東日本大震災および
TPP 問題と
日本農業の再生
本
間 正 義
(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)【要約】
菅総理(当時)が 2010 年 10 月に TPP(環太平洋連携協定)への 関 心 を 表 明 し て 以 来 、 日 本 は TPP 賛 成反対を巡 って世論が 沸騰 し た。2011 年 3 月 11 日に起きた東日本大震災で TPP の議論は一時中 断 されたかに みえる。し かし、大震 災からの復 興は東日本 のみな ら ず、日本全体の経済復興を見据えた対策とすべきであり、それはTPP の 議論と一体 化すべきも のである。 農業につい ても同様で あり、 復 興 計画で検討 されている 農地の大区 画化と集約 は、日本農 業の零 細 性を克服するためのTPP 対策でもある。本稿でははじめに、東日本 で の農業復興 のあり方を 検討し、そ の手法が農 業の対外政 策対策 、 特にTPP への取組みと共通していることを示唆する。また、日本に とって TPP の参加がどのような意味を持つのか、TPP の本質は何か を探り、さらには韓国が韓米FTA との合意に至る過程で農業をどの よ うに扱った のか、日本 で同様の対 応が可能か などを議論 する。 そ の上で、日本農業がグローバル化の下で生き残る方策を検討する。 キーワード:東日本大震災、TPP(環太平洋連携協定)、FTA(自由 貿易協定)、日本農業、韓国農業一 はじめに
日本は2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災により大きな被 害 を受け、ま た原子力発 電所問題も 収束してお らず、政治 も経済 も 混 迷が続いて いる。東日 本大震災が 起こるまで の日本経済 の大き な 論点はTPP(環太平洋連携協定)への参加問題であった。これは 2010 年10 月に菅総理(当時)が TPP 参加に関心を表明したことから始ま ったが、TPP に関する動きには多くの関係者が注目していた1。それ は TPP の母体である P4(環太平洋戦略的経済連携協定)2がこれま での FTA(自由貿易協定)とは異なり、開放度および結合度の高い FTA であったからである。また、P4 はさらに APEC(アジア太平洋 協力会議)全体のFTA を目指すとし、それに米国が参加を表明し、 新たな展開をみせる。 日本ではTPP に参加すれば関税の即時完全撤廃と喧伝され、特に 農 業は壊滅す ると、農業 団体から直 ちに反対の 声があがっ た。そ の 後の農業サイドの反TPP の運動は激しく、各地で反対集会や反 TPP の出版物も多く出回った。一方、多くのTPP 賛成者は TPP の意義を 正しく認識して、TPP への不参加は日本のグローバル化を遅らせる ことになり、長期的には望ましくないと判断している3。 菅総理は2011 年 6 月までに TPP に関して何らかの方向性を明らか に することと していたが 、東日本大 震災の発生 によりこの スケジ ュ1 例えば、寺田貴「米国と APEC の 20 年」浦田秀次郎・日本経済研究センター編著『ア ジア太平洋巨大市場戦略』(日本経済新聞社、2009 年)、第 2 章、を参照。 2 シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドのアジア太平洋地域の 4 カ国に よる。 3 TPP 参加賛成からの論点は福田慎一「経済論壇から TPP 参加で閉塞感打破を」『日 本経済新聞』(2010 年 11 月 28 日)およびそこで紹介されている各種論稿などを参照。
ールは断念された。引き続きTPP 参加問題は日本の将来を左右する 大 きな課題で あり、特に 農業をどう するか、早 急に検討を 深めな け ればならない。 おりしも各 方面から提 言されてい る東日本大 震災からの 復興計 画 は、日本農業の新しい姿を含んでおり、実はTPP 対策としての意味 合 いが色濃い 。そこで、 本稿ではま ず、東日本 大震災と農 業復興 の あ り方を検討 し、そこか ら見えてく るグローバ ル化と整合 的な農 業 構造を探ってみる。 その上で、TPP の日本にとっての意義、TPP 参加のための農業政 策のあり方、韓米FTA を締結した韓国は農業問題をどのように処理 し たか、韓国 から日本が 学ぶべき政 策決定のプ ロセスなど を議論 す る。最後に日本農業の再生の条件を提示する。
二 東日本大震災と農業復興
1 農業の被害 東日本大震 災を受けて 、今我々は 東北にとど まらず、日 本の農 業 を どうするべ きなのかを 問われてい る。新しい 農業、新し い日本 を 形 成するため に我々は何 をすべきな のか。価値 観の多様性 を認め つ つ 、復興に向 けてあらゆ る努力と知 恵を出し合 い、今後の 日本の 姿 を 考えて行く ことが求め られている 。本稿はそ のような観 点に立 っ て 、日本農業 の将来を語 る上で大き なヒントと なる東北の 復興を ど のように進めて行くのか、まずそこから議論に入ることにする。 東日本大震 災の農業被 害としては 、①津波に よる直接的 な被害 、 水田畑地破壊、②田畑に残るおびただしい瓦礫の山、③塩害、冠水、 灌 漑排水施設 の破損、④ 農産物の放 射能汚染お よび風評被 害、⑤ 農 業 者、耕作者 の意欲喪失 、⑥生産資 材の不足、 物流停滞、 ⑦農家 所 得の減少、負債の増大―などが挙げられる。津波では約 2 万 4000haにも上る水田畑地が破壊され、瓦礫の山の撤去作業には 2 年間はか かるとも言われている。 当然その間 は当該地の 農業営農が できない。 塩害、冠水 、灌漑 排 水施設の破損も、農林水産合わせて約1 兆 9000 億円、農業だけで約 7300 億円の被害と推計されている。それに原発事故の放射能で汚染 さ れた農地や 農産物被害 、風評被害 なども加わ ってくる。 いずれ に し ても中長期 間に亘る復 興作業が必 要となるが 、それらの 復興資 金 や補償問題が、今後重くのしかかってこよう。 しかし、放 射能汚染の 補償問題ひ とつ取って も、政府や 東京電 力 は 補償すると は言ってい るものの、 具体的にど のような金 額で、 誰 を 対象にする のかは全く 語られてい ない。この ように復興 の先に あ る 姿が一向に 見えてこな いことが、 農業関係者 にとって将 来の見 通 しを考えられない状態を招いている。 日本農業経済学会でも東北の研究者を中心に調査を行い、「今後農 業 を続けるの か否か」を 問うアンケ ートを行っ たが調査結 果を見 て も、その回答は 1 ヶ月ごとに変わっているのが現状である。将来の 見 通しが立た ないことで 、農業者、 耕作者の営 農意欲が喪 失され つ つある。 東日本大震 災復構想会 議などで、 多くのアイ デアを出し 、最終 的 な 姿 を 描 く こ と は で き る が 、 誰 が ど の よ う な 方 法 で 進 め て 行 く の か 、具体的な 道筋が見え てこない。 また、基本 的には農林 水産省 や 国 土交通省が プランを作 成し、トッ プダウンで 進めて行く ことに な る のだろうが 、それでは 多くのアイ デアが活か されず、ど うして も 不満が残ってしまう。 名目上は県 知事であっ ても構わな いが、実質 上は被災地 域の市 町 村 長がリーダ ーシップを 発揮し、末 端住民や農 民の意見を 集約、 構 想 をまとめて 実行してい くことが重 要である。 例えば農地 法の適 用
を 受けない特 区構想など の各種のア イデアをど う活用する か、市 町 村長がリーダーシップを持って決断、進めて行く必要がある。 地域住民の 方々の気持 ちも大事だ が、市町村 長が考え方 を整理 し て おくことが 必要である 。中央政府 のプランが 明確でない ために 、 末 端の住民の 意識が不安 定に揺れ動 いてしまう 。ここでリ ーダー シ ップを取るのが、まさに市町村長の仕事であろう。農家所得の減少、 負 債の増大も 、どのよう な状態に対 して、どの ような補償 をして い く のか、その 補償範囲を どうするの かなどは、 今後相当に 大きな 政 治的決断が必要になってくる。 2 災害復興への基本的考え方 災害復興へ の基本的考 え方として は、①早急 に行うべき 農家の 営 農 意向調査、 ②総合的か つ長期的視 点からの土 地利用計画 の策定 、 ③ 都市と農村 を一本化し たゾーニン グ、④換地 、交換分合 、区画 整 理の徹底、⑤大規模区画(2ha)による農地の集約、⑥戸別所得補償 費を災害復興経費へ転換―などが挙げられる。 農家の営農 意向調査は 早急に行う べきで、ま た市町村の 自治体 リ ー ダーが復興 プランをど う考えてい るかを早い 時期に確認 し、意 思 の ある市町村 長には、多 くのアイデ アを提供し 政策を擦り 合わせ た 上で財政支援が必要となる。 土地利用も 、農地は農 水省管轄の 農業振興地 域の整備に 関する 法 律(農振法)、一方で都市計画は国交省や地方自治体自体の都市計画 と 全くバラバ ラに行われ ている。津 波によって 宅地も農地 も流さ れ て しまった地 域では、き ちんとした 図面を描き 、地域一帯 で農地 に 限 らず、町全 体を一体化 した土地利 用計画を策 定する必要 がある 。 都 市計画と農 振法を一体 化した農業 地域、商業 地域、公共 地域、 住 宅 地などのゾ ーニングが 、いま求め られている 。これは東 北地域 に
限られたことではない。 また、経営 する農地が 細かく分断 されている ことが、日 本農業 の 最大の問題だと従来から言われてきた。例えば現在 100ha を超える 農業経営者は、全国に 1000 単位でいる。東北 3 県でも 70 程度の農 業経営者が 100ha 規模の営農を行っている。しかし、この農地も一 箇 所に集中し ているので はなく、何 十カ所や場 合によって は何百 カ 所に分散している。 農地は面的 に平野や中 山間地でつ ながってい るので、所 有者が 面 積 を変えない で交換すれ ば、自分の 耕す地域に 全部一括し てまと ま る ことが理論 的には可能 である。都 市近郊のよ うに農地の 中に住 宅 が あるのでは なく、一続 きの農地で あっても、 所有者や利 用権者 が 分散されているため、合計 100ha 規模の農地を経営していても、極 め て非効率な 農業を強い られている 。日本農業 は規模拡大 メリッ ト を 活かすため にこの問題 を克服する 必要がある が、東日本 大震災 か らの復興を契機に本格的に取り組むことが望ましい4。 一区画を大 きくする事 業や農地集 約を進めて 行く上で重 要なの が 農 外からの参 入である。 特区を活用 して株式会 社による農 地取得 を 認 めることが 望まれる。 株式会社に よる農地取 得を全国で 認めよ う と すると相当 の反対が予 想されるが 、まずは特 区構想で手 を挙げ た 市 町村に認め る形で手掛 けていく。 農地を提供 すると株式 会社に 乗 っ 取られてし まうという 発想ではな く、農外の 会社とコラ ボレー シ ョ ン(共同事 業)する形 で農地を供 出する。会 社が解散す る場合 に は、農地を元の所有者に返すことを条件にすることも可能である。
4 東日本大震災からの復興と農地集約については、本間正義「経済教室 世界に通用 する農業へ㊤ 農地集約、住宅地と一体で」『日本経済新聞』(2011 年 6 月 8 日)を 参照。
また、復興 予算を捻出 するために 現行の戸別 所得補償制 度を見 直 し 、 そ の 予 算 を で き る だ け 早 く 災 害 復 興 経 費 に 転 換 す る 必 要 が あ る 。経済特区 を活用した 農業改革と しては、① 大規模農業 経営の モ デ ル事業、② 農地法の適 用除外で自 由な農地権 利取得、③ 農外企 業 との連携と新規参入の推進、④耕作放棄・農地転用には重いペナルテ ィ 、⑤地域の 取組を重視 したモデル 設計、⑥農 工商連携で 付加価 値 の 高い農業の 実現、など が挙げられ 、成功すれ ば食料基地 東北が 誕 生する。 一方で、農 業は続けた いものの東 北の被災地 ではもうや りたく な い 、福島原発 事故の放射 能汚染で再 開のめどが たたないと いう農 業 者 を、中国地 方や四国地 方、九州地 方で現地の 農家と組む 形で受 け 入れて、彼らに農業を続けてもらうという構想もある。 耕作放棄・農地転用に対する重いペナルティは、農地法の適用除外 と ペアになる 。農地を農 地として利 用すること を担保する 措置で 、 特 区であって も土地利用 を野放しに はできない 。農地を農 地とし て 利用することに対して特区制度を適用するものである。 また、農業 は原料提供 産業であり 、それ自体 で付加価値 を生み 出 す のには限界 がある。農 商工連携に より、生産 から流通、 加工、 販 売 まで含めた 多元的な取 り組みで付 加価値を高 めて行くこ とが東 北 地 域の農業復 興の姿でも ある。例え ば小規模な 農家を集め て様々 な レ ストランな どを営むこ とが考えら れる。山形 などにはサ クラン ボ の 木を丸ごと ハウスにし て、温度管 理、糖分管 理などを制 御する 経 営 で成功した サクランボ 御殿が軒並 み続いてい る地域もあ る。こ の よ うな発想の 転換によっ て、いろい ろな農業の 展開が可能 となる 。 こ れらの知恵 の受け皿を 市町村がき ちんと作っ ていくこと が求め ら れている。
三
FTA の展開と農業問題
1 日本経済復興のカギとなるFTA 東北地域の 復興ととも に、日本経 済も復興し なければな らない 。 そのカギとなるのがFTA の推進であり、喫緊の課題は TPP への参加 である。 日本はもともとWTO(世界貿易機関)で多国間での自由化を推進 してきた。しかし、EU(欧州連合)の拡大や NAFTA(北米自由貿易 協定)に見られるように、いまや世界の流れはFTA による貿易の拡 大となっている。アジアでも日中韓のFTA、ASEAN(東アジア諸国 連 合 )+3(日中韓)、ASEAN+6(日中韓印豪ニュージーランド)な どの FTA 構想が展開されているが、その過程で WTO の多国間主義 よりも、FTA による地域自由貿易協定の方がメリットのあることが 分かってきた。 それは地域 主義という 形で閉じた 世界を作る のではなく 、むし ろ WTO 的グローバル化へのワンステップになるということである。周 知のようにWTO 加盟 153 カ国・地域の 5 分の 4 が途上国のため、貿 易自由化交渉もなかなか進まない。まずは合意が得られやすい FTA の 形 で 、 や れ る と こ ろ か ら 進 め て 行 こ う と い う 考 え 方 で あ る 。FTA かWTO かの二律背反ではなく、WTO も FTA も違うルートでグロー バル化を達成するものであると言える。 TPP には反対であるが、ASEAN+3 なら賛成とする論者もいるが、 それは ASEAN+3 であれば、自由化度の低い FTA で合意できるとい っ た 間 違 っ た 見 方 に 基 づ い て い る 。TPP を 進 め る 一 方 で 、 同 時 に ASEAN+3 も ASEAN+6 も同時に手掛けて行くべきである。今回の TPP が上手く行かなくても、グローバル化の波がなくなるわけでは 決してない。問題はFTA のネットワークから外れるデメリットである。日本の FTA では関税の引き下げが議論になっているが、すでに製造業や非 農 産物の関税 は低くなっ ており、関 税撤廃の影 響は少ない 。様々 な 試算を見ても TPP は GDP をゼロ・コンマ数%押し上げる程度であ る 。 そ れ よ り も 重 要 な の が 経 済 的 競 争 の 基 盤 の 共 通 化 で あ る 。TPP 反対派はそのことを問題視し、TPP に入ると全てアメリカン・スタ ン ダードを押 し付けられ てしまうと 恐れている 。しかし、 アメリ カ ン・スタンダードで良いと思う部分は共通化すべきで、そうでないと ころ議論していけば良い。共通化していくことが、まさにTPP、FTA の メリット、 大前提であ り、関税削 減や関税撤 廃は、その 第一歩 で しかない。 特にTPP では、日米間の関税削減効果はさほど大きくはなく、競 争 基盤を共通 化すること のメリット の方が大き い。加盟国 全体の 生 産 性を上げる ためにはど のような制 度が望まし いか、締結 交渉の 中 で議論することが、特に日米のような大国を含むFTA にとっては重 要な課題となる。 ネットワー クから外れ るデメリッ トを意識せ ざるを得な かった 例 としては、日本がシンガポールの次にメキシコとFTA を結んだこと が挙げられる。当時は韓国ともFTA の話をしていたが、メキシコと の FTA を優先させた背景には、メキシコが当時 FTA を結んでいた 32 カ国の経済圏が世界の GDP の 6 割を占めているとともに、FTA を 結 んでいない 国の企業は メキシコの 政府調達入 札にも参加 できな い こ とがあった 。日本製品 が高い関税 を課せられ ている中で 、米欧 の 製 品が関税な しでどんど んメキシコ に輸出され てしまう。 日本に と ってデメリットが大きく、メキシコとFTA を結ばざるを得なかった。 同様のことが今回のTPP についても言える。今は TPP への参加を 表明し議論しているのは 9 カ国であるが、場合によっては APEC21
カ 国・地域が こぞって参 加するとい うドミノ現 象が起こら ないと も 限らない。韓国は米韓FTA があるので、当面は参加メリットをあま り感じていないと思われるが、いまのところTPP 参加には消極的な 中国は、実は相当に細かくTPP を研究しており、将来の参加はあり 得る。中国が TPP に入れば、他のアジア諸国が雪崩を打って入って くる可能性がある。そうなると日本は完全に取り残されてしまう。 日本は独自の価値観で、TPP などには入らなくても良いとする雰 囲 気が反対派 だけでなく 漂っている 部分もある が、これは 日本が ガ ラ パゴス化す るかどうか という問題 をはらんで いる。すな わち日 本 の 制度やシス テムが日本 国内でしか 通用せず、 世界標準か ら取り 残 されてしまうというリスクである。TPP への不参加はそのリスクを 決定的にする要素を含んでいることを認識する必要がある。 もちろん、ここで日本がTPP を拒否しても、各国が交渉で合意し た 条件を満た せば後から でも参加で きるが、そ の時には条 件交渉 は 出 来ず、ハー ドルは相当 高くなって いる。その ときに世論 を説得 し て 政策転換が 果たしてで きるのか。 日本のガラ パゴス化の 危険は 相 当高くなると見てよい。 TPP を議論する際、FTA ネットワークから外れるデメリット・リ ス クが高くな っていると いう認識が 必要である 。経済競争 の基盤 や 制 度・インフ ラを共通化 することと 、日本のア イデンテテ ィを保 つ こ とを区別し て議論しな ければなら ない。日本 的な文化が 破壊さ れ るといった情緒的議論に押し流されて、何もしない、TPP にも入ら な いと決断す るのは大き なリスクを 伴う。その 決断に伴う リスク を マ クロ的長期 的視点から 吟味するこ となしに結 論を出すべ きでは な い。TPP 反対の人達は、TPP に入る覚悟が、まだ我々にはできてい な い、国内の 合意も出来 ていないと 論じるが、 同じ事を裏 返しで 論 じることが出来る。日本はTPP に入らない覚悟が本当に出来ている
のかが問われるのである。 適切な事例 とは言えな いかもしれ ないが、脱 原発の問題 も同じ で あ る。脱原発 を決心すれ ば、様々な 形で経済は コスト高に なり、 生 活 が不便にな るだけでな く、多くの 企業が海外 に出て行く ことも 考 え られる。そ れらを含め て十分議論 し、納得し た上で脱原 発の在 り 方 なりロード マップなり を決めるべ きである。 今の政府に そのよ う な 議論をリー ドする雰囲 気のないこ とが、日本 の国民にと っての 不 幸である。 2 これまでの農業分野の扱い 各国の貿易額に占めるFTA 相手国との貿易の割合(署名済み FTA を含む)を見ると、日本は FTA のカバレッジが 16.5%であるのに対 して、中国は21.5%、韓国は 35.6%、米国は 38.0%であり、EU は 27.2% で域内貿易を含むと 74.8%に上る。日本はすでに中国にも遅れを取 っている。また、韓国のFTA 先行で被る日本の関税不利益も、代表 例を挙げれば、EU 向けで自動車 10%、薄型テレビ 14%、米国向けで トラック25%、ベアリング 9%などとなっている。これらの関税が日 本製品には課され、一方韓国製品は無税でEU や米国に輸出される。 日本の製品輸出におけるハンディは決して小さくない。 日本のFTA 推進の最大のネックは農業問題であるといわれる。も ち ろん農業だ けではなく 、日本医師 会なども、 米国の要求 を呑め ば 国 民皆健康保 険ではなく なり、混合 医療が一般 化されるな どと、 様 々な懸念材料を上げて TPP 反対に回っている。しかし、反対議論を 良 く聞いてい くと、農業 もそうであ るが、現状 が変わるこ とに対 す る 危機感がほ ぼ全てであ り、現状が ベストであ るかどうか は、議 論 さ れていない 。制度の良 し悪しを議 論すること なく、現状 維持が 目 的となっている。そこが問題である。今回のTPP 問題も国内の現行
制 度を見直し 、どのよう な方向で変 えていくか を議論する 絶好の 機 会に なったはず であるのに 、オール ・オア・ナッシ ングで、現 状維 持 か米国の制度かの二者選択を迫る議論になってしまっている。 それぞれの 業界内には 現行制度や 現状を問題 だとしてい る人達 も 多く存在するが、TPP は現状を破壊するとの喧伝することで、現状 維持を主張し TPP に反対している。こうした事象が様々な分野に現 れ ている。そ れは既得権 益を守る姿 勢にほかな らないが、 一般的 に は日本の農業が壊滅する、田んぼがなくなる、田園風景がなくなる、 日 本の農民が 路頭に迷う などという ことが宣伝 され、農家 に同情 が 集まり情緒的な流れを作り出している。 そのような意味では、農協を含めた農業団体の反TPP の宣伝が功 を奏したとも言える。多くの国民が本音ではTPP はいずれ参加せざ るを得ないと認識してはいるものの、書店に行けば「TPP 反対」の 書物ばかりが並び、いずれもベストセラーになっている5。裏を返せ ば 、それだけ 反対派の危 機感が大き いとも言え るが、サイ レント ・ マジョリティとしての TPP 推進派が、反対意見に抗して発言できる 環境を整えることが大事であろう。 FTA 推 進と 日 本 の 農 業 問 題 を 振 り 返 る と6、 対 シ ン ガ ポ ー ル と の FTA では、リスト上でゼロ関税と記載されていた農産物の関税を撤 廃 したように 、農産物に 関しては何 ら実質的な 変化はなく 、本格 的 に農産分野を入れたのは対メキシコとのFTA であった。そのメキシ コとのFTA でも、例えばモツや内臓などキロ 50 円の豚肉も、100 円
5 宇沢弘文ほか『TPP 反対の大義』(農文協、2010 年)、中野剛志『TPP 亡国論』(集英 社、2011 年)、小倉正行『TPP は国を滅ぼす』(宝島社、2011 年)など過激なタイト ルが目立つ。 6 これまでの日本の FTA における農業分野の扱いについては、本間正義『現代日本農 業の政策過程』(慶應義塾大学出版会、2010 年)の第 5 章に詳しい。
の豚肉も全て国内に入る時には546 円(部分肉ベース)となるよう、 そ の差額を関 税として徴 収する豚肉 の差額関税 制度はなぜ か維持 さ れ た。豚肉の 輸入制度は 、各地で訴 訟が起きて いる問題の 多い制 度 である。 対フィリピンとのFTA で問題となったのはバナナである。日本国 内 ではバナナ が生産され ていないに もかかわら ず、バナナ に関税 が 課 されており 、しかも冬 場に関税が 上乗せされ る季節関税 が残存 し ている。バナナ関税は夏場 10%、冬場 20%であり、対フィリピンと のFTA ではこれがそれぞれ 8%と 18%に微削減されただけである7。 冬 場に高関税 が課される のは、冬場 に出回る日 本のりんご やみか ん を保護するためだとされている。 その他、① 対マレーシ アでの主要 農産物除外 、②対タイ でのコ メ 除 外、 鶏肉関 税残 存、③ 対イ ンドネ シア での熱 帯産 品の検 疫問 題― などと、日本のFTA においては農産物に関して様々な問題を残し、 ま たコメや重 要品目は必 ず除外する という、形 だけの市場 開放と な っている。
四
TPP への参加と農業への影響
1 FTA と TPP の違い TPP は、チリ、ニュージーランド、ブルネイ、シンガポールの 4 カ国による環太平洋戦略経済連携協定、いわゆるP4 が土台となって おり、それに米国、豪州、ペルー、マレーシア、ベトナムの 5 カ国 が加わり、現在 9 カ国で自由経済圏に向けた交渉を進めている。従 来のFTA との違いは、TPP が包括的かつ高いレベルの合意を目指す 協 定であり、 関税の引き 下げだけで はなく、環 境、労働、 食品安 全7 ただし、小さい種類のモンキーバナナは 10 年間で関税を撤廃することとされた。
などの域内でのルール化を目標としている点である8。 重要なことは、TPP が 9 カ国に終わるのではなく、将来的には APEC 加盟国全体での FTA を目指し、さらに WTO 的な方向にまで拡大し ていこうとしているFTA であることである。日本が加わって、単に 「9 カ国+1」になるという話ではない。TPP に反対するにしても、賛 成 するにして も、このこ とを踏まえ 、先を見据 えた議論が 必要で あ る。 日本にとってTPP に乗り遅れるデメリットは、これまでの FTA と は 比較になら ないほど大 きい。先に 述べたよう に、ルール 形成か ら 参 加し、日本 の主張を展 開しないと 、後々のハ ードルが極 めて高 く な ってくる。 また、民主 党政権で不 安定化して きた日米関 係を再 構 築する政治力学的な意味もTPP には含まれる。 当然ながら TPP をクリアすれば、その先の対中国、対 EU の FTA 交 渉は容易に なってくる 。ここは今 後の経済の あり方や方 向性を き ちんと整理し、覚悟を決めていく必要性がある。逆に、TPP を見送 ってしまうことになると、その後の日中韓のFTA 交渉なども、農産 物を例外扱いにするなど、質の低いものになりかねない。 TPP 反対派の陣営は、TPP は「例外なき即時関税撤廃」であるこ とを強調する。しかし、本当にそうだろうか。いま 9 カ国で議論さ れている24 分野の交渉内容は明らかになっておらず、その詳細は分 か らない。分 からないも のに参加出 来ないとい う反対派の 主張も 、 確 かに一理あ るが、だか らこそ参加 の意向を表 明し、中に 入って 議 論に参加することが必要になってくる。
8 TPP の本質と日本にとっての重要性については、木村福成「環太平洋連携協定(TPP) とは何か」『経済セミナー』2011 年 6・7 月号を参照。なお、『経済セミナー』の同号 では特集で「TPP と日本の農業」を扱っており、他の論稿も参照されたい。
TPP の土台となっている P4 では、90%の関税は即時撤廃したが、 チリの乳製品(34 品目)は 12 年以内、小麦(2 品目)、砂糖(17 品 目)、油脂(29 品目)は 10 年以内の撤廃であり、ニュージーランド の革製衣類付属品(12 品目)、繊維類(228 品目)、衣類・履物(60 ~64 類)は発効後 10 年での撤廃となっている。質の高い FTA と言 われているP4 でも、このように全製品の関税が即時完全撤廃になっ ているわけではない。 TPP に参加表明している米豪の二国間 FTA でも、①砂糖と乳製品 (枠外税率)は関税撤廃の対象外で、牛肉は18 年かけて撤廃、②ネ ギ、セロリ、ほうれんそう、葉たばこ、アボガドは10 年かけて撤廃、 ③ 米国の牛肉 や園芸作物 輸入に対し ては一定の 価格上昇や 輸入数 量 増 加がある場 合に関税を 引き上げる セーフガー ド規定など の例外 措 置がある。これらがTPP でどうなるのか見守る必要があるが、維持 さ れるのであ れば、当然 、日本も例 外措置を要 求できる。 米国内 で も 分野によっ ては相当強 い抵抗があ り、完全即 時撤廃とは ならな い というのが、常識的な判断であろう。 ただ、TPP 参加を希望していたカナダが拒否されてしまった事実 に も注目して おこう。最 大の理由は 、カナダが 高関税で保 護して い る 乳製品を例 外措置扱い とすること を要求した ことであっ た。し た が って、日本 も最初から コメを例外 措置扱いに することな どを要 求 す る の は 無 理 で あ る 。 あ く ま で も 開 放 姿 勢 で あ る こ と を 伝 え た 上 で 、議論して いくことが 求められて くる。それ が議論に加 わる時 の ル ールである が、議論の 過程で例外 措置扱いに することは 可能で あ ると思われる。 2 韓国と日本の違い TPP を議論する中でしばしば問われるのは、なぜ韓国が韓米 FTA
に 合意できた かである。 まず挙げら れるのが日 韓の政治体 制の違 い で あろう。日 本の議院内 閣制と違い 、韓国は大 統領制であ り、ト ッ プ ダウンの意 思決定がそ のまま政策 に反映され る。根回し 、閣内 一 致 、与野党の 調整などが 必要な日本 の政治とは 、意思決定 メカニ ズ ム が全く違っ ている。韓 国の大統領 は、野党や 業界団体が 反対し て も 世論が支持 すればゴー サインを出 せる。国民 が大統領を 直接選 ん でいる結果である。 日 本 で は 、 国 民 の 過 半 数 あ る い は ほ と ん ど の 消 費 者 が 賛 成 し て も 、農業団体 が反対すれ ば特定の政 策に拒否権 を発動でき る。拒 否 権 が発動でき ることは良 い面もある が、改革を 進めて行く 上では 足 か せになる。 経済が右肩 上がりで安 定的に推移 していた時 代は別 に し て、思い切 った改革が 必要な時に は、全員一 致が原則と いう意 思 決定構造は欠陥を露呈する。 また、農業 自体の構造 が日本と韓 国で異なる 。特にコメ の比重 が 決 定的に違う 。韓国では いわばコメ 問題が農業 問題であり 、コメ を 外 せば、農業 問題は回避 できる。韓 国はそのコ メを外すこ とに成 功 し 、農業問題 をほぼクリ アできた。 韓国はコメ だけで農産 物生産 額 の 35%を占めるが、日本は 2 割程度に過ぎない。しかも韓国では兼 業 農家が少な い。日本は 兼業農家が 多く、農家 所得をあま り考え な く ても良い環 境にある。 逆に言えば 、日本には 農業問題は あるも の の 、農家の所 得問題はす でに解決し ている。つ まり農業所 得は農 家 所得の 10%程度、高くても 15%程度に過ぎず、農業を守る時に農家 を 守る必要は ない。兼業 農家の多い 日本は、本 来ならもっ と政策 の 自由度が高くても良いはずである。 韓国ではコ メを除外す るとともに 、他の品目 では補償な どの個 別 対 応を通じて 農民を説得 できるのに 対して、日 本ではそれ が政治 的 に 困難である 。日本の農 政に多大な 影響力をも つ農協(農 業協同 組
合)は総合農協(JA)としてありとあらゆる農産物を扱っており、 地 域や農産物 によって重 要性に差を つけること はできない 。コメ は 守 るけれども 、牛肉や酪 農は守らな いとは言え ないのであ る。し か も、JA は全国津々浦々の農家が所属する全国組織であり、地域や農 産 品によって 取り扱いを 差別するわ けにはいか ない。農協 は重要 品 目として何かを残して何かを切る政策には賛成できないのである9。 その意味で は、小沢元 民主党代表 が農協抜き で農家に直 接戸別 所 得 補償する政 策も、選挙 票の獲得戦 略としては 、実に的を 射たも の で あった。従 来農協は自 民党の支持 基盤であり 、多くの補 助金は 農 協 を経由して 配分される ことが多か った。しか し、農家に とって は 農 協から受取 ろうが直接 政府からも らおうが、 補償金が現 金で入 っ て くることに 変わりがな い。それを 見越した民 主党は、戸 別所得 補 償 を農協を通 さずに直接 農家に支払 うことを約 束した。こ のよう な 民 主党の農協 潰しの農家 保護戦略が 功を奏して 、政権交代 を果た し た のである。 ただし、長 期的な視点 が全く欠け ていたこと から、 農 家 は将来の営 農に不安を 抱えるよう になり、今 日では必ず しも民 主 党を支持しているわけではない。 もう一点、韓国の対米FTA で学ぶべきことは、今回の震災対応で も 言えるが、 トップダウ ンで政策を 実行するに はそれを進 める体 制 つ くりが重要 で、下部組 織に問題を 投げては絶 対にだめで ある。 韓 国では大統領直属の民間人8 人と政府委員 6 人+委員長の 15 人から なる韓米FTA 締結支援委員会を設置、外交通商部主導の交渉団、国 内調整の締結支援団、補償対策のタスクフォースの 3 本建て体制で
9 農協の組織と問題点については、神門善久『日本の食と農-危機の本質』(NTT 出 版、2006 年)に詳しい。また、山下一仁『農協の大罪』(宝島社、2009 年)および 同『農協の陰謀』(宝島社、2011 年)も参照されたい。
FTA 交渉に臨んだ。 菅首相はTPP 参加の意向があるならば、その体制に相応しい組織 を 立ち上げ、 人材を集め るべきであ った。確か に農業では 食と農 林 漁 業の再生実 現会議を設 置したが、 中身は農水 省主導で従 来の審 議 会 と全く同じ である。メ ンバーも全 国農業協同 組合中央会 (全中 ) 会 長や、財界 人や文化人 、芸能人な どから幅広 く選出され ている 。 全 方位的とい えば聞こえ が良いが、 こうした人 選では改革 的な意 見 集約など期待できない。 結局、官主導で TPP に消極的な農水省の素案が通ってしまう。審 議 会も答申は 原則全員一 致の形をと るので、拒 否権が行使 できる 。 会議の中で「TPP 参加に向けてこのような改革を進めよう」と提案 し ても、委員 の一部が強 行に反対だ として拒否 してしまえ ば、前 に は進めない。日本の審議会の限界がここにある。 望ましいのは、TPP の参加可能性とその影響を客観的に検討でき る第三者を含め、TPP に前向きな人員を中心に委員会を組織し、利 害 関係者から はヒアリン グなどで十 分に意見を 聞き、徹底 した議 論 を積み上げて判断を下すことである。それを韓国は実質的に行った。 韓国はFTA 農業対策として、①2004 年の韓米 FTA 以前に 10 年間 で 119 兆ウォン(9 兆円)の農業投融資計画、②2008 年に韓米 FTA 対策として10 年間で 20 兆 4000 億ウォン(1 兆 5000 億円)の追加(発 効後)、③所得補填(85%、7 年)、廃棄支援(5 年)、④営農大型化 の支援、参入規制の緩和、⑤農産物のブランド化、専業農家20 万戸 育 成、 ⑥コメ 農家 の規模 拡大 、世代 交代 の促進―などの財政支出を している。 日本のTPP 反対派は、韓米 FTA で韓国農業がだめになったと主張 し ている。韓 国の農家数 がどんどん 減っている ことを指し てのこ と だが、農家数の減少それ自体は決して悪いことではない。韓米 FTA
は まだ発効さ れておらず 、米国から の農産物輸 入が急増し て農家 数 が 減少したわ けではない 。将来を見 越して農家 が自己判断 した結 果 である。 3 根拠のない農水省試算 日本のTPP 論議で問題とされるのが、日本農業が壊滅するという 見 方の根拠と なっている 農水省試算 である。そ れによると 関税撤 廃 の結果、農業は全国で4 兆 1,000 億円の生産減になるとしているが、 これはTPP 参加予定国だけでなく、あらゆる国からのあらゆる農産 物 の関税を撤 廃したとき を前提にし た試算であ る。しかし 、なぜ か TPP 反対の論拠として使われている。 農水省は農業生産額が4 兆 1,000 億円減少するとしているが、総農 業生産額が8 兆 1,000 億円程度なので、逆に言えば完全に市場開放し ても、4 兆円の農業は残ることになる。つまり関税などで保護されて い ない、すで にグローバ ル化対応が 出来ている 農業が半分 を占め て いることになる。これらの部門は、オランダ型農業と言っているが、 果 樹、野菜、 花卉、一部 の畜産など である。問 題はコメで あるが 、 コメ以外では、1000ha で 1000 頭規模のメガファーム、ギガファーム と称する酪農家や、100ha 規模の畑作農家―など、経営的に成功して いる農家が続々と出てきている。 コメについ ては、関税 が撤廃され れば国内産 のコメは、 農水省 の 試算では新潟産コシヒカリなど1 割しか残らず、9 割のコメが壊滅す る としている 。しかし、 本当にそう であろうか 。農水省は コメが 自 由化されれば、国内消費量800 万トン超の内、700 万トン超が国内米 価格の4 分の 1 以下である 57 円/kg の輸入米で占められると試算し ている。しかし、この試算根拠となっている輸入米57 円/kg は、中 国産米の過去最も安い時の価格であり、現在の中国産米は 150 円~
160 円/kg 程度である。とても 57 円/kg では輸入できない。 しかも、中国は TPP に参加予定はなく、TPP の影響試算では対象 外とすべきである。TPP 参加国でのコメ輸出は米国と豪州となるが 10、豪州はジャポニカ米の輸出余力はなく、TPP で日本へのコメ輸出 が増加すると見られるのは米国である。 試算ではその米国から 400 万トンのコメが輸入されると想定して い るが、それ はほとんど 不可能な数 字である。 米国のコメ 生産量 は 約1000 万トンで、そのうち 400 万トンが輸出されている。その全て を 日本に 輸出 するこ とに なるが 、400 万トンの輸出の大半は長粒種 で、日本人が食べるジャポニカ米は、30 万トン程度に過ぎない。日 本 市場向けに 増産をと言 っても、ジ ャポニカ米 が作れるの は、カ リ フォルニア州の一部に限られており、増やせても70 万トンから 100 万トン程度であろう。日本に 400 万トンのコメを輸出することは極 めて困難である。このように、たとえ輸入しようとしても、700 万ト ン級のジャポニカ米など世界のどこにもない。 また、1993 年に日本で起きたコメ大不作時にタイ米を 260 万トン も 緊急輸入し たものの、 多くは消費 されなかっ た事実を思 い起こ す べ きである。 数量さえ満 たせば品質 や食味はど うでもいい とする 農 水 省の食糧行 政がここに ある。日本 人の食生活 や食習慣を 無視し て 行 われたコメ 輸入の反省 が全く活か されていな い試算とい わざる を 得ない11。 さらに、たとえ 700 万トンのコメを日本が輸入できたとしても、
10 TPP 参加予定のベトナムは有数のコメ輸出国であるが、長粒種が主でありまた品質的 に劣るため当面は日本への輸出を想定する必要はない。 11 農水省の試算については、山下一仁「自由貿易が日本農業を救う-『TPP で農業は壊 滅』しない」『農業と経済―急浮上する TPP で日本農業はどうなる?』臨時増刊号 (2011 年 5 月)でも批判されている。
世界のコメ貿易市場の規模は2500 万トン程度であるから、700 万ト ン の需要が出 てくれば価 格は急騰す る。これら の現実を全 く無視 し て、ひたすら57 円/kg で 700 万トンのコメを輸入するとした農水省 の 試算は、国 内コメ生産 が崩壊する という結論 を導くため の想定 、 それも間違った想定にすぎない。 このように、TPP 反対派の農水省や農協が主張する日本農業の壊 滅 は根拠のな いものであ る。生産減 少額は、よ く解釈して も、あ る 日 突然関税が 全て撤廃さ れたその日 に売れ残る 国産品の額 に過ぎ な い 。日本の農 業生産者は 翌日から対 策を講じる であろう。 コスト ダ ウ ンで低価格 に挑戦する か、品質改 善で差別化 を図るか、 加工サ ー ビ スで付加価 値を図るか 、または農 業から撤退 するか。売 れ残っ た 額 が そ の ま ま 生 産 減 と な る わ け で は な い 。 市 場 経 済 が 機 能 す る 限 り、調整が行われるのである。 日 本 で 今 水 田 を 用 い て 農 業 を 営 ん で い る 農 家 は 約 140 万 戸 で あ る 。減反政策 等により、 コメだけで なく、麦や 大豆、野菜 なども つ くっているが、その水田農家のうち 1 ヘクタール未満の農家が 7 割 を占め、年間の農業所得はわずか 3 万 6 千円に過ぎない。さらに水 田農家の4 割は 0.5ha 未満の経営面積しか持たず、農業所得は 10 万 5000 円の赤字となっている。しかし、彼らの総所得(農家所得)は 450 万円に上る。 赤字にもか かわらず、 なぜ彼らは 営農を続け ているのか 。それ は 農 業を続けて いることに メリットが あるからで ある。固定 資産税 や 相 続税などで 優遇税制が 適用され、 また、一応 規制はある ものの 、 農業以外の目的で農地の転用が出来れば、農地価格の 30 倍や 40 倍 で 売却が可能 となる。こ のような問 題を解決し ない限り、 農業の 規 模 拡大は進む はずがない 。農地保有 コストの上 昇も含めた 農地制 度 改革の実施が求められている。
五 日本農業の再生に向けて-むすびにかえて-
これまでの 議論を総括 しながら、 最後に日本 農業の再生 に向け た 政 策をまとめ てみる。東 日本大震災 からの復興 と共通する が、地 元 の 意見・アイ デアを活か し、地域の 取組みをサ ポートする システ ム が 必要である 。言い換え れば、これ までのよう な全国一律 の「霞 ヶ 関 平均値農政 」から脱却 し、農政に おいても地 方分権を進 めるこ と である。 日 本 の 政 治 に お い て は 、 韓 国 の よ う に 官 邸 の リ ー ダ ー シ ッ プ の 下 、トップダ ウンで改革 を行うこと は困難であ る。全国的 な制度 改 革 を行おうと すれば、多 くの抵抗に 遭いモデレ ートな改革 案か何 も し ないことが 選択されて しまう。日 本において は、むしろ 改革を 求 め る人々や地 域にそれを 例外的に任 せる方が改 革につなが る。改 革 の意欲のある人々、地域に彼らの行いたい方策を認めるのである。 そのための 手段の一つ が大型特区 を活用し、 自由な農業 の展開 を 認 めることで ある。これ は農業と農 業外の異業 種企業との コラボ レ ー ションの機 会を増やす ことにもな る。特に、 農地を農地 として 利 用する限りにおいて、企業の農地取得を認める特区があってもいい。 こうした取 組みによっ て、国内各 地で比較優 位の追求が 始まり 、 地 元の資源を 活かした農 業とその関 連産業の構 築が可能と なる。 そ の ためには農 業と地域活 性化のコア となるリー ダーの育成 が必要 で あ ろ う 。 リ ー ダ ー の 育 成 に は 若 手 農 業 者 を 異 業 種 企 業 に 派 遣 し た り 、海外で商 社活動を学 習させたり することも 有効と思わ れる。 こ れ らの活動を 通じて、日 本の農産物 は世界市場 をターゲッ トにし た 戦 略が組みや すくなり、 コメをはじ め多くの農 産物が輸出 産業化 す る道が拓かれていく。 中央政府の 農業政策は 農地の総量 規制や食料 安全保障と いった マク ロ経済的政 策を中心に 行えばいい 。いつまで も平均値に 合わせ て 一 律農政を押 し付けるの ではなく、 地方の活力 を引き出す 農政で な ければならない。一方、重要な国益にかかわる農政の決定において、 拒 否権が発動 できるよう な意思決定 の仕組みを 改めなけれ ばなら な い。 農協は北海 道から沖縄 まで全てを 束ねている ゆえに組織 として 護 送 船団方式に ならざるを 得ない面も あるが、そ れが大規模 農家を は じめ有能な農家の農協離れを引き起こしている。JA バンクや JA 共 済 の利用者は 農家以外の 準組合員が 多くなって おり、農協 自体が 変 質 してしまっ ている。農 協も全国組 織が全体を 統括するシ ステム で は なく、個々 の地域農協 が自立性を 高め、地域 のニーズに 合った 経 営展開をすべきであろう。 TPP 問題を契機に農業が国民的な関心をもって議論検討されるこ とはよいことである。TPP の賛成派はもとより反対派でも日本農業 が 現状でよし とする論者 はほとんど いない。な らば、これ からの 日 本 農業をどう するのか。 これはとり もなおさず 日本経済を どうす る か という問題 でもある。 経済全体の 足かせにな るのなら、 日本に 農 業 はいらない 、という論 調が蔓延す る前に、日 本農業は自 立の処 方 箋を早急に用意しなければならない。 (寄稿:2011 年 8 月 15 日、採用:2011 年 9 月 20 日)
東日本大地震與泛太平洋夥伴協定及
日本農業的革新
本 間 正 義
(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)【摘要】
自從菅總理在 2010 年 10 月表明了對 TPP(Trans-Pacific Partnership) 的關心,在日本輿論界熱烈掀起是否贊同TPP 的論述。因為 2011 年 3 月11 日的東日本大地震,TPP 的相關討論看來似乎暫時中斷了,但是 從 震災中再起 ,不只是對 東日本,也 應該考慮日 本全體經濟 復興的 對 策,而這問題正應該與TPP 的討論一併觀之。關於農業方面也是如此, 復 興計畫所檢 討的農地大 區域化與農 地整理,也 是克服日本 農業的 零 碎規模以及加入TPP 的對策。本文首先檢討東日本農業復興的狀況, 其改革手法在日本對外的農業政策上也同樣有效,尤其是TPP。接著, 對日本而言,加入TPP 具有什麼樣的意義,探尋 TPP 的本質為何,然 後 檢 視 韓 國 在 達 到 美 韓 自 由 貿 易 協 定 (FTA)的協議之過程中,是如 何 處理農業問 題的,討論 日本是否可 能採取同樣 的對應。最 後,檢 討 日本農業在全球化中生存的方法。 關 鍵字 :東日 本大 震災、TPP(泛太平洋夥伴協定)、FTA(自由貿易 協定)、日本農業、韓國農業East Japan Great Disaster, TPP Issues, and
Reformation of Japanese Agriculture
Masayoshi Honma
Professor, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, the University of Tokyo
【
Abstract】
Since Prime Minister (then) Kan expressed his interest in TPP (Trans-Pacific Partnership) in October 2010, heated debates on the pros and cons of this have been ignited. The TPP debates are now somewhat refrained due to the East Japan Great Disaster, that happened on March 11, 2011. However, the recovery plan from the disaster targets not only East Japan but also at the Japanese economy as a whole, meaning TPP should be integrated into discussions. The same applies to agriculture. Agricultural reforms, such as enlargement of operation size and land assembly, under the recovery plan are strategies to overcome the current lack of scale in Japanese agriculture as well as participation in TPP. This paper first examines the measures for recovery in agriculture from the disaster and justifies how they are also useful measures for foreign agricultural policy, in particular, the TPP. Then, this paper discusses the meanings and essence of joining the TPP, in comparison with Korea’s experience in their FTA signature with the U. S. Finally, the study examines the methods of survival of Japanese agriculture under the scope of globalization.
Keywords: East Japan Great Disaster, TPP (Trans-Pacific Partnership), FTA (Free Trade Agreement), Japanese Agriculture, Korean Agriculture
〈参考文献〉 木村福成「環太平洋連携協定(TPP)とは何か」『経済セミナー』2011 年 6・7 月号(2011 年5 月)。 神門善久『日本の食と農-危機の本質』(NTT 出版、2006 年)。 寺田貴「米国とAPEC の 20 年」浦田秀次郎・日本経済研究センター編『アジア太平洋 巨大市場戦略』(日本経済新聞社、2009 年)。 福田慎一「経済論壇から TPP 参加で閉塞感打破を」『日本経済新聞』2010 年 11 月 28 日。 本間正義「経済教室 世界に通用する農業へ㊤ 農地集約、住宅地と一体で」『日本経 済新聞』2011 年 6 月 8 日。 ______『現代日本農業の政策過程』(慶應義塾大学出版会、2010 年)。 山下一仁「自由貿易が日本農業を救う-「TPP で農業は壊滅」しない」『農業と経済―急 浮上するTPP で日本農業はどうなる?』臨時増刊号(2011 年 5 月)。 ______『農協の陰謀』(宝島社、2011 年)。 ______『農協の大罪』(宝島社、2009 年)。