(一)台湾バナナの生産構造
1960 年代、台湾バナナ産業の発達期における作付面積は、1967 年に 44,107ha に達 し、総生産量も653,800 ㌧に達した。260しかしながら、黄葉病の蔓延により下降線を たどっている。261
主要産地である高雄と屏東両地域のバナナ農園は、平地の水田と河川両岸の砂質土 壌であり、中部の地区では山麓の傾斜地からなっており、気象条件のちがいにより、
高雄・屏東地区は 2~7 月に収穫、出荷される。他の主要産地は台中地区で、主とし て8~12 月に出荷され、美味しい台湾バナナとして価格も高い、と前潟光弘・熊同銓・
池上甲一・堀田忠夫(2002)は述べている。262
台湾バナナの1ヘクタール当たりのバナナ収穫高は、1950 年代後半は 8 ㌧強である が、1970 年代後半からは、20 ㌧強となり、栽培技術の向上が窺える。そして、主要 生産地である高雄・屏東地区は、それぞれ 30 ㌧前後の収穫高を誇っている。また中 部の南投地区では、12~15 ㌧前後である。南投地区は山麓の傾斜地のため、作業性が 悪くその収穫高は高雄・屏東地区と比べると大分低いが、1990 年代後半からその1ヘ クタール当たりの収穫量を上げている。263
台湾バナナの生産構造について、前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)は、
以下のように述べている。264
台湾バナナの生産は零細な栽培農家によって担われているところに特徴があ り、またそれだけ問題も多い。1996~98 年間のバナナ栽培農家数は多少変動して おり、各年代それぞれ、11,169 戸、13,357 戸、12,728 戸であったが、1戸当たり 平均栽培面積は僅かに0.4ha に過ぎない。
このバナナ農家の零細性から重大な物的経済的問題が発生する。農産物に対す る現代的要請である大量生産と品質同一性をいかに確保し維持するかという課
260詳細については、[別表2-1]を参照願う。
261前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)〈台湾バナナの生産及び輸出の組織活動と価格分析〉《近 畿大学農学部紀要》35、p.91
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000061925
262同上掲注、前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)、p.91
263詳細について、[別表 2-2]・[別図 1-4]参照願う。
264同上掲注、前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)、p.91
題である。零細多様な農家では同一品種、例えば北蕉(Giant Cavendish)であっ ても、栽培方法、施肥方法、灌漑方法、運搬方法が異なり、品質同一性を確保す ることが困難となる。さらに、黄葉病の影響などにより同一品種の大量生産が不 可能となっている
と指摘している。また、日本向け台湾バナナの輸出は日本領台当時から 1973 年まで の間、北部の基隆港或いは南部の高雄港から出していた。しかし、1965 年 7 月 24 日 高雄港に東洋一の二層式輸出バナナ恒温倉庫「香蕉冷気庫」ができ、台湾中部のバナ ナ生産量が減少したため、基隆港からの輸出専用船に必要な数量を集めることができ ず、その後、基隆港からのバナナ輸出専用船は二度と出ることはかった。1974 年から は高雄港が唯一の台湾バナナの輸出港となった。265
(二)台湾バナナ産業発展の特徴
台湾バナナ産業の発展は、日本市場と密接な関係を維持しながら発展した。そこに はいくつかの特徴が見られると、古関善之(民国九七、2008)は指摘し、前潟光弘・
熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)も、その特徴について述べている。それぞれの内容 を踏まえ、台湾バナナ産業の特徴について述べる。
1.生産販売の一元化(産銷一元化)
この措置は 1974 年 1 月 1 日に開始された。すなわち台湾省青果運銷合作社(以下 略称「青果合作社」)が台湾バナナの輸出代理権を取得してから、輸出の窓口は単一 化された。これは一般輸出業者が中間で搾取する手数料を省き去り、同時に台湾バナ ナの国際競争力と生産者の利益を高めるためである。266
1967 年までは生産者団体として青果合作社と台湾省農会が輸出バナナの生産・集 荷・輸出に関係していたが、同年に合併して輸出バナナを含めた果実に関しては、青 果合作社が統一して実施することになった。267
2.契約栽培及び保証価格制度
1977 年に制定され、生産者の価格保証のために、青果合作社と契約栽培の形態を定
265同上掲注、古関善之(民国九七、2008)〈台灣香蕉産業発展與日本市場的關係〉《臺灣文献》59(4)、p.242
266同上掲注、古関善之(民国九七、2008)、p.255
267同上掲注、前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)、p.93
めている。生産者への保証のため並びにバナナ栽培の奨励でもあり、ひいては対日本 向け輸出の品質と量の確保となる。268
契約農家からの保証価格での買取りを支援するために、1977 年に香蕉平準基金が設 立された。基金の2003 年末残高は、一億九千万元である。269
1977 年以降の保証価格は、年々引き上げられてきたが、1997~2001 年の間で、5 回の引下げが実施されている。その多くは前年より輸出量が増加した年度であって、
政府による輸出バナナ保証総額を輸出量と平行に増加させないための方策であった。
政府と台湾省青果運銷合作社はこの保証価格を上下させることで、輸出数量を調整し 確保している。270
3.利益折半制
青果合作社が日本の輸入業者の損失負担から逃れるために、設けられた制度で1980 年に実施された。台湾バナナの日本での輸入窓口は台湾生鮮バナナ輸入協議会で、こ の制度はこの協議会加入の日本側輸入業者(1988 年現在 17 社)と青果合作社との間 で行われた。日本側輸入業者の1年間の利益所得の半分が青果合作社へ配分返却され、
さらに青果合作社より生産者へ返還される。台湾政府はこの制度に対し事実上同意し た態度を取っており、決して直接干渉はしない。271
この制度では、損失が発生すれば日本側だけで負担する約束であるので、台湾側は 決して赤字になることはない。これまで長年にわたって台湾バナナに高い標準価格を 付けることによって、台湾側に利益を支払っていたことになる。272
4.バナナ収穫時の熟度
地理的に台湾は、日本に最も近いバナナの主要生産地域である。通常バナナの熟度 が高ければより早く発酵する。このため輸送の距離が市場からより遠ければ、収穫時 の熟度は必然的により低くなる。台湾バナナは熟度 75~80%まで待って収穫できる。
フィリピン産は約70%の熟度であり、エクアドル産に至っては僅か 65%でも、輸送過 程で発酵そして成熟する危険性が有るとして、箱詰めの際に、ビニール袋で真空包装
268同上掲注、古関善之(民国九七、2008)、p.255
269周妙芳(2004)〈香蕉外銷制度之調整〉《農政與農情》142(農委會)
http://www.coa.gov.tw/view.php?showtype=pda&catid=6422
270同上掲注、前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)、p.96
271同上掲注、古関善之(民国九七、2008)、pp.255-256
272同上掲注、前潟光弘・熊同銓・池上甲一・堀田忠夫(2002)、pp.100-101
を行い、バナナの呼吸を抑制し発酵の可能性を低くする。273
5.栽培の立地条件による品質
台湾バナナの栽培は、亜熱帯地域である。熱帯のフィリピン及びエクアドル産バナ ナと比べ、平均気温は低く、成長期間が長い。バナナの生長期間が長ければ、甘みと 粘りけをより増すことができる、これにより台湾バナナの品質を上げている。274また、
日本向輸出のバナナの主要生産地は 1970 年代に、台湾中部から台湾南部に移動して いる。275