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4.4 動詞由来複合語の音韻構造
第 3 章では複合語の機能を中心に考察を進めてきたが、複合語の音韻構造に ついては論じなかった。
伊藤・杉岡(2002)では、二種類の複合語が違うレベルで形成される証拠と して、複合語の音韻構造も検討されている。まず、内項複合語はアクセントが 起伏型であり、主要部動詞の第一音が連濁しない。一方、付加詞複合語はアク セントが平板型となっており、主要部動詞の第一音も連濁する。なお、上の原 則から外れた「梅干し」類があると指摘されている。(i.e. 内項との複合なが ら、アクセントが平板化するか、主要部動詞の第一音が連濁する。)
(24)梅干し、宛名書き、人相書き、効能書き、筋書き、野菜いため、卵焼 き、石組み、らっきょう漬け、わざび漬け(伊藤・杉岡 2002:128)
「梅干し」類とは上のような例で、一見したところ、内項複合語のように思 われるものである。しかし、杉岡によれば、「梅干し」は単に「梅を干したも の」ではないので、このタイプの複合語は主要部が「-書き」および料理方法 を意味する一部の作成動詞に限られているという。
ところが、筆者の観察によれば、この主張に一致しないのに、連濁が起きっ ているかアクセントが平板型になっているものは他にもあった。次の例を参照 されたい。
(25)アクセントが平板化し、動詞も連濁するもの:
色ずり、いいとこ取り、足踏み、腹切り、人殺し、瓶詰め、衣替え、
線引き、釘付け、物乞い、くじ引き…
アクセントが平板化するのみ:
値上げ、値下げ、灰汁抜き、水切り、わき見、雨乞い、底上げ、上塗 り、下塗り、水撒き、味見、値上がり、値下がり、格上げ、格下げ、
色分け、鯛焼き、顔負け…
記号と意味が一体化している)か、一部の動詞連用形が道具を表す接尾辞になっているからだ
(e.g. 「-入れ」)と考えられる。
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連濁のみ:
腹ごしらえ、様変わり、宮仕え、山籠り、店じまい、腕試し、戸締り
…
これらの例は第 3 章で述べた、「動名詞」に使えるとされたものが多く、言 い換えれば、杉岡の一般化では普通名詞に使われるはずのものが動名詞に使え るようになるか、意味が特殊化すると、その変化が音韻特徴にも反映されるの だと考えられる110。事実、内項との複合で、形容詞に使われるものも一部音韻 上の変化を見せている。
(26)平板型のアクセント:
箱入り、先割れ、皮むき(尾高型?)、魚焼き、枝きり、蚊取り、人 斬り、子持ち
平板型のアクセントかつ連濁:
ラバー貼り、コンクリート敷き、指出し、革張り
第 3 章では内項複合語は動詞句に近いと述べた。3.5.3 で挙げた例文におけ る「ケーキ作りの技術」、「ミルク飲みの動作」などは「ケーキを作る技術」や
「ミルクを飲む動作」に言い換えてもさしつかえないように思われる。しかし、
動詞や形容詞に使われる場合、意味の変化を伴うことも多いようである。たと えば、3.5.1 でも述べたように、「ラバー貼ばりラケット」はただラバーを貼っ たものを意味するのではなく、「初心者、或いは一般向けの卓球のラケット」
を指すと思われる。また、「~を水切りする」も料理ことばとして使われるこ とが多いのではないだろうか。周知の通り、日本語では語の複合に伴い、アク セントや連濁に加え、母音交替、音添加などの音韻的変化は珍しくない。(加 藤 et. al 編 1989;窪薗 1995111)従って、動詞や形容詞に使われる内項複合
110 「動名詞」に使えるものはすべて音韻的変化が起きるといったら、そうでもないようであ る。筆者の調査対象では、「地均し」、「世渡り」、「手合わせ」、「後押し」、「後片付け」、「体当 たり」、「人違い」、「夜更かし」8 語はアクセントが起伏型となっているし、連濁も起きていな い。
111 窪薗はさらに複合語の第 1 要素(i.e. 前項)が名詞化するという形態的な変化があると指 摘している。
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と同様に平板型のアクセントになっているものが多く見せている。吉田の指摘 は複合語の音韻特徴は必ずしも結合関係に影響されないことを物語っている。
なお、上の一般化に当てはまらない例もあるが、それは比喩表現や揶揄表現の もの(e.g. いいとこどり、大根切り)や日本人に定着した習慣を表すものが 多い(e.g. 衣替え、席替え)と説明されている。
杉本(2008a)でも「筋読み」、「サバ読み」、「裏読み」、「票読み」、「秒読み」
など、内項との複合でありながら、アクセントが平板型となっているものは意 味の特殊化が起きているものだと指摘されているが、以上の考察を総合的に考 えると、動詞由来複合語を音韻構造からでも二分法にするのが難しく、むしろ 次の図のように連続性をなしているのではないかと考えられる。
図 1. 各種の複合語の相互関係
113
繰り返して述べたように、内項複合語は動詞句に近いため、前項と後項の関
113 この図では単純語と扱っている例、すなわち今やあまり複合語と意識されないものも含ま れているが、それは使用頻度や場面による結果だと思われ、語の構成上ではやはり複合語と分 析できるであろう。
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係は推測しやすいだろう(主要部が非対格自動詞の場合はガで、主要部が他動 詞の場合はヲである)。それに対し、付加詞複合語は前項と後項の結合関係は いくつか考えられるので、意味的にも音韻的にも特殊な一次複合語に近いと考 えられる。しかし、内項複合語でも意味変化が起きるものがあり、単純語か付 加詞複合語に似た統語構造や音韻構造を示している。
具体例を示すと、たとえば、「鯛焼き」は「鯛を焼くもの」ではなく、「鯛の 形をしている焼き菓子」であるので、語の結合関係は「~を焼く」と想定でき ても、語のアクセントは平板型となっているので、むしろ単純語(つまり、分 析不可能と見なす)か付加詞複合語と考えていいだろう。次に、「普段使い」114、
「普段着」を比較してみると、どちらも前項が「普段」で、後項が他動詞だと いう構成をなしているが、後者はコト名詞からモノ名詞に変化したと考えても さしつかえないように思われるが、さらに「普段着」と「水着」、「古着」、「晴 れ着」、「雨着」と比べたところ、「普段に/水に着るコト/モノ」は考えられて も、「?晴れに着る」、「??古く着る」(cf. 着古す)といったように、次第に言 い換えにくくなることに気がついた。中でも、特に「雨着」は母音交替という 音韻変化が起きているので(あめ→あま)、もはや付加詞複合語とは見なせず、
一次複合語であると思われる。
このように、音韻特徴も考え合わせると、第 3 章で提案した語形成レベルを 次のように修正する。
(27)認知意味論に基づいた動詞由来複合語の語形成モデル(修正後)
114 「流行に左右されることなく長く普段使いできるのが魅力の北欧のテーブルウェア。」(『北 欧スタイル』)(掲載ページは著作権のため表示されていない。)
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筆者自身を例にすれば、今までで聞いたことのある複合語に「牛飼い」や「馬 飼い」といったものがあった。これらの例から“[[ ]飼い]”というスキーマ が抽出でき、次回“○○を飼う(行為/人間)”を言い表したい場合、そのスキ ーマから「猫飼い」や「カメレオン飼い」などの言葉が作り出せる。また、「自 転車の乗り方」として「二人乗り」という言葉を聞いたこともある。しかし、
筆者自身の経験から他の乗り方もあり、それは「片手乗り」や「両手放し乗り」
である。この二つの乗り方を意味することばは経験したがないので、スキーマ を通して名づけるのである。