第 5 章 結論
5.2 日本語音声教育への示唆
日本語教育ではいわゆる「聞く・話す・読む・書く・訳す」の 5 技能が必要となり、「聞く・話す」のような文字を持たない音声はコ ミュニケーションの基本であり、近年「コミュニケーション」が重 要なキーワードとなっている。音声を媒材としたコミュニケーショ ンである話し言葉に焦点が当てられるようになり、コミュニケーシ ョンにおいて音声が果たす役割が注目されている。それなのに、日 本語音声教育というと、母音・子音、特殊拍など単音の問題点に集 中しがちであり、イントネーションやリズムなどの韻律面での指導 は不足が事実である。また、以下は、小河原(2009)によるある教 室場面における教師(T)と学習者(L)のやりとりの一部である。
1L:たべまスィた
2T:A さん、「スィ」じゃなくて「シ」
3L:スィ
4T:「スィ」じゃなくて、「シー」(人差し指を口に当てて)の「シ」
5L:スィ
これは 1L で「シ」が「スィ」のように聞こえることから、4T のよ うな情報を与えることによって発音を指導している場面である。こ のような場面は数多く起こり、いわゆる繰り返しドリルのような指 導法で発音指導に唯一絶対の対処法のようになっている。しかし、
小河原(2009)では、学習者は単に教師から与えられる情報や指示 の通りに学習しているわけではないことから、単に情報の量や質で
のように仕掛けるかを考えることが教師の役割として示唆し、学習 者に「自己モニター」の形成を導入している。
自己モニターとは学習者自身が自己のパフォーマンスのどこが問 題であるかを認識し、妥当な発音基準を模索しながらそれをもとに した適切な自己評価を通して発音を自己修正することである。小河 原(2009)は「自己モニター」によって学習者に自分で自分の発音 を評価する自己評価意識を高めさせ、自ら繰り返す発音の変化を学 習者自身に知らせる。この「自己モニター」は「ざ」と「じゃ」な どのような一音節の学習にミニマルペアで意識させる学習法である が、「自己モニター」の概念を利用し、「じゃないか」のイントネー ション学習にも十分に活かせると考えられる。
まず、イントネーションについては、以下のような指導手順を提 示したい。①教師が黒板や PPT に「じゃないか」を書く。②イント ネーションの違いを問わず、学生に「じゃないか」を読ませる。③ 自分の発音を自分の記号(曲線など)でその発音の特徴を記録させ る。④学生をペアにし、互いの発音を聞かせる。⑤相手の発音を聞 いてから、自分の記号(曲線など)でその発音の特徴を記録させる。
⑥教師自らが違うイントネーション(下降調→平板調→上昇調)で
「じゃないか」を読む。⑦教師の発音を聞いてから、自分の記号(曲 線など)でその発音の特徴を記録させる。⑧三者の発音を記録した もので比較し、その相違を考えさせる。⑨学生に討論時間を与え、
自分の発音を評価する。⑩討論された内容や学生の発音を聞いた後、
教師が「じゃないか」のイントネーションの三種を教え、学生の発 音を評価する。
目標、つまり「じゃないか」の違うイントネーションを教えるので はなく、学生に文字を見ながら読ませるという自分の発音に意識さ せるように導入する。次に、自分とクラスメートや先生の発音を聞 いて記録することにより、「じゃないか」のイントネーションがただ 一つだけではなく、そのバラエティに着目してもらう。このプロセ スを通じて、学習者は頭の中でイントネーションの様々な変化を一 つ一つ構築していく。そして、「じゃないか」イントネーションの相 違を考えて討論しているうちに、学習者間の情報を交換することで そのイントネーションの実態を構築するにはより明確になる。また、
討論することにより、自分の発音は思った通りにしたかどうか、あ るいは聞き手はどういうふうに自分の発音を聞き取っているかなど のことが分かるようになり、自分の発音に評価することができる。
さらに、教師は学習者の発音を聞いて把握する上、「じゃないか」の イントネーションの実際を教える時、どの辺にポイントを置くかも 考えやすいし、学習者もより早く重点をキャッチできる。最後に、
学習者に自己評価するということは重要であるとはいえ、イントネ ーションを導入する最初の段階ではやはり教師の評価が必要な参考 となる。松崎(2009)によると、教師の正誤判断や解答を与えるタ イミングも学習者の学習に関わるので、このふうに学習者に考えさ せてから、教師が実態を教え、評価する手順なら、効果的に「じゃ ないか」のイントネーションを指導できるのではないかと期待する。
一方、「じゃないか」のイントネーションとその意味機能に関して は、以上のような指導手順も適用する。ただし、「じゃないか」の意 味用法は 12 種もあり、最初の段階で全て教えるのではなく、NS が
教えるべきである。今回の調査結果を例にすると、個人的な意見や 評価を表す「述べ立て」という用法から入り、次に確認の意味を伴 う「視覚・現実判断」および「一般通念」を提示する。また、「述べ 立て」の場合は常に下降調または平板調、「視覚・現実判断」なら殆 ど下降調、「一般通念」だったら一般的には下降調、時には平板調で 発音されることがあるとうふうに、学習者に意味用法だけではなく、
イントネーションとともに指導する。最初の段階で混乱させること を避けるため、他のいろいろな用法は簡単に紹介すればよい。ただ し、どの意味用法でも NS は上昇調の使用を回避する実際は提示し なければならないと思われる。