中国の政治改革と政治・社会の関係
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坪 田 敏 孝
(財団法人未来工学研究所前主任研究員)【要約】
中国では、2002 年の党大会で、三つの代表重要思想を実施する上 で、理論のイノベーションを通じて、制度のイノベーションを推進 することが定められた。同時に社会管理、公共サービスが政府の新 たな職能とされ、関連の「公共政策」、社会政策が推進され、政治と 社会の関係、社会制度に変化が生じることとなった。具体的には、 社会管理において社会組織と当局の協調関係が模索され始め、行政 面において公共サービスの充実化などサービス型政府の建設が推進 され始めた。2007 年には、国家目標として、21 世紀中ころまでに、 富裕民主文明和諧の社会主義現代化国家を建設することが定められ た。現在、中国では、財政支出や公民の政治参加など、今後の「部 分的福祉国家化」を示唆する政治改革が推進されている。 キーワード:政治と社会、「三つの代表」重要思想、イノベーション、 ニュー・パブリック・マネージメント、公平と正義1 本文の内容は、筆者個人の見解をまとめたものである。
一 はじめに
本稿は、2002 年に開催された中国共産党第 16 回党大会以来の中国 における政治改革、特に政治と社会の変化について分析する。分析 材料としては、政治、行政側から社会へのアプローチとなる財政措 置を含む諸政策が主になる。構成としてまず、党大会で採択された 党規約に明記された「三つの代表」重要思想と政治制度の変化改革 との因果関係について指摘する。次に、変化改革される政治制度に ついては、特に社会政策を主とした「公共政策」を取り上げる。こ うした政策実行の背景、過程において生じる政治、行政側の変容に ついて、整理分析し、最後に今後の政治改革の方向と、政治と社会 との関係を展望予測する2。二 「三つの代表」思想とイノベーション
2002 年 11 月の中国共産党の第 16 回大会で採択された政治報告(以 下、「02 年報告」)は、江沢民総書記が 2000 年に提起した、「党は、 中国の先進社会生産力の発展要求、中国の先進文化の前進方向、中 国の最も広大な人民の根本利益を終始代表する」とされた「三つの 代表」重要思想を全面貫徹することが明記され、同思想を貫徹する 上で、①マルクス主義理論発展の新境界を開拓する、②現代化建設 の新局面を創る、③一切の積極要素を最も広範、充分に動員する、 ④改革精神を以て党の建設を推進する、という 4 つの内容が必須と された。これは、「三つの代表」思想が現実の政策を実行する上での2 社会側の行政に対する個々の動きは、各事例を挙げても、それを以て社会全体の動 きとすることはできないので、本文では取り上げない。本文でとらえる社会は、地 理的領域としてより限定された範囲で、かつ、さまざまな動態を示す概念である。
根拠となることを示したものである。4 つの内容の中の第一の内容で は、「創新(イノベーション)は、民族が進歩する霊魂であり、国家 の興隆発達の止まざる動力である。政党の永久生気の源泉でもある。 (略)実践を基礎とした理論のイノベーションは、社会発展と変革 の先導であり、理論のイノベーションを通じて制度(institutions)、 科学技術、文化、その他のイノベーションを推進する。(略)これが 長期に堅持する党の統治、国の統治の方法である」と述べられ、イ ノベーションの実際の政策への効用を重視していることが示された 3。 理論と制度のイノベーション イノベーションとは、経済学者のシュンペーターによって、社会 科学において用いられた概念である。経営学者、社会学者であるド ラッカーは、イノベーションについて、「資源に対し、富を創造する 新たな能力を付与するものである。資源を真の資源たらしめるもの」 と説明している4。つまり、資源に、新たな効果産出の能力を与える ことと理解できる。本稿では、ここで言明されている、「理論のイノ ベーション」とは、マルクス主義の仮説、あるいは見解に、新たな 価値、あるいは解釈を付与することで、従来とは異なる実際の効果 を得ようとすることを指すと理解する。 16 回党大会以後、経済の領域の理論のイノベーションに関しては、 2003 年 10 月に開催された 16 期中央委員会第 3 回全体会議(3 中全 会)で採択された決定文書で現れた。国有資産管理委員会の李毅副
3 「全面建設小康社會、開創中國特色社會主義事業新局面」『人民日報』2002 年 11 月 18 日、第一~第四版。 4 ピーターF. ドラッカー『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社、1985 年)、 47 ページ。
主任は、「同決定には、五つ(都市と農村の発展、区域間の発展、経 済と社会の発展、人と自然の和諧(調和)発展、国内発展と対外開 放)の統一協調(科学的発展観を指す)を初めて強調するなど、理 論のイノベーションがあった」と指摘している5。次章では、政治の 領域における理論と制度において、「三つの代表思想」の提出後、ど のようなイノベーションが行われたか、を分析する。
三 政治のイノベーション
「02 年政治報告」では、新たに提起された理論の対象としては、 第一に、第五章の政治建設の部分での「社会主義民主の発展」があ る。報告では、「社会主義民主政治の発展には、党の領導、人民が主 人になる、法に依る国の統治、を有機的に統一することが最も根本 である」と述べられた。つまり、「民主政治」には、すべての過程局 面で、共産党の領導が必ず存在するという原則的理論の表明でもあ る。次に、党と議会、政府などとの関係について、「党の領導方式と 執政方式の改革、完全化」が求められた。「党が全局を総覧して、各 方を協調する」原則があらためて確認された。同原則は、中国特色 の社会主義国家における「党による政治統合」の方式を示したもの と理解される6。 さらに、第十章の「党の建設」の部分で、「党内民主は、人民民主 に対し、重要な模範と影響を与える作用がある」とされた。「党員の5 「權威人士解讀、『完善社會主義市場經濟體制的決定』」新華網、2003 年 10 月 21 日、 http://news.xinhuanet.com/newscenter/2003-10/21/content_1135454.htm。 6 「党による政治統合」(中国語で「以黨統政」)は、社会科学院政治学研究所の陳紅 太の使用語である。具体的には、第一に、重要問題における各級党委員会の決定権 の明確化、第二は、党政機関の合一措置、がある。陳紅太『中國政府體系與政治』(河 南:河南人民出版社、2005 年)、頁 175~183。
民主権利保障を基礎として、党の代表大会制度と党委員会制度の完 全化を重点とし、党員と党組織の意思を健全に十分に反映する党内 民主制度を確立する」と述べられた。このことは、党内の民主化を 人民民主の関連措置に先駆けて行う方針を示したものと理解される。 これに加えて、報告の第四章の「経済建設と経済体制改革」では、 「政府の社会管理(social management)、公共サービスの職能を改善 する」と述べられ、社会管理、公共サービスという用語が初めて用 いられた。「社会管理」の概念の提起は、「社会」という領域そのも の、領域全体を、政治、行政の主要な業務対象として、正式に認め た こ と を 意 味 す る7。 つ ま り 、 経 済 シ ス テ ム 以 外 の 領 域 で の 、 政 治 、 行政の役割評価の成分が、管理の対象として増大していることを認 識 し て い る こ と を 示 す も の で あ る 。「 社 会 管 理 と 公 共 サ ー ビ ス に お ける政府の職能の改善」は、「政治、行政と社会との関係」に関する ものである。以下、この政治と社会との関係における制度のイノベ ーションの変化の過程を考察する。 マルクス主義と市民社会 こうした社会管理業務への言及は、中国の政治思想と現実政治に おける大きな変化を現わすものである。マルクス主義の思想家の間 では、ある程度の自律性を有する市民社会という存在についてのマ ルクスの考え方に対する解釈の一つは、マルクスは、「市民社会の発 展は、個人利益が発展し、階級利益となることで、これは政治国家 と 同 じ で 、 社 会 が 階 級 に 分 裂 す る 産 物 で あ る 」 と 指 摘 さ れ て い る8。
7 日本では、市民社会の管理、運営については、ソーシャル・ガバナンスという用語 が使用されている。神野直彦「ソーシャル・ガバナンス 新しい分権・市民社会の 構図」『ソーシャルガバナンス』(東洋経済新報社、2004 年)、40~56 ページ。 8 兪可平「馬克思的市民社會理論及其歴史地位」『中國社會科學』第 4 期(1993 年)。
また、「政治革命は市民社会の政治的性質を揚棄する」とも指摘して いる9。階級が消失した共産主義社会には、市民社会も存在しないの で、マルクス主義者は、階級の消滅と同様に、国家と市民社会の消 滅に奮闘すべきであるというものがある10。 こうした市民社会の興隆、存在を否定する考え方を導きうるマル クスの言説に対して、中国において新たな解釈を与えた一人として、 兪可平・中共中央編譯局副局長が挙げられる。同人は、1993 年(当 時、同局当代研究所副所長)に、マルクスの市民社会への理解とし て、「国家と市民社会は、表面上は分離対立しているが、実質上は統 一している。政治国家は市民社会の正式な表現であり、政治国家は、 市民社会を基礎とした上部構造である」と論じた11。 当局のマルクス主義理論の新たな解釈として、胡錦濤・総書記は、 2003 年 7 月、三つの代表の「第二の代表」である「中国の先進文化 の前進方向を終始代表する」について、「物質生活と精神生活、社会 存在と社会意識のマルクス主義の弁証関係に対する、この基本原理 の運用と解明である」と指摘した12。マルクスは、「人間の社会的存 在が人間の社会意識を規定する」13としていたが、三つの代表は、社
同人著作の『民主與陀螺』(北京:北京大学出版社、2006 年)に掲載。「社会の階級 分裂」は、ドイツ・イデオロギーで述べられた。マルクス、エンゲルス『ドイツ・ イデオロギー』(岩波書店、2002 年)、171~172 ページなど。 9 カール・マルクス「ユダヤ人問題によせて」『マルクス・エンゲルス全集』第 1 巻、 (大月書店、1991 年)、405 ページ。 10 兪可平、前掲論文。 11 兪可平、前掲論文。 12 「在『三個代表』重要思想領理論研討會上的講話」『人民日報』2003 年 7 月 2 日、第 一版。 13 カール・マルクス「経済学批判」『マルクス・エンゲルス全集』第 13 巻、(大月書店、 1991 年)、6 ページ。
会意識が社会存在を規定する論理を提出したとしている。社会(物 質の生産手段と方式)が人の意識を決めると同時に、人の意識(社 会生活の精神)も社会を決める。人の社会意識には、相対的独立性 がある。ここに、社会意識を改変することで、社会存在をより改善 させることができるという方法論が導き出される。理論のイノベー ションによって、論理的には、政治、社会制度のイノベーションが 推進されることになる。
四 社会制度のイノベーション―社会体制改革、和諧
社会の建設
本章では、社会制度のイノベーションと、これによって推進され る政策について分析する。「02 年報告」で政府の職能として、社会の 管理、公共サービスが加えられたことは、その後のその実践により、 「新たな制度」が確立される可能性を生じた。また、理論として重 要なことは、政治報告が、「2020 年までの小康(ややゆとりのある) 社会の全面建設」を掲げ、これまで生活水準の概念とされていた「小 康」の範囲を、社会まで広げたことがある14。つまり、中国の国家目 標である、21 世紀中ころに建設されるとする「社会主義現代化国家」 の内実に、新たな価値概念を追加付与する必要、どのような社会を つくるのかという問題が生じた。 2004 年 9 月の 4 中全会で採択された「党の執政能力建設を強化す る決定」では、社会関連の政策は、「社会主義和諧社会の建設」に関 する方針、政策として、独立した章として扱われた15。2005 年 10 月、14 「中國本世紀的目標是實現小康」『鄧小平文選』第二卷、(北京:人民出版社、1993 年)、237~238 ページ。 15 「中共中央關於加強黨的執政能力建設的決定」『人民日報』2004 年 9 月 27 日、第一 版。
5 中全会で採択した「国民経済と社会発展の第 11 次 5 か年計画制定 の建議」(以下、「11 次 5 か年計画」)では、第 10 編を「社会主義和 諧社会の建設を推進する」と題して、同編の中で「社会管理体制を 改善する」という一章を盛り込んでいる。2006 年 10 月の 6 中全会で は 、「 社 会 主 義 和 諧 社 会 を 構 築 す る こ と に 関 す る 若 干 の 重 大 問 題 に 関する決定」(以下「和諧社会建設の決定」)が採択されている。同 決定では、「社会発展の要求に適応し、経済体制、政治体制、文化 体制、社会体制の改革とイノベーションを推進する」と述べられ、 初めて「社会体制改革」(social restructuring)という用語が用いら れた。 同決定によって、21 世紀中ころに、社会主義現代化国家を建設す るという内容について修正が加えられた。これまでは、「富強、民主、 文明の社会主義現代化国家」とされてきたが、2007 年 10 月、第 17 回党大会で改正された党規約では、この後、「和諧」が加わり、「富 強民主文明和諧」とされ、また、「中国特色の社会主義事業の総体配 置にしたがい、経済建設、政治建設、文化建設、社会建設を全面推 進する」との内容が明記された16。
五 「公共政策」―社会管理と公共サービス
本章では、社会制度建設における政策措置として、社会管理と公 共サービスに関する政策を考察する。両者は、「公共政策」の中心成 分であり、両政策の遂行によって、行政の政策措置として「公共政 策」と呼称されうる領域と実体が誕生したと言える。16 「中國共産黨章程」総綱を参照、新華網、http://news.xinhuanet.com/ziliao/2002-11/18/ content_633225.htm。
社会管理 社会管理に関しては、2004 年 9 月の 4 中全会の上記「決定」で、 「社会管理体制のイノベーション」を推進することが定められ17、今 後、社会管理システムと政策法規を改善し、社会管理資源を統合す るとされた。そして、党政府と社会との関係に関して、「党委員会が 領導し、政府が責任を負い、社会が協同し、公衆が参与する社会管 理構造を確立する。協会(アソシエーション)、産業組織、仲介組織 が提供するサービス、反映するニーズ、諸行為を規範するという役 割を発揮させ、社会管理と社会サービスの合同力を形成する」とし ている。この内容は、「新時期の党の民間組織に対する領導と管理の 根本方針」を示したものとされている18。同決定では、協会、産業組 織、仲介組織などの組織については、「社会組織」という用語が使用 され、管理、監督の対象とする一方で、上述のとおり、社会組織の 役割を認め、社会管理とサービスにおける当局のパートナーとして 認めている19。 一般に、市民社会組織では、住民型組織(地域コミュニティ)と 市民型組織(市民活動組織)がある。社会管理の行為に、これらの 組織が関わる際、特に後者では、地方政府との間で、「緊張、競合、 協働」の三つの形態の過程をとることが多い、とされるが20、中国当
17 注 15、前掲紙、第一版。 18 祝霊君『一致與衝突 政黨與群眾關係的再思考』(北京:人民出版社、2006 年)、頁 285。 19 社会組織には、概念として、非政府組織(NGO)、非営利団体(NPO)、第三セクタ ー機関、民間組織などを含むものもある。民政部によると、2009 年の第三四半期の 時点で、社会団体が22.8 万、非企業民間単位が 18.3 万、基金会は 1692、とされてい る。「民政事業統計」民政部、http://files.mca.gov.cn/cws/200911/20091102104844314.htm。 20 山岡義典「市民活動団体の役割と課題」『ソーシャルガバナンス』(東洋経済新報社、 2004 年)、204~215 ページ。
局は、目指すべき社会組織との関係を「協働」と位置付けているよ うである。2008 年 2 月の 17 期 2 中全会の決定では、「公民と社会組 織の社会公共事務における役割をよりよく発揮させ、より有効に公 共サービス品を提供する」ことを定めている21。 当局が目指す社会管理システムに関しては、新華社が、2006 年 1 月に配信した解説文章によると22、「基層党組織の戦闘保塁の役割を 十分に発揮させ、社会活動を積極的に組織し、これに参与し、各項 サービス業務に努力し、社会統合を有効に実現し、和諧社区(コミ ュニティ)、和諧村鎮建設を積極推進し、社会サービスのネットワ ーク化の形成を促進する」などとして、基層党組織の社会管理にお ける役割、政策方針を初めて明確に示した。この基層党組織の役割 は、上述した「和諧社会建設の決定」や、2007 年の 17 回党大会で採 択された政治報告(以下、「07 年報告」)に明文化されている23。 「07 年報告」では、「公共政策」における執行者について、基層党 組織、社会組織の協働関係構築に加えて、既成の官製団体である、 工会、共産主義青年団、婦女聯合会など人民団体が、「社会管理、公 共サービスに参与し、群衆の合法権益を擁護する」ことも定められ ている。 「11 次 5 か年計画」では、「社会管理体制の改善」という章が設け られ、①基礎自治組織建設の強化、②民間組織の秩序ある発展の規 範誘導、③人民内部の矛盾(諸権利の調停保護問題など)の正確処 理、などの政策内容が確認された。2006 年 10 月「和諧社会建設の決
21 「關於深化行政管理體制改革的意見」『人民日報』2008 年 3 月 5 日、第一~第二版。 22 「解讀:加強社會建設和社會管理體系」新華網、2006 年 1 月 18 日、http://news. xinhuanet.com/politics/2006-01/18/content_4066784.htm。 23 「高舉中國特色社會主義偉大旗幟、為奪取全面建設小康社會新勝利而奮闘」『人民日 報』2007 年 10 月 25 日、第一~第四版。
定」では、「社会管理を改善し、社会安定秩序を保持する」という章 が設けられ、関連の政策方針が詳述された。その内容は、①サービ ス型政府を建設し、社会管理と公共サービスの職能を強化する、② 社区(コミュニティ)建設を推進し、基層のサービスと管理のネッ トワークを改善する、③社会組織を適切化し、社会へのサービスの 機能を増強する。④各方面の利益関係を統一協調し、社会矛盾を適 切に処理する、などである。 ここで注目したいのは、②の「コミュニティ建設」に関する内容 である。具体的には、都市、農村の双方ともに、官製の自治組織が 社会管理工作を行うとともに、コミュニティ内の単位、民間組織、 不動産管理会社、専門農協の積極的役割を発揮し、政府の行政管理 と社区の自己管理を有効につなぐとされたこと、である。①につい ては、村と都市のコミュニティでの官制自治組織の村民委員会、居 民委員会、そして、党組織としての村党支部、社区党支部が既にあ るが、党幹部の質の低さ、党支部と村民委員会(あるいは居民委員 会)の齟齬などが問題となっている24。②については、おおむね、官 製自治組織を含む社会組織は、党組織や共青団に比べて、内部アイ デンティティや業務参加の程度が高く、業務公開の透明度が高く、 汚職が少なく、民主的手続きを採るということが指摘されている。 また、既に多くの専業社団が政府のシンクタンクの役割を担ってお り、業務能力も歴年蓄積向上されている可能性が高いことが思料さ れる25。③については、「社会組織」の活動拡大は、党政府部門との
24 村における党支部と村民委員会の関係については、以下を参照。寇健文「關於農村 『兩委』關係的調査報告」『中國調査報告』(北京:社會科學文獻出版社、2003 年)、 頁109~121。 25 兪可平「中國公民社會興起及其對治理的意義」『中國社會科學季刊』秋季號(1999 年)。 同人著作の『民主與陀螺』(北京:北京大學出版社、2006 年)に掲載。
接触の機会増大の側面もある。社会組織は、その組織の性格から、 メンバーや活動の流動性が高く、組織内部の党組織建設や党員増加 が容易ではなく26、党の意向が十分に反映されにくいケースが少なく ないと思料される。 また、「和諧社会建設の決定」では、社会管理など社会領域の法 律完備の方針が定められた。その後、2007 年以降、「義務教育法」 (修正)、「労働契約法」、「就業促進法」、「労働争議庁態仲裁 法」、「社会保険法」などが全人代常務委員会で採択されている。 また、「社会救済法」については、2010 年の全人代常務委員会の立 法計画に盛り込まれた。 公共サービス 次に、上述した「政府の公共サービス27の職能改善」(「02 年政治 報 告 」) に つ い て 、 そ の 後 の 動 向 を 考 察 す る 。「11 次 5 か 年 計 画 」 (2006 年 3 月)では、公共サービスの重点工程として、社会救済、 社会福祉、公共衛生、社区(コミュニティ)サービス、災害予防、 安全生産緊急救護、重大事故隠性危険管理、国家災害応急救護、基 層の治安司法インフラ、が挙げられている。下表は、同計画におけ る公共サービス関連政策の2010 年達成目標である。
26 索延文「社會中介組織崛起與壯大:執政黨面臨的一個重大政治課題」(上)『中國調 査報告』(北京:社會科學文獻出版社、2003 年)、頁 19~22。 27 公共サービスとは、一般に、基礎(水、電気、ガス、交通、通信)、経済(科学技術 推進、情報提供、政策的金融)、社会(教育、医療衛生、社会保障、環境保護)、安 全(軍隊、警察、消防)などに類別できる。例外はあるが、基本的に地方の行政機 関が主管実施、あるいは、上級機関の主観業務を窓口として代行するもので、また 近年は、非行政機関(第三セクター、非営利団体など)と合同で行ったり、外部委 託しているものもある。
表 11 次 5 か年計画の公共サービスの 2010 年達成目標 類 別 指 標 2005 年 2010 年 成長量 属性 公共服務人民生活 国民平均義務教育年数(年) 都市基本養老保険加入者数(億人) 新型農村合作医療カバー率(%) 5 年間の都市新増就業(万人) 5 年移転農業労働力(万人) 都市登記失業率(%) 都市住民平均可処分所得(元) 農村住民平均純収入(元) 8.5 1.74 23.5 4.2 10493 3255 9 2.23 80 以上 5 13390 4150 [0.5 年] 5.1 [56.5% 以上] [4500] [4500] 5 5 所期性 拘束性 拘束性 所期性 所期性 所期性 所期性 所期性 (出典)「中華人民共和國國民經濟和社會發展第十一個五年規劃綱要」『人民日報』2006 年3 月 17 日、第一版。 また、「和諧社会建設の決定」(2006 年 10 月)では、中央から地方 への財政配分では、中西部への「交付金」が教育、衛生、文化など の公共サービス目的で比率が増加することになった。これらの措置 は、従来は、各地方によって、国民が享受する公共サービスに著し い「格差」が存在したためで、今後は、公共サービスの均等化が図 られることとなった。 同決定で、中央と地方の財政制度が変更され、県郷鎮などの地方 末端機関に財政が手厚く配分されることとなった。これまでは、中 央や省レベルがより多くの財政配分を受け、県、郷鎮など、地方末 端の行政機関に十分な財政移転がされない構造であった。他方、こ うした地方末端機関の公共サービスのニーズはますます増えるが、 予算は不足するという矛盾を解決する必要があった。県への行財政 権限集中は、郷鎮政府の主要な業務の一つであった、農業税の徴収 が 2005 年 12 月に廃止され、郷鎮政府の「存在理由」が低下してい
ることも思料される28。これまで、県と郷鎮の間では、各法律の職責 付与が不統一であったため、権限と責任の帰属が不透明な領域が少 なくなかった、また、県が人事権、評査権などを盾に、業務を郷鎮 に与える一方、郷鎮には行政管理権がないという情況もあったとさ れる29。 同決定によって、部分的に、県は地級行政機関を通じず、省から 直接、財政配分を受けることが可能になった。県の財政は確保され、 また、省は県の財政確保に責任を持つようになった30。また、同決定 では、中央から地方への財政配分では、中西部への「交付税」にお ける教育、衛生、文化などの公共サービス目的の科目比率が増加す ることになった。これらの措置は、従来は、各地方によって、国民 が享受する公共サービスに著しい「格差」が存在したためで、今後 は、公共サービスの均等化が図られることとなった。 同決定ではこのほか、民衆の便宜を図るとし、コミュニティの衛 生、家政、保安、養老幼児委託、食品配送、修理、廃品回収などの サービス業の加速発展が定められた。また、居民委員会、村民委員 会が、(地方基層)政府の公共サービスに協力支援を行うこと、コ ミュニティでの公共サービスを向上させるため、群衆性の自助、互 助サービスを展開し、サービス業を発展させること、が定められた。 戸籍管理に関して、都市と農村の統一登記制度を段階的に確立する
28 丁任重「省直管縣:財政體制機制的創新」『求是』2009 年 7 月 1 日號。 29 暴景昇『當代中國縣政改革研究』(天津:天津人民出版社、2007 年)、頁 174~183。 30 郷鎮政府の財政について、上級の県級政府は、郷鎮行政人員の人件費に少量の業務 費を加えた金額しか支給していないとの指摘がある。中共中央組織部黨建研究所課 題組「關於鄉鎮調控能力的調研報告」『新時期黨建工作熱點難點問題調査報告』(北 京:黨建讀物出版社、2007 年)、頁 132。
ことが定められた31。 農村に関しては、2003 年 10 月の 3 中全会の決定で、国家は、農村 における教育、衛生、文化などの公共事業支出を増加することが定 められた32。「11 次 5 か年計画」では、これに加えて、基礎インフ ラの投資が重点的に農業と農村に行われること、マイクロクレジッ トなどの金融資金の農村への投入が定められている。教育に関して は、財政における教育費を財政収入比率より高めることを保証し、 教育費をGDP 比 4%まで段階的に上げること、公共教育資源を農村、 中西部、貧困地区、民族地区、運営困窮学校、貧困家庭学生に傾斜 配分することを定めた。 このほか、地方の一例として、四川省の財政と公共サービス関連 予算の増減を確認する。2008 年の省予算(当初)は、1564.4 億元で あった。前年比8.4%増である。このうち、一般公共サービスは、304.72 億元(比率は19.47%)7.18%増、公共安全は、128.41 億元(8.2%) 9.09%増、教育は、278.58 億元(17.8%)13.47%増、社会保障と就 業は、170.31 億元(10.88%)9.05%増、医療衛生は、81.95 億元(5.23%) 9.06%増、数字の上からは、公共サービス全般、特に、教育、科学技 術、社会事業、農林水産などに傾斜配分されていることが確認され る33。 整理すると、社会制度として推進される「社会管理」については、 党、政府、社会組織、公衆のそれぞれの位置づけが確定し、社会管
31 中国では、戸籍が農業戸籍と非農業戸籍に分かれていたが、2007 年以降、河北など の十数省で、この両戸籍の統一(「居民戸口」と呼称)が行われている。 32 農村義務教育の主要責任を県級政府が負うと定めた「國務院辦公廳關於完善農村義 務教育管理體制的通知」が、2002 年 5 月 16 日に発布されている。 33 「今年財政支出予算向公共服務領域傾斜」『成都日報』成都市人民政府、2008 年 1 月 23 日、http://whq.chengdu.gov.cn/moban/detail.jsp?id=176138&ClassID=020301。
理システムの整備確立が進められた。必ずしも権能が十分でなかっ た政府は、社会組織との協働関係構築、法整備を推進している。社 会組織との協働は、「現物給付」としての公共サービス提供の担い手 を確保する意味もある。「公共サービス」については、行政(県級政 府)の予算を含む権能の整備、公共サービスへの予算傾斜配分(現 金給付)が進められた。公共サービスは、行政部門と地域住民とが 直接接触する業務が多く、業務の内容、方法に対する地域住民の評 価は、地方及び中央政府及び政権党への評価につながりやすい。行 政部門、特に地方政府機関は、公共サービスの実施進展にともない、 被サービス提供者である住民との関係が密接になり、また、政府の 職能がサービス重視に転換していくことになった。
六 政府の職能変化―サービス型政府へ
本章では、前章まで説明してきた「政治と社会の関係の変化」が、 政治、行政制度にもたらした影響を分析する。中国は、これまで、 経済建設を主要な国家目標に掲げ、市場経済システムの導入、外資 を大量に受け入れ、先進国、周辺国への輸出増加と、これとリンク する部分もある国内固定資産投資の増加などを通じて、経済を成長 させ、国民の収入を増加させることに成功してきた。しかし、市場 経済システムが深化すればするほど、政府の経済建設への関与役割 は低下していき、同建設への財政負担比率も減少していくことにな る。他方、国民は収入の増加とともに、納める税金も比率計算では 増えていく。収入が増えた住民も、単なる収入の増加、消費の質量 の向上にとどまらず、公共サービスの範疇である、生活条件と環境、 社会保障のレベルの向上を重視し始めた。 「和諧社会建設の決定」(2006 年 10 月)では、サービス型政府を 建設し、社会管理と公共サービスの職能を強化することが定められた。「07 年報告」では、第六章「社会主義民主政治を揺るぎなく発展 させる」で、「行政管理体制改革を加速して、サービス型政府を建設 する」ことが定められた。サービス型政府の提起の背景には、小康 社会の全面建設を目指す、社会管理と公共サービスの主体としての 政府が、全体的に影響力の増大した市民社会における社会各方の利 益を調整し、社会各方、特に広範な人民からの政治的支持を獲得す る必要があった。また、2000 年代以降の税収の大幅な増加なども、 その理由として挙げられる。 こうした行政の職能の転換を方法論として支えたのが、ニュー・ パブリック・マネージメント論(NPM 論、新行政管理学)であった とされる34。NPM 論は、1980 年代にニュージーランド、英国などで 行われた行政改革の背景となった理論枠組みであり、欧米や日本で も中央、地方行政の場面で広く実践された。中邨章氏は、NPM の特 徴として、①市場原理の導入、②競争原理の導入、③資源配分(ア ドミニストレーション)の行政から行政管理(マネージメント)へ (の転換)、④政策と実施の分断、⑤結果の重視(問責)、などを指 摘している35。NPM は、1970 年代に成長した福祉国家が、財政的困 難に陥り、非効率化した行政を刷新する上で考えられた理論である。 中国はこれまで、社会保障制度の不備など、必ずしも「福祉国家」 ではなかったが、財政の困難(特に下級政府)、行政の非効率化とい
34 中央編譯局比較政治経済研究センターの楊雪冬副主任は、「NPM 運動の出現は、公共 サービスの新状況下での変革を全面的に理解する上で啓発的意義があった。政府と 公民の関係を、「商家と顧客の関係」とみなし、政府のサービスの属性を強調した。 サービスの改善は、国家が求める正当性の重要な来源となった」と指摘している。 楊雪冬「新公共管理運動和新公共服務」『學習時報』中國選舉與治理網、第366 期(2006 年12 月 18 日)、http://www.chinaelections.org/newsinfo.asp?newsid=101067。 35 中邨章『自治体主権のシナリオ』(芦書房、2007 年)、66~71 ページ。
う問題に直面していたことは同様であった。何より、選挙で政権選 択が行われない中国では、政府の正当性、特に地方政府、基層政府 の正当性の来源は、実際の公共行政のパフォーマンスにほぼ限定さ れる。NPM は、「経営学から多くの道具的方法、パフォーマンスの マネージメント、評価、結果の重視などを借用した。このことは、 公共管理と私人管理の相互学習の可能性を示し、多くのアクターの 参与に有力な論拠を与えた」とされる36。ステークホルダー(利害関 係者)への説明責任、情報開示、管理責任などのコーポレート・ガ バナンスで重視される内容は、中国の行政でも重視されるようにな る。 「和諧社会建設の決定」では、公民の政治参加の拡大、国家事務、 経済と文化事業、社会事務の管理を保障することが定められ、政策 決定における民主化の推進、政務の公開の深化、「公民の知る、参加 する、表現する、監督する権利を保障する」ことが定められた。公 民へのこうした権限の保障は、サービス型政府を保障する役割を生 じせしめる措置でもある。サービス型政府は、政府の職能の一つと して、領域としては「民生」を、その評価としては住民の満足度を 重視するもので、従来の成長を唯一の指標とした経済建設、経済成 長の数字への偏った重視からの転換を意味した。国家統計局は、2006 年まで9 回、毎年、全国の県から、経済パフォーマンスのトップ 100 の県を「百強県」として、リストアップし、公表していたが、2007 年以降は中止された37。2004 年 7 月 1 日に施行された「行政許可法」 は、企業生産経営活動に対する行政機関、特に地方の行政機関の審
36 楊雪冬、前掲論文。 37 連玉明・武健忠主編『縣委書記縣長關注甚麼』 (北京:中國時代經濟出版社、2008 年)、 頁2~12。
査許可事項を大幅に減らし、直接関与と管理を減少させている。 NPM の包合する領域は、政府のサービス機能にとどまらない。2008 年2 月、党の 17 期 2 中全会で採択された文書では、政府の性質につ いて、サービス型政府という形容に加えて、責任政府、法治政府、 廉潔政府といった位置づけが示されている38。同文書では、中央と地 方政府の職責についてもより明確化された。中央政府の職責につい て、「経済社会事務のマクロ・コントロールを強化し、具体的な管理 事項を減少し、また、下部移管し、より多くの精力を戦略規画、政 策法規、標準規範の制定に置き、国家の法制、政令、市場の統一を 擁護する」とし、また、地方政府の職責について、「中央の方針政策 と国家の法律法規の有効実施を確保し、本地域の経済社会事務の統 一按配協調を強化し、行政と法の執行の監督管理の職責を強化し、 基層と群衆に対するサービスと管理をしっかりやり、市場秩序と社 会安定を擁護し、経済と社会事業発展を促進する」とされた。 整理すると、政府の職能は、社会制度改革を通じて、サービス型 政府へ転換した。また、責任政府、法治政府、廉潔政府といった位 置づけも加えられた。中央、地方の役割分担が明確化された。この ことは、次章で説明するように、行政体制にも改変をもたらすこと になる。また、公共サービスは、住民に均等に与えられることを前 提としている。こうした行政の社会公平性職能の運用の推進を経て、 所得の分配、社会保障など公平への政治措置が整備されるようにな る。
38 注 21、前掲紙、第一~第二版。
七 第 17 回党大会以後の政治―政府の職能拡大(「部
分的福祉国家」化の趨勢)
最後に 2007 年開催の第 17 回党大会とそれ以降の政治改革、及び 政治と社会との関係を考察する。党大会で採択された「17 回政治報 告」では、「公共政策」に関する部分が、「民生改善を重点とした社 会建設を加速推進する」と題し、初めて一章(第 8 章)として設け られた。そこでは、民生の保障と改善、社会体制改革の推進、公共 サービスの拡大、社会管理の改善に加えて、社会の公平正義(social equity and justice)の促進が掲げられた39。具体的には、①教育の優先発展、②就業拡大、③収入分配制度の改革、④社会保障システム の確立加速、⑤基本医療衛生制度の確立、⑥社会管理の改善、につ いて施策方針が定められている。 注目されるのは、③の収入分配の問題について、従来は、「労働に 応じた分配を主体とし、効率を優先し、公平にも配慮を払う分配制 度を確立する」とされていたが、政治報告で、「一時的分配、再分配 のともに、効率と公平の関係を重視し、再分配では公平を一層重視 する」と変更したことである40。こうした変更には、国務院副秘書長 の楼継偉が2006 年「収入分配の格差が不断に拡大しており、すでに 社会の安定に影響を与えている。現在、中国のジニ係数は、0.46 で
39 「和諧社会建設の決定」では、「社会公平正義の保障に対して、重大な作用を有する 制度を建設する」として、民主権利保障、法律、司法、公共財政、収入分配、社会 保障の6 つの制度建設について施策方針を定めている。 40 ロールズは、正義の考え方について「この分配を決定する諸々の社会的取り決めの なかから選択を行い、適正な分配上の取り分に関する合意を保証するためにひと組 の原理である」としている。ジョン・ロールズ『公正としての正義』(木鐸社、1979 年)、121 ページ。
収入分配は相当不均衡になっている」と指摘している41。分配の是正 に関して、2007 年 12 月の全国財政会議では、財政手段を用いて、住 民の国民収入分配における比率を徐々に高めることを決定した。具 体的には、農民支援の税制策、地域協調発展の税制策、労働集約型 産業における賃金保障、貧困支援の基準の引き上げ、などが挙げら れている42。 また、④の社会保障システムについては、2007 年 7 月、全国の農 村で生活保障制度が実施されることが決定され43、例えば、貴州省で は、同年8 月、年収 700 元以下の農民 250 万人に一人あたり平均約 360 元、総額で約 2.25 億元の生活保障金が支給された44。また、新型 の農村社会養老保険(年金)が、2009 年から全国の 10%の県など試 験的に実施された。2020 年の全面実施を目指している。新保険は、 旧保険が農民の年金支払額のみを収入源としていたのに対して、農 民の支払額に加えて、村(村民会議)や社会公益組織などの集団補 助、政府の補助の三者を収入源とし、実際の支給額は、農民や集団 の支払額を年金手帳に記録された積立金に利息を付加した額に、国
41 樓繼偉「關於効率、公平、公正相互關係的若干思考」『學習時報』第 340 期(2006 年6 月 19 日)、http://www.china.com.cn/chinese/zhuanti/xxsb/1247672.htm。 42 所得分配については、財政、賃金、税収の三つのアプローチが採られている。財政 では、農民への補てん、低所得家庭の子女への修学助成、などで、財源は富裕層か らの税収入とされる。賃金では、最低賃金の引き上げのほか、労使集団協議(交渉) の推進などがとられている。税収では、企業に福利関係の税控除を認めるほか、資 産などの財産税の徴収を行う予定とされる。「調節收入差距:新亮點 新期盼」『人 民日報』2007 年 12 月 24 日、第十三版。 43 「國務院關於在全國建立農村最低生活保障制度的通知」『人民日報』2007 年 8 月 14 日、第一~第二版。なお、都市の生活保障制度は、1997 年に制定されている。 44 「貴州:農村貧困人口領到首筆低保金」新華網、2007 年 8 月 23 日、http://big5. xinhuanet.com/gate/big5/news.xinhuanet.com/society/2007-08/23/content_6587720.htm。
家財政が全額支払い保障をする基礎養老金を加えたものになる45。ま た、医療保険制度は、都市の労働者に対しては、これまでも実施さ れてきたが、2007 年から、都市と鎮住民にその適用範囲を段階的に 拡大している。2010 年には、すべての都市と鎮の住民が医療保険を 利用できることになっている46。 整理すると、生活保障、年金、医療保険、加えて教育支援、労働 者支援など、これらの諸制度は、先進国が1970 年代に採った福祉政 策であり、広範な導入の開始により、中国は、「部分的福祉国家」と なったと形容できるかもしれない。1970 年代の欧州と異なる点は、 現代は、資本の移動が自由になり、租税や国債発行など、国家が財 政を確保する手段を比較的自由にとりづらい点である。しかし、中 国の財政収入の成長率は近年、GDP のそれを上回っている。数字の 上は、政府は、福祉政策を始めとする財政支出の財源をますます確 保しているように見受けられる。 政治報告では、また、社会管理における当局の政策方針としては、 信訪(陳情、告発)制度を改善して、党と政府が主導する群衆の権 益擁護メカニズムを確立することが定められた。また、突発事件の 応急管理体制を改善すること、社会治安総合治理(管理)を強化し、 都市農村のコミュニティの警務工作を改革、強化することが求めら れるなど、治安業務の機能も重視されている。この社会治安総合管 理の強化の具体策として、2005 年から進められている「平安建設」 の推進がある47。平安建設の主要な特徴は、最下級の社会治安機関を
45 「授權發布:國務院關於開展新型農村社會養老保險試點的指導意見」『人民日報』 2009 年 9 月 8 日、第八版。 46 「國務院關於開展城鎮居民基本醫療保險試點的指導意見」中國網、2007 年 07 月 24 日、http://www.gov.cn/zwgk/2007-07/24/content_695118.htm。 47 「『中央政法委員會、中央社會治安總合治理委員會關於深入開展平安建設的意見』的
従来の県レベルから、郷鎮、村・社区レベルまで広げたことである。 組織の設置のみならず、こうした組織を活用し、ローラー式調査な ど、「ドブ板」式ともいえる管理調査が行われるようになっている。 信訪制度については、陳情や告発がきちんと処理されなければ、 その訴えの内容の正誤はともかくとして、当事者の不満、社会の矛 盾が継続する可能性がある。2009 年 4 月には、中央から郷鎮レベル までの各級党委員会、政府の領導幹部に対して、群衆の陳情を定期 的に受けることを定めた通達と、中央、国家機関が定期的に幹部を 組織して現場を視察することを定めた通達が発出された48。陳情・告 発を受け身として受理するのでなく、積極的にその情報にアクセス していくことを通じ、民生の改善、治安の予防がはかられている。 このように、政治組織、アクターが積極的に、基層社会、コミュニ ティに入っていく、いわば、「政治の社会への浸透」の具現化策が打 ち出された。 公共サービスについて、注目される政策方針としては、公共財政 システムの改善が定められたことが挙げられる。中国は、1990 年代 以降、資源の分配について、計画経済から市場経済へと転換してき たが、財政システムは、計画経済時期の生産建設型のままとされ、 公共サービスと社会管理型への転換の必要が指摘されている。具体 的には、公共サービス型の予算科目を設計し、行政部門の管理費と 事業費とに分離すること、支出ごとに科目を設けて、予算を具体的
通知(2005 年 10 月 21 日)」『十六大以來重要文獻選編(下)』(北京:中央文獻出版 社、2008 年)、頁 1~10。 48 「中辦、國辦轉發『關於領導幹部定期接待群衆來訪的意見』等三個文件」新華網、 (2009 年 4 月 14 日)、http://news.xinhuanet.com/newscenter/2009-04/14/content_11185706. htm。
な部門、単位、項目ごとに配すること、などが指摘されている49。 行政管理体制改革 2008 年 2 月、17 期 2 中全会では、「行政管理体制改革に関する意 見」が採択された。同改革の総体目標として、2020 年までに、比較 的完全な中国特色の社会主義行政管理体制を確立することとされた。 その内容は、政府の職能を、「良好な発展環境を創造し、良質の公共 サービスを提供し、社会の公平正義を擁護すること」、政府の組織機 構と人員編制を「科学化、規範化、法制化」、行政の運営メカニズム と政府管理方式を「規範と秩序があり、公開透明、公民に便利で効 率的なもの」にそれぞれ根本的に転換するとされた50。 同意見では、政府の職能として、新たに「良好な発展環境の創造」 が挙げられた。国家行政学院党委書記の魏礼群によれば、この主な 内容は、「マクロ・コントロール政策を制定、執行し、基礎インフラ と公共サービスをしっかり行い、生態環境と資源の保護を強化し、 行政執行、業界の自律、世論の監督、群衆参加を相結合した監督管 理システムをつくる」というもので、公民の監督参加システムとい う民主政治の実行、権力制約のシステムの構築という内容も含んで おり、民主政治における行政の主導的、あるいは積極的な役割を期 している51。魏は、また、新たな政府の職能について、上記の「良好 な 発 展 環 境 の 創 造 」 の ほ か 、「 良 質 の 公 共 サ ー ビ ス を 有 効 に 提 供 す る」、「社会公平正義を擁護する」、「科学化された公共ガバナンスを
49 周天勇「支出結構向公共服務型財政轉型」『攻堅』(新疆:新疆生産建設兵團出版社、 2008 年)、頁 200~204。著者は、中央党校委員会副主任。 50 山岡義典、前掲書、204~215 ページ。 51 魏禮群「建立和完善中國特色社會主義行政管理體制」『學習時報』472 期(2009 年 2 月9 日)、第一版。
実行する」の三つ、あわせて四つの内容を指摘している52。 このように、中国は現在、現金給付としての社会保障も整備し始 め、部分的福祉国家化の趨勢も示している。こうした公共財政を担 う財政能力は強化される一方、現物給付としてのソフト面での行政 サービス、社会管理の能力の向上にも努めている。領導幹部が直接、 定期的に陳情を受けるという信訪制度の改善は、政治と社会との間 での効果的な利益調整の新たな形態の可能性を示していると思料さ れる。
八 今後の展望
最後に結論として、今後の中国の政治改革と政治と社会の関係に ついて考察展望する。 まず、前者については、今後、政治改革の中心と位置づけられる のは、党組織制度の改革である。「07 年報告」の第十二章「改革イノ ベーションの精神を以て党の建設の新しい偉大な工程を全面推進す る」、及び2009 年 9 月、4 中全会で採択された「新形勢下の党の建設 を強化し、改善する若干の重大問題に関する中共中央の決定」53の内 容の実施が重要な課題になる。2010 年 5 月には、全国の基層党組織 で「創先争優(先進的な基層党組織を建設し、模範的な党員に争っ てなる)活動」が展開され始めた。同活動は、日常業務を改善し、 実績を上げることなどが求められている。これらは、2012 年開催の 次期党大会での主要テーマの一つと位置づけられ、今後、理論、制 度面のさらなるイノベーション、充実化がはかられる可能性がある。52 同上。 53 「中共中央關於加強和改進新形勢下黨的建設若干重大問題的決定」『人民日報』2009 年9 月 28 日、第一・第二版。
後者の政治と社会の関係については、社会の政治への支持の程度 という指標を基に考察したい。これは、当局の政策の適否、提出す る政治的価値(観)の影響力という、主に二つのテーマで論じられ る。ここでは前者について論じる。当局の政策の適否については、 当局は現在、従前同様、経済政策においては、経済の成長というパ イの拡大による生活水準の向上を目指す一方、国際経済の要因や、 中国の高度成長達成にともなう潜在成長率の低下などによって、成 長のペース、量幅は低下していくものと予測される。したがって経 済政策によって、当局が社会の強い支持を得ることは容易ではない が、中低成長を継続することに成功すれば、一定程度の支持は獲得 可能であろう。 今後も当局は、引き続き、社会管理体制の改善、公共サービスの 均等化及びその質量の向上をはかっていくであろうが、経済成長が 鈍化していく中で、財政の増大幅も縮小する。他方、「公共政策」関 連の支出は増えていくことが予測される。財政の余裕がいつまで続 くかがカギになる。中国の財政収入のGDP 比は、約 30%と発展途上 国としては比較的大きく、いわゆる「大きい政府」であり、国民の 税負担も上昇する傾向にあり、本稿で指摘したとおり、社会保障シ ステムの整備が始まったばかりと考えると、軍隊の国防費も含めて、 行政各部門の予算をめぐる獲得競争は厳しくなることが予測される 54。 本稿で指摘したとおり、都市と農村の所得格差は大きい。これは、
54 財政赤字の対名目 GDP 比は、公式には EU 加盟の条件である 3%以内、国債発行高 は、2008 年末で、対名目 GDP 比で約 20%とされ、国際的に健全とされる 30%以内 にあるが、中央と地方の財政赤字に、偶発債務(contingent liability)や隠れた債務 (hidden liability)を加えれば、120%とも計算されている。周天勇、前掲論文、頁 200~204。
文化、教育格差、社会的価値観の不一致として「固定」される可能 性がある。都市と農村の間にすでに政治社会的な「亀裂」(cleavage) は既に生じているとみられるが、当局は、農村の生活保障や教育支 援を本格実施し始めた。「亀裂」の深刻化は当面、緩和される趨勢に あると言える。農村人口の多さ(約70%)から鑑みれば、税制や補 助金などの手段による所得の強制移転策の効果には限界があると言 える。今後、都市化、小都市化により農村人口の比率は減少が見込 まれるが、基本的には、若年世代、次の世代が教育や就業の機会に 都市、小都市へ移住し、より付加価値の高い労働に従事する「市場 システム」に頼ることになるものとみられる。つまり、居住の自由 が進まなければ、格差は固定化し、「社会増」による都市部への人口 移動の低下を招き、格差は固定化される可能性が高い55。携帯電話、 インターネットの普及、情報の公開、これまでの教育の普及効果、 法・行政制度の整備、などで、農村のネットワーク化が、急速に進 展する可能性がある。異なる地域の農村、農民同士が、共通の情報、 知識、価値観を基に連携共同し、有形の社会勢力として当局へ政策 要求を行うことも増えるものと思料される。当局は、農村での支持 獲得継続には、社会保障や教育支援のみならず、さまざまなサービ スや治安予防などの管理、働きかけを行う必要がある。 他方、都市の様々な社会組織、社会アクターの政治的影響力は高 まる可能性が高いが、専門領域を超えて、地理的にもその組織ネッ トワークが数省規模、全国規模に拡大され、各方面の利益統合調整 能力を備えた、統一された政治勢力、政党に発展していくことは、 想定しづらい。現実には、当局の優勢かつ有効なガバナビリティの 下で、公共セクターの社会パートナーがネットワーク化されていく
55 経済産業省『通商白書』2008 年版、(経済産業省、2008 年)、76 ページ。
というシステムが形成されることが予想される。市民型組織(市民 活動団体)の社会アクター主導による社会の力量の統合には、制約 要因として、自然地理、社会の発展、などが思料される。後者は、 経済、文化、技術などの総合的な社会の発展によって、個としての 「社会アクターズ」、すなわち個人が「多元的な存在」となり、それ ぞれ多元的な価値観とそれに基づく行動様式によって、統合される 社会アクターの行為に加わり、あるいは加わらなくなるであろう。 組織としての社会アクターは、強固な団結力と継続力を有すること が困難になり、多元的な組織、個体が極めて限定的なイシューに対 して離合集散する、緩やかなネットワークが、短期間の力量を凝集 し、政治的影響力を備えうるようになることが予想される56。また、 党としては、仲介組織、協会、学会など各種の新社会組織における 党組織の建設を進めている57。政治的影響力を持つ社会組織、アクタ ーの一つとして、弁護士、弁護士事務所がある。政治犯や人権活動 家の弁護などで、「反体制」組織と接点がある弁護士(事務所)に対 しては、弁護士の所属が義務付けられている弁護士事務所での党組 織の建設、党組織の聯絡者の派遣駐在などを通じて、2009 年には、 党のカバー率が100%に達した58。 結論として、政治と社会との関係において、政治は優位を保ち続 けるように見受けられる。これには、社会の諸アクターが、選挙、 被選挙権を含む政治的権利の保有など、政治的影響力を発揮する手 段が限定されている現状の政治体制の構造が背景として存在する。 また、「政治の社会への浸透」が進むことで、政治と社会は、一部で
56 2005 年春の「反日デモ」など、インターネット上の議論などの組織化も一例である。 57 周天勇、前掲論文、頁 200~204。 58 「黨旗在律師業高高飄揚」『人民日報』2009 年 7 月 1 日、第 10 版。
の「政治優位下での部分的な同一化」の兆候をも示している。他方、 社会アクターの要求は、あくまで社会的領域にとどまり、社会アク ターは、政党などの政治団体化する趨勢は見受けられない。これに は、アクターの内外、つまり社会で広範に共有される、有力な、正 義の名分と実効性を含む、アルターナティブな政治的価値観、ある いは代替政策の主体的策定を求めるような経済的インセンティブが 存在していないためでもある。 (寄稿:2009 年 12 月 21 日、採用:2010 年 12 月 4 日)
中國的政治改革與政治、社會的關係
坪 田 敏 孝
(財團法人未來工學研究所前主任研究員)【摘要】
中國於2002 年中共十六大中,為了落實 “三個代表” 之重要思想, 規定了透過理論創新來進行制度創新,同時,在政府的職能中加入社 會管理及公共服務功能,決定促進與 “公共政策” 相關之社會政策, 使得政治、社會關係以及社會制度上產生變化。具體來說,於社會管 理面方面,開始摸索社會機構和政府關係上的協調;另於政府行政方 面,促進建設服務型政府,如公共服務之充實化等。2007 年,中國政 府還規定了新的國家目標:到21 世紀中葉以前,建設富裕、民主、文 明及和諧的社會主義現代化國家。目前,中國政府正採取如調整財政 支出及鼓勵公民政治參與等政策,暗示今後將朝 “部分性福利國家化” 之政治改革邁進。 關鍵字:政治與社會、三個代表、創新、新公共管理、公平與正義The Political Restructuring and Relationship
Between Politics and Society in PRC
Toshitaka Tsubota
Former Senior Researcher of the Institute for Future Technology
【
Abstract】
In the National Congress of the Communist Party of China in 2002 the PRC set out to promote renovation of their institutions through the innovation of theories and implementing the important ideas of the “Three Representatives”. At the same time, social management and public service became the government’s new function as it started to promote social policies, referred to as “public policies”, which caused a change in the relationship between the political and social spheres of the social system. Concretely, they began seeking a partnership between social organizations and governmental authorities by promoting the construction of service-oriented government facilities. In 2007, a national goal was set to construct a modern, wealthy, democratic, civilized and harmonious, socialist-state by the middle of 21st century. Today, the PRC government is promoting a political restructuring that exhibits a glimpse of change towards a “partly welfare state”, exemplified by the adjustment of financial expenditures and public participation in politics.
Keywords: socio-political ideology, Three Representatives, innovation, new
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