資料一
第三章における下記の対談全文
(1)東海林さだお『なんたって「ショージ君」東海林さだお入門』
文春文庫2003 文芸春秋p.1076~p.1103、p.1136~p.1149
Chapter9 ショージ君の「あの人に会いたい」(対談)(座談より)
対談Ⅰ:赤瀬川原平 対談Ⅱ:林真理子 対談Ⅲ:武者小路実篤
対談Ⅰ
対談者;赤瀬川原平 ―老人力講座―
(p.1136 からp.1149)
東海林 エート、本日の講義の会場は蕎麦屋(新宿「竹がみ」)とい うことで。
赤瀬川 老人力について話すときは、会場は蕎麦屋に限ると(笑)。
東海林 なにしろ油っこくない。量も少ない。時間的にもあっさり 食べられる。
赤瀬川 まさに老人向き。
東海林 あとどこでしょうね、老人向きの会場というのは。
赤瀬川 銭湯とか温泉とか。
東海林 まず体の油っけを抜いて。
赤瀬川 もうだいぶ前ですけど、若い人たちの間に温泉ブームとい うのがありましたね。
東海林 女子大生が温泉に行くとかいう。
赤瀬川 あれが一種のはしりだと思うんですね、老人力的なものの はしり。
東海林 かなり強引にそこへ持っていきましたね(笑)
赤瀬川 おやじギャルというのもそうかもしれない。感覚的に老人 力的なゾーンに近寄っていったという。
東海林 老人力的な風潮が、すでにそのあたりから始まっていたと。
赤瀬川 蕎麦ブームというのもあのへんじゃないかな、時代的に。
東海林 そうそう、手打ちがどうの、名店がどことどこで、「翁」が どうの、千葉の「竹やぶ」がどうのと言い始めたのも大体 そのころですか。どんどん結びついていくなあ。
赤瀬川 東海林さん、カメラは好きですか。中古カメラとか。
東海林 ぼくは中古カメラはあんまり。でも協力しますよ、いかよ うにも(笑)
赤瀬川 中古カメラがどうのこうのと言われ始めたのは、いまから 十年ぐらい前かな。
東海林 ライカとか・・・・。このへんで少しまとめてみると、ま ず温泉ブーム、おやじギャル、蕎麦ブーム、中古カメラ、
これらはみんな老人力的な風潮であったと。
赤瀬川 あ、それからガーデニングね、最近の。これなんかもやは り・
東海林 庭いじりですからね。まさに老人力的な世界であると。
赤瀬川 骨董ブーム。お宝拝見。
東海林 そういう流れをたどっていくと、大体十年ぐらい前にそう いう兆候が現れていたということができますね。十年前あ たりに、老人力元年を設定しましょう。
赤瀬川 1986 年あたりか。じゃあキリよく 1985 年が元年ということ に。
東海林 そうすると、元年を基準に年表も作らないといけませんね。
老人力年表。
赤瀬川 俳句ブームというのも、やはりその流れに入るでしょうね。
東海林 年表でいくと、俳句はガーデニングより前でしょうね。
赤瀬川 実際に高齢化社会云々とさかんに言い出したにが大体その ころでしょうね。十年ぐらい前。
東海林 あ、そうそう、ゲートボールというのがある。あれって、
老人用に開発した初めてのスポーツでしょ。あのへんです でに、老人力時代のスタートが・・・・・
赤瀬川 あれが出てきたのはいつごろですかね。十年てことはない ね。二十年前?
東海林 元年をずらさなきゃならない。(笑)
赤瀬川 紀元前ということに(笑)
東海林 ということは、こ`れからはゲートボール的なスポーツがも っとどんどん開発されてくるということになるでしょうね。
赤瀬川 ゴルフてもともと老人のスポーツでしたよね。イギリかス のもう働かなくていいという老人たちのスポーツという。
東海林 イギリスは先進国だったんですね。老人力先進国。
赤瀬川 イギリスは早くから老人力というものに気づいていたんで すね。
東海林 イギリスのほかにもあるのかな、そういう先進国。
赤瀬川 老人国の源流。「シルクロードを訪ねて」みたいに「老人力 の源流を訪ねて」という番組が・・・・・。
東海林 NHKですね、やっぱり。
赤瀬川 世界地図がこうあってね、矢印がこうスルスルと源流のと ころへ(笑)
東海林 やっぱりイギリスでいいんですかね。あの、ほら、そうい う源流のとこ。何ていいましたっけ?
赤瀬川 メッカ?聖地?
東海林 そう、聖地。老人力の聖地はイギリス。聖地が決まったと なると、あの、ほら、その始まりの人・・・・・
赤瀬川 始祖?開祖?
東海林 そう、始祖。始祖は当然赤瀬川さん。
赤瀬川 始祖というのはどうも・・・
東海林 じゃあ開祖。
赤瀬川 聖地はイギリスだけど、やっぱり日本的なものですよね。
東海林 ですからね、こうしましょ。聖地はイギリスで、あのへん でそういう思想が発生した、しかし、それを体系化して民 族に伝道したのが日本の赤瀬川開祖である。
赤瀬川 ま、それはどうでもいいですけど、結極は、さっき言 ったように、高齢者が増えてくる流れとそういう現象がみ んなフィットしてるんですね。十年ぐらい前からね。
東海林 確かにここ十数年の流れは老人力的なもののほうに向かっ ていますね。
赤瀬川 最近は小学校お改築するにしても、いずれ老人用に転用す ることを考えているっていいますね。
東海林 そういう場所で勉強する学童は、そういう建物の影響を受 けて年寄りくさい子供になる。
赤瀬川 学老のみなさん、とかいって(笑)
東海林 話はちょっと変わりますけど、昔は自分の人生観とか哲学 とかを、大体二十歳ぐらいでつくりあげてたわけでしょう。
ま、二十五歳までにですかね。
赤瀬川 そうですね。昔は人生五十年だから。
東海林 そうですね。ですから二十五歳で完成した人生観一個で間 にあったわけですと。人生観一個を使い切って。
赤瀬川 ああ、なるほど。
東海林 ところが、いまは人生八十年だから、人生観一個の耐用年 数を二十五年とすると、とても一個じゃ間に合わない。人 生観のスペアがいる。
赤瀬川 スペア三個はいるね。
東海林 しかし人生観の単位は一個二個でいいのかね。
赤瀬川 ぼくは、まあ一個二個で。
東海林 それに時代のスピードがどんどん速くなっていくから、人 生観の耐用年数もどんどん短くなっていく。とても二十五 年はもたない。十年ごとにどんどんと取り換えていく。
赤瀬川 まるで乾電池だね。
東海林 坂本竜馬とか、あのへんまでの人は人生観一個で足りたん ですね。だから変節ということがなかった。変節者がいな かったから変節者はけしからん奴ということになっていた。
赤瀬川 いまは全員が変節者。政治の世界では転向とか言っていま したね。政治の世界では二個使った人は結構いましたよね。
東海林 元共産党でいまは実業家とか。逆に人生八十年になっても 一個を頑固に守る人も出てくるわけでしょう。わたしのは 五十年ものです、とか(笑)
赤瀬川 古酒みたいなものね。宮本顕治さんなんか八十年もの。相 当熟成している。
東海林 何も足さない、何も引かない(笑)。そろそろこのへんで本 題に入らないと。開祖にうかがいますが、老人力というも のはねんねん必ず向上していくわけですか。
赤瀬川 減ることも。
東海林 減る?
赤瀬川 減るってことはあるのかなあ。
東海林 しっかりしてください。ぼくはないと思うんですが。
赤瀬川 ないですか?糖尿なんかは上がりはするけど下がりはしな いとか。まあ、これがせいぜいという、そういう世界だろ うなあ。
東海林 放っといても老人力は向上していくんじゃないですか。努 力なしで。向上しないように努力するってのはいいんです か、いけないんですか。
赤瀬川 いた、うーん、どうなんでしょう。そのへんはまだちょっ と。
東海林 そのへんはまだ曖昧なんですか。
赤瀬川 うーん、まだちょっとね。でもバレたりしてね、お前努力 したな、なんて(笑)
東海林 開祖の見解と。開祖の周辺の人との見解は一致してるんで すか。
赤瀬川 いや、これはまだ発見されて間もない。まだ研究段階です から。細かい事例の一つ一つまではなかなか。
東海林 でも、キリストだって周りの弟子が師の言ったことをメモ しておいて体系化していったわけでしょう。だから赤瀬川 さんも、ただ思いついたことをしゃべっていればいいんで すよ。ですからこれからは弟子が必要になってきますね。
ヨハネとかマタイとかヤコブとか。
赤瀬川 十二使徒(笑)
東海林 要するに、単なるボケ=老人力にはしたくないわけでしょ う。
赤瀬川 いや、ボケは確かなんですよ。ボケ力というか。ですから 老人力でバリバリやるっていうのは、逆にバリバリボケて いくという・・・・
東海林 むずかしいなあ。むずかしいところがいいなあ。
赤瀬川 なんとなくニュアンスはあるんですよ。たとえば形態とし ては、いちばん老人力にふさわしい人としては村山(富一)
赤瀬川 なんとなくニュアンスはあるんですよ。たとえば形態とし ては、いちばん老人力にふさわしい人としては村山(富一)