第一章 序論
第一節 研究動機及び目的
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立 政 治 大 學
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第一章 序論
第一節 研究動機及び目的
『新編日本古典文学全集 39 住吉物語 とりかへばや物語』1の解説によれ ば、『無名草子』の評言と『風葉和歌集』の採歌状況を総じて見ると、十三世 紀後半までに『とりかへばや物語』は古本・今本という両作品が存在していた ことが確認される。その後、古本が散逸してしまい、これを改作したものは現 在私たちが手にする『今とりかへばや物語』2(以下、『今とりかへばや』と 略称する)である。作者や成立時期に関しては、古本、今本とも確かなことは 分からない。古本については、『無名草子』の記述から、天喜三年(1055)以 降の成立と目される『玉藻』より後の成立と考えられるのみで、不明と言うほ かない。今本の成立はおおよそ十二世紀後半、院政期も後白河院以降から『無 名草子』に至る二、三十年のことと推定できる。古本の具体的な内容は明らか ではないが、『無名草子』によれば、古本も今本も男女が入れ替わって男装・
女装のまま生きていくという設定は同じであったらしい。
アンドロジナス(androgynous)、または男装・女装に関するモチーフは、
早くも『古事記』に見られる速須佐之男命が天に参上するとき、天照大御神は
「即解御髮、纒御美豆羅而、乃於左右御美豆羅、亦於御鬘、亦於左右御手、各 纒持八尺勾璁之五百津之美須麻流之珠而」3と、男装して速須佐之男命を迎え る場面が描かれる。また、小碓命が熊曾建を征伐するとき、「爾、臨其楽日、
如童女之髪、梳垂其結御髮、服其姨之御衣・御裳、既成童女之姿、交立女人之 中、入坐其室内。」4と、女装して熊曾建を油断させて殺した記事がある。ほ かに『日本書紀』には神功皇后が三韓征伐に際し男装する記事がある。平安時
1石埜敬子校注、訳『新編古典文学全集 39 住吉物語 とりかへばや物語』小学館、2002.04
2同前掲注 1
3山口佳紀・神野志隆光校注、訳『新編古典文学全集 1 古事記』1997.06 小学館、P.56
4同前掲注 3 p.218
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た、1970 年代以後に盛り上がりをみせた同性愛運動によって性差の境界が問 い直され、男女の性的徴表の差異が曖昧になった状況のもとで、トランスジェ ンダーや異装が徐々に社会に受け入れられるようになった風潮のもとで、その 研究のはじめにおいて「奇変を好むや、殆ど乱に近づき」12と男女の入れ替わ りが批判される対象であった『今とりかへばや』に対する、読みの姿勢が変っ てきたのは当然のことであろう。
『今とりかえばや』を考える上で、ジェンダーの問題はおろそかにできない。
例えば、ジェンダートラブルに関わる問題が肉親において発生した場合、それ を単に奇異な事件として取り扱うことはしないだろう。ただ、肉親に発生した ジェンダートラブルに対しどのような態度で付き合うかということを決定す る過程において、互いに葛藤や心理的糾結を起こすことは不可避の問題だと言 えよう。この点に関心を持ちながら物語を顧みると、性役割が社会の既成概念 と衝突することによって、作中の親子関係に一連の葛藤が引き起こされている ことが『今とりかへばや』物語世界に散見されるのは看過しがたい。例えば、
題名の「とりかへばや」というキーワードをテキストに探してみると、物語の 主人公-二人のきょうだいを「取り替えたい」のは他でもない、父親権大納言
(後の左大臣)である。にもかかわらず、父は嘆きながらもきょうだいを誤認 させたまま公的な場で紹介するのである。父の行為は、子どもの性別の交換の 決定的なシーンでもある。この親による決定は、後にきょうだいの嘆きに転換 される。男女を誤認させたまま公の場に引き出すという親の行為は、愛情によ るものなのか、それとも自分の利益のためなのか、あるいは「世」に流されて 已む無くなのか。愛情、自分の利益、「世」へ流されることによって、親が子 供を縛るという問題が、作中に現れたほかの親子関係も同じ表現があるかどう かも、考えてみたい。
12藤岡作太郎著『国文学全史平安朝篇』、東京開成館、1905.10。後に秋山虔ほか校・注『国文 学全史 2 平安朝篇』所収、平凡社、1974.02 p.634
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14伴資芳『閑田耕筆』享和元年(1801)刊。安藤為章『年山紀聞』文化元年(1804)刊。とも に後『日本随筆全集第六巻』所収、国民図書株会社、1927.07
15例えば、『取替波也物語類標』と小山田(高田)与清の『取替早詞寄』など索引としてのも と浚明本系統に多く付されている序文は有名である。
16岡本保孝著「取替ばや物語考」室松岩雄編『国文註釈全書十五』所収、1910、国学院大学出 版部。後に折口信夫『国文学註釈叢書 12』所収、1929.08、名著刊行会