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2. 吉川英治『三国志』の創作

2.2. 吉川英治『三国志』の人物像

2.2.1. 主君たち

2.2.1.1. 曹操

2.2.1.1.3. 曹操像に対する加筆

1959 年、中国の学界では、曹操をいかに評価すべきかについて、激しい論 争が行われた。中国学者の郭沫若(1959)が小説『三国志演義』の偏見を排除 した上に歴史の側面から曹操を見直すという意見を提出したのが論争の始ま

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りであった。そのとき、劉知漸(1959)は曹操像で実現した悪役の典型という

『三国志演義』の達成を肯定し、以下のように述べた。

もし誰かが三国歴史小説を書き直そうとしたら、曹操を評価しなおすべ きである。彼の私利私欲と人民に血の債務を指摘しながら、彼の政治才 能・軍事才能と文学才能をも指摘しべきである。(翻訳は筆者)56

劉氏が知らないのは、この再評価は『三国志演義』の受容国である日本です でになされた。吉川氏の曹操に対する加筆を整理してみれば、吉川氏は曹操の 優れた政治力と軍事力を称え、また、詩情豊かな人として曹操を捉えている。

また、吉川氏は以下のように曹操の戦いを曹操の詩にたとえた。

古今の武将のうち、戦をして、彼ほど快絶な勝ち方をする大将も少ない が、また彼ほど痛烈な敗北をよく喫している大将もすくない。

曹操の戦は、要するに、曹操の詩であった。詩を作ると同じように彼は 作戦に熱中する。

その情熱も、その構想も、たとえば金玉の辞句をもって、胸奥の心血を 奏かな

でようとする詩人の気持ちと、ほとんど相似たものが、戦にそのまま駆 りたてられているのが、曹操の戦ぶりである。

だから、曹操の戦は、曹操の創作である。――非常な傑作があるかと思 えば、甚だしい失敗作も出る。(「梅酸・夏の陣」「草莽の巻」)

あるいは、政治面に関して吉川氏は以下のように政治に理想を託した曹操を描

56 劉知漸「羅貫中為什麼要反對曹操――與郭老商榷」1959 年、『『三國演義』新論』に収録、

重慶:重慶出版社、1985 年

原文:如果有人要重寫一部三國歷史小說的話,應該給曹操以重新評價。既要指出他的自私自利,

指出他在人民身上所欠的血債,也要指出他的政治才能和軍事才能以及文學才能。

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写した。

曹操は政治にたいしても、人いちばいの情熱をもって当った。許都を中 心とする新文化はいちじるしく勃興ぼっこうしている。自己の指導ひとつで、庶民 生活の様態があらたまってきたり、産業、農事の改革から、目にみえて、

一般の福利が増進されてきたりするのを見ると、

「政治こそ、人間の仕事のうちで、最高な理想を行いうる大事業だ」

と信じて、年とるほど、政治に抱く興味と情熱はふかくなっていた。(「大 歩す臣道」「臣道の巻」)

以上のように、情熱を持ってその雄才を生かしていくという新たな曹操が描か れた。実際、「情熱」という言葉は、吉川『三国志』では十二回使われた。そ の中の五回は曹操を形容するために用いられた。吉川氏にとって、曹操はまさ に「情熱」の化身ともいえよう。この「情熱」な曹操像は、『三国志演義』を 引き継ぎ、吉川『三国志』でもよく「はははは」と笑っている曹操のイメージ にふさわしいであろう。

しかも、吉川氏の曹操に対する賛美は才能に留まらず、

果断即決は、実に曹操の持っている天性の特質中でも、大きな長所の一 つだった。彼には兵家の将として絶対に必要な「勘かん(かん)」のするどさ があった。他人には容易に帰結の計りがつかない冒険も、彼の鋭敏な「勘」

は一瞬にその目的が成るか成らないか、最終の結果をさとるに早いもので あった。(「溯巻く黄河」「孔明の巻」)

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というように彼の性格にも及ぼした。または、遭難しても、その逆境を転じる 精神が何回でも吉川『三国志』で描かれている。総じて言えば、吉川氏が作り 上げたのは、英雄のキャラクターを持っている曹操像であった。

しかし、曹操の性格の変化も多く加筆された。それは以下のように何段階に 分けて描かれたものになっている。

けれど、どんな人物でも、大きな組織のうえに君臨していわゆる王者の心 理となると、立志時代の克己や反省も薄らいでくるものとみえる。(「許都 と荊州」「赤壁の巻」)

または、

彼の 意こころはいよいよ驕おごり、彼の臣下は益々慢じ、いまや、曹操一門でなけ れば人でないような、我が世の春を、謳歌していた。(「蜀人・張松」「望 蜀の巻」)

あるいは、

彼もいつか、むかしは侮蔑ぶ べ つし、唾棄 し、またその愚を笑った上官の地位 になっていた。しかも、今の彼たるや人臣の栄爵を極め、その最高にある 身だけに、その巧 言 令 色こうげんれいしょくにたいする歓びも受けいれかたも、とうてい、

宮門警手の一上官などの比ではない。(「日輪」「図南の巻」)

物語の推進に連れて、曹操に対する悪評がどんどん増えてきた。特に、忠臣

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