4.1 テハ条件文に言語化される事態の性格
4.1.1 a「否定的判断」「通常の凌駕」以外には言及しないもの
國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
第 4 章 女性語「わ」とテハ条件文の関連
4.1 テハ条件文に言語化される事態の性格
本研究は、第 3 章の末尾において、女性語「わ」だけではなく、テハ条件文 にも、話し手の「否定的判断」及び「通常の凌駕」という判断を表す性格が認 められるということを述べた。ここでは、まず先行研究の記述を参考にしなが ら、テハ条件文の性格を確認することにするが、テハ条件文の意味するところ をどう把握するのかという点については、先行研究によって差異も見られる。
それは大きく次の二つに分類することができる。
a 「否定的判断」「通常の凌駕」以外には言及しないもの b 「否定的判断」「通常の凌駕」以外にも言及するもの
以降、a【「否定的判断」「通常の凌駕」以外には言及しないもの】と b【「否定 的判断」「通常の凌駕」以外にも言及するもの】に属する先行研究をそれぞれ概 観し、そこにどのような問題点があるのかを考えていく。
4.1.1 a「否定的判断」「通常の凌駕」以外には言及しないもの
a に属する先行研究の中にも、論者による異なりがあって、まず、松下(1930) は、テハ条件文が、話し手が困っている場合にのみ用いられ、話し手にとって 都合の良い場合には用いられない、という指摘をしている。テハ条件文が言語 化する事態に「否定的判断」以外のものを認めていないわけである。
(49) 大阪まで行つては日歸りは出来ない。 (松下 1930:273) (50) 彼んな惡い人と交際しては大變な目にあひます。 (同上) (51) ?あんなに勉強してはきっと優等生になる。 (同上)
見られるとおり、例(49)と(50)のテハ条件文は、否定的な意味内容を含む文 である。対する例(51)は、否定的な要素が含まれているようには感じられない。
そのため、テハ条件文を用いると不適切な文になると指摘されている。ただし、
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
松下(1930)は「優等生になられては困る」といった否定的な判断が込められて いる場合は、適切な文になるとも述べている。
テハ条件文が言語化する、「否定的判断」以外の性格に初めて言及したのは、
本研究の見るところ、川端(1958)である。次に、再掲の例(48)も含めて、例文 を引用する。
(52) そんなことをなすつちやお母さまにお氣の毒です。
(川端1958:309) (53) 電車の中でゐねむりなんかしては人に笑はれますよ。 (同上) (48) かう暖かくては狂花がみられるんぢやない? (同上) (54) こんなに夕焼が美しくては明日もいいお天氣だろう。 (同上)
川端(1958)は、テハ条件文には、後句の判断が前句を否定する働きがあると 述べており、特に名称を与えているわけではないが、テハ条件文に「否定的判 断」を表す性格のあることを論じている。たとえば、例(52)と(53)の「お気の 毒です」、「人に笑われる」といった後句における話し手の判断は、前句に言語 化された「そんなことをする」、「電車の中で居眠りをする」といった行動を「否 定」しているとされるわけである。一方、川端(1958)は、例(48)と(54)につい て「否定的関係を後句が失う」文であると説明しており、テハ条件文に「否定 的判断」以外の性格が存在することを指摘してはいる。しかし、それがどのよ うな性格を持つのかという点については、具体的な言及がない。
こうした、テハ条件文に言語化される「否定的判断」以外の事態の性格を規 定したのは、蓮沼(1987)と有田(1999)であった。蓮沼(1987)と有田(1999)は、
名称の付け方は異なるが、どちらも、それまで明らかにされてこなかった「否 定的判断」以外の事態の性格について詳しく述べている。まず、蓮沼(1987)は、
否定的な意味的特性を持つ文を「反期待性」と呼び、否定的な意味特性を持た ない文には「意外性」と名付けている。さらに、蓮沼(1987)は「反期待性」に は、大きく二つの働きが含まれているとし、以下のようにまとめている。
1.「望まない」あるいは「回避したい」など否定的な事態の表明
(55) 無理しちゃ駄目よ。 (蓮沼 1987:5)
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
(56) 淳一がいなくては、耐えられない。 (蓮沼 1987:4) 2. 前件の表す事態の存在や生起、遂行を事前に回避する働き
(57) あまり早く帰っては、また信子に冷やかされそうだ。 (同上)
例(55)と(56)の後件「駄目だ」、「耐えられない」のように、否定的な表現や 否定形の場合は、前件の事態の成立や存在を「望まない」または「回避したい」
という話し手の感情を表明するものだとされている。一方、例(57)の後件「(信 子に)冷やかされる」は、話し手にとって「望まない」または「回避したい」事 態であり、そうした場合は、その事態が起きるのを事前に避けようとする「回 避の必要性」の機能が働くと指摘されている。
一方、次に再掲する例(48)と(54)の場合は、内容上、これらが「否定的判断」
を言語化しているわけでないことは明らかである。
(48) こう暖かくては狂花がみられるんじゃない?
(蓮沼1987:10) (54) こんなに夕焼けが美しくては明日もいいお天気だろう。 (同上)
確認されるように、例(48)と(54)は、もとは川端(1958)に示されていた、先 掲の(48)(54)と同じものである9。ただ、蓮沼(1987)は、川端(1958)では明ら かに規定されていなかったこれらの性格について、次のように述べている。ま ず、例(48)と(54)の前件には、「こう」、「こんなに」といった、極端な程度を表 す指示語(下線部参照)がある。蓮沼(1987)は、これらの表現が存在すること から、その文には、通常の程度を超えた状態、及び、それに対する話し手の驚 きを含んだ評価が言語化されていると論じ、「意外性」という名称を与えている。
次いで、有田(1999)は、「否定的判断」を言語化するものを「否定的含意」と 称し、それ以外のものについては、前章で触れたように「尋常ではない事態」
と呼んでいる。
9 川端(1958)では、例(48)は「かう暖かくては」と旧仮名づかいを用いているが、蓮沼
(1987)では、「こう暖かくては」と現代仮名づかいに直して用例を挙げている。なお、本 研究で例(48)を引用する際、蓮沼(1987)で再掲されている川端(1958)の用例は、川
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
(58) 君が行っては、みんなが迷惑する。 (有田 1999:136) (59) 友達を裏切っては、世間が許さない。 (同上) (60) あなたのような美しい方に頼まれては悪い気はしない。
(有田1999:137)
例(58)と(59)は、後件が「みんなが迷惑する」、「世間が許さない」となって いることにも明らかなように「否定的含意」を持つ文とされる例である。一方 の例(60)の場合は、「あなたのような美しい方」という、通常の人よりも格段に 容姿に優れている人物に頼まれると、普通は悪い気がしそうな場合でもそうは ならないという意味を持つ。このような例が「尋常ではない事態」とされるわ けである。ただし、有田(1999)は、例(60)には否定的な含意はないけれども、「あ なたのような美しい方でなければ頼まれてもちっともうれしくなかった」とい う意味が隠されているとして、簡単には否定的な性格と切り放せるものでもな いと述べている。
さらに、有田(1999)は例(58)の前件が実現していない事態であり、また例(59) も個別具体的な事態を言語化するものではないことから、「否定的含意」を持つ 文は、前件に未実現の事態が現れるとする。それに対して、「尋常ではない事態」
の例(60)では、前件に既実現の事態が出現していることから、前件の事態の事 実性のあり方が、「否定的含意」と「尋常ではない事態」の差異に関連する傾向 があると論じている。確かに、次の(61)は有田(1999)の指摘するように不適格 かと思われる。
(61) *先月引っ越しをなさっては、大忙しでしょう。
(有田1999:136)
これは、「否定的含意」の例になりそうなタイプであるが、前件の事態が既実 現となっており、それゆえに不適格になるのだと考えられるわけである。しか し、有田(1999)では、次の(62)のような例も紹介されている。
(62)中山を交替させては、勢いがなくなる。さりとてカズをおろしては、
技術力が落ちる。どうしたらいいんだろう。
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
(有田1999:136)
有田(1999)は、(62)に現れるどちらのテハ条件文も未実現の事態を言語化し ているが、そこには「否定的含意」がないと述べている。これは、後に4.2 節で も触れる、テハ条件文に「否定的含意」が生じる理由とも関連のある現象とさ れている。ここでは概略のみ記すが、有田(1999)は、テハに含まれる係助詞「は」
が持つ、「対比」を意味するという性格によって、対比的に言外の内容が想起さ れることとなり、その結果、テハ条件文の「否定的含意」が生じるのだと論じ ている。(62)の場合は、文中に「対比」される二者が明示されるため、言外の 内容との対比というメカニズムが機能しえない。ゆえに、「否定的含意」が生じ なくなると考えるわけである。しかし、この(62)は、後件の「勢いがなくなる」、
「技術力が落ちる」という望ましくない事態を事前に防ぐという、蓮沼(1987) の言うところの「回避の必要性」が働く例だと考えられる。つまり、蓮沼(1987) の枠組みで言えば、(62)も(57)と同じカテゴリー(「反期待性」)に属すること になるわけで、本研究も(62)を(57)と区別すべき理由はないと考える。有田 (1999)は、前件の事実性に重点を置くあまり、「否定的含意」という解釈を狭く 取りすぎているのではないだろうか。
さらに、この問題に関しては、塩入(1993)に次のような例が紹介されている。
(63) そうした少年に死角からいきなりとび出されては、どんな運転手でも避 けようがなかった。
(塩入1993:68)
例(63)は、否定的な意味要素を持つと考えられるが、後件が「避けようがな かった」となっていることからも明らかなように、既実現の内容が言語化され ていると考えられるものである。実際にこのような例も存在する以上、やはり、
前件の事態が事実的か否かを、「否定的含意」と直結させるのは問題のように思 われるのである。
以上、テハ条件文に関して、「否定的判断」「通常の凌駕」以外の性格には言 及しない先行論を見てきたが、それらをまとめると、次頁のようになる。
‧ 國
立 政 治 大 學
‧
N a tio na
l C h engchi U ni ve rs it y
表7 先行研究におけるテハ条件文の性格規定
表7 先行研究におけるテハ条件文の性格規定