3 月 8 日、中国と条約改正を交渉するために、遣中国使節正使の柳原前光と 副使の通訳官鄭永寧一行は、神奈川県にある金港より出発、3 月 16 日に上海 に到着した。1743 月 21 日、当時江南海関道蘇松太道に任じている沈秉成と面会 した。柳原は外務省より南洋通商大臣曽国藩宛・及び柳原より布政使銜署江蘇 布政使按察使応宝時宛の書簡の転送を沈に頼んだ。175しかし、当時曽国藩がす でに辞世したので、外務卿より南洋通商大臣曽国藩宛の照会は曽国藩の後任の 何璟の手に届けられた。3 月 23 日に柳原らは「満州輪船」に搭乗して上海よ り出航、3 月 29 日に天津に到着して「旗昌洋行」に泊まっていた。176
副島種臣外務卿が柳原に下した委任状によって、改正、或は廃棄すべき条文 は以下の通りである。
我各港所住清民不下數千,兩民相狎之間,每多奸猾亡賴之徒,欺人犯法、
互興詞訟,為地方累。有甚于歐西諸國商民之眾者。即今清國新派理事官來,
須先熟察實地情形,應尚有隨時酌議之處,俟其就緒之間,未及能照條約會 同訊斷。又如後附兩件有礙大局,是以一併商及者也。
一. 調處一條,據查美國與清所約之文,美國止云自為清國從中調處。即 我國與美所約,亦是同然,皆偏屬美國單作一面之詞。而我欽使與清 互約者,蓋據清美條約漢文而准之也。今閱美文,知其不然,則宜改 之。或仿清國與美、我國與美之例,竟成偏為之約,亦為不當,是以 議裁撤也。
一. 刀械一禁論:我國官吏紳裔常佩雙刀,即農工商賈有時亦帶單刀,本 係禮制,而不便於公禁之也。蓋清國以不常帶刀,故亦不欲我商民之
174 前掲『大日本外交文書』巻 5 頁 280
175 前掲近史所檔案館 外交部門 №01-21-052-01-005 李鴻章より総署宛「據蘇松太道稟報日本 使臣柳原前光等抵滬并津海關稟稱該使抵津各日期由」
176 前掲『大日本外交文書』巻 5 頁 254、280、前掲近史所檔案館 外交部門 №01-21-052-01-005 李鴻章より総署宛「據蘇松太道稟報日本使臣柳原前光等抵滬并津海關稟稱該使抵津各日期由」
68
在彼地者帶刀,則由我理事官知其有禁,令我商民無犯可也,故議削 除。
一. 公文所議之外,通商章程第二十八款所載進出口稅,一律須議:在我 國各港則應照該海關成規而收稅。177
また副島より李鴻章宛の照会には、以下の求めも提起されている。
一. 修好通商各條款內,因嗣後改定西例,應行修改事件:從前我國與 各國間,彼商民則有來,我商民則無往,而今特發欽使遍歷歐西,
欲取法于諸國互相常行條例,以定我國外交約款,而待彼諸國來人 耳。故昨與清所定條約,至他日我與歐西改定其約之後,如國法訊 斷等事,必有須行更正者,是以應議俟後改正。
さらに 3 月 29 日、外務省は続いて以下の条文を改正、或は廃棄すべしと 柳原に通達した。
修好条規第十五条の義、先便電信を以申入置候に付、御承知と存候。右 は孛佛公使と応接の砌、清国条約に心付の廉忠告、不審の廉質問等有之 之節心付、尚又篤と勘考候処、他条にも不穏当の辺、追々心付左に申入 候。
一. 第十五条此ケ条中、平時云々の一段、甚だ難解候。其故は平時とは 即ち戦時に対する文字にて、既に平時と云へは、戦時の条規に非す。
従て局外中立の義にも当らす。此の条々併せ掲へき筋に無之義、判 然に候。併し此平時と云は、甲国は兵も用る時なるも、乙国之れに 関せざる時は、乙国は即平時なりと云説も可有之哉に候へ共、究竟 平時に於て許さすといへは、戦時は之を許す嫌ありて、文字穏当な らす。殊に前段貿易並に船隻の出入を停め云々との義も、其意唯損 傷を受さらしむるに止まれは、是又中立の義にも当らず、仮令此約 あらさるも封港を要する時は、船隻出入を止め、貿易を止めさるを 得さるの事時あるへし。故に此条、全く刪去を善とす。
二. 第十七条結尾の両国書籍云々、此段自ら別事にて、上文と相関渉せ ず。是に掲る甚た不可なり。既に我税則中、無税品の部、板本の一 桁あり。故に通商章程に掲る猶可なり。宜しく是に刪去るへし。
三. 第十三条中、「倘此國人民在彼國聚眾滋擾,數在十人以外」云々、
177 前掲『大日本外交文書』巻 5 頁 242
69
此条に拠れは、數在十人以外ときは、即ち好し若し十人以内なれば、
捨て問わさる者に似たり、甚だ謂れなし。宜敷改正を議し、数字以 下六字を刪るへし。
右前一条は全く廃棄し、後二条は改正候方可然と議定候付。不取敢此段 相達候。…(下略)178
すなわち、副島は李鴻章に「後に改定された日本と欧米との条約と違っている 条文を更正」と要求した。また 3 月 29 日に外務省よりの指示によって、条文 第 15 条を削除すべしと明治政府に告げたのは、独国公使のみでなく、仏国と プロシア公使も明治政府に示したということが察知できる。さらに明治政府は 提出した改正すべき条文が、第 2 条・第 11 条・第 13 条・第 15 条・第 17 条・
及び通商章程第 28 款である。中に第 2 条・第 11 条・第 15 条を全く廃棄、第 13 条・第 17 条及び通商章程第 28 款を改正すべしと柳原に指示した。それら 条文の廃棄、或は改正すべき理由として、以下の通りである。
条文第 2 条、「兩國既經通好,自必互相關切。若他國偶有不公及輕藐之事,
一經知照,必須彼此互助,或從中善為調處,以敦友誼」について、それは「中 米天津条約」の漢訳文に従うもので、英文の「中米天津条約」ではそのように 掲載されていないため削除すべし。
条文第 8 条、「兩國指定各口,彼此均可設理事官約束己國商民。凡交涉財產 詞訟案件,皆歸審理,各按己國律例核辦。…(下略)。」という中日両国がとも に相手国において、領事裁判権を持っている規定は、日本のみが中国における 領事裁判権を持つと改正すべし。179
条文第 11 条、「兩國商民,在指定各口岸彼此往來,各宜友愛。不得携帶刀械,
違者議罰,各械入官…(下略)」の「刀械之禁」は日本当時の儀礼に相違ってい るので、明白に条文で禁ずると掲載すれば不適当であるため、削除すべしと。
条文第 13 条、「(上略)。倘此國人民在彼國聚眾滋擾,數在十人以外,及誘結 通謀彼國人民作害地方情事,應聽彼國官徑行查拏。其在各口者,知照理事官會
178 前掲『大日本外交文書』巻 5 頁 257
179 前引用した副島より李鴻章宛の照会には、ただ双方の持っている領事裁判権を改正すべき と掲示しているが、その領事裁判権をどのように改正すべきかについて、明白に提示されいな い。すなわち中日双方が相手国にある領事裁判権をともに撤廃するか、あるいは中国のみが日 本における領事裁判権を撤廃するかについて、明白に提示されていないが、前掲近史所檔案館 外交部門 №01-21-052-01-020、李鴻章より総署宛「津海關道呈稱日本改約逐條核議請查照由」
により、柳原が李鴻章・陳欽と交渉する時、「(日本)各港清民不下數千,新派理事官來,須先 熟察實地情形,尚有隨時酌議之處,未及能照約訊斷…(下略)」と称したため、明治政府は中国 が日本における領事裁判権を撤廃しようと考えていたということが明らかになった。
70
審;其在內地者,由地方官審實,照會理事官查照,均在犯事地方正法」には、
明らかに「數在十人以外」と掲載されて、明治政府はそれが「犯罪者が 10 人 以下なら罪を問わない」ような決まりであると考えるため、「數在十人以外」
という字を削除すべしと。
条文第 15 条、「(上略)。其平時日本人,在中國指定口岸及附近洋面;中國人,
在日本指定口岸及附近洋面,均不准與不和之國互相爭鬬搶刼」には、「平時」
と明白に掲載されて、明治政府はそれが「平時はできないが戦時はできる」と 解釈される恐れがあると考えて、またその条文も「戦時局外中立」に関係ある と認めない故、削除すべし。
条文第 17 条、「兩國船隻旗號各有定式,倘彼國船隻假冒此國旗號,私作不法 情事,船貨均罰入官。如查係官為發給,即行忝撤。至兩國書籍,彼此如願誦習,
應准互相採買」。この条文の上半には「船の旗印を偽造」に関する規定で、下 半には「両国で発行する書籍」に関するものであるため、明治政府はこれらの 決まりを 1 つの条文で併せて掲載することが不適当であると認めて、この条文 の下半、すなわち書籍に関する決まりを通商章程に移したほうが適当であると 考えていた。
通商章程第 28 款、「兩國稅則,如有僅載進口稅則,未載出口稅則者,遇有出 口,皆應照進口稅則納稅;或有僅載出口稅則,未載進口稅則者,遇有出口,亦 皆照出口稅則納稅」と定めているが、李鴻章より総署宛の報告によって、「查 柳原等面交彼國海關通商章程,其進口貨物未載進口稅則者,雖或載有出口稅則,
不得援此納稅,必須按價抽稅;其出口貨物未載出口稅則者,亦照上例…(下略)」
180というのが日本の成例であった。その故、明治政府はこの条文を「日本にお
180というのが日本の成例であった。その故、明治政府はこの条文を「日本にお