第一章 序論
1.4 先行研究
文化人が政局に圧迫された境遇、台湾人の「日本人アイデンティティ」認識 の変化と台湾人が作品におけるイメージは、本論文では討論したい課題である。
その課題を分析するために、先行研究では三つの方向性に分けて考えてみよう。
それは「時代背景」「国家意識・アイデンティティの形成」と「テキストの分析」
である。
まず「時代背景」の部分からはじめる。日本統治末期において台湾文壇は戦 争にもたらした激変を迎えた。李文卿氏の『帝国想像―戦争期の台湾新文学』20 と柳書琴氏の『戦争と文壇-日本統治末期の台湾の文学活動(1937.7-1945.8)』21 は文学者が向かい合った「文学の夜」22をはじめ、1940 年代に停滞してしまった
18 六紙は『台湾日日新報』『興南新聞』『台湾日報』『高雄新報』『台湾新聞』『東台湾新聞』。
19 小熊英二『〈日本人〉の境界―沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』、 新曜社、1998 年、p.13。
20 李文卿『帝國想像―戰爭時期的台灣新文學』、国立台湾文学館、2012 年。
21 柳書琴『戰爭與文壇―日據末期台灣的文學活動(1937.7-1945.8)』、国立台湾大学歴史研究所 修士論文、1994 年。
22 龍瑛宗「ひとつの回憶、文運ふたたび動く」『台湾新民報』、1940.1.1。支那事変の勃発によ って、1920 年代から 1930 年代にかけて成熟するようになった台湾文壇は前景が黒くなり、つい
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台湾文壇が甦ってきた契機を探求する。例えば、両氏は「大東亜戦争」「大東亜 共栄圏」と「大政翼賛運動」など時代の波瀾に、極めて巨大な越境的「国家権 力」の影響下、日台の文学者は風前の灯火のように文学の道を堅持していたこ とを注目する。そして『文芸台湾』と『台湾文学』の二大文学団体の競争につ いて、柳氏が集団と国策との関係を明らかにし、集団内の作家が「戦争」を全 般的に受け入れたか、あるいは排斥しながら利点を利用したかを分析する。一 方、1930 年代以後国語教育の成果がだんだん現れたので、李氏は「戦争協力」
の問題について、インテリゲンチャが国家に対する帰属意識も曖昧になった現 象を着目し、「皇民作家」の出現にしたがって本島人の文学者を分類することを 試みる。両者の研究は戦争期の歴史事件と文化上の連関性を重んじて、政局の 変遷と文学者の対処に焦点を絞っている。作品を細かく分析する部分はないよ うであるが、戦争における歴史的脈絡、文学者に及ばしていた影響を把握する ために重要な研究資料だと考える。
次に、「国家意識・アイデンティティの形成」について、荊子馨氏の研究『日 本人になる―植民地台湾とアイデンティティ形成の政治』23をあげたい。荊氏の 問題意識は二つがある。第一に、日本帝国が自国の植民地理論を構築して実践 していた。その過程に被植民者が如何に「日本人になれ」を迫られるか。第二 に、台湾人にとって「日本人になる」という選択肢を除けば、ほかの政治的な アイデンティティ認識の形式が存在していたか。この問題を解明するために、
荊氏は「同化」と「皇民化」の統治手段を区別する。「同化」の理論の中に、日 本政府は被植民者の台湾人を改造する責任を担うはずだったが、「皇民化運動」
に移ると、アイデンティティ再認識している際に、種々の苦悩や衝突を内面さ せる責任を受け取るのは被植民者になってしまった、と氏は主張する。つまり、
一般的な「同化政策」の路線を継承している「皇民化」に独立させて、個別的 な研究の範疇として見られる。また「皇民文学」を創作している台湾の「協力 者」(collaborator)(周金波・王昶雄・陳火泉など)の著名な作品を取り上げ、
「日本人になる」問題を考慮したうえで、現在の研究者が作品を評価するとき
に文学活動の空白期間を迎えた。作家たちは発表の舞臺をだんだん失ったが、龍瑛宗が台湾文学 の復興に対して深く期待していた。
23 荊子馨『成為日本人:殖民地台灣與認同政治』、麦田出版、2006 年。
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に「政治的に正しい」思惑を混ざられている現象を批判する。
荊氏は日本帝国の植民主義における「同化」政策のなかの矛盾性を分析し、
日本伝統文化のなかに「同化」という概念の存在が認められる理由を述べる。
そして、「皇民化」と戦争動員との接点が考察され、「台湾人」が「日本人にな らなければならない」と焦っていた様子ことから「皇民化」とは一種のイデオ ロギーだと見なされる。しかし、以上の議題に即して、日本人の思想上の転換 は荊氏の研究で欠落し、また本島人の作品に触れたとき、他の研究者の盲点を 提出し、必ずしも「作品」の完全なる分析ではないと考える。本論文ではテキ ストを主な研究対象として氏の研究方法を参考する一方、日本人がどんなキャ ラクターを演じているのかをもっと探究したい。
その他、帝国日本の植民地という大きな範囲で「日本人」の境界を討論する のは小熊英二氏の『〈日本人〉の境界―沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配 から復帰運動まで』24がある。尹健次の『日本国民論―近代日本のアイデンティ ティ』25と『民族幻想の蹉跌―日本人の自己像』26では、「日本人アイデンティテ ィ」の概念が帝国の拡張とともに帝国領地の人間に影響させていた現象を観察 する。前述の荊氏は「帝国」が「台湾島内の住民」に「日本人アイデンティテ ィ」の意識を強要していた図式を探求するが、後者の研究は「日本人アイデン ティティ」は「外地」と「大東亜共栄圏」によって変遷してきた様相を考察す る。本論文は二つの見方を同時に考えたい。
第三、日本統治末期の国策文学を研究する論文が多くないと言えようが、本 論文で取り上げられるテキストに関する研究は、中島利郎氏の「日本統治末期 の台湾文学―台湾総督府情報課編『決戦台湾小説集 乾之巻/坤之巻』の刊行」27、 ダグラス・L・フィックス氏の「徴用作家たちの『戦争協力物語』―決戦期の台 湾文学」28、廖秀娟氏の「丹羽文雄『台湾の息吹』論」29と許麗芳氏の「植民時
24 同注 18。
25 尹健次『日本国民論―近代日本のアイデンティティ』、筑摩書房、1999 年。
26 尹健次『民族幻想の蹉跌―日本人の自己像』、岩波書店、2011 年。
27 中島利郎「日本統治末期の台湾文学―台湾総督府情報課編『決戦台湾小説集 乾之巻・坤之 巻』の刊行」『岐阜聖徳学院大学紀要 41 巻』、岐阜聖徳学院大学、2002 年、p.1-21。
28 ダグラス・L・フィックス「徴用作家たちの「戦争協力物語」―決戦期の台湾文学」『よみが える台湾文学 日本統治期の作家と作品』、東方書店、1995 年、p.131-165。
29 廖秀娟「丹羽文雄「台湾の息吹」論」『解釋』一・二月号、2012 年 2 月、p.30-38。
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空下の多重視点―佐多稲子『台湾の旅』(1943-1944)の台湾創作」30などがある。
「台湾文学界の総蹶起」という特殊な歴史的時点で誕生してきた『決戦台湾 小説集』は総督府の監視と指導で島内の文学者たちの作品を集めたものである。
中島氏とフィックス氏は同じくその刊行の過程について詳しく考究する。テキ ストの分析を言えば、中島氏が収録される全作品の作風を互いに比較し、フィ ックス氏は特に楊逵と呂赫若の小説を「台湾戦争小説」と見なして討論する。
また、丹羽文雄は小説の中に主人公が来台前後に大きく変わってきた態度を描 いた。廖秀娟氏の論文ではその点をめぐって、彼が「勤行報国青年隊」で修練 している青年たちの姿を惚れた以後、台湾の事情をすべてそれを「基準」とし て評価すると指摘する。そして、戦前プロレタリア作家であった佐多稲子の作 品について、許麗芳氏は「植民地に対する同情と反省」、「島内の階級問題を観 察する女流作家の視点」と「日本人としての国家立場の賛成」という三つ部分 で考察する。以上の研究は異なる見方からテキストを分析するのであるので、
その論点をあわせて参考になる。
30 許麗芳「殖民時空下的多重視角─佐多稻子〈台灣之旅〉(1943-1944)的台灣書寫」『興大人文 学報』53、2014 年 9 月、p.145-166。
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