第四章 『われから』における妻の逸脱する身体性
4.3 不透明な姦通的身体を生きるお町の物語
美尾出奔後、与四郎がお町をどう見ていたかは全く語られていない。美尾の 妊娠が明瞭となり十月十五日の町の出産へと進行するのだが、与四郎は自分の 子であることを確定できず、しかも、「母親似の面ざし見るに癇の種とて寄せ つけも致されず朝夕さびしうて暮し」てきたというお町の語りから、与四郎は お町に美尾を見出し、怨念と憎悪の情念をますます増幅させていったようであ ることが窺える。愛する美尾に裏切られ、与四郎が蓄財に没頭した結果として 現在のお町の裕福さがあるが、お町は美しい母親によく似ていたため、父親か ら疎まれ、その淋しさを埋めるゆえに「機嫌かひの質」が形成された。お町の 使用人たちへの対処の仕方を具体的に見てゆくと、高慢な態度をとるのではな く、身分差の垣を越えて親切にすることもした。更に、自分の気に入った使用 人に給料以外に物を与えることもある。母に捨てられ、父には疎んじられて淋 しく成人したお町には心を許して話し合える友もなく、「人に物を遣り給ふ事」
は他者との関係を結ぶ有効な手段であった。峯村至津子氏によると、女子教育 書との対応について、そうした使用人への過度の恩情は、家を乱す基として、
「女大学」以来厳しく戒められてきた事柄であった。31そして、お町の贅沢な
29 清永孝『良妻賢母の誕生』、筑摩書房、1995.7、p.195
30 峯村至津子『一葉文学の研究』、岩波書店、2006.3、p.175
31 峯村至津子『一葉文学の研究』、岩波書店、2006.3、p.222
暮らしぶりも、当時の女性に求められたあるべき姿に背馳するものである。32 さらに、妻としてのお町は恭助に対するあり方は、当時の妻に美徳として強要 された「従順」「忍耐」といったものとは正反対である。彼女は夫恭助の放蕩 を面と向って責め立てたり、「お帰りの遅き時は何処までも電話をかけて」常 に夫の行く先を確かめようとしたりする。こうしてお町は、当時求められた理 想的な妻像からもずれてゆくのであることがわかる。つまり、お町というヒロ インは、女性としても、女主人としても、妻としても、当時の社会が求めた理 想的な女性像を裏切ってゆく存在として造型されているのである。
『われから』は発表して以来、お町と書生千葉の間に実事があったかどうか の問題が多く注目されていた。『めさまし草』はじめ『文学界』『太陽』『青年 文』『明治批評』『国民之友』など同時代評があり、大体の研究がお町と千葉と の間には実事があった方に傾いている。加えてそこを補強することになる美尾
「淫奔」説が重ねられ、親子に二代にわたる「血」の遺伝と見る視点である。
33その点について、お町が深夜単身千葉の部屋を訪うという場面と、十三章で 千葉がお町の「癪」の介抱をした場面から検討してみる。
「(前略)しるべの燈火かげゆれて、廊下の闇に恐ろしきを馴れし我家 の何とも思はず、侍女下婢が夢の最中に、奥さま書生の部屋へとおはし ぬ。お前はまだ寐ないのかえ、と障子の外から聲をかけて、奥様ずつと 入り玉へば、室内なる男は讀書の腦を驚かされて、思ひがけぬやうに惘 れ顔をかしう、奥さま笑ふて立ち玉へり。」(一・p.171)
「奥様は立上がつて、私は大層邪魔をしました、夫ならば成るべく早 く休むやうにお為、私は行つて寝るばかりの身體、部やへ行く間の事は 寒いとて仔細はなきに、構ひませぬから此れを着てお出、遠慮をされる と憎くゝなるほどに、何事も黙つて年上の言ふ事は聞く物と奥様すつと
32 高田義甫『女訓』(明7)第一章では、「女一生の誡めとなすべきこと」として、「身に華美 を尽す」こと、「芝居・花見などを好み出歩く」ことをあげており、『われから』と同時期の論 説、『風俗画報』113 号にも、「良人全盛のときとて、敢て美服を求めず、美食を貪らず、倹素 を守りて」云々とある。(峯村至津子『一葉文学の研究』、岩波書店、2006.3、p.221)
33 渡辺澄子「樋口一葉の世界-新たな飛躍」『日本近代女性文学論-闇を拓く』世界思想社、
1998.2、p.48-49
お羽織をぬぎて、千葉の背後より打着せ給ふに、人肌のぬくみ背に氣味 わるく、麝香のかをり満身を襲ひて、お禮も何といひかぬるを、よう似 合のうと笑ひながら、雪灯手にして立出給へば、蝋燭いつか三分の一ほ どに成りて、軒端に高し木がらしの風。」(二・p.174)
「さまざま物をおもひ給へば、奥様時々お癪の起る癖つきて、はげしき 時は仰向に仆れて、今にも絶え入るばかりの苦るしみ、始は皮下注射な ど醫者の手をも待ちけれど、日毎夜毎に度かさなれば、力ある手につよ く押へて、一時を兎角まぎらはす事なり、男ならでは甲斐のなきに、其 事あれば夜といはず夜中と言はず、やがて千葉をば呼立てゝ、反かへる 背を押へさするに、武骨一遍律義男の身を忘れての介抱人の目にあやし く、しのびやかの囁き、頓て無沙汰に成るぞかし、隠れの方の六疊をば 人奥様の癪部屋と名付けて、亂行あさましきやうに取なせば、見る目が らかや、此間の事いぶかしう、更に霜夜の御憐れみ、羽織の事さへ取添 へて、仰々しくも成ぬるかな、あとなき風も騒ぐ世に忍ぶが原の虫の聲、
露ほどの事あらはれて、奥様いとゞ憂き身に成りぬ。」(十三・p.202)
こうしてみると、小説のどこにも実事があったという記述はみられない。お 町と書生千葉との間に実事があったとは断定しがたい。読者の読みを二人の姦 通という方向に導くのは、まず、お町は女子教育書が求める理想の妻像から逸 脱している性をもっている女性が造型されているゆえである。彼女には、女性 のあるべき姿といった意識はないので、お町自身に、男女の接触が戒められて いた当時において、女性が男性の部屋を訪って、男に羽織を着せかけるという 逸脱している自身の行為に対する自覚、後ろめたさや罪悪感といったものが感 じられない。次に、語り手の意識的な操作によるのである。重松恵子氏による と、二人の不透明な関係を懸念させる濃密な感覚や身体性がテクスト全体にに 漂っていて、〈語り手は千葉の部屋に入ってしまったお町に対し、「有難いを 迷惑らしう」、「自慢も交じる親切」、「奥様は何のやうな働きをでも遊した かのやうに」と言うように、揶揄し皮肉な言葉を浴びせる。『めさまし草』の
「頑固」は、「不義ものと一喝して責むべき価値あり」とこの場面を評してい
るが、語りのこのような評言も当時の人々の一般的な感情に沿ったものだった と思われる。お町の軽率な行為は確かに批判に値するものであるが、語り手自 身も読者の反応に呼応するように倫理的な価値観でその行為を捉えている〉と いうのである。34さらに、テクストの空白部分に、噂という断片的な、あるい は曖昧な情報が積み込められ、お町の心情を語り尽くさない限り、読者はお町 の心情に寄り添うことができず、読者に姦通を読み込んでしまう結果となる。
山本欣司氏の言うように、〈『われから』においては、噂の場、噂のメカニズム に読者自身をも巻き込んでいくような、手の込んだ語りの戦略が選ばれている。
福がばら撒いた悪意ある噂に、恭助や周囲の人々が巻き込まれ、町を取り返し のつかない状況に追いやったことを語るだけではなく、読者自身も、いつのま にか町を追いつめ傷つけかねない危うい場にいざなうのである。〉35つまり、
お町の逸脱している性に基づく、語り手の意識的な操作により、読者の読みを お町と千葉の姦通という方向へ誘う様な趣向・叙述を積み上げているのである。
さらに考えれば、お町と千葉の間に実事の有無が問題なのではなく、問題にな るのは、真実か否かが担保できないまま流通している断片的な、あるいは曖昧 な情報を判断基準にして、人々のそれぞれの主観によって〈真実〉が作られる のである。それを通して浮かび上がるのは、「言葉というものの持つ暴力性」36、 及び、人々の主観によって作られる〈真実〉を引き受けねばならない理不尽で ある。かえってみれば、金村家の使用人は誰にもお町の内面心情を理解できず、
夫の恭助も噂話に堕ちてしまい、彼女を家から追い出そうとした。しかも、語 り手も金村家の「女中の視点」37にたって、二人の関係は「奥様の癪部屋」と
34 重松恵子「樋口一葉『われから』論―母娘の物語が指向するもの」『近代文学論集』18 巻、
1992.11、p.24
35 山本欣司「物語ることの悪意―『われから』を読む―」『論集樋口一葉Ⅵ』、おうふう、2006.11、
p.106
36 噂とは、巻き込まれた人を傷つけ大きなダメージを与えかねない危険なメディアである。
36 噂とは、巻き込まれた人を傷つけ大きなダメージを与えかねない危険なメディアである。