• 沒有找到結果。

2、日本の国土の地理学的特徴

日本の国土の主なる特徴は、以下の通りである。72

①すべて海に囲まれている。

ユーラシア大陸の東のふちに沿って、弓の形に伸びた島国であ る。国土のすべてが海に囲まれている。

面積は約 38 万キロメートル。北海道、本州、四国、九州の四つ の大きな島とそのまわりをとりまく約 7000 の島からなる。日本 の北のはしから南のはしまでの長さは、およそ 3000 キロメート ルある。

②山地が多い。

日本の国土のおよそ 4 分の3は、山地(丘陵地をふくむ)で占 められている。山地は国土の中央を背骨のように連なっていて、

国土を太平洋側と日本海側に分けている。わが国の山地は、一 般に傾斜が急で険しくなっており、山地が海岸近くまで迫って いるところが多くなっている。

③川は流れは急である。

日本の川の多くは、国土の中央につらなる山地から流れ出て、

海に注いでいる。山地が海岸まで迫っているために、ほとんど の川は短く、流れが急である。

④平地が少ない

日本の平野は、大陸の平野と比べると、規模は非常に小さい。

また、平地には、平野のほか、まわりを山で囲まれた盆地や、

平野より一段と高い地形の台地がある。

⑤湖が多い

日本には多くの湖がある。代表的なのは、滋賀県のおよそ六分 の一を占める、面積 670 平方キロメートルの琵琶湖である。

日本の国土の地理学的特徴について、木内信蔵(1961)は、、次の ように指摘する。73

「日本は世界にも稀な山国である。富士山の頂上ほどの高い所に 村や町がある点では、南アメリカペルーやチベットにかなわな

72(財)矢野恒太記念会『日本のすがた 2006-表とグラフでみる社会資料集―』

2006.p.6~p.10

73 編集委員代表木内信蔵『わが国土 第一巻 生きている日本列島』1961.講談社 p.178

い。しかし日本ほど多くの人口を山の間に養い、その上、産業 が発達している国はないであろう。スイスも産業が発達した山 国であるが、ここでは牧畜がおもで、夏には氷河にかかる山へ と村人があがっていく。

山国であるけれども、山地をあまり利用していないことも一 つの特色である。山地の大半は森林に覆われ、人々は谷間にひ しめきあって暮らしている。日本には、気の遠くなるような大 平原はなく、一番広いと言われる関東平野でも、北海道の十勝 平野でも。晴れた日には山が見え,その麓から麓まで、ほとん ど耕し尽くされている。これに対して、山地の利用は、古くか らの焼畑や牧場が断片的にみられるだけである。狩猟や林業に 従事する人々も数少ない。

山に囲まれた一つ一つの平野や谷は、それぞれ独立した国で あった。新潟県の坂町から米沢に抜ける途中に小国(おぐに)

という小盆地があり、静岡県の山奥には梅島と呼ぶネコの額の ような小平地がある。島とはもともと離れた空間を意味する。

このようなクニやシマの生活が自給的であり文化的に孤独であ ったことはいうまでもなかろう。ある者は山の幸(鳥獣や木材)

を求めて入ったであろうし、ある者は平野の政乱や税役の苦か ら逃れるために山に隠れ里を求めたであろう。入ってみれば食 べるに事欠かず、平穏な暮らしができた。

谷と谷、平野と平野が切り離されていたことは、、相互の交通 を妨げた。こうして、それぞれの地方に固有な方言や文化を育 てた。気候、水、土壌が細かく変化することも、各々の村の自 律性を強めた。しかし、これらを通してみると、日本全体とし ての統一があって、人の流れ、文化のつながりを調べてみる興 味が大きいのである。」(p178)

さらに木内は、以下のように述べる、74

「昭和三十年に統計研究会(中山伊知郎理事長)に人口統計研究 部会(主査森田優三氏、一橋大教授、前総理府統計局長)をつ くり、その一つの仕事として国土地理院の測量部長小笠原義勝 等、慶應義塾大学教授寺尾琢磨等および木内信蔵等の協力によ って、昭和三十年の国勢調査をもとに、昭和三十三年からまる 七ヶ月かかって世界初の地形別人口密度を完成した。1960 年(昭 和三十五年)8月ストックホルムで開かれた国際地理学会の発

74編集委員代表木内信蔵『わが国土 第一巻 生きている日本列島1961.6.講談社 p.182.~p.183

表され、各国学者の注目の的となった。」(p.182~p.183)

203.713 23.682

しを行ってきた。

その人々を分断し、障壁となるものは、山に限らず、川等につい ても同様であろう。

山・川・湖は、日本人にとって、他のクニ・シマ等の異国の人々 の侵入を防ぐ自然の要塞として、自分達の身の安全を守ってくれる リスクヘッジの役割を三千年の永きにわたり、担ってくれてきたと いえる。

日本人がスイス等と異なり、山がガラ空き状態で、耕作等に利用 しないのも山等を安全を守る自然の要塞と位置付けてきたとも考え られる。

中国では、戦国時代から明、さらに秦の始皇帝の時代にかけて、

異民族の侵入を防ぐために、永い年月と人民の血と汗の結晶として、

全長い約 2.400kmにわたる城壁である、万里の長城として有名な城 壁が構築された。しかし、日本では人民の手を煩わすことなく、人 工でない自然のままの万里の長城的なリスクヘッジとしての要塞が、

全国到る所に存在するということである。

3、 言語地理学的観点からの地勢(方言と標準語)

このような日本の国土の地理的特性は、人々の往来を妨げるばか りでなく、言語までをも分断する。日本各地における人の往来の分 断は、結果としてさまざまな方言を生み出すこととなる

木内新蔵(1961)76は次のように述べる。

「日本のような、国土は狭くても、山あり、谷あり、その上多くの 島があるという地勢は、人間の行き来をさまたげることが多く、

したがって方言の分裂をうながした。この点はアメリカ合衆国に おける方言とくらべると、はっきりする。日本は方言の育つべき 国土だといえる。」(p191)

76 編集委員代表木内信蔵.『わが国土 第一巻 生きている日本列島.1961.講談社.

p191

金田一春彦(1957)77は下記のように指摘する。

方言の違いのはげしさ

「日本語を一往他の言語ときりはなして、その内部を眺めた場合、

その特色はどこにあるか。それは、簡単に〈日本語〉というが、

実はそれは、非常に多くの小言語の複合体であることである。英 語、ドイツ語、オランダ語、デンマーク語などをひとまとめにし てゲルマン語などといっている。日本語は、その全体がゲルマン 語にも等しいものである。

ロシアといえば、世界の大国である。したがってロシア語は、

南北八百里、東西六百里にわたる広大な地域に行われている。が、

その方言のちがいはきわめて小さい。北のはずれの北海沿岸の漁 民の日常の会話は、そのまま南のはてのウクライナの農民にも通 じるという。これは、、日本の距離にしたら、旧領土のカラフトの シスカの人と、台湾の高雄の人とが土着のことばで話して通じる ようなものである。アメリカ合衆国でも、あれだけの広い国土で ありながら、ほかの地方に通じない方言はないという。日本語の 方言の差はいちじるしい。鹿児島などは完全な別天地である。鹿 児島県の日常の会話は、本州・四国の人にはもちろんのこと、隣 県の熊本県の人にも通じない。

このようなことは、九州まで行かずとも、実は東京都下にもあ る。八丈島のことばは、東京にの人には全然通じない。いな、同 じ伊豆半島のうちでも、大島や三宅島の人たちの耳には、八丈島 のことばはもう通じない。また八丈島のすぐわきに小島というか わいらしい島があり、そこに人口七十四人という、おそらく日本 で一番小さい宇津木村という村がある。ここの言葉が八丈島の人 に通じないというからおもしろい。」

「日本語はこんなふうに方言の違いがはげしい。これはなぜか。

一般に未開民族の間では、方言のちがいがはなはだしい。なぜか というと、未開民族はたがいに閉鎖的で、大きな社会をつくってな いためである。日本でも学校へ上がっていない子供の社会を見てい ると、横町ごとに小さな社会ができていて、一つ先の横町の子供同 士は妙な目つきで見合って通りすぎているが、あれが未開社会のひ な型である。

それでは、日本語で方言のちがいが大きいのは日本の社会が未開 であるからか。原因はまだほかにもある。日本人がこの領土に来て からの歴史が長いからである。ロシア人がキプチャック汗国を滅ぼ

77 金田一春彦『日本語』1957.1 岩波新書.岩波書店p31~p38

して今のロシアにロシア帝国を建てたのは十五世紀後半のことだっ た。アメリカ人の祖先がアメリカ大陸に合衆国を作ったのは、十世

して今のロシアにロシア帝国を建てたのは十五世紀後半のことだっ た。アメリカ人の祖先がアメリカ大陸に合衆国を作ったのは、十世