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第一章 序論

第三節 研究方法

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の物語-そのものの無意味あるいは根源的不在」62だと先行物語への批判エレ メントであると○30鈴木が指摘した。

以上の異装に関する先行研究を纏めれば、まずは○27武田氏の、異装によって 主人公たちが至福の享受者としての資格を持つサクセスストーリと読む説か ら○28西本氏の、異装が女の身ゆえに消えない「罪」への認識説、更に○29石埜氏 の、異装は「世の常」への反逆である説、○30鈴木氏の、異装は先行物語への批 判エレメントである説、という流れを見出すことができる。しかし、全体から みれば、諸説は女君の異装への検討に偏り、男君の異装については見逃してい るのではないか。また、物語はせっかく瓜二つ...

のきょうだいが異装を行うとい う設定は、どのような物語的効果があるのか。『今とりかへばや』異装の特異 な点を炙り出すには再検討する必要があろう。

第三節 研究方法

以下、研究方法について述べる。まず『今とりかへばや』の主人公とそれぞ れの人物は官名や呼称などが筋の発展につれ変わっていくため、呼称が重なり 混乱する恐れがあるので、便宜上以下のように統一する。

①主人公きょうだいは姉弟か兄妹か不明だから、二人の関係を説明する場 合は平仮名の「きょうだい」で表記する。

②主人公きょうだいの幼尐期、つまり元服・裳着する前、女の子を「姫君」、

男の子を「若君」で表記する。成人式後「女君」と「男君」に変えるこ とにする。

62同前掲注 61

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③主人公の父親は物語の中で、権大納言兼大将→左大臣→大殿(出家)と 変化するが、本論中では、もっとも長い時間勤めた職務「左大臣」で表 記する。

④もと式部卿宮の中将は宰相中将→権中納言→大納言→内大臣兼大将と いう流れで昇進しており、主人公の父親、女君の官位と重なるので、説 明する場合は「宰相中将」で表記する。

ジェラルド・プリンスの『物語論辞典』63によると、「葛藤」(Conflict)は

「行為者(actor)が関与する争い。行為者は、運命や宿世あるいは社会的・

物理的な環境と戦う(外的葛藤)。また自分自身とも戦う(個人的・精神的葛 藤)。」64と説明されている。本論はプリンスの定義を踏まえ、『今とりかへ ばや』における親子の愛情が如何に「外的葛藤」と「個人的・精神的葛藤」の 間に揺らがせ、互いに影響し合い、作用しているのかを解析してみたい。

第一章では、研究動機と目的および先行研究、研究方法について述べる。

第二章では物語に現れた家々の親たちは、常に子ども自分自身の意志と背反 する道を用意し、それに従わせることによって、子どもを不安な気持ちや苦痛 に導きつつも、親たちはこういう状況を察知することはないという共通現象に 注目し、それぞれの場面テキストから抽出して分析していくことにしたい。分 析方法については、まず定説化されている菊地氏の説-父親の「視線」がきょ うだいの「交換」に重要な役割を担っている-を踏まえ、『今とりかへばや』

に現れた家々の親たちが子どもたちをどう見ているか、またその視線が如何に 子どもの意志に介入しているのか、さらに親たちが「世」という他者の視線に どう反応し、行動しているのかを考察する。よって親たちの愛情と私欲の葛藤 の共通点とそれぞれ異なる特徴を分析して見たい。

63ジェラルド・プリンス著・遠藤健一訳『物語論辞典』、松柏社、2004.12

64同前掲注 38、p.31

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第三章においては、作品に登場する第一層の子どもたちが(主人公のきょう だい・四の君・女の一宮・吉野の姉妹)「外的葛藤」と「個人的・精神的葛藤」

を分析してみる。まずは二人のきょうだいが異装時代ぞれぞれが出会った恋、

または婚姻生活をめぐる場面を抽出し、それぞれ同性・異性の恋の相手と互い にどう見ているのか、また恋によって自分をどう認識していくのかを明らかに したい。そして物語中段からきょうだいが本性に戻ることで、何かの変化があ ったかを考察する。第二節ではまず第一章で考察した親の視線に基づいて、子 どがたちがどう反応していくかを考察する。つまり、親たちの「見る」ことで、

子どもたちはどう「演技」=「見せている」かということである。これによっ て子ども達が常に親への愛情によって親たちの期待に従いつつも、自分をも窮 地に追い詰められてしまいという「外的葛藤」を明らかにしたい。更に、作品 に登場する第一層の子どもたち自身が親になり、異装した経験、または自分の 私欲によって第二層の子どもたち(宇治の若君・大姫君・太郎君などを指す)

にどんな影響を与えているのかを解明してみる。

続いては『今とりかへばや』に多用された「世」という言葉に注目したい。

『新日本古典文学大系 26 堤中納言物語・とりかへばや物語』65の考察による と、『今とりかへばや』に現れた「世」に関する語が三四七例ほど見られる。

巻ごとの内訳巻一 一二七例、巻二 四三例、巻三 一一八例、巻四 五九例 となっている。これについて乾澄子氏が「物語のストーリーの進行にしたがっ てみると、女君が本来持って生まれた性と社会的な性役割の落差に悩む巻一、

さまざまな状況から異装を解き本来の性役割にもどる巻三に「世」という語が 多く見られ、この作品の方法の一つに「世」とも関わり方があることを知るこ とができる。」66と述べ、『今とりかへばや』物語世界が拘っている「世」、

65大槻修・今井源衛・森下純昭・辛島正雄校注『新日本古典文学大系 26 堤中納言物語・とり かへばや物語』、岩波書店、1992.03

66乾澄子「『とりかへばや』物語における「世」『古代文学第二次』(16)、2007. 10、古代文学

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つまりきょうだいの性別規範となっているものは何の規準で構築されている かを究明したい。なお、きょうだいは物語において仙境みたいな吉野での様子 をも抽出し、俗世にいる様子と対比することで、<家>という装置から脱出し、

つまり親・世間の視線から解放されるきょうだいの様子を考察してみたい。

第四章においては、本論文の検討対象とする「親の葛藤」、「子の葛藤」、

「ジェンダーの葛藤を表わす異装」の親子の愛情と貟わされた社会的役割によ って夫々人物の外部と内部の衝突状況を纏めてみてみたい。その中から異同点 を分析し、『今とりかへばや』を「葛藤物語」と定位しようとする。また、そ の葛藤の背後に潜んだ真意は何を目標として戦うか、つまり物語が数々の親 子・意志とジェンダーという錯綜な衝動によって何を訴えようとしているのか を解明していきたい。

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