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第二章 親たちの葛藤

第三節 吉野の宮家-吉野の姉妹への愛情

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第三節 吉野の宮家-吉野の姉妹への愛情

はじめに

第一節と第二節で検討した左右大臣の行為は、常に一家の利益に着眼し、子 どもを政治的な布石として視することで、それぞれの子どもはそれが自分を苦 しませるものであっても父の命令を従わなければならないものとしてあった。

また、左大臣・右大臣ともに二人の父親は、家の栄光を追求する過程で世間的 な規範に拘わった功利心と親としての愛情の間で葛藤していることが分かっ た。

さて、女君は自分の「世づかぬ」身を苦に、出家の念頭に浮かんだとき、吉 野山の麓に住んで修行している吉野の宮の噂を聞いて宮に対して慕う気持ち を持つようになり、吉野に訪れた場面があるのだが、この吉野にも一組の親子 関係が描かれる。この俗世を離れる代表として描かれたとも言える吉野の宮は、

自らの二人の娘(以下姉を姉宮、妹を中の君と呼ぶ)に対し、どんな愛情の様 相を示しているのか。また、物語に仙境のイメージを備えている吉野は、貴族 社会の規範が及ばない場所でもあり、ここに生きている吉野親子三人は、京中 の左右大臣の親子関係とはどんな違いがあるのだろうか。

二.三.一. 吉野の姉妹への愛情

吉野の宮は先帝の第三の皇子であり、「世の人のしとすること、方々の才、

陰陽、天文、夢解き、相人などといふことまで、道きはめたる才どもなりける」

55という万事に優れた才能を備えている人物として物語に登場する。吉野の宮 は若いとき留学生として唐土に渡したことがあり、唐土に滞在する間に、そこ の第一の大臣の娘と結婚するのだが、妻は二人の娘たちを産み残して亡くなっ

55同前掲注 1、p.227

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たことで、悲しみのあまり出家をしようとする。しかし、二人の娘たちが絆し となり、出家を諦める。その後、唐国に吉野の宮を殺そうとする人が現れ、や むを得なく日本に帰ったという経歴をもつ。帰国したあと、一国の皇子という 身分に当たって複雑な政争に巻き込まれた吉野の宮は、再び世を背こうとした が、やはり二人の娘たちが絆しとなり、娘たちを連れて吉野の山に隠棲すし、

穏やかな日々を送ってきた。だが、出家への望みということが念頭から離ては いうない。これは、後に女君と対面するとき、宮の以下のようなことばからも 分かるであろう。

姫君たちの人めき出でたまはんしるべなりと御心のうちに悟り思せば、

いとなつかしくうち解けたまひて、昔よりこことどもを、唐土に渡りたま ひてありしさま、かさしういみじき目を見て、世になき女二人をえ見捨て ず、例なきやうなる世の音聞きかしこく身に添へて、憂かりし世の乱れに もひきかかり、なおこの人々を道のほだしにて、これより深くも身をえ隠 さぬよしを言ひ続けたまへる56。(下線は筆者による)

吉野の宮は女君と対面すると、女君こそが将来娘たちを世間に連れて行くこ とのできる肝要な人物だと悟り、心を打ち解けて自分の数奇な経歴を女君に親 しく語ったのである。会話の中に、今まで見捨てられず二人の娘は自分の仏道 への「道のほだし」だと表明したことに注意したい。つまり、宮が女君の出現 を自分の出家の宿願を叶えるために娘たちの後見を期待できる人物として評 価したから、自分の経歴を何もかも語って、娘たちを「道心の妨げ」だと女君 に紹介し、将来娘たちを世話できる後見を探したいという意向をわざと漏らす

56同前掲注 1、p.238

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のではないか。後に、娘たちを女君に引き合わせる場面も、女君は帰京前の場 面においての会話も「聞こえさせつるほだしども」57、「ほだしにかかづらひ はべる人々」58と、何度も娘たちは道心の妨げだと女君に強調している。更に、

三人が対面するときには、長年吉野の山に隠棲する娘たちが、男として異性装 をする女君を見て恥ずかしく思い、部屋の奥に隠れようとすると、吉野の宮は

「世の常にもてなしたまはんも違へり。うしろめたくはあるまじきを」59と娘 たちを諭し、積極的女君を娘たちのもとに導き、三人が早く馴れるように工夫 したのである。その結果は、女君の「この世に生きている限りは、後見させて いただくつもり」という承諾を得るのだが、女君との対面する場面において吉 野の宮の言動や言葉などから、娘たちによい後見をみつけ、自分が仏道に専念 したい強い意欲が窺えるだろう。

その後、宇治に隠棲する女君を捜しに男装に戻って吉野に訪れる男君に会う 吉野の宮は、男君に対しても自分の娘たちを言及するとき「はかばかしかるま じく、わが身のほだしとなり」60と同じ明らかに娘は自分の修道の「ほだし」

だと男君に話した。更に、以下ように言う。

いみじかりける人の御相かなとうちかたぶきて、これぞわがむすめに縁 ある人にものしたまふめりと見たまふに、かつがついとうれしく頼もしく て、所につけたる御饗などをかしくしなしたまひて、いにしへおりの御物 語などこまやまに聞こえたまふ61。(下線は筆者による)

57同前掲注 1、p.241

58同前掲注 1、p.250

59同前掲注 1、p.242

60同前掲注 1、p.356

61同前掲注 1、p.356-357

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相人の能力のある吉野の宮は、娘たちの縁のある人の出現することで、「か つがついとうれしく頼もし」と大喜びを見せ、男君を歓待し、女君と対面する ときと同様に、自分の数奇な経歴を親しく語る。更に、姉宮を男君に紹介する とき、女君と入れ替わった男君が姉宮に好色めいた行動をすることを知ってい ながら、「いかに宿世にまかせてわがあたりを放ちていますこしひとへに心を 澄まし果てん」62と、娘を身元から放して、修行に専念したいと考え、姉宮に

「この人は前の女君とは別人だ」と教えることなく、二人の契りを許すのであ る。父吉野の宮の言動には、自分が仏道に専念するために二人の娘たちを自ら の身元から切り離そうとする意欲が随所に現れている。吉野を訪れた女君・男 君に対しても、積極的に縁つけようとする姿勢を見せる。そして、ついに姉宮 と男君の契りを取り持つのである。父吉野の宮の意思を知る男君はその後、姉 宮は京に迎えるという提案を出したが、幼いから吉野に住み慣れてきた姉宮は

「人笑はれ」と世間の目と将来の不安定さを考え、拒絶する。

いくらばかりも見馴るることもなき人にうちなびきて、わが身ひとつに もあらず、中の君を遅らかすべきにもあらねば、引き具せんにもところせ し、この世の外に住み果てで、同じ麓隔てぬ御住まひならず、見たてまつ ること難く、宮の御有様をも思ひやりきこえさせん、おぼつかなさいみじ かるべし、また、さるいみじき所に、人にも似ずうひうひしくてにはかに たち出でても、人笑はれに、憂きこと添ひて帰り入らんも松の思はんこと 恥 づ か し き を 、 と 思 ひ て 63 ( 下 線 は 筆 者 に よ る ) 男君の提案に対し、姉宮は出会ったばかりの男に身を任せて家を離れるとい う未知の将来に不安を感じている。これは、新編古典文学全集『とりかへばや』

62同前掲注 1、p.390

63同前掲注 1、p.398

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の頭注の指摘するように「姉妹が吉野を出ることは父宮の願いであったが、姉 宮は決心がつかない。知り合って日も浅い男君を頼りに妹まで連れてゆく不安、

父宮と遠く離れて住む不安、都で人々の物笑いになるかもしれない不安。あれ これ考えれば、とても京に出る気にはなれないのである」64と考えているから であろう。父吉野の宮の期待する道には、娘は不安しか感じられず男君の申し 出を断るのである。だが、男君が二条邸を建て、再び吉野の姉妹を迎えに来る ときには、逃れるすべもなく上京することになる。姉宮は出発前に「もの憂く のみ思さる」65と悲しむ様子を見せるが、父である吉野の宮の胸には、悲しみ よりも長年の願いである出家が果たせることに喜びを感じる心が勝っている ようである。

宮はいとうれしく、かひあるさまと見送りきこえたまふ。名残なくか い澄む心地して、心細く思さるれど、一筋におこなひ勤めさせたまひけ れば、いみじくうれしく、年ごろ思しつる本意かなひ果てぬる心地せさ せたまふ。66(下線は筆者による)

娘たちの上京は心細く感じてはいるが、今後仏道に専念できることを思うと、

長年の願いである出家が実現できることに喜びを感じていることが分かる。父 吉野の宮は別れの際に、親としての愛情は「心細く思さる」や「うち泣きたま ひ」67て娘と唱和する表現では窺えるが、頭の中はただ一途に出家が成し遂げ

長年の願いである出家が実現できることに喜びを感じていることが分かる。父 吉野の宮は別れの際に、親としての愛情は「心細く思さる」や「うち泣きたま ひ」67て娘と唱和する表現では窺えるが、頭の中はただ一途に出家が成し遂げ