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蔡英文政権の誕生と中台関係の転換―「失われた機会」か、「新常態の始まり」か?―

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蔡英文政権の誕生と中台関係の転換

―「失われた機会」か、

「新常態の始まり」か?―

田 康 博

(東京大学東洋文化研究所教授)

【要約】

本稿は、2016 年の総統選挙において民主進歩党(民進党)が政権 を 奪回した後 の中台関係 がどのよう に変化する かを展望す ること を 目 的としてい る。双方の 政権は主権 に関する原 則を重視す る政権 で あ り、摩擦は 避けられな い。習近平 と蔡英文の 間には、一 定の利 害 の 一致があり 、何らかの 接触・交渉 があり、そ して実際に 歩み寄 り が 存在した。 しかしなが ら、双方が 歩み寄った タイミング はずれ て おり、2016 年中に交渉を妥結することはなかった。それでもなお、「機 会 の窓」は完 全に閉じて はいない。 もしも交渉 が続き、将 来双方 が な んらかの妥 協に成功し て「機会の 窓」をこじ 開け、両会 の連繋 メ カ ニズムが一 部でも回復 するのであ れば、今回 は単に「失 われた 機 会 」であった と解釈でき る。逆に、 両会の連繋 メカニズム が失わ れ た まま、互い が決定的な 現状変更に 踏み出せな い状況が中 長期に わ た って持続し た場合、そ れは馬英九 政権時期と は異なる「 新たな 常 態の始まり」であったと解釈できるだろう。 キーワード:蔡英文、習近平、中台関係、92 年コンセンサス

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一 はじめに

本稿は、2016 年の総統選挙において民主進歩党(民進党)が政権 を奪回したことで中台関係1がどのように変化するかについて、中台 間 の交渉プロ セス分析を 通じて、そ の方向性を 見いだすこ とを目 的 としている。馬英九政権(2008-16)の 8 年間において、いわゆる「92 年コンセンサス」2と「台湾独立に反対すること」を「共通の政治的 な基礎」として、中台関係は安定的に推移してきた3。いわゆる「台

1 中台関係とは、大まかに言って中華人民共和国と台湾との関係である。両者の当局 者同士は、国と国との関係ではないという建前を持っており、中台関係を「台湾海 峡両岸関係」、略して「両岸関係」と呼ぶことが多い。また、相手を国家として承認 していないため、台湾当局は中華人民共和国を「中国大陸」または「大陸」と呼び、 他方で中華人民共和国は、台湾の国家としての自称である「中華民国」を決して使 わず「台湾」や、政府の場合「台湾当局」という呼び方を使う。本稿においては、 特に引用部分に関して、通常の「中国」や「台湾」に加え、これらの呼び方を混在 して使う事とする。 2 「92 年コンセンサス」という概念は、1992 年の香港会談の最中に海基会と海協会と の間で交わされた口頭のコンセンサスにその起源があるが、コンセンサスであるは ずなのに、その内容は中台で異なる。中国の海協会版の定義は「海峡両岸は共に国 家統一を求める努力をする過程で、双方が一つの中国という原則を堅持する」であ り、台湾の海基会版では同じ表現の後に「しかし一つの中国の定義について、認識 はそれぞれ異なり」、「口頭声明の方式で表明する」が加わる。台湾側の定義はい わば「不同意に同意する」(agree to disagree)コンセンサスであるが、中国側は不同 意に同意するのではなく、互いに相手を承認しないものの(mutual non-recognition)、 相手の異なる主張を敢えて否定しないという考えに近い。包宗和「一個超越歴史局 限的両岸観――迎向『擱置争議、追求双贏』的新路線」蔡朝明主編『馬総統執政後 的両岸新局―論両岸関係新路向―』(台北、財団法人遠景基金会、2009 年)190-194 頁。李明「新政府両岸外交休兵政策之理念與作為」林碧炤主編『両岸外交休兵新思 維』(台北、財団法人遠景基金会、2009 年)26-29 頁。

3 馬英九政権期の中台関係については以下を参照のこと。Yasuhiro Matsuda, “Cross- Strait Relations under the Ma Ying-jeou Administration: From Economic to Political Dependence?” The Journal of Contemporary East Asia Studies, Vol. 4, No. 2, (2015),

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湾 独立綱領」 を持ち、台 湾の独自性 を重視する 民進党に政 権交代 し た ことは、こ の局面を変 化させるも のとして中 国及び台湾 のみな ら ず地域的な関心を集めている。 習 近平政 権と 蔡英文 政権 は、と もに 相手と の関 係にお いて 非妥協 的 な原則的立 場にある。 東シナ海や 南シナ海で 周辺諸国と の対立 を も 辞さない中 国の習政権 は、領土や 主権に関し て、胡錦濤 政権よ り も 原則重視で あり、強硬 策を辞さな いと考えら れている。 習政権 に と って、台湾 独立を少し でも容認す ると考えら れる行動を とれば 、 権力基盤が動揺しかねない。 他 方で、 蔡政 権もま た、 選挙の 洗礼 を経て 、台 湾優先 の原 則を重 視 する政権で あると考え られている 。蔡は李登 輝政権時期 に中国 と 台 湾を「特殊 な国と国と の関係」で あるとする 言説(いわ ゆる「 二 国 論」)の元 になる研究 報告を起草 したことで 知られる。 蔡自身 が 公 の場で台湾 独立支持を 唱えたこと こそないが 、民進党内 には強 い 独立支持派がおり、蔡が中国に過度に妥協することを牽制している。 馬 英九政 権ま では、 中国 国民党 (国 民党) 政権 が両者 の間 にあっ て 、一種のバ ッファーと しての役割 を果たして きた。しか し国民 党 が 極端に凋落 した今後は 、中国と台 湾のナショ ナリズムが 直接対 峙 し、最悪の場合には一層の緊張関係に陥る可能性がある。 で は、中 台双 方に柔 軟性 はない ので あろう か。 あると した らどの よ うにして発 揮されるの だろうか。 我々は何に 注目して中 台関係 の 動 向を展望す ることが出 来るのだろ うか。これ らの問題に 取り組 む こ とが、本稿 の目的であ る。そのた めには、中 台双方が抱 える構 造 的 な制約要因 には何があ るか、蔡と 中国当局と の間の意思 疎通が ど

http://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/24761028.2015.11869083. なお、本論文内の ウェブサイトへのアクセス日は、全て2017 年 2 月 10 日である。

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の ようにして 図られてい るのか、そ して双方が 柔軟性を発 揮し、 交 渉 を妥結させ るか否か、 という諸点 に留意して 分析を進め ること と する。

二 「協調的敵対者」同士の交渉

本 稿では 、か つて蔣介石政権から馬英九政権に至るまで、中国当 局 とのバック ドアチャネ ルが存在し ていた事実 に鑑み、ま た本文 で 詳 述するよう に双方の交 渉の痕跡が 見られるこ とから、蔡 と習と の 間 で、何らか の接触と交 渉があると 仮定してい る。両者に 利害対 立 が ない場合、 交渉は必要 ないし、両 者に利害の 一致がない 場合は 交 渉 自体が成立 せず、武力 行使や武力 威嚇による 対峙が続く ことに な る4。また、交渉が全くない場合はバーゲニング(駆け引き)という、 交 渉のテーブ ルに直接つ くことなく 、意思の疎 通または相 手側の 行 動 を解釈する 、一種の相 互認識のゲ ームがなさ れる。中台 間では 、 バ ックドアチ ャネルを持 ちつつも、 互いが公開 の場で直接 接触・ 交 渉 をせずに、 一方的な発 言や演説を 互いに解釈 し合うコミ ュニケ ー ションも長年とられてきた。 本 稿で、 中台 の両政 権に は、「 現状 維持」 また は「安 定」 という 共 通利益があ ると仮定し ている。つ まり、表向 きはバーゲ ニング を し つつも、実 際には、共 通の利益を めぐって一 定の交渉も してい る と仮定している。 交 渉では 、パ ワーが 優位 にある もの が必ず 交渉 に勝利 する とは限

4 敵対する両者間の交渉とバーゲニングの理論的整理については、以下を参照のこ と。吉崎知典・道下徳成・兵頭慎治・松田康博・伊豆山真理「交渉と安全保障」『防 衛研究所紀要』第5 巻第 3 号、2003 年 3 月、96-102 ページ、http://www.nids.mod. go.jp/publication/kiyo/pdf/bulletin_j5-3_4.pdf。

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らない5。パワーは「粗パワー(aggregate power)」と「問題に直接 関連するパワー(issue-specific power)」に分けられる。前者は、交 渉 当事者が保 有する政治 ・経済・軍 事力の総和 を指すが、 交渉当 事 者 が 持 て る 資 源 を す べ て 投 入 し て 交 渉 に 臨 む わ け で は な い 。 む し ろ 、交渉の分 野に直接関 わる資源を 有効に活用 した方が有 利に取 引 き を進めるこ とができる 。それが、 後者の「問 題に直接関 連する パ ワ ー」である 。言い換え れば、交渉 の場面にお いては、交 渉をめ ぐ る 環境を正確 に認識し、 実際そのパ ワーを行使 しやすい状 況を作 り だ し、交渉の 過程で限ら れた交渉資 源を効果的 に用いるか どうか が 問題になる。こうした交渉上の「機会の窓(windows of opportunity)」 を 相対的弱者 が見いだし た場合、パ ワーの非対 称性を相殺 するこ と が可能となることが予想される。 安 全保障 をめ ぐる交 渉上 の争点 の性 格とし て、 「相互 に受 け入れ

がたい手詰まり状態(mutually hurting stalemate)」が双方に存在す

る ことが重要 になる。つ まり双方が 、自ら保有 する手段と 受け入 れ 可 能なコスト の範囲で、 紛争をこれ 以上エスカ レートでき ないと い う状況に陥った場合、問題解決の気は熟すことになる6。このように 交渉当事者の間には「協調的な敵対者(cooperative antagonist)」と 呼ぶ関係が想定される7。ただし、交渉当事者の間には利益の不一致 が 存在し、仮 に問題解決 を望んでい るときでも 自己の利益 を優先 さ せ、交渉を成立させない傾向がある。 中 台の交 渉、 本稿で 扱う 習政権 と蔡 政権と の間 の交渉 はこ うした 「 協調的敵対 者」同士の 交渉であり 、バーゲニ ングと交渉 が交錯 し

5 同上、101 ページ。 6 同上、98 ページ。 7 同上、97 ページ。

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て おり、必ず しも弱者が 圧倒される 訳ではない ものの、交 渉妥結 に よ る問題解決 よりも自己 の利益がし ばしば優先 される交渉 である と いえる。言うまでもなく、中国の粗パワーは台湾を圧倒しているが、 台 湾は必ずし も中国のい いなりには ならない。 加えて、両 者には 関 係安定を必要とする要因がある。 習 政権に は、 経済の 減速 と米中 関係 および 周辺 国との 関係 不順に 加え、今後中共第19 回全国代表大会(19 全大会)における総書記再 選と指導部人事(2017 年)、建国 70 周年(2019 年)、中国共産党(以 下、中共または共産党)創立100 周年(2021 年)といった重要な節 目 を迎える。 このため、 中国には台 湾問題が習 の掌握下に あると い う 印象を国内 で与える必 要性があり 、少なくと も台湾問題 が政治 問 題 化すること は好ましく ない。つま り、台湾と の統一促進 は習政 権 に とって最優 先課題では なく、少な くとも台湾 との関係安 定が維 持 されることが望ましい。 他方、蔡政権の制約要因も多い。それらは、進む対中国経済依存、 アメリカからの「現状維持要求」、台湾内部の親中・反台湾独立勢力 の存在である。「挑発」することで中国を怒らせてしまい、台湾の経 済 や安全保障 への悪影響 をもたらし てはならな いし、結果 として ア メ リカが紛争 に巻き込ま れないよう にしなけれ ばならない 。また 大 陸 との関係が 極度に不安 定化すると 、国民党の 党勢回復を 助長し 、 自らの政権基盤が弱まりかねない。 で は何が 具体 的な交 渉の 争点に なる のか。 それ は馬政 権の 残した 「92 年コンセンサス」を、蔡政権が引き継ぐか否か、あるいは台湾 独 立を放棄す るか否かで ある。習政 権にしてみ れば、蔡政 権にこ れ を 認めさせれ ば、台湾独 立の芽を摘 むことにな り、勝利と なる。 他 方蔡政権は、台湾独立綱領を維持し、「92 年コンセンサス」を認める こ となく、馬 政権期の安 定した関係 を引き継ぐ ことができ れば、 勝

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利 となる。こ の互いに交 わることの ないはずの 両極端の結 果の間 に 向けて、交渉により双方が歩み寄れば、「機会の窓」が拡がる。 蔡政権が「92 年コンセンサス」をそのまま継承し、台湾側の海峡 交 流基金会( 以下、海基 会)と中国 大陸側の海 峡両岸関係 協会( 以 下、 海協会)(合 わせて「両 会」)の連繋 ・交渉メカ ニズムを維 持 す る ことが厳密 な意味での 現状維持で あるが、こ れは上記の ように 蔡 政権の敗北を意味し、蓋然性はない。他方、蔡政権が「92 年コンセ ン サス」を否 定したまま の現状維持 も、習政権 の敗北を意 味し、 不 可 能である。 双方が非妥 協的となり 、交渉が決 裂して、強 い緊張 状 態 や極端な関 係悪化の循 環をもたら せば、それ は陳水扁政 権時期 の ように、双方の敗北を意味する。 「92 年コンセンサス」に代わる何らかの合意や諒解を基に両会の 連 繋・交渉メ カニズムを 維持するこ とも広義の 現状維持と なるが 、 こ れはウィン ウィンの結 果を意味す る。そして 、交渉が決 裂して も 必 要最小限の 連絡・交渉 が維持され 、経済関係 に大きな変 化が起 き な い状況、あ るいは極端 な対立や緊 張がない「 新たな現状 」は、 勝 利者も敗北者もいない「新たな常態」ということができる。

三 総統選挙前の「メッセージ交換」

蔡は2012 年 1 月の総統選挙における敗北後、その敗北要因を総括 し、4 年後の復活を期して公職からいったん身を引き、同年 8 月に「小 英 教育基金会 」(以下、 基金会)を 設立して、 そこを活動 拠点と し た 。蔡の回想 録によると 、敗北の大 きな原因は 内政に求め られて い た8。しかしながらそれはあくまで表向きの説明であり、蔡の最大の

8 蔡英文『英派―点亮台湾的這一哩路―』(台北:圓神出版社有限公司、2015 年)(蔡 英文著、前原志保監訳『蔡英文――新時代の台湾へ』白水社、2016 年)、参照。

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弱点が大陸政策にあったのは明らかである。「92 年コンセンサス」 の存在を否定し、「両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」に反対した 蔡 にとって、 大陸政策に おいて、国 民党よりも 明確で安定 的な政 策 を 打ち出すこ とは困難だ った。そこ で、蔡は大 陸政策につ いて「 曖 昧戦略」を取るしかなかった。 他 方で、 蔡は 基金会 の設 立後ま もな く、自 らは 中国と の距 離を保 ちつつも、基金会の主要メンバーと中国の関係構築を進めた。まず、 2013 年 7 月に中国銀行首席エコノミストである曹遠征教授および対 外 経済貿易大 学金融学院 の丁志杰院 長を招聘し て交流を行 い、双 方 がその後の相互訪問を決めたという9 さらに、2014 年 1 月には、基金会の主要メンバーが、林全執行長 (元財政部長、蔡政権発足時に行政院長に就任)を団長として、「財 政経済交流」を名目に訪中団を組織して訪中した10。基金会の訪中団 は 、中国の当 局者との事 前の交渉な しでは不可 能である。 蔡と中 国 当局との間のパイプ作りがこうして軌道に乗った。 蔡は、基金会の訪中直後に民進党主席に就任した。そして2014 年 3-4 月に、台北では、中国大陸とのサービス貿易協定の強行採決反対 に 端を発する 「ヒマワリ 運動」が発 生し、馬英 九の対中国 融和路 線 に対する民意の反発が頂点を迎えた11。そして同年 11 月の統一地方 選挙で、民進党が地滑り的な勝利を収めたことにより、2016 年の総 統選挙での勝利の見込みが出始めた。

9 「小英基金会大陣杖登陸 蔡英文搶先蘇貞昌」中国評論新聞網、2014 年 1 月 19 日、 http://hk.crntt.com/doc/1029/8/6/2/102986234.html?coluid=7&kindid=0&docid=102986234 。 なお、この記事は同時期の月刊誌『中国評論』では収録されていない。 10 陳文信「小英登陸部隊 影子内閣成形」『中国時報』2014 年 1 月 21 日。 11 范世平『習近平対台政策與蔡英文之挑戦』第 4 章(新北:博誌文化股份有限公司、 2015 年)参照。

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た だし、 習政 権にし てみ れば、 基金 会との 接触 を容認 した ことが 「92 年コンセンサス」の存在を認めない蔡を受け入れたことにはな らない。2015 年 3 月 4 日、全国人民代表大会(全人大)第 12 期第 3 回会議で台湾と関係する3 団体との合同会議において、習は、「(92 年 コンセンサ スという中 台間の政治 的)基礎が 揺らげば、 地が動 き 山 も揺れる」 (「基礎不 牢、地動山 揺」)とい う表現を使 って、 蔡 を強く牽制したのである12 と こ ろ が 、 中 国 側 の 蔡 に 対 す る 強 硬 な 政 治 的 牽 制 は 続 か な か っ た。それは、国民党内部の総統候補選出過程が迷走したためである。 蔡 に対抗する 上で最も有 力だった朱 立倫国民党 主席(新北 市市長 ) は、4 月 17 日に早々と不出馬を宣言し、王金平立法院院長も 5 月中 旬に事実上出馬を断念した。その結果、7 月 19 日には実力派とは言 え ない洪秀柱 立法院副院 長が、党大 会で正式な 総統候補と して選 出 された。 蔡の勝利が確実視され始めた 5 月末から 6 月初頭にかけて、蔡は 満を持して訪米した。2011 年 9 月に訪米した際には、国務省ビルに 入ることもできず、またFinancial Times で政府関係者の言葉として 「 過去数年、 両岸が享受 してきた安 定した関係 を継続する 意思も 能 力 もない」が 紹介される など、米国 から明らか な「冷遇」 を受け て しまった13。中国および米国との関係が悪化した陳水扁政権の陰影は

12 この表現は現場で取材していた台湾メディアにより大々的に報道された。「基礎不牢 地動山揺―習近平重申 92 共識―」『聯合報』2016 年 3 月 5 日。この部分は公式には 「もしも両岸双方の共通の政治的基礎が破壊されてしまったら、両岸の相互信頼は もはや存在しなくなり、両岸関係はまたもや激変し、不安定だった昔に逆戻りして しまう」とされている。「習近平在看望参加政協会議的民革台盟台聯委員時強調堅持 両岸関係和平発展道路促進共同発展造福両岸同胞」『人民日報』2005 年 3 月 5 日。 13 劉世忠「蔡英文訪米の分析」『新台湾国策智庫 Newsletter』No. 19、2011 年 9 月、6-7 ページ、http://www.braintrust.tw/uploads/201109_tbt_newsletter_jp_03.pdf。

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明 らかであっ た。今回は そうしたこ ともなく、 政府高官と の面会 も スムーズに進んだ。 そして 6 月 3 日、ワシントン DC の著名な外交・安全保障シンク タンクである戦略国際問題研究所(CSIS)で、講演を行った。蔡は、 こ の講演で、 中国との関 係について は、「現状 維持」と「 現行の 中 華民国憲政体制」を掲げた14。「現行の中華民国憲政体制」は中国大 陸 と台湾を含 むものと解 釈でき、台 湾独立とは 異なる立場 を象徴 す る キーワード である。つ まり、蔡は 中国を挑発 しない現状 維持政 策 を掲げたことで、米国から受け入れられることを目指したのである。 中 国もま た「 中華民 国憲 政体制 」を 正面か ら否 定しに くい 。これ は馬英九政権の大陸政策や「92 年コンセンサス」をも包含する言説 で あり、これ を否定する と、中国は 台湾の主流 の民意と正 面衝突 せ ざ るを得なく なってしま う。むしろ 「憲政体制 」言説は、 民進党 と 共 産 党 の 双 方 に 一 定 の 「 表 現 空 間 」 を 産 ん だ15。 結 局 中 国 は 、 蔡 の CSIS 講演に対して、批判キャンペーンを発動しなかった。 それどころか、中国は2012 年の総統選挙の際に見られた露骨な選 挙介入(投票日直前に中国と関係の深い台湾財界人が「92 年コンセ ンサス」支持を次々と表明)をしなかったし、また1996 年の総統選 挙 で李登輝に 対して行わ れたような 極端な人身 攻撃(李登 輝を「 千 古 の罪人」と 表現して罵 倒)もなさ れなかった 。蔡は、つ いに曖 昧 戦略を維持したまま、総統選挙の世論調査でトップを独走し続けた。 2015 年 10 月に、支持率低迷が続いた洪秀柱を引きずり下ろして、 朱 立倫国民党 主席が代わ りに国民党 の総統候補 となった。 ところ が

14 “Tsai Ing-wen 2016: Taiwan Faces the Future,” Center for Strategic & International Studies, June 3, 2015, http://csis.org/event/tsai-ing-wen-2016.

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こ の混乱その ものが国民 党への支持 を弱めてし まった。蔡 は、馬 英 九 政権の不人 気と国民党 の混乱のお かげで、選 挙戦終盤を より有 利 に進めた。 ところが、このタイミングの 11 月 7 日に、中台首脳会談(中国語 の正式名称は「両岸領導人会面」。通称として「習馬会」または「馬 習会」)が行われた。冒頭の発言で、習は以下のように述べた。 第 1 に、両岸共通の政治的基礎は動揺しない。7 年来両岸関係が 平和的発展を実現することができた鍵は、双方が確立した「92 年 コンセンサス」と「台湾独立」に反対するという共通の政治的基 礎である。(中略)「92 年コンセンサス」が重要なのは、それが 1 つの中国原則を体現しており、両岸関係の根本的性質を明確に 定めているからである。それは大陸と台湾が同じく 1 つの中国に 属しており、両岸関係は国と国の関係ではなく、「一中一台」で もないことを表明している。(中略)どのような党派、団体であ ろうとも、過去に何を主張したことがあっても、「92 年コンセン サス」の歴史的事実を承認し、その中核的意味に賛同しさえすれ ば、我々は彼らと喜んで交流する。国家を分裂させるいかなる行 為に対しても、両岸の同胞が応えることなど決してない。16。(下 線は引用者。以下同様) こ こ で 注 目 す べ き は 、 下 線 部 に あ る 習 が 用 い た 新 た な 表 現 で あ り 、これらを 退任間際の 馬英九に対 して使う必 要などない 。した が っ て、これら の新たな表 現は当選見 込みの高か った蔡に対 する呼 び かけであった可能性が高い。

16 王堯、丁子「習近平同馬英九会面」『人民日報』2015 年 11 月 8 日。

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上 述 の 通 り 、 蔡 は 対 中 国 政 策 に お い て 曖 昧 戦 略 を 採 り 続 け て き た 。しかし、 選挙戦の終 盤、つまり ほぼ優位が 揺るがない タイミ ン グの12 月 22 日に蔡は、両岸関係の原則として、「意思の疎通をし、 挑発せず、意外なことをしない」17ことを表明した。さらに 25 日に 総統候補によるテレビ弁論会で、蔡は一歩踏み込んで「民進党は1992 年 の両岸会談 の歴史事実 を否認して いないし、 また当時双 方がと も に 相互諒解の 精神を持ち 、同じもの を求めて異 なるものを 残した こ とに賛同する(後略)」という発言をした18。これは「92 年コンセン サス」の国民党側解釈(1 つの中国、各自が表現)と似ている。また 勝 利だけのた めだけなら 不必要なタ イミングで の不必要な 発言で あ る 。以上の経 緯は、蔡が 習の呼びか けに応えた 可能性を示 唆して い る 。つまり、 習と蔡は、 互いに直接 会うことな く政治的メ ッセー ジ の交換をした上で選挙戦の終盤を迎えたのである。

四 習近平の対台湾政策における「柔軟性」

蔡 政 権 の 誕 生 は 、 中 国 の 習 政 権 に と っ て 大 変 大 き な 挑 戦 に な っ た 。従来の対 台湾政策で は対応しき れなくなる ため、強硬 策に転 じ な い限りは、 ある程度の 柔軟性を発 揮しなけれ ばならない 。習政 権 は、成立以来対台湾政策において一定の柔軟性を見せてきた。 第 1 の事例は、上海市と台北市の交流の一部である「双城論壇」 の実現である。問題は、2014 年 11 月の統一地方選挙で、「首都の首 長 」 に 相 当 す る 台 北 市 市 長 に 当 選 し た 柯 文 哲 を ど う 扱 う か で あ っ た 。柯文哲は 、民進党の 支援を受け て国民党候 補を大差で 打ち破 っ た 無所属市長 である。柯 の国家アイ デンティテ ィと政治的 スタン ス

17 「蔡英文提両岸 3 原則―溝通、不挑釁、不会有意外―」『聯合報』2015 年 12 月 23 日。 18 郭瓊利「蔡:没否認九二年両岸会談事実」『聯合報』2015 年 12 月 26 日。

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は民進党に近いと考えられており、柯が「92 年コンセンサス」をど のように取り扱うかが注目された。 柯文哲は、まず、主語を曖昧にして「1 つの中国は決して問題では な い」と発言 し、習がし ばしば提起 する「両岸 は一つの家 族のよ う に親しい。共に中国の夢を実現しよう」(「両岸一家親、共圓中国夢」) というスローガンの上の句のみを自ら発言し、そして「92 年コンセ ンサス」については、「理解並びに尊重する」という動詞を使い、「承 認 」も「容認 」もしない まま、前向 きな印象を 中国に与え ること に 成功した19 国家主権に関わる台湾問題の敏感さに鑑みると、「92 年コンセン サス」に関して、柯文哲が曖昧に処理したことを容認することなど、 上 海市政府の ような地方 レベルでは 不可能であ るし、中央 レベル の 国 務院台湾事 務辦公室( 国台辦)が これを決定 することも また困 難 で あると考え られる。つ まりこの決 定は習によ ってなされ たとみ な すことが可能なのである。こうして、柯は「92 年コンセンサス」へ の態度を曖昧にしたまま、2015 年 8 月に「双城論壇」の活動の一環 として上海市を訪問することに成功した。 こ れまで 国民 党籍の 市長 が長く 関係 を持っ てき た台北 市が 、政権 交 代後に上海 市との関係 が断絶され る、という 前例を作れ ば、そ れ は2016 年以降に誕生が見込まれる蔡政権との関係も同じように処理 さ れなければ ならなくな る。したが って、この 案件は中央 レベル の 政 権交替の「 予行演習」 のような役 割を果たし た。そして 、習と 柯 は 、この問題 に対して共 に柔軟性を 発揮して歩 み寄り、現 状を維 持

19 1972 年の日中共同声明において、台湾が中国の不可分の領土であるとの主張に対し て、日本政府が「十分に理解し尊重する」という表現を使い、中国政府がこれを受 け入れた経緯に似ている。

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したのであった。 第 2 の事例は、前述した「習馬会」である。この政策決定過程は 複雑であった。双方がその意図をもって2013 年から水面下で準備・ 交渉をしてきたが、2014 年に北京で開催されたアジア太平洋経済協 力(APEC)首脳会談での開催を求めた馬英九政権に対して、台湾問 題 の国際化を 恐れた習政 権側がそれ を拒絶した ため、実現 しなか っ た20 「 習馬会 」実 現プロ セス の判断 材料 はいま だ少 ないが 、実 際には 国 際会議の場 ではなく、 第三国のシ ンガポール で行われた 。まず は シ ンクタンク 同士での接 触があり、 次に張志軍 と行政院大 陸委員 会 の 夏立言主任 委員の広州 での会談を 通じて提案 され、最終 的には 習 が決断した結果、実現したと考えられている21。退任直前で、政権の 歴史的遺産(legacy)にこだわる馬英九なら、多少条件が悪くなって も習の提案に飛びつくことが考えられた。「習馬会」は、これまで対 台 湾政策にお いて、ほと んど成果が なかった習 政権にとっ て、最 初 の「歴史的成果」となった。 柯 文哲問題に 対して、中 国内部では 、「雑 音(= 反対の声 )」 があ ったとされる22。「習馬会」を、国台辦が積極的に進めたとは見られ ない。2 つの事例とも政治的なリスクを負って決断したのは習自身で あ り、台湾の 政権交代を にらんで、 習がリーダ ーシップを 発揮し て 一定の柔軟性を見せたものと考えられる。

20 門間理良「ASIA STREAM――台湾 総統選挙に向け注目を集める朱立倫・王金平両 氏(2015 年 3~4 月)」『東亜』No. 575、2015 年 5 月、68 ページ。 21 聯合報新聞部編著『81 秒世紀之握―馬習会幕後大解密―』(新北:聯合報新聞部、 2016 年)、54 頁。 22 范世平、前掲書、272-273 頁。

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五 総統選挙後の「歩み寄り」と「不一致」

2016 年 1 月 16 日に行われた台湾の総統・立法委員選挙は、まさに 蔡 英文・民進 党の地滑り 的な大勝利 となった。 蔡が、国民 党の朱 立 倫主席を、56.12%の得票率で、300 万票以上の大差をつけて圧勝し た。立法委員(国会議員に相当)について、今回 113 議席のうち民 進党は68 議席を獲得し、単独過半数に達した。これで、民進党は行 政 府のみなら ず立法府も 掌握し、通 したい法案 と予算を通 しやす く なった。このことは、陳水扁政権と異なり、「長期政権化の見込み」 23を中国に与えることになった。民意を背に、蔡は中国に対して比較 的強い立場で交渉することが可能となったのである。 総 統に当 選し た蔡に 対し て、習 政権 はどの よう な要求 を持 ってい たのだろうか。国台辦による最初の公的な発言は、「この8 年来、両 岸双方が『92 年コンセンサス』を堅持し、『台湾独立』に反対すると いう政治的基礎の上で、(中略)我々は両岸が共に 1 つの中国である こ とに賛同す る政党と団 体との間で 接触と交流 を喜んで強 化し、 両 岸 の同胞とと もに、両岸 の共通の政 治的基礎を 維持・擁護 し、両 岸 関 係の平和的 発展と台湾 海峡の平和 と安定を維 持・擁護し 、共に 中 華 民族の偉大 な復興とい う明るい未 来を創造し たい」とい う原則 的 なものであった24

23 陳水扁政権は結局、「長期政権化の見込み」を終始中国に与えることができなかっ た。松田康博「第 7 章 改善の『機会』は存在したか?―中台関係の構造変化―」 若林正丈編『ポスト民主化期の台湾政治―陳水扁政権の 8 年』(日本貿易振興機構ア ジア経済研究所、2010 年)、262 ページ、http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Books/ Sousho/582.html。 24 「中共中央台辦、国務院台辦負責人就台湾地区選挙結果発表談話」『人民日報』2016 年1 月 17 日。

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中 国政 治協商 会議 全国委 員会 (全国 政協 )の俞正声主席は、2016 年 2 月の中共中央対台工作会議で、「2008 年以来、両岸双方は『92 年 コンセンサ ス』と『台 湾独立』に 反対するこ とを堅持す るとい う 政治的基礎の上に、(中略)我々は中央の対台湾工作の大政方針を毫 も揺らぐことなく堅持し、1 つの中国原則を堅持し、断固としていか な る形式の『 台湾独立』 分裂活動に も反対し、 これを抑止 し、国 家 の主権と領土の完全さを維持・擁護し、両岸関係の平和的発展と台湾 海峡の平和と安定を維持・擁護しなければならない」と発言した25。 と ころが 、北 京から のシ グナル は次 第に枝 分か れして いっ た。ま ず習政権の蔡への要求だと考えられる内容として、2 月 22 日の『人 民日報(海外版)』に掲載された署名記事26は、民進党の「台湾独立 綱領」について「廃止しない限り、大陸が民進党を見る際に『独立』 に 反対すると いう視角が 抜けきれな い」と非難 した。しか し、か つ て民進党内で「台湾独立綱領」の凍結が議論されたこともあったが、 総 統選挙の大 勝利は、そ のような中 国への譲歩 の声を完全 に消し 去 っ ていた。そ もそも、党 綱領の変更 は民進党の 機関決定を 経なけ れ ば ならず、蔡 英文は主席 とはいえ、 自由には変 更できない 。就任 前 に党大会が開かれる予定もなく、この可能性はすでに消えていた。 同記事は、「台湾のメディアが言っている」という慎重な言い回し で、より具体的な要求を「3 つの鍵」と表現しつつ、以下のようにま とめていた。「緑陣営にとってみれば、近い将来『機会の窓』を開く ための3 つの鍵がある。1 つ目は『監督条例』の修正を完成させて『立 法 院』の審議 を通過させ ることであ るが、これ はすでに第 一歩が 踏 み出されている。2 つ目は新たな大陸委員会主任委員および海基会董

25 「俞正声出席 2016 年対台工作会議并作重要講話」『人民日報』2016 年 2 月 3 日。 26 任成琦「民進党須以行動証明“排独”」『人民日報(海外版)』2016 年 2 月 22 日。

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事 長の人選が 、大陸に善 意を感じさ せることが できるかど うかで あ る。3 つ目は 5 月 20 日の就任演説が『92 年コンセンサス』の歴史的 事 実の後、さ らにその中 核的な意味 を詳述また は承認する ことが で きるかである。疑うべくもなく、3 つ目こそが最重要の鍵である」。 まず、2 月 1 日から始まった立法院の新会期で、「両岸協議監督条 例」が審議された。それは「ヒマワリ運動」(2014 年 3-4 月)を収束 さ せる際、立 法院が大陸 との間で結 ぶ各種協定 を監督する 条例( 中 国 語で条例は 特別法を意 味する)を 立法するこ とが条件と されて い た ためである 。民進党に は、当初中 台の関係を 「国と国の 関係」 で あるような表現を使った法案があった。これを「両岸人民関係条例」 にあるように、中華民国の中の 2 つの地域の関係に書き換える必要 がある。これは 2016 年 12 月現在、まだ成立していないが、後者の 方向で成立する見込みである27 次 に、大 陸事 務関連 人事 である が、 政府内 部の 行政院 大陸 委員会 主 任 委 員 は 、 女 性 の シ ニ ア 外 交 官 で あ る 張 小 月 が 就 任 す る こ と が 2016 年 4 月 15 日に発表された。張はかつて外交部報道官を務めたこ と があるため 、正確さが 求められる 敏感な表現 を理解し、 安定感 が あ る。ただし 、後述する ように、中 国側の海協 会会長とと もに各 種 協 定を締結す る象徴的な 役割を果た す海基会の 董事長人事 は、難 航 し た。恐らく 中国として は、協力し やすい人選 を求めてい たもの と 考 えられる。 蔡の総統就 任式前後の 段階では、 国民党籍の 前立法 院 長である王金平や親民党主席の宋楚瑜などが噂されていた28。いずれ

27 ただし、中国は条例の内容に関して難色を示している。「国台辦新聞発布会輯録 (2016-4-13)」、中共中央台湾工作辦公室・国務院台湾事務辦公室、2016 年 4 月 13 日、http://www.gwytb.gov.cn/xwfbh/201604/t20160413_11433125.htm。 28 顔振凱、蔡慧貞「進撃的藍巨人!王金平伝辞立委接任海基会董事長」風伝媒、2016 年3 月 25 日、http://www.storm.mg/article/93871。

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も台湾独立派ではない。 問 題は、3 つ目の蔡による中台関係の位置づけに関する表明であ る。「92 年コンセンサスの歴史的事実」については 1 月 21 日に民進 党に近い『自由時報』での独占インタビューで改めて言及された29 蔡は「『既存の政治的基礎』にはいくつかの鍵となる要素が含まれて いる。第1 は 1992 年の両岸会談の歴史的事実および双方が同じもの を求めて異なるものを残すという共通の認識である。第 2 は中華民 国の現行憲政体制である。第3 は両岸が過去 20 年余り話し合いと交 流の相互作用をしてきた成果である。そして第 4 は台湾の民主主義 の 原則と広範 な民意であ る」と発言 した。成立 間近の蔡政 権が、 馬 英九政権が使った「92 年コンセンサス」を「歴史的事実」などの別 な言葉に置き換えようとしていることは明らかであった。 ただし、最後の要求である「92 年コンセンサス」の「中核的意味」、 すなわち「中国大陸と台湾が同じく1 つの中国に属する」ことを「詳 述 または承認 する」こと を、蔡が受 け入れるは ずはなかっ た。こ こ で注目すべきは、中国の要求が、「92 年コンセンサス」を明確に受け 入 れるか否か という白黒 のはっきり したもので はないと考 えられ た ことである。 このうち、第 3 の「中台の位置づけ」に関して、訪米中の王毅外 交部長が、2 月 26 日に重要な発言をした。王はかつて蔡が講演した のと同じCSIS で講演し、質疑応答の際に、「台湾の新しい指導者が、 自 分たちのや り方で、引 き続き両岸 関係の平和 的発展を推 進する 気 があると表明し、彼ら自身の憲法が規定する『大陸と台湾が同じく1 つ の中国に属 する』こと を受け入れ る気がある ことを希望 し、期 待 する。(中略)現在彼らの『憲政』によって選ばれたからには、彼ら

29 「蔡英文:九二歴史事実推動両岸関係」『自由時報』2016 年 1 月 21 日。

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の『憲法』の規定、すなわち『大陸と台湾が1 つの国家であること』 に 違反しては ならないは ずで、これ はとてもは っきりして いるこ と だ」30と発言した。中国の政府高官が台湾の「憲法」に言及すること は希であり、しかもそれは蔡のCSIS 講演の内容をなぞったものであ った。しかもこの発言には、「92 年コンセンサス」、「台湾独立に反対」 というキーワードが含まれていなかったのである。 王 毅外交 部長 は中共 中央 対台工 作領 導小組 のメ ンバー であ り、そ の 前職は国台 辦主任であ る。その慎 重な性格に 鑑みると、 これは 単 な る「失言」 とは考えら れず、習か ら授権され た発言だっ たこと が 想 定された。 王の発言は 、習政権か らの一種の 善意のシグ ナルで あ ると考えられた31。台湾内部では、この王毅発言をめぐって多くの推 測記事が流れた32。しかし、蔡がこの発言に対して新たな表現を使っ て応えることはなかった。

六 中国による対台湾圧力の増大

王毅発言を受けて、「地動山揺」発言1 周年となる全人大での習に よる台湾関連発言がどうなるかが注目されるようになった33。全人大

30 徐亦網「王毅:台湾新執政者不可違反“一中憲法”」MSN 中文網、2016 年 2 月 26 日、 http://msn.huanqiu.com/taiwan/article/2016-02/8610462.html。中国の通信社である「中国 新聞社」が配信し、人民日報系列の「環球網」に掲載されたが、まもなく削除され た模様であり、同講演記録を外資系の「MSN 中文網」に転載された版を引用した。 王毅の講演は『人民日報』に掲載されず、中国外交部ホームページでも質疑応答が 掲載されていない。 31 「蔡英文能否抓住大陸善意関係両岸未来」多維新聞、2016 年 2 月 29 日、http://opinion. dwnews.com/big5/news/2016-02-29/59721302.html 。 32 「王毅:破天荒提“憲法”未提九二共識」「包道格:中国黙認蔡的両岸論述」「大陸弾 性、務実 看蔡怎接球」、「王毅喊話:少了九二共識 多了弾性空間」『聯合晩報』2016 年2 月 26 日。 33 羅印冲「旺報観点 習動向牽動 520 後両岸関係」『旺報』2016 年 3 月 3 日。

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および中国人民政治協商会議が開催された 3 月 3 日と 5 日に、俞正 声、習近平、張志軍の関連発言で「92 年コンセンサスそのものを重 視する表現」ばかりが伝えられた34。習は、「我々の対台湾大政方針 は 、明確であ り、一貫し ていて、台 湾政局の変 化により変 えるこ と などない。我々はこれからも『92 年コンセンサス』という政治的基 礎を堅持し、両岸関係の平和的発展の推進を継続する。『92 年コンセ ン サス』は、 両岸関係の 性質を明確 に定義づけ ており、両 岸関係 の 平和的発展と安定的に末永く継続することを確保する鍵である。『92 年 コンセンサ ス』の歴史 的事実を承 認し、その 中核的意味 に賛同 す れ ば、両岸に は共通の政 治的基礎が でき、良性 の相互作用 を保持 す ることが可能となる。(中略)我々はこれからいかなる形式の『台湾 独 立』分裂行 為も断固と して抑止し 、国家の主 権と領土保 全を維 持 ・ 擁護し、絶 対に国家分 裂の歴史的 悲劇を再演 させない」 と発言 し た。 この中で、「両岸の政治的基礎」と「いかなる形式の『台湾独立』 に も反対する 」は別な箇 所で言及さ れた。両岸 の政治的基 礎に従 来 通 り「台湾独 立に反対」 を入れると 、いわゆる 「台湾独立 綱領」 を 持つ民進党との関係を構築することは 100% 不可能になる。また、 「習馬会」で出現した「92 年コンセンサスの歴史的事実」と「その

34 「習近平在参加上海代表団審議時強調保持鋭意創新勇気蓬勃向上朝気加強深化改革 開放措施系統集成」『人民日報』2016 年 3 月 6 日。「政府工作報告―2016 年 3 月 5 日 在第十二届全国人民代表大会第四次会議上―」『人民日報』2016 年 3 月 18 日。俞正 声「中国人民政治協商会議全国委員会常務委員会工作報告―在政協第十二届全国委 員会第四次会議上―」『人民日報』2016 年 3 月 15 日。「張志軍:両岸関係処於重要時 間節点」、中共中央台湾工作辦公室・国務院台湾事務辦公室、2016 年 3 月 5 日、 http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201603/t20160306_11402928.htm。張志軍が「部長走道」 といういわゆる「ぶら下がり」に近い取材を受けた発言である以外は全て、会議で なされた公式発言である

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中核的意味」という表現が残っている上、その「両岸がともに 1 つ の 中国に属す る」という 「意味」の 説明が省か れている。 他方、 俞 正声は相変わらず「『92 年コンセンサス』を堅持し、『台湾独立』に 反 対するとい う政治的基 礎」という 発言をして いる。習の 発言の み が、他に比べるとややソフトであった。 しかしながら、習が発言した 3 月 5 日を分水嶺として、中国の蔡 に対する要求は強硬化していった。3 月 7 日、8 日の『人民日報』で は「92 年コンセンサス」の重要性と「台湾独立反対」を強調するキ ャンペーンが強化された。 そもそも、習政権は、蔡側の新たな表現の「締め切り」を 5 月 20 日ではなく、全人大が行われ、「地動山揺」発言の1 周年に相当する 3 月 5 日に設定していた可能性がある。中国の影響を強く受けている とされる台湾の『旺報』は、全人大において、中国指導部が「92 年 コンセンサス」を拒絶する民進党に対して何らかの表明をする(「有 所表示」)との示唆をした上で、民進党の政策調整を促していたので ある35 3 月 5 日の習発言を契機に、中国の民進党に対する圧力は増大し た。まず中国は3 月 17 日に、ガンビアと外交関係を樹立した。これ は2008 年 1 月のマラウィとの外交関係樹立以来であり、中台間の「外 交休戦」(後述)が終わったかもしれないことを示唆していた。 ガンビアは、2013 年 11 月に台湾と断交したが、中国とは外交関係 を持てないまま約 2 年 4 ヶ月が過ぎていた。これは、当時馬英九政 権 が提唱した 「外交休戦 」が事実上 中国によっ て受け入れ られて い た ためだと考 えられてい た。もしも 、中国が馬 英九を評価 ・重視 す るなら、5 月 20 日の蔡の総統就任式までガンビアと外交関係樹立を

35 「盼陸『両会』為両岸関係開出好局」『旺報』2016 年 2 月 17 日。

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するべきではない。しかし、5 月 20 日以降なら、蔡政権との外交闘 争 が正式に始 まることを 意味する。 したがって 、ガンビア との外 交 関 係樹立は、 蔡に圧力を かけるため に、このタ イミングで 切られ た 「 カード」で あり、逆に 言えば習政 権は蔡にま だ「期待」 を持っ て いたことになる。 蔡は、中国寄りとされる『中国時報』の 3 月 21 日に掲載されたイ ン タ ビ ュ ー に 答 え て 、「 大 陸 が さ ら に 善 意 を く れ る こ と を 期 待 す る」、中台間の位置づけについては「5 月 20 日の前に早すぎる返答を するつもりはない」36と発言した。これに対し国台辦報道官は、「92 年コンセンサスの堅持が原則であり、善意でもあり、92 年コンセン サスに対する態度が即ち試金石である」37という反応を示した。国台 辦の報道官は、「『92 年コンセンサス』の歴史的事実を承認して、両 岸が同じく 1 つの中国に属するという中核的意味に賛同しさえすれ ば 、両岸双方 は共通の政 治的基礎を 持つことが でき、良性 の相互 作 用を保持することができる」38と発言した。せかす中国に対して、蔡 は5 月 20 日に向けてマイペースを維持した。 4 月に入ると、ケニア政府が国内の台湾籍犯罪者を、台湾ではなく 北 京に送致す るという事 件が起こっ た。送致を したのは、 中国の 当 局 者とそれに 協力したケ ニア当局で あり、中国 による意図 的な行 為 であることは明らかであった39。そもそもこうした第三国での犯罪者

36 「総統当選人蔡英文接受本報専報:期待大陸再給点善意」『中国時報』2016 年 3 月 21 日。 37 「国台辦新聞発布会輯録(2016-3-30)」、中共中央台湾工作辦公室・国務院台湾事務 辦公室、2016 年 3 月 30 日、http://www.gwytb.gov.cn/xwfbh/201604/t20160413_11433125. htm。 38 同上。 39 「肯亜案 8 台人 中国非法捕擄走」『自由時報』2016 年 4 月 12 日。

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については、「海峡両岸共同犯罪取り締まり及び司法相互協力協定」 に 基づき、ま ず台湾に引 き渡すべき であった。 馬英九政権 が、こ れ ら の容疑者を 台湾に引き 渡すよう、 中国当局と 交渉した結 果、最 終 的 には台湾当 局に引き渡 された。こ れも、蔡政 権成立を前 にして 、 中国が圧力をかけた事例と考えられた40。 実は、中国はディレンマにあった。蔡政権への最大の圧力は、「経 済 制裁カード 」であるが 、このカー ドを切ると 、中国経済 に悪影 響 が でる上、い ったん切っ てしまうと 関係が極度 に悪化し、 後戻り で き なくなって しまう。つ まり中国の 「問題に直 接関連する パワー 」 は 「粗パワー 」よりもは るかに小さ い。選挙直 後に、すで に中国 に お ける台湾ビ ジネスへの 悪影響を懸 念する声が 台湾資本家 から出 て いる41。結局、中国は繰り返し、経済に影響がでないことを強調し、 中国に投資している台湾資本家の懸念を払拭するしかなかった42。中 国 には、国民 党、民進党 どちらの政 党が政権を 握っても、 中国の 新 し い対台湾政 策は経済的 な関与を続 けるという 点で変わら ないの だ とする見解もある43 中 国にと って 、自ら の経 済に影 響が 出ない 「経 済制裁 」と は、台

40 門間理良「ASIA STREAM――台湾 破られた『外交休兵』―中国・ガンビアが国交 回復―(2016 年 3~4 月)」『東亜』No. 587、2016 年 5 月、55-56 ページ。 41 賴錦宏「蔡英文勝選 台商焦慮両岸関係」、経済部工業局 ECFA 官網、2016 年 1 月 25 日、http://ecfagoods.tw/?p=32599。 42 「選後台商投資 江蘇省委書記保証不受影響」『聯合報』2016 年 1 月 25 日。「張志軍 対話在豫台商:“対台政策不因台湾政局変化而改変”」中共中央台湾工作辦公室・国務 院台湾事務辦公室、2016 年 4 月 9 日、http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201604/t20160411_ 11430501.htm。「俞正声会見全国台湾同胞投資企業聯誼会第四届会員代表大会代表」 『人民日報』2016 年 4 月 26 日。

43 See, Gang Lin, “Beijing’s New Strategies toward a Changing Taiwan,” Journal of

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湾 からの「買 い付け」と 、台湾への 団体観光旅 行客の減少 である 。 商 品の買い取 りは他の国 からでもで きるし、団 体観光旅行 も他国 に 振 り向ければ 良いのであ って、中国 自身に悪影 響がない。 しかも 、 こ れらは投資 とは異なり 、水道の蛇 口をひねる ように少し ずつ量 的 統 制をとるこ とができる し、逆戻り させること も可能であ る。し か も、観光に関しては政府当局の関与を否認することができる44。ただ し 、逆に言え ば、買い付 けは絶対量 としては少 ないし、ま た観光 旅 行 客が少しず つ減るので あれば、そ れは後述す るように、 台湾当 局 が 他国からの 旅行客を増 やすなど対 応する時間 を与えるの と同じ で ある。 蔡が就任演説で「92 年コンセンサス」を認めないであろうことは、 は っきりして いた。中国 の当局やメ ディアは、 その場合、 両岸の 公 的 な 交 渉 や 連 絡 が 停 止 す る こ と 、 台 湾 を 承 認 す る 国 が 減 少 す る こ と 、国際機関 での活動参 加が困難に なることな ど、つまり 現状が 変 更されることをかなり明確に警告し始め、「どこまでも曖昧に回避し た り、あるい は文字遊び をしたりす るのは、全 く意味がな い」と し て、明確に「92 年コンセンサス」の受け入れを求めた45

44 国台辦は、大陸の台湾への観光旅行客の数量変化は「市場の行為」であるとしてい る。また、台湾産の魚(虱目魚)の買い付け契約は馬英九政権が終わるタイミング で終了することが当初から決まっていた。「国台辦新聞発布会輯録(2016-2-24)」中 共 中 央 台 湾 工 作 辦 公 室 ・ 国 務 院 台 湾 事 務 辦 公 室 、2016 年 2 月 24 日 、 http://www.gwytb.gov.cn/xwfbh/201602/t20160224_11394383.htm。「国台辦新聞発布会輯 録(2016-4-13)」中共中央台湾工作辦公室・国務院台湾事務辦公室、2016 年 4 月 13 日、http://www.gwytb.gov.cn/xwfbh/201604/t20160413_11433125.htm。 45 「国台辦新聞発布会輯録(2016-4-27)」中共中央台湾工作辦公室・国務院台湾事務辦 公室、2016 年 4 月 27 日、http://www.gwytb.gov.cn/xwfbh/201604/t20160427_11445344. htm。ただし、引用部分は『人民日報』には載らず、標題は「もしも『92 年コンセン サス』を否定したら必ず両岸の現状変更をもたらす」というものであった。「如否定 “九二共識”必将導致両岸現状改変」『人民日報』2016 年 4 月 28 日。「社評:両岸関係

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5 月 5 日には『人民日報』の評論員が「『92 年コンセンサス』とい う 政治的基礎 を否定し、 その中核的 意味に賛同 しないので あれば 、 両 岸関係の現 状は必ず改 変され、両 岸の政治的 相互信頼お よび制 度 化 された話し 合いのメカ ニズムは崩 壊してしま うのであり 、台湾 で 新 たに当選し た指導者が 約束したい わゆる『現 状維持』は ただの 絵 空事になってしまう」として、強い立場を取った46 実は、就任式直後の5 月 23 日には、台湾の代表団が馬英九政権下 と同様に世界保健機構の大会(WHA)に参加できるかどうかという 問題が待ち構えていた。中国はここで変化球を投げた。「国連第2758 号決議を基礎とした1 つの中国原則」(同決議は中国の代表権を中華 民国政府から中華人民共和国政府に変更した)に基づき、「中華台北」 の名義での大会参加を招聘状に書き込ませたのである。台湾側は、「1 つ の中国原則 は台湾の参 加と無関係 である」と して、参加 を表明 し たのである47 海協会の孫亜夫副会長は、『旺報』の報道で、「92 年コンセンサス」 の政治的基礎がなくなれば、「両岸経済協力枠組み協定(ECFA)」の 後続交渉もなくなるとして、事実上の経済制裁に言及した48。このよ うに、蔡は、就任に際して巨大な重圧にさらされた。

七 総統就任演説に対する中国の複雑な反応

5 月 20 日、蔡はついに総統就任の日を迎え、就任演説を行った。

逆転山雨欲来風満楼」『環球時報』2016 年 4 月 28 日。 46 本報評論員「不承認“九二共識”就是破壊両岸関係共同政治基礎」『人民日報』2016 年 5 月 5 日。 47 「童振源:台湾参與 WHA 與一中原則無関」中央通訊社、2016 年 5 月 17 日、http:// www.cna.com.tw/news/aipl/201605170465-1.aspx。 48 「不認 92 共識 ECFA 後続商談将中断」『旺報』2016 年 5 月 16 日。

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その中台関係に関連する部分は以下の通りである49 両岸間の対話と意思疎通については、我々も既存のメカニズムの 維持に努めます。1992 年に両岸の両会(海峡交流基金会と海峡両 岸関係協会)が相互理解と求同存異(小異を残して大同につく) の政治的姿勢で、意思疎通の話し合いを行い、若干の共通の認知 と理解が得られました。私はこの歴史的事実を尊重します。(中略) 新政権は中華民国憲法、両岸人民関係条例およびその他関連する 法律に基づき、両岸の実務を処理してまいります。(中略)私が述 べた既存の政治的基礎は、次の数点の重要な要素が含まれます。 第1 に、1992 年の両岸両会会談の歴史的事実および求同存異の共 通の認知は歴史的事実であること。第 2 に、中華民国の現行憲政 体制。第3 に、両岸の過去 20 数年間にわたる話し合いと交流の成 果。第4 に、台湾の民主主義の原則と普遍的な民意であります。 今 回、こ れま での発 言と の違い で注 目すべ きは 下線部 であ る。ま ず「92 年の歴史的事実」について、「否認しない」(2015.12.25)か ら、「鍵となる要素」(2015.1.20)を経て、「尊重します」(2016.5.20) にアップグレードされた。そして、「両岸人民関係条例」が新たに出 現 した。これ は、国民党 の李登輝政 権時代にで きた法律で あり、 中 国 大陸との関 係のいわば 「親法」で ある。した がって、中 台を「 国 と 国との関係 」とする法 律は蔡政権 では作られ ないことに なる。 こ れまでの経緯に鑑みるならば、就任演説は「92 年コンセンサス」を

49 「中華民国第十四任総統、副総統 520 就職専輯―就職演説―」中華民国総統府、2016 年5 月 20 日、http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=1565。日本語訳は以下の 通り。「蔡英文・中華民国(台湾)第14 代総統 就任演説(全文)」台北駐日経済文 化代表処、http://web.roc-taiwan.org/jp_ja/post/32054.html。

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文 字通り受け 入れるので はなく、間 接的表現で その意味を 引き継 い でいると言えなくもないぎりぎりの表現だったのである。 直 後に、 中国 の専門 家か ら以下 のよ うな肯 定的 な評価 がい くつか 出た50。中国社会科学院台湾研究所の周志懐所長は就任演説直後に、 演 説からは蔡 総統の「両 岸政策には 柔軟性があ り、大陸と 同じ方 向 を向いて一歩進むのと合っていて、両岸の氷を砕くために 1 つの条 件を創造した」と発言した。厦門大学台湾研究院の劉国深院長は「基 本的 に意外なこ とがなく 」、「彼 女は両 岸および国 際政治の現 実を 比 較 的理解した 指導者であ る」と評論 した。清華 大学の巫永 平教授 は 「 蔡 英 文 は 『 憲 法 』 と 『 両 岸 人 民 関 係 条 例 』 を 用 い て 間 接 的 に 『1 つ の中国』を 表現してお り、蔡の努 力が見られ る」と表し た。こ の こ とは、蔡の 就任演説の 内容と表現 の一部が、 中国で肯定 的に受 け 取 られた可能 性を示唆し ている。し かし、これ らの言説は 、主に 台 湾で報道され、中国ではほとんど報道されなかった。 当日午後4 時に、国台辦は、記者会見で蔡の演説内容について「両 岸 の同胞が最 も関心を持 っている両 岸関係の性 質という根 本的問 題 で、曖昧な態度を取り、『92 年コンセンサス』を明確に承認してその 中 核的意味に 賛同するこ とはなく、 両岸関係の 平和的安定 的発展 を 確保する具体的方法を提起しなかった。これは未完成の答案である」 と 批判した。 翌日の『人 民日報』で も評論員が 同様な表現 で、蔡 の

50 「蔡総統演説 周志懐:為破氷創造条件」中央通訊社、2016 年 5 月 20 日、 http://www.cna.com.tw/news/acn/201605200379-1.aspx。「蔡総統両岸論述一貫 陸学 者:零意外」中央通訊社、2016 年 5 月 21 日、http://www.cna.com.tw/news/acn/201605 210032-1.aspx。「蔡 520 演説 陸学者:間接表達一中」『中時電子報』2016 年 5 月 22 日、http://www.chinatimes.com/newspapers/20160522000595-260301。この評論は、以下 のより厳しい内容の評論に換えられ、紙媒体の新聞には掲載されなかった。「陸学 者:先冷和 不急著翻臉」『中国時報』2016 年 5 月 22 日。

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就任演説を批判したのである51 5 月 21 日になると、国台辦報道官が、「『92 年コンセンサス』とい う 1 つの中国原則を体現する共通の政治的基礎を堅持することを確 認 して、始め て両部門の 連繋・意思 疎通メカニ ズムを続け ること が で きる」と発 言し、海協 会と海基会 の連絡が途 絶えること が示唆 さ れた52。続いて国台辦は、2008 年以来の馬英九の大陸政策について、 「 馬英九氏は 、台湾当局 の指導者と してこのた めに努力を し、貢 献 をした」53という異例の高評価を与えた。そして、両会の連絡メカニ ズムは6 月末をもって、「停止状態にある」ことが国台辦によって正 式に明言されたのである54 直後の7 月 1 日の「建党 95 周年」講話で、習は「『92 年コンセン サ ス』と「台 湾独立」反 対を堅持す ることは両 岸関係の平 和的発 展 の 政治的基礎 である。我 々は『台湾 独立』分裂 勢力に断固 として 反 対 する。いか なる人に対 しても、い かなる時に も、いかな る形式 で 行われる国家分裂活動も、13 億あまりの中国人民、中華民族全体が それに応えることは決してないのだ!」55と述べた。「地動山揺」と

51 「中共中央台辦、国務院台辦負責人就当前両岸関係発表談話」『人民日報』2016 年 5 月21 日。本報評論員「両岸関係和平発展的政治基礎必須維護」『人民日報』2016 年 5 月 21 日。 52 「国台辦発言人就今後国台辦與陸委会聯系溝通機制表明態度」中共中央台湾工作辦 公室・国務院台湾事務辦公室、2016 年 5 月 21 日、http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201605/ t20160521_11463274.htm。これらは標題を付けて、以下の 3 つの記事になっている。 「国台辦発言人就今後国台辦與陸委会聯系溝通機制表明態度」、「海教会負責人就今 後両会授権協商和聯系機制表明態度」、新華社記者「台湾当局新領導人必須確認体現 一個中国原則的共同政治基礎」『人民日報』2016 年 5 月 22 日。 53 「国台辦:両岸関係根本性質是繞不開的“必応題”」『人民日報』2016 年 5 月 26 日。 54 「国台辦:両岸聯系溝通機制停擺責任完全在台湾一方」『人民日報』2016 年 6 月 30 日。 55 習近平「在慶祝中国共産党成立 95 周年大会上的講話(2016 年 7 月 1 日)」『人民日報』

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い う厳しい表 現こそ使わ れていない が、習の発 言は「習馬 会」以 前 の 厳しい論理 と表現に戻 ってしまっ た。こうし て、対話回 復の機 運 は一気に消え去った。 10 月 10 日の双十節(中華民国の国慶節)において、蔡は「中華民 国 が存在して いる事実を 正視し、台 湾人民の民 主制度に対 する堅 い 信 念を正視す るよう中国 大陸当局に 呼びかける 。両岸の間 は、で き る だけ早くテ ーブルにつ いて話し合 うべきであ り、両岸の 平和的 発 展 に有利であ り、両岸人 民の福祉に 有利であり さえすれば 、何で も 話 すことがで きる。両岸 の指導者は 共に智恵と 柔軟性を発 揮し、 冷 静 な態度で、 共に両岸に 現存する不 一致をウィ ンウィンの 未来に 持 って行くべきである」と訴えた56。これに対して、国台辦報道官は、 「『92 年コンセンサス』を否認し、両岸の対抗を扇動し、両岸の経済 社 会および文 化的なつな がりを引き 裂くのは通 り抜け不能 の邪道 で ある」57と一蹴した。 11 月 1 日、習は国民党の洪秀柱主席(総統選挙に敗北し、引責辞 任 した朱立倫 の後任)と 、最初の国 共首脳会談 を行った。 下野し 、 長 期にわたっ て政権復帰 の見込みが ないと見ら れている国 民党と の 関係を再構築するステップにおいて、習はいわゆる「習金平6 項目」 (「習六点」)と呼ばれる講話をした58。その主な内容は、①1 つの中 国原則を体現した「92 年コンセンサス」を堅持する、②「台湾独立」 と いう分裂勢 力およびそ の活動に断 固として反 対する、③両岸の経

2016 年 7 月 2 日。 56 「総統出席中華民国中枢曁各界慶祝 105 年国慶大会」中華民国総統府、2016 年 10 月 10 日、http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=131&itemid=38134&rmid=514。 57 「国台辦:没有任何力量能夠阻擋国家統一和民族復興的歴史歩伐」『人民日報』2016 年10 月 11 日。 58 彭波「習近平総書記見中国国民党主席洪秀柱」『人民日報』2016 年 11 月 2 日。

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済 社会の融合 と発展を推 進する、④共に中華文化を発揚する、⑤両 岸 同胞の福祉 を増進する 、⑥中華民族の偉大な復興の実現に共に力 を 尽くす、で ある。つま り、主権に 関わる原則 では一切妥 協しな い が 、経済・文 化交流はさ らに進め、 非平和的手 段は当面全 く考え て いないということを再度確認したのであった。 さ らに習 は、 洪との 会談 の際に 「台 湾独立 (の 問題) を処 理しな ければ、(政府は)人民に転覆される」という非公式発言をしたと伝 えられる59。蔡総統は、再度「中華民国の存在を正視すべきだ」と呼 びかけた6011 月 11 日に、習は孫文生誕 150 周年の記念集会で、「台 湾 のいかなる 党派、団体 、個人であ っても、過 去に何を主 張した か にかかわらず、『92 年コンセンサス』を承認し、大陸と台湾が共に 1 つの中国に属することに同意すれば、我々は喜んで交流する。(中略) 両 岸の同胞と 国内外の中 華の子女達 は手を携え て共に『台 湾独立 』 分 裂勢力に反 対しよう( 中略)我々 は、いかな る人やいか なる組 織 が 、いかなる 時に、いか なる形式で 、いかなる 中国領土を 分裂さ せ ることも絶対に許さない!」61という強いメッセージを出した。 こうして、総統選挙から総統就任演説に至る間、「機会の窓」が拡 が ったかに見 えたが、そ れはまもな く縮小して しまった。 習政権 は 「 台湾独立反 対」の原則 に立ち戻り 、蔡が台湾 独立ではな く「中 華 民 国」を前面 に出しつつ その批判を 受け容れな いという膠 着状態 に 陥 った。双方 は、自己の 政治的利益 を損ねるこ とを恐れて 、妥協 に よる交渉の妥結を選択しなかったのである。

59 「習近平在閉門会中五度脱稿談話『若中共不処理台独 会被人民推翻』」『聯合報』 2016 年 11 月 3 日。 60 「回応洪習会 蔡総統呼籲:北京応正視中華民国存在」『聯合報』2016 年 11 月 2 日。 61 習近平「在紀念孫中山先生誕辰 150 周年大会上的講話(2016 年 11 月 11 日)」『人民 日報』2016 年 11 月 12 日。

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八 ずれていく習・蔡双方の対応

以上のように、6 月末の時点で、習政権は蔡政権への対応策に、一 定 の結論を出 し、蔡政権 もそれに対 応したもの と考えられ る。と こ ろが、習政権の実際の行動を観察すれば、3 月以来蔡政権への圧力を 増 大させてい るとはいえ 、それはい わば「退路 を残した」 圧力で あ り、蔡政権を完全に追い詰めて対立を煽ることを避け続けていた。 第 1 は、中国当局者と同席する多国間の国際会議への台湾当局者 の参加である。WHA の場合は、会議参加に関する交渉の大部分が馬 英九政権末期になされた。結局中国は台湾当局代表のWHA 出席を、 全力を挙げて阻止しなかった。WHA で恒例となっていた「両岸閣僚 級会談」こそなされなかったものの、彼らは通路で「偶然」出会い、 短いながらも会話を交わしたのである62。このため、10 月に予定さ れていた国際民間航空機関(ICAO)の総会で、蔡政権には若干の楽 観 的観測を持 ったが、最 終的に参加 は拒絶され 、代表団は 会場の 外 で 関 係 国 と 会 合 を も つ し か な か っ た63。 と こ ろ が 、 ペ ル ー の リ マ で 11 月に行われた APEC 首脳会議の総統代理には宋楚瑜が選ばれた。 こ れまで中国 は影響力を 行使して、 陳水扁総統 が派遣を検 討した 李 元 簇元副総統 や王金平立 法院長など を拒絶した ことがあり 、全力 を 尽 くせば蔡の 代理人選を 拒絶できる はずであっ た。ところ が、事 前 に 絶望視され る報道があ ったものの 、結局宋楚 瑜の会議参 加は実 現 し、彼は習と短時間接触することもできた64。

62 「両岸代表握手寒喧―WHA 場外不期而遇―」『中国時報』2016 年 5 月 25 日。 63 「参與 ICAO 李大維:楽観」中央通訊社、2016 年 9 月 13 日、http://www.cna.com.tw/ news/firstnews/201609130300-1.aspx。「我ICAO 代表団抵加 安排場外会談」『聯合報』 2016 年 9 月 27 日。 64 「宋楚瑜出席 APEC 陸否決」『中国時報』2016 年 9 月 7 日。「宋習APEC 会前碰面『談

參考文獻

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