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全く読み取れず、自発6に近い意味がある。それはなぜだろうか。
(4)a. 鼻にニキビができた。
b. 学校で友達ができた。
そもそもデキルという動詞には可能という一つの意味のみならず、(2)に対 する説明で述べた「新しく作られて完成される」という意味もあり、また、上 記の自発に近い意味もある。それゆえ、N ガデキル文も多義性を持つと思われ る。N ガデキル文がどの意味を表すかは N の位置に来る名詞が決めると仮定 する。本研究は、N の位置にどのような名詞が現れ、どのような意味を表すか、
という疑問を明らかにするために研究する。
なお、日本語教育文法について研究するような導入の書き方をしているが、
本研究では単に N ガデキルという形式を中心にその多義性を分析することを 目的とし、日本語教育ではどう教えるかについては立ち入らない。
0.2 研究方法および本論文の構成
本研究は、N ガデキルを N とデキルの二つの構成素に分けて考察する。本 論文全体のアプローチは生成語彙論と認知意味論を融合したアプローチをと る。具体的には、デキルの多義性について認知言語学のアプローチをとり、そ の多義性が派生したプロセスを明らかにする。そして、必要に応じてデキルの イメージ・スキーマで説明する。次に、デキルという動詞の意味構造について は生成語彙論(Generative Lexicion)のクオリア構造(Qualia Structure)を用い てデキルの意味構造を規定するが、このクオリア構造では百科事典的知識も記 載されるので、認知言語学的には有意義なものである。また、N ガデキルとい う動詞句の多義性について研究するが、具体的には、NINJAL-LWP for BCCWJ というコーパスによって「N ガデキル」のデータを集め、その N についてク オリア構造を用いて意味分析を行う。最後に、N ガデキルという句レベルでは 解決できない多義性の問題は構文レベルで改めて考察する。
本論文はまず、第 1 章では先行研究を概観する。次に、第 2 章ではデキルの 多義性などについて分析を試みる。また、第 3 章では N ガデキル文における N についてデータ収集し、モノ名詞とコト名詞に分類する。第 4 章では N ガデ キル動詞句の多義性について考察し、クオリア構造により意味分析を行う。第 5 章では第 4 章で解決できないことについて構文レベルで改めて考察する。第 6 章は結論と今後の課題である。
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自発とは、 「あるものが、自然に、ひとりでにある状態を帯びる、あるいはあるものを対象
とする現象が自然に起きる(寺村 1982)」ことである。
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第 1 章 先行研究
本章で取り上げるデキルに関する先行研究は二通りに分けられる。デキルの 意味を中心に考察した研究と可能表現としてデキルに言及した研究である。
前者には前田(1983)があり、小泉・船城・本田・仁田・塚本(1989)は辞 典における記述である。可能表現としてデキルについて触れた研究については 渋谷(1993)を取り上げる。
本章ではそれらを概観し、問題点を指摘し、本研究との接点を述べたうえで、
本研究で解決すべき課題を提示する。
1.1 デキルをめぐる研究
デキルを中心とする研究は前田(1983)しか見当たらず、デキルの意味用法 について記述があるのは、辞典のみであるという現状である。以下、まず前田 の研究を見たうえで、辞典における記述を概観する。
1.1.1 デキルの語源:前田(1983)
前田によれば、デキルは歴史を遡れば「出で来」(以降、「イデク」と表記す る)が本来の姿であり、上代から「出て来る」と現在の「出来る」、「生ずる」
に近い意味で使われていた。前田の調査によると、『万葉集』においては、イ デクはほぼ人や月などの具体的なモノが出てくる場合に使われている。また、
中古に入っても同じように、「出て来る」と「生じる」の両方の意味の用法が あると前田は述べている。中世に入り、形態的には(イ)デク(ル)、デキル、
デケルという三つの形が使われるようになったが、意味的には(イ)デク(ル)
は「自然とそのようになる」という意味で、デキルとデケルは人間が仏などを 作るということが前提となっているそうである。
(5)a. 月がいでく。
b. 仏がでける。 (ibid.:4)
近世に入ると、デクルよりもデキルのほうが優勢になり、ある動作をするこ とが可能であることを意味するようになった。以上、前田の調査をもとに、筆 者は次の表を作成した。
(6)デキルの歴史的変化
時代 形態 意味
上代と中古 イデク ①出てくる。②生じる。
中世 (イ)デクル、
デキル、デケル
①自然とそのようになる。
②N を作るという前提で N が完成される。
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時代 形態 意味
近世 デキルが優勢
①自然とそのようになる。
②N を作るという前提で N が完成される。
③することが可能である。
形態はやがてデキルという一つの形に合流するが、その意味は歴史の変遷に 伴い、積み重なってきたと考えらえる。ただ、現代日本語におけるデキルには
「出て来る」という意味がなくなっている。その証拠として、次の文はデキル に言い換えられない。
(7)a. 失物:出て来るでしょう。 (浅草寺観音籤)
b. 失物:*できるでしょう。
中世に入って(他の形を含めた)デキルは「自然とそのようになる」という 自発的意味と、「N を作るという前提で N が完成される」という人間の意志性 が関わる意味を持つようになるということは相当興味深い。前者は「おのずと 然る」という人の意志性が関わらない非対格動詞と考えられる(影山 1993:
194)。後者は次のような行為連鎖7において「作る」という動詞と意味的に対 を成すと考えられる。これは、人が仏を作るという行為の結果、仏というもの が無から有になる、ということを示している。
(8) <行為> → <変化> → <結果状態>
(人が)仏を作る 仏が形になる 仏ができた8
デキルが「作る」と意味的に対応していることはすでに、日本語記述文法研 究会(2009:28)で指摘されている。また、意味的に自他の対応を持つ動詞の ペアにナルとスル、「死ぬ」と「殺す」があるという。
以上のことをまとめれば、デキルは行為連鎖における<行為>の有無により、
二種類の用法に分けられ、可能を付け加えて三種類の意味用法があると考えら れる。
1.1.2 辞典における記述:小泉・船城・本田・仁田・塚本(1989)
小泉・船城・本田・仁田・塚本(1989:342-343)では、意味を優先に分類 した上で、その用法を記述している。筆者はそれに基づき、次の表を作成した。
以下、丸括弧()は任意項、角括弧〔〕は名詞範疇(ヒト、モノ、コト、トコ
7
行為連鎖(action chain)とは、人間の日常の営みを捉える考え方であり、 「<行為> → < 変化> → <結果状態>」というような関係を指す(影山 2001:5-6)。
8
「仏作って魂入れず」という諺があるが、 「仏ができる・できた」という言い方は検索エン
ジンでは見つからなかった。ここでは単に前田の例文を引用しているまでである。
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ロなど)、波括弧{}は助詞を示している。
(9)小泉らが規定したデキルの意味と文型
意味① 新たに子供が生まれたり、物事が生じたりする。
文型 a. (〔人・組織・所〕に)〔子・物・事〕ができる 例文
息子のところに子供ができた。
道路に水たまりができる。
両国の間に合意ができる。
文型 b 〔人〕は(〔人・所〕に)〔子・物・事〕ができる 例文
私は子息に子供ができた。
彼女は額にニキビができた。
先生は家に用事ができた。
意味② 物・事が作られたり、完成したりする。
文型 a (〔所〕に)〔物・事〕{が/は}できる 例文 駅前に喫茶店ができた。
支度ができた。
文型 b 〔物〕{が/は}〔物〕{で/から}できる 例文 この机は木でできている。
水は水素と酸素からできている。
文型 c 〔物〕{が/は}(〔所〕で)できる 例文 お茶は静岡や京都でできる。
意味③ あることを行う能力や資格を持っている。
文型 a 〔人・生き物〕{に/が/は}〔事〕ができる 例文 母は車の運転ができる。
お前にこんなことができるわけがない。
文型 b 〔人・生き物〕{に/が/は}文ことができる 例文 関係者以外はここに入ることができない。
意味④ 人柄が円満である。
文型 〔人〕は(〔性格〕が)(副詞的要素)できている 例文 あの家の奥さんは人間がよくできている。
すでに見たように、意味①と②は「動作主が N を作るという前提」で異なっ ている。本研究では前者を<生起>、後者を<完成>と呼ぶ。意味③は本研究 で言う<可能>である。
このように、小泉らはデキルの意味を体系的に捉えている。その記述もどの ような名詞句が必須か、どの格助詞か副助詞でマークされるか、極めて厳密に 網羅的に記述している。
ところが、小泉らの記述に問題点が二つある。まず、場所格を全て任意項に
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する点である。確かに意味①で場所格があってもなくてもよいという点で任意 項とみなしてもよいが、意味②の文型 c は場所格が欠けると、「?お茶はできる」
という座りの悪い文になる。もう一つの問題点として、序章で問題提起したよ うに、<可能>を表す場合、ガ格名詞句は必ずしもコト名詞ではない点が挙げ られる。
1.1.3 まとめ
これまでデキルをめぐる歴史的研究と辞典における記述を見てきた。本研究 では小泉らがまとめたデキルの意味を踏襲し、「N ガデキル」という形式に絞 り、その名詞について改めて考察を試みる。本研究で「N ガデキル」という形 式に絞る理由は、いずれの意味でもガ格名詞句が欠けてはいけない成分であり、
デキルという動詞との緊密性が見られるからである。他方、ハでマークされる 名詞句は、次のニ格名詞句と同じように、あってもなくてもよいという点で付 加部(adjunct)と考えられる。つまり、<生起>か<完成>か<可能>かは「N ガデキル」という形式ができた時点で意味が指定されているということである。
(10)a. (私は)(子息に)子供ができた。
b. (彼女は)(額に)ニキビができた。
b. (彼女は)(額に)ニキビができた。