月)、頁 161~181。 11 劉曉鵬「農技援助之外:小中國對非洲的大想像」『臺灣史研究』第 19 卷第 1 期(2012 年3 月)、頁 141~171。
12 Taylor, Ian, “Taiwan’s Foreign Policy and Africa: The Limitations of Dollar Diplomacy,”
Journal of Contemporary China, Vol. 11, No. 30 (2002), pp. 125~140 の関連議論を参照。
この論文は、南フリカを事例とし、台湾の金銭外交の大国に対する影響には限界が あることを述べた、ケーススタディーである。
失 った。台湾 が世界の主 要国と断交 すると、援 助や国際協 力によ っ て 発展途上国 の承認や支 持を得るこ とが台湾の 外交政策の 核心の 一 つとなった。 李登輝が総統に就任した1988 年以前、台湾はその外交戦において 概ね保守的な姿勢をとっており、1971 年から 1988 年の間、中国を承 認 して断交し た国はあっ ても、台湾 との国交を 回復したり 、外交 関 係 を樹立した 国は一つも なかった。 しかし、李 登輝の就任 後、一 つ には、1991 年に「国家統一綱領」が可決されて、「財団法人海峡交流 基金会(海基会)」が設置され、両岸問題にかかる事務的協議が開始 さ れたことが あった。二 つ目には、 対外援助と 引き換えに 発展途 上 国の承認を獲得する動きが活発になったため、「金銭外交」が急速に 広 がった。歴 代の外交部 長は「金銭 外交」とい う言葉を受 け入れ な かったが、当時、外交部長であった錢復は、記者会見の中で、「ただ で食 える飯はな い」、「外交 構築にはお 金がかかる 」と率直に 発言 し ている13。1995 年のミサイル危機によって両岸関係が悪化すると、 両岸の外交競争もますます熾烈なものとなり、1995 年から 2000 年の 李 登輝時代、 台湾はモナ コ、ニジェ ール共和国 、バハマ、 セント ル シ ア、南アフ リカ共和国 、中央アフ リカ共和国 、ギニアビ サウ、 ト ン ガ等の国々 と断交した 一方で、チ ャド、リベ リア、マー シャル 諸 島、マケドニア、パラオ等と国交回復・国交樹立した。 2000 年に初めて平和裏に政権が移行され、陳水扁が総統に就任す る と、基本的 には李登輝 の外交及び 両岸政策が 踏襲された 。特に 一 期目の就任当初は、「四つのノー」を主張したが14、2002 年 8 月には
13 『聯合報』1991 年 7 月 21 日、第 2 版。 14 「四つのノー、一つのない」とは、「中国共産党が台湾に対して武力行使を行う意図 が無いとするうちは、自分の任期中において、独立を宣言せず、国号を変更せず、 両国論を憲法に加えることは進めず、統一か独立かの国民投票は行わず、国家統一
早 くも世界台 湾同郷会年 次総会の講 演で「一辺 一国」を主 張した 。 実際、陳水扁の 8 年の任期中、両岸関係には明らかな緩和は見られ ず、海基会と海協会による会談も再開されなかった15。陳水扁の「の ろ し外交」政 策は、台湾 に不利な国 際情勢を動 かすことは できず 、 キリバス共和国、ナウル、セントルシアの 3 ヶ国と新たに国交を樹 立 したが、失 った国交数 はこれをは るかに上回 るもので、 国交国 は 23 ヶ国まで減少した。 1960 年代から 2008 年の期間、台湾が発展途上国へ援助を提供した その外交努力の主旨は、台湾の対外主権(External Sovereignty)16 を 確 保すること にあり、台 湾の対外主 権の妨害者 は明らかに 中国で あ っ た。中国は 一つで、台 湾はその不 可分の一部 であり、中 華人民 共 和 国政府が全 中国を代表 する唯一の 政府である との理論の 下、中 華 民 国政府が台 湾・澎湖・ 金門・馬祖 を実効支配 し、対内主 権に何 の 疑 いがなくて も、その対 外主権に対 しては疑義 を抱かれた 。援助 に よ って国交国 を獲得し、 これにより 対外主権を 確認するこ とが、 長 き に渡って台 湾の援助政 策の主要目 的であり、 実際の実施 方法や 手 段は両岸関係の状態を勘案して判断された。例えば、1995 年から陳 水 扁政権時期 は、まさに 両岸関係が 総体的に緊 張した期間 で、い わ ゆる「金銭外交」や「のろし外交」が盛んに行われていた。よって、
綱領と国家統一委員会の廃止という問題もない」を指す。 15 1995 年のミサイル危機後、両会は交渉を再開したが、1999 年の二国論を受けて正式 な事務協議を再開することはできなかった。
16 Thompson は、主権は対内主権 (internal sovereignty)、対外主権に分けることができ、
対外主権は、対内主権が他国の尊重・承認を得ることを指し、対内主権は領土内の 唯一合法な権威であるとした。陳牧民もこのフレームワークを用い、馬政権の外交 戦略の得失を分析している。Thompson, Helen, “The Case for External Sovereignty,”
European Journal of International Relations, Vol. 12, No. 2 (2006), pp. 251~274;陳牧民「主
台 湾の歴代政 府の対外援 助政策を理 解するには 両岸政策か らとり か からなければならない。 馬 英九就 任前 の台湾 の対 外援助 政策 の目的 は、 高度に 政治 的なも のであったため、人道主義的な配慮は副次的なものにすぎなかった。 よ って、発展 途上国に対 する台湾の 実際の行為 は、国交の 樹立・ 維 持 の角度から 理解すべき であり、必 ずしも被援 助国の需要 に応え た も のではなか った。台湾 の二国間援 助の対象は 、概ね台湾 の国交 国 や比較的友好的な国家であり、2004 年及び 2008 年における国際協力 項目予算の99% 以上は、アジア太平洋・アフリカ・中南米などの国 交国に用いられた17。台湾の援助予算は、相当額が機密費の方式にて 編 成されてお り、陳水扁 政権時代に おいては、 外交部全予 算に占 め る機密費予算の割合は15%-18%であった18。政府関係者は、機密費 として予算計上する理由について、被援助国間で金額を比較したり、 台 湾の対外援 助予算の配 分が中国に 漏れないよ うにするた めだと 説 明している19。しかし、機密費もまた水面下の外交行為を隠蔽するた め の策である 可能性もあ り、実際、 国交を維持 するために は、た と え 公に実施さ れてきた農 耕隊であっ ても、被援 助国の要人 にプラ イ ベートなサービスを提供することは避けられなかった20。
17 Czeslaw Tubilewicz and Alain Guilloux, “Does size matter? Foreign aid in Taiwan’s diplomatic strategy, 2000-8,” Australian Journal of International Affairs, Vol. 65, No. 3 (Jun. 2011), pp. 329.
18 同上、328 ページ。
19 この見解は、簡又新・外交部部長の立法院への回答に現れている。『聯合報』2002 年
3 月 21 日、第 4 版。
三 馬政権の両岸政策
馬 英九は 、自 身の生 活体 験から 強烈 な中華 民族 イデオ ロギ ーを持 ち 、その世界 観の認識に おいても中 国の台頭を 認め、また 台湾も こ れに参与すべきであると考えているようである21。馬英九の心の深層 に ある考えを 知ることは できないが 、馬英九が 総統就任後 、その 両 岸 政 策 の 方 向 性 が 李 登 輝 及 び 陳 水 扁 の 前 総 統 と は 大 き く 異 な り 、 「92 年コンセンサス」を両岸政策発展の基礎としたことは明らかで、 胡錦濤総書記が、「92 年コンセンサス」が両岸協議の基礎であるとの 考 えを示すと 、馬英九は 自身の就任 式典や各式 典での挨拶 、或い は インタビューにおいて、「92 年コンセンサス」の立場を何度も強調し ている22。 両岸は、「92 年コンセンサス」のコンセンサスは「一つの中国」で あ るとしてい るが、一つ の中国が何 を包含する のか、どの ように 表 現 するのかに ついては、 異なる見方 を示してい る。台湾は 「一つ の 中 国」を「中 華民国」と 定義し、馬 英九もプレ スリリース や公式 の 場において繰り返し説明しているほか、特に「92 年コンセンサス」 の 意味とその 由縁につい て説明する ため、記者 会見まで開 催した 。 記者会見において馬英九は、「一つの中国の解釈を、各自表明する」 というのが台湾が認める「92 年コンセンサス」の内容であり23、中 国 が「一つの 中国」の意 味を受け入 れるか否か については 、両岸 が21 紀舜傑「多層次因果分析論馬英九的外交思維」『台灣國際研究季刊』第 6 卷第 2 期 (2010 年夏季號)、頁 147~63。 22 趙念渝「全世界講九二共識最多的大概就是我:馬英九執政三週年評述」『海峽評論』 2011 年 5 月 1 日、頁 29~30。 23 「總統針對『九二共識』議題召開記者會」中華民國總統府、http://www.president.gov.tw/ Default.aspx?tabid=131&itemid=25076&rmid=514。
各 自表明する ことから、 想像の余地 が大いに存 在すると述 べた。 ま た、馬英九は1992 年の海協会から海基会への回答書簡においても「各 自が表明する」の原則を確認しているとしたが24、中国の国務院台湾 事務弁公室は 1999 年、「各自が表明する」の言い振りについて文書 で反発し、「『一つの中国』表現の仕方については依然として協議の 必 要 が あ る 」 と い う 点 に つ い て 同 意 し た の み で あ る と し25、 さ ら に 2008 年に馬英九が総統に再任した後、再び文書で異なる見解を示し た26。最も現状に近い見方は、「一つの中国」を明確にしないのは、 右 が双方が故 意に作り出 した曖昧な 空間である ためで、こ の曖昧 な 空 間こそが暗 黙の了解の 産物であり 、また中国 が公の場で 「曖昧 な 空 間」を承認 する可能性 はないとい うものであ る。こうし た両岸 の 政 治操作を間 接的に裏づ けるように 、いくら馬 英九が公の 場で「 一 つ の中国は中 華民国であ る」と表明 しても、現 に中国は右 の表明 を 理由に両岸交流を停止していない。 両 岸が「 一つ の中国 」を 認定し よう とも、 或い は「各 自そ れぞれ 表 明する」の 意味が何で あろうとも 、海基会と 海協会の両 会は、 馬 英九の総統就任後、早急に事務交渉を再開し、2008 年 6 月に第一回 江陳会談を開催し、これまでに計8 回の会談を行っている。「先に経 済 、後に政治 」の原則の 下、両会が 締結した協 定はみな経 済や民 生 問 題に関係す るもので、 海峡両岸経 済協力枠組 み取り決め 、中国 人 観 光客の台湾 個人旅行開 放、海峡両 岸投資保障 ・促進取り 決め等 が
24 同上。 25 「為歷史留下公正的註腳-1992 年兩會共識始末」中共中央台灣辦公室國務院台灣事 務辦公室、http://www.gwytb.gov.cn/zt/92/201101/t20110110_1686391.htm。 26 「兩會對話與商談情況概述」中共中央台灣辦公室國務院台灣事務辦公室、http://big5. chinataiwan.org/gate/big5/www.gwytb.gov.cn/lhjl/la2008q/gaikuang/201101/t20110108_168 4748.htm。
結 ばれた。台 湾が関心を 払っている 「国際社会 における活 動」に つ い て、海峡両 岸は何れも 一定の善意 を示し、馬 政権は、国 交国を 通 じ て国連に国 連議席の回 復を求める ことはせず 、他方の中 国も台 湾 が 国連付属の 専門機関に 加盟するこ とに反対せ ず、よって 、台湾 は 2009 年からオブザーバーとして世界保健機関年次総会(WHA)に参 加している。このほか、2012 年の APEC 首脳会議前、胡錦濤総書記 は 連戦国民党 名誉主席に 対し「台湾 が適切な形 で国際民間 航空機 関 (ICAO、International Civil Aviation Organization)に参与できるよう
真剣に検討している」と述べた27。 し かし、 台湾 の二つ の国 連付属 専門 機関へ の加 盟から 、徐 々に一 つのモデルが形成された。即ち、「一つの中国」政策に基づき、台湾 は中 国の同意を 得なければ 国連の専門 機関に加盟 することが できず 、 同 モデルは長 期的に見れ ば、台湾が 実質的に国 際組織へ参 加する こ と を可能にす るが、台湾 の主権の位 置づけにと っては不利 であり 、 国 際社会にお いて台湾が 国家として 独立してい ないことを 顕著に す るばかりで、「香港・マカオ化」するのではとの疑義も免れない。よ っ て一部の研 究者は、国 際組織の規 約を改定し 、台湾のよ うに主 権 問 題がある国 家のための 一連の制度 を整備しな ければ、台 湾が関 心 を 払っている 国際空間の 問題を効果 的に解決す ることはで きない と 考えている28。 両岸の緊張の緩和は、過去には奇怪に展開した外交戦にも波及し、 現在では「外交休兵」が両岸の暗黙の了解となっている。「烽火外交」 か らすると「 外交休兵」 は外交政策 上の大転換 であったた め、外 部 か ら疑念が出 ることは避 けられず、 台湾の外交 利益にマイ ナスの 影
27 『聯合報』2012 年 9 月 8 日、第 A1 版。 28 陳牧民、前掲「主權理論與當前台灣外交戰略」。
響 が出るので はと懸念さ れたことか ら、馬英九 の就任後、 特に外 交 部は視察の機会を利用して、「外交休兵」の意味を説明した。馬英九 の言う「外交休兵」とは、「双方が相手の国交国と負の競争を展開せ ず 、資源を浪 費して相手 の国交国を 取り合わな い。同時に 自身の 国 交 国の人々の 問題に対処 する際には 、人道を原 則とする。 …『活 路 外交 』、『 外交休 兵』の成功 の基本的要 素は、両岸 間に一定の コン セ ンサスを構築することである29」であり、論理的に見れば、国交国と の関係を強固にすることは、「外交休兵」の原則に反しない。結論か らすれば、「外交休兵」は間違いなく一定の成果を上げており、馬英 九の就任以降、台湾は23 ヶ国との国交を維持しており、変化はない。 さらに、馬英九曰く、中国は少なくとも台湾と国交を有する 3 ヶ国 からのアプローチを拒否したというが30、「外交休兵」のプラス効果 が いつまで持 続されるか 予測できな い点につい ては、注意 すべき で ある。 馬 英九が 「外 交休兵 」を 提起し たの は、一 触即 発の状 態に ある両 岸 の雰囲気を 緩和するほ か、困窮す る国家の財 政状況に鑑 み、国 庫 の支出削減を図ろうとしたというのが直感的な見方である。しかし、 実 際には、陳 水扁時代の 「烽火外交 」政策のせ いで李登輝 時代よ り 支出が増幅したということもなく31、馬政府の「外交休兵」政策下で は 、対外援助 費の支出は 減少してい るものの、 大幅な削減 とはな っ ていない。よって、「外交休兵」等を「対外援助予算の削減」と見る のは必ずしも正しい見方ではなく、また、「外交休兵」が台湾の総体 的 な対外援助 政策の目的 ・実施とい った各側面 に与える影 響が見 落
29 馬英九「對外關係與僑務工作」『馬英九總統 97 年言論選集』(台北:行政院新聞局、 2009 年)、頁 186。 30 『聯合報』2011 年 8 月 15 日、第 A4 版。
とされている。
四 馬政権の新たな対外援助政策の実践
「 外交休 兵」 が台湾 の対 外援助 政策 に与え た最 大の影 響は 、既存 の国交国との外交関係を維持し32、また、今後新たな外交関係樹立の 模 索と援助の 提供の有無 及び多寡結 び付けない との最高指 導原則 で あり、それに替わり、「正当な目的、合法的なプロセス、効果的な実 行」33を対外援助の三原則とし、人道主義的な考慮をより重要視した。 台湾の対外援助は、対外主権獲得における直接的な効果を弱めたが、 国 際的な肯定 的イメージ は長期的、 また対外主 権の獲得に て、プ ラ ス となるであ ろう。いず れにせよ、 対外援助政 策の目的が 変わっ て か ら、援助計 画の透明性 、援助資源 の分配、援 助行動の計 画・監 督 の いずれにも 変化が生じ ていること は明らかで ある。以下 では、 対 外 援助政策の 関連資料、 援助予算の 透明度、プ ロジェクト ・サイ クル・マネジメント(PCM、Project Cycle Management)制度の三つの
側 面から、馬 政権と李登 輝政権及び 陳水扁政権 時代との対 外援助 政 策の違いを明らかにする。 1 対外援助政策の関連資料 1960 年代の「先鋒案」以来、発展途上国に対する台湾の支援には 長 い歴史があ るが、台湾 はこれまで 対外援助に 関連する政 策文書 や
32 前述のとおり、既存の国交関係を強固なものとすることは、「外交休兵」政策に反さ ず、また、「外交休兵」は、台湾が既存の国交国との外交関係を重視しないことを意 味しない。 33 同対外援助三原則は、2008 年 8 月、馬英九が財団法人国際合作基金会(略称:国合 会)を視察した際に初めて言及したもので(前掲『馬英九総統97 年言論選集』P213 を参照)、その後、様々な台湾の対外援助政策文書・談話で散見される。
法律を制定していなかった。馬英九政権は、2009 年 5 月にまず、「パ ートナー関係の進歩・永続的発展:対外援助政策白書」(略称「対外 援助政策白書」)、更に2010 年 6 月には「国際合作発展法」(略称「国 合法」)、翌 2011 年 12 月には、六項目の「国合法」関連法規を発布 し、馬政権における対外援助政策の法的枠組みを明確にし、「合法的 なプロセス」の対外援助の原則に応えた。 「 対外援 助政 策白書 」に 盛り込 まれ ている 五項 目の対 外援 助の主 旨 は 、「 国 交 関 係 を 親 密 に す る 」、「 国 際 的 責 任 を 全 力 で 全 う す る 」、 「人類 の安全を保 障する 」、「国際社会に 報いる 」、「人道的精神 を発 揮する」であり、「国交関係を親密にする」は対外援助の主旨の一つ であるが、その重要性は往年には及ばない。注目すべきは、「国際援 助 発展の流れ 」の中で、 現在の国際 社会と発展 の問題にか かる重 要 な 文書を引き 合いに出し ている点で 、例えば「 国連ミレニ アム宣 言 (Millennium Declaration) 及 び 国 際 開 発 目 標 ( MDGs、 Millennium Development Goals)」、「援 助効 果にか かる パリ宣 言( 以下、 パリ 宣 言 )」が盛り込ま れており、 とりわけ「 パリ宣言」 は注目に値 する 。 「パリ宣言」は OECD の DAC 加盟国やその他の主要援助国と被援 助国が共同で遵守すべき規範を定めたもので、 DAC は「パリ宣言」 の執行状況を定期的に追跡調査している。「対外援助政策白書」にお いて、台湾は「『パリ宣言』の準則に基づき援助モデルを調整する34」 と明言しており、台湾は非DAC 加盟国であるにもかかわらず、自身 を 国際社会の 一員として 位置付け、 自ら進んで 国際規範に 基づい て その 援助行為を 制約した 。「対外援助政 策白書」の 最後では 、「パ ー トナ ー関係の進 歩」、「永続 的発展」と いう二つの 対外援助政 策の 戦 略 転換を示し 、中でも「 パートナー 関係の進歩 」において は、如 何
34 中華民國外交部『進步夥伴、永續發展:援外政策白皮書』(2009 年)、頁 17。
に して「パリ 宣言」の五 大原則を着 実に実行す るかに重点 を置き 、 如何にMDGs(国際開発目標)を達成するかをその焦点とした。 「国合法」は台湾の対外援助行為の法的基礎であり、「国合法」第 8 条に定められた関連法規によると、様々な方法で援助を提供する際 に遵守すべきプロセスが規範により示されている。「国合法」におい て は、国合会 は特別な役 割を付与さ れており、 政府が援助 を実施 す る 際にはまず 国合会に優 先委託せね ばならない ほか、外交 部は援 助 計 画の企画・ 評価・監督 及び成果査 定法の制定 について国 合会と 協 議 しなければ ならない。 制度上、国 合会は政府 から独立し た財団 法 人であるが、政府資本100%の財団法人であり、外交部長を董事長と し、正副秘書長は政府からの出向者が担当しており、成立当初には、
政府開発援助(ODA、Official Development Assistance)の責任を負う
専門機関35と位置づけられ、その特別な地位は国合法においても確認 されている。国合法第 14 条では、「国際合作発展業務の経費は政府 の 財政能力を 勘案し、国 際的な対外 援助標準も 考慮する」 として お り、国際的な対外援助の標準とは、GDP に占める ODA の割合を 0.7% と する国連基 準を指して いる。国際 社会におい ては、ごく 少数の 国 家が同基準を満たしているにすぎず36、同条文は空文に過ぎないが、
35 発展途上国に援助を提供していた政府機関「海外技術合作委員会」、及び「海外経済 合作発展基金管理委員会」が廃止されて以降、1996 年 7 月 1 日になって、「財団法人 国際合作発展基金会設置条例」が国会で可決された。国合会が、対外援助を提供す る政府の発展援助機関となり、政府が委託する援助計画を実施するほか、自己資金 を用いて援助を提供している。 36 2011 年の時点で、OECD 開発援助委員会(DAC)加盟国のうち、この基準を満たし ているのは、スウェーデン、ノルウェー、ルクセンブルク、デンマーク、オランダ のみであり、OECD DAC 加盟国の全体平均は、0.31%、台湾は 0.093%である。詳細 は、中華民國外交部『國際合作發展事務100 年度報告』(2002 年 4 月)、頁 4~6 を参 照。
国合法においてより実行可能な ODA の下限を制定すべきかについ ては、意見が分かれるところである。ODA の下限を制定する利点は、 政府が財政難にあっても、ODA が大幅に削減されないことを保障で き る点にある が、政府が 運用する財 政資源の柔 軟性が狭め られ、 経 済 効率に合わ ないほか、 たとえ下限 を制定した としても、 政府の 財 政 状況が厳し い場合、立 法機関は同 規定の修正 を提起する ことも で きるため、ODA の下限制定がしかるべき効果を発揮できない恐れも ある。 2 援助予算の透明性 李 登輝、 陳水 扁政権 時代 は、援 助と 外交を 引き 換えに して いた時 代 であり、国 交国に対す る援助の項 目や金額、 配分は闇の 中で、 外 交 部以外では 、予算を掌 握する立法 院外交委員 会の委員で さえ自 ら 外交部に出向かなければ機密予算の内容を知る由はなかった37。外交 部 内部におい ては、対外 援助予算は 主に各地域 を担当する 「司」 が 握 っており、 特に中南米 司、アフリ カ司、アジ ア太平洋司 が強く 、 国 合会が実施 する技術グ ループ業務 についての み経済貿易 事務司 が 監督・管理していた38。各地域担当の司が元々握っている対外援助予 算 もまた機密 費と見なさ れることか ら、外交部 内部、ひい ては政 府 内 部であって も台湾の外 交システム 全体の対外 援助の概況 を把握 し て いる者は、 ごく少数の ハイレベル な政策決定 者に限られ た。か つ て 、両岸が熾 烈な外交競 争を展開し ていた時代 には、対外 援助予 算 の 内容を機密 と見なすこ とにも一定 の正当性が あったが、 そのた め
37 『聯合報』2002 年 3 月 12 日、第 4 版。 38 2012 年の政府改造後、各司の名称や管轄業務にも調整が加えられ、例えば、アフリ カ司と西アジア司は合併された。
に 、李登輝時 代の国家安 全局機密費 流用事件、 陳水扁の機 密外交 費 流 用事件など が発生した ことは、失 うものも大 きかったと いわざ る を得ない。 国 合会が 実施 する援 助行 動(外 交部 の委託 計画 や自己 資金 による 援 助計画を含 む)は、台 湾の対外援 助費が最も 透明化され ている 部 分 で、あらゆ る援助計画 の内容と金 額をインタ ーネットや 年報で 調 べられるほか、国合会もまたその投融資計画を AidData に報告して いる39。国合会が実行する対外援助予算が台湾全体の対外援助予算に 占める割合はわずか 1 割足らずであるが、総体的に見れば、単純に 援 助と外交関 係を引き換 えにしてい た時代とは 異なり、馬 政権の 援 助予算の透明度はいくぶん高まったといえる。 政 府内部 の透 明度か ら言 えば、 一方 では対 外援 助予算 執行 の会計 監 査のために 「国際合作 発展事務預 算執行要点 」を制定し 、他方 で は 、ハイレベ ルな政策決 定者がすぐ に対外援助 概況を把握 できる よ う 、 外 交 部 と そ の 他 部 門 が 提 供 す る 対 外 援 助 資 源 を と り ま と め た ODA データベースを完成させた40。注目に値するのは、このODA デ ー タ ベ ー ス が 概 ね OECD の 債 権 国 報 告 シ ス テ ム ( CRS 、 Creditor Reporting System)に基づき整備されたもので、フォームや欄が CRS と似通っている点であるが、CRS はもともと DAC 加盟国が OECD に援助活動や計画を報告するためのフォーマットである。近い将来、 台湾がDAC 加盟国となる可能性は高くないことから41、CRS によっ
39 AidData の詳細については、www.aiddata.org を参照のこと。AidData は、援助データ
を透明化し、援助の質を向上することを目的に、米国のブリガムヤング大学(Brigham Young University)、ウィリアム・アンド・メアリー大学(the College of William and Mary)
と非営利組織であるDevelopment Gateway が運営している組織。
40 中華民國外交部『國際合作發展事務 99 年度報告』(2012 年 1 月)、頁 3。
て台湾の ODA 状況を整備した理由は、DAC に加盟しようというの で はなく、国 際規範によ って対外援 助の効果を 高めようと したこ と にあると考えられる。 た とえ国 交の 維持が 援助 の唯一 の考 慮では なく ても、 国交 は台湾 の 外交政策の 核心的利益 であり、台 湾が直面す る特殊な状 況下に お いては、「外交休兵」がいつまで維持されるか誰にも予測できないこ と もあって、 政府は対外 援助政策に ついてある 程度の機密 を保持 し 続 けている。 そうはいっ ても、馬政 権の対外援 助予算の対 外的な 透 明度は高まっており、まず、外交機密予算が大幅に削減されている。 図 1 は、立法院に送られた歴年の機密予算額を示したものであり、 台湾の外交機密予算は2008 年度の 57.7 億元をピークに減少し続け、 2013 年度は 9 億元とピーク時の六分の一以下にまで減少した。削減 幅 は、その他 の外交予算 や対外援助 予算の削減 幅を大きく 上回っ て い るが、ここ から、外交 機密予算削 減の主な要 因は機密費 の公開 化 にあることが分かる。 こ のほか 、外 交部は 様々 なチャ ンネ ルを利 用し て、発 展途 上国に 対する台湾の各種援助内容を対外的に公開しており、「国合法」第15 条 の要求に基 づき、外交 部は毎年、 行政院を通 して国際合 作発展 問 題 年度報 告を 提出せ ねば ならな いこ ともあ って 、現在 まで に、2010 年、2011 年の 2 回、年度報告を完成させている。「年度報告書」は、 主に三つの内容から構成されており、台湾のODA 概況統計には、部 門別経費、各地で実行した計画の名称、援助計画が如何に MDGs を 達成したかなどが盛り込まれている。更に2011 年以降、台湾は OECD に対外援助額を報告しており42、OECD のホームページの資料からみ
た。現在、台湾はOECD に加盟していない。 42 『中央廣播電台』2011 年 11 月 10 日、http://news.rti.org.tw/index_newsContent.aspx?nid=
る と 、 台湾は 直 接 ODA のデータベース内の資料を利用して、CRS のフォームで OECD に報告しているのではなく、援助総額、二国間 援助総額、一方のみの援助総額だけ報告している。図 2 の資料から、 対外援助総額は下降しているものの、2009 年以降はマルチ援助額が 上昇するという趨勢を読み取ることができる。 図 1 近年の外交機密予算額 (出典)著者作成43。
326863。 43 図 1 資料は、以下の報道を、筆者が整理したものである:『大紀元』2009 年 5 月 29 日、http://www.epochtimes.com/b5/9/5/29/n2541104p.htm;『聯合報』2009 年 9 月 2 日、 第A4 版;『聯合報』2010 年 8 月 28 日、第 A18 版;『自由時報』2011 年 8 月 31 日、 http://www.libertytimes.com.tw/2011/new/aug/31/today-p1.htm;「林佳龍:年底前台日漁 權談判」立法院、http://www.ly.gov.tw/03_leg/0301_main/dispatch/dispatchView.action?id =40544&lgno=00028&stage=8&atcid=40544。
図 2 OECD に報告した台湾の対外援助額 (出典)OECD。 マ ルチ援 助額 が上昇 傾向 を呈し てい ること から 、台湾 の対 外援助 政 策の変化を 説明するこ とができる 。一つ目は 、台湾は国 際的な 開 発 組織との接 触を通して 、自身の国 際的な可視 性を高めた いと考 え て いる点で、 二つ目は、 援助と外交 関係の対価 がもはやさ ほど重 要 で なくなった ため、対外 援助資源を 国際組織の 分配に委ね やすく な っ た点である 。しかし、 著者が理解 している範 囲では、台 湾は依 然 と して、可能 な範囲で被 援助国を指 定して国際 組織に出資 するこ と を 好み、出資 とともに多 国間・二国 間関係に配 慮する「一 石二鳥 」 を 望んでいる 。しかし、 このうよう な方法は国 際組織には あまり 歓 迎 されないば かりか、右 方法による 援助を受け 付けない国 際組織 さ えある。 前 述の状 況か らすれ ば、 外交機 密予 算額と その 比率の 大幅 な削減 は称賛に値し、将来的には外交機密予算はゼロとなる可能性もあり、
そ うなれば、 外交予算関 係で流用事 件が再発し ないよう、 予算審 査 の 責任を負う 立法院が国 民を代表し て監督する ことができ る。し か し 、対外的に 公開される 資料からだ けでは、外 部は全体の 対外援 助 予 算における 地域分配を 知ることは できない。 これは台湾 が直面 す る 特殊な背景 を鑑みれば やむをえな いことであ り、合理的 である と もいえる。 3 プロジェクト・サイクル・マネジメント制度の法制化 援 助を外 交関 係と引 き換 えにす るこ とを重 視し ていた 時期 におい て は、台湾が 援助の効果 を評価する 際、最も効 果が良好で あるこ と を 示す指標は 、外交関係 の維持、或 いは外交関 係の樹立で あった 。 援 助は通常、 被援助国が 在外公館に 要請し、在 外公館の報 告を受 け た 外交部が財 政状況を勘 案し援助の 可否を判断 するという プロセ ス を 経るが、要 請を満たせ ない場合は 、相手国が 断交を盾に 脅して く る 可能性もあ る。プラス の見方をす れば、この 政策決定プ ロセス は パリ宣言の五大原則にあるオーナーシップに一致するものであるが44、 国 交国の全て が民主的な 政策決定プ ロセスを採 っているわ けでは な く 、国交国の リーダーが 人々の要求 を十分に理 解し、これ を考慮 し て いるとはい えないため 、台湾の援 助が被援助 国の需要に 応えて い る とも限らな い。また、 台湾の支援 が被援助国 に与える影 響につ い ても、これまでに体系的な検討はなされてこなかった。
44 「現地化」原則とは援助国主導によらない被援助国主導による援助原則であり、援 助を確実に被援助国の発展需要にそったものとする。「パリ宣言」の五大原則に関す る討論は、以下資料を参照:王俊傑・蘇怡文・許哲維「如何依2005 年『巴黎援助成
效宣言(Paris Declaration on Aid Effectiveness)』之原則、建立我國雙邊援助計畫之審 核(appraisal)機制及監督(monitor)與評估(post-evaluation)機制」98 年度國際經 貿事務研究及培訓中心計畫、外交部/經濟部國際貿易局委託(2009 年)、頁 23~29。
援 助と外 交関 係を交 換し なくな って 以降、 援助 の成果 を計 るポイ ントは、被援助国の発展の需要におかれるようになった。「国合法」 第 13 条第 1 項では、「主管機関、或いはその他の政府機関(機構) が 国際合作発 展問題を取 り扱い、計 画・評価・ 監督・成果 査定を 行 わなければならない」と要求しているほか、規模が 500 万米ドル以 上 の公共工事 で、台湾政 府が全額援 助する案件 、或いは主 管機関 が 自 身で計画し た案件、被 援助国政府 の要請に応 じ台湾内で 購入手 続 き を行う案件 については 、その実効 性にかかる 評価を添付 しなけ れ ばならないと定めている。実際、「国合法」第 13 条は、世界の開発 組織やその他援助国が長年実施している「プロジェクト・サイクル・ マネジメント(PCM)」制度を利用して、援助の質を向上させること を要求している。 PCM 制度は、元々管理学が編み出したマネジメント戦略であり、 期 待される結 果を達成で きるよう計 画を実施す べく、全体 計画の 周 期 に基づき、 主に企画・ 立案、実施 、事後評価 の各段階に 完成す べ き 事 項 、 採 る べ き 方 法 、 達 成 す べ き 目 標 を 明 確 に す る 方 法 で あ る 。 「 国合法 」第 13 条によると、台湾の対外援助行動が採用している PCM 制度は計画を、企画・立案、評価、実施・監督、成果査定の五 段 階に分けて いる。各段 階及び公共 プログラム が提出を求 める実 行 可 能 性 評 価 が カ バ ー す べ き 項 目 に つ い て の 規 範 は 、「 国 際 協 力 発 展 事務 企画評価実 行監督成果 査定法」(以 下「査定法 」)に定めら れ て いる。 「査定法」は 7 条からなり、実行可能性にかかる研究の内容、事 後 自己評価、 成果査定の タイムスケ ジュールが 比較的明確 に示さ れ て いるほか、 その他条文 はいずれも 原則的な規 定である。 例えば 、 第 3 条では「主管機関、或いはその他の政府機関(機構)が国際協 力発展問題を取り扱い、『必要に応じて』以下の項目の実行可能性に
つき評価する」、第6 条では「主管機関、或いはその他の政府機関(機 構 )は『個別 の案件の状 況や必要に 応じて』以 下の項目の 成果査 定 を行う」と規定している。強制性のない規範であるため、「プロジェ ク ト・サイク ル・マネジ メント」制 度の最終的 な実行状況 に影響 を 与えるのではないかと懸念されるが、「査定法」が制定されてから本 稿を執筆するまで 1 年も経過しておらず、個別援助計画の実行可能 性 の評価、監 督報告、自 己評価報告 、成果査定 報告も未公 開であ る こ とから、現 段階では「 査定法」の 実施状況に ついて把握 するこ と ができない。 仮に、他国の援助機構、例えば、日本の国際協力機構(JICA、Japan
International Cooperation Agency)45、或いは台湾の援助専門機関であ
る国合会等が既に行っているPCM 制度と比較すると46、「査定法」が 定めるPCM 制度はあまりにも簡素化されているほか、過去の援助計 画 評価審査の 結果が将来 の援助計画 のメカニズ ムに反映さ れるか 否 かについても、「査定法」の中に明確な規範は示されていない。冷静 に論じれば、PCM 制度の導入は、発展途上国に対する台湾の援助の 質に長期にわたって大きな影響を与えるが、これまでPCM 制度は台 湾 政府内であ まり用いら れていなか ったため、 同概念の導 入に当 た って、まず簡易バージョンのPCM 制度によって、関係者に PCM の 概 念及び運用 を普及させ ようとした のは、一つ 賢明なやり 方とい え
45 JICA が採用しているのは PDCA で、PDCA は Plan-Do-Check-Action の頭文字をとっ
たもの。それぞれの援助計画の各段階の評価、チェック、審査において採るべき方 法・プロセスをマニュアル化しており、非常に参考に値する。マニュアル及び個別 の援助計画の評価報告はJICA の HP で閲覧、ダウンロードできる。 46 国合会の PCM 制度は計画周期を「計画定義」、「計画準備」、「計画評価」、「計画査 定」、「計画実行」、「計画完了」、「計画審査」の七段階に分けている。「溝通,讓變革 的腳步更圓滿」財團法人國際合作發展基金會、http://www.icdf.org.tw/ct.asp?xItem= 10988&CtNode=30150&mp=1 を参照のこと。
るだろう。 PCM 制度は援助計画について監督や査定を行うのみならず、援助 計画の立案段階からも影響を発揮し、PCM 制度は、援助計画の立案 初 期段階で、 計画の目的 ・タイムス ケジュール ・投入する 資源・ 評 価 指標・直面 し得る課題 などの詳細 にかかる計 画も要求す る。国 合 会は比較的早い段階でPCM 制度を導入しており、国合会の改革から、 PCM 制度が今後の台湾の援助行為に与えうる影響についても予測す る ことができ るかもしれ ない。国合 会の援助計 画は相当に 多元化 さ れ たもので、 技術団、医 療団、教育 訓練、投融 資及び人道 救援な ど があるが、最もよく知られているのは技術団で、PCM 制度は既に技 術団の運営にも明らかに影響を与えている。 農 耕隊時 代に 始まっ た技 術団の 駐屯 による 運営 方法は 、概 ね、一 グ ループの技 術スタッフ を被援助国 に派遣し、 技術提供・ 耕作協 力 を 行うもので 、何年かに わたって同 様の援助活 動を実施す る。計 画 の 具体的な予 測目標、運 営のタイム スケジュー ル、投入す る資源 が 不明瞭なため、伝統的な技術団の運営モデルは必ずしもPCM 制度の 精 神に符合す るものでは なく、また 政権が交代 し、用を成 さない ケ ースにも事欠かないため47、成果も明らかでない。国合会は「プロジ ェクトマネージャー」(Project Manager)制度の推進を進め、PCM 制 度 に 基 づ き 、「 デ ザ イ ン ・ 監 督 フ レ ー ム ワ ー ク 」(DMF、Design and Monitoring Framework)の形式で、援助計画の設計、監督、評価を行 っ ており、あ らゆる新規 の援助計画 は明確な目 標・成果指 数・予 定 投 入資源の積 算、直面し うる課題な どを明らか にし、計画 の予定 完 了 年を予め設 定している 。実際、国 合会はすで に査定室に 一部の 援
47 マラウェイの農耕隊の事例については、劉曉鵬、前掲「非洲發展援助中的台灣經驗」 を参照のこと。
助計画の事後評価を委ねており、現在少なくとも20 案件以上の新規 援助計画について評価を行っている48。
五 馬政権二期目の対外援助政策に対する提言
現 状から すれ ば、馬 政権 二期目 の両 岸政策 の基 本ベー スは 第一期 目 と同じであ るため、対 外援助政策 においても 大幅な変化 はなく 、 前 述した前政 権と異なる 三点につい ても同方針 を維持する と見ら れ る が、新たな 課題につい ては克服し ていかなけ ればならな い。 図 2 か らも明らか なように、 台湾の対外 援助額は明 らかに減少 傾向に あ り 、援助を外 交関係と引 き換えにし なくなった ことがその 要因の 一 つ ではあるが 、政府の財 政悪化もま た逃れられ ない一因で ある。 現 在、財政難を理由に対外援助予算を削減せよとの世論はなく、また、 近年の台湾の対外援助額が GNP に占める割合は僅か 0.1%前後であ り 、その他各 国と比較し ても、特に 大盤振る舞 いというわ けでも な い 。しかし、 財政事情が 厳しいのは 否定できな い事実であ り、馬 政 権 二期目の対 外援助政策 においては 、如何に効 果的に援助 予算を 運 用 するかが正 視すべき問 題になると みられ、こ の点につい ては、 経 済 貿易利益の 重視、民間 との連携の 二つの側面 から着手す べきで あ ると考える。 1 経済貿易利益の重視 対 外援助 が、 人の役 に立 ち、且 つ自 国の核 心的 利益も カバ ーでき る のであれば 、対外援助 の効果を増 幅させるこ とができる 。対外 貿 易は台湾経済の主要な源であり、台湾の核心的利益でもある。仮に、 対 外援助が同 時に台湾の 経済貿易利 益にも貢献 するのであ れば、 対48 財團法人國際合作發展基金會、前掲資料。
外 援助費によ り生み出さ れる効果も 極大化され る。予算を 掌握す る 立 法院は、既 にこの点に 明らかに気 付いており 、外交国防 委員会 は 2012 年に臨時決議を可決し49、外交部が対外援助を実施する際には、 ま ず国内メー カーの産品 を優先的に 購入し、国 内の航空会 社や海 運 業 者の運輸サ ービスを利 用しなけれ ばならない とした。外 交部も 同 様で、2012 年の政府組織改造の際には、元々あった「経済貿易事務 司 」に「科」 を一つ増設 し、名称を 「国際合作 ・経済事務 司」と 変 更 し、今後、 援助計画を 立案する際 には、援助 と経済貿易 利益を リ ンクさせるよう一層の注意を支払わねばならないようになった。 し かし、 立法 院の付 帯決 議では 、台 湾が発 展途 上国に 援助 を提供 する際の供給メーカーには制限があり、所謂紐付き援助(Tied aid) となっている。OECD の見積もりによると、紐付き援助のコストは アンタイド援助(Untied aid)のコストより、15%から 30%も割高で ある50。よって、DAC は 2001 年、DAC 加盟国による LDCs(後発開
発途上国、Least Developed Country)への援助は、紐無し援助とする
よう決議し、逐年、各 DAC 加盟国の実施状況を追跡調査しており、 DAC 加盟国のうち、紐付き援助の割合が最も高いのは韓国となって いる。DAC 加盟国には、紐付き援助の割合を逐年減少する履行義務 が課せられ、2008-2009 年における紐付き援助の割合は平均 58%であ るが、韓国が同意してから 2012 年までに LDC に提供した援助は全 て紐無し援助であることから、2015 年までには、ODA 全体の紐無し 援助の割合は75%以上に達すると見られている51。ここから、紐付き
49 『 中 時 電 子 報 』 2012 年 10 月 9 日 、 http://news.chinatimes.com/politics/110101/ 112012100900119.html。
50 Catrinus J. Jepma, The Tying of Aid, (Paris: OECD Publishing, 2001).
51 OECD, “Korea,” in Development Co-operation Report 2011: 50th Anniversary Edition,” (Paris: OECD Publishing, 2011).
援 助によって 援助国自身 の経済貿易 利益を促進 するやり方 は主流 で は なく、過度 に紐付き援 助を用いる と、台湾の 国際イメー ジにマ イ ナ スの影響を 与える可能 性があるこ とが分かる 。外交部も 同様の 認 識 を持ってい ることから 、その他の 措置によっ て、台湾の 経済貿 易 利益の増進を図るであろう。 もう一つの可能な方法は日本や韓国の経験を手本に ODA と FDI をリンクさせ、まずODA によって良好な投資環境を整備し、自国の メ ーカーを引 きつけるこ とである。 しかし、台 湾と国交の あるア ジ ア 太平洋及び アフリカの 国交国のイ ンフラ状況 は良好であ るとは い え ず、デービ ス輸出加工 区(パナマ )などの失 敗のケース が足か せ に なり、各メ ーカーは中 南米への進 出に消極的 である。こ の戦略 を 実 行したいな ら、台湾と 地理的にも 近く、台湾 企業が投資 に意欲 を 示 しそうな東 南アジア地 域から着手 すべきかも しれないが 、緻密 な 計 画、経済部 ・経済建設 委員会との 密接な協力 が必要なほ か、被 援 助 国と台湾企 業の需要に ついても確 実に理解す る必要があ り、さ も なければODA と FDI のリンクを成功させることは難しいだろう。こ の ほ か 、 援 助 項 目 と 産 業 の 強 み を リ ン ク さ せ ね ば な ら な い が 、 「Lighting up Africa」と LED 産業のリンクはこの好例である。
2 民間との連携 これまでに、数多くの台湾の非政府組織(NGO、Non-Government Organization)が発展途上国に必要な援助や人道援助を行っており、 外 交部も「非 政府組織国 際事務会」 を設置し、 関連事項を とりま と めているほか、「国際交流・活動を行う民間グループに対する外交部 の助成要点」を制定した。2010 年の施行前における国際援助に携わ る民間組織及びグループの援助額についてみると、2009 年-2011 年 はそれぞれ、23.7 億台湾元、36.4 億台湾元、22.5 億台湾元となって
いる。以前、NGO は発展途上国に対する援助が政策目標と一致して いなければ容易に助成を獲得できないと不満を抱いていたが52、対外 援 助における 政治性が低 くなってか らは、この 部分には改 善が見 ら れるであろう。総体的に見れば、台湾のNGO による発展途上国への 援助は既に軌道に乗っているといえ、よって、NGO の参与は我々が 提言すべき重点ではない。 慈 濟や赤 十字 といっ た一 部組織 の財 政は比 較的 潤沢で ある が、大 部分のNGO の財務能力には限界があり、あまり多くの対外援助事業 を 実施するこ とはできな い。よって 、対外援助 経費の不足 に対処 す るためにも民間企業と連携すべきであり、これは NGO のみならず、 一 部は馬政権 の黄金の十 年政綱にも 盛り込まれ ている内容 でもあ る が53、現在までに具体的計画は進んでいないようで、著者は、少なく と も二つの側 面から着手 できると考 える。一つ は、世界的 なブラ ン ド 企業を目指 している企 業を奨励し 、良好な企 業イメージ を打ち 立 て 、間接的に 商品やサー ビスを売り 込むべく、 対外援助事 業に直 接 参 与するよう 働きかける ことである 。もう一つ は、政府と 民間企 業 がBOT やその他の制度を通して、一部は自己返還能力のある援助項 目 に支援を提 供すること である。後 者は経済貿 易利益とリ ンクさ せ る ことができ るほか、国 際組織が認 可・推奨す る援助モデ ルでも あ り、パブリック・プライベートパートナー関係(PPP、Public-Private Partnership)54と呼ばれている。
52 官有垣・邱瑜瑾「台灣民間組織與政府在國際援助事務的角色探析:現況調查及其政黨 意涵」『中國行政評論』第12 卷第 2 期(200 年 3 月)、頁 63~64。 53 「友善國際」行政院經濟建設委員會、http://www.cepd.gov.tw/m1.aspx?SNo=0017252。
54 アジア開発銀行(ADB 、Asia Development Bank)を例とすると、ADB は、特別に
PPP のために一冊のハンドブックを編集製作している。詳細は、ADB ウェブサイト を参照:http://www.adb.org/documents/public-private-partnership-ppp-handbook。
六 結論及び提案
馬 英九は 就任 以降、 中国 との和 解政 策を採 り、 主権が 流失 したと の 疑義はある ものの、両 岸交流、協 力は密接な ものとなり 、台湾 の 対 外援助政策 も「正常化 」すること ができ、被 援助国の要 求に応 え ら れるように なった。筆 者は、対外 援助政策が 「正常化」 された 後 は 、台湾のプ ラスの国際 イメージは 、国際シス テムに融合 したい と い う台湾の願 いにもプラ スに働くほ か、為政者 の個人的な 需要で は な く、被援助 国の要請に 確かに応え るならば、 現地の人々 の心を つ か むこととな り、被援助 国の政権が 交代しても 、二国間関 係には 影 響が及びにくくなるであろうと考える。長期的に見れば、「正常化」 し た対外援助 政策は台湾 の外交利益 を増進する が、理解し なけれ ば い けないのは 、こうした 長期的利益 は短期的に は見えにく いもの で あるということである。 検討してきた対外援助政策の制定、援助予算の透明化、PCM 制度 の 導入の三つ の改革は肯 定できるも のであるが 、台湾の対 外援助 政 策が、完全に過去の枠組みから脱却しているかはまだ判断できない。 「 外交休兵」 がいつまで 続くかも未 知数であり 、更には国 交国が 中 国 とは国交を 樹立しない との条件の 下で、断交 を盾に援助 額の引 き 上 げを要求し たり、援助 モデルの見 直しを要求 してくる可 能性も あ り 、そのよう な場合は、 どのように すべきであ ろうか。台 湾がお か れ た特殊な環 境の下、職 業外交官に 外交関係存 続如何を省 みず、 こ れ までの援助 モデルを止 め、大幅な 対外援助政 策の調整・ 改革を 迫 る ことは容易 ではないた め、よって 新たな対外 援助政策が 着実に 実 行 されない可 能性もある 。馬総統は 、外交官が 安心できる よう、 援 助 と国交との 間に存在す るやも知れ ぬ取引をど のようにと らえて い る かより明確 に示すべき であり、そ うしてこそ 台湾の対外 援助政 策の転換にプラスとなるであろう。
( 寄 稿 :2012 年 10 月 15 日、採用:2012 年 11 月 12 日) 翻 訳 : 池畑 裕介 ( 文 化大 学推 広 教 育部 日本 語 専 任講 師)
馬政府援外政策的回顧與建議
王
俊 傑
(國立中山大學政治經濟學系助理教授)【摘要】
本 研究 首先檢 視了 台灣過 去援 外政策 的考 量,釐 清兩 岸政策 在決 定援外政策時的關鍵地位。「九二共識」成為馬政府兩岸政策的重要基 石,除了兩岸的交流與合作更為密切之外,在外交戰場上也達致了「外 交 休兵」的默 契,本研究 並觀察到了 台灣援外政 策的三個變 革:援 外 政 策文件的訂 定、援助預 算的透明化 與計畫循環 管理制度的 導入。 最 後 ,本研究也 為馬政府第 二任的援外 政策提出兩 點建議:重 視經貿 利 益、結合民間力量。 關鍵字:援外政策、兩岸關係、馬政府、外交休兵Suggestions for and Reviews of
President Ma’s Foreign Aid Policy
Chun-Chieh Wang
Assistant Professor, Department of Political Economy, National Sun Yat-Sen University
【
Abstract】
We firstly examine the considerations of Taiwan’s foreign aid policy in the past to clarify that cross-strait policy is the key to Taiwan’s foreign aid policy. With the 1992 Consensus being a crucial cornerstone for Ma’s cross-strait policy, the interaction and cooperation across the strait became closer and more frequent. In addition, the tacit of diplomatic truce is reached. Thereafter, we observe three changes of Taiwan’s foreign aid policy: establishment of policy documents, transparency of foreign aid budget, and introduction of project cycle management. Finally, we propose two suggestions: emphasis on economic interests and encouraging the private sector to offer foreign aid.
Keywords: Foreign Aid Policy, Cross-Strait Relations, President Ma Ying-jeou, Diplomatic Truce
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