國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
例(42)は、夫人たちがバザーでの役割分担について討議する場面である。松 園夫人に、煙草屋の担当に指名された君江は、当初、それを断っていたが、途 中で諦めて、引き受ける旨、表明した。この(42)のようなタイプの場合、話し 手が発話の寸前に判断した内容を聞き手に伝えるものと見て、聞き手の知識状 態が更新されていると考えることも可能であろう。しかし、それと同時に、「煙 草屋でも何でもいたしますわ」という文に、話し手の決断と聞き手への伝達と いう、二つの側面を見出すことも可能かと思われる。本研究の範囲では、それ を最終的に決定することはできないが、聞き手だけではなく、話し手の知識状 態更新にも関わる例であるとの可能性に考慮して、このカテゴリーを設け、(42) 等の例を所属させておくこととした。続く例(43)では、お香が医者に、自分の 病状がおもわしくないのではないかと尋ねている。その場にいたお花はお香の 脈をとり、脈拍がしっかりしているということをお香に述べた。ここでお花は、
お香の脈に問題のないことを知るとともに、それをお香に伝えているわけで、
話し手・聞き手双方の知識状態が更新されていると考えられるわけである。
3.7 諸要素の複合に基づく用例の解析
ここまで、女性語「わ」の文法的性格を分析するための諸要素を挙げ、その 詳細を確認してきた。本節では、第 3 章冒頭で、文脈的な印象が全く異なる例 として挙げた(4)~(6)を再掲し、A から D という諸要素の組み合わせによって、
それらがどのように解析されるのかを述べる。
(4) (君)「(前略)ルビーの色がすツかり變つて居てよ。」
(房)「ちつとも變つては居ませんわ。」
『乳姉妹』
(5) (雪)「阿父さんも阿母さんも遲いのねえ。何を爲てるンだらう?」と又欠 びをして、「ああああ、古屋さんの勉強の邪魔しちやツた。私もう奧 へ行くわ。」私が些とも邪魔な事はないといつて止めたけれど、最う 斯うなつては留らない、雪江さんは出て行つて了ふ。松も出て行く。
私一人になつて了つた。詰らない……
『平凡』
(6) (勢)「私の朋友なんぞは、敎育の有ると言ふ程有りやアしませんがネ、そ
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
れでもマア普通の敎育は亨けてゐるんですよ、それでゐて貴君、西 洋主義の解るものは、廿五人の内に僅四人しかないの。その四人も ネ、塾のゐるうちだけで、外へ出てからはネ、口程にもなく兩親に 壓制せされて、みんなお嫁に往ツたりお婿を取ツたりして仕舞ひま したの。だから今まで此樣な事を言ッてるものは私ばッかりだとお もふと、何だか心細ッて心細ッてなりません。でしたがネ、此頃は 貴君といふ親友が出來たから、アノー大變氣丈夫になりましたわ。」 『浮雲』
はじめに、これらが、いかなる要素の複合によるのかということについて、
3.2 節で示した表 5 を再掲しておく。
表5 諸要素の複合
A B C D 例(4) イ イ1 ロ ロ 例(5) ロ ロ イ ハ 例(6) イ イ1 イ ロ
まず、例(4)は、【A.「否定的判断」の内実が(イ)「打ち消し」、B. 「否定的 判断」言語化の在り方が(イ1)「否定的判断それ自体」、C.「否定的判断」が生 じる責任の所在が(ロ)「聞き手」、D.知識状態が更新されるのが(ロ)「聞き手」】
という複合によって成り立つ例である。要素 A では、「ルビーの色が変わった」
ことという事柄に対し、「変わっていない」という打ち消しがなされる。次の要 素B では、「わ」は「否定的判断」そのものである「變つては居ません」に接続 している。続く要素C は、聞き手・君江の言及が打ち消されるわけであるから、
責任の所在は聞き手ということになる。そして、最後の要素D では、「変わって いない」と告知されて、聞き手の知識状態が更新されているのである。
一方、例(5)は【A.「否定的判断」の内実が(ロ)「不望」、B. 「否定的判断」
言語化の在り方が(ロ)「否定的判断を背景に展開される判断」、C. 「否定的判 断」が生じる責任の所在が(イ)「話し手」D. 知識状態が更新されるのが(ハ)
「話し手・聞き手の双方」】という複合によるものである。要素 A は、「雪江が
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
古屋の勉強の邪魔をしている」ことが不望と判断されていると言える。要素 B では、その「雪江が古屋の勉強の邪魔をしている」という「否定的判断」をふ まえて、「もう奥へ行く」という判断が示され、そこに「わ」が接続するわけで ある。続く要素 C では、話し手・雪江の行動が不望の対象となっているのだか ら、責任の所在は話し手である。そして要素 D は、これを、話し手の決断と聞 き手への告知があいまった文と解釈するならば、話し手・聞き手双方の知識状 態が更新されているということになる。
最後に、例(6)は、【A.「否定的判断」の内実が(イ)「打ち消し」、B. 「否定 的判断」言語化の在り方が(イ1)「否定的判断それ自体」、C.「否定的判断」が 生じる責任の所在が(ロ)「話し手」、D. 知識状態が更新されるのが(ロ)「聞き 手」】という複合によって成り立つ。要素 A は、「価値観の合う友人がいなくて 心細い」という事柄に対し、「新たな友人が出来たことで気丈夫になった」とい う「打ち消し」がなされている。要素B では、「わ」は「否定的判断」そのもの である「気丈夫になった」に接続している。次の要素C では、話し手自身の「友 人がいなくて心細い」という判断が、現在では誤ったものになっていると考え ており、よって、ここで「否定的判断」の原因を作ったのは、過去のお勢自身 ということになる。最後の要素 D では、「あなた(聞き手) という新たな友人が 出来たことで気丈夫になった」と告知されて、「聞き手」の知識状態が更新され ている。
以上、確認してきた例(4)~(6)のように、女性語「わ」に、一見、全く異な った印象を与える例が存在するのは、女性語「わ」の性格を構成する一つ一つ の要素の組み合わせの結果であった。そして、先にも述べたとおり、本研究の 見るところ、すべての女性語「わ」が、これらの要素を組み合わせることによ って、その性格を解析することが可能である。しかし、個々の例において組み 合わせの在り方を示すことが目的ではなく、上記の 3 例をサンプルとして提示 するにとどめ、次に、上述の女性語「わ」の文法的性格を定義のようなかたち でまとめておくことにしたい。