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第 1 章 序論
1.1 研究動機及び目的
日本語の動詞由来複合語は非常に生産的な語形成の方法である一方、意味が 様々であり、形態から捉えにくいと思われる。たとえば、「くず拾い」と「く ず入れ」を比較したところ、ふつう前者は「くずを拾うこと」か「くずを拾う 人」と理解されるのであるが、後者は「くずを入れる道具」としか意味しない ようである。しかし、いずれも前項と後項の関係は「~をする」となっている。
筆者の考察によれば、従来の研究は、このように語全体の意味分類や複合語の 内部構造、すなわち前項と後項の関係の分類にとどまっているものが殆どであ る。近年の研究は統語的振る舞いについても言及され、語形成モデルが解明さ れつつあるが―形態が「名詞+動詞語幹1」や「形容詞語幹+動詞語幹」となっ ていても、意味が二つ以上あり得るし、「-する」がつくかつかないかも複合語 ごとに違う。なお、たとえ「-する」をつけて動詞として使えても、複合語の 語基動詞がとれる目的語を必ずしも受け継ぐとは限らない―といったことに ついても議論されるような研究は、管見の限り、現時点ではまだないようであ る。上に述べた三つの問題点をそれぞれ
(1) 複合語の多義性
(2) 複合語の統語的特性
(3) 複合語の選択制限
と呼ぶことにするが、(1)と(3)は従来の分析法(項構造と語彙概念構造)
だけでは十分に説明できず、認知意味論の方法を用いる分析が必要かつ有効だ と思う。しかし、認知意味論、或いはラネカー(Langacker)を代表とする認 知文法に基づいた研究は単純語扱いする傾向が強いようであり、そのような分 析は妥当かどうかまだ議論する余地があると思われる。本論文は複合語と認め る観点に立ち、認知意味論の方法を導入し、(1)~(3)の問題解決を目指し つつ、新たな語形成モデルの提案を目的とする。
1 動詞の連用形と扱う見方もあるが、筆者は動詞の語尾変化を一種の接辞を見なし、動詞を「語 幹+時制接辞」と見るため、「語幹」と呼ぶことにする。
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1.2 「語」に関する重要な概念
本論に入る前に、まず「語」に関わる重要な概念をここで提示しておく。語 は文を構成する最も基本的な単位で、意味を担う最も小さい単位の形態素
(morpheme)からなる。通常、文に独立して現れるものを単純語2、二つ以上 の単純語が組み合わさったものを複合語、単純語に接辞(affix)3がついたも のを派生語と呼ぶが、複合語と派生語は併せて合成語と呼ぶ。同一の形態で二 つ以上の品詞を認められる語も一種の派生語と見られるが、このような現象を 転換(conversion)と称するか、ゼロ接辞(zero-affix)の添加による現象だ と見るか、研究者によって見方が分かれている。
1.2.1 名づけ機能
奥津(1975)、斎藤(2004)で提示されているように、我々は(見知らぬ新 しい)語に出くわしたときに、常に当の語をパラフレーズして理解しがちであ る。例えば、奥津は斎賀(1959)で挙げられた「積雪寒冷地帯義務設置学校屋 内運動場急速整備促進期成会」を次のように言い換えられると述べている。
(1) 雪が積リ寒ク冷イ地帯ニ義務トシテ設置サレタ学校ノ屋内ノ運動場 ヲ急速ニ整備スルコトヲ促進シソノ成功ヲ期スル会
奥津(1975:161)
また、斎藤は複合語の語形成を次のように構造化している。
(2) 語構成の常識的モデル a + b → ab
斎藤(2004:3)
しかし、まさに氏が当の論文で述べているように、「綱引き」は単に「綱を 引くこと」を意味するのではなく、むしろ「綱の両端を多人数で引き合って勝
2 独立形態素、自由形態素(free morpheme)に当たっている。
3 接辞はさらに接頭辞(prefix)、接中辞(infix)、接尾辞(suffix)に分けることができ、
いずれも単独で文に使えない拘束形態素(bound morpheme)である。
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負を争う競技(『新明解国語辞典』第五版)」と理解されるであろう。同様な指 摘は影山(1999)もしており、このようにある慣習化されたこと(もの)に対 し、我々は常に造語を通して名づけ(naming)をするのである。
さて、上では「綱引き」や「山登り」は単に「綱を引くこと」と「山に登る こと」だけを表すのではないと述べたが、それは決して「NV」は「Nを/に V」を含意しないわけではない。「a+b=ab+α」は認知言語学のゲシュタルトの 考え方及び「全体は部分の総和以上のものである」(河上 1996:1)という主 張とも合致しており、事実「綱引き」の意味も「山登り」の意味も「綱を引く こと」と「山に登ること」によって支持されていると思われる4。
1.2.2 右側主要部規則
さて、合成語には全く同じ要素によって構成されるものがあるが、その意味 の中核をなし、しかも品詞を決める部分は主要部(head)と呼ぶ。主要部は大 体語の右側に位置すると一般化され、これを右側主要部規則(Righthand Head Rule(RHR))と呼ばれている。(Williams1981:248)
(4) ハチミツ、ミツバチ(竝木 1988:69)
たとえば、(4)の「ハチミツ」は「蜜」の一種であり、「ミツバチ」は「蜂」
の一種である。このような複合語を内心(endocentric)複合語と呼ぶ。一方、
主要部のない複合語もあり、たとえば英語の「redskin」は「red」でも「skin」
でもなく、このような複合語を外心(exocentric)複合語と呼ぶ。なお、「東 西南北」や「春夏秋冬」、「松竹梅」のような等位複合語(dvandva compound)
も右側主要部規則の例外となっている。
1.2.3 二分枝分かれ構造
複合語は結合要素がむやみに結びついてできるのではなく、基本的には統語
4 上に見たように、「綱引き」は「綱を引くことを勝負する競技」という「a+b=ab+α」の考 え方は認知言語学の発想と重なっているが、研究者によっては、J.R. Taylor et al.(2008)
のように「水割り」を「水」と「割り」の合成と見るよりも「水割り」一つと見るべきだと主 張する文法家もいる。しかし、そのような考え方に踏まえては、比較的新しい造語の「コーラ 割り」はいかに解釈すべきか問題になる。
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構造と同様に二つずつ結合していくのである。これは二分枝分かれ構造
(Binary Branching Condition)と呼び、複合語に見られる一般的な制約だと 思われる(Selkirk1982;影山 1999;伊藤・杉岡 2002 他)。1.2.2 で述べた等 位複合語を除き、二、三つの要素からなる複合語を始めとして、斎賀(1959)
でいう「積雪寒冷地帯義務設置学校屋内運動場急速整備促進期成会」のような 長い複合語まで、内部構造は(5)、(6)のような対等関係ではなく、(7)、(8)
のように分解されるだろう。
(5) [[思い][出し][笑い]]
(6) [[積雪][寒冷][地帯][義務][設置][学校][屋内][運動場][急速][整 備][促進][期成][会]]
(7) [[[思い][出し]][笑い]]
(8) [[[[[[[積雪][[寒冷][地帯]]][[義務][設置]]][[学校][[屋内][運動 場]]]][[急速][整備]]][促進]][期成]]会]]
1.2.4 形態的緊密性5
語が受けるもう一つの制約として形態的緊密性(lexical integrity)が挙 げられる。それを次に示すいくつかの現象で説明する。
1.2.4.1 統語的な要素の挿入
ごく少数の例外(e.g. 我が家、木の葉など)を除き、語の内部に基本的に 助詞は現れない。
(9) 日本にほんの 車くるま(cf.* 日 本 車にほんぐるま)
(10)*日本にほんの 車しゃ(cf.日 本 車にほんしゃ)
(11)雨(*が)降り、ボール(*を)投げ、郵便(#6の)配達(影山・柴谷 1987:143)
5 この節の内容は影山(1999)、影山・柴谷(1987)、伊藤・杉岡(2002)に基づいて書いたも のである。
6 “#“は求める意味と異なることを意味する。
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助詞の省略はくだけた会話、新聞の見出し、名詞の列挙及び決まり文句以外、
基本的に不可能であり、特に(9)の名詞句における「の」はどのような文体 でも省略できないのである。(影山・柴谷 1987)それに対し、(10)、(11)に 見られるように、「語」に助詞を挿入すると、文法的に不適格になる。
助詞のほかに、時制屈折語尾、複数屈折語尾及び助動詞などの文法範疇(機 能範疇;functional category)も語の内部にふつう現れない。次の例を参照 されたい。
(12)子供新聞/*子供たち新聞(影山 1999:11)
1.2.4.2 照応
文における名詞句を代名詞で指すことを照応(anaphora)という。照応は先 行詞の位置により、外向きの照応(outbound anaphora)と内向きの照応
(inbound anaphora)に分けられ、それぞれ次のように示しておく。
(13)先行詞が語の内部にある場合(外向きの照応)
*[山登り]の好きな人はそこで死んでも本望だと思っている。(影山 1999:9)
(14)先行詞がふつうの名詞句である場合(内向きの照応)
*彼は高級な外車に乗っていて、毎晩[それ洗い]をしている。(同:10)
(13)、(14)に見られる通り、外向きの照応であれ、内向きの照応であれ、
語の構成要素の一部を代名詞で指示する、或いは代名詞を語内部に盛り込むこ とはネイティブ・スピーカーによって容認されたり、されなかったりするが、
原則的には受け入れられない。これは照応の島(anaphoric island)の制約と いう。(Postal 1969)7
1.2.4.3 一部の修飾
7 ここで Postal(1969)への言及は影山(1999)によるものである。
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語はひとつのまとまりとして文に現れるため、語の一部だけを外部から修飾 することはできない。(15)を参照されたい。
(15)魚釣り/*[大きな魚]釣り
花見/*[満開の花]見(伊藤・杉岡 2002:7)