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活在「幻想」的女性―樋口一葉後期文學中女性的反抗表現 - 政大學術集成

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Academic year: 2021

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(1)國立政治大學日本語文學系 碩士論文. 指導教授:黃錦容 教授. 〈幻想〉に生きる女性たち ――樋口一葉後期文学における女性の反抗表現――. 研究生:蕭毓親 撰 中華民國一○○年六月.

(2) 【謝 辭】 經歷了千辛萬苦終於完成了這本論文,剛開始的時候覺得自己沒有能 力可以寫出來,當中遇到許多的挫折,也陷入絕望與低潮,面臨到許多種 種的壓力,但花了很長的時間去努力、克服與堅持之下最後終於完成了! 這四年當中不管是在學問上或人生經歷上都得到了許多啟發與成長,這一 路上走來真得要感謝許多的人……。 首先我要感謝指導教授黃錦容老師,還記得第一次與老師討論論文題 目時,自己提出許多空洞的想法,拿出整理出的一大堆文獻資料,但沒找 到自己要研究的方向,在老師的當頭棒喝之下,才漸漸去摸索,最後找到 了自己要研究的目標。感謝老師在「近代文學研究」課堂上指導文本分析 的方法,作品的解讀方式與邏輯辯證的重要性,讓我在論文寫作之時,能 對主題與架構等有清楚的概念與想法,但是在表達能力與組織能力上被老 師指出缺點,語意不明、論述太囉嗦等,這也是需要再自我改進的地方。 在用字遣詞或作品解讀上,感謝老師的指導與給我的意見,讓我能清楚去 釐清自己的想法,抓到要論述的重點。再次感謝老師對我的批評與指教! 從剛開始的害怕、對自己沒自信到對自己能有所肯定,今後也會再接再 厲,秉持不怕苦勇於挑戰的精神,向未來邁進! 其次,我要感謝鄭家瑜老師在「研究方法與指導」課堂上的教導,感 謝老師教導論文的寫法,包括文獻分析、摘要、注解等寫法,同時感謝老 師帶領我進入古典文學的世界,和歌的分析或是源氏物語等文學作品的閱 讀,雖然對於古典文學解讀能力尚不足,但是在去找作品的主題或先行研 究的主要論點上學到許多,謝謝老師!另外,我還要感謝日本筑波大學的 教授,犬井善壽老師與新保邦寬老師。感謝犬井善壽老師在集中講義時的 教導,告訴我們如何去鑑賞作品,以及在日本留學期間給我的諸多勉勵與 鼓勵的話,沒齒難忘!在筑波大學留學之時,感謝新保邦寬老師讓我旁聽 學長姐的發表,與許多學長姐共同討論文學作品,讓我學到許多文學的解 讀方法,也認識到日本人對於研究的嚴謹態度與努力不懈的精神,在此感 謝新保邦寬老師對我的諸多鼓勵!. 1.

(3) 再者,我要感謝這一路走來給我支持的學長姐、學妹們,怡君學姐、 志傑學長、秉杰學長、昭英學長,以及姿妤學姐幫我修改英文摘要;可柔、 宜君、俞方學妹,以及與我共同奮鬥的夥伴們,感謝凱博學長、宜衿、姿 瑩,在研究所的日子裡,感謝你們陪我一同上課與發表,因為跟你們互相 共同砥礪才讓我在學習上不孤單,還有在我表現不好、失落時給我許多的 加油與鼓勵,謝謝你們!另外,謝謝研究所的學妹,奕錚、亭潔,謝謝你 們跟我一同上課、發表,有妳們的互相支持才使我成長,也相信學妹們能 順利完成自己的論文,加油!還要感謝同窗的好友,毓瑾、雅涵,感謝你 們這幾年來的陪伴,也很幸運能一起去日本留學,我們互相勉勵一起走到 最後,真的非常感謝你們!同時感謝日本留學時的朋友,近代文學組的學 長姐們,以及日本語.日本文化學系的朋友們(7PIECE)對我的諸多照顧, 感謝你們讓我認識到不一樣的日本! 此外,我還要感謝外語學院院長于乃明老師與日文系主任蘇文郎老 師、徐翔生老師,以及日文系的賴庭筠助教,謝謝您們給我許多幫忙與鼓 勵!感謝系上幫助我完成去日本留學的夢想,讓我經歷人生不一樣的體 驗,也感謝助教在我面臨許多困難的時候幫助我,提供我許多寶貴的意 見,謝謝您時常的鼓勵我,讓我努力堅持到最後,真的感謝日文系老師們 的鼓勵也感謝一直照顧我的助教!還要謝謝論文的審查老師,日文系黃錦 容老師、鄭家瑜老師、元智大學廖秀娟老師,期中發表時感謝老師們給我 的許多建議與指點,以及論文口試時,台灣大學范淑文老師、台東大學游 佩芸老師給我諸多的指教! 最後,我要感謝我親愛的家人們,給我經濟上的支援與精神上的鼓 勵,讓我屢次去日本找資料,供我錢買書、印資料等,也讓我去日本留學, 雖然辜負您們的期望念到四年才畢業,但在這幾年中我學到許多人生的道 理,也努力完成了這本論文。我不會再讓您們擔心,在寫完這本論文後, 我相信對於未來我能更加明確地去把握,努力去堅持追求自己想要的目 標。感謝父母親的栽培以及對我的許多期許,往後我會好好繼續努力下 去!感謝您們!. 2.

(4) 活在「 活在「幻想」 幻想」的女性 ——樋口一葉後期文學中 樋口一葉後期文學中女性的反抗表 樋口一葉後期文學中女性的反抗表現 女性的反抗表現—— 【摘 要】 近代明治是國民國家形成的時期、文明開化的時期,但是,女性的生 存方式依舊受到社會制度的束縛。樋口一葉小說從人道主義的精神出發, 對社會性差規範和封建道德等制度規範開始產生懷疑,進而表現出反叛意 識與反抗行為。作品以「女性的自覺和解放」此一女性表現的主題為主, 追問女性的生存方式及主體性的問題。一葉後期作品與前期的作品相較之 下明顯得可看出作品表現趨近成熟,對於「我是女人」的自我認識,從中 感到身為女性的無價值性,在後期作品中很濃厚的表達出此種身為女性的 悲哀。 本研究的目的是想要探討女性在被要求扮演家庭裡面賢妻良母的角 色,選擇過其他生活方式的主權被剝奪的明治時代之下,樋口一葉後期作 品中描繪的女性們,以何種的方式來反抗社會的家長制度與兩性差別文 化?以及,如何表現女性的自我?並且,如何去尋找新的生存方式?如此 的「女性的性」(女性的自我意識和身體)的表現,與主體性的問題。再 者,想去探討同時代的女性作家如何去摸索近代女性的新的生活方式與如 何去表現自我,進而去探求明治女流文學中樋口一葉文學的解放思想之位 置。 關於研究方法,本研究以樋口一葉後期作品中生活在家庭空間內部的 少女與人妻,以及生活在家庭空間外部的娼婦對象,以從家族關係成立的 「家族幻想」(共同幻想),以及由戀愛的關係所成立的「戀愛幻想」(對 幻想)的觀點來作思考,考察女性的自我意識與行為表現。此外,從作品 論衍伸到作家論,藉由作者在日記中記述,或同時代的評論、作品,來論 及作家的思想及作品表現之特性。. 關鍵字:樋口一葉後期文學、反抗表現、女性的性、幻想、女性解放思想. 3.

(5) Women living in “fantasy” in the Meiji Era: : The woman's resistance in the works of Higuchi Ichiyo’s later years 【Abstract】 】 Women were still confined to traditional social norms while the Meiji Era (1868-1912) started its modernization and industrialization, and rose to world power status.. Higuchi Ichiyo, considered as the first major woman writer of Japan's Meiji. period, examines and argues gender issue, social class and feudalism from the perspectives of humanism, especially women's roles.. Her literary focuses on. women’s self-awakening and liberation, exploring women’s autonomy and the way of how women live in the society.. Compared with her own early works, her writing. mechanism and thinking become more delicate and sophisticated with time passing by, and she, at the end, deeply realizes the ill-fated destiny of being a woman in the self-exploration process of I-am-a-woman. This research aims to examine how women oppose the paternalism and gender discrimination by looking at the novels of Higuchi Ichiyo’s later years in which women have no choice but to be housewives to meet social expectations.. From the. standpoint of female, this research also tends to review how women express and identify themselves, and how they find their own way to live physically and consciously at that time.. At last, the study investigates other woman writers of the. same period to re-define and re-position Higuchi Ichiyo in the Japan Meiji Era’s literature. The methodology employed in the study is to analyze women’s self-awareness and behaviors by using two types of “fantasy” concept: (1) family fantasy, also called co-fantasy, formed by family relationships and (2) romance fantasy created by love relationships.. Two kinds of women are analyzed in this study.. One is the ladies. and housewives in the household, and the other is the prostitutes outside the socially-expected family life.. In addition, contemporary criticism, literary theory,. authorship theory, and author’s journals are reviewed to analyze Higuchi Ichiyo’s writing mechanism and thinking. Keywords: Higuchi Ichiyo’s late works, oppose, resistance, feminism, female, fantasy, liberation 4.

(6) 〈幻想〉に生きる女性たち ——樋口一葉後期文学における女性の反抗表現 樋口一葉後期文学における女性の反抗表現—— 樋口一葉後期文学における女性の反抗表現 【要 旨】 近代明治は国民国家形成の時期、文明開化の時期であるが、女性の生が依然 として桎梏に縛られている。一葉小説は、人道主義の精神から出発し、ジェン ダー規範や封建道徳などに対する懐疑を抱き始め、更に反抗に移行していく。 一葉の文学的表現は、「女性の自覚と解放」という女性表現のテーマを扱い、 女性たちの在り方、個人における主体形成をめぐる問題を問い詰めるようとす る姿勢が強く見られる。一葉の後期作品は、前期の作品に比べて画期的な成熟 を遂げ、「われは女成けるものを」という自我認識によって感じられる女性の 甲斐なさに対する哀感が色濃く描かれている。 本研究は、女性が家内役割・母役割に押し込められ、生きる場所の選択肢と 可能性とを奪われてきた明治時代において、一葉後期作品の中に描かれている 女性たちは、どんな形によって、社会の家父長制度や性差文化へ反抗し、自己 表現してみせたのか、そして、如何にして新たな生き方を模索しようとしてい るのか、といった「女の性」(女性の自我意識と身体)の表現、主体的な問題 を探究することを目的とする。さらに、同時代の女性作家は如何にして近代的 女性の新たな生き方を模索し、女性の自我を表現してみせたのかを検討したう えで、一葉文学の解放思想を新たな位置づけをしたいのである。 研究方法について、一葉の後期作品における家庭内に生きる少女や人妻、あ るいは家庭外に生きる娼婦を考察対象として、家族関係から成立した「家族幻 想」 (共同幻想)と、恋愛の関係性から成立した「恋愛幻想」 (対幻想)という 観点に基づいて、そこに表現されるジェンダー意識と身体的行為の両義性を究 明する。さらに、作品論から作家論へまで進んで、作者の日記に見られる言説、 あるいは同時代評にも及んで触れて論じて、対照的な視点を取り入れた考察で ある。 キーワード:樋口一葉後期文学、反抗表現、女の性、幻想、女性解放思想 5.

(7) 〈凡. 例〉. 一、本研究は第一部序論、第二部本論、第三部結論の三部から成る。第一部か ら第三部まで、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲで示す。 二、第二部の本論は、第一篇、第二篇、第三篇の三篇から成る。第一篇と第二 篇における各章の作品の配列は発表年次順とする。 三、原文の引用は、塩田良平・和田芳恵・樋口悦編『樋口一葉全集 (筑摩書房、1974.3)、 『樋口一葉全集. 第一巻』. 第二巻』 (筑摩書房、1974.9)によ. り、変体仮名等は通常の表記に改め、ルビを省略した。 四、記述は新漢字、現代仮名づかいを原則とする。 五、引用文及び記述の下線・太字は筆者によるものである。 六、参考文献の分類は、 「全集・作品集」 「単行本」 「雑誌所載論文」 「歴史文化・ 文学事典・理論全般」とした。 七、参考文献の「雑誌所載論文」の分類は、『やみ夜』(明 27.12)、『たけくら べ』 (明 28.1~明 29.1)、 『軒もる月』 (明 28.4)、 『にごりえ』 (明 28.9)、 『十 『われから』 (明 29.5)、 「一葉文学相関」 「同時代作品文 三夜』 (明 28.12)、 献」とした。 八、付録一は「樋口一葉作品全般」である。岩見照代・北田幸恵・関礼子・高 田知波・山田有策編『樋口一葉事典』 「第一部. 作品篇」 (おうふう、1996.11)、. 塩田良平・和田芳恵・樋口悦編『樋口一葉全集. 第三巻(下)』 「日記Ⅱ・. 随筆」(筑摩書房、1978.11)を参照したものである。 九、付録二は、「樋口一葉年譜」である。年譜作成にあたっては、以下の参考 文献を参考した。 . 後藤積・山田有策編「年譜」、 『樋口一葉事典』、おうふう、1996.11、p.491-516. . 松坂俊夫編「年譜」 、 『樋口一葉〈鑑賞日本現代文学 2〉 』 、角川書店、1982.8、 p.415-426. . 野口碩編「樋口一葉年譜」、 『樋口一葉〈群像日本の作家 3〉』、小学館、1992.3、 p.312-319. 6.

(8) 〈目. 次〉. Ⅰ 序論 1.. 研究動機と目的.....................................................................................p.10. 2.. 先行研究.................................................................................................p.15 樋口一葉後期文学における女性表現. 2.1. 2.1.1. 差異化される生―制度に生きる女たち..............................p.15. 2.1.2. 破綻へ導く家族幻想と恋愛幻想..........................................p.18. 2.1.3. 出奔する狂女―狂気による生の解放..................................p.21. 近代明治の社会制度と女性解放. 2.2. 3.. 2.2.1. 明治民法の家族制度と女性の地位......................................p.25. 2.2.2. 娼妓解放令と公娼制度..........................................................p.31. 2.2.3. 文明開化における女性解放思想..........................................p.33. 2.2.4. 制度によって分けられている女性......................................p.37. 研究範囲及び方法.................................................................................p.41. Ⅱ 本論 第一篇 家庭内に生きる娘と妻の反抗表現 第一章 『やみ夜』における〈父の娘〉の復讐 1.1. はじめに.........................................................................................p.47. 1.2. 閉ざされた家の闇.........................................................................p.49. 1.3. 復讐の代行者を支配する女夜叉.................................................p.54. 1.4. 無限の闇に葬られていく反逆者の宿命.....................................p.63. 1.5. 父の意(遺)志に生きる家族幻想.............................................p.65. 第二章 『軒もる月』における「不貞の女子」の高笑い 2.1. はじめに.........................................................................................p.68. 2.2. 節婦という身体の拘束力.............................................................p.70 7.

(9) 2.3. 手紙を読む行為で構築されるセクシュアリティの空間性.....p.75. 2.4. 高笑いする〈狂〉の世界への転落.............................................p.82. 2.5. 回想的時間と家庭的空間からの逸脱.........................................p.87. 第三章 『十三夜』における美人妻の離縁決意 3.1. はじめに.........................................................................................p.89. 3.2. 美人妻に依存する「鬼」夫.........................................................p.91. 3.3. 「今宵」の離婚―〈父の娘〉への回帰願望.............................p.97. 3.4. 家族共同体に生き通す従属的身体.............................................p.100. 3.5. 分裂される母性的身体.................................................................p.110. 第四章 『われから』における妻の逸脱する身体性 4.1. はじめに.........................................................................................p.112. 4.2. 商品化される悪女の身体を生きる美尾の物語.........................p.116. 4.3. 不透明な姦通的身体を生きるお町の物語.................................p.123. 4.4. 人形妻の「癪」という病の身体性.............................................p.132. 4.5. 家制度に回収される妻の「一念」.............................................p.136. 第二篇 家庭外に生きる娼婦の反抗表現 第五章 『たけくらべ』における少女の変貌 『たけくらべ』における少女の変貌 5.1. はじめに.........................................................................................p.140. 5.2. 「悪場所」の金銭支配論理に抵抗する信如.............................p.144. 5.3. 娼婦的身体の成熟を拒否する美登利.........................................p.152. 5.4. 無垢の対幻想による反抗意識.....................................................p.158. 5.5. 共同体に排除される「哀れ」の生.............................................p.162. 第六章 『にごりえ』における酌婦の独白夢遊 『にごりえ』における酌婦の独白夢遊 6.1. はじめに.........................................................................................p.165. 6.2. 二重的差異を生きる酌婦の「恨み」.........................................p.172. 8.

(10) 6.3. 性的差異の断絶構造.....................................................................p.180. 6.4. 宿命的な死の結末.........................................................................p.187. 6.5. 行き場のない浮遊する生.............................................................p.195. 第三篇 明治女流文学における一葉文学の解放思想 1.. 一葉文学にみる「女」の意味の二重性..............................................p.197. 2.. 「われは女成けるものを」という女性認識......................................p.207. 3.. 明治前期の女流文学にみる近代的女性..............................................p.220. 4.. 3.1. 田辺花圃『藪の鶯』――女徳体現による恋愛結婚の実現 ...........................................................................................................p.224. 3.2. 木村曙『婦女の鑑』――家を出た〈父の娘〉の立身出世譚 ...........................................................................................................p.231. 3.3. 清水紫琴『こわれ指環』――自主的に離婚した妻の復縁要望 ...........................................................................................................p.239. 一葉文学の解放思想の位置づけ..........................................................p.249. Ⅲ 結論 1.. 〈幻想〉に生きる女性たちの無化される反抗..................................p.258. 2.. 今後研究の課題......................................................................................p.263. ◎ 参考文献.........................................................................................................p.266 ◎ 付録一:樋口一葉作品全般.........................................................................p.294 ◎ 付録二:樋口一葉年譜.................................................................................p.296. 9.

(11) Ⅰ 序論 1. 研究動機と目的 樋口一葉(1872~1896)は、明治五年から明治二十九年にわたって二十四歳 の短い生涯のうち、二十二篇の短篇小説を発表した。そのうち『裏紫』 (明 29・ 2)一篇が未完成の作品である。他には、日記と和歌、随筆の類が残された。 一葉の最初の小説試作は明治二十四年一月の「かれ尾花. 一もと」であるが、. 活字化されたのは『闇桜』 (明 25・1)で、最終小説は『われから』 (明 29・5) と、随筆「すゞろごと. ほととぎす」 (同・7)であるから、社会的な活動時期. は四年六か月の間ということになる。ただし作家活動にほぼ専念できたのは、 明治二十七年五月以降の二年間であった。 1 一葉の作品はおよそに習作時代 (『闇桜』明 25・2~『やみ夜』明 27・11)を初期・中期とし、完成時代(『大 つごもり』明 27・12~『われから』明 29・5)を後期とし、三期に分けている。 2. さらに、前期は、古典的要素が多く明治二十五年三月の『武蔵野』にのる『闇. 桜』 (明 25・3)から明治二十六年十二月の『文学界』にのる『琴の音』 (明 26・. 1. 小池正胤「樋口一葉」(明 5~明 29。小説家・歌人)『研究資料現代日本文学〈第一巻小説・ 戯曲 I〉』、明治書院、1980.3、p.60 2 植村邦正氏は、習作時代をさらに二分し、初期(『闇桜』明 25.2~『経づくえ』明 25.10)、中 期(『うもれ木』明 25.11~『やみ夜』明 27.11)とし、完成時代を後期(『大つごもり』明 27.12 ~『われから』明 29.5)とし、三期に分けている(植村邦正「樋口一葉入門(一)」『名古屋女 子大学紀要』27 巻、1981.3.31、p.226)。三期の分け方のほかには、塩田良平氏は「『闇桜』以 降『五月雨』までの桃水影響下にある趣向中心の初期。『うもれ木』以下『やみ夜』までの露 伴その他現代作家影響下にある性格描写に近づいた中期。作風からいえば動揺時代。『大つご もり』以下『たけくらべ』完成に至るまでの彼女独自の作風を展開する後期」というように分 けた(『鑑賞 日本現代文学 2 樋口一葉』、角川書店、1982.8、p.286)。そして、 『時代別日本文 学史事典 近代編』で第一期は『闇桜』から『暁月夜』 (『都の花』明 26.2)までの七作品、縁 故の紹介や依頼によって作品を発表できた時期である。第二期は『文学界』に発表した作品の うち『雪の日』 (明 26.3)から『暗夜』 (明 27.7~11)までの時期、第三期は『大つごもり』 (『文 学界』明 27.12)以降『われから』(『文芸倶楽部』明 29.5)までの十篇の時期であるというふ うに三期に分けた。(有精堂、1994.6、p.129)さらに、笹淵友一氏は、第一期は明治二十六年 二月『都の花』に発表の『暁月夜』に至るまでの作品で、大体において二十四・五年中に執筆 された作品であり、古典文学、先行文学の影響が著しく、一葉の個性はまだ鮮やかではない。 第二期は『雪の日』 (『文学界』三号、二六・三)から『暗夜』 (『文学界』19-13 号、27・7- 11)に至る自棄であり、 『大つごもり』 (『文学界』24 号、27.12)以後の一葉独自の作風に至る 過渡期である。明治二十七年末『文学界』に寄せた『大つごもり』から『われから』『うらむ らさき』などに至る約一年半に亘る一葉晩年の作品は第三期であると指摘した。 (笹淵友一『文 学界とその時代(下)』、明治書院、1960.1、p.1190-1221) また、二期の分け方には、『大つごもり』(明 27 年)を境として分けるという松坂俊夫氏の 説もある。(松坂俊夫『増補改訂 樋口一葉研究』、教育出版センター、1970.9、p.234) 10.

(12) 12)まで、後期は、過渡的要素が多く明治二十七年の『文学界』にのる『花ご もり』 (明 27・2)及び『やみ夜』 (明 27・11)を含み、 「奇蹟の期間」3と呼ば れる期間に『文学界』に発表された『大つごもり』 (明 27・12)から明治二十 九年五月の『文芸倶楽部』に掲載された『われから』(明 29・5)までという 前期と後期に分けて考えることができる。4一葉前期の作品は空想的・古風的 なものが多く、平安朝の物語的な世界にとらわれ、草双紙的、題詠和歌的方法 によって書かれ、和歌情趣の作品化を意図していたのであるといわれる。前期 の作風について、塩田良平氏は次のように述べている。. 「初期の作品を通じて共通するものは、主人公が無常観や諦観的心境を 持つものであり、作者も、生の矛盾を新しい倫理によって解決せず、死 や離別によって事件的な解決法を取ろうとしていたことであった。だか らその義理人情の葛藤は古風で、その解釈は安易であった。 (略)又、桃 水の世界観なり小説作法に従っている限り、彼女の作品は前時代的なる ものに後退するか、彼女の厭う続きものに堕してしまう傾きをもってい た。」5. 公刊された処女作『闇桜』 (『武蔵野』第一編明 25・3)は前年からの桃水の 指導によったもので、東京の本郷あたりに隣同士で育った男女が成人して、恋 愛感情をもつようになるが、間もなく女は病気になり、臨終の床にかけつけた 男に、病み疲れた顔を見せまいとする内容で、「筒井筒」の恋をそのまま明治 に置いたような作品で、文章ははやや古典的ではあるが、小品としてまとまっ ていた。後の『たま襷』 (『武蔵野』第二編明 25・4)も桃水の指導のあとが窺 われ、『闇桜』と共に個性的な作品ではなかった。 3. 和田芳恵氏によると、明治二十七年十二月の「文学界」に『大つごもり』が発表され、明治 二十八年の一月の「文学界」に『たけくらべ』の第一回分が発表され、断続掲載されて、明治 二十九年一月の「文学界」で完成した。この期間に、他の『にごりえ』『十三夜』『わかれ道』 の三篇が書かれているので、この十四ヶ月は、一葉に与えられた「奇蹟の期間」ということで あるという。(和田芳恵「樋口一葉」『鑑賞 日本現代文学 2 樋口一葉』、角川書店、1982.8、 p.278) 4 樋口一葉が明治五年から明治二十九年までに発表した作品について、 〈付録一〉 【樋口一葉作 品全般】に詳しい。「第一部 作品篇」『樋口一葉事典』(岩見照代・北田幸恵・関礼子・高田 知波・山田有策編、おうふう、1996.11、p.12-79)を参照したものである。 5 塩田良平「一葉作風の展開」『鑑賞 日本現代文学 2 樋口一葉』、角川書店、1982.8、p.290 11.

(13) 三作目の『別れ霜』 (『改進新聞』明 25・4 連載)は、大商店同士の許婚の一 方が借金のため零落し人力車夫となって再会するが両親の烈しい憎悪のため 結ばれず心中する悲劇で、前作『たま襷』より構成も中編小説として確かにな ってはいるが、近松の心中浄瑠璃の明治版ともいえ、独自の主題や世界を開拓 するには至らなかった。続いて『五月雨』 (『武蔵野』第三編明 25・7)、 『経つ くえ』 (『甲陽新報』明 25.10 連載)、 『うもれ木』 (『都の花』明 25・12)を発表 した。『うもれ木』は、当時漸く盛んになった海外の日本陶器熱に便乗する奸 商と、芸術的良心から自作に忠実な陶工とその妹を設定し、兄虎之助の裏返し をモデルとしながら書き進めた意欲作で、幸田露伴の「風流仏」に示唆を得た ともいわれる。この作品で、はじめて評論家星野天知に認められ、実質的に作 家への方向が決定した。 一葉は、二十六年に入り『暁月夜』 (『都の花』3 月)を書き、続く『雪の日』 『雪の日』は二十五年二月四日雪のなかを桃水を (『文学界』3 月)を書いた。 訪ねたことが下敷きになっており、日記の記事と、桃水への恋情の形象化とい う点で興味ある小編であった。折から一葉一家の窮乏は、実業へ向かうことを 決意させた。下谷龍泉寺町で小雑貨店を開業して、家業に追われる毎日で、創 作活動から遠ざかることを余儀なくさせる毎日であったが、かえって一葉の内 なる創作への衝動は、小説修練へかりたて、上野図書館へ通う二重生活が続い た。さらにこの地域の特殊性が強い刺激を与え、一葉に新しい視野を開かせ、 この間には、 『琴の音』 (『文学界』明 26・12) 、 『花ごもり』 (同、明 27・2)の 二作が成り、後半期の作品への大きな活力が貯えられていった。 二十七年五月、一葉は本郷丸山福山町に転居して、まず『やみ夜』 ( 『文学界』 7 月)を、この年の末に『大つごもり』(同、12 月)を、二十八年に『たけく らべ』(同、明 28・2)を連載しはじめ、一葉独自の境地が完成した。政治家 と政商との不正な関係を憤る『やみ夜』は、社会小説とも言うべく新境地を開 き、貧しい、虐げられた女性の立場からの怒りと悲しみを強く訴えた文明批評 的な契機を内包した作品であった。小池正胤氏は、後の二作『大つごもり』と 『たけくらべ』は、彼女の従来の作品にも、また当時の文壇にも全く見られな かった素材を扱い、明瞭な主題が、きわめて印象的に脚色されており、初期の. 12.

(14) 古典的雰囲気は全く消えていると指摘した。6相馬御風氏によると、旧套の形 式内容に囚われる前期の作風と比べて、後期の作は旧い型を破って、自己独特 の自由な形式を得たものであり、文章と会話はまだまだ旧い型が絡み付いてい るけれども、形式の本質に於ては独創的で、反抗的であるというのである。7そ して、塩田良平氏は、一葉後期文学が女らしさに対する無条件の肯定から懐疑 へと進み、更に抵抗を感ずるに至っているのであると指摘した。8また、笹淵 友一氏によると、一葉後期の作品は、前期の作品に比べ、画期的な成熟を遂げ たのは、その視野が社会的に拡大され、写実的手法が確立したのであるという のである。9関礼子氏はさらに次に語っている。. 「明治二十年代後期という近代国民国家形成期の日本の、国を挙げての ジェンダーの仕切り直しの時代を背景とする一葉小説の世界には、ジェ ンダー規範の強化に苦しむ女性たち・男性たちをそれぞれ出口なしの袋 小路に追い込む様子が印象的に語られている。とくに〈放蕩〉などとい う伝統的な逸脱コードを持たない明治の年若い女性たち・男性たち、さ らに人妻たちは、自死や狂気・病気などの変調や失調を抱え込む。これ らは、自らの身体という出発点でもありゴールでもある領域における逆 説的な自己表現といえるのである。」10. また、坂垣直子氏は、その題材には家庭内の問題、恋愛問題、下層社会の不 幸な人達の生活などを含み、世界が広々として現実が展開し始め、現実的、写 実的な社会性と批評性を内包する作品が生まれたと指摘した。11さらに、関礼 子氏は、「一葉小説は家族物語/反家族物語などの領域もふくみ、それは日清 戦争前後の個人における主体形成と国民国家形成の時期の「女性と表現」をめ. 6. 小池正胤「樋口一葉」 (明 5~明 29。小説家・歌人) 『研究資料現代日本文学〈第一巻小説・ 戯曲 I〉』、明治書院、1980.3、p.60-61 7 相馬御風「樋口一葉論」『樋口一葉・明治女流文学・泉鏡花集〈現代日本文学大系 5〉』、筑 摩書房、1972.5、p.426 8 塩田良平「一葉作風の展開」『鑑賞 日本現代文学 2 樋口一葉』、角川書店、1982.8、p.300 9 笹淵友一『文学界とその時代(下)』、明治書院、1960.1、p.1221 10 関礼子『語る女たちの時代 一葉と明治女性表現』、新曜社、1997.4、p.25 11 坂垣直子『評伝 樋口一葉』、日本図書センター、1989.10、p.261 13.

(15) ぐる問題として広いパースペクティヴをもつものである」といっている。12つ まり、前期の作品と比べれば、後期の作品は写実的な傾向が見られ、現実を見 据え、客観的に物事を観察し、仮空的な題材が見られなくなってくるものであ る。そして、読者や分析者自身が内在化している女性性/男性性が問われなけ ればならない物語、女性の主体的な問題を扱い、身体的な自己表現をめぐる物 語が生成されてくるものである。 それでは、一葉後期作品は、社会の家父長制度、ジェンダー規範に対してど れほど、どんな形によって、批判や抵抗して、自己表現してみせたのだろうか、 という疑問が生まれてくる。それに、湯地孝氏は、一葉の描写にはひたすら女 の嘆きの限界内に閉じこもうとしたものである。作品の重心は多く情緒にあり、 社会の冷淡と苛酷に痛めつけられながら、その日々を送っている様な力ない若 い女性の情的苦悶であると論じている。13だが、果たしてこのような一葉的な 女の苦悶と反抗に対する男性評論家の読解がどこまで的を得ているのか甚だ 疑問があるのである。実際には一葉後期作品の描写がひたすら女の嘆きの限界 内に閉じこもうとしたものなのか、あるいは人生の不如意に対し、如何なる態 度によって、向き合って反抗したのかは未だ議論を深めていく余地のある問題 だと思われる。 本研究の目的は、反抗行為としての表現に焦点を当て、その内面に潜んだ抵 抗意識が家族制度及び家父長制度に加担していった恋愛幻想と家族幻想をも 含めて、その反抗の有効性を検討したいのである。つまり、苛酷な運命と戦っ た女性が、どのような反抗の手段を取り、現実生活の障碍(例えば、家族制や 身分の拘束、恋愛及び結婚の破綻)を排除し、生の可能性を探り出したのか、 同時に探究してみたいのである。そして、創作者の語り手がこうした女主人公 の反抗表現を通して、如何なる現実認識を持ち、ひいては現実批判を語り得て いるのかという作品の表現効果にも触れていきたい。さらに、明治女流文学に おける一葉文学の解放思想を探究してゆきたい。. 12 13. 関礼子『語る女たちの時代 一葉と明治女性表現』、新曜社、1997.4、p.25 湯地孝『樋口一葉論〈近代作家研究叢書 3〉 』、日本図書センター、1983.7、p.330 14.

(16) 2. 先行研究 2.1 樋口一葉後期文学における女性表現 2.1.1 差異化される生——制度に生きる女たち 明治という時代は男女の社会的・文化的な区別が厳密で顕な「ジェンダーの 時代」であったといわれ、1一葉の小説は、家庭内に生きる女性たち(母・妻・ 娘)と、家庭外に生きる女性たち(身を売る娼婦)を対象として、それらの生 の暗部を冷徹に描かれている。菅聡子氏は次のように述べている。. 「どの作品も、それまで描かれえなかった明治近代の抑圧のなかを生き る女性たちの姿を、その所属する社会的な階層を越えて描き出したもの であった。たとえば『ゆく雲』(明 28.5)『十三夜』(明 28.12)などでは、母・ 妻・娘として家父長制度の内部を生きる女性たちの個としての生を希求 する苦悩が、 〈家〉による束縛と対比されつつ描かれている。また身を売 る女性たちの生の本質、彼女たちが担わねばならなかったものは、 『にご りえ』(明 28.9)や『たけくらべ』(明 28.1~29.1)に結晶している。身を売 る女性たちは一見家父長制度の外部を生きているかのように見えるが、 実は彼女たちを差別化し、また制度内部の女性たちにもそのような差別 化に基づく優位性の意識を与えることによって、家父長制度が、ひいて は明治近代そのものが支えられているという厳然とした事実を、一葉の 視線は見事にとらえている。」2. また、「日本の家族制度と女流文学」という視点から見れば、伊狩章氏は明 治以降、近代文学の主要なテーマが儒教道徳と家長制を軸とする家族制の問題 であったと指摘した。3伊狩章氏によると、女性にとって、三従七去の女大学 1. 関礼子『姉の力 樋口一葉』、筑摩書房、1993.11、p.48 菅聡子「解説」、樋口一葉『にごりえ・たけくらべ』、岩波書店、1999.5 第 1 刷改版発行(1927.7 第 1 刷発行)、p.131-132 3 氏によると、そのような旧制度のためにもたらされる女性の悲劇もまた、近代小説の一つの 主題として、各作家によって、多く取り上げられたのであり、女流作家には、その苦難の上に、 もう一段社会的な困難が加わって、田辺花圃・樋口一葉・北田薄氷から与謝野晶子・田村俊子・ 2. 15.

(17) 式な封建道徳は、依然としてその自由を束縛する苛酷な制約として存在し、江 戸時代とほとんど変わることなく、女性の人間性をしいたげ、ゆがめたという のである。伊狩章氏は、樋口一葉の『十三夜』を取り上げ、この作品の主題が、 親の命ずるままに嫁がねばならぬ不合理な結婚制度と、女性にただ忍従を強い る世の定めへの批判にあり、その他、一葉のほかの作品『大つごもり』 (明 27.12)、 『にごりえ』 (明 28.9)、 『わかれ道』 (明 29.1)などにも旧道徳観に拘束される 女性の哀れさが描かれており、作を通じて、家族制の不条理に対する作者の感 慨をうかがうことができると述べている。4 一方、家の内部から押し出される女性の場合では、関礼子氏は「職業と女性」 という視点を持ち込んで、近代日本の職業に対する性的差異を論じている。氏 によると、近世社会以前では、職業=身分であり、大半の人々にとってそれは 自らが選び取るのが不可能な世襲的なものであって、「職」に就くことが立身 出世につながったのは、学歴を有する中流階層以上の人間であり、その「人間」 のなかには大かたの女性は含まれてはいなく、明治二十三年以降の明治社会は、 女性を家の中に囲い込もうとする動きが顕著になったときであり、それにとも ない職業に従事する女性=貧しいか特殊な女性というような通念が生まれつ つある時代であったというのである。5 一葉の後期作品の中で『たけくらべ』と『にごりえ』の主人公は「特殊な女 性」即ち、売春婦として設定される女性たちである。前者には、人間としてす ぐれれたものを持ちながら、それがどこでも生かされずに売春婦の生活に落ち 込んで、いつも焦れているお力という女性のタイプが、そのしぐさまでを含め て実に生き生きと描かれている。後者では、売春婦をそれとして間接的に描き、 それと共に売春街やその周辺やの下積みの世界の情景を、その哀れさをも含め てややロマンティックに描いている。6この二作といえば、小田切秀雄氏は「人 間への差別に対する批判・抵抗・たたかいが、日本近代文学の本来の目的の一 平塚雷鳥まで、彼女らは、自我に目覚めて、封建的な家族制の悲劇を材とし、問題としてとら え、さらにその古いしくみの変革、そこからの脱出をねらいとするところに、彼女らの文学の 一目標を定めたのであるという。(伊狩章「日本の家族制度と女流文学」 『国文学解釈と鑑賞〈特 集・近代女流の文学〉』37 巻 3 号、1972.3、p.53-54) 4 伊狩章「日本の家族制度と女流文学」『国文学解釈と鑑賞〈特集・近代女流の文学〉』37 巻 3 号、1972.3、p.55 5 関礼子『姉の力 樋口一葉』、筑摩書房、1993.11、p.91-92 6 小田切秀雄『明治・大正の作家たちⅠ』、第三文明社、1978.12、p.222-223 16.

(18) つであったといっていい。一葉の場合も、そういう女性たち、または廓の周辺 の貧しい人たちやその子供たちに、どんな差別的な見方をもしていない。下積 みの人たちを、愛着こめてこんなに生き生きと描いた作家は彼女以前にはなか った」と評している。7 また、小森陽一氏は時代背景の日清戦争という視点を取り入れて、『にごり え』と『たけくらべ』を戦後文学として読んでいる。『にごりえ』には、売買 春の制度化された社会と、男女の婚姻関係の世界が対比され、日清戦争の中で いったいどういう大きな経済変動と社会変動が起きていたのかということが、 こうした一人の人間を取り巻く生活環境や、性的商品としての女も含めた様々 な商品の動き方、そういうものを通して描かれている。次に、『たけくらべ』 には、子供たちの世界を通して、格差社会、人身売買、売買春の問題が取り上 げられている。お金を介在させることによってそれをシステム化したのが売買 春といえる。それはお金を介在させて女性の〈言葉〉を奪うという関係にある。 抑圧されてきたのは、男性たちの暴力の背後において常に性的に拘束され続け てきた女性たちである。小森陽一氏によると、明治という時代に対する女とし ての一葉の抵抗、男性中心主義的な明治の家父長的社会に対する拒絶、あるい はそれに対する正面からの批判とでもいうべきものが一葉の文学を貫いてい るというのである。8 以上の諸説をまとめれば、一葉作品の最大の主題としては男性中心主義的な 明治の家父長制度に生きる女性たちの束縛に集約されており、その中には作者 自身の創作意図としては社会制度の不合理や、人間の差別化に対する批判と抵 抗が読み取られる。しかし、そうした男性社会に生きる女主人公たちは感じ取 った束縛と不合理は何であるか、どれほど近代的自我を感知し、目覚めている のか、ないし自らその社会制度を無自覚的に内面化しているか否かは、問題の 数々が未だ残されているとも思われる。. 7. 小田切秀雄『明治・大正の作家たちⅠ』、第三文明社、1978.12、p.219-222 小森陽一『ことばの力 平和の力-近代日本文学と日本国憲法』、かもがわ出版、2006.10、 p.34-67. 8. 17.

(19) 2.1.2 破綻へ導く家族幻想と恋愛幻想 湯地孝氏は、一葉の文学の中で主として取り扱われている題材は恋愛関係で あると指摘した。おおよそ不幸な少なくとも悲哀の調を帯びた破綻の恋愛関係 であるといわれる。氏によると、「前期のものは理想的なものが多く、後期の ものには現実的なものが多い。恋愛に見ても、前者には浪漫的な恋愛が主とな り、後者には性欲的な恋愛が主となつてゐるといつた様な趣がある。同じく悲 哀は悲哀でも、前者は余りに純であり、時に屡々幼稚である。それにひきかへ て、後者には奥行があり往々避け難い運命の手に触れてゐる」というのである。 9. つまり、後期になると、作者の眼界が感情の上で、境遇の上で、又性格的に、. 心理的に開けてきたとともに、恋愛関係は複雑化してきて、単なる三角関係か ら進んで、姦通というような事件をも取り入れるようになった。しかし、恋愛 に達した人は一人もいない。坂垣直子氏は、悲恋に導く要因は境遇(物質的な もの)であると指摘した。氏の見解は次のようである。. 「一葉の失恋者達は皆、境遇で敗ている人々である。後世の文学に扱わ れているように、当人達の性格や思想といったもの、即ち、各個人の人 間的なものに原因があるのではない。境遇の悪いものは、恋愛にまで敗 北し、一層人生の下積にされて生きてゆく。」10. つまり、恋愛の破綻は男女それぞれ個人的な要因によるものではなく、個人 的な文化的な価値が恋愛を決定する現代の倫理が発見されなかった明治の初 期において、物質が恋愛の達成に強く作用してくるという事実を一葉は凝視し ているのである。一方、一葉の文学には家庭問題(夫婦、親子関係、姦通など) もかなり取り扱われる。後期文学の中に人妻物語の作品は五つある。11作品群 の中に主に夫婦関係の問題を中心に描かれている。坂垣直子氏は次のように述. 9. 湯地孝『樋口一葉論〈近代作家研究叢書 3〉 』、日本図書センター、1983.7、p.333-334 坂垣直子『評伝 樋口一葉』、日本図書センター、1989.10、p.288 11 人妻をヒロインにした小説は『軒もる月』(明 28.4)、『十三夜』(明 28.12)、『この子』(明 29.1)、『裏紫』(明 29.2)、『われから』(明 29.5)といったものがある。他に、『にごりえ』の お初や、 『雪の日』の桂木文も人妻である。 (戸松泉『日本の作家 100 人 樋口一葉-人と文学』、 勉誠出版、2008.3、p.212) 10. 18.

(20) べている。. 「愛情なしにも夫婦関係と生活は成立する。夫婦とは実にそのようなも のである。 (略)夫婦各々と社会を結付けるどの糸が重要視されるかによ って、夫婦関係の正規な状態に変化が起ってくるのである。変化し、或 いは不具合した状態のまま夫婦は共同の生活をつづけることも起りうる のである。あるべき筈の愛情なしに、他の事情から夫婦生活を続けてい ることがあるのである。ことに女には経済力がないから、離婚ができぬ。 妻の忍従生活はそこから生まれる。女についての一葉の悲観はそこから 生まれている。」12. つまり、愛情なしに夫婦になった場合においては、夫婦がもともと別々な人 間であり、妻の側にも夫の方にも、複雑な人間関係と結ばれているので、他の 事情から夫婦関係が薄弱になることがある。但し、一旦夫婦関係が成立したら、 夫婦生活を続けなければならない。このような厳しい生の事実は、夫婦という ものの正体である。そして、人妻物語の作品の中から田中優子氏は、 『十三夜』 (明 28.12)という作品を取り上げ、 「結婚は家族全部を巻き込んで成立するも のであり、結婚とは二人の問題ではなく、家族というコミュニティ全体の利害 を負って成り立っているのである。社会的地位が高い男性との結婚は幸せなの か?多くの女性たちが、そういう疑問を胸に秘めたことだろう。しかし、結婚 すると幸せか幸せではないかではなく、『大つごもり』(明 27.12)以降の一葉 は『まさにこれが、この世に生きるということ』という認識が一作一作の小説 なのである」と説いている。13 また、恋愛と結婚の両立という課題について、佐伯順子氏は、明治の男性作 家たちの多くは「恋愛」 「ラブ」という言葉を理想化して使うのであるが、 「恋 愛」という理想の、高踏的で男性本位な側面に気付いていた一葉は、男性作家 たちの多くが憧れた恋愛と結婚の一致という幻想をさめた目で眺めていると 指摘した。14たとえば、『十三夜』は、恋愛感情と結婚を一致させたはずの夫 12 13 14. 坂垣直子『評伝 樋口一葉』、日本図書センター、1989.10、p.277-278 田中優子『樋口一葉「いやだ!」と云ふ』、集英社、2004.7、p.188-191 佐伯氏は次のように述べている。 「明治の新しい〈恋愛〉というのは、結婚生活と恋とを分 19.

(21) に、ほどなくして飽きられてしまう妻の悲劇であり、『にごりえ』は、惚れた はれたという感情の次元と、現実生活の両立不可能性の中で破滅してゆく男女 の話である。いわば、一葉は明治の恋愛幻想というものを、作品を通じて、結 果として糾弾して行った。藪禎子氏は、一葉の場合、おそらくは現実の恋の挫 折から、恋愛幻想をもてなかったし、家族幻想からも遠い所にいった、一葉文 学は、そういう地点に成立したのであると考えている。15 さらに、戸松泉氏は、同時代の結婚について論じた文章に、泉鏡花『愛と婚 姻』(明治 28.5『太陽』)があると指摘した。氏の説は次のようである。「鏡花 は、現実の中でいかに愛と婚姻が相反するものとしてあるかを、繰り返し述べ、 婚姻とは〈孝道〉 〈家〉 〈朋友〉 〈親族〉、要するに〈総括すれば社会〉に対する 〈義務〉に他ならない。愛という個人的感情は、〈社会〉の前に封殺されるも のであった」。16つまり、明治の恋愛小説の系譜をたどると、多く家と愛との 板挟みのなかで悲恋に終っていくものである。氏はその観点をもち、悲恋小説 の系譜のなかに『うらむらさき』(明 29.2.5)が未完であるゆえに意味を持て くると思われる。17 要するに、一葉文学の中で取り扱われる恋愛問題と家庭問題について、諸説 をもとめると、恋愛や結婚の破綻に導く要因は、男女それぞれ個人的な要素が 排除され、むしろ社会制度や、書き手の操作によるものなど、様々な要因が複 雑に入り混じって介在されている。しかし、恋愛や結婚の破綻には境遇という 現実の条件とかかわるほかに、個となる恋愛認識や性的他者に対する恋愛幻想 的な気分、あるいはそうした情緒的な気分を育ませた性差の問題も見逃せない 問題である。結局、作者の一葉は結婚とは家族全体の利害を負って成立するも けていた江戸時代の〈色事〉に比べて、日常生活の中での結婚愛を重視したので、それがいわ ゆる恋愛結婚、当時でいえば〈自由結婚〉の奨励という形になったのですが、透谷自身、自由 結婚を実践していざミナと結婚してみると、恋愛時代のときめきというものは永遠に続くもの ではないと気付いてしまい、現実生活の壁がひしひしと迫ってくる。結婚という日常と恋とい う非日常が別物だということはすでに吉田兼好が「色好み」の美学を説きながら指摘している はずなのに、〈恋愛〉と〈好色〉は違うと信じていた透谷はその矛盾について無自覚だったん である。」 (藪禎子・佐伯順子・菅聡子「〈座談会〉樋口一葉-これまでの、そしてこれからの」 『国文学解釈と鑑賞〈特集・樋口一葉―これまでの、そしてこれからの〉』68 巻 5 号、2003.5、 p.18) 15 藪禎子・佐伯順子・菅聡子「〈座談会〉樋口一葉-これまでの、そしてこれからの」『国文 学解釈と鑑賞〈特集・樋口一葉―これまでの、そしてこれからの〉』68 巻 5 号、2003.5、p.19 16 戸松泉『日本の作家 100 人 樋口一葉-人と文学』、勉誠出版、2008.3、p.226-227 17 戸松泉『日本の作家 100 人 樋口一葉-人と文学』、勉誠出版、2008.3、p.227 20.

(22) のだという現実認識に基づいた立場を取り、恋愛結婚に対する不信感や拒否意 識を強く表現したわけである。そういう意味で考えると、作品内部に隠蔽され た創作者一葉の恋愛観や結婚観の限界性も顕現され、同時に検証されなければ ならないものである。. 2.1.3 出奔する狂女——狂気による生の解放 藤井正人氏氏によると、江戸期の名残を尚とどめた明治社会において、近代 的自我にめざめて来る時期といっても、女子にのみきびしい明治の桎梏に懐疑 を抱き始めた一葉も矢張り初期、中期は女卑の風潮をあるがままに受けとめて 弱い女の世界を描いているというのである。18また、氏は次のように論じてい る。. 「一葉の心底には此の不合理に対する積憤が沸々とたぎり立ってはいた が之に対して女の戦いを宣するには未だ機が熟していなかった。明治二九 年四月『たけくらべ』の一括再掲に依り一葉の文名は極まり、詩人として の地位は牢固たるものとなる。既成概念の〈女らしさ〉の無条件肯定より、 懐疑へ、更に進んで之への反抗に移行する。作品から見れば、五月発表さ れた『われから』には瞠目に値いするこの転換がうかがわれ、少し先に書 かれた未完の小説『うらむらさき』に至っては女の反逆に迄も筆は進んで いる。」19. つまり、前期に描かれている弱い女性に対して、後期に描かれている女性は、 反抗意識に目覚め、徐々に行動に移行するのである。一葉後期の作品の中に現 れる女性像について、相馬御風氏は次のように述べている。. 18. 藤井正人氏は、 「『闇桜』は論ずるに足らざるも、 『花ごもり』のお新はその典型、又『十三 夜』のお関の最終的屈服も之に他ならぬものである」と指摘した。(藤井正人「樋口一葉-生 と精神のはざまにて-」『国文学解釈と鑑賞』48 巻 7 号、1983.4、p.86) 19 藤井正人「樋口一葉-生と精神のはざまにて-」『国文学解釈と鑑賞』48 巻 7 号、1983.4、 p.86-87 21.

(23) 「一葉後期の作に現れる女性が、美しくばかり行くものではなく、さま ざまの困難と戦い、さまざまの人情を経験するに随て、彼の心のそこに 加わって来たものは強い力を持ち、悲しい運命に泣き又は戦った果に起 り来る、強い凄味のある女の力-世間にはその強い凄味を帯びた反抗的 な力を以て、世と戦い運命と戦う哀れなる者であり、「涙の後の女子心」 (『やみ夜』明 27.7)の怖ろしい、凄い女心が、一葉の後期の作に、最も 力強く、最も色濃く描かれ、今日から見て吾々が彼の二大傑作となす『に ごりえ』 『わかれ道』の二篇も、共にその怖ろしき「涙の後の女子心」を 描いたものに他ならない。」20. それに関して、藪禎子氏は一葉後期の作品の底にうごめいていたものを「魔」 ないし「狂」という語で捉えている。藪禎子氏は次のように指摘している。. 「一葉の主要な作品の女達は、ほとんど常に「恐ろしき女」を自分の内 に抱え込んで、閉ざされた状況の中にじっと身を据えながら、そこでひ たすら自分の夢と志を温め、やがて噴出せずにはいられない所に立って、 一見何気ない平常の顔の陰に、いつでもどうでもなりうる自分を置いて いる。『にごりえ』(明 28.9)『うつせみ』(明 28.8)を含むこの時期、一 葉が解放への夢を、特に情念の世界において膨らませつつあった。だが、 その夢が死とか狂とかを代償とする形でしか成り立たなかった。富とか 地位への憧れは不如意と屈辱に泣きつつある挫折の中で、一葉には、女 性の性が次第に明瞭に見えてきて、徐々に、肉体による解放の可能性が 探られようとしていた。」21. また、女性の解放への夢が死や狂によって表現することについて、吉田裕氏 20. 相馬御風「樋口一葉論」『樋口一葉・明治女流文学・泉鏡花集〈現代日本文学大系 5〉』、筑 摩書房、1972.5、p.427 21 藪禎子氏はによると、「『にごりえ』のお力は、そのちょうど交差するところに立っている と言えるし、妾の道を選ぶ『わかれ道』のお京は、上昇志向がそのまま肉体幻想として転化せ ざるを得なくなった跡を、象徴的に語るものだとも言えるだろう。 『たけくらべ』の美登利の、 初潮による決定的変化は、その門口に立った者の一種のおののきとも読みとれるのである。 『う らむらさき』 『われから』など、一葉晩年の作品は、これを更に明確に追う形で成立している。」 という。(藪禎子『透谷・藤村・一葉』、明治書院、1991.7、p.323-325) 22.

(24) も「狂」という視点を持ち込み、作品の中にあらわれる女性像を「出奔する狂 女」と称して、明治二十六年一月の『雪の日』を発端として、二十七年の『や み夜』『軒もる月』を経て、出奔する女の像は狂気を孕みながら、二十八年の 『にごりえ』から二十九年の最後の作品となった『われから』にいたるまで、 一葉が自分の内に感知した物狂おしさは「人生の諸可能性」の予感であったよ うに考えている。22その「出奔する狂女」とは、あらゆるエネルギーを解き放 ち、かつ自らをも解き放つ存在なのである。つまり、日常の世界から逸脱して、 生の可能性を探っていく女性たちである。その点について、滝藤満義氏は、 「作 家一葉の内面を領した文学的テーマの一つは、恋における解脱のそれであり、 そして恋における悟り、悟道の追求という方向性を持っている」と述べている。 23. 氏は『軒もる月』(明 28.4)『ゆく雲』(明 28.5)『うつせみ』(明 28.8)とい. った作品を検討した。圧迫された女性原理は、出口を求めて次の作品を求めて やまなく、『軒もる月』の直接的な反動は、明治二十九年の『裏紫』という未 完の不倫小説となって現れ、『ゆく雲』の直接の反動は『うつせみ』の狂女物 になって現れる。悟りと狂気は一葉の小説の構造を支え、これら境界のあいま いな紙一重の「非日常の構造」を、一葉は好んで描いた作家だったと思ってい る。24 また、西尾能仁氏は人間解放という視点を持ち、一葉が初期の悲恋小説から、 やがて次第に解放小説へと発展していったと指摘した。氏によると、女を悲恋 に泣かせるのは狂った金権の非人間性と見たのであり、男性の横暴、男性の作 った制度や道徳が女性の人権を阻んでいることへの思想的自覚にまで至って いなかったものの、一葉は悲恋小説を書き続けるその実践の中から、内発的に その根源に気付きはじめ次第に女の人間解放へと発展していったのであって、 彼女の悲恋小説はそのうちに内蔵している社会批判とともに解放思想形成へ 22. 狂気について、吉田裕氏は次のように述べている。 「狂気とは何か。人生の諸可能性を啓示 する物語は、必ず狂乱の瞬間を招くという訳ではないが、少くともそれを呼び求める。この瞬 間がなければ著者はこれらの過度なほどの可能性に対して盲目だということになるだろうと バタイユは言っている。この〈人生の諸可能性〉の予感が作品の上でかたちを取りはじめるに は、今しばらくの時間を必要とする。」 (吉田裕「一葉試論-出奔する狂女たち」 『文学』56 巻 7 号、1988.7、p.35-45) 23 滝藤満義「『ゆく雲』から『うつせみ』へ-一葉における小説の発想-」『国語と国文学』 67 巻 10 号 1990.10、p.37-45 24 滝藤満義「『ゆく雲』から『うつせみ』へ-一葉における小説の発想-」『国語と国文学』 67 巻 10 号 1990.10、p.45 23.

(25) の必然的な過程でもあったのであるというのである。25つまり、一葉の思想が 近代的自覚に伴って導かれていったゆえに、人生社会一般に対する観察批判が 含まれる作品を通して、次第に女性の人間解放の問題意識に目覚め、一葉文学 の基底をなしているのである。 こうして、一葉小説の女性の内面には情念の解放や生の解放、人間解放を求 めていこうとする強烈な意識を持ち、反抗的な力を持ち合わせているように形 象されることが分かる。しかし、人間的な解放を目指したところの反抗行為と して、なぜその多くが死や悟り、狂気などによって表現しているのであろうか。 女性たちの対面している社会の限界性、あるいは自分自身の限界性は何であろ うか。さらに、それらの限界性を突破し、人間解放の可能性を求めていくこと があるかどうか、といった問題を更に掘り下げて、追究してみたい。. 25. 西尾能仁『一葉・明治の新しい女-思想と文学』、有斐閣、1983.11、p.39-40 24.

(26) 2.2 近代明治の社会制度と女性解放 2.2.1 明治民法の家族制度と女性の地位 日本近代の出発の時期・文明開化期、これを廃藩置県(一八七一年)から憲 法発布(一八八九年)までの時期とする。国家による家族把握の方式は基本的 には旧幕時代の延長であるが、長州藩の戸籍法に倣って早くも明治元年には京 都で「戸籍仕法」が行われている。一八七一年(明治四)公布の戸籍法は、江 戸時代の身分制の戸籍編成を廃棄して、居住地を基礎に家を単位として全国民 を掌握せんとするものであったが、それはまた家の秩序の規制でもあった。戸 籍書式は戸主を筆頭人としその親族も家族とみなし、尊属・直系・男性を上位 に卑属・傍系・女性を下位とする序列を強制するものである。1 一八八九(明治二十二)年二月の憲法発布、衆議院議員選挙法の公布、翌年 五月の府県制・郡制の公布、七月の第一回衆議院議員選挙、十一月の第一議会 開会と法的制度的整備が進み、日本は着々と近代国家へ道を歩んでいた。しか し、日本が法的・制度的に整備されていく過程は、女性にとってはその権利や 地位に厳しい制限が加えられていく過程であった。法律は女性とは無関係のと ころで制定されたから、女性の権利は女性であることを理由として認められな かったのである。衆議院議員選挙法でも市制・町村制でも女性の参政権を一律 に否定し、集会及政社法(明治二十三年公布)は女性すべてに政治活動を否定 した。 一八九〇年十月に公布された民法(旧民法)は一八九三(明治二十六)年か ら施行されることになっていた。しかし、天皇制国家体制の確立をめざす側か ら第一議会開会直前に教育勅語が煥発されたように、平等な権利義務関係が身 分法に影響を及ぼすことを恐れて施行延期論が出され、第三議会で施行延期法 が可決された。それゆえ旧民法の施行延期後改めて制定された明治民法(明治 三十一年施行)の身分法は、「淳風美俗」の名のもとに家族関係における男尊 女卑を規定したものとなった。同時にそれは戸主権・家督相続・男尊女卑を中 心とする「家」制度を、民間で行われている慣行としてではなく、強制力を持. 1. ひろたまさき「文明開化と女性解放論」 『日本女性史④近代』、東京大学出版会、1982.5、p.4-7 25.

(27) った法規範として観念的に存在させたことを意味する。2 「家」の統率者として戸主をおき、その戸主に家族の居所指定権や、婚姻や 養子縁組の同意権を与え、戸主の居所指定に従わなかったり同意なしで婚姻等 を行う家族を離籍することができた。3また妻は婚姻によって夫の家に入るこ ととされたから、女戸主を除けば婚姻によって夫の姓を名乗ることとなった。 さらに、夫は妻の財産を管理すると定められたから、女性は結婚によって無能 力者と見なされ、妻は夫の同意なしに契約を結ぶことができない。重婚は夫・ 妻ともに禁じられていたけれども、妻の姦通はそれだけで離婚原因になったの に対し、夫の姦淫は姦淫罪によって有罪になってはじめて離婚原因とすること が認められる。七〇年の新律綱領から八二年の刑法にあっても妻の姦通は罰せ られたが夫のそれは問われなかったのであり、妻を殺傷した夫の罪は一般の殺 傷罪よりも軽く夫を殺傷した妻の罪は一般よりも重かったのである。また、夫 から離婚は妻の承諾なしに親族協議で届出ればよかったのに比べて妻から離 婚する場合には夫の同意が必要とされたのであって、実質的には協議の名によ る夫の側からの一方的な離婚を合法化するもので、妻の申出による離婚裁判は きわめて困難でったように思われる。妻は戸主たる夫により財産を管理される ので、夫の死亡後は家督相続人たる長子が単独相続したから子供に扶養されね ばならない。家督相続の順序には同親等の場合男を先にするという規定から、 女の嫡出子より男の庶子が優先されていた。 妻の無能力的な位置づけは、すでに一八七〇(明治三)年に制定された明治 国家最初の刑法典「新律綱領」において妻妾を二等親と規定していたが、明治 六年八月の大政官指令では戸籍上でも妾を妻の次に記載することが公認され た。民法の規定が事実上妾の存在つまり一夫多婦制を認めていたことを示して いる。この妾の配偶者扱いは啓蒙思想家たちの激しい批判を浴びて八三年によ. 2. 大木基子「明治の国家と女性」『日本女性史』、吉川弘文館、1987.8、p.199-200 明治民法に規定された戸主権の具体的内容は次のようなものである。①家族の入籍・去家に 対する同意権、②家族の婚姻・養子縁組に対する同意権と、これに伴う離籍権・復籍拒絶権、 ③養親死亡後、養子の離縁に対する同意権、④家族の居所指定権と、これに伴う離籍権、⑤家 族の瑕疵ある婚姻・養子縁組の取消権、⑥家族の禁治産・準禁治産の宣告・取消の請求権、⑦ 家族の後見人・保証人となる権利義務、⑧親族会に関する権利、などがそうであるが、これら の中でとくに①、②、④などが重要な明治民法の戸主権の内容とされている。(鎌田浩「家父 長制の理論」『家と家父長制』、早稲田大学出版部、2003.7、p.26) 3. 26.

(28) うやく廃止され、4法律上は一夫一婦制となるが、妻の無能力者的な規定はず っと引き継がれていった。だが、明治政府の狙いは妾の地位を高めることその ものにあったのではない。そうではなくて、生殖機械5としての女性を効率よ く利用することで「家」の継続を保障し、国家の基礎を強化することが問題だ ったのである。また、親権についてみれば、原則として父が親権者であり、母 は父が親権を行使できない場合にかぎって親権者となることができた。その場 合でも、この財産管理や財産関係の法律行為の代理として行使するさにには親 族会の同意が必要であった。それというのも母はふつう他家から入った人間だ からである。6 このように明治民法が規定する女性の地位をみてみると、男性の絶対優位の 秩序、ことに妻の位置の無力、さらに母としても子の後見における差別など、 文明開化期における戸籍法・民法・刑法などの規定は、家父長的家族秩序のも とに女性を無権利状態におき差別した点で、一貫していた。7幕藩体制化での 武士の「家」ほど峻厳な実態のあるものではなく多分に観念的な「家」であっ たけれども、「家」を存続させることが最優先されたために、女性はときには 他家から入ったものとして退けられ、ときには夫の家に入ったのだからと夫の 尊属に仕えることが強要され、ときには「家」の一体性を守るとして自分の財 産管理も子に対する親権も認められず、ときには妾の存在すら耐え忍ばねばな らなかったのである。そして「家」の存続のためにすべてを犠牲にしえた女性 が婦女の鑑として讃えられた。8 明治民法に続いて明治三七、八年の日露戦争後あたりから急速にナショナリ ズムの高揚がみられる。家族国家思想はより強化され、戦後の反動不況と社会. 4. 「文明開化」を謳歌した明治初期には、一人の男性が妻と妾という複数の女性を抱え込む「蓄 妾制」が蔓延っていた。そのような状況を正し、欧米並みの婚姻制度を整備することは、開明 派知識人たちにとって緊急の課題だったのであるという。 (加藤秀一『〈恋愛結婚〉は何をもた らしたか-性道徳と優生思想の百年間』、筑摩書房、2004.8、p.63) 5 妾とはいかにも男の性欲処理のための道具のようだが、それは事柄の半面にすぎない。たし かに一方の極には純然たる性を売る「売女」としての昨日があったが、他方で上層武士階級に とって妾とは「家」を維持するためのいわば「生殖装置」でもあった。意外なことに、こうし た妾の両義的な位置づけは明治期に入って更に明確にされていくという。 (加藤秀一『〈恋愛結 婚〉は何をもたらしたか-性道徳と優生思想の百年間』、筑摩書房、2004.8、p.63-65) 6 大木基子「明治の国家と女性」『日本女性史』、吉川弘文館、1987.8、p.201-202 7 ひろたまさき「文明開化と女性解放論」 『日本女性史④近代』、東京大学出版会、1982.5、p.7 8 大木基子「明治の国家と女性」『日本女性史』、吉川弘文館、1987.8、p.202 27.

(29) 不安を鎮静化するために、企業家族的主張もされるようになって、その後、太 平洋戦争における「八紘一宇」のスローガンに至るまで、日本中は、あらゆる 社会単位をすべて家に擬制し、其の中での人間関係を、近代法的な平等な権利 義務関係を基礎としてではなく、親分子分・兄弟分・目上目下、先輩後輩など の権威と恭順の関係、あるいは礼とか和の精神の尊重といった家父長制的関係 の集積体としてとらえてきたのである。この意識は戦後四六年を経た現在でも なお日本人の心理の根底に残っており、日本社会の構造的特殊性として国際的 にしばしば批判の的となっている。9 一八七九年(明治十二)に学制が廃止されて教育令の公布となり、学制期の 啓蒙的教科書が追放されて天皇の名による「教学大旨」が「仁義忠孝」の教育 を強調、八〇年の改正教育令では修身教育の重視がうたわれ、官製の修身教科 書『小学修身訓』 ・ 『幼学綱要』などで儒教道徳の復活がはかられる。これは自 由民権運動の高揚に危機感を高めに政府の教育政策の転換であったが、女性に は「和順」 「貞操」が強調され、 「モシ婦人ヲシテ其居室ノ生涯ヲ止メ、外出シ テ他事ノ職務ニ入リタランニハ、人間社会ニ凶禍ヲ生ズベシ」 (『小学修身訓』) と女性を家に閉じ込める方向が露骨に主張された。 「国家の根本は教育に在り、 教育の根本は女子教育に在り、女子教育の挙否は国家の安危に関係するを忘る へからず、又女子を教育するには国家を思ふの精神をも養成すること極めて緊 要なりとす」 (森有礼文部大臣・八七年)、国家意識に目覚めた良妻賢母の創出 こそが女子教育に期待されたのである。10 一八八七(明治二十)年時の文部卿森有礼は「国家富強の根本は教育に在り、 教育の根本は女子教育に在り」(「一中国地方学事巡視に際しての説示」)と 述べて女子教育を重視する必要を説いた。そのさい彼は「国家を思ふの精神を も養成すること」を付け加えるのを忘れなかった。つまり女性に対する中等教 育の必要は、女性の側からの男女平等要求をおしとどめるという文脈で考えら れていたのである。それだけではない。女性自身の側から中等教育の場を設け てほしいという要求が出る前に、国家の側が主導権を握ったのも、「人の良妻 となり人の賢母となり一家を整理し子弟を薫陶するに足る気質才能」の養成を. 9 10. 鎌田浩「家父長制の理論」『家と家父長制』、早稲田大学出版部、2003.7、p.27 ひろたまさき「文明開化と女性解放論」 『日本女性史④近代』、東京大学出版会、1982.5、p.9-11 28.

參考文獻

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