第三章 子どもの葛藤
第二節 子への愛情
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三.一.三. まとめ
本章では、恋に対する葛藤を通じて、女君と男君の変化を考察した。その結 果、女君はそれぞれの「恋」(または「恋」めいたもの)を経験した後、男と 女という規範を模倣し続け、学習し続け、その過程で「自分がいかなる人間か」
ということを知り、それに応じて生きる方法を模索する。それに対し、男君は 恋の過程で性格は明かに変わっていく様子が見られるが、そこには自分のジェ ンダーが変ることに対する葛藤は見られず、男が家の論理と男の論理に巻き込 まれることは自然なことであり、それは一家の跡継ぎとしての自覚の流れに抵 抗もなく乗っていく。
「恋」をめぐる二人きょうだいの言動から、本来の性に戻っても「葛藤」の ある女君、本来の性に戻った後は「葛藤」のない男君という二人の姿をみるこ とができるのである。
第二節 子への愛情
はじめに
第二章で検討した父親左右大臣は、常に一家の利益を守るため、子どもたち を自分の期待する道に送り出したり、または子どもに苦しませる要求を出した りすることが分かった。特に物語の主役と思われる左大臣一家では、父左大臣 の視線を検討したうえ、父の期待と失望を映すことのできる「笑む」「嘆く」
「泣く」などの情緒表現は、男君・女君それぞれに多大な影響を与え、ついに 子どもの行動を縛るようなものになってゆくことが明らかである。そして本節 では、作品に登場する「第一層の子どもたち」が(つまり男君・女君)、自分 自身も親になるとき、自ら異装した経験と自分の私欲は如何に「第二層の子ど
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もたち」(宇治の若君・男君の子どもたち)影響を与えているかを解明してみ たいと思う。
三.二.一. 女君の嘆き
帝の寵愛を独占する女君は、立后するときにの儀式はこの上なく華やかに行 った。后の位に着いた女君はに対し、世間の人々は「年ごろあるべかりしこと どものいみじう心もとなかりつるなれば、いとど誰も誰も御心ゆきたまふべ し。」10と女君が后になることに対して肯定した。女君は女姿に戻ったあと最 高の位に着き、そして自分の本来のままの様子で世間の人に認められるように なった。その中は特に世間の眼に認められる点は、男装していた自分がずっと 求めていたものではあるが、物語はその前後に女君について喜びの言動は描か れてはなかったのである。それは何故だろうか。
女君を男皇子を産む時、長年男皇子の出現を願ってきた王家では盛大な産養 を行った。しかし皇子を産んだ女君は尐しの喜びも見せずに以下のように宇治 の若君のことを考えた。
督の君は、若君の御折のこと忘れたまふべき世なし。若宮の、いとうつ くしげに大きに王気づきておはしますを、ただ人知れず人の生まれたまへ りしほどとおぼゆるに、いみじうあはれにて、御涙ぞほろほろとこぼれぬ る。ひたぶるに思ひ出てじと思ふ世に忘れ形見のなに残りけん とぞ御心 のうちに思しける11。
10同前掲注 1、p.505
11同前掲注 1、p.501
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大切な皇子を産んで、一家の将来の栄えに喜びを見せるはずなのに、女君は 却って宇治の若君のことを思い出し、涙が出てしまったのである。同じ場面は、
女君が帝の子を懐妊するときにも「督の君(筆者注:女君)、かかるにつけて も、はじめの若君のこと思し出でられて、月日の重なりしままに世の中心あわ たたしく、もの心細く」12という気持ちを見せ、更に帝の寵愛を独占するとき にも、宇治の若君を想起することで、嬉しい気持ちは見せなかった。
女君の嘆きは以上のように、自ら見捨てた若君の身の上にあるがゆえに、自 分の男装している時代に願っていたことが叶えるとしても、それによって喜ぶ 姿は見せないのであろう。そして、後宮に最高の位に据えながら、そういう心 細い心情を抱いて日々を過ごしてゆくのである。女君の嘆きは第二章で検討し た父の嘆きとはかなり異質なもので、父の嘆きは子どもにたいする「失望」の 表現であるのに対し、女君の嘆きは宇治の若君への純粋な愛情と自分の経歴へ のものだと言えよう。
三.二.二. 男君の嘆き
では、男君はどうだろうか。男君が、子どもを思う場面は、以下にあげる一 例しか見ることができない。
大将殿も、四の君の御腹に男三人うち続き生まれたまひて、大殿に生ひ 出でたまひし若君も、今は大人になりたまひて、童殿上などして歩きたま ふ。吉野の山の御方にかやうのこと心もとなくものしたまへば、この若君 をぞ御子にしきこえて、とりわきかなしうしたてまつりたまふ。女院には 殿上して常に参りたまふを、昔の宣旨などはいとかなしう見たてまつりて、
中宮の御ゆかり、大将の御心もおろかならずこの御方ざまに親しくものせ させたまふにことづけて、御簾のうちにも入れきこえて、いみじう興じう
12同前掲注 1、p.498
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つくしみたてまつるを、女院も、さこそものづつみしあえかなる御心なれ ど、いとうつくしげにおとなびたまへるさまを、御心の闇は、いみじうか なしうなん見たてまつりたまひける。13
ここに語られる男君と子どもは「四の君の御腹に男三人うち続き生まれたま ひて、大殿に生ひ出でたまひし若君も、今は大人になりたまひて、童殿上など して歩きたまふ」と語られ、一家の繁栄の象徴のような存在でしかない。これ は、男君が、家の論理を成し遂げたことをあらわすものであり、男君には、何 も葛藤がないことが表されている。
女君や宰相の中将が、自分の子どものことを思って嘆く様子とは対照的であ る。子どもへの愛情という点を見ても、男君が繁栄が大切という家の論理によ って子供に愛情を注ぐ父左大臣と類似してきていることが分かるだろう。
三.二.三. 宰相の中将
ここで、宰相の中将についても触れておかなくてはなるまい。『今とりかへ ばや』が、宰相の中将の子どもに対する嘆きで終わることは興味ぶかい。だが、
その表現をよく見ると、「人よりことなる御様、容貌、才のほどみたまふにつ けて」14とあり、子どもに対する愛情なのか、男君と同じく家の論理に飲み込 まれての嘆きなのか、つまり、家の役に立つ子どもを失ってしまったという嘆 きなのか、明確ではない。
ここで改めて女君、男君、中将の君の行動を縛り続けた「家の論理」につい て考えておきたい。「家の理論」とは一体何だろう。また、その背後に潜む訴
13同前掲注 1、p.510
14同前掲注 1、p.521
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えや批判は何だろうか。出口剛司氏は権力と家族について以下のように指摘し ている。
衝突に対する禁止命令はたんなる父個人の命令ではない。むしろ社会を 統制する支配構造の表現と考えられねばならない。つまり、家父長制家族 におけるエディプス的関係において、幼児の衝突や欲望・快楽は形式的に 父への服従へと方向づけられているが、実質的には子が父を理想として同 一化することにより、父が体現する社会全体の支配構造に服従するよう統 制されるのである、むしろ、家族や父が発するさまざまな禁止命令の内実 は、社会全体の支配構造であり、家族はその社会心理学的エージェントと して機能していると考えられるのである。権威への服従は、成人後の現実 社会における権威現象の基礎となる。現実生活がもたらすさまざまな不 安・脅威に直面するとき、ひとびとは再び幼児期の強力な権威への依存快 楽を呼び覚まされる。15
出口氏が指摘するように、確かに、女君・男君の葛藤を検討すると、幼児期 は已む無く社会を代表する父の決定に服従し、女君は成人後は一連の自己認識 を経ってようやく自分の意志でジェンダーを選択することを成し遂げたが、后 になるという選択は嘆きの成分も含まれることが分かった。これはやはり一家 の繁栄を前提として「家の論理」に従った結果と思われる。もし家族が出口氏 の指摘のように「社会心理学的エージェントとして機能している」であれば、
不自然な程に自発に権威に服従し一家の繁栄を守って行く男君に対して、帝に 寵愛されながらも子供を思って嘆く女君は社会権威構造と戦う役割を担って いると思われる。
15出口剛司 著「家父長制がナチズムを生んだ」。山下昌弘 編『家族本 40-歴史をたどるこ とで危機の本質が見えてくる』東京印書館所収、2001.04、p.236
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三.二.四. まとめ
女君の嘆きは、子どもへの純粋な愛情だが、自分のこれまでの身の上に対す る心細さの表現でもある。そして、男君は女君に反して、子どもに対する葛藤
女君の嘆きは、子どもへの純粋な愛情だが、自分のこれまでの身の上に対す る心細さの表現でもある。そして、男君は女君に反して、子どもに対する葛藤