第二章 神道の形成および神仏習合
第一節 神道に関する言葉の定義
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第二章 神道の形成および神仏習合
第一節 神道に関する言葉の定義
神道は昔ながら「かんながらのみち」だと言われている。随神の道というこ とばをまず確認しておくことにしよう。随神の道は、神代の昔から伝わり、神 慮のままで、まったく人為を加えない道である。神代から伝えられた、日本固 有の物の見方や考え方である。
引き続き、神道についても確認しておきたい。神道は二つの意味を持ってい る。一つは、霊妙なる教えであり、人知でははかり知ることのできない不可思 議な道である。天地自然の道理である。もう一つは、前述した「随神の道」の ように、神代の昔から伝わり、神慮のままで、まったく人慮を加えない道であ る。神道は日本固有の宗教で、『古事記』、『日本書紀』などに見える神代の故 事に基づいて、神を敬い、祖先を尊び、祭祀を行なうことという。平安時代以 降はこれに儒仏二道や陰陽道13の影響が加わり両部、吉田、垂加などの流派が 多くあった。
鎌田東二の『神道のスピリチュアリティ』から、神道についてはこう言われ ている。鎌田によれば、神道とは日本固有の民族宗教で、アニミズムやシャー マニズムや八百万の神々の民俗信仰を基盤として習合的な歴史的展開をとげ た信仰と生活文化の総体であり、その具体的表現が神話と祭祀とその伝承の場 としての神社であるという。14
また、梅田義彦の定義によると、「神道は、『シントウ』と訓む。広い意味で は、神道も宗教信仰であるが、それはわが日本民族の発生とともに古い信仰で
13.陰陽五行説に基づいて、天文、暦数をつかさどり、吉凶を占うことを目的とした学問である。ま た、その学派である。
14.鎌田東二(2003)、『神道のスピリチュアリティ』、作品社、P.24。
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あり、また日常生活の実践道である。」15と言っている。
以上のように、神道にはいくつかの属性がある。まず神道は「普遍教」でな く、「民族教」である。普遍教とは、仏教やキリスト教のように、国境や民族 などに拘らず布教されるものであるが、民族教とは、ユダヤ教、インド教、道 教、神道などのように、ある民族に限って信奉されるものである。
神道は教派を別にすれば、教祖を持たない自然発生的宗教であり、主として 日本人の間で行われている民族宗教である。その観念は基本的に多神教的であ って、神々に対する祈り、祭、修行、社会活動などを伴っている。そして神道 の信奉する神は一柱に限られている一神教とは違い、信奉する神が二柱以上あ るため、インド教と道教と同じく多神教に属し、原始的な宗教でもある。
つまり、随神の道も神道も、神代からの伝わりで、日本固有で、神の思うが ままに、人為を加えない道である。また、神道は宗教ではあるが、「教」とい う文字を使わないのは、華道、剣道、茶道のように人が歩むこころの道であっ て、精神的で内面的な仕組みでできているからである。だが、神道に対する解 釈は曖昧で明白ではない状況である。以下、書籍によってその定義を確かめる。
「神道」ということばの定義について、津田左右吉の『日本の神道』から、
歴史用語としての「神道」を確認する。
(一) 古くから伝えられてきた日本の民族的風習としての宗教(呪術も含め ている)。神の権威、力、はたらき、しわざ、神としての地位、神である こと、もしくは神そのもの。
(二) 民俗の風習としての宗教に何らかの思想的解釈を加えたもの(両部神 道、唯一神道、垂加神道)。
(三) 特定の神社で宣伝されているもの。
(四) 日本に特殊な政治もしくは道徳の規範としての意義に用いられる。
15.梅田義彦(1974)、「神道の歴史」、『神道の思想第一巻』、雄山閣、P.12。
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(五) 宗派神道(天理教、金光教)。
さらに、伊藤聡の『神道とは何か』によると、古代の神道は上記の(一)と
(二)に当たり、現代のイメージでは、(一)に近いと考えられる。16次に、上 田正昭の「神道の原像―日本文化の基層」によれば、「神道」ということばは、
養老四年(七二〇)に成立した『日本書紀』において、はじめて見いだせると いう。
(一) 天皇弘法を信じ、神道を尊ぶ。
(二) 仏法を尊び、神道を軽んず。(生国魂神社の樹を伐りたまふ類是なり)
(三) 随神(随神は神道に随ふを謂ふ。亦己づからに神道有るを謂ふ。)
これらの語は同時代の文献『古事記』、『萬葉集』、『風土記』に全く登場せず、
『日本書紀』のみの特殊語彙である。まず、最初の(一)は用明天皇の即位前 紀に載っており、用明天皇が「日本の神を祀ること」をうけての表現である。
(二)は孝徳天皇即位前紀に載っており、孝徳天皇が難波の宮の造営のおりに、
生国魂神社の聖なる樹林を伐採しての利用を指しての記述である。最後の(三)
は大化三年(六四七)四月の詔のなかの「随神」に関する「随神道」と「自有 神道」の注記であった。17
また、現代の我々は、「神道」を歴史過程のなかで見出されてきた称呼であ るということを棚上げして、日本の民族宗教を指す語として使用している。「神 道」に対して一般的に共有されている意味には、単なる民族宗教というだけで なく、日本人の心性の拠り所、あるいは道徳規範の源泉といったニュアンスを 含まれている場合が多いと指摘している。つまり、伊藤の視点では、神道を単 に民族宗教だと定義するは望ましくない。また、神道は「固有」、「不変」とい うのではなく、「変容」するものだと言っている。
16.伊藤聡(2012)、『神道とは何か』、中央公論社、PP.10-11。
17.上田正昭(2015)、「神道の原像―日本文化の基層」、『國學院雑誌』、P.30。
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神道の起源については、安蘇谷正彦の『神道とはなにか』はこう言っている。
「神道の起源は、仏教やキリスト教などのような釈迦やキリストというよ うな創唱者がいないため、何年に始まったかを明確に決定するのがはなは だ難しい。ユダヤ教やインド人の大部分が信奉しているヒンドゥー教など の民族宗教は、その起源を明白にすることが困難であることと同様である」
18。
神道の起源は、創唱者がいないため、特定できない状態にある。それだけで なく、神道の長い歴史において、神道を「ことばで説明する」という営みは極 めて稀な現象であったことも挙げられるのである。その理由は、安蘇谷によれ ばまず第一は、神道に決まった教典や定まった教義が存在しない。第二、神道 は、日本人の生活様式の構成要素ではあるため、神道との関係は無自覚であっ たことから、説明の必要もなくなるのであろう。第三では前述のとおり、神道 の長い歴史においても神道信仰の言葉化は限られた人々の営みであり、神職も 神道を一般の日本人に積極的に説こうとしなかった、などと推測される。しか しながら、長い歴史を有していることから、存続の期間を区切りすることは可 能である。以下、第二節に神道の起源である古神道について分析する。