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第 3 章 動詞由来複合語の語形成
3.1 はじめに
本章ではまず動詞由来複合語の語形成に関する先行研究を概観し、問題点を 提出してから 3.3、3.4 で本論文の提案について述べる。3.5 で複合語を機能 ごとに先行研究の反例を検討しながら、筆者の主張の妥当性を検証する。3.6 では従来全く見過ごされてきた複合語の選択制限について考察し、3.7 で本論 文の提案する語形成モデルを再検討して終わりにする。
3.2 先行研究
筆者の知る限りでは動詞由来複合語の認知意味論的な先行研究は皆無であ り、従来の研究は形式重視のものがほとんどである。以下では 3 つの代表的な 研究を年代順で見ていく。
3.2.1 影山(1999)
影山は Selkirk(1982)の第一投射の条件(First Order Project Condition)
を日本語に適用し、日本語の動詞由来複合語の語形成を考察している。英語で は「子供が遊ぶこと」という意味の「*child-playing」や「赤ちゃんが泣くこ と」を意味する「*baby-crying」(pp.126)など、「主語+動詞」という組み合 わせは不可能だとされているが、日本語には「胸騒ぎ」や「地鳴り」などとい った「主語+自動詞」の結合パターンも見られるので、影山は外項(external argument)と内項(internal argument)を区別した上で、Selkirk の主張を より正しく規定している。具体例を示すと、次の通り11である。
(1) 主語(外項)+非能格自動詞:カエル泳ぎ、ウサギ跳び、韋駄天走り
…
(2) 主語(内項)+非対格自動詞:雨漏り、肩こり、心変わり、胸焼け、
地響き…
(3) 目的語(外項)+他動詞:*子供遊び、*赤ん坊泣き、*(子供の)親
11 これらの例はすべて影山(1999:126-127)による。
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育て12…
(4) 目的語(内項)+他動詞:しりとり、缶けり、輪投げ、玉入れ、ババ 抜き…
外項に見える複合も一二あるが(i.e. (1))、それは本当に「カエルが泳ぐ」
や「ウサギが跳ぶ」13などということを意味するのではなく、「~のようにする」
という直喩表現である。少なくとも、現時点では「受取人払い」といったごく 少数の例外を除き、「外項+動詞連用形」型の複合は許されない14と思われる。
3.2.2 杉岡・小林(2001)
杉岡・小林は影山(1999)の考えを受け継ぎ、動詞由来複合語を「内項+動 詞連用形」型と「付加詞+動詞連用形」型と分けている。そして、動詞の意味 構造(アクション・チェイン;action chain)を導入し、「付加詞+動詞連用 形」型の動詞由来複合語を分析している。
(5) 卵を釜で徐々に固くゆでる
<行為(ACT)>→<変化(BECOME)>→<結果状態(BE)>
↑ ↑ ↑ 釜で 徐々に 固く
(杉岡・小林 2002:253)
「卵を釜で徐々に固くゆでる」という文における三つの副詞は(5)に示し ている意味と関わり、動詞との結合により「釜ゆで」と「固ゆで」と二つの複 合語ができる15。英語の動詞由来複合語は項構造でのみ生成されるのに対し、
日本語の動詞由来複合語は項構造のみならず、動詞の意味構造においても生成 される。
12 「親が子供を育てる」という意味では不適格になる。
13 類例として「鷲づかみ」や「うなぎ登り」、「とんぼ返り」などが挙げられる。
14 上に述べたのは和語の場合であり、「外項+漢語動名詞」については小林(2004)が詳しい。
15 同書では変化(BECOME)に関与する「*徐々ゆで」は言わないが、「早ゆで」などは文脈に よっていえる場合もあると説明されている。
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3.2.3 伊藤・杉岡(2002)16
杉岡は上の先行研究を踏まえ、日本語の「内項+動詞」型の動詞由来複合語 も項構造で生成されると主張している。しかし、英語の動詞由来複合語はコト を表す「-ing」やモノ、人間を表す「-er」などの接辞を用いるのに対して、
日本語はどれも動詞の連用形で終わるので、次のような外心構造17をなしてい ると仮定している。
(6) N
V’
Ni Vx<yi>
ゴミ ひろい
主要部が動詞にもかかわらず、複合語全体としては動作の名前や職業などを 意味し、普通名詞として使われるため、「-する」について述語に使えない。そ れに対し、付加詞との複合は、前項の付加詞が主要部動詞の語彙概念構造にお いて、どの意味述語を修飾するかに従い、複合語の構造も変わると指摘されて いる。たとえば、「ペン書き」における「ペン」は主要部動詞「書く」の語彙 概念構造の「ACT」の部分を修飾するので、「ペン書き」はやはり動詞に使える が、「うす切り」における「うす」は主要部動詞「切る」の語彙概念構造の「BE」
を修飾するので、複合語全体も「結果状態」を表し、「~はうす切りだ」とい うように使われるのである。
16 筆者が参考にした部分は主に杉岡が執筆したものである。以下、特に年代を明示しない部 分は、すべてこの論文によるものである。
17 益岡(1987)でいう外心構造は、[[山口先生は][[生徒に][きびしい]]]のような属性叙述 文の統語構造のことをいい、また氏のいう内心構造は[[山口先生が][生徒を][しかった]]のよ うな事象叙述文の統語構造(述語を主要部としたものと名詞句を補足部としたものが姉妹関係 をなしている構造)のことをいうが、ここでいう外心構造は語レベルのことで、全体の意味が 主要部から読み取れないものをいう。1.2.2 も参照。
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(7) VN x < y > N
N VN x < y > A N
ペン 書き(する) うす 切り(だ)
伊藤・杉岡(2002:124-125)
さらに、二種類の複合語は音韻的にもそれぞれの特徴を見せている。内項と の複合は連濁せずに発音され、しかも動詞のアクセント(起伏型)となってい るが、付加詞との複合は連濁を起こし、そして名詞アクセント(平板型)とな っている18。
(8) 内項:ほん よ――-┐み(本読み)(cf. 動詞用法: 本を 読─-┐みに行く) 付加詞:ぼー―よみ― ―、たちよみ― ― ―(立ち読み)(cf. 名詞用法:本の読み―が 浅い)
伊藤・杉岡(2002:126)
考察の結果は次の表にまとめられている。
18 西尾(1961)も参照。
表 1 内項の複合 付加詞の複合
例 ゴミひろい 手書き、薄切り
指示物 動作の名前 複雑述語(動作・状態)
品詞 普通名詞 動作性名詞、述語名詞
構造 外心構造 内心構造
連用形のアクセント 動詞アクセント 名詞アクセント
連濁 起こさない 起こす
レベル 項構造 LCS
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伊藤・杉岡(2002:130)
3.2.4 先行研究のまとめ及び問題点
まず、語の結合パターンについてであるが、2.2 では動詞由来複合語の構成 要素は文法関係によって結合すると述べたが、主語か目的語かということだけ 考えるのは不十分であり、影山が指摘しているように、外項と内項を区別する ことが必要だと思われる。外項との結合は、ごく限られた一部の例外(受取人 払い、犬走り、鳥居)を除き、ほとんど不可能である。
次に、付加詞との複合の場合、複合語の前項が主要部動詞の意味構造のどの 部分を修飾するかによって、複合語全体の文におけるふるまいが影響されるこ ともほぼ杉岡が指摘している通りになっている。
(9) [道具-ACT ON]ペン書き、ワープロ書き、手作り、機械編み(する)
[様態-ACT ON]はしり書き、べた書き、にわか作り、蒸し焼き、二度 塗り、下焼き、粗削り、空煎り(する)
[原因-BECOME]日焼け、雪焼け、船酔い、仕事疲れ、ビール太り、着 ぶくれ、寝冷え(するをとることができる)
[結果状態-BE]四つ割り、薄切り、角刈り、白塗り、厚焼き、固ゆで、
山積み(だ)
[材料-BE]石造り、木彫り、モヘア編み、毛織り(だ)19
しかし、杉岡の主張に反する例も少なからず存在する。(下線筆者)
(10)私とお婆ちゃんは指切りしてお別れした。20
(11)ポン引きやおかまも店じまいしてしまったのだろう。21
(12)?パスタを早ゆでする。(cf. 早ゆでパスタ)
(13)ただしホンモノの温泉のなかには、温度調節のためではなく、別の目 的で源泉を水で割っているところもあります。22
19 (9)は伊藤・杉岡(2002:117-120)による例である。
20 『忘れないで不動産屋一代』
21 『暗闇の達人』
22 『一度は泊まってみたい癒しの温泉宿』pp.171
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→?別の目的で源泉を水割りにしているところもあります。(cf. ウイ スキーを水割りにする。)
(10)と(11)は主要部動詞の内項との複合にもかかわらず、普通名詞とし て「~をする」に使われるのではなく、直接「-する」について動詞述語に使 われており、表 1 の「品詞」のところの反例となっている。(12)は付加詞と の複合であるが、動詞により、形容詞に使われるほうが多いようであり23、し かも杉岡の一般化にも反している24。(13)は「水で割る」という部分を「水割 りにする」と言い換えるとふつうではないと思われる。しかし、杉岡の主張に よれば、(10)と(11)はあくまで普通名詞であるため、そもそも動詞として は使えないと予想される。また、LCS で形成されるとされている(12)と(13)
も LCS から複合語の選択制限がどこによるのか説明できない。
(14)「早茹で」と「水割り」の LCS:
「早茹で」:[x ACT-ON y FAST]
「水割り」:[[x ACT-ON y BY MEANS OF WATER] CAUSE [y BECOME[BE DILUTE]]]
(14)から我々は付加詞が元動詞の LCS におけるどの意味述語を修飾するか という情報しか読み取れず、なぜ「源泉を水割りにする」ことが違和感を覚え させるのかという情報は入っていない。そこで、複合語全体の統語的特性は杉 岡の指摘の通り、付加詞が修飾する LCS の意味述語によって左右されやすいと いうことは確かであっても、(10)~(13)に挙げた現象も説明できる語形成 モデルが必要だと思われる。