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5.開港期横浜における日本茶情報

5.2 開港後横浜の貿易状況

1859年開港後、幕末の貿易形態は、原材料、粗製品を輸出し、第一次産品とそれを 原料にして加工した工業製品の輸入という貿易が行われていた。日本の対外貿易は次の 表1と表2の通りで示している。

表11859年における神奈川から上海への輸出品 154

種類 数量

海草 29,328 ピクル

椎茸 109

生糸 1,439

絹織物、縮緬等 12,187

朝鮮人参 40

銅 433

ふかひれ 286

五倍子 979

小麦粉 166

豆類 12,184

ジャパン・ルート 108

木蝋 1,017

茶 1,900

捺染綿製品 13,782

寒天 356

乾貝 1,914

植物油 15,316

154 前掲、128頁。

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いりこ 34

表2 1859年神奈川港における輸入品(船籍別) 155

輸入品 船籍別輸入量

イギリス アメリカ オランダ

総計

雲斎布(ピクル) 20  15 ― 35

ブランデー(ケース) 20 ― ― 20

粗布(梱) 147 ― ― 147

ジーンズ(〝) 90 36 ― 126

釘(樽) 25 25 ― 50

スパニッシュ・ストライプス(梱) 54 21 ― 75 蘇木(ピクル) 800 ― 1,065 1,865

ガラス(箱) ― 20 35 55

雑貨(ケース) ― ― 260 260

毛織物(梱) 43 52 80 175

製薬(包) 42 ― 51 93

ガラス製品(箱) 6 ― 36 42

象牙(ポンド) ― ― 393 393

航海機器(ケース) ― ― 4 4

書籍(ドル) ― ― 900 ―

丁字(ピクル) 70 ― ― 70

亜鉛(〝) 690 374 ― 1,064

朱(箱) 15 ― ― 15

155横浜開港資料館編『ホームズ船長の日記』(有隣堂、1993)131頁。

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青色顔料(ピクル) 10 ― ― 10 綿製品(梱) 640 130 150 920

籐(ピクル) 800 ― 700 1,500

亜鉛(〝) 600 ― ― 600

錫(〝) 63 ― ― 63

藍(袋) 79 ― ― 79

鉄鋼(ケース) ― 5 ― 5

マングローブ樹皮(ピク ル)

630 170 ― 800

石膏(〝) 740 160 ― 900

小物(箱) ― ― 3 3

ウコン(ピクル) 78 ― ― 78

表3 1859年神奈川港における輸出別(船籍別) 156

輸出品 船籍別輸入量

イギリス アメリカ オランダ

総計

小豆(ピクル) 3,682  

1,931 ― 5,793

銅板(〝) 128.47 50 ― 178.47

銅製品(〝) 600 210 ― 810

綿製品(箱) ― 140 ― 140

朝鮮人参(〝) 36 ― ― 36

魚類(ピクル) 620 ― 230 850 薬品(〝) 261.46 175 20 456

156横浜開港資料館編『ホームズ船長の日記』(有隣堂、1993)131頁。

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椎茸(〝) 193 ― ― 193 油(〝) 4,834 8,540 230 13,604 豆類(〝) 9,820 3,670 ― 13,490

絹製品(ピース) 300 ― ― 300

(箱) ― 51 ― 51

生糸(ピクル) 1,959 95 235 2,289

昆布(〝) 8,937 ― ― 8,937

寒天(〝) 65.43 27 ― 92.43

木蝋(〝) 514 ― ― 514

漆器(箱) ― 146 ― 146

陶磁器(〝) ― 46 ― 46

貝類(ピクル) 180 60 ― 240

芋(〝) ― 315 ― 315

茶(〝) 219 123 ― 342

菜種(〝) 756 314 ― 1070

アラビア・ゴム(カ ティ)

80 ― ― 80

いりこ(〝) 60 ― ― 60

グラム(ピクル) 240 130 ― 370

五倍子(〝) 65 ― ― 65

ココナッツ樹皮(〝) ― 39 ― 39

この頃、輸出品の大宗が昆布、干鮑、鱶鰭、などの水産物、綿織物・絹織物などの織 物製品、木蝋、植物油、豆類などである。日本茶が輸出品の大宗になったのはホームズ 船長が日本に離れた以降のことであった。横浜港における輸出と輸入の増減状況を次の

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表4ように記している。 157

表4 横浜港における貿易品価格の増減状況

年次 輸出 輸入 合計

安政六年 578,907円 543,005円 1,121,912円 文久二年 4,113,092 3,585,016 7,971,108 慶応元年 5,318,767 4,988,921 10,307,688 明治元年 13,307,201 7,684,032 20,991,233

″二年 10,384,060 15,774,732 26,158,792

″三年 10,770,381 24,794,474 35,564,855

″四年 12,074,628 13,883,552 25,958,180

安政六年から慶応元年までは、輸出と輸入の価格そんなに大差がないが、明治に入ると 輸出と輸入ともに急速増加した。ヨーロッパ諸国に絹織物が流行したことと、安い値段 で外国人に売ったことが原因で、日本の生糸がどんどん輸出された。表5、表6をあわ せて見れば、茶が生糸に次ぐ重要な輸出品になったことが明らかである。

表5明治初期横浜港における重要輸出品 年別

順位

明治元年(1868年)

品名 金額

(万ドル)

構成比

(%)

1 生糸 995 56.2

2 蚕卵紙 418 23.6

157 『横浜毎日新聞が語る明治の横浜』(第一集)3年~5年(横浜開港資料館、1985)19~20頁。

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3 茶 266 15.0

4 玉糸 20 1.1

5 繭 12 0.7

6 水産物 8 0.5

7 熨斗糸 8 0.4

8 石炭 7 0.4

9 屑糸 7 0.4

10 漆器 5 0.3

総額 1,770 100.0

表6明治初期横浜港における重要輸出品 年別

順位

明治5年(1872年)

品名 金額

(万ドル)

構成比

(%)

1 生糸 718 51.1

2 茶 306 21.8

3 蚕卵紙 192 13.7

4 銅類 44 3.2

5 真綿 35 2.5

6 熨斗糸 20 1.4

7 屑糸 14 1.0

8 水産物 13 0.9

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9 繭 13 0.9

10 金属製品 5 0.4

総額 1,404 100.0

さらに表7の明治期茶輸出の推移を見ると、明治7、8年から茶輸出が急速に成長した。

表6 明治前期の製茶輸出 158

年次 製茶輸出高 百斤当価格

斤量        価額

明治元年 10,115,593斤 3,581,769円 35.40円銭 2年 8,595,450 2,102,420 24.46 3年 12,314,402 4,511,616 36.64 4年 14,066,853 4,671,761 33.21 5年 14,734,261 4,226,108 28.68 6年 13,340,009 4,659,392 34.93 7年 19,129,030 7,253,405 37.92 8年 21,278,633 6,862,855 32.35 9年 20,226,142 5,453,981 26.96 10年 20,718,166 4,375,275 21.12 11年 21,757,796 4,283,695 19.69 12年 28,602,070 7,445,509 26.03

158 『横浜茶業誌』(横浜市茶商組合、1958年12月)16頁。

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13年 30,327,656 7,497,881 24.72 14年 28,862,891 7,021,593 23.33 15年 28,301,134 7,029,718 24.84 16年 27,860,186 6,106,496 21.90 17年 26,823,471 5,819,695 21.82 18年 30,934,140 6,854,121 22.12 19年 35,696,738 7,723,321 21.91 20年 35,611,906 7,603,340 21.43 21年 33,168,756 6,124,816 18.45 22年 32,336,514 6,156,729 19.12 23年 37,250,728 6,326,681 16.98 24年 39,923,999 7,033,050 17.65 25年 37,518,203 7,525,316 20.06

上の表からみると、開国になってから明治20年頃までの横浜港における主な輸出品 は生糸、茶であり、生糸が輸出総額の60%以上を占め、茶が約10%強で、その他の品 目には生糸と茶より総輸出額としてみるべきものが少なかった。慶応3年(1867年)

に、兵庫開港によって、茶は同港に出荷され始め、翌明治元年頃から、外商も神戸に茶 の再製工場をつくり、神戸からも直接に茶が輸出されるようになったが、主として茶は 横浜港から輸出されていた。神戸の開港と再製工場の設立につれ、年とともに茶の輸出 増加していったのである。再製工場とは、「お茶場」のことである。再製の工程とし て、完成された製品をもう一度火入れして乾燥する作業である。これは、日本茶の蒸し 製法の特性から一般に乾燥が十分でなく、長期間の保存に耐えられるため再製の必要が あるのである。再製工場の中では、炉の上にかけた鉄鍋に茶を放り込んで加熱し、その

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後着色159の作業を入れる。農商務省農務局の『第一次輸出重要品要覧』の「日本茶再

161角山栄『茶の世界史—緑茶の文化と紅茶の社会—』(中央公論新社、1980)162頁~164頁。

162 前掲、182頁。1882年10月ニューヨーク駐在高橋新吉領事よりの報告(『通商彙編』、1882)所収。

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1859―60 365,300 17,859,100 13,495,300 31,719,700 1860―61 251,100 8,687,400 19,485,000 28,417,500 1861―62 322,100 12,565,200 15,037,000 27,924,300 1862―63 977,200 8,473,200 11,302,300 20,732,700 1863―64 2,412,

800

12,094,000 10,818,800 25,325,600

1864―65 1,214,100 7,058,600 8,702,900 16,975,600 1865―66 7,592,300 12,774,200 11,581,400 31,947,900 1866―67 6,054,300 14,896,800 13,262,800 34,213,900 1867―68 7,102,700 13,482,000 13,307,100 33,891,800 1868―69 10,296,

700

18,834,500 13,418,500 42,549,700

1869―70 10,852,

520

18,771,700 13,081,000 42,705,200

1870―71 12,384,

100

17,898,400 16,294,700 46,577,200

1871―72 15,842,

119

20,226,731 21,611,438 57,680,288

1872―73 17,271,

617

22,234,339 20,172,627 59,678,577

1873―74 18,459,

751

19,846,729 13,843,244 52,149,724

1875―76 26,282,

956

17,076,417 13,039,901 56,399,274

1876―77 23,218,

491

14,937,560 16,203,074 54,359,125

76

1877―78 22,558,

088

15,623,372 20,574,460 58,755,920

1878―79 25,350,

710

12,987,573 17,484,458 55,819,747

1879―80 34,758,

172

15,333,000 18,664,683 68,755,855

1880―81 39,778,

129

19,339,196 32,629,076 81,746,401

1881―82 35,137,

933

20,708,746 24,340,632 80,187,311

しかし、アメリカで緑茶への需要が一部の地域に限られている。アメリカの茶の嗜好に ついて、明治29年『第一次輸出重要品一覧』では、こう記録している。

紐育及東部ニ於テ嗜好セラルゝモノハ重ニ鍋焙ノ着色茶ニシテ籠焙之ニ亜キ無色鍋 焙茶ノ販路ハ至テ少量ナリ、志加古及西部ニ於テハ無色鍋焙茶ヲ以テ第一トシ(中 略)烏龍茶及紅茶ハ紐育及東部二流行シ此地方ニ於テハ緑茶ハ動モスレハ之ニ圧セ ラルゝノ状アリ日本緑茶ハ志加古及西北部ヲ以テ最好ノ得意場トナス。163

アメリカのニューヨークと東部地方では着色茶が売れて、シカゴと西部地方では無色の 緑茶が好んでいる。急速に伸びた日本茶の輸入高を見ると、日本緑茶が一部の地域では 相当な評価を受けていたのであろう。しかしほかの地方では、それ以外の茶を愛好する 人も決して少なくなかったことがわかる。