第二章 先行研究と理論的な基礎
2.2 先行研究
2.2.2 中国語母語話者を対象とした研究
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立 政 治 大 學
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つまり、日本語母語話者が「ヲ格」と「ニ格」で目的語を表す二項動詞の能 動文を処理するとき、かき混ぜ語順の文は基本語順の文より長い反応時間を要 する13と言える。しかし、能動文における目的語が「ヲ格」で表すか「ニ格」
で表すか反応時間に差異が見られなかった。また、文の正誤判断において、基 本語順の文とかき混ぜ語順の文の誤答率に差異が観察されなくて、能動文にお ける目的語が「ヲ格」で表すか「ニ格」で表すか、誤答率に差異が観察されな かった。
村岡ら(2004)の結果から、日本語母語話者の文処理において、語順は反応 時間に影響を及ぼすことが分かった。しかし、格助詞の標示は文処理に影響を 与えていないことが観察された。
2.2.2 中国語母語話者を対象とした研究 2.2.2.1 玉岡(2005)
玉岡(2005)は他動詞の能動文と可能文を用いて中国にいる中国語を母語と する日本語学習者に文正誤判断課題を課し、判断の反応時間と正誤を記録した。
そして、反応時間と正答率について反復測定による分散分析を行った。
他 動 詞 の 能 動 文 の 処 理 に お い て 、 正 し い 能 動 文 の 場 合 、 反 応 時 間
(F1(1,23)=4.87、p<.05;F2(1,51)=4.38、p<.05)にも正答率(F1(1,23)=4.78、p<.05;
F2(1,51)=14.92、p<.05)にも語順による影響が見られて、かき混ぜ文は基本語 順文より反応時間が長く、正答率が低いことが観察された。一方、誤った能動 文の場合、反応時間(F1(1,23)=0.41、ns;F2(1,31)=0.01、ns)と正答率(F1(1,23)=4.05、
ns;F2(1,31)=5.51、p<.05)に語順による影響は観察されなかった。
13 村岡ら(2004:40)では、文処理において、基本語順文はかき混ぜ文より、読み時間(つま り、反応時間)が長く、誤答率が高いという予測が立てられている。また、村岡ら(2004:40)
の実験では、かき混ぜ文は基本語順文より反応時間が長いことが観察された。しかし、村岡ら
(2004:41)では、反応時間の結果は予測(2004:40)と一致すると述べられている。予測と 一致すると、基本語順文はかき混ぜ文より反応時間が長いということになる。村岡ら(2004)
での予測は実験結果と正反対になっている。本研究は実験の結果に、すなわちかき混ぜ文は基 本語順文より反応時間が長いことに従い、説明をする。
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表8、能動文実験の反応時間と正答率(玉岡 2005:100)
反応類型 語順 反応時間(ms) 正答率(%)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 肯定反応 基本語順14 3566 1245 87.5 14.0
かき混ぜ 3933 1426 78.0 20.1 否定反応 基本語順 4135 1848 70.1 16.8 かき混ぜ 4286 2081 77.1 15.6
次に、可能文の処理において、正しい可能文の場合、反応時間(F1(1,20)
15=1.41、ns;F2(1,23)=0.13、ns)には語順による影響が見られていないが、正答 率(F1(1,23)=7.29、p<.05;F2(1,23)=9.65、p<.05)には語順による影響が観察さ れて、かき混ぜ文は正答率が低かったことが観察された。この傾向について、
玉岡(2005)は「無生の名詞に主格標示〈が〉が付いているために正しい可能 文を否定しまうからであろう」と説明している。一方、誤った可能文の場合、
反応時間(F1(1,23)=0.40、ns;F2(1,23)=0.06、ns)にも正答率(F1(1,23)=0.00、
ns;F2(1,23)=0.49、ns)にも語順による影響が観察されなかった。また、玉岡
(2005)は正しい可能文の実験結果をさらに分析し、学習者ごとに正答率を検 討し、基本語順文とかき混ぜ文の正答率のピアソン相関係数16を計算した。そ の結果、r=.64(p<.05)、基本語順文の正答率が高い参加者はかき混ぜ文の正答 率が高い傾向が認められた。この傾向について、玉岡(2005)は日本語能力が 高い学習者には母語話者のように可能文についても基底構造が構築されてい ると説明している。
14 玉岡(2005)では「正順」としているが、本研究においては「基本語順」としている。
15 玉岡(2005)の実験において、かき混ぜ語順の正しい可能文をすべて否定した参加者が 3 名 いたため、肯定反応の反応時間の参加者分析はこの3 名のデータを除いた。そこで F1(1,23)は F1(1,20)になった。
16 相関係数とは、2 変数の相関の強さと方向を表す統計量である。(田中・山際2005)。相関係 数の記号はr で、範囲は正負 1 である。例えば、変数 a と変数 b があるとする。変数 a と変数 b との相関係数が負数の場合は、変数 a が大きくなるほど、変数 b が小さくなる。一方、変数 a と変数 b との相関係数が正数の場合は、変数 a が大きくなるにつれ、変数 b も大きくなる。
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表9、可能文実験の反応時間と正答率(玉岡 2005:102)
反応類型 語順 反応時間(ms) 正答率(%)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 肯定反応 基本語順 3405 1715 69.1 23.9
かき混ぜ 3774 2115 56.3 29.7 否定反応 基本語順 3936 1925 55.9 24.9 かき混ぜ 3744 2309 55.9 22.0
玉岡(2005)の結果から、他動詞の能動文の処理において、日本語学習者は 日本語母語話者と類似した処理を行っていることが分かった。しかし、可能文 の処理において、日本語学習者は日本語母語話者と類似した処理を行っている ことが観察されなかった。そのため、学習者には、簡単な能動文についての基 底構造が構築されているが、可能文についての基底構造が構築されていないと 結論付けられた。
2.2.2.2 金・小泉(2007)
金・小泉(2007)は日本にいる韓国語母語話者と中国語母語話者の日本語学 習者を対象にして、文正誤判断課題を課した。金・小泉(2007)の実験に用い られた刺激文は以下のようである。
表10、刺激文の例(金・小泉 2007:102)
1 文節 2 文節 3 文節
基本語順文条件 学生が 宿題を 忘れた 正
犯人が 事実を 盗んだ 誤 かき混ぜ語順文条件 会社を 主人が 休んだ 正 空手を 部長が 外した 誤
単語条件17 社長が 学者が 同僚が 正
磨いた 砕いた 磨いた 誤
17 金・小泉(2007)の実験において、単語条件(working memory task)は提示された全ての文 節は異なるかを判断するものである。全て異なる単語の場合は「正」、同じ単語が二回出る場 合は「誤」ということである。また、working memory、すなわち作業記憶は、「認知過程と、
さまざまな認知課題を実行しているときに処理される情報の一時的な貯蔵の、双方に関与す るシステムを指す」という(Eysenck 編 1998:135)。つまり、金・小泉(2007)の実験におけ る単語条件は、呈示された情報の一時的な貯蔵を測定するものであると考えられる。
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金・小泉(2007)の実験において、刺激文は文節ごとに 0.5 秒間隔で視覚的 に提示される。3 文節が提示されてから判断のボタンが押されるまでの時間は 反応時間とされている。実験における中国語母語話者の日本語学習者による結 果を次のようにまとめられる。
表 11、文正誤判断課題における中国語母語話者の日本語学習者の反応時間と誤答率(金・
小泉2007:105)
語順 平均反応時間(ms) 平均誤答率(%)
基本語順 1138 10.2
かき混ぜ 1279 22.6
実験の結果から、中国語母語話者の日本語学習者による文処理において、か き混ぜ文は基本語順文より長い反応時間(F1(1,9)=20.1、p<.05;F2(1,83)=7.3、
p<.05)を要し、正誤判断での誤答率が高い(F1(1,9)=12.9、p<.05;F2(1,83)=7.3、
p<.05)ことが分かった。しかし、この結果に誤った文の結果も含まれるが、文 処理に語順以外の影響があると考えられる。そこで、金・小泉(2007)は正し い文の結果のみについて分析を行った。分析の結果は表12 のようである。
表 12、文正誤判断課題における中国語母語話者の日本語学習者による反応時間と誤答率・
正しい文のみ(金・小泉2007:106)
語順 平均反応時間(ms) 平均誤答率(%)
基本語順 1078 7.1
かき混ぜ 1301 23.2
正しい文の結果のみの分析において、かき混ぜ文は基本語順文より長い反応 時間を要した(F1(1,9)=18.9、p<.05;F2(1,55)=9.1、p<.05)が、正誤判断に語順 による影響が見られなかった(F1(1,9)=2.9、ns;F2(1,55)=4.42、p<.05)。この結 果はかき混ぜ文の誤答率の標準偏差が高い(SD=26.3)ことに起因するとされ ている。
そして、金・小泉(2007)の実験の結果から、日本語の文処理において、中 国語母語話者の日本語学習者は日本語母語話者と同じく、空所補充解析を行う と結論付けられた。
以上見てきた日本語母語話者を対象とした Tamaoka et al.(2005)と村岡ら
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(2004)および中国語を母語とする日本語学習者を対象とした玉岡(2005)と 金・小泉(2007)は、日本語が階層言語であるという立場に基づいて、文処理 においてかき混ぜ文の処理は空所補充解析が行われると説明している。本研究 はこの立場に従う。つまり、日本語は階層言語で、日本語の文処理においてか き混ぜ文の処理は空所補充解析が行われる。以下では、本研究が依拠する理論 基礎を述べる。