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実例の分析 – D 知識状態が更新される人物 -

立 政 治 大 學

N a tio na

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『金色夜叉』

(37) (老)「ひどい暴風雨でございますこと。旦那様がいらッしゃいませんと、

ねエ奥様、今夜なんざとても目が合いませんよ。飯田町のお嬢様は お帰京遊ばす、看護婦さんまで、ちょっと帰京ますし、今日はどん なにさびしゅうございましてしょう、ねエ奥様。茂平(老僕)どん はいますけれども」

(浪)「こんな晩に船に乗ってる人の心地はどんなでしょうねエ。でも乗っ てる人を思いやる人はなお悲しいわ!」

『不如帰』

例(35)では、房江と昭信が一緒に庭の楓を鑑賞している。房江は、楓が紅葉 してすぐに散ってしまうことを残念に思っており、このことが、(35)における

「否定的判断」の対象である。しかし、それは自然現象であるから「否定的判 断」を生じさせた責任は、話し手と聞き手のどちらにもない。続く例(36)は、

遊佐の妻と風早、蒲田が、高利貸として来ていた貫一について話している。風 早と蒲田は、貫一が高利貸の出来るような性格ではなかったため、その変貌を 信じることができない。それに対して、遊佐の妻が、貫一は非道であると訴え ている。ここで「否定的判断」の原因となっているのは貫一であるから、聞き 手と話し手のいずれでもないわけである。最後の例(37)は、老女のいくから、

荒天の模様を知らされた浪子が、悪影響を受けた人々を思いやり、心を痛めて いる。ここでの、「否定的判断」の対象は「荒天により人々が悪影響を受けてい る」ことであるから、例(35)の場合と同様、自然現象が「否定的判断」の原因 を生じさせているのであった。

3.6 実例の分析 – D 知識状態が更新される人物 - 3.6.1 【D イ】 知識状態が更新されるのが「話し手」

(38) (斎)「(前略)一生懸命で学問しても。奥様になりゃア仕事をしたり。めん どくさくっていやだワ。わたしゃア独立して美術家になるわ。画か きになるワ。美術の内で。歌舞音曲その他一二を除いて。源は皆な 画ですとサ。だから画は美術のKing。オヤ。フェミニンの方かしら

ニンだから Queen であると思い至る。ここでは「絵画=King」という考えが話 し手・斎藤の「否定的判断」の対象となっているわけだが、それは、話し手自 身の発見によるものであって、ゆえに、知識状態が更新されているのは、話し 手に当たる。続く例(39)は、君江が牡丹の花を持参して、かねてから思いを寄せ る昭信を見舞う場面である。昭信は、牡丹の美しさから君江の美しさに話を展

‧ 國

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開させ、君江を絶賛している。それまで、昭信は特に君江を誉めることがなか ったため、君江は、昭信の気持ちが、初めて自分の方に向いて来ていると認識 した。ここでは、昭信の発言によって、「昭信は自分を恋愛対象として見ていな い」という君江の考えが誤りではないかと考えるようになったわけであり、話 し手の中で、その知識状態が更新されているのである。

3.6.2 【D ロ】 知識状態が更新されるのが「聞き手」

(40) (宮)「私ね、去年の秋、貫一さんに逢つてね...。」

……… 中略 ………

(母)「(前略)何處で逢つたのだえ。而して貫一は奈何したえ。」

(宮)「お互に知らん顏をして別れて了つたけれど...。」 (母)「ああそれから?」

(宮)「其限なのだけれど、私は氣になつてね。それも出世して立派になつ て居るのなら、然うも思はないけれど、つまらない風采をして、何 だか大變羸れて、私も極が惡かつたから、能くは見なかつたけれど、

氣の毒のやうに見窄い樣子だつたわ。(中略) 那して子供の内から 一處に居た人が、那麼になつて居るかと思ふと、昔の事を考へ出し て、私は何だか情無くなつて……。好い心持はしないわ。」

『金色夜叉』

(41) (勢)「アラ彼樣な虚言ばッかり言ッて。」

(政)「虚言ぢやないワ眞實だワ……マなんぼなんだッて呆れ返るぢや有り ませんか。マなんぼなんだツて呆れ返るぢや有りませんか。ネー貴 君、何處の國にか他人の肩を持ツてサ、シシババの世話をして呉れ た現在の親に喰ッて懸るという者が有るもんですかネ。ネー本田さ ん、然うぢや有りませんか。ギヤツト產れてから是までにするにア 仇や疎かな事ぢやア有りません。子を持てば七十五度泣くといふけ れども、此娘の事ては是れまで何百度泣たか知れやアしない、其様 にして養育て貰ツても露程も有難いと思ツてないさうで、此頃ぢや 一口いふ二口目にや速ぐ惡たれ口だ。マなんたら因果でこんな邪見 な子を持ツたかと思ふとシミジミ悲しくなりますワ。」

『浮雲』

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例(40)では、お宮が母親に対して、元婚約者の貫一を見かけたときの様子に ついて説明するものである。貫一に昔の面影はほとんどなく、みすぼらしい姿 へと変貌していると告げるのだが、そうした様子について、母親はお宮の話を 聞くまで知ることがなく、ゆえに、知識状態が更新されるのは、聞き手の母親 ということになる。続く例(41)は、お政が本田に対して、お勢は他人である文 三の肩ばかり持ち、反対に母親である自分の発言を悉く否定していると、不満 の気持ちを告げている。本田は、お政からその話を聞かされるまで、母娘の間 にそのような問題があるとは知らなかったため、知識状態が更新されているの は、聞き手の本田なのである。

3.6.3 【D ハ】 知識状態が更新されるのが「話し手・聞き手の双方」

(42) (君)「煙草店が一番詰らないのね。簪屋か何かに替へて頂だく譯にはまゐ らないでせうか。」

(松)「いいえ、煙草屋でなけりやアいけませんの。煙草屋が一番商賣があ らうと云もんですから。まア貴嬢には看板娘になつて頂くのでござ いますよ。貴嬢が賣つけてさへ下されば、三錢のものを十錢にお賣 遊ばしても、殿方を、それこそ烟に巻いてお仕舞ひですわ。 (後略)」

……… 中略 ………

(君)「ほんと貴女方はお人が惡い。まだ承知もしませんものを……それぢ やア仕樣がありませんから、煙草屋でも何でもいたしますわ。」

『乳姉妹』

(43) (香)「先生、私はどうも能くないので御在ませうね。」

……… 中略 ………

(医)「他の醫者にお見せになれば、何と申しますか。私の伺つた處では、

今如何斯うと云ふ御心配はいるまいかと思ひます。」

(伯)「今お座敷で伺つても惡いとは仰有らんよ、のうお花。」

(花)「私が見ても脈摶が强健して居るわ……。オヤどうせう先生の前で斯 樣事を……。」

『殘菊』

‧ 國

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例(42)は、夫人たちがバザーでの役割分担について討議する場面である。松 園夫人に、煙草屋の担当に指名された君江は、当初、それを断っていたが、途 中で諦めて、引き受ける旨、表明した。この(42)のようなタイプの場合、話し 手が発話の寸前に判断した内容を聞き手に伝えるものと見て、聞き手の知識状 態が更新されていると考えることも可能であろう。しかし、それと同時に、「煙 草屋でも何でもいたしますわ」という文に、話し手の決断と聞き手への伝達と いう、二つの側面を見出すことも可能かと思われる。本研究の範囲では、それ を最終的に決定することはできないが、聞き手だけではなく、話し手の知識状 態更新にも関わる例であるとの可能性に考慮して、このカテゴリーを設け、(42) 等の例を所属させておくこととした。続く例(43)では、お香が医者に、自分の 病状がおもわしくないのではないかと尋ねている。その場にいたお花はお香の 脈をとり、脈拍がしっかりしているということをお香に述べた。ここでお花は、

お香の脈に問題のないことを知るとともに、それをお香に伝えているわけで、

話し手・聞き手双方の知識状態が更新されていると考えられるわけである。