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女性語「わ」の文法的性格 まとめ

立 政 治 大 學

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3.8 女性語「わ」の文法的性格 まとめ

女性語「わ」は、話し手がある事柄に対して「否定的判断」を下している、

ということの標識である。そうした文法的性格ゆえに、女性語「わ」は、

当然「否定的判断」を述べる文に現れることになる。しかし、それに限ら ず、「否定的判断を背景として展開される判断」を述べる文にも現れうる。

3.9 「通常の凌駕」

本研究は、ここまで、女性語「わ」の分析を行い、3.8 節にまとめるような結 論を得た。しかし、女性語「わ」の中には、次に示す例(44)から(46)の如き、

特筆すべきタイプも存在している。本節では、それについて考えていく。

(44) 房江が久米の畫室で、君江夫人の肖像を始めて見た時の印象は、房江 の終生忘るる事が出來ないほど、深刻なものでありました。それから といふもの、房江の眼には刻の間も忘られぬほどに、亡夫人の顏ばせ が歷々と描かれ、懐かしさに堪へませんので、肖像の仕込が濟み、侯 爵邸内に掲げられるのを、一日千秋と待搆へて居つたのですから、そ れが洋館の廣間に掲げられると、その日から房江は、殆んどその額面 の下を立去りかぬるほど、切なる慕しさを覺えるのです。でその額面 に對すると、全く魅入られるやうな樣になり、今にも笑ひ出しそうな その眼元、何をか云はうとするその口は、その如何なる秘密を包んで 居るのであらうかと、憧るるのであります。

……… 中略 ………

今その肖像を見ると、忘れた音樂を思ひ出したやうに、一々思ひ當つ て、今まで屢々夢に入つた若夫人は、たしかにこの油繪の主そのまま であると、信ぜぬ譯に行かなかつたのです。忘れもせぬ、子供の中い つも床に就くと、美くしい年若な夫人が枕元に表はれ、何とも云へぬ 優しい眼元で、自分を見ては前に屈み、伸しかかるやうにして、自分 に接吻しますので、夢心地に、夫人の温かい呼吸が、頰にかかるかと 思ふと、いつもすやすやと寢て了つたのでありますが、その目その口、

たしかにこの肖像に生寫しであると思ふと、房江はどうしても、この

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肖像の下を離れたくないのです。で一日中でもじつとこの肖像を仰い で居て、恐らく見飽のする事があらうとも思はれぬばかりであります が、ただ人目の遠慮される所から、房江は思ふままに、この額面の下 に立盡すといふ事が出來ないのでありました。

……… 中略 ………

(侯)「房江。見れば見るほどよい出來ぢやの。とんと生寫しぢやぞ。」 (房)「ハイ、拜見して居りますと、何だか、今にも額から拔ていらつしや

りさうに思はれます。私、一日でもじツと拜見して居たうございま すわ。」

『乳姉妹』

(45)(千)「何度見てもこの襟止はきれいだわ。本当に兄さんはよくなさるのね エ。内の――兄さん(これは千鶴子の婿養子と定まれる俊次といいて、

目下外務省に奉職せる男)なんか、外交官の妻になるには語学が達 者でなくちゃいけないッて、仏語を勉強するがいいの、ドイツ語が ぜひ必要のッて、責めてばかりいるから困るわ」

『不如帰』

(46) (昭)「紅葉が見ごろになりましたな。今年は別して美くしいやうです。」

(房)「ハイ、大層美事でございます。いろいろに染分て居りますのが、ま るで友禪か何かのやうでございますわ。」

(昭)「この紅葉はみンな高雄の楓樹を移したのださうです。そのためか外 の紅葉に比べると、餘程色が善いやうですよ。」

(房)「まアさうでございますか。道理で他の楓樹より美しいやうに思ひま した。」

『乳姉妹』

これら(44)から(46)は、みな【B ロ】「否定的判断を背景に展開される判断」

を言語化する例である。例(44)では、侯爵と広間に掛けられている肖像画を見 ている房江が、その絵に対する想いの強さに言及している。ここで房江は、肖 像画に描かれた人物が、幼い頃、毎晩、枕元に立った女性と瓜二つであるため、

その傍を離れがたい思いでいる。しかし、人目もあることから、ずっとその絵 を見ているわけにもいかない。このことに対して、房江は「否定的判断」を下

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しているわけである。そして、房江は、その「否定的判断」をふまえつつ、本 当は「一日でもじツと拜見して居たい」のだ、という自身の気持ちを吐露する のであった。続く例(45)は、千鶴子が、浪子の襟止の美しさに言及しつつ、そ んな美しい襟止をプレゼントする8浪子の夫・武男の、妻を大切に想う気持ちへ の感激を伝えるものである。千鶴子の将来の夫となる俊次は、千鶴子に対して、

外交官の妻になるのだから語学を勉強しろと責めるばかりであって、それが、

ここでの「否定的判断」の対象である。千鶴子は、その判断をふまえつつ、そ んな俊次に引き替え武男は浪子のことを大切にしているという感嘆の念を伝え るわけであった。最後の例(46)では、房江と昭信が庭の楓の木を鑑賞しており、

房江は、楓の木々を見渡し、「まるで友禅のようだ」と、それが作り出す美しい 景色に感動する思いを口にする。房江の言葉に「道理で他の楓樹より美しい」

とあるように、房江は、眼前の楓と比べると、これまでに見た楓の美しさは充 分なものではないと考えている。これが房江の「否定的判断」である。その判 断からの展開として、眼前の楓が「友禅」に喩えられるほど見事であると口に しているのである。

確認してきたように、これらは、みな「否定的判断を背景に展開される判断」

に女性語「わ」の接続するタイプと考えられる。ただそれだけのことなら、こ こでこれらを引くにも及ばないのだが、本研究は、これらが、単に女性語「わ」

にとどまらず、終助詞「わ」というものが係助詞「は」といかなる関係にある のかということについて、示唆するところのある例ではないかと考えている。

というのも、これらの例には、現代語におけるテハ条件文との間に、ある並行 的な関係が見出されるのである。まず、次のテハ条件文を見られたい。

(47) そんな暗いところで本を読んでは、目を悪くしますよ。

(蓮沼1987:2)

詳細は次章で確認するが、先行研究において、テハ条件文は、話し手の「否

8 この引用よりも前に、武男が「いやこれは大変、浪さんはいつそんなにお世辞が上手に

なったのかい。これでは襟どめぐらいは廉いもんだ。」と言っていることからも、これが

武男の買ったものだということがわかる。

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定的判断」に対応するものであることが指摘されている。たとえば(47)の場合 は、テハ節に「暗いところで本を読む」ことという望ましくない事態が述べら れている。これは、本研究が述べてきた「不望」のタイプと同質であり、つま りは、「否定的判断」に対応しているわけである。ところが、テハ条件文には、

「否定的判断」とは関連づけられないタイプがあることも、既に先行研究にお いて示されている。

(48) かう暖かくては狂花がみられるんじゃない?

(川端1958:309)

例(48)のテハ節には、「かう暖かくては」と、「通常の水準を超えて暖かい」

ことが述べられており、たとえば有田(1999)は、このような事柄を「尋常では ない事態」と呼んでいる。

このような観点を得たうえで、再び例(44)から(46)を見ることにしよう。ま ず例(44)の場合、房江の、一日中でも肖像画を見続けていたいと思う気持ちは、

人間の通常の心境とは言い難いであろう。例(45)でも、「本当に兄さんはよくな さるのね」という千鶴子の言葉に明らかなように、何度見ても美しい「襟止」

を妻にプレゼントするような武男の愛情は、当たり前のものではなく、特筆に 値するものとされている。そして、最後の例(46)では、楓の美しさの形容に「ま るで友禅のようだ」と、いささか大仰にも感じられるような比喩が用いられて いることから、当たり前の「美しさ」の水準を超えたものとして言語化されて いると言える。

ここまでに確認したとおり、例(44)から(46)の話し手は、心のありようや、

ものの美しさが通常のレベルにはないと考えている。以下、本研究は、そのよ うな判断を「通常の凌駕」と呼ぶことにするが、テハ条件文における例(48)の ようなタイプも、そうした「通常の凌駕」という判断を表すものと類比的なわ けであった。つまり、女性語「わ」とテハ条件文は、共に「否定的判断」を中 核としつつ、一部、「通常の凌駕」にも亘るという点で共通しているのである。

では、この現象は何を意味するのであろうか。一般に、終助詞「わ」は、根 源的には、係助詞、乃至、副助詞の「は」(煩瑣を避けるために、以降、係助詞

「は」とのみ記す)と同一の語であったと見なされている。たとえば、山田孝

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雄(1922)は次のように述べている。

「は」はその意排他的であつて、事物を判然と指定し、他と混亂するのを 防ぐに用ゐられる。又これを終止形につけて終止し、强く主張する意をあ

「は」はその意排他的であつて、事物を判然と指定し、他と混亂するのを 防ぐに用ゐられる。又これを終止形につけて終止し、强く主張する意をあ