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2.2 近代明治の社会制度と女性解放 .1 明治民法の家族制度と女性の地位

2.2.4 制度によって分けられている女性

文明開化政策は西欧の進んだ文明を取り入れる男女同権論から出発された が、男尊女卑の秩序を構想したのであった。このように政府は、国民を一定の 家父長的秩序のもとに家を規制していこうとした。女性には公民権が与えられ ず、ことに妻は夫に隷属的な地位を強制され、財産権も夫の監視下で、未成年 者と同じ無能力者扱いをされたのである。このように新たに整備された法律や 制度によって女性の権利が認められず逆に男女差別が確立されていたのは、政 治的権利の側面だけでなく私生活を律する民法、特にその身分法において著し かった。また、教育面では、学制期から一貫するところの政府の意図は、国家 に能動的自発的に奉仕する文明的国民の創出であり、その国民創出のための重 要な一助としての良妻賢母の養成を求めるものであった。こうした良妻賢母主 義は、すでにみた家父長的秩序における無能力者的な法的位置づけに基本的に 対応している。良妻賢母の能力においてのみ評価されるということは、家の内 に女性を閉じこめ、社会人としては無能力者とみなすことになるのである。

一方、女性を社会的には無能力者と認定する政府が、娼婦に対して女性自身 の意向を重視した「本人真意」のゆえをもって娼婦の存在を認めたことが皮肉 である。性病蔓延による秩序の混乱、廃娼による混乱を恐れた政府は、「良妻 賢母が家秩序を維持するための存在として求められたように、娼婦は社会秩序 を維持するための存在として位置づけられ」31、政府によって管理さるべき存 在となったとみなされる。牟田和恵氏の言うように、新しい「近代的性道徳」

32に基づく廃娼運動が行ったことは、売買春が娼婦の人権を侵していることを

30 ひろたまさき「文明開化と女性解放論」『日本女性史④近代』東京大学出版会、1982.5、p.39-40

31 ひろたまさき「文明開化と女性解放論」『日本女性史④近代』、東京大学出版会、1982.5、p.9-11

32 売娼が家庭の幸福と秩序を脅かすものであるとしたら、当然のこととして娼婦がその元凶 である。「終身泥中」にある「醜業の婦人」に「恥を知らしめ正に導かん」ことが廃娼運動の なさねばならぬことであり、「女郎という商売ほど、苦しく、悲しく、恥しく又罪の深い仕事 が人間の世界に今一つとござりませんか」「女郎、酌婦などいう罪深い家業」「其不義なる商売 を廃め、真人間の途に御立帰りなされませ。」と、娼婦の境遇に同情しながらも、彼女達の犯 している罪に対しては容赦ない裁きがある。(牟田和恵『戦略としての家族―近代日本の国民 国家形成と女性』、新曜社、1996.7、p.133)

告発し、彼女達を救おうとする正義感と人道主義にあふれるものではあったけ れども、しかし他面から見れば売買春を罪悪視しそれを行う女性にスティグマ を負わせることであり、娼婦の存在を一般社会と真っ当な婦人たちから物理的 にも観念的にも厳しく隔離することだったのである。33

また、明治初期から十年代にかけて、男女平等、一夫一婦制の確立といった 女性解放の先駆的言説を担ったのは、福沢諭吉、森有礼といった政府の要人や 学者達であった。啓蒙思想家たちの女性解放論は、其の後の女性解放の端緒を 提供するとともに、あらたな女性差別の論理をも用意したのである。一九八〇 年代の「性別役割分業」批判パラダイムは、主婦的状況が労働=男/家事=女 というようなジェンダー・イデオロギーによって構築されてきたものである。

しかし、主婦的状況を構築するためのもう一つの重要な要素として、聖母/娼 婦の分断を行う性道徳のイデオロギーが存在している。34したがって、聖母/

娼婦の分断をおこなう性道徳のイデオロギーは、性役割・性別分業イデオロギ ーと接合されている。駒尺喜美氏によると、

「通常、妻と娼婦は、対極のように考えられがちであるが、この両者は、

全く同じ根から出ている。女が娼婦と妻に分けられたのは、社会制度に よって分けられているだけだということである。家制度の内部に生きる 妻は、もっぱら子供を生み、育児や家事をするものであると決められ、

そのために家庭という「私的領域」に囲い込まれることになった。正式 社会には入れられない家制度の外部に生きる娼婦は、男の性的欲望を充 たす物体であるとすれば、男の性的欲望を、全面的に充たす道具である。

つまり、妻が男の生の手段となっているのであり、娼婦が男の性の手段 となっているのである。妻と名付けようが、娼婦と名付けようが、男に

33 牟田和恵『戦略としての家族―近代日本の国民国家形成と女性』、新曜社、1996.7、p.134

34 ①売春婦を不道徳なものとすることで、多くの女達を聖母へと囲い込む。②聖母の美徳は 家庭的な愛情であるということで、女たちをケア労働に追いやる。③聖母の美徳は母性である ということで、女達を母性イデオロギーに追いやる。④聖母の美徳は異性愛であるということ で、女達を異性愛に追いやる。⑤異性愛の中に於いて、女達は無能力で無価値な存在であると 洗脳される。⑥聖母の美徳は慎みであるということで、女達からセクシュアリティにおける主 体性を奪う。そして、一人の主人=男性とのみ関係を持つように縛る。(細谷実「リブの売春 論とセックス・ワーク論とをつなぐ―聖母/娼婦の分断への視角」『女性学 Vol.10』、日本女性 学会、2003.1、p.106)

支配されていること、物とみなされていることにおいて、本質的には何 程の差もない」35

というのである。また、結婚を人生の最大目標とさせる女子教育の時代にお いて、江種満子は次のように指摘している。

「女性たちは妻の座を女の役割として目指し、それを固守して生きた。

そしてそれは、妻の座を脅かす女性の人権を、妻に対して対等と認めな いことによって維持されたシステムであったことは、断るまでもない。

このことは、妻の座を反転させて芸娼妓の立場から妻の座を眺める場合 にも、事情は同じである。妻の座から排除されている彼女たちも、やは り妻の座だけに女の正当な価値を認めるように教化されているゆえに、

一方で妻の座を羨望し、他方でそれを憎悪する。まさにこれがこの時代 の日本のジェンダーのからくりであえる。」36

それに、牟田和恵は〈社会が妻の座を殊更に持ち上げるのは、女自らに夫と 子供の世話をする道具だと、気付かせたくないからである。たとえば「良妻賢 母」は、官製で、上からの押しつけとして行われた側面もあるが、むしろ女性 の地位を高めるためにも意図され、教育を受ける女性の側の熱意にもよって普 及したのだ〉と述べている。37このように妻であろうが、娼婦であろうが、い ずれがいずれよりも高等だとはいい難いのである。また、一葉の実生活からみ ると、江種満子氏は次のように述べている。

「父の死、女戸長、婚約者からの一方的な婚約破棄、貧困と闘う中での 作家修業などの事情によって、結婚を断念した。また、結婚制度の裏側 を生きる芸娼妓や貧困層が暮らす吉原界隈や丸山福山町に身を置いて困

35 駒尺喜美『魔女の論理』、不二出版、1984.6、p.25-26

36 江種満子『わたしの身体、わたしの言葉 ジェンダーで読む日本近代文学』、翰林書房、

2004.10、p.92

37 牟田和恵「家族・性と女性の両義性」『ジェンダーと女性』、早稲田大学出版部、2004.10、

p.106

窮生活をしのいだ時期もあった。その生活体験から、一葉の小説や日記 に現れているような、結婚する女性も結婚しない女性も売春をする芸娼 妓も、まずは女として等しい存在として眺める視座が開かれることにな る。これは、結婚による近代家族を核として形成された明治日本の国家 体制―その体制を性の制度として暗黙のうちに巧妙に支えたジェンダ ー・システムに対して、明らかにそのシステムの外部に立つ視座である。」

38

さらに、菅聡子氏によると、〈『闇桜』以来、一葉は一貫して明治近代を生き る女性たちの姿を描き続けてきた。家父長制度の内部にあって、母・妻・娘と 呼ばれる女性たち、また制度の外部で、性的欲望の対象としてのみその存在意 義を認められる女性たち。いずれの場合も、一葉の作品は、それらさまざまな 場所における女性たちの苦悩と抵抗を言語化してきた〉というのである。39し かし、〈書くこと〉それ自体においてこそ性の枠組みがますます強化されると き、女性作家としての自らは一体「女性」をどう語ればよいのだろうか。「女

さらに、菅聡子氏によると、〈『闇桜』以来、一葉は一貫して明治近代を生き る女性たちの姿を描き続けてきた。家父長制度の内部にあって、母・妻・娘と 呼ばれる女性たち、また制度の外部で、性的欲望の対象としてのみその存在意 義を認められる女性たち。いずれの場合も、一葉の作品は、それらさまざまな 場所における女性たちの苦悩と抵抗を言語化してきた〉というのである。39し かし、〈書くこと〉それ自体においてこそ性の枠組みがますます強化されると き、女性作家としての自らは一体「女性」をどう語ればよいのだろうか。「女