第二章 親たちの葛藤
第二節 右大臣家-娘たちへの愛情
國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
54
第二節 右大臣家-娘たちへの愛情
はじめに
第一節で左大臣家の二人の子どもへの愛情を検討した。左大臣の愛情は、そ の「視線」と「笑み」の表現より、家の利益を多くもたらす可能性のある子ど もへより多く注がれることが分かった。左大臣家と同じく、政治的な力を持つ 右大臣家で子どもの結婚や繁栄が家の利益と関わるわけだが、右大臣家におい ても左大臣家のような親の愛情のあり方がみられるのだろうか。また、四の君 と姉たちは右大臣家娘として生まれた。その父親は娘たちに対し、どうのよう な政治的な考慮をするか。親の無条件な愛情は、そういう政治的な配慮にどう 葛藤するか。本節は以上のような問題意識を抱きながら、検討して行きたいと 思う。特に、四の君の勘当と和解を通して、右大臣の子どもへの愛情を考えた い。何故、右大臣は四の君を勘当したのか。
二.二.一. 四の君への愛情
『今とりかへばや』において右大臣は、主人公きょうだいの叔父であり、そ の右大臣は四人の娘に恵まれている。大君は今上帝(後の朱雀院)の女御、中 の君も春宮の女御になっており、三、四の君は未婚で右大臣邸にいると紹介さ れる。
末子の四の君は、不足な点はなく素晴らしいという優れた美貌を持ち、こと に父右大臣は「この君をのみ限りなきものに思ひきこえたまひ」44て、「姉君 たちよりもこよなく親たちの思しかしづき」45て、最も親の愛情を受け、将来 の后がねとして育てられてきた。ところが、物語が始まるや否や、帝(後の朱 雀院)が女一宮の立太子をすることで、鍾愛する四の君の東宮入内は不可能と
44同前掲注1、p.331
45同前掲注1、p.186
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
55
なり、父の政治的な後宮戦略として、四の君を関白左大臣の息子(実は女)と 結婚させることになる。父右大臣の政治戦略については、曽根誠一氏が以下の ように指摘している。
右大臣は、母方の祖父として摂政大臣関白を継承すべく、緻密な戦略を 立て布石を打っていることが確認されるのである。後は、帝や春宮との間 に皇子の誕生を得て、関白左大臣である父大殿と協力し、孫の皇子を春 宮・天皇に擁立するとともに、娘の女御を皇后に押し立てて行くだけの、
ほぼ完璧な後宮戦略が実施されていることが知られるのである。46
父右大臣は鍾愛する娘が同性婚をすることになるなどと想像もせずに、この 政略結婚を積極的に推し進め、図らずも四の君を後に不幸な道に導いてしまう のである。何故なら、四の君は女君と結婚したあと、名実のない夫婦生活を送 ることになるからである。好色な宰相中将に強引に関係を結ばれるまでは、女 君との結婚の内実の不自然さには気がついていないが、宰相中将との関係が発 生した後には、いつも優しく語り合う女君との淡い関係と反して、宰相中将は 四の君に恋に身を焦がすという恋愛感覚を味わわせ、宰相中将を拒むことがで きなくなる。そして、宰相中将と密通関係を結ぶことになった。四の君はこう して夫への貞節と恋に落ちる気持ちの間で彷徨い、悩みで心身ともに弱ってい く。やがて、宰相中将との子が二度もでき、夫(女君)との夫婦関係は破綻す るのである。しかし、真相を知らない右大臣は、四の君の苦悩を察知すること なく、自分の布石通りに左右大臣両家の関係を強化できる孫が誕生することと
46曽根誠一「『とりかへばや』権大納言の左大臣昇任の論理-兄右大臣越階の政治性」古代文 学研究第二次 (18)、2009.10、p.72
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
56
見込み、四の君の妊娠することに「いといみじく思して、笑みひろごり」47て、
大喜びするのである。右大臣が一家の洋々たる未来の光景を思い描いて喜ぶ一 方で、自分の婿(つまり女君)、宰相中将と四の君の間には複雑な三角関係が 形成されるのである。そして皮肉なことに婿にも自分の娘にも宰相中将の子が 出来てしまうのである。
ところが、女君は自分の懐妊を隠すために宇治へ隠棲を決意した。京で失踪 してから四の君の密通の噂が囁かれるようになった。この噂を左大臣家から聞 いた右大臣は「あさましくいみじとあきれ惑ひて、(筆者注:左大臣の邸に)
参りつらんことも面恥づかし」48と驚き呆れてしまい、自宅に帰ったあと、四 の君に問いただした後、以下のように言う。
「いと心憂し。このうちにも、なものしたまひそ。今におきてはまぼり いさめんも無益なり。人の聞き耳、大臣の思さんところもあり。大将も世 を捨てても聞きたまはんこと、いと恥づかし。聞きつけて憂しとこそ思ひ けれとだに聞かれたてまつらん」とて、ほかに放ちわたして見聞こえたま はず」49(下線は筆者による)
四の君の行為は右大臣の期待に裏切り、そして自らも世間で面目が立たない と思い、激怒のあまりに四の君を家から追い出そうとするのである。鍾愛して いた娘に裏切られた父の怒りと家の名誉を守ろうとする気持ちが見られる言 動である。
47同前掲注1 p.217
48同前掲注1 p.330-331
49同前掲注1 p.331
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
57
父の怒りによって、居場所を失った妊娠中の四の君は「いとど身もなくあは れげなるさまにて、髪はいと長くうち添へて腹はいとふくらか」50という頼り なく憔悴した様子になり、宰相中将は妊娠した女君と自分の間で奔走するのだ が、頼れる人もおらず四の君の衰弱は一層激しくなっている。やがて四の君は 姫君を産む。産後の衰弱によって瀕死状態のなか、四の君は「殿をいま一度見 たてまつらず、思し直されでやみなんとするよ」51と、自分は父右大臣の許し を貰えないままに死ぬことを思い出し、悲しく泣く。この情況を知った右大臣 はすぐ四の君のもとに出向き、意識もない娘の状態を見て、自分の依怙地な行 為に後悔し、娘の姿を見つめ、以下のような言動を取る。
わたりて見たてまつりたまふに、いみじくをかしげなる人の、あるかな きかなる様にて、いとこちたく長き髪をうち添えてふしたまへるは、いか ならん仇敵さらにおろかに思ふまじきを、まいてさばかりかなしくしたま ふ親の御目には、何せんにいとひがひがしく、いかにつらしと思すらんと、
くやしくかなしくなりて、「あが君や、かうなりたまふまで見たてまつら ざりけるよ。限りなく思ひきこえさするあまりに、思はずなることをうち 聞きしがうれはしくやすからざりしままに、言ひ勘事しきこえてける、く やしきこと。さはれや、ただ生けて見きこえんにますことあらじを、仏神、
わが命にかへたまへ」と声も惜しまず泣き惑ひたまひて、御湯などせめて すくひ入れたまふに、あるかなきかの御心地にも殿の御声と聞きて、目を さめて見開けて御顔うちまもりて涙の流るるさまを、いみじくかなしく心
50同前掲注1 p.336
51同前掲注1 p.395
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
58
苦しきに、御祈りなども尽くして、つと抱へて惑ひたますに、52(下線は 筆者による)
右大臣は四の君の危険な様子を見、自分が娘に勘当を与えたことに後悔し、
「世間の非難などはどうでもよい、とにかく生きてください」という気持ちに なり、号泣した。また、自分の怒りは下線部のように「限りなく思ひきこえさ するあまりに、思はずなることをうち聞きしがうれはしくやすからざりしまま に」と、強く愛するがゆえに、愛するものの醜聞をきき期待を裏切られたため 動揺し、強い態度に出たためのものだという。憎しみは愛情の裏返しというが、
父右大臣の四の君に対する激しい反応は、四の君への愛情の深さであるともい えるのである。そしてその鍾愛の娘は病床にいて「あるかなきかの御心地」の なかで、「殿の御声」父の声を聞き意識を取り戻し、気力を振り絞って目を開 き、父の顔を見つめ涙を流す。その様子は父右大臣の視線を通して「目をさめ て見開けて御顔うちまもりて涙の流るるさま」と描写される。父の視線を通し て鍾愛の娘の頼りない姿が認識されることによって、父親である右大臣に「い みじくかなしく心苦しき」という、父親の子供に対する愛情を引き出していく。
左大臣は祈祷を指示するものの効果は得られず、なすすべもなく「つと抱へて 惑ひたます」父の姿が描かれるのである。抱く父という描写で、父の許しと和 解を描くのである。父に抱かれた四の君は、居場所のない自分は出家したいと いう意思を父に伝えるが、右大臣は自分は生きている限り、そのようなことを 考えてはいけないと娘に言い、一刻を争って四の君を邸に連れ戻し、片時も離
左大臣は祈祷を指示するものの効果は得られず、なすすべもなく「つと抱へて 惑ひたます」父の姿が描かれるのである。抱く父という描写で、父の許しと和 解を描くのである。父に抱かれた四の君は、居場所のない自分は出家したいと いう意思を父に伝えるが、右大臣は自分は生きている限り、そのようなことを 考えてはいけないと娘に言い、一刻を争って四の君を邸に連れ戻し、片時も離