社会の場に関する上述の日本人論に関する先行研究におけるそれ ぞれの論点の指標を整理、まとめたものについて、リスクの視点に より考察をしてみる。
表 30 各先行研究における指標
研究者 専門分野 キーワード(日本) キーワード(諸外国)
中根千枝 社会人類学 タテ社会 ネットワーク社会 李御寧 日韓比較文化 縮みの文化 広がりの文化 林周二 経営と文化 チームワーク 独力 尾崎茂雄 日米比較文化 一元論 二元論
石田雄 政治文化 同調 競争
荒木博之 民俗学 他律 自律
70 荒木博之『日本人の行動様式』講談社現代新書 1973 講談社p.14~p.16p.19~
p.24
上記表 30 におけるキーワードにに関しては、前記が日本、後記が 中国・韓国・欧米のキーワードである。上記先行研究においては、
各氏それぞれの専門分野ごとのキーワードの表現は異なる。しかし、
各々のキーワードは、筆者がこれまでの章で論じてきた「リスク」
という共通の概念に置き換えることができると考える。
では、先行研究を踏まえて、「リスク」という物差しに置き換えて、
考察してみよう。
①「タテ社会」
日本人は、「場」という一定の枠により集団を構成する。日本人が ソトに向かって、自分を位置づける場合、資格よりも場を優先する。
記者とかエンジニアであることよりもまずA社、B社の者というこ とである。ここから生まれてくる意識が「ウチの者」「ヨソ者」とい うものである。
一方、外国人は、「場」よりも「資格」を重視し、ヨコの空間的、
時間的距離を超えたネットワークを優先する。
即ち、日本人は集団のウチでリスク回避をはかる、と考えられる。
②「縮み」の文化
ソトへの不安から、手元へ引き寄せ、縮めた中でリスク回避をは かる。いいかえれば、タコツボ指向ともいえよう。
③「チームワーク」
チームワークという形で、全員一致の意思決定の形をとり、特定の 個人に責任を帰するのを避けたがる。ちまり、集団でリスク回避を はかる。
欧米、台湾、韓国の「独力」に対するものである。
④「一元論」
黒白をはっきりさせることは、結果として、敵をつくることに繋 がる。正しいか、間違っているかを曖昧にする一元論で、リスク回 避をはかる。欧米の「二元論」に対比するものである。
⑤「同調」
ソトからの脅威に対抗するために、集団内に同調を強めることに より集団内でリスク回避をはかる。ソトは「競争」の対象となる。
⑥「他律」
個人の恣意が集団の中で大幅制限される中で、リスクを集団に委 ねる形でリスク回避をはかる。欧米、中国の「自律」に対するもの である。
「みんなで渡れば怖くない」の世界である。
即ち、先行研究における、日本に当てはまるキーワードである、「タ
テ社会」、「縮み」、「チームワーク」、「一元論」、「同調」、「他律」は、
「リスク」の概念に置き替えればいずれも「リスク回避」と考えられる。
一方、中国・韓国・欧米のキーワードは、いずれも「リスク対処」で あると考えられる。日本と諸外国あるいは日本人と外国人と社会的 観点から観察した違いはキャッチコピー的に表現するならば、「リス ク回避かリスク対処か」と表わすことができよう。
3、まとめ
日本人を表す、中根の「タテ」、李の「縮み」、林の「チームワー ク」、尾崎の「一元論」、石田の「同調」、荒木の「他律」、、いずれも その表現は異なるものの、そのそれぞれの論旨をまとめてみれば、
「日本人とは、基本的に集団指向であり、そのウチの中では、タテ の関係に従い、ウチ向きに縮みを志向し、チームワークにより、他 律依存により、同調し、一元論の世界に殉じる生き方をする」とい うことである。
これらの先行研究での諸氏の論旨を最大公約数にまとめれば、サ ミュエル・ハンチントンのいう「孤立性」に収斂させることができ るとも思料される。
タコツボ的な、心理的距離感のない仲間内の「孤立」した場でリス ク回避をするということである。
先行研究での各氏の説を踏まえれば、日本社会は全体が巨大なム ラ社会であるともいえる。即ち、日本の国・日本列島自体が日本人 にとって最も大きなムラという場、そしてその最大の場の中で、大 から小に至るまで毎日いろいろな場に身を置いて生活している。そ のそれぞれの場のウチではリスクを感じずに生きて行ける。しかし 一旦場のソトに出ようものならいろいろなリスクが待ち構えててい るということである。それ故、日本人は、いろいろな場面、場面で の仲間ウチとして、塊り・群れ、ムラを形成することによって、リ スク回避をしようとするのである。
その例を挙げてみよう。
①「ビジネス」の「場」
ビジネスの場における一つの例を挙げてみると、それぞれの会社 という場では、「稟議制度」というものがある。それは、何か新しい 企画等を提案する時には稟議書と書式で担当者が稟議書(つまり、
新企画等を行いたい時の社長までの伺い書のこと)を書き、上司で ある、係長→課長代理→課長→部長代理→部長→常務→専務→副社
長→社長(→会長)までのラインで書類を上げていくわけである。
その企画に同意した上司は、書類上の各自指定の枠内に捺印して 社長までいく。社長まで捺印すれば、もしその企画が不首尾に終わ っても、その責任は、そのラインの者全ての共同責任である。「みん なで渡れば、怖くない」の世界である。リスク回避・馴れ合いの連 帯責任ともいえる。
②「旧日本軍」という「場」
旧日本軍においてもかつての旧陸軍を中心とした軍隊と、陸・海・
空三軍の統帥権を保持していた当時の天皇との御前会議の席で決断 され、あの忌まわしい太平洋戦争に突入したわけであるが、軍隊と いう名のタテ社会・ムラ社会の場において、「みんなで渡れば怖くな い」で開戦したわけである。リスク回避・無責任共同責任ともいえ よう。
では、ソトに対しては、どうするか。ソトに対しては、ルースベ ネディクトが指摘した、「奇怪至極なしかしまた」に基づき、筆者が 称した「二面性」により、「ゼロ・マイナス」の「待遇表現」から「プ ラス」の「待遇表現」、「ホンネ」から「タテマエ」、「和語」から「漢 語」、「方言」から「標準語」等へと心理状態を切り替え、心理的距 離を保つことによるリスクヘッジをおこなう、といえる。
即ち、「孤立性」は「リスク回避」であり、「二面性」は「リスク ヘッジ」である。
以上から、先行研究において論じられた日本人の性向に関する上 記キーワードに象徴される各氏の主張は、経済学的立場からのリス クを視点とした「心理的距離感」と「リスク」との関係に統合する ことができると考える。
また、第一章から前章までに論じてきた日本語学的観点での待遇 表現、ビジネスの場での待遇表現の位置付け、政治を中心としたの 場におけるタテマエとホンネ、経済の場における日本人の投資性向、
それぞれの場における日本人の心理的距離感とリスクとの相関関係 は、本章における考察の結果、日本社会いずれの場においても、日 本人・日本社会の「心理的な距離感」と「リスク」との相関関係と して論証できたものと考える。
以上から、「心理的距離感とリスクとは相関的な関係がある」が導 き出され、即ち、日本人は心理的距離に応じて、それぞれの手立て を講ずることにより、リスクに対応するということである。