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第5章 おわりに
5.1 本研究のまとめ
本研究は、明治時代の女性語「わ」を対象に、その使用の根幹には、話し手 の「否定的判断」があること、及び、明治時代の女性語「わ」には、一部「通 常の凌駕」という判断を言語化する例が見られ、その点で現代語のテハ条件文 と並行的な関係にあることを明らかにした。また、「否定的判断」と「通常の凌 駕」との間には、「事柄を受理しない」という共通点があることを述べた。さら には、その「通常の凌駕」の例に見出される「対比」性によって、女性語「わ」
とテハ条件文は、「助詞ハ」の中に位置づけられていくことを論じた。
5.2 現代の女性語「わ」
では、本研究の認めた、明治時代の女性語「わ」の文法的性格は、現代語に おいても同様に確認されうるのであろうか。本研究の範囲では、現代の女性語
「わ」に関する本格的な分析を行うことはできないが、ここでは、予備的な調 査として、第 1 章の冒頭で挙げた例(1)~(3)を再び示し、その観察を行うこと にしたい。
(1) (幸)「レディに対してこんな歓迎の仕方なんて許せないわ。やつぱり帰る。
別の海へ行くわ」
映画『人魚がくれたさくら貝』
例(1)では、幸子が訪れた先の少年 3 人が、歓迎のしるしとして落とし穴を掘 り、何も知らずにやって来た幸子はそこに落ちてしまう。少年たちは、歓迎の 表現であった旨、幸子に説明するのだが、幸子は立腹して少年たちを非難する。
この例(1)には、文末に「わ」を持つ文が二つあるが、順に(1a) (1b)と称し て、言及していく。
まず(1a)に対して 3 章で論じた要素を適用して解析すると、次のようになる。
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要素A.「否定的判断」の内実が、ロ「不望」
要素B.「否定的判断」言語化の在り方が、イ 1「否定的判断それ自体」
要素C.「否定的判断」が生じる責任の所在が、ロ「聞き手」
要素D. 知識状態が更新されるのが、ロ「聞き手」
幸子は「落とし穴を作る」ことを不適切であると考えているわけであるから、
ここでの「否定的判断」は「不望」の側である(要素 A)。また、ここで「わ」
は「許せない」という「否定的判断」に接続している(要素B)。さらに、幸子 に「不望」との判断をさせたのは聞き手の少年たちであり(要素C)、幸子から の非難によって、少年たちの知識状態が更新されてもいる(要素D)。
一方の (1b)の場合は次のとおりである。
要素A.「否定的判断」の内実が、ロ「不望」
要素B.「否定的判断」言語化の在り方が、ロ「否定的判断を背景に展開され る判断」
要素C.「否定的判断」が生じる責任の所在が、ロ「聞き手」
要素D. 知識状態が更新されるのが、ロ「聞き手」
要素 A、C に関しては、(1a)と同様である。要素 B の場合は、落とし穴を作 ったことに対する「否定的判断」を背景に、「別の海へ行く」という判断がなさ れ、そこに「わ」が接続している。残る要素D は、「別の海に行く」と幸子から 伝えられた聞き手の少年たちの知識状態が更新されることになる。
(2)(田)「いえ、こちらこそ、おめでたい式を前にへンなことでご心配をおかけ してほんとすいません(と深々と頭をさげ)、怒られて当然です」
(啓)「―― 怒ってなんかないわ、それより、ちょっと嬉しいくらいかな……」
テレビドラマ『オンナって不思議』
次いで、例(2)では、結婚プランナーの田川が、自分の勘違いで、新婦の啓子 に心配をかけてしまったため、お詫びに啓子を食事へと誘い、謝罪する。それ に対して、啓子が「怒っていない」と答えている。この例(2)は、次の要素の複
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合によるものと考えられる。
要素A.「否定的判断」の内実が、イ「打ち消し」
要素B.「否定的判断」言語化の在り方が、イ 1「否定的判断それ自体」
要素C.「否定的判断」が生じる責任の所在が、ロ「聞き手」
要素D. 知識状態が更新されるのが、ロ「聞き手」
要素 A は、「啓子が田川のことを怒っている」という事柄に対し、「怒ってな い」と述べるわけであるから、「打ち消し」がなされている。要素B では、「わ」
は「否定的判断」そのものに当たる「怒っていない」に接続している。要素 C は、聞き手・田川の発言を打ち消しているわけであるから、責任の所在は聞き 手ということになる。そして、要素 D では、啓子から「怒っていない」と告知 されて、聞き手の知識状態が更新されているのである。
(3) (杳)「純白のウェデングドレスが眩しい位輝いていて、私の眼には天女の 羽衣のように見えたわ……(期待の眼で貴史をみつめ) 女って一生 に一度天女の羽衣をまとってお嫁に行くのね」
テレビドラマ『凄絶!嫁姑戦争 羅刹の家』
最後の例(3)の場合、交際相手の貴史に、関係を持つ際の様子がいつもと違う と言われた杳子が、そのことを恥ずかしく感じている。つまりは、そんな貴史 の発言に対して、「不望」との判断を下している。そして、杳子は、そうした否 定的判断をふまえつつ、自分がいつもとは違っている事情を貴史に説明する。
その主旨をまとめて記せば、親友の結婚式で目にしたウェディングドレス姿が、
「天女の羽衣」をまとっているかのように美しかったため、自分も貴史との結 婚を意識して、平静ではいられなくなったというわけである。以上より、この 例は次の要素の複合からなるものと考えられよう。
要素A.「否定的判断」の内実が、ロ「不望」
要素B.「否定的判断」言語化の在り方が、ロ「否定的判断を背景に展開され る判断」
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要素C.「否定的判断」が生じる責任の所在が、ロ「聞き手」
要素D. 知識状態が更新されるのが、ロ「聞き手」
そして、この例(3)は、「否定的判断を背景に展開される判断」が「通常の凌 駕」に該当するタイプと言えよう。つまり、親友のウェディングドレス姿に対 して、「天女の羽衣のように見えた」と、大仰にも感じられるような比喩を用い、
それが、通常の「美しさ」をはるかに凌駕するものであることを述べているの である。
以上、現代の女性語「わ」を数例、観察したが、その範囲においては、現代 の女性語「わ」も、明治時代の女性語「わ」と同様の要素の複合によって解析 することができた。また、「通常の凌駕」の例が見出される点においても、現代 の女性語「わ」には、明治時代の例と大きな変動がないように思われる。今後 は、以上の結果を考察への見通しとしたうえで、充分な用例を採集し、分析を 進めていくことにしたい。