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第 3 章 西洋料理におけるタマネギの利用
西洋料理というのは欧米諸国の料理の総称であるが、日本および近隣の中国,
朝鮮などを除く諸外国の料理という意味も含まれている。どの国の料理も焼く、
煮る、揚げる、蒸すといった調理法の基本に変りはないが、それぞれ異なる気 候風土、産物、歴史などの影響を受け、特徴ある料理が発達している。西洋料 理に共通する特色としては、獣鳥肉を主材料とすること、油脂類、香辛料を多 く使うこと、穀物をおもにパンの形で粉食することなどがあげられる。
日本に初めて西洋料理をもたらしたのは、天文12 年(1543)に種子島に漂 着したポルトガル人であるといわれている。それから寛永16 年(1639)に徳 川三代将軍家光が鎖国令を発布するまで、ポルトガル、スペイン、オランダ、
イギリスとの間に交流が盛んに行われ、洋風料理も広まっていった。鎖国によ って西洋料理も姿を消したが、19 世紀の初期に蘭学が盛んになるとともに、
オランダ風の料理がつくられていた。安政5 年(1858)、日米修好通商条約の 締結によって長崎、横浜、箱館の港が開港されたのを機に、西洋料理は本格的 に普及し始めた。そして、明治になると、明治政府は文明開化政策を行い、諸 外国の文化文明を積極的に導入することとし、西洋料理は文明開化のシンボル として、上流階級と知識人を中心に日本に浸透していく。また、その文明開化 を象徴する「西洋料理」とは、フランス料理をベースにした料理である。つま り、「コース料理」である。
ここでは、まず、本格的な西洋料理=フランス料理にタマネギはどのように 利用されているのかを探求したい。
3-1 ヨーロッパの西洋料理におけるタマネギの利用
ここで『招客必携』(MANUEL DES AMPHITRYONS)という 19 世紀フ ランスの美食概論を取り上げる。『招客必携』というのは、1803 年に『食通年 鑑』71を創刊したグリモ・ドゥ・ラ・レニエール72が1808 年に書いた本である。
この本は肉の切り分けに関する概論、献立に関する定義と一般基礎知識、美食 家の礼儀作法に関する基本原理という三部分から構成されている。ここでは第 二部の献立を例として、タマネギの利用法を考察する。
この本には献立が春、春の特別、夏、秋、冬に分かれ、それぞれの季節ごと に15 人、25 人、40 人、60 人の饗宴を想定しており、合計 20 個の献立が紹介 されている。
春の献立のアントレ73では、次のような献立を挙げている。
71 (Almanach des Gourmands) パリにおけるレストラン、食料品店を評論した本である。
72 (1758−1838)フランスの美食評論家、作家、弁護士である。
73 (entrée)正式の西洋料理で、魚料理の次に肉料理が 2 種出る場合の初めの肉料理である。
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ストーヴで焼いた若い雌鶏、ラヴィゴットソース(酸味のきいたソース。冷製は ヴィネグレットにケイパー、ハーブ、みじんきりにした玉葱を加えたもの)。74 若鶏のフリカッセ、シュヴァリエ風ヤマウズラの雛のフイレ、スペイン風(スペイ ン料理から着想を得たもの。特にフライにして、トマトやピーマン、玉葱、ニンニ クが加えられたものが多い)香味ソース。75
肉の炭火焼き、スービーズ風(玉葱のピュレを加えたベシャメルソースか、玉葱 の炒め煮にライスで濃度を濃くしたピュレを添えた)。76
ヤマウズラの雛のフィレ、ウェストファリア風(玉葱入りで、赤ワインとヴィネガ ーで煮たもの)。77
つまり、タマネギは肉料理のソースとして使われていることがわかる。また、
タマネギの調理法について、煮たり炒めたりしてもよく、冷製として生のまま でもいい。特に、スービーズソースというのはタマネギで作ったものである。
また、春の献立のテリーヌ78では「鰻と仔兎のジブロット(一般的には兎の調理。
ベーコン、小玉葱、ブーケガルニなどとともにワインで煮込んだ)」79という鰻と小 兎のワインの煮込み料理を挙げている。
そして、春の献立のアントルメ80では「ラムカン(トーストパンにチーズや腎臓、
ニンニク、玉葱などをのせて、クリームを浸し、焼いたもの)」81と「ジャガイモのリヨ ン風(炒めた玉葱のうす切りを添える)」82というタマネギを使った献立を書いて いる。また、フランスのリヨン地方がタマネギの有名な産地であるから、リヨ ン風というのはタマネギをメインとして使った料理である。
また、夏の献立のアントレでは「鯉のコートレット、サントムヌール83風(火を通し た肉や魚にパン粉で衣をつけて焼き、マスタートか、あるいは玉葱、ヴィネガー、ハ ーブの入ったマスタード風味のサントムヌールソースで味わう)」84という献立があ り、夏の献立のポタージュ85では「小さいなニゴイの船乗り風(魚や貝、甲殻類を 白ワイン、玉葱、エシャロットのみじんきりを加えて煮た後、煮汁をバターでつなぐ)」
74 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P141。
75 同上、P147。
76 同上、P152。
77 同上、P157。
78(terrine)つぶして調味した魚・肉・野菜などを陶製の器に入れ、天火で蒸し焼きにした料 理である。本来は、その器をいう語である。
79 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P156。
80(entremets)西洋料理で、デザートに出る菓子類である。
81 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P137。
82 同上、P139。
83 (Chablis les Vaillons)白ワインの一種である。
84 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P164。
85(potage)スープである。特に、とろみをつけた濃い不透明のスープである。
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86という献立があることから、タマネギは肉料理だけではなく、魚料理にも使 われていることがわかる。また、タマネギはワインと合うこともわかる。
そして、夏の献立のデジュネ87では「仔牛の内股肉、ブルジョワ風(家庭的な肉 のブレゼ。面取りした人参、小玉葱、ベーコンのグラッセを添えたもの)」88という献 立がある。ブルジョワ風というのは王宮料理に対して庶民の家庭料理を指す89。 つまり、一般的な家庭料理にタマネギも使われていることがうかがえる。
また、夏の献立のアントルメでは、「アーティチョーク90 リヨン風(玉葱をベース にしたソテーやソース)」91と「まるごとのシャンピニョン92、マルセイユ風(トマト、ニン ニク、玉葱、オリーヴ、アンチョヴィなどを使った料理)」93という献立を書いている。
つまり、野菜料理と茸料理にタマネギも使われている。
また、フランス料理の出汁について、『フランス料理二大巨匠物語』では次 のように述べている。
料理の味を深め甘みを増す「魔法の万能液」とでもいうべきフォン・ド・ヴォーは、
料理と不可分のものである。それは仔牛のすね肉と、バターで炒めたタマネギ、
ニンジンなどを十時間ほど煮込み、それを漉した出汁のこと。94
つまり、フランス料理には欠かせないフォン・ド・ヴォー95というソースの 中にタマネギも使われている。
以上のことから、タマネギの調理法には冷製として生のまましたり、ワイン で煮たり、バターで炒めたりするなど様々の調理法があり、それに、フランス 料理の肉料理、魚料理、野菜料理、茸料理、一般的な家庭料理など数多くの料 理に使われていることが分かる。つまり、タマネギはフランス料理に不可欠な 素材の一つであることが言える。
86 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P169。
87(déjeuner)昼食である。
88 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携(中央公論新社、2004 年)P178。
89 ジャン・ポール・アロン著、佐藤悦子訳『食べるフランス史―19 世紀の貴族と庶民の食卓』
(人文書院、1985 年)。
90 (artichoke)キク科の多年草。切花用または野菜として栽培される。
91 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P164。
92 (champignon)キノコのこと。特に、マッシュルームを指す。
93 グリモ・ドゥ・ラ・レニエール著、伊藤文訳『招客必携』(中央公論新社、2004 年)P175。
94 宇田川悟『フランス料理二大巨匠物語』(株式会社河出書房新社、2009 年)P148。
95 (fond de veau )子牛肉の出汁である。